第1章-17 夜戦開始
砦の上空まで戻った俺が見たものは、優に万を超えるであろうゾンビの大群だった。
大群と言うがゾンビの一匹一匹がひしめき合い、まるで一体の巨大な化け物みたいだ。
ゾンビどもの目が赤く不気味に光っていなければ群れだとは気付かないのでは、と思える程の密度だった。
一瞬呆気に取られて固まっていたが、すぐに気を取り直して、降下していく。
「父さん今戻ったよ!」
ゾンビの大群と門の上から向き合っている父さんたちを見つけ声を上げる。
「テンマ無事に戻ったか!それでギルドはなんと言っていた?」
その言葉に俺はラッセル市でのことを話す。
ギルドとラッセル市からの応援が早くとも三日はかかると聞き皆一度は意気消沈したが、俺が依頼を出しそちらならば三日もかからずに来るだろう、と言った時には僅かながら希望を見い出したようだった。
「そう言えば父さん。帰って来る途中で逃げた兵士達を見つけたから、魔法で動けなくして持って行った荷物や武器を取り返してきた」
と言って下に降りて広場の中央に行き、マジックバッグから馬車の中に積んであった物や、兵士の身に付けていた武具等を取り出しておいて行く。
大量に出て来た食料や武具を見て、テンションが上がったのか一人の村人が大声で叫び出した。
それに釣られるように次々と声を上げる人々、それを見て俺は戸惑っていた。
それを見た父さんが、
「テンマ、いいタイミングで戻ってきてくれた!実は武器も食料もほとんど残っていなかったんだ」
と言い俺の耳元に顔を寄せ小声で、
「その上、あのゾンビの大群で心が折れかけていた奴が多かったんだ。だがテンマが出した武器と食料を見て僅かに希望が出たんだろう。そして無理やりにでも自分を奮い立たせているのさ」
と言いさらに、腹が減っては戦は出来ぬと言うしな、と笑っていた。
たった半日ほどでかなり追い込まれているようだった。
「ゾンビ達が襲ってくるとしたら完全に暗くなってからだろう。それまでに配置決めと武器の配備を終わらせるぞ!」
この砦は上から見ると森の対して村の横側にあり、一辺が100m程で高さ4m程、幅は2m程の塀に囲まれた四角形をしており、それぞれの塀の中央には門があり、宿舎などの建物は北側に固まっている。
現在はテンマ達が堀を深さ1m、幅2m、門の前を除き囲むように2m程離して作っている。
森は村と砦を半分囲むように存在し、砦からは近くても200mは離れている。東に村があり、南側が森の方を向いている形だ。ゾンビは南側から主にやって来ている。
「まず群れの正面、南門にはシーリアと中級までの攻撃魔法を使える者の内半数の20人を城壁に置く、戦士組は俺を含む20人だ、戦士組は基本弓兵の真似事だ、魔法組が交代する時などの穴埋めが主な仕事になる。それとテンマ、ゴーレムは何体作成可能だ?」
「大型が5、中型が20、小型が15の40体だよ。ただ僕と離れていく程に性能が落ちるけど、この砦の倍くらいの距離だったら問題ないし、簡単な命令なら聞くから大丈夫だよ父さん」
と戦闘に使える数と距離を教えた。
ちなみに大型が3m、中型が2m、小型が1m程の大きさである。
「なら南門の正面に大型を1体、堀の内側に中型を10体配置してくれ」
「わかった」
父さんの要請に短く返事をする。
「そして東門にはマーリンとテンマ、そして魔法組が10、戦士組が10だ。ゴーレムは門の前に大型1、堀の内側に中型5、小型が10だ」
「西と北には戦士組が20ずつ、この二か所にも門の前にゴーレムを大型1体ずつ配置してくれ。ただしゾンビが増えてきたらすぐに知らせてくれ。のこりは交代要員兼緊急時の応援要員だ。テンマはすぐにゴーレムの配置に行ってくれ。戦えないものは負傷者の手当てや食事や水の配給をたのむ」
父さんの指示に従い行動していく仲間たち、俺は堀の外側に魔石を投げゴーレムを生み出す。ゴーレムに『敵はゾンビ又は魔物』、『近づいてくる敵に攻撃する』、『人間の命令に従う』という設定を与え配置につかせる。
岩や石が少なかったのか、それぞれの体の一部は土を圧縮したもので出来ていたが、強度的には問題が無いようだった。
配置が終わって2~30分後、日が落ち辺りが暗くなったところで予想どうりにゾンビが進軍を開始してきた。
あの大群相手に直接切りかかる訳にもいかず、矢の数にも限りがあるので自然と主力は魔法使いに頼る事となった。
----東門SIDE----
東門の防衛の中心となり指示を出すのはじいちゃんと俺だった。
じいちゃんは『賢者』と呼ばれているくらいなので皆が納得するのは当たり前なのだが、12歳の俺からも指示が出るのは納得がいかないのでは、と思ったのだがじいちゃん曰く、
「冒険者は実力がモノを言う商売じゃ。しかも皆はテンマが3歳のころから英才教育とも言える教えを受け、実際にBクラスの魔物を討伐しておるのを知っているからの。それに基本的にはわしが指示をだすからの安心せい」
との事らしい、それなら大丈夫だろう。
「それよりテンマ、ゾンビ達がきおったぞ。数は…500くらいかの、なるべく余裕のある内は魔力の節約で行くぞい」
とゾンビを見つけ指示を出し始めた。
俺は『探知』を使って数を知ろうとしたが、ゾンビが多すぎて頭の中のレーダーには魚探の群れの反応のように、赤い大きな反応が一つ浮かぶだけだった。
(この感じだと2万は確実にいそうだな)
と考えているとじいちゃんからの指示が出た。
「各々ファイヤーボールを5回時間差で放つんじゃ!わしとテンマは貫通力のあるファイヤーブリットを20回連続で撃つのじゃ!皆魔法の着弾点はずらすのじゃぞ。……今じゃ、放てっ!」
と攻撃を開始する。
ボール系の魔法は魔力を20~40ほど消費して放つ魔法で、簡単な部類に入る魔法のため一番多く使われる攻撃魔法であり、ブリット系は同じくらいの消費量だが、貫通力が高く発射速度も速いのでボール系より上位の魔法とされている。
魔法をくらったゾンビは体の一部を吹き飛ばされたり、火が燃え移ったりともがいている。
第一陣の中にはオーガゾンビが数体いて俺はそいつらの頭を集中的に狙っていた。オーガゾンビは眉間のど真ん中に穴を空け、即死(ゾンビに即死と言うのもおかしいが)状態で周囲のゾンビを押し潰しながら倒れていった。
「半数近くをうまい具合に倒せたようじゃな」
ファイヤーブリットの貫通力が高かったのとゾンビが火に弱い為、ファイヤーボールの着弾時の飛び火などに焼かれたのもいたので250近い数を焼けたようだ。しかも未だに燃えて死んでいく個体もいる。
「いまのでゾンビ達は押し寄せて来るじゃろうからこれからが本番じゃぞ」
じいちゃんの言葉の通りに2000程のゾンビが押し寄せて来る。
「じいちゃん、あいつらさっきので学習しているみたいだよ!一匹一匹が間を開けて向かって来る!」
それはゾンビにしては異常だった。ゾンビがやられてすぐに対策を取るなど普通は考えられ無い事なのだ。
「もしかしたらこのゾンビ達の親玉が、かなりの知能を持っているかもしくは高位の存在かもしれんの」
とじいちゃんは呟いていた。
「とにかく次はわしとテンマがファイヤーストームを一回ずつじゃ。その後残った敵を見て判断しよう」
との指示で俺とじいちゃんが魔法を放つ。だがゾンビ達が他のゾンビとの間を開けているため思ったより効果が出なかった。
「最初の生き残りを含めて500といったところか、少ないのう。テンマもう一度じゃ」
二度目のファイヤーストームでも500体程を倒せただけだった。そのうちに最初の生き残りが門まで近づきゴーレムに殴り殺されている。
「この調子じゃったらいずれ魔力切れを起こすぞい」
とじいちゃんがぼやいている時、
「たいへんだぁー!北門にもゾンビの大群が現れたぞぉー!」
と北門の伝令がやって来た。
「なんじゃと!いつの間に移動しおったのじゃあやつらは!」
北門に現れたゾンビはおよそ3000、しかもまだまだ増えそうだとの事だった。
「やむえん、テンマおぬしが救援に行くのじゃ。伝令はリカルドに、テンマが北門に向かっておるから残りの魔法使いを向…」
じいちゃんが言いかけた時、西門の方からも叫び声が上がる。
「まさか西門にもゾンビが向かっておるのか…」
あまりの侵攻速度に驚きを隠せないじいちゃん。
しかしすぐに気を取り直し、
「北側の魔法使い2人はテンマについて行くのじゃ!」
との指示を出した。
「それではここの守りが薄くなります!」
他の魔法使いが進言するが、
「西門にもゾンビが現れたのならば、待機している魔法使いはあちらに全員送らなければ西門の防衛が破られてしまうのじゃ。北、南、東の門には上級魔法が使える魔法使いがゾンビを抑える事が出来るが、西にはおらぬ。ならば数で補わなければならぬのじゃ!」
と諭していた。そして、
「テンマ北門の前方には燃え移る物が無い、全力で行くのじゃ。そしてその2人と北門の防衛にあたるのじゃ!」
「わかった、じいちゃん!」
と言って飛空を発動した。