第12章-6 雷
『異世界転生の冒険者 6巻』が5月10日に発売しました!
とは言っても、行きつけの書店での発売は二日遅れ(日曜を挟むと+一日)なので、まだ店頭に並んでいるところを確認していませんが……無事に発売されているはずです!
応援よろしくお願いします。
(これは夢だな……)
明晰夢と言うものはこれまでに何度か経験しているが、これほど懐かしい夢を見たのは初めてだ。俺の目の前に広がっている夢の中の風景は、子供の頃に見ていたククリ村のものだった。
(人がいないな……)
しかし悲しい事に、夢の中だというのに誰一人として見かける事ができない。
(夢なのだから、少しくらいは楽しませてくれよ……)
夢の中の俺は、村の外から自分の家の方角を目指して歩いているらしい。しばらくすると、父さんと母さんに迎え入れられてからゾンビに襲撃されるまで過ごした懐かしい我が家に到着した。
そしてそのまま、懐かしむ間もなく家のドアを押して中に入った。しかし俺は自分の部屋に寄らず、家の中を突っ切って裏のドアから外へと出ていった。
(あれ? 家のドアは引いて開けるタイプじゃなかったか? それに、こんなところにドアはなかったよな?)
夢の中だから実際の記憶とは違っているのかもしれないが、その違いが何となく気になった。だが、そんな事を確かめる事もなく体は前に歩き続け、そのまま森の中へと入っていった。
(懐かしいな……昔この辺りにマル鳥の罠を仕掛けて、知らずに引っかかった父さんに怒られたっけ)
そんな事を思い出しながらも、俺は草木を分けながら森の奥へと進んだ。
(だいぶ歩いたけど、どこまで行くんだ?)
夢の中で意味不明な行動をする事はよくあるが、ただ歩くだけというのも変わっている。どこかへ向かっている様にも思えるが、俺の記憶通りならばこの先には目印になるような物はなく、『大老の森』が続いているだけのはずだ。
(開けたところに出たな……ん? あそこに何かいる?)
森の中を進んで進んで進んだ先で、ようやく開けたところに出た。夢の中らしく、初めて見覚えのないところに出たようだ。
そんな開けたところに足を踏み入れると、視線の先で何かが俺を手招きして呼んでいる。
(誰だ、あれは?)
俺を呼んでいる何かはフードで全身を隠しており、顔で何者か判断する事が出来ない。背丈は俺より多少高いみたいだが、体格はフードのせいで分からず、男女の判別もつかない。
(不気味なやつだ……でも、警戒するべきなのに、何故か足があいつの方へと向かっていく)
これが現実ならば、俺は近づく事などせずにこの場を離れるか、『鑑定』を使って正体を確かめようとするだろう。だが、夢の中の俺はそんな事をせずに、不用意に正体不明の怪しい奴に近づいていた。
奴は俺が近づいてくるのに気が付くと、手招きを止めて手を前に突き出してきた。
(その手を掴めという事か?)
俺に向かって伸ばされた手は、見えているはずなのにどんな手なのかわからなかった。痩せているのか筋肉質なのか、男性のものなのか女性のものなのかが。ただ、何となく人の形をした手だと理解出来るだけだ。
そんな手をあと数m、あと十数歩くらいで握れるといった距離まで来た時、俺の額のど真ん中に何かが当たり、視線が強制的にあいつから逸れた。
「いたぁ……」
反射的に指で痛みが走った箇所を触るとヌメっとした感触があり、指先を確かめてみると血がついている。血と痛みを認識したとたん、先程まで『夢』だと思っていた光景が『現実』だったという事を理解した。
「夢遊病か……なっ!」
状況を把握しようと視線を正面に戻した時、先程まで俺を呼んでいた奴の正体が明らかになった。
その正体は『骸骨』だ。俺に伸ばされていた手もフードから覗く顔も、人体模型などで見た事のある人骨だった。もしかしたら、フードで隠れている部分に肉が残っているかもしれないが、そんな事は些細な事だろう。俺の前方にいるものは人ではなく、魔物かそれに近い存在だ。
そんな化物は俺のいるところとは違う方角を向いており、そちらに手を伸ばして何かの魔法を使おうとしていた。
「何が……ジャンヌ! させるか!」
化物の視線の先には、ジャンヌがいた。そして化物は、ジャンヌを排除する気のようだ。ジャンヌは化物の異様さに飲まれ、竦んでいるらしい。
このままではジャンヌが化物に殺されてしまう。そう判断した俺は、風魔法の『エアボール』を化物に放った。速度重視で放たれた魔法は、化物がジャンヌに魔法を放つよりも先に、化物を吹き飛ばした。
「ジャンヌ、無事か!」
化物に追撃の魔法を放つよりもジャンヌの安全を優先させた俺は、ジャンヌを背後にかばうようにして化物との間に割り込んだ。
ジャンヌを助ける事ができたのは、かなり運が良かったからだろう。化物よりも魔法の準備が遅れていたのに俺の方が先に攻撃できたのは、俺が速度重視の魔法を選択したからだけでなく、化物が確実にジャンヌを殺す為の量の魔力を使おうとし、さらに狙いをつけていた事も関係しているだろう。それは僅か二~三秒の時間だっただろうが、その溜めの時間がジャンヌの命を救ったのだ。
「一体、何が起こってるんだ?」
「やっぱり正気じゃなかったのね!」
口早にジャンヌが教えてくれたのは、俺がフラフラと野営地を抜け出して森の中へと歩いて行ったり、ジャンヌ以外の皆が眠りに就いていて、何をしても起きなかったという話だった。
「どこからどう見ても、まごう事なき異常事態だな……そして、その原因は間違いなく」
俺の視線の先に、ゆっくりと立ち上がる化物がいた。纏っていたフードはズタボロになっていて、その下に隠れていた骨の体が見え隠れしていた。
「やっぱり、体も骨か……スケルトンだったら楽なんだけど、俺やじいちゃん達をまとめて罠にはめるだけの魔力を持っていて、今の魔法がほとんど効いていないとなると……あいつの正体はリッチか!」
前世から持っている俺のイメージでは、リッチはゾンビやスケルトンと言った、いわゆるアンデット系モンスターでも強力な魔物といった認識だ。それはこの世界でも大体当てはまる。
ただ、ゲームに登場するプログラムとは違い、実際に存在している魔物の強さには個体差があり、それは当然目の前のリッチにも言える事だ。しかし、リッチのような死体を元に生まれた魔物は、元の死体の強さや状態に左右される事が多く、例えリッチという種族に生まれたとしても、その強さは素材によってピンからキリまであるのだ。まあ、それなりの強さがないとリッチになれないので、リッチである以上はゾンビやスケルトンといった雑魚(とは言っても、ゾンビもスケルトンも、素材によって強さにかなりの差が出る)とは、魔物としての脅威の度合いが違うのだ。
そして厄介な事に対峙しているリッチは、リッチの中でほぼ間違いなくピンに近い魔物だ。
「ジャンヌ! 俺のそばから離れるな!」
「わかった!」
俺は、腕にあるマジックバッグからゴーレムの核を十個と愛用の刀を取り出した。出現したゴーレムのうち三体は俺達の背後に回らせて、残りの七体はリッチに向かわせた。
しかし向かわせた七体の内、リッチの正面にいた三体のゴーレムは、リッチの魔法であっけなく破壊された。
「何の魔法だ!?」
先程からリッチに対して『鑑定』を使っているが、ステータスを読み取る事はできなかった。同じく、今ゴーレムを破壊した魔法の正体も不明だった。
「残ったゴーレムは、左右から挟み込め!」
ゴーレムが二体ずつリッチの左右に回り、俺とリッチの間にゴーレムは居なくなった。
「石でもなんでもいい! 投げまくれ!」
俺はゴーレムに命令を出すと、すぐに『エアボール』を連発した。リッチは、俺の魔法に対して何らかの魔法で対応しようとしていたが、左右から投げつけられる石や土の塊のせいで、まともに立っていられない状況だった。
「魔法より、物理攻撃の方が効果があるのか……なら、これで押し切る!」
俺は、風魔法の『エアボール』から土魔法の『アースボール』に切り替えて、リッチを倒しにかかった。リッチは、明らかに『エアボール』の時よりも余裕がなくなってきたらしく、『アースボール』に切り替えてからは、反撃どころか倒れないようにするのが精一杯といった感じだった。
「あと少し!」
俺が勝ちを確信した瞬間、リッチの目が妖しく光った。そして、リッチの左右から石や土を投げつけていたゴーレム達が一斉に動きを止めた。
「壊された!?」
「テンマ! 後ろ!」
「なっ!」
投擲中のゴーレムの動きが急に止まったので、何らかの魔法で最初の三体のように破壊されたのかと気を取られたところ、背後にいたジャンヌが何かに気がつき声を上げた。
その声で背後の異変に気づいた俺は、ジャンヌを抱きかかえてその場から飛び上がった。その次の瞬間、先程まで俺とジャンヌがいたところに、三つの拳が打ち下ろされた。
「ゴーレムを乗っ取ったのか!」
三つの拳の正体は、俺達の背後を守らせていた三体のゴーレムのものだった。そして、先程までリッチに石を投げつけていた四体のゴーレムも、リッチに背を向けて歩き出した。
「テンマ、あんな事が可能なの!」
「わからない。少なくとも俺は出来ないし、聞いた事もない」
直接ゴーレムに触れるのならば、コントロールを奪うのは出来ない事もないだろう。例えば、リッチの左右にいたゴーレムに、リッチが俺に分からないように接触(スラリンのように、体の一部を伸ばすなどして)したのならば可能だろうが、俺達のうしろにいた三体に関してはどうやったのかわからない。
(あの時、妖しく光った目が関係しているとは思うけど……何にせよ、ゴーレムは使わない方がいいな)
それらしき原因が分かっても、防げないのなら意味がない。幸い、その方法が俺やジャンヌに効くのならば、ゴーレムよりも先に使っているだろう。俺もジャンヌもゴーレムのように操られていない事から、少なくとも意思を持っている者には効果がないか、効果が薄いと考えるべきだろう。ただし、別の方法かもしれないが、俺を操り、ジャンヌを除いた皆を眠らせた方法が不明なので、楽観視はできない。
俺はこちらに向かってくるゴーレムを破壊し、味方のゴーレムがいない状況でリッチと向き合う事になった。
そこからの戦いは膠着状態となり、互いに決定打を欠いたままの戦いが続いた。正直言って、隙を突いてジャンヌをかかえて逃げるという手もあったが、このリッチを倒さなければじいちゃん達が元に戻らないという可能性があったので、それは最後の最後、これ以上は本当にどうしようもないという時にしか打てない手だった。
「クソっ! 見た目以上に硬い!」
倒すと決めてから俺は、リッチに何十発もの魔法をぶつけた。まず試した魔法は『光属性』。光属性の魔法はアンデット系の魔物に対して効果があると言われているが、あのリッチは光属性に対して非常に強い耐性を持っているのか、あまり効果がなかった。ならばと、光属性と同じくアンデット系に効果がある『火属性』の魔法を使おうとしたのだが、火魔法を森の中で使うには後々の事を考えるとリスクが大きすぎる。
なので土属性の魔法を中心にリッチを攻めたが、魔法耐性と同じく物理耐性も高く、あまりダメージを受けている様には見えなかった。ただ幸いな事に、リッチは魔法・物理耐性の高さに反して動きは鈍く、少しずつではあるが俺の方が押し続けている状況だった。最も、ジャンヌをかばいながらなので、少しでもミスをすれば一気に逆転される状況ではある。
「もらった! 『アースランス』!」
『アースボール』を中心に土属性の魔法を連発していると、そのうちの数発が連続して当たり、その反動でリッチはこれまでで一番大きくのけぞった。
その隙を突いて、それまで放っていた『アースボール』よりも大きく、名前の通り突撃槍のように先端が尖った魔法を、リッチの胴体めがけて打ち込んだ。
打ち込んだ『アースランス』はリッチの胴体に突き刺さり、先端が背中から突き出た状態で後方へと吹き飛ばした。
「なんとか倒せたか……えっ?」
魔物には、必ずと言っていいほど胸(心臓)の位置に魔核を持っている。魔核は魔物を象徴する素材の一つではあるが、生きているうちに破損したり破壊されたからといって、魔核の損失=魔物の死とはならない(破損したかけらが死に繋がったり、破壊された衝撃で死んだりする事はある)。しかし、アンデット系の魔物は少し事情が変わり、魔核の損失=死なのだ。これは魔核を心臓替わりにしている為という説が有力とされているが、詳しく分かっていない。
それを踏まえた上で、俺は『アースランス』で魔核ごと胴体のほとんどを潰したのだが、リッチは苦しむ様子を見せずに、胸を貫通している『アースランス』を面倒くさそうに抜こうとしていた。
「しまった! ジャンヌ、伏せろ!」
「えっ?」
目の前の光景に気を取られてしまい、気がついた時にはリッチが攻撃を仕掛ける直前だった。リッチは器用にも、胸の『アースランス』を抜くのに手間取る演技をしながら、俺に気取られないように魔法の準備をしていたのだった。
ジャンヌは、俺の言っている意味が一瞬分からないみたいだったが、それでも反射的に言われた通り、頭を抱えて地面に伏せた。
リッチの放った魔法は、俺が食らわせた『アースランス』に似た槍を模した土の魔法で、俺のよりはサイズが小さいが、その代わり数は十を超えていた。
「『アースウォール』! 『アースウォール』!」
俺は向かってくる土の槍に対し、『アースウォール』を二度続けて対応した。飛んできたほとんどの土の槍は、『アースウォール』にぶつかったり下からかち上げるようにして粉砕されたが、一番前を飛んでいた土の槍は落とせなかったので、刀で切り落とした……のだが、
「ごふっ!」
「テンマ!」
横からの衝撃で、俺は宙を舞った。
リッチは、俺が作り出した『アースウォール』に身を隠しながら移動し、側面から『アースボール』と同じ様な魔法を飛ばしてきたのだ。
魔法が当たったのは左腕だったが、圧縮された土の塊がかなりの速度でぶつかったのだ。腕の骨は砕けているし、肋骨も数本折れている。ただ、折れた肋骨が肺や心臓に刺さっている感じはないし、今すぐに治療しないと死んでしまうという怪我ではない。
先程のリッチの動きは、驚く程早かったというわけではないが、それまでの鈍い動きとは明らかに違っていた。それが俺の油断につながり、このように大きなダメージを受ける原因となったのだ。
もしリッチがまだ手札を隠しているとしたら、今の状態で余力を残し、後の事まで考えて行動するのは逆に危険だ。今ここで全ての力を振り絞ってでも、リッチを倒しにかかった方が生き延びる可能性が高そうだ。
「ジャンヌ! 俺のそばに来い!」
「わ、わかった!」
俺はジャンヌを呼ぶと同時に、リッチの頭蓋骨めがけて小烏丸を投げつけた。リッチはこれまでにないくらい慌てた様子で、迫る小烏丸から頭蓋骨を守ろうと腕を交差させた。小烏丸は、リッチの頭蓋骨を貫く事は出来なかったものの、交差させた両腕の骨の隙間に引っかかるようにして、リッチの動きを封じた。
「やっぱり、そこに隠しているよな」
胸に魔核がないのだとしたら、残る可能性は頭蓋骨の中だと考えたのだ。スカスカな肋骨で守るよりも、すっぽりと魔核を隠せる頭蓋骨で守った方が安全性が高いのは分かる。だが、自分の魔核を移動させるなど聞いた事がないし、実際にしているのなら、あのリッチは俺が思っていた以上の化物だという事だろう。
「ちょ、ちょっと、テンマ!」
「静かに! 顔を俺に埋めるようにするんだ!」
そばにやって来たジャンヌを抱き寄せると、突然の事にジャンヌは驚いていたが、強い口調で従わせた。俺の言葉にジャンヌが従ったのを見て、
「『テンペスト』!」
俺の最大級の切り札を発動させた。
徐々に強くなる竜巻に、小烏丸で動きを封じられていたリッチは為すすべもなく飲み込まれ、飛ばされまいと体を低くして耐えている。
「『テンペストF2』!」
さらに威力を上げるとリッチは地面に這いつくばり、自由のきかない両腕で近くにあった石を掴んで踏ん張っている。そんなリッチの上では、『テンペスト』に巻き込まれた石や木が飛び交っていた。
あと少しでドラゴンゾンビの時の様に、飛び交う石や木々に巻き込めるといった感じだが、俺とジャンヌの限界が近かった。
『テンペスト』の中心にいるので、石や木に巻き込まれる心配はないのだが、気圧の変化の影響からか左半身の痛みが増して来ているし、外周部分程ではないが、それなりの衝撃が俺達にもやってきているのだ。
「ジャンヌ、もう少し耐えてくれ。『テンペストF3』!」
昔倒したドラゴンゾンビがギリギリ耐えていた威力まで上げると、ようやくリッチの体が浮き上がった。昔よりも『テンペスト』の威力は上がっているし、そもそもドラゴンゾンビとリッチでは大きさが違いすぎるのに、ここまで耐えたのは驚きだった。
しかし、驚くべきところはそれだけではなかった。リッチは暴風に巻き込まれ、石や木々にめちゃくちゃにされているというのに、まだ形を保っているのだ。
あいつは俺の思っていた以上どころかさらにその上を行く、ある意味でドラゴンゾンビに匹敵する化物だったようだ。
「テ、ンマ……もう、無理……」
リッチよりも、ジャンヌの限界が先だったようだ。
「ジャンヌ、『テンペスト』を止めたら、耳をふさいで目を閉じて、口を開けて身を低くするんだ」
ジャンヌは青い顔をしながら、俺の言葉に首を上下に動かして答えた。
「三、二、一……今!」
タイミングを見計らって合図を出すと、ジャンヌは言われたままに地面に伏せた。俺は地面に伏せたジャンヌを囲むように結界を張ると、空高くまで上がり落下を始めたリッチに狙いを定め、
「堕ちろ……『タケミカヅチ』!」
魔法を発動させた。
『タケミカヅチ』とは、雷神や剣の神とされる『建御雷神』から名をつけた魔法で、その威力は『テンペスト』を上回り、まともに当てる事ができればドラゴンゾンビを一撃で倒す事も可能なくらいの大魔法だ。しかし、その発動には手間がかかる上に、条件が合わなければ威力は出ない。その条件とは、上空に雲がある事、その雲に魔力を混ぜて帯電させる事だ。
今回は、『テンペスト』によって集められた周囲の雲と、気圧の変化で出来た雲に魔力を混ぜて発動条件を満たしたのだ。
そして、最後に重要な要素がひとつある。それは標的であるリッチに『当てる』事だ。
『タケミカヅチ』は俺の魔法なので、ある程度のコントロールは可能だが、同時に雷としての性質も持っているので、標的より高い位置にあるものに落ちる恐れがあった。その為、『テンペスト』でリッチが空高く舞い上がるまで待ったのだ。
『タケミカヅチ』は俺の思惑通り、上空からリッチめがけて襲いかかった。その発動の瞬間、凄まじい閃光と衝撃がリッチを中心として周囲に放たれ、目を閉じ手でひさしを作っていたにも関わらず、視界は白で埋め尽くされ、閃光が収まっても目の焦点が合わなかった。急いで回復魔法を目に使い、視力が戻って最初に見たものは、地面に激突する瞬間の『タケミカヅチ』に打たれてボロボロになったリッチの姿だった。
リッチは地面に激突して、胸から下の骨は粉々に砕けたが、その上の骨は頭蓋骨の前で両腕を交差させた胸像のような状態で残っていた。
「やば……」
俺は意識が何度も飛びそうになりながらも、歯を食いしばってリッチの様子を探った。リッチは全く動く気配を見せていないが、死んだふりをしている可能性もある。なので反応を見てみようと、少しだけ近づいてから足元の石を拾い、リッチに投げてみる事にした。しかし、フラフラの状態だったせいで踏ん張りきれず、反動でひっくり返りそうになってしまった。
「危ない!」
ひっくり返る寸前でジャンヌが支えてくれたのだが、ジャンヌも『タケミカヅチ』の衝撃で万全の状態ではなかったらしく、二人して尻餅をついてしまった。
そんな隙だらけの状態でも、リッチは少しも動く気配を見せなかったので本当に死んでいるかもしれないが、ジャンヌに頼んで『スリングショット』でリッチを狙って貰う事にした。
俺の頼みを引き受けたジャンヌは何度か狙いを外した後、見事に小石をリッチの頭蓋骨に命中させた。あれだけ頭蓋骨を狙われて焦っていたのだから、もしリッチが生きているのなら何か反応があるはずだ。
そう思ってリッチを見てみていると、小石が当たった瞬間に頭蓋骨が後ろに落ちた。そしてそれが合図だったかのごとく、残っていた骨は砂のように崩れていった。
「終わったみたいだな……」
「みたいね……」
リッチは滅んだのだと確信した時、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
声が聞こえてきた方角に目をやると、空を飛ぶじいちゃんとソロモン、それにシロウマルの背に乗ったアムールの姿が見えた。よほど慌てているのか、大声を出しているみたいなのに俺とジャンヌの名前以外は聞き取れない。
そんなじいちゃん達の姿を認識した次の瞬間、目の前が真っ暗になったのだった。




