第13章-4 捕獲
「この部屋か……中にいるのは、ジャンヌにアウラ、レニさんに……アムール? いつの間に来たんだ? と言うか、よく場所がわかったな」
気配を感じた部屋の前まで行くと、話し声で中にいるのが誰か分かった。まあ、本人達はなるべく小さな声で話しているようだが、部屋の中にいる事で油断し、更には俺の身体能力を計算に入れていなかったみたいで、少し集中すれば聞き取れるレベルの声で話していたのだ。
それに、アムールがここにいるという事は、クリスさんはいないアムールを探して街の中を駆け回っている可能性が高いという事だ。クリスさんがまだ来ないのは俺との口喧嘩が原因の一つでもあるので、一応探しに行った方がいいのかも、それに女性の話を盗み聞きするのは良くないとも思い、取り敢えずこの場を離れようとしたところ、
「やっぱり、プリメラは強力なライバルの可能性が、非常に高い」
という、アムールの声が聞こえた。さらに、
「家柄、性格、スタイル……どれをとっても最上位ですね。ジャンヌが勝てるのは、過ごした時間と若さくらいですか……」
「アウラ、プリメラさんに怒られても知らないわよ」
「そうですよ。それに、プリメラさんはテンマ様より年上と言っても二十三ですから、離れすぎと言う程でもありません」
「その通り。それに五歳差なんて、クリスに比べれば現実的。寧ろ、子供の事を考えたら丁度いいくらい。クリスなんて若く見えていても、もう二十九歳……ギリギリの崖っぷちで、後がない状態」
「確かに、クリスさんと比べると……プリメラさんの五歳差は、あってないようなものですね……でもだからこそ、クリスさんがなりふり構わずに、どんな手でも使いそうで怖いですが……」
「お姉さんぶって余裕を見せていたのはいいけれど、テンマさんの周りには若い子ばかりで、自分に興味を見せる素振りがない。更にはここに来て、いろんな意味で自分の上位互換がライバルとして参戦する構えを見せている……クリスがどういった行動に出るのか、予想ができないですね。まあ、流石に非合法な手段に出るとは思えませんが……そもそもテンマさんに、睡眠薬や催淫薬が効くとは思えませんし 」
これ以上ここにいるのは危険だと、頭の中で警報がうるさいくらいに鳴っていた。ジャンヌとアウラだけならともかく、諜報員であるレニさんと、野生の勘を持つアムールが相手では、ちょっとのミスで聞き耳を立てているのがバレてしまうだろう。
そう考えた俺はいつも以上に気配を消して、抜き足差し足忍び足を心がけてこの場を去る事にした……その時、
「あっ! うぐっ!」
進行方向の曲がり角から、邪魔者が姿を現した。事もあろうにその邪魔者は、大声で俺の名前を叫ぼうとしたのだ。逃げる為に神経を集中させていた俺は、指先が曲がり角から見えた瞬間に邪魔者の行動を予測して理解し、体が動いていた。その結果、口が『テ』の形になるよりも早く、俺の手が邪魔者の口を押さえ、そのまま曲がり角の先まで連れて行く事に成功した。
後になって思うと、それは俺がこれまで生きてきた中でも、五本の指に入るくらいの反応速度だっただろう。まさに奇跡としか言いようのない動きで、あれが『ゾーンに入る』という事なのかと、自分の動きに感心する程だった。
「むっ!」
「お嬢様、どうかしましたか?」
「テンマがいたような気がしたけど……勘違いだった」
俺が曲がり角に身を隠してから数秒後、先程まで聞き耳を立てていた部屋のドアが開け放たれ、アムールが廊下を確認していた。ただ、その時既に俺は、少し離れた曲がり角に息を殺して潜んでいた為、アムールは俺に気が付く事ができず、勘違いで済ませたようだ。
唯一の心配事だったカインも、俺の必死の気配を感じて静かに……って、
「すまん、カイン。気がつかなかった」
「ぶほっ! ゴホッゴホッ、ヒューヒュー……ゴホッ、死ぬかと思った……」
静かにしてくれていると思っていたカインは、ただ単に俺に口と鼻の穴を押さえられ、更には壁に押し付けられて身動きがとれないだけだった。
「なんて残酷な方法で殺しに来るんだろうと思ったよ……僕、そこまでの事をなにかした?」
かなり頭にきているらしいカインに対し、俺は心を込めて謝罪をしたのだが、カインは何故そこまでの事をしたのか、その理由を知りたがった。そこで正直に話すと……
「ぶっ! くくくくく……地龍もワイバーンもバイコーンも恐れなかったテンマが、女性の話を盗み聞きしていたことが発覚するのが怖かったなんて……」
大笑いされた。しかも、大きな声にならないように気を使っているせいか、壁に額を擦りつけ、何度も何度も壁を叩いていた。それじゃあ、声を殺している意味がないだろうと思ったが、女性陣がいる部屋とはトイレと部屋を一つを挟んでいる為、衝撃と音は聞こえないようだ。とはいえ、このままだと何かの弾みにバレてしまうだろう。
「取り敢えず、場所を移動するぞ」
「そ、そうだね……僕が使う、予定の部屋、に、移動、しようか……ぶふっ!」
まだ笑い足りないカインは、必死に笑いをこらえながら自分の部屋へと案内を始めた。
「ここなら普通に喋っても大丈夫だよ。この部屋は来賓客用の部屋で、全ての壁に防音が施されているから」
何度か利用したことのあるカインは、ちゃっかりいい部屋を確保したようだ……俺も、他にいい部屋があったら教えてもらおうかと思ったけど、下手に頼んでプリメラのとなりを用意されたりしたら色々と大変なので、プリメラが来てから選ぼうと思う。
「それにしても、あの三人もプリメラの登場で焦り始めたみたいだね。まあ、赤ちゃんを見て、妊娠姿を見て、恋人がいる女性を見たからというのも関係しているんだろうけど」
確かにあの三人に関しては、俺としても驚きだった。まあ、知り合いだからこそ、ジャンヌ達以上に衝撃が大きかったというのもあるけど……まあセルナさんはともかくとして、おかみさんとフルートさんに関しては、予想の斜め上を行き過ぎたという事もあるけど。
「意識するのは仕方がないにしても、それを俺に向けられてもなぁ……というのがあるけどな」
「テンマ、それだけは思っても言わない方がいいよ」
今のは失言だったと認めると、カインは笑っていた。流石に女性に好意を寄せられて、それを迷惑だというのは礼儀に欠けると思ったからなのだが、
「リオンなんて女性に縁がなさすぎて泣いていたのに、ようやく脈のありそうな人はリオンの好みから微妙に外れている上に、ストーカーに変化しちゃったんだから……テンマがリオンの前でそんな事を言ったら、血の涙を流して発狂しちゃうかもよ」
ただ単に、その台詞を言いたいだけの為だったみたいだ。確かに、リオンならありそうな事ではあるが……
「それは気をつけないといけないな。それはそうと、クリスさんはどうしようか?」
話が切りのいいところまで言ったので、この話はここで終える事にした。これ以上この話を続けて、カインに女性関係でいじられるのが嫌だったからだ。
「先輩の事なら心配ないんじゃない? 放っておいても、いずれここに来ると思うよ。それに、ここで探しに行ったら、私が迷子みたいじゃない! ……とか言って怒り出すよ、きっと」
「……確かにそうだな」
カインが少しでも同意すれば、クリスさんを探すという名目ですぐにこの場を離脱しようと思っていたのに、予想に反してカインはクリスさんを放っておくという選択をした。まあ、確かにカインの言う通り、クリスさんなら「迷子扱いされた!」とか言って、へそを曲げそうではあるが……カインは明らかにクリスさんを探すよりも、俺をいじる事を選択した顔をしている。
そして運の悪い事に、無理矢理にでもこの場を離脱するかと思った時、
「うぅ……ひどい目にあった」
後門の狼の如く、ダメージが抜けていないアルバートが現れた……って、
「すまん、アルバート。どいてくれ!」
狼にしては弱そうだったので、構わずに押し退ける事にした。
「ごふっ! そ、そこは……」
俺が押し退ける為に手を置いた場所は、運悪くプリメラに殴られた場所だったらしく、アルバートは簡単に膝から崩れ落ちた。しかも、気絶するほどの威力がなかったせいで、気を失って痛みから逃げる事が出来ず、アルバートは涙声で悶絶していた。
「くそっ、逃げた! アルバート、ちゃんと抑えておいてよね! 全くもう!」
「カ、カイン……助け」
「ごめん、今は無理!」
後方からそんな会話が聞こえてくるが、構わずに廊下を駆け抜けた。そして駆け抜けたその先で、
「テンマ……逃がさない!」
「お二人は、私とお嬢様が牽制しているうちに応援を呼んでください!」
「応援って、誰を?」
「アウラは騎士達を呼んで、私はスラリンを呼んでくるから!」
俺は女性陣に追い詰められていた。それもこれも、俺を止められないと判断したカインが、「テンマが女性のひみつ話を盗み聞きしてた~~~!」と、屋敷中に響けと言わんばかりの声で叫んだからだ。
その声に真っ先に反応したアムールが俺を追い回し、その進行方向を先回りしたレニさんが投げ縄を使ってきたり、ジャンヌがその隙に一番頼りになりそうなスラリンを呼んでいた。なお、カインは遠巻きに指示を出していたが、未だにダウンしているアルバートと、ノリについていけていないアウラは役に立っていなかった。
「むぅ……テンマ、しぶとい!」
「お嬢様、どいてください! って、これも躱しますか!」
「ぎゃぁあああ! レニさん、私を捕まえないでーーー!」
「スラリン、お願い! って、流石に参加しないのね」
「おお、スラリン。お主もこっちで観戦するといい」
「うっ……まだ、腹がズキズキする」
俺を標的とした捕物は、参加者以外の全員が見守る前で続けられていた。なお、騎士達はアウラの要請に対し、「隊長が怖いので、申し訳ない」と断っていた。そして、その場を見ていたじいちゃんによって、お茶汲み係に任命されている。
スラリンが敵に回らなかったのは良かったのだが、その代わりにアムールの動きがだんだんと良くなってきている上に、レニさんの行動に容赦がなくなってきた。先ほどのアウラの悲鳴は、レニさんが投げた投網を俺が避けた際、俺に迫ってきていたアウラを身代わりにしたのだ。そのおかげで、投網は使えなくなり、戦力のひとりであるアウラも使えなくなってしまったが、元々アウラは役に立っていなかったので、邪魔者が居なくなってしまったともとれ、あちらは動きやすくなったのかもしれない。それに、投網のストックはまだ残っているみたいだし……
「逃がさない! ふんふんふんふん!」
三角飛びでアムールの上から逃げようとしたところ、アムールはバスケ漫画の主人公が使っていたディフェンスと同じ技を使ってきた……が、
「少し、身長が足りなかったみたいだな!」
小柄なアムールがその技を使っても、俺を防ぐ事はできなかった。そして、アムールを交わした先に見える出口。この瞬間、俺は勝利を確信した……ところ、
「ふぇっ? 何でですかーーーー!」
アウラが飛んできた。文字通りの意味で。
アムールは俺に躱された瞬間に作戦を切り替え、投網に絡まって床に転がっていたアウラを掴み、振り向きざまに投げ飛ばそうとしたようだ。ただ、アウラを投げる事に少しだけ躊躇したのか、アウラは俺のかなり手前に落ちて、ゴロゴロと転がってきた。
「よっと! おわっ! ちょっ! あぶっ! ……あら?」
転がってきたアウラは軽く飛んで躱したのだが、アウラに付いていた付属品(投網)を踏んでしまった俺は、バランスを崩しながら玄関の扉へと倒れ込みそうになりながら近づき、扉のノブを掴んで体勢を立て直そうとしたところで……その直前でノブが下がって、扉が開いた。その先には、
「きゃあっ!」
「ふぎゅ!」
柔らかいものがあった。後、潰されたカエルのような音もした。
「「あーーーー!」」
「プリメラ様! そのまま捕まえてください!」
柔らかいものの正体はプリメラで、潰されたカエルはクリスさんだった。
押し倒された形のプリメラはかなり混乱していたみたいだが、俺が抜け出すよりも先にレニさんの指示が飛び、プリメラはそれに従う形で俺を抱きしめた……押しつぶされているクリスさんの上で。
「ぐぬぬぬぬ……この際、それは目を瞑る。それよりも、テンマの確保が先!」
「レニさん、縄! 縄をください!」
「これを使ってください」
「ほいほ~い! 縛るのは任せて!」
素早い連携で、あっという間に俺の身柄は確保されてしまったのだが……
「カイン兄様? 何故か、私も一緒に縛られているのですが……」
「ごめんね、気がつかなかった。まあ、プリメラが手を離すとテンマが逃げちゃうから、我慢しててね」
絶対、わざとだと思った。諸事情によりカインの顔を見る事ができないが、この声は絶対に楽しんでいる声だと分かった。プリメラはまだ気がついていないみたいだが、今の俺の状態は非常にまずい。何がまずいかというと、
「あんた達! いつまで私の上で抱き合ってるのよ!」
今の俺とプリメラは、正面から抱き合っている状態なのだ。まあ、俺の顔の位置が通常よりかなり下……ぶっちゃけて言うと、プリメラの胸に顔を埋めている状態なのだ。柔らかくて気持ちいいが、これ以上このままなのは色々とまずい。なので、
「あっ! テンマ、逃げた!」
プリメラの意識がカインに向いている間に、魔法で縄を切って逃げ出した。だが、精神的な疲労が濃かったせいで、プリメラから少し離れるだけで精一杯だった。なので、
「スラリン! 来てくれ! シロウマルとソロモンは、皆の足止めを頼む! 報酬に肉を腹いっぱい食わせてやる!」
スラリンを呼んで、体内にあるディメンションバッグに避難する事にした。スラリンが到着するまでの足止めは、食いしん坊二匹に頼んだ。食いしん坊達は俺の提示した報酬を聞き、すぐに俺を守るようにアムール達の前に立ちはだかった。その口から、大量のヨダレを垂らしながら。
「スラリン、ほとぼりが冷めるまで匿ってくれ」
俺のそばまでやってきたスラリンにそう頼むと、スラリンは一度だけ頷いて口を大きく広げた。スラリンのディメンションバッグに入る途中、ちらりとプリメラの方を見ると一瞬だけ目が合い、すぐに逸らされた。まあ、俺もすぐに逸らしたのでお相子ではあるが、かなり照れくさかった。
「落ち着いて外に出たら、取り敢えずカインを殴ろう」
そう心に決めて、俺はスラリンの中で現実逃避する事にした。最も、布団に潜り込んでもなかなか眠る事はできず。ようやく眠りにつけたと思ったら、すぐにシロウマルに起こされた。
「分かった、肉だな。今食べると夜が入らないから、少しだけだぞ」
晩飯はシロウマルにとっても久々の満腹亭なので、おやつの範疇で肉を食べさせる事にした。
「だけど、その前に顔を洗わないとな。シロウマルのせいで、顔がベタベタだ」
ヨダレを垂らしたシロウマルに舐められたせいで、俺の顔はベタベタで、少し……いや、かなり臭かった。シロウマルは俺の言葉を聞いて、表面上は申し訳なさそうな顔をしていたが、尻尾は大きく揺れていたので、反省はしていないのだろう。まあ、いつもの事だ。
「ここは……食堂か。準備のいい事だ。スラリン、ありがとな」
スラリンの中から出ると、そこは食堂だった。恐らく、シロウマルとソロモンがすぐに肉を食べる事ができるように、この場所で俺を起こしたのだと思う。
「それじゃあ、台所を借りて肉を焼くか」
俺の言葉に反応したシロウマルとソロモンの口から、ヨダレが垂れていた。かなりの量が垂れていたのでスラリンに綺麗に拭かれていたが、それでも止まりそうになかった。
「取り敢えず、これでも食ってろ」
保存用に作っていたジャーキーを投げると、二匹は空中で咥え、着地した時にはもう飲み込んでいた。ちゃんと噛んだか心配ではあるがあの二匹の事なので、後で反芻する気なのかもしれない。ねだってくる二匹の為、調理中に食べさせる分のジャーキーをスラリンに渡し、俺は急いで肉を焼く事にした。
「ほら、焼けたぞ。まだ熱いから、ゆっくり食えよ」
大皿に山盛りにした焼肉を床に置くと、二匹は歓喜の声を上げながら焼肉の山に顔を突っ込んだ。
「それで、皆は何してるんだ?」
優先させるべき事を終えた俺は、この場にいるメンバーに声をかけた。
食堂の隅では、アムール、ジャンヌ、アウラ、レニさん、カインの五人が正座させられている。そしてその目の前には、腕を組んで険しい顔をしているクリスさんに、ちょっと怒った顔をしているプリメラ、そして死にかけのアルバートがいた。アルバートに関しては正座ではなく、クリスさんとプリメラの近くの椅子に座って腹を押さえながら苦しんでいるのだが……俺が押したせいで、あそこまで苦しんでいるのではないよな?
「テンマ君にも、聞きたい事があるのだけど……ちょっとここに座ってくれない?」
クリスさんは頼んでいるように言っているが、俺に拒否権はないみたいだった。まあ、座れと言われた場所がジャンヌ達の横ではなくクリスさんの向かいの椅子だったので、素直に従う事にした。
「聞きたいのは、あの時の騒ぎの原因がテンマ君の盗み聞きにあるという事なのだけど……どういう事なのかしら?」
これは、答え方を間違えると俺もあそこに並ぶ事になると思い、少し頭の中で整理してから答えた。
「まず、盗み聞きが原因と言われれば、そうだと言えるでしょう。ただ、俺はしようと思って盗み聞きしたわけではなく、ドアの前で声をかけようと思ったら聞こえてしまっただけです。その時に、プライベートな話をしているみたいだったので、黙ってその場を離れようとしたんです」
「それで、カインを押さえつけた理由は?」
「あそこでカインが入ってきたら、絶対にややこしい事になると思ったからです。実際、カインをつれて姿を隠したすぐ後に、アムールが俺を探そうと部屋の外に出ていましたから」
「アムールが部屋から出てきた時に、既にテンマ君は部屋の前から離れていたのね? そしてその後は、すぐにカインの部屋に移動した……と」
クリスさんはポケットから取り出した紙を見ながら、俺に言った事に間違いがないか確認してきたので頷くと、クリスさんはため息をついていた。そして、正座させられているアムール達は、俺の説明が進むにつれて、徐々に顔色を悪くしていった。
「テンマ君は白ね。まあ、原因を作ったのはテンマ君だけど、それは特に問題のない範囲だったのに、カインとアムール達が騒ぐからあんな事になった……と言うか、カインがほぼ元凶と言っていいくらいね」
「後、カインは俺がクリスさんを探しに行こうかと提案したら、そんな事はどうでもいいって言ってました」
「カイン、それはどういう事なのかしら?」
俺の発言を聞いたクリスさんが、カインを睨みつけた。カインは必死になって否定していたが、俺がバラした言葉はあの時と少し違うかもしれないが、ニュアンスは同じ様な事を言ったので、カインの言い訳にいつものキレはなかった。
「それで、アルバートはどうしたんだ?」
ぐったりとしているアルバートに話しかけると、アルバートは近くに座っているプリメラを指差して、
「また、やられた……」
と言っていた。指差されたプリメラは慌てながら、
「し、仕方が無かったんです。てっきり、今回の事を主導したのは兄様だと思いまして……つい」
「なら仕方がないか」
アルバートの普段の行いが悪いからと言う事で、この話は終わらせる事にした。プリメラとはまだ目を合わせる事が出来ていないが、時間を置いたので話が出来る状態まで回復していた。
しばらくの間、無言でカインがクリスさんに尋問されている様子を見ていると、館の使用人が来客を知らせに来た。しかも、客の目当てはアルバートやプリメラではなく、俺との事だった。
一瞬、俺の客だと聞かされて怪しんだが、名前を聞いて急いで応接間に向かう事にした。普段は客の客を屋敷の中に通す事はしないのだそうだが、使用人はプリメラからその客の名前を事前に聞いていたらしく、外ではなく屋敷の中に通したとの事だった。