第12章-7 蜘蛛の糸
「うっ……」
「気がついたか! テンマ!」
意識が戻るとじいちゃんの顔が目の前に現れ、俺の体のあちこちを触り始めた。
「くすぐったいって、じいちゃん!」
「それくらい我慢せい! ……見たり触ったりした限りでは、大きな怪我はなさそうじゃな」
俺の怪我の具合を確かめたじいちゃんは、介護するように寝た状態から体を起こすのを手助けして、ベッドに座らせた。それくらい手助けなしでもできると思ったのだが、リッチとの戦闘の影響のせいか、思うように力が入らなかった。
「そう言えば、リッチは!?」
リッチの胴体部分が粉々になったところまでは覚えているが、実際に間近で粉々になったものを見たわけではなかったので、もしかしたら死んだと思わせる為の擬態だったのではないかと思ってしまったのだ。
「うむ。ジャンヌから話を聞いてリッチの残骸を見てみたが、わしが調べた限りでは死んでおった。少なくとも、あの残骸が動き出す事はないじゃろう。ただのう……」
じいちゃんが言い淀んだのが気になり続きを待っていると、
「『魔核』が見つからなかったのじゃ」
魔核が見つからないという事は、あのリッチが生きている可能性があるという事だった。
「見つける事はできなかったが、わしはリッチの魔核がテンマの魔法に耐え切る事が出来ず、骨と同じく粉々になった可能性が高いと見ておる。テンマの魔法……何といったかのう?」
「『タケミカヅチ』の事?」
「そうじゃ。あの『タケミカヅチ』は、『テンペスト』や『アースクエイク』と同じく、規格外の魔法じゃ。それこそ、人工的な天災と言っていいくらいの威力じゃ。そんな一撃を受けたのじゃから、リッチを魔核ごと粉砕してもおかしくはないじゃろう」
『タケミカヅチ』は、瞬間的な威力は他の二つと比べてもずば抜けて高いので、魔核が跡形もなく消え去ってもおかしくはない。しかし、どこか納得できない自分がいるのも確かだった。
「確かめるすべがないのじゃから、あまり深く考えるものではない。今は体を休めるのを優先させるのじゃ」
そう言ってじいちゃんは、馬車を出ていった。その時になって周囲を見回してみたが、馬車の中には俺しか残っていないようだ。
「だるい……」
じいちゃんがいなくなってから急に体のだるさを覚え、ベッドに倒れこむようにして横になった。
(それにしても、本当にあのリッチは死んだんだろうか?)
確かにあの時、使える中で一番威力が高い魔法を完璧に近い形で当てる事に成功したが、やはり魔核が見つからなかったのが気になった。それは始めてリッチと戦った上に、リッチが想像していたより何倍も強かったのが原因の一つだろう。
(考える事は色々あるけど、じいちゃんの言う通り体を回復させるのが先か……)
もしも、心配している通りリッチが生きていて、今の状態で復讐にこられた時、魔法で対抗できるのがじいちゃんだけというのは不安だった。じいちゃんや他の皆が力不足というわけではなく、ジャンヌを除いた全員をはめたリッチの魔法(罠)が不明なのが怖いのだ。
(今の俺にできる事は、休む事だけっていうのも辛いな)
いつ襲われるか心配なのに、自分を戦力に数える事が出来ないのは初めての経験だった。そんな悶々としたものを抱えながらも体は疲れているので、俺はいつの間に眠りについていた。
「ふひゃ!」
急に変な叫び声が馬車に響き、それを聞いた俺は目を覚ました。顔を動かして声の主を探すと、視線の先には尻餅をついているアウラがいた。
そのアウラは今、尻餅をついた状態で俺と目が合い固まっている。アウラの隣では、ジャンヌが天を仰いでいた。
「ええ~っとですね……大丈夫ですか?」
「アウラ……むしろ、あなたの頭の方が大丈夫?」
二人は、俺の様子でも見に来たのだろう。その証拠に、ジャンヌの手には水の入った桶とタオルを持っていた……持っているのがアウラでなくて、本当によかった。
「あれから、どれくらいの時間が経った?」
「え~っと……リッチとの戦いが終わってから、大体三~四時間くらいかな?」
「それくらいしか経っていないのか? 外はだいぶ明るいみたいなんだけど?」
カーテンの隙間から光が馬車の中に入ってきていて、その明るさから日が昇っていると思ったが違ったようだ。ジャンヌの話では、敵に発見される危険性より、敵を早く発見できるように篝火の数を増やしたそうだ。そして、砦はリッチが罠を仕掛けている可能性を危険視して、すでに移動しているのだそうだ。
「マーリン様の話だと、ここはあの砦から十km以上は離れている場所だそうよ」
見張りは全員が参加し、更にはスラリンに預けているゴーレムの殆どを出して、周囲を警戒させているとの事だ。二人は、休憩の合間に俺の様子を見に来たらしい。そして、アウラがへまをしたのだそうだ。
「それで、何かおかしな事はあったのか?」
「いいえ。たまに狼なんかが近づいて来るけど、ゴーレムが近寄っただけで逃げるし、今のところ大きな問題はないわ」
皆、いつもより気を張っているせいで疲労はあるみたいだが、それ以上に気合が入っているらしい。中でもじいちゃんは、「『賢者』と呼ばれているのにリッチに気がつかなかった」と、俺が寝込んでいる間は落ち込み方が激しかったらしいが、俺が意識を取り戻してからは気合の乗り方が怖いくらいなのだそうだ。そんなじいちゃんは今、積極的にゴーレム達に混じって周辺を警戒しているらしい。しかし、あまりにも気合が乗りすぎて目が血走っているらしく、三回ほど魔物と勘違いされたそうだ。ちなみに勘違いしたのは、リオン、クリスさん、アムールだそうだ。流石にじいちゃんに攻撃こそしなかったそうだが、それくらいの迫力があったとの事だった。
「あと数時間で日が昇るそうだから、それまではここで守りを固めて、明るくなってから一気に次の目的の街まで進む事になったわ」
次の目的地は『ラッセル市』で、ククリ村から一番近い都市だ。あそこなら、じいちゃんの事をよく知っている人達がまだいるはずだし、ククリ村で起こった事件の事もよく知っている。なので、ラッセル市でリッチの存在と戦闘、そしてまだ生きている可能性を報告するそうだ。元々ラッセル市には寄るつもりだったので、予定より数日早くなっただけだ。
「最低限の働きはできそうだから、何かあったら俺にも知らせてくれ」
「ええ、わかったわ」
ジャンヌはそう言って、タオルと桶を俺の前に置いた。わかったと言いながらも、軽くあしらうような言い方だったので、恐らく何かあってもギリギリまで知らせてくる事はないだろう。
「アウラ」
「はい?」
俺はジャンヌが離れた隙にアウラを呼び、何かあったら呼ぶようにと、極秘の命令をした。
アウラはその命令に困惑していたが、『誰がアウラの主なのか』とか、『命令を守れないのなら、アイナに相談しなくてはならない』などと、少し脅すような言い方で従わせた。最も、そこまでの危険が迫っていて気がつかなかったという事はないとは思うが、万全の状態ではない事を考えての保険だ。
「何か話していたの?」
「へっ? いや、その……」
「アウラに、じいちゃんの気を沈めてくれってお願いしたんだよ」
ジャンヌがアウラの挙動不信を怪しんだので、考えていた言い訳を使うと、ジャンヌは即座に、「無理でしょ」と断言した。だが俺が、「いつもみたいにアホな事をしていたら、呆れて元に戻るかもしれない」と言うと、今度は真剣な表情で考え込んでいた。
「私、そんな事してませんけど!」
アウラは否定していたが、ジャンヌはそんなアウラをちらりと見てからため息をついていた。申し訳ないとは思うが、皆のアウラに対してのイメージを利用した形だ。まあ、『いつもみたいに』は言い過ぎだが、よくアホな事やドジをしてアイナに怒られているのは事実だし、そうでなくともアウラはよくアホな事をしているという印象がある。
「まあ、アウラのドジでマーリン様が元に戻るくらいなら、苦労しないんだけど……アウラ、やってみる?」
「やってみる? で、ドジなんて出来るもんじゃないでしょ!」
「ジャンヌ、アウラ……何しているのかしら?」
「サボり?」
二人の漫才を見ていると、その騒ぎに気がついたクリスさんが静かにドアを開けて、二人の首筋を掴んだ。その後ろには不満げな表情のアムールも立っている。
「いや、あの……アウラがちょっと……」
「私は無実です!」
アウラを売ったジャンヌだが、クリスさんには通用しなかったようで、首筋を掴む力が増したのか先程よりも痛そうにしている。
「ジャンヌ……アウラがやらかすのはいつもの事」
「アムールの言う通りよ。アウラのドジをフォローするのは、相方であるあなたの役目でしょ。それを一緒になって騒いでどうするの?」
クリスさんとアムールはそう言って、呆れた様子で二人を外へと連れて行った。
「あっ!」
と思ったら、アムールだけが戻ってきた。
一瞬、『何かイタズラをする気か?』と疑ってしまったが、レニさんと合流してからのアムールは女性として成長しているので、何かちゃんとした理由があるのだろう。
「テンマ、これ」
アムールがバッグから取り出したのは、黒い棒のようなものだった。
「これは……小烏丸か?」
その棒をよく見てみると、『タケミカヅチ』を使う前にリッチを貫いた小烏丸だった。
「ん。回収しておいた」
小烏丸は、リッチと共に『タケミカヅチ』の直撃を受けたせいで、刀身が煤などで汚れていた。しかも、『タケミカヅチ』の衝撃で柄や鍔といったものはなくなっていた。正直、刀身がそのままの形で残っているのが不思議なくらいだ。
「ありがとう……って、アムール?」
小烏丸を受け取ろうとして手を伸ばすと、アムールは直前で小烏丸を後ろに引いた。
「テンマ、小烏丸はすぐにバッグに入れると約束する?」
「え?」
「テンマの事だから、暇だとか言って小烏丸の手入れをし始める気がする。それだと、回復が遅れる」
アムールの言うとおり、このまま何も言われずに小烏丸を受け取っていたとしたら、俺はまず間違いなく手入れを始めただろう。
そんなアムールの心配を、一瞬でも何か要求されるのではないか? と疑った自分が恥ずかしかった。
「気遣いありがとう、アムール。けど、このままだとアムールの言う通り、小烏丸が気になってしまうから、じいちゃんかスラリンに預けてくれないか?」
「わかった。その方がいいと思う」
アムールは俺の言葉を聞くと、頷きながら小烏丸をバッグに仕舞った。
「それと、きちんと休憩を摂るようにって伝えてから、皆にこれを配ってくれ。お茶はジャンヌかアウラが持っていると思うから、二人に言えば用意してくれるはずだ」
そう言ってアムールに渡したのは、いつもバッグに常備しているお菓子だ。甘いものを食べながら休憩すれば、いくらかじいちゃんの気も静まるだろう。
「任された! ……先にひとつ食べてもいい?」
俺が頷くと、アムールはクッキーを一枚口に放り込んでから、お菓子を持って外へと出ていった。
アムールが出て行ってから少しして、外から明るい声が聞こえてきたので、多少は気分転換できたのだろう。
「あっ! テンマ、起きた」
「調子はどう?」
次に目が覚めると、ベッドの横にいたアムールが真っ先に気がつき、続いてクリスさんが調子を聞いてきた。時折、馬車が大きく揺れたり弾んだりしているので、かなりの速度で移動しているようだ。
「全快とはいかないけど、だいぶ良くなってきたみたい」
肩を回したりして体の調子を確かめると、だるさや倦怠感はあるものの、寝る前よりは楽になっていた。
「無理だけはしないようにね……って、リッチの罠にかかった私が言える事ではないだろうけど……」
クリスさんも、じいちゃんと同じく役に立たなかった事が気になっているのだろう。
「あのリッチは規格外の魔物みたいだし、皆無事だったんだから気にする事ないよ」
クリスさんに声をかけてベッドから出ようとすると、クリスさんに肩を掴まれた。クリスさんは俺をベッドに寝かせようとしていたが、俺がトイレに行きたいのだと分かると、慌てて手をどけた。しかし、
「危ない!」
いざ、トイレへ! と、立ち上がって一歩踏み出した瞬間にタイミングよく馬車が弾み、俺はバランスを崩してしまった。バランスを崩した瞬間に、クリスさんとアムールが両脇を抱える形で支えてくれた。
「テンマ君、その調子じゃまだ無理よ……肩を貸してあげるから」
そう言ってクリスさんは、俺に肩を貸してトイレへ行こうとした。その反対側では、アムールも同じようにしている。
それは恥ずかしいと必死に抵抗したが、今の状態では二人に抗う事ができず、少しずつトイレ(ユニットバス)のドアが近づいていた。流石に用足しの間も付きっきりというわけはないだろうが、この歳で若い女性に介護されるというのは、色々ときつかった。
「先輩、アムール、僕が変わるよ。流石にテンマがかわいそうだし」
抵抗した際の騒ぎで寝ていたカインが目を覚まし、二人の代わりに付き添ってくれる事になった。介護っぽい事に変わりがないが、その相手が異性から同性に変わるだけで、俺の心はかなり落ち着いた。
「カイン、頼む!」
「はいはい、任されました」
俺がはっきりとカインを指名したので、クリスさんとアムールは介護の役目を譲り、元の席に戻っていった。その時、アムールの顔は見えなかったが、クリスさんはどことなく残念そうな顔をしていた。
「テンマ……貞操の危機は去ったよ」
カインはトイレのドアを閉めるなり、小声でそんな事を言っていた。俺も同じ様な事を考えてはいたが、純粋に心配したからこその行動だという可能性も半分……くらいはあって欲しいとも思うので、カインに対して苦笑いを返す事しかできなかった。
「ついでに、体を拭いておきなよ」
カインはトイレを済ませた俺に、お湯の入った桶と手ぬぐいを用意してくれていた。言われるまま浴槽のそばの椅子に腰掛けて体を拭いていると、
「テンマ、多分だけど、ククリ村一帯は危険地帯として封鎖されると思う。もちろん、調査が済んで危険がないと判断されれば解除されるだろうけど、『大老の森』は未だに全容が解明されていないところだから、解除がいつになるのかは分からない」
そんな事を話し始めた。多分と言ってはいるが、この話はアルバートや次期辺境伯のリオンを交えて話した事だろうから、辺境伯の判断次第ではあるものの、現状では決定事項と見ていいだろう。
「それとリッチの事だけど、箝口令が敷かれると思う。武闘大会優勝者のテンマをギリギリまで追い詰めた魔物がいて、そいつの生死が不明とか他にも同じ様な魔物がいる可能性があるというのを、一般レベルの情報として広める事はできないからね」
詳しい情報は王様や軍の上層部、それに上位貴族の一部でしか共有せず、それ以下の貴族や関係者には、国として都合のいい情報に編集して流されるだろうとの事だ。
「お願いだから、テンマも無闇矢鱈に情報を流さないようにね」
言い方こそ『お願い』という言葉を使ってはいるが、実質的に貴族の命令と思っていいだろう。
「そこは王様や辺境伯の決定に従うさ。流石に俺でも、この情報がそのままの形で一般に広まれば、ハウスト辺境伯領……少なくとも、ククリ村に近い町や村から人がいなくなるというのは想像できるしな」
納得できない部分もあるが、下手に吹聴して辺境伯領を混乱させたくはない。俺が同意すると、カインの雰囲気が柔らかくなった。
「テンマの考えを、僕の方からリオンに伝えておくよ。テンマにどうやって頼むか、色々と悩んでいたみたいだから」
リオンは俺にどういうふうに切り出そうかと悩んだ挙句、一旦話を先送りする事にしたそうで、今はじいちゃんと御者をやっているらしい。
「マーリン様やジャンヌにアムール達は「テンマ次第」って言うし、クリス先輩は「陛下次第」って言うもんだから、リオンのストレスはハンパなかっただろうね。でも、テンマが納得してくれたから過半数は味方になりそうだし、これでリオンも少しは楽になるかもね」
いつものようにふざけた感じでリオンの事を話すカインだが、やっぱり親友と言うだけあって心配していたのだろう。
そんな感じで過ごしていると、
「カイン、テンマ、まだかかるのか? 私もトイレを利用したいのだが」
アルバートが、ドアをノックしながら声をかけてきた。
「すまん。ついでに体を拭いていたもんだから、少し時間がかかってしまった」
すぐに着替えて外に出ると、アルバートがドアの前で待っていた。
「急かしたようで申し訳ない」
アルバートにバスユニットを譲り、カインに支えられながらベッドに戻ると、ジャンヌ達も起きていた。
「テンマ、お粥食べる?」
ジャンヌがお粥を用意しようとしていたが、食欲がなかったので水だけ頼んでベッドに腰掛けた。
「はい、お水……って、大丈夫?」
「まあ、何とか……」
俺がベッドに腰掛けるなり、スラリン達が殺到してきたのだ。スラリンは触手を伸ばして、マッサージをするみたいに肩や背中をさすっているが、シロウマルとソロモンは俺の太ももの片方ずつに顎を乗せている。首輪をして小さくなっているとは言え、二匹同時だとかなり窮屈なのだが互いに譲る気はないらしく、無理やり乗せていた。
「三匹とも、テンマのことを心配していたからね。それで、ゴルとジルは?」
「いつも通り、バッグの中に引きこもって内職中。多分、リッチの事も、俺が倒れていた事も知らないと思う」
これは二匹が薄情なのではなく、本当に気が付いていないだけだと思う。何せこの二匹、俺がテイムしてから三年以上経つがほとんどバッグの外に出た事がなく、出てもそのほとんどが屋敷の中という有様だ。そんな二匹が野営地に出るなど考えられるはずもなく、従って二匹に関しては、『仕方がない』と考えるしかないのだ。
「二匹が内職に励んでくれるのは、僕としても嬉しい事だけどね」
ジャンヌとの話に入ってきたのはカインだ。なぜ嬉しいかというと、作られる糸が増えれば、カインに回る確率が増えるからだ。二匹の作る糸は引く手あまたで、俺が使わなかった分の糸は、たまに親しい人に分けたりしているのだ。そしてカインは、そろそろ自分が貰える順番との事だ。ちなみに、俺はどんな順番で待っているのかは知らない。しかし、順番の管理はマリア様が絡んでいるので、どれだけ待たされても誰も文句は言わず、トラブルも起こっていないのだ。
「二匹基準の高品質じゃなくて、それ以下の糸でも一般的には超高品質だから、そっちをやろうか?」
二匹基準の高品質は国宝(でもおかしくない)レベルで、中品質は一般的に超高品質、低品質は高品質との評価をもらっている。そして、高品質以下の糸は高品質に比べて生産量が多く、カインに渡すくらいの在庫はある。しかし、
「やめておくよ。どうせなら高品質の糸が欲しいし、もしここで他の糸をもらったりすると、順番を飛ばされちゃうかも知れないから」
との事だった。確かに、その可能性はある。二匹の糸は中品質でも、市場に出せばかなりの値段で取引されそうだし、マリア様なら中品質でも糸は糸だと言って、カインの順番を飛ばす事くらいはしそうだ。
「確かに、それが無難だな」
カインと笑い合っていると、馬車の速度が落ちていくのを感じた。
「お~い。ラッセル市が見えてきたぞ」
リオンの声が聞こえたので窓を開けて外を見ると、前方に見覚えのある街が見えた。
ラッセル市にはドラゴンゾンビの時に救援にきた時以来なので、およそ六年ぶりだ。しかし、前回は一直線にギルドに飛び込み、依頼を出してすぐに戻ったので、ちゃんとした手続きで訪問するのは初めてだ。
「まあ、体調をある程度戻さない事には、何も出来そうにないけどな」
取り敢えず今日のところは、宿で寝て過ごそうと決めた俺だった。