第12章-8 カノン
書籍に三万字の書き下ろし追加などが重なり、更新が遅くなりました。
忙しい時期でもありますので、今後の更新も安定しないと思います。申し訳ありません。
「部屋でゆっくりしていたかったのに……」
「仕方がなかろう。当事者から報告して欲しいというのは、ギルドとしては当たり前の事じゃからな」
体調不良と言う建前を使い、ギルドへの報告はリオンたち貴族三人と、その護衛という名目の引率者に頼んだのだ。だが、ギルド長は緊急事態と認定する為にも、直接戦った俺の話が必要と判断し、急遽呼び出されたのだった。
「まあ、車椅子を用意してくれたのはいいんだけど……お尻が痛いんだよね、これ」
ギルドとしても、体調不良と言って断った俺を呼び出すのだから、馬車の手配や車椅子の準備は当然だろうが、前世のものと違ってタイヤはゴムではないし、衝撃を吸収するような仕掛けもないので、バッグに入っていた魔物の毛皮を座面や背もたれに被せたのだが、気休め程度の効果しかなかった。
「こちらです……」
ギルドに入って受付で要件を話すと、すぐにギルド長の部屋へ案内されたのだが、その対応をした受付嬢は終始不機嫌だった。何故かは知らないが、ギルドのドアを開けて目があった瞬間に、とても嫌なものを見たという顔をされた。しかし、受付はそこしか空いていなかったので、嫌そうな顔をした受付嬢に話しかけるしかなかったのだ。
「ギルド長、お連れしました」
「ご苦労様。どうぞ、お入りください」
「うむ。来てやったぞ、ユーリ」
じいちゃんにユーリと呼ばれた男性は、笑顔でじいちゃんと握手し、続いて俺に手を差し出してきた。
「お久しぶりです」
「ええ、六年ぶりくらいですかね?」
ユーリさんと会ったのは六年前……ククリ村がドラゴンゾンビ率いるゾンビの群れに襲われた時に、救援を求めてギルドに飛び込んだ俺と交渉した時以来である。
「ククリ村まで、救援部隊を引き連れて行ったまでは良かったのですが……あまりのゾンビの多さに一部の冒険者がパニックを起こしましてね。幸い、ほとんどのゾンビが目的もなく彷徨っているだけだったので、大怪我を負った者はいませんでした。ただ、ドラゴンゾンビがいたという話が広がると、逃げ出そうとする者も出ましてね」
逃げ出そうとした冒険者の大半は、仲間や知り合いの声などで我に返ったらしいが、何人かはそのまま逃走し、後日処罰を受ける事となったとか。
「ギルド長、テンマは調子が悪いんだから、要件を早く済ませてやってくれ」
「これは申し訳ありませんでした。では、リオン様もそう言っている事ですし、早速お願いできますか? それとカノン、君もここに残って記録をつけなさい」
「……了解しました、ギルド長」
ここまで案内してきた受付嬢は、嫌々ながらユーリさんの指示を承諾し、俺達が座っているところからだいぶ離れたところに机を用意して座った。
受付嬢のこの態度に、アルバートとカインは少しむっとしていたみたいだが、リオンが何も言わなかったので、言葉には出さなかったようだ。
ユーリさんはそんな受付嬢に対して眉をひそめていたが、まずはリッチの方が先だと思ったのか、受付嬢を放置して話を始めた。
「なるほど、『リッチに大打撃を与えたとは思うが、倒したかまでははっきりしない』、『リッチの仲間、もしくは配下がいる可能性もある』というのが、テンマ君とマーリン様の見解ですね」
これまでに確認されたリッチの中には、『死霊の王』など呼ばれてアンデットの魔物を配下として操っていた個体もいた。なので、今回のリッチもどこかに配下が残っている可能性があると報告したのだ。
「これは、あまり公にしたくはない情報ですね……」
ハウスト辺境伯領でアンデットの配下を操る魔物と言えば、真っ先に思い浮かべるのが『ドラゴンゾンビ』だからだ。あの時も、討伐が確認された後でドラゴンゾンビが現れたという情報を公開したのだそうだが、それでも大きな混乱があったそうで、何人ものラッセル市の住人が離れていったそうだ。
「その事だが、今回はあえて流したいと思う」
ユーリさんが悩んでいると、リオンがはっきりと情報を公開すると言い切った。
理由としては、情報を隠したとしても調査の為に人員を派遣していたら、どこからか隠した情報が流れてしまう危険があるからだそうで、隠した情報が流れて辺境伯家の信用を下げてしまうよりも、辺境伯家の名でリッチが現れたということを発表したいとの事だった。
カインの予想とは真逆の話だが、もし発表した事で辺境伯領から去ってしまう領民がいたとしても、隠した情報がバレた時には、去ってしまう領民にくわえて評判も下がってしまうという可能性が高い事から、最終的な傷口を小さくしようという、リオンの判断だそうだ。最も、辺境伯にその事を書いた手紙を送って判断してもらわなければならないので、カインの予想通りになる可能性も残っているとの事だった。
「わしとしては、今後の事を考えるのであれば、リオンの言う通りにした方が良いと思うがのう」
「確かに、下手に隠し事をするよりも、危険性をはっきりと公表した方が、後々動きやすいかも。リオン、その時は俺の名前を使っていいからな」
リッチの情報を公開する時に、『俺がリッチを倒したが、もしかしたら生き残っている可能性が若干残っている』という一文があった方が、辺境伯家にとってプラス材料になると思うので許可した。
「辺境伯様に許可を取るという事は、その返事が来るまでラッセル市に滞在なさるという事ですね?」
「まあ、そうなるじゃろうな」
ラッセル市に、テッドのような運び屋がいるのならシェルハイドまで数日で往復する事が可能かもしれないが、普通の早馬だとその倍はかかるとの事だった。なので、二週間くらいはラッセル市に滞在しなければならないのだ。
「雪……降らないといいね」
「そうじゃのう……」
こうして、ラッセル市で予定外の滞在をする事になる俺達だった。
「なんで私が……」
ユーリさんとの会談の次の日、ラッセル市での滞在中、俺達とギルドの連絡係兼世話係に任命された態度の悪い受付嬢が、先程から小さな声で愚痴を言いながら街の案内をしていた。
「テンマ、本当に彼女の事、何も知らないの?」
カインが車椅子を押しながら、俺に小声で訪ねてくるが、俺に心当たりは全くなかった。昨日、カインとアルバートは、ユーリさんとの話し合いの最中の彼女の態度に腹を立てていたようだが、俺のいないところで謝罪されたそうだ。一応、その謝罪を受け入れた二人だが、何故態度が悪かったのかまでは聞き出せなかったそうだ。ただ分かった事は、彼女が嫌っているのは俺だけであり、俺のいないところでは非常に愛想の良い受付嬢に変貌するらしく、対応された冒険者からの評判も良さそうだとの事だった。
「カイン……自分で言うのもなんだが、俺は親しくない奴との付き合いは、最低限にとどめる男だぞ。少なくとも、ハーフエルフの女性と言葉を交わした記憶なんか、生まれてからただの一度もないぞ。それどころか、見た記憶もない」
「まあ、テンマはリオンと違って、自分から女の子に声を掛けるような性格ではないのは知っているけど……胸を張って言う事でもないよね?」
「まあ、それはそうだけどな」
「とか言いながら、本当はナンパして失敗したんじゃないのか? それで嫌われているとか?」
「いや、リオンならともかく、テンマが失敗するとは思えんな……やはり、知らないところで恨みを買ったというのが、最有力だろう」
「アルバートの言う通りだと思うわ。例えば、年下のテンマ君の活躍に嫉妬したとか、自分が受けようとした、もしくは失敗した依頼を、テンマ君が成功させたとかでも、恨む奴は恨むからね……でも、あの子の普段の評判を聞く限り、その可能性は薄い気がするのよね」
チャカしてくるリオンに、冷静な意見を述べるアルバート。そして、さりげなく情報を集めていたクリスさんが、俺とカインの会話に加わってきた。
会話しているの間に、じいちゃんは懐かしそうに街の中を歩き回って、いつの間にかいなくなっているし、他の女性陣は、店や露天を覗きながらも、俺達の会話に聞き耳を立てていた……特に、リオンの言った『ナンパ』のところでは、レニさんを以外の三人が、俺に鋭い視線を向けていた。
「ん? っと……皆、カノンさんが待ってるぞ」
俺達が遅れているのに気がついたのか、少し先でカノンさんが立ち止まっていた。
「ねえ、テンマ君。あの子、震えてない?」
「みたいですね」
「リオンが下品過ぎて、怖くなったんじゃない?」
「おい!」
「そんな性格はしていないと思うがな?」
小声で話しながら向かうと、カノンさんは何やらブツブツと呟いていた。目の前まで近付くと、
「覚えてないですって……私にあんな酷い事をしておいて……」
目の前にいる俺達に気が付いていないのか、カノンさんの呟きは少しずつ大きくなっていた。
「テンマ……お前、ナニしたんだ?」
「何もしてねぇよ!」
ついついリオンの言葉に反応して、大きな声で否定してしまった。そして、その言葉がスイッチになったようで、
「何もしてないわけないじゃない! 私をあんな目に合わせておいて覚えてないなんて! ふざけるんじゃぁああああーーー」
「ストップーーー!」
詰め寄ってきたカノンさんは、後一歩で俺に手が届くという位置で、横からアムールのタックルをくらって飛んでいった。
「ふぃ~……いい仕事した」
一緒に飛んでいった二人は、揃って野菜や果物が並べられていた店に突っ込んでいった。そして、アムールだけが起き上がり、いい笑顔で親指を立てていた。久々にアムールらしいところを見た気がするが、あの行動はレニさん的にはどうなんだろうと思ったら、レニさんもいい笑顔で親指を立てている。
「店主、すまない。私はこういう者だ。ついでに、あれはこういう奴で、壊れた物と店先に並んでいる物は全て買い取るから、それで収めてくれ」
アルバートが即座に二人の突っ込んだ店に行き、店長と思われる男性と話をつけた。男性に見せたのは、サンガ公爵家とハウスト辺境伯家の家紋らしく、男性は驚いた表情のままで何度も頷いていた。
「テンマ、不埒者は討ち取った! あと、シロウマル出して」
無傷のアムールは気絶しているカノンさんを肩に担いで、俺のところに報告に来た。
「ああ……ありがとう、アムール。シロウマル、出てきていいぞ。あっ! すまないけど、ソロモンは待機だ」
「ウォッフ!」
シロウマルに続いてソロモンも出てこようとしていたが、いきなり街中にドラゴンが出てきたら、慣れていないラッセル市の人達がどういった反応をするのかわからなかったので、先程までと同じくディメンションバッグで待たせる事にした。まあ、突然のシロウマルの登場に驚いて悲鳴をあげた人達がいたが、すぐに俺の眷属で安全な魔物だと周囲に知らせると、混乱するまではいかなかった。
「シロウマル、伏せ!」
アムールはシロウマルに伏せをさせると、その背中にカノンさんを乗せて、落ちないように紐で結び始めた。
「テンマ、ギルドに行こ」
「……そうだな、ユーリさんに話を聞いた方がいいみたいだしな」
何故カノンさんが暴走したのかを聞く為にも、上司であるギルド長に話を聞かなければならないだろう。俺の考えに皆頷き、ギルドへと足を向けた。じいちゃんを完全に忘れた状態で……思い出したのは、ギルドのドアを潜ってからだった。
「……まあ、いいか」
細かなところは変わっているだろうが、大まかな道が分かれば宿まで帰る事が出来るだろうし、街の人に聞いてギルドへ直接やってくるかもしれないから、探しに行かなくても大丈夫だろう。
「どうかした、テンマ?」
車椅子を押すカインに「何でもない」と返事してから、俺は受付でユーリさんを呼んでもらうように伝えた。
騒ぎの起こった場所からずっと、カノンさんをシロウマルの背中に括りつけたままだったので、受付では非常に驚かれたが、それと同時に、「やっぱりか……」とかいう声が、職員や冒険者達の間から聞こえてきたので、俺と会わせるとこうなるという予感はあったのだと思われる。
「さて、ユーリさん……隠している事を、洗いざらい吐いてもらいましょうか?」
「あははは……」
ギルド長室に入るなり、俺はユーリさんを正面から見据え、カノンさんに関する話を求めた。車椅子に座っている俺は、椅子に座っているユーリさんを若干見上げるような形になっているが、俺の後ろには三馬鹿が控えており、その横にはクリスさん、さらにその後ろには、シロウマルの背中にくくりつけられているカノンさんの足の裏に、鳥の羽を向けているアムールがいる。
「ギルド長、テンマに対するこの受付嬢の態度はどういう事だ? ラッセル市のギルド……というか、ラッセル市は、テンマに対して大きな貸しと恩があるはずだ。あまりやりたくはないが、このままだと俺の権限を使って、相応の罰をギルド全体で負ってもらう事も考えている」
リオンは、他の職員にも連帯責任として罰を与える事まで考えているようで、いつもとは違う厳しい面を見せていた。まあ、辺境伯家の依頼を受けた帰りに、辺境伯領に潜んでいた危険な魔物を退治(撃退)した冒険者を、ギルドの職員が邪険にあつかった上に、危害まで加えようとした(と思われる行動)事が広まったら、元に戻りつつある辺境伯領の景気が、また下降する可能性もあるからだろう。
「……では、何故彼女がそういった態度を取るのか、私の知る範囲でお話しましょうか? ちょっと長くなりそうですけど」
ユーリさんは、カノンさんが何故俺に対してだけ過剰な反応をするのか、思い出すように話し始めた。
そして結論から言うと、カノンさんの逆恨みだった事が判明した……が、若干の同情してしまうところもあった。
「まさか、過去にテンマと彼女との間に、そんな接点があったとはな……」
「彼女の態度は許される事ではないけれど、そんな事をしておいて覚えていないと言われれば、カチンと来るのは仕方がないかもね」
「だけどよ。やったのはテンマじゃなくて、ソロモンなんだろ? 覚えていなくても仕方がないだろ」
「どちらにしろ、テンマ君に印象に残らなかった彼女の方が悪いでしょ」
「うむ、クリスの言う通り! テンマは悪くない」
「ですね。その後の事は同情もしますけど、テンマさんを恨むのは筋違いでしょう」
皆の意見はこういったものだった。ジャンヌとアウラは何も言わなかったが、女性陣の結論はキツめであり、男性陣の方が同情の度合いは少し上だった。
「言われてみると、そういった記憶がありますね……なんて言うチームでしたっけ?」
「『ローエン・グリン』です」
俺の後ろで、「記憶にあると言いながら、覚えていないんかい!」とか言う声が聞こえたが、直後に声の主は左右からの攻撃で静かになったので、無視してユーリさんとの話を進めた。
「カノンは『ローエン・グリン』で弓兵をしていて、武闘大会のチーム戦で『オラシオン』と本戦でぶつかり、大敗しました」
カノンさんは、俺が初めて出場した武闘大会のチーム戦で戦い、ソロモンに脚をくわえられて上空に連れて行かれ、上から落とされた選手だった。その時の負け方がトラウマになってしまい、一時期、ドラゴンに似たトカゲの魔物や、鳥のように空を飛ぶ魔物に対して実力を発揮する事が出来なくなっていたらしい。現在ではかなり改善されているそうだが、その間にパーティーは解散してしまい、ユーリさんに誘われてギルドで働いているとの事だった。
「しかも、カノンも同じチームのメンバーも、個人戦の予選でもテンマ君に負けていましてね」
『ローエン・グリン』のメンバーは、全員が個人戦にも出場していたそうで、俺と同じ組の予選には、なんとカノンさんを含む、三人のメンバーが出ていたのだそうだ。なかなかに幸運な出来事で、連携して戦えば、一人くらいは勝ち残るだろうし、もしかしたら二人いけるかもしれないと、メンバー全員で喜んでいたそうだ。しかしその喜びも束の間、俺の魔法による場外負けという結果となり、他のメンバーも予選で敗退した為、『ローエン・グリン』の個人戦は終わったそうだ。
「雪辱を誓った次の大会では、個人・チーム共に予選敗退でテンマ君と同じ舞台に立つ事が出来ず、次こそはと意気込むカノンをあざ笑うかのように『ローエン・グリン』は解散となり、チャンスすら与えられませんでした」
「むっ!」
なぜ解散してしまったかというと、全員が俺にリベンジしようという気持ちが強すぎて、日常でもギスギスするようになってしまったらしい。そのズレが二回目の大会の敗退で爆発してしまい、大会後一ヶ月も経たずに喧嘩別れとなったそうだ。
「それでも、テンマに非はないだろ?」
「むぅ……」
リオンの疑問に、ユーリさんも頷いていた。
「はい、完全に逆恨みですね」
「ん~……」
カノンさんはユーリさんの姪だそうで、日常でも俺の話題が出たり、『テンマ』に近い言葉を聞いただけで心を乱す今の状況をどうにかしたいのだそうだ。そこで、俺がラッセル市に来たのをチャンスと捉え、俺と接する事で改善される事を望んで、俺達の世話係をやらせたのだそうだが……それが裏目に出た形だった。
「ん!」
「アムール、さっきから煩いわよ!」
クリスさんが、先程から会話の最中に何度も変な声を出していたアムールを注意した。
「テンマ。カノン、寝たふりしてる」
その言葉で、皆一斉にカノンさんを見たが、カノンさんはここに運ばれた時と同じ体制で微動だにしていない。
「いや、まだ気を失っているだろ?」
「まだ気を失っているのは、危ないかも知れない……だから、今から確かめる。これで!」
アムールが高々と掲げたのは、先程から手に持っていた鳥の羽だ。それでどうするのかというと、
「こちょこちょこちょ……」
当初の目論見通り、アムールはカノンさんの足の裏をくすぐり始めた。そして、アムールがくすぐり始めてから数秒後、
「ふひゃ」
カノンさんが耐え切れなくなった。しかしアムールは、羽を動かす手を休めない。
「ひゃ、ちょっまっ、ひゃん!」
まともに喋る事ができないカノンさんの声は、徐々に色っぽく聞こえてきた。
「なあ、アムール……そろそろ、許してもいいんじゃないか?」
「ん~?」
俺達の中で、一番顔を赤くしていたリオンがアムールにそう言ったが、アムールは悩む振りをしながら羽を動かし続けた。
「あ、謝る! 謝るから、許してっ!」
「アムール、もういいから」
「テンマがそう言うなら」
流石にやりすぎだと思ったところで、俺の方からアムールに言うと、アムールはくすぐるのをやめた……が、
「へぶっ!」
背中で暴れられたのを嫌がったシロウマルが体を震わせて、カノンさんを振りほどこうとした。だが、カノンさんはしっかりとくくりつけられていたので離れる事はなく、その代わりにカノンさんの足がアムールの顔にヒットした。
「むぅ……」
アムールは、反撃しようと羽を両手に持ったが、その前にレニさんが二人の間に入り、カノンさんをシロウマルの背中から開放した。
カノンさんが背中からいなくなり身軽になったシロウマルは、体を大きく震わせたあとで、スラリン達が待機しているディメンションバッグに逃げていった。
「カノン、先程言った『謝る』とは、テンマ君に対するこれまでの態度に対してで間違いないね?」
「……はい。これまでの私の態度は逆恨みからのものでした。今後は改めます……」
皆の視線を浴びているカノンさんは、地面に座り込んだ状態でユーリさんの言った事を認めて頭を下げた。
「しかし、謝罪だけだと少し軽くはないか? 実害が出なかったとは言え、掴みかかろうとしたくらいに恨みを持っていたのだし、言われたくらいで恨みを消す事はできないだろう?」
アルバートの疑問に、カインとクリスさんが頷いた。三人は貴族間でのやり取りを知っているだけに、口だけでは信用できないのだろう。リオンは……そういった事には疎そうだし、これまでそんな事をあまり考えた事がないのかもしれない。その分、アルバートとカインが苦労したのだろう。
「その為の、お三方の前での謝罪です。もしこれでカノンが手のひらを返すような事をすれば、その責任をとってテンマさんの奴隷にでも落とせばいいでしょう」
アルバート、カイン、リオンの目の前で非を認めて謝罪したのだから、次に同じような事をすれば、貴族の面子を潰したカノンさんは、奴隷の身分に落とされても仕方がないとの事らしいが、
「だとしても、テンマの奴隷はないな」
「そうだね。テンマの奴隷はあの二人を見ても分かるように、待遇が良すぎる」
カインがジャンヌとアウラを指差すと、二人は頷いて肯定した。
「奴隷に落とすのならば、私達が信頼できる奴隷商を紹介しよう。だが、そこから先はどうなるかはしらんがな」
「そうだね。まあ、顔はいいからすぐに買い手が現れると思うよ。ただ、その買い手がどう扱うかまでは、僕達の知るところではないけどね」
アルバートとカインの二人から、何やら黒いものが溢れているようにも感じた。カノンさんは、二人の話を聞いて、こちらが心配になるくらい顔を青くしている。そして後ろでは、ジャンヌとアウラも、自分達がなるかもしれなかった未来を想像したのか、カノンさんほどではないが顔色が悪くなっていた。
ユーリさんは貴族相手に少し調子に乗りすぎたと思ったのか、次の言葉が出てこない。クリスさんや女性陣も、ユーリさんの発言に問題があったと判断しているのか、ただ見守るだけで、俺も話の中で、『俺の奴隷に』という発言があったせいで下手に口を挟めない。
「そこまでする必要はなくないか?」
部屋が悪い雰囲気に支配される中、リオンがいつもの調子でユーリさんと二人の間に入った。
「まあ、俺達を証人にした形で謝罪して、まだテンマに危害を加えるというのなら、それ相応の罰は必要だと思うが、奴隷商に売り渡すまではしなくてもいいんじゃないか? 例えば、おふくろに預けて教育し、騎士団の下働きをさせるとかでもいいと思うけどな」
「まあ、リオンが辺境伯家として責任を持つというのならば、私達はそれ以上は言わなくていいな」
「そうだね」
先程までの発言はなんだったのかというくらい、あっさりと二人は引き下がった。
「もしもの時は、リオン様が責任を持ってカノンの面倒を見てくださるというのは、私としても安心できますね」
ユーリさんの方も、先程までの緊張感はなんだったのかというくらい軽いノリだった。
様子のおかしな三人に疑問を抱きながらも、話は終わりという事で解散となり、ギルドを後にしたがその帰り道、
「リオン、お前が早く話に入らないせいで、変な空気になってしまったじゃないか!」
「そうだね。こんな時だけ空気を読んで黙らないで、いつもどおりのリオンでいて欲しかったのに……」
「ちょっと待てよ!」
「ダメ男のリオンは放っておいて、もう宿屋に帰ろうか」
呆然とするリオンをおいて、カインは車椅子の俺を押して宿屋へと向かったのだった。




