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第12章-3 パチンコ

「リオン。あなたがやった事は一歩間違えれば、今この村にいる全員の立場を危うくするものだったという事だけは、ちゃんと理解するのよ!」


「すんませんでした……」


 案の定リオンは、慌ててやってきたクリスさんに注意されていた。ただ、クリスさんの姿が見えた瞬間に俺とアルバートでクリスさんを止め、リオンがゴブリンの群れに突っ込んだ理由(ただし、リオンの行動を美化するように変えたもの)を話し、その隙にカインがリオンに『すみませんでした』以外の言葉を口にするなと言い含めたおかげで、クリスさんはいつもみたいに強く出られないみたいだった。

 ちなみに、リオンを擁護する為に言ったのは、『リオンが先行したおかげで、ゴブリンが村に近づけなかった』、『リオンなりに辺境伯家の評判を上げようと、自ら率先して村を守ろうとした』……といったものだった。実際に村長との話の中で、「『辺境伯家をどこまで信用していいのか?』といった事から、村の自衛力を高めようと塀などを築いたらしい」というのもあったと言うと、クリスさんはリオンの独断専行には、そこまでの理由があったのだと思ったみたいだった。


「リオンが大活躍したようじゃな」


 上空でタイミングを見計らっていたじいちゃんが、クリスさんの注意が終わるのに合わせて降りてきた。俺以外は、誰も上空のじいちゃんに気がついていなかったようで驚いていた。そのせいか、まだ何か言いたそうにしていたクリスさんは完全にタイミングを逃し、結果的にリオンへの注意はそこで終わった。


「この村の周辺を見える範囲で探ってみたが、ここに転がっているゴブリン以外に、この村の驚異になりそうなものはいなかったぞ」


 じいちゃんの報告を聞いて、駆けつけてきていた村人の何人かは、村へ知らせる為に戻っていった。


「それで、リオン。このゴブリン達の死体は、どう処理するつもりだ?」


「どうするかな……そこらへんに穴でも掘って、その中に放り込むか?」


 ゴブリンの死体からは、そんなに価値のある部位は取れないし、肥料にする為に一部の都市で買取されることもあるが、この村では使い道はないだろう。


「死体はそれでいいと思うが、魔核はどうする?」


「あ~……小遣い程度にはなると思うが、正直言って取り出すのがめんどくさいな。そうだ! 誰か村長に言って、解体経験のある村人を数人連れてきてくれ。それで取れた魔核は村の取り分にしていいから、換金して宴会の資金にでもしてくれ」


 残っていた村人達は、貴族(リオン)が倒した魔物という事で最初は遠慮していたが、その本人が本気でいらないと言っている事がわかると、その場にいた者で解体を始めた。解体と言っても、ゴブリンの胸を切り開いて魔核を取り出すだけだったので、三十匹程のゴブリンの処理はあっという間に終わった。その後、ゴブリンの死体は解体中に俺が作った穴に放り込み、灰になるまで燃やした。



 全てを終えて村へと戻ると、入口で大勢の村人がリオンの帰りを待っていた。八つ当たりとも言えるリオンの暴走は、それを知らない村人からすれば自分達を守る為の英雄的な行為であり、辺境伯家への不信感をぬぐい去るのには十分すぎるほどだったようだ。

 そして、村での歓迎といえば、ククリ村でもそうだったように村人総出の宴であり、リオンは次期領主及び英雄として歓待され、モテにモテまくった。老人とおじさま、おばさま方から……

 今この村で『若手』と言えば、男女共に三十過ぎ辺りを指し、それよりも下の年代の『若者』は、男女共に村の外へ出ているか、すでに結婚しているそうだ。つまり、リオンに合う年齢の『独身女性』は皆無なのであった。


「酷いな……」

「酷すぎるね……」


 いつもはここで大笑いするカインも、流石にそんな事ができないくらい悲しい状況だという事だろう。


「流石に私もかわいそうに思えてきたわ……私が知っている中で、一番モテている状況なのに、その中に女の子がいないなんて……」


 カインどころかクリスさんも、今のリオンは同情するしか無いようだ。


「まあ、『男』としては残念だったかもしれないけど、『次期領主』としては十分すぎる成果だったんじゃないかな? この村は、周辺の村や街と交流があるみたいだし……」


 俺達は、村人達の中心で褒め讃えられているリオンを見ながら、用意された料理を楽しんだのだった。



「すまん、テンマ……俺はもう駄目だ……」

「分かった。カイン、リオンと変わってくれ」

「了解……リオン、ゆっくり寝るといいよ」


 リオンを称える宴会の次の日、俺達は予定通りククリ村を目指して移動を再開したのだが、リオンは昨日の宴会で村人達に注がれた酒を飲み続けたせいで、酷い二日酔いに襲われていた。それでも、村人達が村の入口に勢ぞろで見送りしていたので、リオンは御者席から身を乗り出して手を振り続けていたのだ。

 そして先ほど、入り口付近にいた村人達が見えなくなるくらい離れたので、交代を願い出たのだった。 


「村長にククリ村の方角とその途中にある村の事を聞いておいたから、見当違いの方向に行くことはないと思う。それにククリ村の近くになれば、じいちゃんがわかるかも知れないし、シロウマルが匂いを覚えているかもしれないから、なんとかなるんじゃないか?」


 もしそれが駄目でも、俺が『探索』を使い続ければ、十数kmの範囲くらいの地理は分かるから、道しるべになるものを探す事は可能だろう。ただ、疲れるので可能な限りやりたくはないけれど……



「テンマ、さっきから何を作っているの?」


 リオンと交代した後で一時間ほどして俺も交代し、馬車の中で工作に励んでいると、久々にアムールに声をかけられた。以前のアムールだったら、俺に声をかけると同時に抱きつこうとしていたので、レニさんの教育の成果が出ているのかもしれない。


「昨日倒したカエルの素材を使って、狩りの道具を作ろうかと思ってね」 


 目の前にある材料は、『Yの字に組まれた木の棒』と『カエルの筋肉』と『動物の皮』だ。カエルの筋肉は、事前に細い紐に加工してあり、これらを組み合わせて『スリングショット』を作るつもりなのだ。まあ、俺としては『スリングショット』より『パチンコ』の方がしっくりくるが、玩具ではなく武器や狩りの道具と考えているので、より武器っぽい名称の『スリングショット』にしたのだ。


「これをこうして、紐を結んで……一応、形にはなったかな?」


 五cm程の正方形の皮を二つ折りにし、その両端に穴を開け紐を通して結ぶ、そして紐の反対側を木の棒の先端に結べば、『スリングショット』の試作品の完成だ。試作品と言っても、紐を二つ折りにして穴に通し、先の輪っかに反対側をくぐらせる形で結ぶ事で紐の強さを二倍にしているので、それなりの威力は出そうだ。


「空撃ちでは、問題はないみたいだな」


 何度か引っ張ってみたが、特に問題は見当たらなかった。後は実際に玉を飛ばしてみるだけなのだが、流石に馬車の中で玉を飛ばすのはまずいので、我慢してバッグにしまう事にした……のだが、アムールやクリスさんに興味を持たれてしまい、やや強引に持って行かれてしまった。

 アムールの行動はレニさんに怒られるのではないかと思ったのだが、意外な事に使用方法を聞いたレニさんも興味津々と行った様子で、二人と一緒に『スリングショット』を見ていた。


 三人の様子を見ていたら、次に言われる事の予測がついたので、言われる前に『スリングショット』の量産をする事にした。そして、量産出来た『スリングショット』は二本。先に作ったのと合わせて三本となったわけだが、その三本は最初の一本を興味深く見ていた三人の手に収まっている。


「アルバート、カイン。少し早いが、休憩できるところを探してくれ。水場の近くでなくてもいいから、なるべく早くだ」


「ん? 分かった」

「何か……あったみたいだね」


 事情を察したカインが、近くに見える岩場でいいかと聞いてきた。そこなら、玉代わりの小石や的がゴロゴロしていそうで、『スリングショット』の試し撃ちにちょうど良さそうだ。


「そこで頼む」

「りょ~かい」


 そして数分後、岩場に到着した馬車が止まると同時に三人は馬車を降りて、近くの岩を的にして『スリングショット』の試し撃ちを始めた。


「これ、面白い!」

「いざという時の隠し武器にちょうどいいわね」

「私のような潜入員には、これくらいのサイズが持ち運びやすくていいです。威力はやや弱めですが、目くらましや虚を突く為のものと考えたら、大した問題ではなさそうです」


 アムールは玩具感覚だったみたいだが、他の二人はちゃんとした目的があったようだ。確かに携帯できるサイズというのは、『スリングショット』の強みでもある。その分、弓矢のような他の飛び道具と比べると威力は落ちてしまうが、そこは動力源であるゴム(の代わりのカエルの筋肉)の本数を増やしたり太くしたりすれば、威力を上げる事が可能だ。それに、玉を矢じりのように先が尖ったものに変えたり、クロスボウみたいな感じで矢を使えば、殺傷能力はさらに上がるだろう。まあ、矢を『スリングショット』で使った事がないので、実践でまともに使えるのかは不明だが。


 その後三人は、早めの昼食を終えた後も『スリングショット』の性能を確かめていた。そして、俺はそんな三人を横目に、新たな『スリングショット』を作り出したのだった。

 その新型は、威力・耐久性・精密性を向上させたものだ。試作品との変更点は、代用ゴム(カエルの筋肉)を増やし、代用ゴムを結ぶ本体を魔鉄で作り、持ち手の部分を刀の柄のような形にした。本体部分と持ち手を刀のように作る事で、柄の部分を使い手のサイズに合わせる事ができ、握りやすくなるので精密性が上がったのだ。


「これがジャンヌの分で、こっちがアウラの分ね」


 二人はアムール達が使っているのをチラチラと見ていたが、三人がその視線に気がつかなかったので、諦めて昼食の準備をしていたのだった。その代わりに性能を上げたというわけではないが、元々『スリングショット』を作ろうと思ったのは、弓矢が使いづらい密集した森の中などでの狩りや、男性よりも力の弱い女性の武器を想定していたのだ。ちなみに、先に試作品を持っていった三人は、平均的な女性の筋力を超える(レニさんは少しくらいだろうが、アムールとクリスさんはかなり超えている)ので、あまり参考にならないのだ。


「ありがとう、テンマ!」

「テンマ様、ありがとうございます!」


「一応言っておくけど、基本的に人には向けないようにね。暴漢相手や自分の身を守る為に使うのはいいけど、これは人を殺せる程の威力が出る『武器』だから、その事は頭に入れておいてね」


 目の前の二人だけではなく、試作品を持っていった三人にも聞こえるように話したが、試作品の三人の内の二人は、武器としての可能性に惹かれているようなのであまり意味はないだろう。まあ、それくらい危険なものだという事だけ、頭に入っていればいい。

 試作品の三人は、ヴァージョンアップした『スリングショット』を羨ましそうにしていたが、試作品を選んだのは自分達なので、返品・交換は受け付けない事にした。


「いいな~……面白そうだな~……」


 もう一人、俺の後ろで『スリングショット』を欲しそうにしている奴がいたが、そいつに渡すと何か危ない気がするので、「クリスさんの許可が下りたら、今度作ってやる」と言ったが、改良型を貰えなかったクリスさんが拒否した為、カインの新装備は実現しなかった。


「作りは単純だから、作ろうと思えば、誰でも作れると思うけどな」


「いや、肝心なカエルの素材がないから、そう簡単に作れないからね。身近なカエルの素材は、テンマが全て持っているし……」


 どう言おうとも、クリスさんの許可が無いと駄目だというと、カインはちらりとクリスさんを見て、ため息をつきながら諦めていた。ちなみに、カインが見たクリスさんは、丁度アウラの持つ改良型を借りようと頼み込んでいたところだった。


「遊んでないで、出発の準備をせぬか!」


 じいちゃんの一喝で、それまで『スリングショット』で遊んでいた面々は、慌てて準備に取り掛かった。なお、クリスさんはアウラとの交渉が難航した為、あと少しというところで借りる事ができなかった。ただ、アムールの方はジャンヌに頼んで、何度か改良型を試している。レニさんは、なんとか改良できないかと、自分の持つ試作品で色々試していた。


「それにしても、テンマ。完全に試作品を持って行かれたけど、よかったの?」

「逆に聞くが、カイン。ああなったクリスさん達から、取り返す事ができると思うか? レニさんは素直に返してくれるかもしれないけど、残りの二人はなんだかんだと言って、手放さないと思うぞ」


 レニさんにだけ返還を求めるのもどうかと思うので、試作品に関しては諦める事にしたのだ。まあ、その分の仕返しを、三人には改良型を作らないという形で返したわけだ。それに、どうせ作るなら、ちゃんとした設備で、本職の意見を取り入れながら作った方がいいに決まっているので、自分の分を作るのは王都に帰ってからにしようと思っている。


「それもそうだね。特に、僕の分の許可をもらおうとお願いした時の先輩の顔……笑ってはいたけど、すっごい迫力があったからね」


 あの様子だと、王都に帰ってから改良型の要請が再度あるだろう。それに王都で作るとなると、確実に作ってくれと言ってくる知り合いが、最低でも三人はいるだろう。この国のトップとか王家の娘とか軍のお偉いさんとか……


「まあ、いざとなったら、真っ先にあの人に献上すれば、少しは大人しくなるかな?」


 王都での第一号をマリア様に持って行って、今後の『スリングショット』制作依頼の窓口になってもらえるように頼めば、王都の三人の依頼は大人しくなるだろう。マリア様の見ていないところでは、何時も通りだろうけど……


「なんにせよ、王都に帰ってから考えればいい事だな。それはそうと、俺達も早く行かないと」


「そうだね。もう少しでクリス先輩達も片付けが終わりそうだし、僕達が遅れたら何を言われるやら……」


 そういう訳で、俺とカインは急いで自分の分を片付け、皆と合流したのだった。



「テンマ。恐らくじゃが、明後日か明々後日くらいには、ククリ村に到着するぞい」


 御者を勤めていたじいちゃんが、前方に見える山を指差してそんな事を言った。じいちゃん曰く、前方の山の反対側には、『大老の森』があるらしい。


「まあ、『大老の森』と言っても、そこからククリ村までは、まだ距離があるからのう。今日はあの山の手前で休憩するのがいいかもしれぬ」


 そこから先は山の麓を通り、その後は『大老の森』に沿って移動するそうなので、強めの魔物が現れる可能性があるそうだ。なので、その危険が少ない山の手前で夜を明かし、明るいうちに危険な場所を通過するのがいいとの事だった。


「じいちゃんが言うなら、そうした方がいいかもね。ライデンが本気で走ったら、ちょっとやそっとの魔物に追いつかれる事はないだろうけど、馬車の方はそうはいかないからね。下手すると壊れるかも知れないし、群れで行動する魔物の中には、待ち伏せする奴もいるからね」


 それこそ、昔シロウマルの両親を襲った『ドラゴンスネーク』みたいに、格上の魔物に対して群れで襲いかかる事もありえるので、なるべくなら危険な場所の近くで野営するような事は避けたい。


「なら、決まりじゃな」


 ここまで来ると、リオンよりもじいちゃんの方が周辺の地理に明るいので、休憩場所などは全てじいちゃんに任せる事にした。

 流石にここまで案内してきたリオンも、辺境伯家の地図よりも、じいちゃんの記憶と経験に頼る方が安心だと言って、真っ先に賛成していた。まあ、ここまで付け焼刃に近い知識で道案内をしていたので、肩の荷が降りたと言った感じなのだろう。


「テンマ様は、この辺りに来た事はあるのですか?」


「いや、基本的に俺はククリ村周辺しか行った事がないからな。『大老の森』で遊んだりしていたけど、奥に行く時は、大体父さんかじいちゃんが一緒だったな……そう言えば、一度だけラッセル市に行った事があったな。ゾンビ達に襲われた時、救援を呼びにだけど」


 何度か黙って奥まで行って、皆に怒られたっけ……とか言っていると、何だかリオンが申し訳なさそうな顔をしていた。多分、「末端とは言え、配下の一部が……」とか考えているのだろう。


「リオン。もう終わった事なんだから、気にする事はないって。クリスさんも、つられて変な顔をしない」

「ちょっと! 変な顔って何よ!」


 クリスさんの方は、母さんや父さんと会った時の事を思い出したのかもしれない。この中で俺とじいちゃんを除けば、ククリ村の事を見知っているのはクリスさんだけなので、そういった感情が湧いたのだろう。


「何にせよ、俺やじいちゃん以上に悲しむのはやめてくれ。どういう反応をしていいか、分からなくなるから」


 俺の軽口で、多少は馬車の空気が軽くなったが、リオンとクリスさんはどこか無理をしているように見えた。「そう簡単には戻らないかな? まあ、寝て起きたらスッキリするだろう」と、明日の朝くらいには、元に戻ってくれる事を期待していたら……


「さっさと死になさい!」

「くたばれや!」


 じいちゃんが野営地にと予定していた場所がゴブリンの住処となっていて、馬車の中で落ち込んでいた二人によって、気晴らしに蹂躙されていた。


「いや、ゴブリンを退治するのは悪い事じゃないんだけど……あれだと、あの二人の方が悪者に見えるな」

「ゴブリン達にしてみたら、平和に暮らしていたところを、オーガみたいな魔物に襲われた感じだろうね」「これでリオンは、ゴブリンに二度も救われた事になるな……おかしな表現だけど」

「まさに、悪鬼羅刹!」


「お嬢様、その言い方は……って言いたいところですけど、あれはそう言われても仕方がないですね」


 俺に続いて、カイン、アルバート、アムールと続いた。アムールの表現に、レニさんが苦言を呈そうとしかけたが、あの二人の様子を見て仕方がない事だと諦めていた。


「まあ、ゴブリンの住処を破壊するのは、冒険者や治安維持をする騎士としては当然の行為じゃが……あの様子じゃと、今日この場所で野営をするのは無理そうじゃな」


 元々ゴブリン達のせいで汚れていた予定地は、二人の活躍によって惨劇の地と変貌しており、どう考えても、本日の野営地にできるような場所ではなくなっていた。


「仕方がない。もう少し進んだところを、本日の野営地とするかのう」


「この様子だと、ここの処理なんかで時間が取られそうだから、俺は馬車の中で夕食でも作っておくよ」


 流石にこの場所を散らかしたまま、次の野営予定地へと移動するのはマナー違反なので、到着してすぐに食事ができるように、夕食を作っておくことにした。


「私も手伝います」

「ん!」


「私も」

「私もです!」


 すぐにレニさんが手伝うと言い、その直後にアムールも手を挙げて、ジャンヌとアウラも続いたが、大勢でするには少し馬車の中は狭いので、そんなに手伝いはいらなかった。


「それじゃあ、ジャンヌは俺の手伝い、アウラは風呂の掃除、レニさんとアムールは、あの二人に渡す飲み物と手ぬぐいを……いや、レニさんが俺の手伝いで、ジャンヌがアムールと一緒に二人の担当をしてくれ」


 お客さん扱いというわけではないが、何となくレニさんに簡単な仕事を振ろうとして、すぐにそれはまずいという事に気がついた。なにせリオンの一度目の気晴らしは、レニさんが原因での事だ。流石にその原因をリオンに近づけるのは、双方にとって良くない。そういう訳で、ジャンヌとレニさんの担当を変更する事にした。


「予定しているのは、カエル肉を使った味噌汁なんですけど……他に何を作ったらいいですかね?」

「味噌汁と言えば、相方は白いご飯ですね。それに、漬物が南部では定番ですけど……味噌汁ばかりで、皆は飽きませんかね?」


 野営をする場合、見張りに立つ人の為の夜食も必要になるので、夕食と一緒に作る事が多い。その為、大量に作る事ができ、温め直す事が可能な汁物が定番料理となる。そして、出汁を取って味噌を入れるだけでも、料理になる味噌汁は、俺の料理担当時の定番となっていた。まあ、精神が元日本人というのも、大いに関係している。ちなみに、よく作る料理の次点はシチューだが、味噌汁の方が簡単に手早くできるので、どうしても大差をつけての二番手となっている。


「まあ、野営の事も考えた料理に文句をいう人はいないでしょうし、言ったら言ったで食べさせなければいいだけの事です」


 旨ければ問題ないと言った、冒険者気質のメンバーばかりなので、文句を言うものはいないだろう。そもそも、食べたいものがあったら、リクエストしてくるはずだ。少なくとも、そういった事を遠慮するような者は、今回の旅に同行していない。


「それじゃあ、レニさんは味噌汁をお願いします。俺は、おにぎりと浅漬けを作ります」


 本当はぬか漬けのようなものを用意したいが、無いので浅漬けを作る事にした。まあ、材料のキャベツ・人参などの野菜の切れ端に、細切りの昆布と塩入れて揉んで、してしばらく置いておくだけの簡単なものだ。

 後は、マジックバッグに保存していたご飯を使って、ひたすらおにぎりを握る。最も、それだけでは足りそうにないので、同時進行で新たなご飯も炊いた。



「テンマ君、お腹がすいたわ」


 ゴブリンを殲滅し、風呂で汚れを落としたクリスさんが、髪を拭きながら食事の催促に来た。


「料理自体はできてますが、皆が揃うまで待っていてください」


 現在、一番風呂だったクリスさんの後で、他の女性陣が馬車の風呂を使っている最中だ。そして、そのせいで馬車の風呂を使用できない男性陣はというと、少し離れたところに昔作った浴槽を出して、そこで風呂に入っていた。


「え~」


 と言いつつ、クリスさんはこっそりとおにぎりに手を伸ばしていた。


「まあ、いいですけど……何だか、アムールみたいですね」


「うっ……」


 アムールを再教育している身で、アムールと同じ事をしているというのはまずいと感じたようだ。最も、最近のアムールはそういった事をしなくなってきているので、もしもアムールにバレたら、クリスさんの立場がなくなってしまうかもしれない。


「テンマ君。この事は、どうかご内密に……」


「俺はいいですけど……アウラが見てますよ」


 クリスさんと同じく、アウラもつまみ食いを狙っていたのか、こっそりとこちらへ近づいてきていた。そして、クリスさんのつまみ食い未遂を見てしまったのだ。


「アウラ、ちょっといらしゃい」


 アウラは、まずいところに出くわしたと感づいたのか、クリスさんが振り向く寸前に逃げ出そうとしたが、少し遅かった。

 そしてアウラは、クリスさんに野営地の端っこの方へと連れて行かれ、そこで口止め交渉をされたようだ。ただ、その交渉がどういった方法で行われたのか、俺には分からない。分かる事といえば、アウラが交渉後に疲れたような顔をしていて、クリスさんが上機嫌だった事から、クリスさんの望む結果となったであろうという事だ。

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