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第13章-5 お付き合い?

「お久しぶりです、マルクスさん。丁度出かけている時に伺ったみたいなので伝言を頼んだんですけど、何かありましたか?」


 もしかすると、今日の夜は参加できないというのをわざわざ言いに来たのかと思ったのだが、俺の予想は外れていた。


「テンマさん、本日は頼みがあって参りました!」


 マルクスさんは俺が応接間に入り声を掛けるなり、いきなり土下座した。普段は知らない奴がこんな事をして頼み込んできても完全に無視するが、知り合いの上にこんな事をする人ではないので、まずは話を聞いてみる事にした。どのみちここで土下座をずっとさせるわけにはいけないし、かと言って話も聞かずに知り合いを追い出すような真似はしたくなかったからだ。


「マルクスさん、まずは話をしてくれないと、その頼みとやらを引き受けるかどうか判断する事もできません」


「も、申し訳ありません。アルバート様、プリメラ様も失礼しました」


 この二人は、マルクスさんは俺の客ではあるが、同時にこの屋敷の客でもあるので同席する……という名目で、食堂(クリスさん)から逃げてきたのだ。ちなみにじいちゃんは風呂に入っているらしく、かなりの長風呂になっているとの事だったので、応接間に来る途中ですれ違った使用人に様子を見てくるように頼んだ。じいちゃんの事だから、長風呂くらいでどうなるとは思えないが、風呂場に酒を持ち込んでいたそうなので念の為だ。


「それで、頼みとは何ですか?」


 俺にも出来る事と出来ない事があるし、やりたくない事もある。出来れば力になれる範囲の頼みごとであればいいけれど、と思っていると、


「実は、セルナの事です。セルナに恋人がいるのですが、少し問題がありまして」


「ギルドで二人を見かけましたけど、とても仲が良さそうに見えましたし、男性の方も見た限りでは変な感じはしませんでしたけど?」


「いえ、彼に問題があるわけではないのです。ただ、その実家の方が問題でして……テンマさんは、『グロリオサ商会』をご存知ですか?」


 マルクスさんが言った商会の名前に聞き覚えがないと言うと、アルバートとプリメラが少し驚いたような顔をしていた。


「テンマ、グロリオサ商会というのは、グンジョー市で一番大きな商会だ。主に、武具を扱っている」

「グンジョー市の冒険者なら、何度も利用すると思うのですが……本当に知らないのですか?」


 二人が驚いた理由が分かった。そして同時に、何故俺の記憶にないのかも理解した。


「俺、グンジョー市で活動している時に、大きな商会で武器を買う事がなかったから。武器屋に行く事があっても、手入れの道具とか投擲用の使い捨ての物を買うだけだったから、大きなところに行くよりも、個人でやっているようなところに行った方が安く手に入るし」


 俺の答えを聞いて、アルバートとプリメラは合点がいったというような顔をした。下手な武器を使うよりも、魔法で戦った方が安心・安全だし、そもそも俺には『小烏丸』があるのだ。つまり、『小烏丸よりはるかに劣る、そこそこの武器』に興味が向く事がなかったのである。


「もしかしたら数回程度は行ったかもしれないけど、記憶にないという事は俺には合わなかったんだと思う。それでマルクスさん、その商会がどう関係あるんですか?」


「セルナの恋人……アンリと言うのですが、彼はグロリオサ家の三男でして、本人はセルナと結婚したいと言っているのですが、その父親がセルナとの結婚を反対しておりまして……」


 マルクスさんは結婚の反対理由のところで言いよどんだが、しばらくすると意を決したように、


「セルナが過去に盗賊に囚われた際に乱暴された事を知り、汚れている女と身内になるのは我慢がならないと言っているのです」 


 と言った。


「随分と胸糞の悪い話ですね……アンリでしたか、彼は実家暮らしなのですか?」


「いえ、彼は画家になりたいと言って、実家を勘当されています。今は冒険者として活動し、それで得た収入を活動費に当てています」


 グロリオサ商会は他の街を本拠地にしている為、アンリは色々な街や村を転々としていたそうだが、一年程前にグンジョー市にきた際にセルナさんと出会い、互いに恋に落ちたそうだ。そして最近になって、父親に見つかったと言う事らしい。

 そんな中ではあるが、セルナさんとアンリは結婚式を挙げようと計画しているそうだが、結婚式が近づくにつれてその父親の妨害が入りつつあるという事だった。


「勘当して縁を切っている状態なのだから、無視しておけばいいものを……ところで、その結婚式はいつなんですか?」


「二週間後です。テンマさんにお願いしたいのは、その結婚式に参加して欲しいのです」


 マルクスさんがここのところ走り回っていた理由は、その父親の情報を集める為だったそうで、その集めた情報の中に、結婚式当日に父親が貴族をつれて乗り込んでくるというものがあったそうだ。


「新郎の父親が結婚式に参加するのはおかしい事ではないのですが、その時に新郎側の客として貴族を連れてくる事で、新婦側との釣り合いを取れないようにする為のようです。恐らくは、貴族を連れてきたというのにそれに釣り合いの取れる結婚式ではなかったと、難癖を付けるつもりだと思われます」


「その貴族というのは?」


「アビス子爵です」


「アビス子爵だと?」


 俺が反応するより速く、アルバートが驚いた。そしてプリメラも驚いている。二人が揃って驚くという事は、アビス子爵という名前がここで出てくるのは予想外だったという事だろう。


「アルバート。そのアビス子爵というのは、どんな人物なんだ?」


「ああ、アビス子爵というのは、古くからサンガ公爵家に使えている貴族だ。誇り高くて気難しいところがあるが不正を嫌うところもあって、テンマが昔絡まれたレギルをとても嫌っていたな。だがその反面、レギルに利用価値がある事も理解していた。まあ、レギルが失脚して、一番喜んでもいたのもアビス子爵だが」


「兄様には厳しかったみたいですけど、私には優しかったですね。それと、姉様達にも」 


 プリメラに優しかったのは、男女の差なのか跡取りかそうでないかの差なのかは分からないが、聞いた限りではまともな貴族のようにも思える。


「そうだとするならば、そんな貴族が結婚式を邪魔する事に手を貸すか?」


「いえ、どうもアビス子爵は、その父親の企みを知らないみたいです。アビス子爵は純粋にアンリの結婚式を祝うつもりなのだと思います」


「つまり、その父親の独断という事ですか。子爵にバレた時の事を考えていないんでしょうね」 


 ある意味、レギルと同類だな。


「それで、俺が結婚式に参加して、招待客の差をなくそうという訳ですか。いいですよ。名目上は、『元オオトリ家のメイド』の結婚式に呼ばれたとしておけば、その父親も文句をつける事はできないでしょう。例え、俺がセルナさんの仮の主だった時間が短かったとしても、俺とセルナさんかマルクスさんが認めれば、それは事実として通用しますから」


「ありがとうございます!」


 俺が参加を決めるとマルクスさんはホッとした表情になり、深々と頭を下げた。


「そういうわけで、今日の宴会には絶対にセルナさんとアンリを誘って参加してください。その時に俺も参加させて欲しいと、直接二人に頼みますから」


 一応、マルクスさんが俺に頼みに来た事は秘密にしているという事だったので、俺がどこかで結婚式の話を聞いて、二人に確かめてから参加したいと言う流れにする事にした。この方が、流れ的には自然だろうし、頼まれたから仕方なく結婚式に参加したと思われる事はないだろうとの判断だ。


 マルクスさんが屋敷を去った後で、皆に滞在期間が伸びた事を報告しようと食堂に向かう途中で、空の酒瓶を持ったじいちゃんと合流した。まあ、空にしたといっても、酒瓶自体は小さなものだったので、軽く飲んだだけのようではあったが、じいちゃんの顔は赤くなっていた。


「あんまり一人で風呂に入っている時に、酒は飲まないでよ。年も年なんだし、ポックリ逝ってもおかしくないんだから」


「酷い事を言うのう……そうは思わんか、プリメラ?」


「え? ええ、マーリン様はお年とは言っても、鍛えておられるからなのか、お元気で見た目も若々しいですし、節度を守れば構わないのではないかと……」


 急に話を振られたプリメラは、少し詰まってはいたがすぐにじいちゃんの味方をした。それがじいちゃんには嬉しかったのか、食堂に行くまでの間(・・・・・・)は、ずっとニコニコ顔だった。



「ふむ……これは一体どういう状況じゃ?」


 食堂に入ると、すぐにじいちゃんの顔は困惑顔に変わり俺に説明を求めてきたが、俺も説明はできなかった。


「と、いうわけで……クリスさん、説明お願いします」


 なので、食堂にいる人物の中で、唯一まともに動く事の出来ていたクリスさんに説明をお願いした。ちなみに、食堂内でまともに動いているのは、クリスさん以外ではスラリンしかいない。


「ええっとね……ちょっとだけ、お説教が長かったみたい」


 現在の状況……それは、俺が食堂を出る時に正座させられていた面々が、床に倒れ込んで苦しんでいるのだ。そしてその反対では、おやつを食べ終えたシロウマルとソロモンが、仲良くへそ天しながら寝ている。そして無事なクリスさんとスラリンは、苦しんでいる面々を介抱していた……カインを除いて。


「説教に夢中になっていて、ふと気づいたらカインが気絶寸前でね。慌てて他の皆を見たら、皆も同じようになってて……不思議よね~?」


「嘘です……クリスは、私達が動こうとするたびに殺人鬼のような視線を向けて、『そこ、動くな!』って怒鳴ってました」


 レニさんの暴露で、クリスさんがやりすぎた事が発覚した。まあ、そんな事だろうとは思ってはいたけれど……そこまで厳しくしなくてもいいのではないかと思う。


「まあ、カインは仕方がないにせよ、他の皆は先に解放すればよかったのに」


 ここでカインの事までクリスさんを責めてしまうと、クリスさんは逆ギレして面倒臭い存在に変わってしまうだろうから、カインには犠牲になったままでいてもらう事にした。これは、決して俺の復讐が入っているからではない! ……と思いたいところだが、自信は全くない。


「まあ、そんな事はいいとして、グンジョー市での滞在期間が伸びたから。それにより、残念ながらリオンと合流する事になってしまうと思う。うるさいのが増えて、残念だとは思うけど……理由が理由だけに、皆には了承して貰いたい」


 『そんな事扱いなのか!』と言った視線が、アムールとアウラから向けられたが、レニさんとジャンヌは、その理由の方を知りたがっていた。ここで一番騒ぎそうなカインが、ダウンしたままなのは幸いだったと思う。もし無事な状態ならば、リオンと合流する事になると言うと、絶対に面白半分に騒ぐからだ。そしてそれを鎮めるのに手間が掛かり、最後には力ずくになってしまうかも……そう考えると、少し残念だったかもしれない。


「そ、それでテンマ君、その理由ってなんなの?」


 クリスさんが真っ先に理由を尋ねてきたが、明らかに話題を逸らせる為だと思われる。まあ、それをわざわざ指摘する必要もないし、指摘しそうなアムールも今は大人しいので、余計な茶々が入る前にセルナさんの結婚式に参加する事になったと言ったところ、


「結婚ねぇ……」


 滞在期間が伸びた理由が結婚式だと知って、少し機嫌が悪くなってしまった。アムールが話していた通り、三十間近で焦っているせいで、他人が結婚するというのは面白い話題ではないのだろう。


「クリス、心が狭い」

「うぐっ」


 アムールがポツリと呟いた言葉が心にクリティカルヒットしたようで、クリスさんは気まずそうにしていた。


「理由は分かりました。では、私達はどうしましょうか?」


 レニさんは、部外者である自分達はどうしたらいいのかと聞いてきたので、なるべくなら参加する方向で考えていて欲しいと答えた。

 イマイチはっきりとしない俺の答えに、皆疑問を感じたみたいだが、先ほどのマルクスさんとの話し合いをして、本人達にも了承を取らないといけないので本決まりではないと言うと納得していた。


「それにしても、テンマは貴族をやり込めるのが好き」


「人聞きの悪い事を言うな、アムール。俺は危害を加えようとしてくる貴族しか相手にしていない。それとそのアビス子爵は、今回の企てに関わっていない可能性が高いそうだ」


 俺が一部訂正すると、アルバートとプリメラが頷いていた。


「詳しい事はセルナさん達と話してからにする事にして……何でアムール達は、正座させられていたんだ?」


 結婚式の話が一段落着いたところで、話を戻して星座の理由を聞いてみる事にした。暴れていた事が理由なのであれば、俺もあそこに連座させられていただろうが、クリスさんが俺は『白』だと判断した理由が気になったのだ。後、あれくらいの盗み聞きで、あそこまで真剣になっていたのも不思議だった。


「その理由はね! アムール達の話の内容が二つに分かれていたからなのよ!」


 アムールにクリティカルヒットをくらって静かになっていたクリスさんが、反撃のチャンスとばかりにいきなり元気になった。そして対照的に、アムール達はバツの悪そうな顔をしている。


「テンマ君が盗み聞きしてしまったというのは、アムール達にとっては聞かれても大した事のない話だったの。けれど、テンマ君がいなくなった後に話していたのは、ちょっと男子には聴かせる事の出来ないような内容の話でね。アムール達はカインが、『テンマが盗み聞きしていた』っていう言葉を聞いて、聞かれてはいけない方を聞かれたと勘違いしていたわけ。追いかける前に、テンマ君が聞いた話とその状況を聞いていれば、アムール達の誤解でカインの虚報だったと分かったのに、勘違いしたまま暴れたから私が怒っていたのよ!」


 クリスさんは、先ほどの鬱憤を晴らすかのように上機嫌でまくし立てた。


「ええ、分かりましたから、そんなに近づいてこなくても大丈夫です。それと、理由もわかりましたし、誤解されるような事をした俺も悪かったので、カイン以外は許してやってください」


「え? う~ん……そうね、カインはともかく、アムール達はちょっと怒り過ぎたかもしれないわね」


 と言う訳で、カイン以外の解放が決まった。カインは自分だけ助からない事を聞かされ、俺やアルバートに目で助けを訴えていたが、俺達は無視した。だって俺にしてもアルバートにしても、カインのせいでそれなりにひどい目にあっているのだ。なので、助ける理由がなかった。それはプリメラも同じだったらしく、続けて向けられた視線に対し、プリメラは目を逸らした。


「こういうのはリオンの担当なのに!」


 そう叫んだカインは、クリスさんに更なる説教をされていた。


「テンマ、ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「申し訳ありませんでした」


 怒られているカインを眺めていると、ジャンヌ、アムール、アウラが、揃って謝りに来た。


「テンマさん、本当に申し訳ありません。」


 最後にレニさんが謝ったが、レニさんに関して言えば、カインの虚報だったとわかった上で動いた可能性がある。まあ、あくまで俺の予想だが。


「それに関しては、俺も盗み聞きして誤解させたというのも関係しているから、もう気にしてないぞ。悪いのは全部カインだ。だから、皆も気にする必要はない」


 今回の件は、全てカインの責任にしようと決めているので、皆の謝罪を受け入れて、それ以上気にしないように言った。



「あれはリオンの役目なのに……」


 満腹亭に向かう時間が近付いて来ているという事で、ようやく解放されたカインがまたそんな事を言っていた。確かにああいった事で怒られるのはリオンというイメージがあるが、俺の中ではその次にカインとアルバートが並んでいるので、トップがおらず同率が関わっていない時点で、全ての責任がカインに行くのは別におかしな事ではなかった。


「はいはい、時間も迫っている事だから、さっさと支度して来なさい!」


 カインの愚痴は、その愚痴の原因となったクリスさんにより流された。カインは理不尽だとでも言いたそうな顔をしていたが、クリスさんの言う通り時間が迫ってきているので、黙って身支度を整えに行った。


「全く、一番の問題児(リオン)がいないから、多少は楽になると思ったのに……一番がいないと、二番が繰り上がるのね」


 クリスさんも、俺と同じ様な事を考えていたようだが、俺の中ではクリスさんはアルバート達に次いで、アムールと並ぶ四位にランクインしている。まあ、クリスさんにしてみても、俺も同じ様な位置にいる事だろう。後、俺のランキングには王族の中から四人がランクインしているが、あの四人はある意味殿堂入りしているので、やはり一位はリオンだろう。


「準備できたよ~」


 カインが戻ってきた事で、全員の準備が終わった。


「それじゃあ、行こうか」

「うむ! ジャンヌ、アウラ、ここからは戦場。気を抜かないように!」

「ええ!」

「はい!」


 アムールとジャンヌとアウラの三人が張り切って、俺の周囲を囲んだ。前方をアムール、左右をジャンヌとアウラという形で、さりげなくレニさんが後ろに陣取っている。


「これで猫を寄せ付けない!」


 アムールの『山猫姫』に対する警戒心が強いのはいつもの事なので、好きにさせる事にした。まあ、『仲良く喧嘩しな』のような感じなので、殴り合いにならない限りは放っておいても大丈夫だろう。だが、


「陣形を組んだところで申し訳ないが、移動は馬車だぞ」


 そう言って俺は、ライデンにつないでいる馬車を指差した。流石に貴族がいるのに、歩いて満腹亭まで行くような事はしない。

 俺の馬車で満腹亭まで行けば、マジックバッグに入れておく事ができるし、ライデンもディメンションバッグで長時間待機させておく事ができる。ライデンは嫌がるだろうけど。


「仕方がない……降りてからまた陣形を組む」


 アムールは、少し不機嫌そうな声を出しながら馬車に一番に乗り込んで入口付近に陣取った。その近くには、ジャンヌとアウラも待機している。満腹亭についたら、すぐに先程の陣形を組むつもりなのだろう。本当に、『仲良く喧嘩しな』の範囲で収まってほしいと思う。


「でも、本当に私達も一緒でいいんでしょうか?」


 プリメラがそんな心配をしているが、おやじさん達に限ってプリメラ達を嫌がる事はないだろう。寧ろ、腕の振るいがいがあると張り切りそうだ。


「大丈夫だって。寧ろ連れて行かなかったら、俺が怒られると思うから。それに、皆を連れてくるというのを前提で食事を作っているはずだから、来てくれないと困る」


「と、いう事だそうだ。良かったなプリメラ、テンマはプリメラが必要との事、だっ! ごふっ……」


 横からしゃしゃり出てきたアルバートがふざけたその瞬間、間髪入れずにプリメラがアルバートの脇腹に一撃を入れた。そして俺もプリメラに習うように、反対の脇腹を殴った。


「容赦がないのう」


「今のは、いつもリオンがやられている事だから大丈夫だよ。まあ、リオンとアルバートじゃあ、耐久力に違いがあるけどね」

「そうです。兄様が将来サンガ公爵家の当主になれば、こうして注意してくれる人はいなくなるのです。なので、今のうちにちょっと(・・・・)痛い目に遭ってもらい、代償という言葉の意味をしっかりと知ってもらわないといけません!」


 そう言って、床に倒れるアルバートを見捨てた。

 今のプリメラは、俺の持っていたプリメラのイメージから大分離れているが、他人と実の兄に対する態度に違いがあるのだと考えればそんなにおかしな事ではないのだろう……と結論付けて、これ以上は深く考えない事にした。今のプリメラは、ちょっとだけ怒った時のマリア様に似た雰囲気をまとっていて怖いので、アルバートを見捨てる事でプリメラが元に戻るのならば、俺はプリメラの味方になるに決まっている。

 ちなみに、プリメラが怖かったのは皆一緒だったようで、「それもそうじゃな。悪いのはアルバートじゃ!」とじいちゃんは即座に言い、クリスさんは明らかにアルバートやプリメラから視線を逸らして見ていないふりをし、カインとジャンヌとアウラは怯えて震えていた。

 そしてアムールに至っては、「全てこれが悪い!」とプリメラの味方だと宣言するような事を言ったあとで、「これは邪魔だから、隅にでも置いとこう」と言って、レニさんといっしょにアルバートをどかしていた。そしてそのまま、トイレにこもった。レニさんもトイレに逃げるつもりみたいだったが、アムールに先に取られたので、一瞬迷ってからクリスさんの隣に座った。


「着いたみたいですね。テンマさん、行きましょう」


 しばらくの間馬車の中は沈黙の時間が続いたが、馬車が停止すると同時にプリメラが口を開き、重苦しい雰囲気が少しだけ軽くなった気がした。そのまま俺は、プリメラに手を引かれて満腹亭に入ろうとしたが、入る直前になってアムールがジャンヌとアウラを引き連れて俺とプリメラの周りに陣取った。そしてアムールが満腹亭のドアを開けると、


「「「やっと来た! テン……」」」

 

「させない! ジャンヌ、アウラ!」

「「はい!」」


 リリー達三姉妹が俺めがけて走ってきて、アムール達がそれぞれガードした。


「また邪魔する!」

「何で!」

「今は自由な時間なのに!」


「えっと……」

「あれはあれ、これはこれ」

「何があっても、テンマ様には近づけさせませんよ! この、泥棒猫達めっ!」

「お嬢様、ファイト~!」


 勢いだけで前に出たジャンヌは三姉妹の抗議に負けそうになっていたが、アムールとアウラはブレなかった。その三人の後ろで、レニさんはアムールの応援をしている。


「テンマさん、ここで立ち止まると邪魔になるので、早く中に入りましょう。カイン兄様、あれ(・・)は置いて行っても大丈夫です」

「了解しました、隊長!」


 そして、プリメラもブレなかった。アルバートの心配をしていたカインに対し、プリメラは実の兄を『あれ』扱いした上で放っておけと、半ば命令ようにカインに告げた。カインもカインでプリメラに言われた瞬間に、アルバートの事など忘れたかのように馬車から視線を外し、敬礼をしてプリメラの後に続いた。その間じいちゃんとクリスさんは静かに移動し、極力気配を消そうとしていた。


「おお! 来たな、テン……マ?」

「おやじさん、貸切にしてくれたんですね。ありがとうございます」

「テンマさん、先にセルナさんに挨拶した方がいいかもしれません。アンリさんの方が、緊張でガチガチになっています」


 おやじさんの様子が少しおかしかったのも気になるが、それ以上にプリメラの言う通り、セルナさんの隣でカチカチに固まっているアンリが気になった。


「すみませんけど、先にあの二人に挨拶してきますね。ギルドに行った時にタイミングが悪くて、何も話せなかったものですから」


「あ、ああ、分かった。そうだな、先にアンリと話をして緊張を解させた方がいいかもな。あの様子だと、全然楽しめないだろうし、俺の方も少し気持ちを整理させたいから……」


「? まあ、そういう事で、ちょっと行ってきます」


 少し様子のおかしいおやじさんに断りを入れ、ある意味今回の目玉である二人がいるテーブルへと向かった。


「あ! お久しぶりです、テンマさん。ギルドに来た時に挨拶できなくて、申し訳ありませんでした。こちらはお付き合いしている……」

「ア、アンリです! よろしくお願いします!」


 セルナさんは、アンリを紹介する時だけ照れて緊張していたが、アンリは終始緊張しっぱなしだった。その理由を聞くと、片手間で冒険者をしている身としては、「今日トップクラスの冒険者と会うから」と言われても、どういった話をしていいのかわからないからとの事だった。


「それで、お聞きしたい事があるのですが……お二人は、お付き合いされているのですか?」


 唐突なセルナさんの発言に、困惑して固まる俺とプリメラだった。

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