第13章-6 魔法の言葉
「何でそう思うんですか?」
何故いきなりそういう話になるのかと思っていると、セルナさんは不思議そうな顔をしながら、
「いえ、お二人が腕を組んでいらっしゃったので、てっきりそうなのだと思っただけなのですけど……」
そう言われて、初めて俺とプリメラの視線が斜め下に向かった。そこにあったのは、俺の腕に絡むプリメラの腕。
「いえっ! これは、あの、その!」
「落ち着け、プリメラ! これは事故だ。全てアルバートが悪い!」
「そ、そうですね!」
取り敢えずプリメラを落ち着かせる為、魔法の言葉『アルバートが悪い』を唱えた。普通ならこんな事で落ち着くはずはないのだが今のプリメラには効果が抜群だったらしく、『全て兄様が悪い』と呟きながら深呼吸をする事で、徐々に気持ちを落ち着けていた。その時にセルナさんが、「お付き合いされていないのは分かりましたが、事故と言うのはひどいと思いますよ?」という言葉は、俺に余裕がなかったので申し訳ないが無視させてもらった。
「それで、お二人は近々結婚式を挙げると聞いたのですが、本当ですか?」
アルバートを悪者にして気持ちを整えた俺の質問に、セルナさんとアンリは驚いた様子だったが、ギルドでちらりとそのような話を聞いたというとセルナさんが小さく頷いた。
「それはおめでとうございます! それで、詳しい日時は決まっているのですか?」
少しテンションを上げて祝福すると、二人は照れながら二週間後だと言った。
「二週間後ですか……」
俺のがっかりした感じの呟きに、二人は困惑していた。そこに、
「すみません、テンマさん。せっかく招待してくださったのに遅れてしまって」
タイミングを見計らっていたマルクスさんが、あたかも仕事で遅れてきたという感じで満腹亭に入ってきた。
「えっと……何かありましたか?」
「いえ、今お二人から結婚式の日取りを聞いたのですが、ちょっと自分達の出発日と被ってまして……」
マルクスさんが俺の異変に気がついたところで、打ち合わせ通り演技を始めた。マルクスさんもセルナさんが違和感を感じる前に、「そうですか……出来れば一緒に祝って欲しいのですが……」と困った顔をした。
「セルナさん、日程を前倒しする事は出来ませんか?」
「満腹亭で行うので、出来ない事もないと思いますけど……」
俺達の演技に騙されたらしいセルナさんが、日程を変更する事が可能だろうと口にした。なので、
「おやじさん! 俺達もセルナさんの結婚式に参加したいので、日程の前倒しをお願いします。結婚式の費用は俺が全て負担しますので、思いっきり豪華にしてください!」
「えっ! ちょっと、テンマさん!」
セルナさんが驚いた声を出した。セルナさんだけでなくアンリも同様で、ついでにマルクスさんも驚いていた。まあ、費用云々の話は今ここで思いついたので、マルクスさんも初耳だったからだろう。
流石にそれは悪いと、セルナさんを始め、アンリとマルクスさんも自分達が負担すると言っていたが、そこに思わぬ味方が現れた。
「私としては、テンマが負担してくれるのはありがたい事なのだがな」
それは、ダメージから少しだけ回復して、ようやく動けるようになったアルバートだった。ただ、かなり無理しているのが分かるのでマルクスさんから心配されていたが、アルバートは旅の疲れが出ただけだと言って納得させた。
事前にアルバートに会っていたマルクスさんはともかくとして、セルナさんとアンリは突然現れたアルバートに驚きその場に跪こうとしたが、プリメラにやんわりと止められていた。
「三人は、テンマがハウスト辺境伯領で活躍した話を知っているか?」
アルバートの質問に、マルクスさんだけが頷いた。俺が活躍した話というのは、ワイバーンの群れを退治した事と国境線上に砦を築いた事だが、その内アルバートが重要視しているのは砦の件だった。
「本来、砦を作るには莫大な費用と日数が必要となるが、テンマは塀や堀を一瞬で作り上げてしまった。そのおかげで辺境伯様は、砦を作る費用の大半を経済に回す事ができた。さらには砦が出来た事で人が集まり、その者達を目当てとした商人や様々な職人が商売を始めたおかげで税収が上がり、停滞していた経済が右肩上がりだ。ここで同じ規模の成果は上がりはしないだろうが、今注目のテンマが行動を起こしたというだけで、人の目を集めるには十分過ぎる事なのだ」
アルバートの話にセルナさん達だけでなく、俺やじいちゃん達も静かに耳を傾けていた。
「それとな、テンマは金を溜め込みすぎている。もちろん、テンマが正当な方法で儲けたものなのだから、どうしようとテンマの勝手ではあるが、それを嫌う者もいるのだ。恐らくはそのほとんどが貴族であり、大半が嫉妬ではあるだろうがな。だがその中には、テンマのところで金が止まる事で、その分だけ経済の回りが悪くなる事を心配している者もいるはずだ。なので、テンマが二人の結婚式の費用を惜しげもなく出す事で、経済的な心配をしている者を敵に回さずにすむ可能性があるのだ。まあ、その金を落とす先がサンガ公爵領であると喜ばしいというのが、私の本音の一部でもあるのだがな」
三人に俺が結婚式の金を出すという事は、二人の為だけでなく俺の為でもあり、巡り巡って国の為でもあると言った。さらには、さりげなくアルバートは自分にも利益のある話なのだと教える事で、俺の行動を後押しする事の不自然さを薄めようとしていた。その姿はまさに、『大物詐欺師』といった感じだ。
「セルナさん、難しく考えなくていいんです。ただ俺は、セルナさんの結婚式を利用して、俺の敵を減らそうとしているだけなのですから。もし仮にセルナさんが拒んだとしても、俺は無理矢理にでも豪華にしますよ。何せ俺は一時的にとはいえ、セルナさんのご主人様だったんですから。ご主人様に、恥をかかせないでください」
後半、かなりふざけた感じで言うと、ようやくセルナさんが笑ってくれた。まだ完全に納得できていないようではあるが、「知らないところで豪華になっていてびっくりするよりも、事前に知っていた方がいいでしょ?」と言って、強引に俺が結婚式の費用を出す事を認めさせた。
「だが、困ったな。これだけでは、私が参加する理由がない。どうしたものか……そう言えば、二人の結婚式の仲人は誰になっているのかな?」
これでアンリの父親の企みを潰す作戦の最大の難関をクリアしたと思っていたら、不意にアルバートがそんな事を言い出した。
「ギルド長とフルートさんに頼んでいますけど……」
「それはいけない! ギルド長は頼りならないし、その奥方は身重なので万が一の事があってはいけない。そこでだ。ここは一つ、テンマにやらせてみてはどうだろうか? 結婚式の費用を出すのだから、ついでに仲人もやらせればいい。そしてテンマの手伝いをプリメラにやらせれば、私が出席してもおかしくはないだろう」
いい案だとばかりに自画自賛するアルバートだが、正直それでもアルバートが出席する理由には弱い気がする。だがアルバートは、そんな俺の心配に対し、
「父上の事だから、プリメラがどのように仲人を務めたのか知りたがるだろう。何せ父上は、プリメラを可愛がっているからな。親馬鹿と言っていいくらいだ。私はそんな父上の為に、仕方なく出席しなければならないのだ! ……と言う事にしておけばいいだろう」
全てはサンガ公爵の為と言う事にするらしい。まあ、自分の身内が重要な役についていれば、それを理由に強引に参加できるだけの力を、アルバートは持っているのも確かだった。
「それだと、僕が参加できないね……どうしようか?」
そこに今度は、カインが話に加わってきた。
「それなら、今回の旅でサモンス侯爵家だけ利益につながるような事がないから、これ以上離されない為に強引に参加したと言えばいいのではないか?」
「それがいいね! そうするとリオンだけど……リオンなら、『何も考えずに参加した』で皆納得するだろうね!」
「いや、そんな事しなくても、俺が主催者として三人を招待したで済むと思うぞ? いいですよね、セルナさん」
「え、ええ……ここまで来たら、テンマさんの好きになさってください。私達は、どれだけ豪華な式になるのかだけを楽しみにします」
色々と諦めた様子のセルナさんだったが、「結婚式の計画にはマルクスさんにも参加してもらいます」というと、少しは安心したようだった。
結局、アルバートはプリメラの、カインとリオンは俺の招待客として、じいちゃん達は俺の身内枠(アムールはオオトリ家預かりなのでここに入っており、レニさんはアムールの従者という形)という事に決まった。
「それでおやじさん。結婚式で出す料理なんですけど、肉はワイバーンとバイコーンと白毛野牛がありまして……」
「ちょっと待て! 俺はバイコーンと白毛野牛は扱った事がないぞ! と言うか、本当にそんな超高級品を出す気か!」
俺が持っている材料の中で、特にメインになりそうなものの名前を挙げると、おやじさんは大声を出して驚いていた。その声の大きさに、食堂の隅でおかみさんに抱かれておとなしく寝ていたソレイユちゃんが、おやじさんの声に負けないくらいの大きさで泣き出してしまったので、おかみさんにめちゃくちゃ怒られていた。
「おやじさん。こぶ出来てますけど、薬いります?」
「……ありがとよ」
頭にたんこぶを作った親父さんに塗り薬を渡すと、静かに受け取って患部に塗り始めた。
おやじさんは俺がいきなり高級食材を出そうとしたので驚いたのもあるが、そういうものは自分の時の為に取っておけと言うつもりだったそうだ。一応、それなりに量があるとはいったのだが、バイコーンや白毛野牛は祝われる二人が恐縮しすぎて楽しめないかもしれないと言われたので、その二つよりランクが落ちて、なおかつ大量にあるワイバーンを使う事になった。ついでに今回の結婚式について、アンリの父親が企んでいる事をぶっ潰そうと思っていると言うと、無言でげんこつされて、「そういった事は先に言え!」と怒られた。
「そうなると、料理でも度肝を抜くようなインパクトが欲しいな」
「これが普通の宴会だったら、ワイバーンの頭を飾ったりするのが簡単なんだけど……流石に結婚式でそれはできないし」
俺は何かヒントになるようなものがないかと思い、思い思いに騒いでいる皆を見回して……
「そう言えば、あれは聞いた事がないな……おやじさん。面白そうなのを思いついた」
「ん? ……おおっ! それは面白いかもしれないな。ちょっと苦労しそうだが、テンマが手伝ってくれるなら問題はないだろうな」
思いつきをおやじさんに話すと、おやじさんもいい考えだと太鼓判を押してくれた。材料も今あるもので出来そうなので、結婚式に間に合う事だけを注意すればいいだろう。
「料理は少量のものを何種類も出す感じで、盛りつけなんかはアルバート達に監修してお墨付きをもらえば、あちらさんはクレームを付ける事ができないでしょ」
「何種類も作るのは面倒くさそうだが、明日からでも作り始めて、出来上がったものはテンマのマジックバッグで保存すれば、なんとかなりそうだな」
「ええ、俺も合間合間に手伝いますから、出来れば十種類くらい用意したいですね」
十種類は多いと言われたが、相手の驚かすのだから多い方がいいだろうと押し切った。まあ、その分俺の負担も増えそうだが、ストックしてある料理や下ごしらえ済みの食材を使えば、他の悪巧みをする時間を作る事は可能だろう。
大まかなメニューを決める為に、アルバートとカインを呼び寄せて話し合ったところ、二人も快く協力してくれる事となった。まあ、アルバートは「サンガ公爵領の新名物になりそうだ」、カインは「自分の時もよろしく!」、と言っていたので、完全に善意でというわけではなかった。もっとも、二人が協力してくれるのならば、それくらいの代償はあって無いようなものだろう。ちなみにクリスさんを相談の場に呼ばなかった理由は、俺の第六感が『絶対に呼んでは駄目だ!』と、痛いくらいに鳴り響いたからである。
「すき有り!」
「そんなものはない!」
「なら、こっちから!」
「行かせませんよ!」
「今がチャン、にゃーーー!」
「一丁上がり! です」
アルバート達を交えての話し合いが一段落ついたところで、何か腹にたまるものでも食べようかと思って食堂内を見回したところ、山猫姫の三人対アムール・アウラ・レニさんの戦いが繰り広げられていた。ちなみに、最後の方で悲鳴をあげていたのはミリーで、その理由は相対していたレニさんを出し抜こうと瞬間、どこからか取り出された縄で縛られたからだった。
そして、いつの間にか仲間はずれにされているジャンヌはと言うと、プリメラやセルナさんといっしょに、おかみさんのところでソレイユちゃんを見ながら楽しそうにおしゃべりをしていた。なお、アンリはじいちゃんとクリスさん、そしてマルクスさんに囲まれてお酒を飲まされていた。しかも、何か愚痴のようなものにも付き合わされている。
「じいちゃんとマルクスさんはまだ正気みたいだけど、クリスさんはそろそろ絡み酒になりそうだな……シロウマルを派遣して、気を逸らさせるか」
じいちゃんとマルクスさんは、俺が行ったら解決しそうだけど、クリスさんに関してはさらにうるさくなりそうなので、シロウマルに任せる事にした。
そして俺の思った通り、じいちゃんとマルクスさんはアンリをからかっていただけだったようで、俺が少し注意するとおとなしくなった。そしてクリスさんはシロウマルが近くに行くと、アンリの事を忘れたかのようにモフり始め、さらにはシロウマルに与えるお肉を求めてアンリから離れていった。
「クリス先輩はこれで大丈夫そうだな」
「だね」
アルバートとカインは、クリスさんが十分に離れたのを見てから近づいてきた。おやじさんはどうしているのかと思ったら、厨房に引っ込んで料理を始めたらしい。二人と話しているうちに、何か思いついたのかもしれない。
「暴れている女性陣は放っておいて、おしゃべりしている女性陣のところに行こうか? 主役に、改めて挨拶をしておきたいしな」
「そういうわけで、テンマも行こうか? 流石に僕達がいきなり行くと、驚くだろうからね」
満腹亭の中で、一番被害が出ないであろう場所へと避難した俺達だったが、急にやってきたアルバートとカインにセルナさんとおかみさんがかしこまってしまい、その変化に気がついたソレイユちゃんが泣き出してしまったので、三人揃ってプリメラに追い返されてしまった。なお、正確に言えば俺は追い返されたのではなく、場の空気を乱してしまった二人に引っ張られての退散だったが、女性陣の中に俺一人だけと言うのもキツそうだったので抵抗しなかっただけだ。
「なんじゃ、赤子に泣かれて追い返されて、ここに落ち延びて来たのか?」
俺達三人の受け入れ先はじいちゃんのところしかなかったので、半ば仕方なくやって来たのだが、じいちゃんとマルクスさんはかなり酔っ払っているみたいだった。そんな二人に対し、いじられていたアンリは思ったほど酔っていないみたいだった。多分、二人に気を使ってあまり飲めなかったのと、二人が無理やり飲ませなかった為だと思われる。まあ、年齢の近い三人が加わる事になったがその内二人は身分がかなり高いので、アンリの気が休まる事はないかも知れない……が、逃げ場がここしかなかったので、我慢してもらいたい。
「そう言えば、結婚式の仲人って、どうやればいいんだ?」
「わしもやった事がないからよくは分からんが、今回は司会進行役とでも思っておけばいいのではないか?」
「そうですね。私も経験はありませんが、先輩がしているところは見た事があります」
マルクスさんの話によれば、その先輩は結婚式の司会みたいな事や、立会人のような事をしていたというので、バラエティー番組のMCのような事をすればいいのかなと軽く考えながらジュースを口に含んでいたところ……
「そうなると、やはりプリメラにも手伝わせた方がいいかもしれないな」
アルバートの言葉で吹き出しそうになった。ギリギリのところで吹き出す事はなかったが、ジュースが気管に入ってしまい、『鼻から牛乳』のような状態となってしまった。
「うわっ! テンマ、汚い!」
カインにそんな事を言われたが、咳き込んでいた俺は何も反論する事ができず、しばらくの間、咳が止まるまで苦しい思いをしてしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ……アルバート、いきなり何を言い出すんだ?」
少し睨むような感じでアルバートを見てしまったが、アルバートは平然とした態度で、
「いや、仲人という事は、男女でないといけないだろう? 流石に男性であるテンマが、女性の世話をするのはまずいだろうし」
「確かにそうじゃの」
アルバートのいう事は確かに正しく、それを聞いたじいちゃんが真っ先に納得し、他の皆も続けて頷いていた。しかし、理由はわかるが何故プリメラなのかと聞こうとしたところ、
「まず、ジャンヌやアウラだと、申し訳ないが身分的にそぐわない。アムールやレニさんだと、南部の子爵家の許可が必要になってくる。山猫姫の三人だと、誰がテンマとやるかで揉める」
さらには、フルートさんやおかみさんだと既婚者である為、配偶者以外と組むのはまずいとの事だった。
「その点、プリメラだと許可なら私が出せるし、社会的な身分も申し分ない。それに、テンマや新婦との面識もあるので、仲人をしても不自然ではない」
確かにそう言われるとプリメラが適任ではあるが、もう一人適任な人物がいるのでは? と思ったところ、
「クリス先輩は……心から祝えそうにないからな……」
と言われ、知り合いにプリメラ以上の適任者がいない事が理解できた。
「アルバートの言う通り、プリメラに手伝ってもらうのが一番か」
そういうわけで、納得したところでプリメラを呼び、仲人を一緒にやってほしいと頼んだ。プリメラも、最初は俺と同じように疑問に思っていたみたいだったが、アルバートの言葉をそのまま伝えると納得していた。ただ、クリスさんの理由に関しては、苦笑いを浮かべたのみで何も言わなかったが……
その後、アムール達の騒がしさが増したところでじいちゃんが一喝して静めたり、じいちゃんの声に驚いたソレイユちゃんがまた泣き出したり、おやじさんが胃に優しそうなスープや料理を持ってきたのをきっかけにまたうるさくなったりと、賑やかな宴会が夜遅くまで続いたのだった。
―――どこかの平原―――
「急げ! このまま、間に合うはずだ!」
「お待ちください! 夜に馬を走らせるのは危険です!」
辺りが暗くなっているというのに、一人の若者が目的の街を目指して、夜間にもかかわらず出発しようとしており、そこを護衛と思われる騎士に止められているところだった。
「少しでも速く着かないと、アルバートとカインはなんだかんだと理由をつけて、グンジョー市を出発してしまうぞ! 俺を置いていく為だけに!」
「それでも、です! もし、このまま夜も駆け抜けたとして、いつどこで休憩をとるのですか? 私達の馬は、ゴーレムではないのですよ?」
「うっ! そ、それは……」
「このまま無理して走り続けて、もし馬が怪我したらどうしますか? 代わりの馬を探すのに、それなりの時間を取られますよ? そうなれば、確実に置いていかれる事になります。それに、止まっている時に馬の怪我が発覚するのであればまだしも、走っている途中であれば落馬の可能性が極めて高く、打ち所が悪ければ、そのままシェルハイドまで引き返す事になります……骸となったリオン様を連れて」
「……」
「さらに言えば、リオン様の葬儀の後は、私達の死刑が執行されるでしょうね。何せ、私達の護衛対象である、『次期ハウスト辺境伯』様を殺したも同然の大罪人なのですから」
「いや、そんな事は……」
「皆、それでもリオン様は進むとの仰せだ。今のうちに、家族あての手紙なり遺書なりを書いておくように。皆が書き終わり次第、リオン様の命令に従い、我々はこの暗闇を駆け抜ける! 急げ!」
「すまんかった! マジで反省している! そこ! 嘘泣きしながら遺書を書くな! 頼むから、家族の名前を呟きながら手紙を書かないでくれ! 俺が悪かったから!」
「では、この先は私の指示に従って進むと言う事でよろしいですね?」
「全てお任せします……」
こうしてリオンの無謀とも言える行動は、騎士の諫言によって阻止された。ちなみに、この次の日の早朝。リオン達一行は出発してから数時間後に狼の群れに襲われる事となるが、護衛の騎士達の活躍により誰一人として怪我をする事はなかった。ただ、狼の群れを退けた後にリオンを諌めた騎士の、
「もし襲われたのが夜であったなら、死人が出たかもしれませんね。そうならなかったのも、リオン様の英断のおかげです」
と言う言葉を聞き、それ以降リオンは、騎士の指示に異を唱える事はなかった。その結果、リオン達の進行速度は上がり、最初の予想よりも速くテンマ達と合流する事となるのであった。