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第11章-13 タンタンファミリー

「さて、リオン。ギルド長の話を聞く前に、さっきの冒険者達の事を聞きたいんだが?」

「いや、あいつらは……その……」


 ギルドの奥にある貴賓室に通された俺は、全員が椅子に座ったのを見計らってリオンに先程の事を質問した。リオンはどう答えていいのだろうかと言った感じで、なかなか答えてくれなかった。


「先程の冒険者達とは、受付をしている時にテンマ様達を睨んでいた者達の事ですね? 彼らは、ククリ村の件で処罰された兵士達の関係者達です。近しい肉親ではありませんが、遠い親戚や親友と言った感じですね」


「おい!」


「リオン様、別にかまわないでしょう。あの件については、完全に辺境伯家に責任があります。辺境伯家は、その実行犯とも言える者達を責任を持って処罰したに過ぎません。それについて辺境伯家を恨むのならともかく、被害者であるテンマ様を恨むのは筋違いというものです。仮にその事であの者達が、テンマ様に危害を加えようとするのなら、私はシェルハイドの冒険者ギルドの長として、あの者達の首を切ります。比喩ではなく、言葉の通りの意味で」


 なのに、あっさりと冒険者を切り捨てると発言したギルド長に、リオンは一瞬だけ驚いた顔をして立ち上がったが、すぐに椅子に座り直した。


「お忘れですか、リオン様? あの者達の親戚や親友のせいで、このギルドは経営破綻寸前まで行ったのですよ? 正直、立て直せたのが不思議なくらいです。それなのにもう一度、このギルドを破綻の道に進ませようとするのなら、事前に手を打つのは当然の事です」


 その考え方は、トップとしては当たり前の事だろう。このギルド長は、別に俺に味方をしているのではなく、このギルドにとっていい結果となる方を選ぶというだけの事だ。


「それで、あそこでワイバーンの一部を出させたのは、あの場にいた他の冒険者達に宣伝する必要があったから、と言うわけですか。もしかして、俺が頭部を出すと予想してましたか?」


「ええ。翼や胴体の可能性もありましたが、出しやすさや見た目を考えたら、ほぼ頭部しかないとは思っていました。あの場でワイバーンの頭部を見た者は、他のギルドに行った時に、色々なところで話をするでしょう。私達が宣伝するよりも、第三者から聞いた方が信憑性は増しますから」


「この依頼の、本当の依頼主の狙いと一緒ですね」 


「ですね」


 このギルド長は、冒険者というよりも商人寄りの考え方をするようだ。


「一応言っときますけど、こちらのギルドを利用する事は、ほとんどないと思いますよ?」


「それでも、テンマ様の『一回』と、奴らの『これまでとこれからの達成回数』では、比べものになりません」


 自分のところの冒険者に、そこまで言うのはどうかとも思うが、俺としてはそれくらいの方がわかりやすいし、後腐れもなさそうなのでありがたいとは思う。まあ、何度も利用したくはないが。


「では、話が終わったところで、これが今回の報酬となります。達成金の二百万Gと、その他の部位の納品で千八百万Gの、合計二千万Gとなっております。お確かめください」


 ギルド長は、報酬を入れた袋を二つ持ってこさせ、説明しながら俺の前に置いた。


「相場より、かなり高額ですね」


「宣伝の利用代も含まれておりますので」


 その答えに納得した俺は、枚数を数える事なくマジックバッグに入れると、ギルド長は一瞬感心した様な声を漏らした。



「ねえ、テンマ。テンマの『一回』と、あの人達の『今後の達成回数』はどう違うの? それに宣伝の利用代って?」


 ギルド長に見送られて外に出て少し離れると、すぐにジャンヌがそんな事を聞いてきた。


「多分、俺の一回は、『辺境伯家と和解した』と他の冒険者に思われる様なもので、彼らの『これまでとこれからの達成回数』は、今後俺と和解した辺境伯領に、昔いた冒険者達が戻ってくる可能性の事だと思う。もし彼らが今後、俺と和解した辺境伯家に不満を持って辺境伯領から離れたとしても、ベテランが戻ってくれば問題ないと考えているんだろう。多分、俺が来る事を昔馴染みなんかに流すくらいの事は、すでにやっているんじゃないかな? 宣伝の利用代は、その時に俺の名前を出した事や、辺境伯領で依頼を受けてワイバーンを丸々納めたと、他のギルドに伝えるつもりだと思う」


「まあ、そうじゃろうな。それと、『辺境伯家やギルドにとって、多少都合のいいような情報になるかもしれないが、目をつぶってくれ』もあるじゃろうな」


「なんか、ちゃっかりしていると言うか……冒険者ギルドのギルド長っていうより、商人みたい」


「抜け目ないですね」

「うむ!」


 俺とじいちゃんの話を聞いて、ジャンヌも大体俺と同じような感想を抱いたようだが、アウラとアムールは適当に言っているだけだと思う。何故なら、二人の手にはいつの間にか串焼きが握ってあり、口元には串焼きの油がついていたからだ。

 恐らく、ギルドの近くに出ていた屋台で購入したものだと思われるが、ギルドから出てすぐに買い求め、何事もなかったかの様に食べている二人も、十分抜け目がないと思う。


「それじゃあ、わしはそろそろ別行動をするかのう」


 じいちゃんは予定通り、冒険者ギルドの後は別行動をするそうだ。


「分かった。ちゃんと夕食時には戻ってきてね」

「うむ。テンマの方も、ジャンヌ達を連れて変な店に行かぬようにの」


「私は別に行ってもいい」


 アムールが何か言ったみたいだが聞こえなかったふりをして、余計な事を言ったじいちゃんを睨んだ。じいちゃんは俺に睨まれても気にせず、笑いながらフラフラと周囲の店先を覗きながら離れていった。


「それじゃあ、行こう。適当に、リオンおすすめの店に連れて行ってくれ……リオンの好きな、『大人の店』以外でな」


「いや、そんなとこに連れて行かねぇって」


「そうだよ、テンマ。シェルハイドでそんな店に行っていたら、エディリアさんの耳に入るじゃないか。いくら頭の出来に不安たっぷりのリオンでも、流石にそこまでじゃない……はずだよ? 大丈夫だよね、リオン?」


「いくら俺でも、そこまで馬鹿じゃねぇって!」

「まあ、リオンの主戦場は王都だからな。さて、まずは大通りをぶらついて、気になった店で食事をするというのでどうだろうか?」


 その提案に賛成した俺達(リオンとカインを除く)は、提案者のアルバートの先導で大通りを歩き出した。カインにペースを乱されたリオンは、「俺の地元なのに……」などとつぶやいていたが、アルバートの提案を上回るものを出せなかったので、大人しく後ろをついてきた。


 『シェルハイド』は辺境伯領で一番大きな街という事だが、賑わいはグンジョー市と同じか少し上といった感じだった。まあ、それでもリオンに言わせると、ククリ村の事件の後と比べてだいぶ賑やかになったという事だが、それでも最盛期の半分くらいなのだそうだ。


「テンマのワイバーンで、どれだけ賑わいを戻せるかだな。せめて、昔いた腕利きの冒険者が半分……いや、三分の一でも戻ってきてくれれば、領内の依頼がだいぶ楽になるんだけどな」


 今現在、ハウスト辺境伯領で難易度の高い依頼や仕事を冒険者に回そうとしても、その難易度に会う冒険者の数が足らず、王都や他のところで活躍している冒険者に依頼を出さなければいけない事が多いそうだ。


「今回の俺のようにか?」


「そうだ。まあ、ワイバーンの群れが相手というのは稀な事だが、街の近くに単体でとか、ペアで現れたとかいうのは年に数回はあるからな。その度に軍を出すわけにもいかないし、かと言って放置するわけにもいかない。だから、その時に対応できる冒険者が必要なんだが……」


「毎回都合よく、その状況に対応できる冒険者が空いているとは限らない……というわけか」


「ああ。だから、以前辺境伯領で活動していて地理に詳しく、後進の指導もできる様なベテランに戻ってきて欲しいんだ。まあ、そこまで都合良くはいかないだろうから、せめてワイバーン相手に、数人で対応できるくらいの冒険者が増えてほしいところだな」


「冒険者は基本的に自由だから、一度離れるとなかなか戻ってくれないかもな。かくいう俺も、正式ではなかったにしろ、ハウスト辺境伯領(ククリ村)からサンガ公爵領(グンジョー市)に移って、今は主に王都周辺やセイゲンで活動しているしな」


 辺境伯領から移動した冒険者の中には、昔を懐かしんで戻ってくる者もいるだろうが、よそに移ってその場所で根付き、その周辺から移動できない者もいるだろう。


「そうなると、以前いた冒険者に戻って来てもらうよりも、新規の冒険者を呼んで根付かせた方が早いかもな」


「でも、辺境伯領が欲しいくらいの腕利きは、当然よそも手放したくないだろうし、難しい問題だよね」


 俺とリオンの会話に、アルバートとカインも加わってきた。二人もいずれは実家の領地を経営しなければならないし、将来はリオンと同じ悩みを持つ事になるかも知れないので、他人事ではいられないのだろう。


「いっそ辺境伯領全体で、冒険者優遇策をやってみたらどうだ? 辺境伯領で活動するのなら、一定の期間の税金を免除するとか?」


「それだと、その期間が終われば出て行くんじゃないか?」


「そこは辺境伯領に来れば、拠点となる建物を格安で貸出したり販売する……とか言って、居着きやすくしたりしてさ」


「う~ん……まあ、一度親父に進言してみるか」


 今リオンに言った話は素人の思いつきなので、そう簡単に上手くいくとは思えない。リオンもそう思っているから歯切れが悪いのだろうが、言うだけならタダであり、最終的に判断するのは辺境伯なので、言うだけは言ってみるという感じだった。


「テンマ、リオン様。お話中、申し訳ないのだけど……皆は好き勝手に動いているわよ」


「「は?」」


 ジャンヌの言葉で振り返ってみると、いつの間にか俺とリオンとジャンヌ以外は、それぞれ好きに動いていた。


「あいつらまで……」


「まあ、話し込んでいた俺達が悪い。もう昼時だし、そろそろ飯にしようか。お~い、アムール、アウラ。そんなに食べていると、せっかくリオンがおごってくれるって言っているのに、腹に入らなくなるぞ!」


「ちょい、待て!」


「大丈夫! まだ、腹一分目!」

「私も、まだまだ行けます!」


「私はいつでも行けるぞ!」

「僕のお腹も、すでに準備できてるよ!」


 アムールとアウラの気合に、アルバートとカインも乗っかってきた。そんな四人にリオンが反抗していると、


「それでは仕方がない、代わりに私が奢るとしよう」

「あっ! 僕も出すよ」


「よっ! 太っ腹! モテ男!」

「さすが、次期公爵様に侯爵様! 器が違う!」


 四人で何かやり始めた。アルバートとカインは若干棒読みだし、アムールとアウラは、時折リオンをチラ見しながら、大げさに二人を褒めていた。流石のリオンでも、こんな小芝居に引っ掛かりはしないだろうと思っていると、


「わかったよ! 俺が払うよ!」


 と、思い切り引っ掛かった。そして、次の瞬間、


「「「「ゴチになります!」」」」


 と、四人揃って頭を下げていた。

 完全にはめられた形のリオンだったが、一度口に出してしまった以上引っ込みがつかないのか、財布の位置と厚みを確かめ、肩を落としながら歩き始めた。



「ふぅ……満足!」


「全体的に安めの値段だったけど、味はよかったね」

「まあ、物価が安いのも関係しているのだろうが、それでも手間賃を考えればかなり頑張っているようだな」


「これだけいると、色々な種類が頼めるから楽しいですね! ねっ! ジャンヌ!」

「アウラは、もう少し遠慮したほうがいいわよ……今回の話がアイナの耳に入りでもしたら、一体どうなる事やら」

「うぐっ!」


 大満足と言ったアムールを先頭に、それぞれ店の感想などを話しながら、また大通りを歩き出した。五人は食後のデザートのつもりなのか、先程から果物や甘味を売っている屋台を覗いては、何度か買い食いしていた。


「遠慮なく食いやがって……」

「ごちそうさん」


 先頭集団が満足しながら歩いているのとは反対に、リオンは薄っぺらになった財布を握り締めながら、愚痴をこぼしていた。

 食堂に入るまでそこそこの厚さがあった財布は、支払い後にはほぼ財布自身の厚みしか残っておらず、今のリオンには、屋台でちょっとした甘いものを……という事すらできないようで、アルバートとカインを睨んでいる。


「それはそうと、リオン。気がついているか?」

「何にだ?」


 先程から俺達の後をつけてきている者達がいるので、リオンが気がついているのか聞いてみたが、全く気が付いていないようだ。


「さっき食堂を出たあたりから、俺達の後をつけて来ている奴らがいるぞ。まあ、後をついてきてるだけだから、大した問題はないが……かなりの手練の様だ」


「まじか! いてっ!」


 リオンが慌てて周囲を見回そうとしたので、相手に気が付かれない様に、肘打ちでやめさせた。


「相手に気がつかれるだろうが……リオンは、このまま皆と合流してくれ。俺は少し先にある脇道に入って、何とか相手の後ろを取ってみる。誰かつけて来ている事は、皆には内緒(・・)だぞ」


 これがアルバートやカインなら、「何で内緒に?」とか言いそうだが、リオンはそこまで考える事なく頷き、皆のいる方へと歩き出した。

 俺は、目的の脇道のところでリオンを追い抜く振りをして、リオンの体に隠れて脇道に入った。そして、すぐに屋根の上を移動して、後をつけてきていた者達の後ろに回った。そして、


「動くな。怪しい動きをしたり、こちらを向こうとしたら、その首を落とす」


 と脅しながら、二人(・・)の首筋に、屋根の上で拾った木の棒を添えた。しかし、


「そちらこそ、動かないで欲しいですな」

 

 さらに俺の後ろから一人の男性が現れて、俺に刀を向けた。


「その刀が届く前に、俺はこの二人の首を確実に落とせますが……どうしますか?」


 しばらくの間、その状態で動きを止めていると、


「それでは、降参しますぞ。でも、流石にその獲物では、二人同時に首は落とせませんぞ」


 と言って、男性は刀を放り捨てて両手を挙げた。それに対して俺は、


「ですね。出来て、ラニタン(・・・・)の首だけでしょう」


 と返して、棒を捨てた。


「だから、ラニ・タンタンですって! テンマ様までふざけないでください! って言うか、私だと気が付いていないのかと思って、本当に怖かったんですから!」


 俺達の後をつけていたのは、狸の獣人であるラニさんと、同じく狸の獣人の男性と女性だった。


「レニなんて驚きすぎて、さっきからずっと固まってますよ。親父も、いつの間にかいなくなっているし」


「それは、二人が未熟なだけだぞ。私は事前に、テンマ様がこちらに向かいそうだと察知して、こっそりと逃げ出したからな」


 確かに、いつの間にかいなくなっていたのには驚いたが、近くにはいるだろうと思って、親父と呼ばれた男性の事はあえて無視していた。ラニさんとレニと呼ばれた女性は、俺の接近と男性の離脱に気が付いていなかったせいで、背後を取られてひどく驚いた様だ。


「第一、南部でも腕利きの密偵と言われているのにあぐらをかいて、尾行中なのに周囲に気を配っていなかったお前が悪い。お前の怠慢のせいで、可哀想な事にレニまで犠牲になって……ところで、レニは死んでいないよな?」


 あまりに動きがないので、男性が女性の頬をつついて確かめていた。確かレニといえば、ラニさんより腕の立つ妹の名前だったはずだ……が、本当にラニさんより腕利きなのか、今のところ疑問しかない。


「はっ! 驚きすぎて、心臓が止まったかと思いました……」


 男性がつついているうちに、レニさんは意識を取り戻したようで、男性とラニさん、そして俺を見て、何が起こったのか理解したようだ。


「兄さん、気をつけてくださいよ。私はそういう事が苦手なんだから、兄さんが気を配ってくれないと! テンマさん……でいいですよね? テンマさんも、か弱い女性を驚かさないでください!」


 と俺とラニさんに抗議していた。

 そのまま互いに自己紹介をしたところ、レニさんは以前アムールが言っていたラニさんの妹で間違いなく、男性は二人の父親のドニさんとの事だった。


「遠慮なく、『ドニタン』と呼んでいいですぞ!」

「私も、『レニタン』でいいですよ」


 この二人はラニさんとは違い、アムールが付けたというあだ名を気に入っているみたいだった。


「それで、三人は何で俺達の後をつけていたんですか?」


「その事ですが、私達が後をつけていたのは、お嬢様なのです。まあ、お嬢様は皆さんと一緒に行動していたので、皆さんの後をつけていたのは間違いないですけど」


 レニさんの説明によると、元々ハウスト辺境伯領に来たのは、アムールが辺境伯領に行くという情報を、ハナさんがある筋(・・・)より入手したので、辺境伯領の情報を入手してくるついでに、アムールの様子を見て来いとの命令があったからだそうだ。


「まあ、父さんと兄さんは情報収集が主な任務ですけど、私はちょっと違いまして……」


 普段レニさんは、こういった他所の領地の情報収集には加わらないそうなのだが、ハナさんにアムール関係で頼まれごとがあったので、二人についてきたそうだ。


「取り敢えず、アムール達と合流しましょうか? 別に、問題はないんですよね?」


「テンマ様にバレてしまいましたし、すでにお嬢様に関して欲しい情報は得られたので、問題はないですぞ!」


 と、ドニさんの了解を得られたので、四人揃ってかなり先へと進んでいるアムール達のところへと向かった。なお、ドニさんの口調は、家族以外に使う時にはこれが普通なのだそうで、家族だけだともう少ししっかりとした口調なのだそうだ。



「おっ、じょうっ、様~!」


「む……レニタン!」


 レニさんはアムールを視界に捉えると、一目散に駆け出した。アムールもレニさんを確認すると、駆け寄っている。そして抱きついた。


「お嬢様、しばらく見ない間に……ブサイクになりましたね」

「!!!」


 さらりと毒を吐いたレニさんに、驚くアムール。二人を見ていた俺達も、いきなり毒を吐いたレニさんに驚いていた。


「お嬢様……ハナ様から色々と聞いて、とても信じられなかったのですが、今のお嬢様をこの目で直接見て、それは真実だったと理解しました」


 レニさんの言葉を聞いて、何を言っているのか分かっていない感じのアムール。それは、一緒に行動していたドニさんやラニさん、そして、俺達にも分からなかった。


「いや、レニ。お嬢様は、昔と変わっていないと思うのだが?」

「外見に変化がないのは仕方がありません。成長は個人差がありますから。でも、内面はとてもブサイクになりました! 昔はこんなんじゃなかったのに!」


 ラニさんの発言をレニさんは一蹴し、両手でアムールの顔を挟んだ。


「小さな頃のお嬢様は、それはそれは素直で愛らしい、とてもいい子だったのに……こんなにガツガツ、ガツガツと、異性にも食べ物もがっつくようになってしまって……」


「レニひゃん、いひゃい……」


 そしてレニさんは、涙を流しながらアムールの頬を引っ張っり始めた。レニさんの引っ張る力はかなり強いようで、アムールは半泣きになりながら頬から指を外そうとしている。しかし、外せる様子は全くなく、それどころか逆に力が強くなっているようで、徐々にアムールの体が浮きかけてきた。


「そこまで!」


 そろそろ、アムールの頬が本気でヤバイという時、ドニさんがレニさんの目の前で手を叩き、レニさんを正気に戻した。

 

「レニ、やりすぎだぞ。アムール様、申し訳ない」


 ドニさんがアムールに謝罪した瞬間、レニさんの視線が一瞬だけアムールから外れ、ドニさんへと向かった。そしてその隙を逃すまいと、アムールは脱兎のごとく俺の方へと逃げ出そうとしたが、


「お嬢様。まだ話は終わっていません!」

「ふぎゅっ!」


 レニさんに服を掴まれて、変な声を出して捕獲された。

 アムールは、それでも助けを求めて俺達を見ていたが、何となくレニさんが怖かった俺達は、揃って視線を逸らしてしまった。それは、先程止めに入ったドニさんと、一蹴されたラニさんも同じだった。

 アムールに味方はいない。そう思われた時、忘れられていたあの人がやってきた。


「ああ、ここにいたのね。なかなか見つからなかったから、入れ違いに戻ったのかと思ったわよ」


 現れたのはクリスさんだ。クリスさんは十分な睡眠がとれたのか、朝より格段に元気だった。


「クリス、ヘルプ!」

「え~っと……今、どういった状況?」


 見知らぬ人が三人増え、そのうちの一人にアムールが捕まっているが、俺達が誰一人として助けに入ろうとしていないのを見て、まずは状況把握に努めようとするクリスさん。

 そこで、俺が代表して説明をすると、


「ふ~ん……あなたがレニね。話はハナさんから聞いているわ」

「そういうあなたがクリスですね。私も、ハナ様より話は聞いています」


 二人は、互いに存在だけは知っていたようで、しばし睨み合っていた。その状況を見て、アムールは助かるかもと期待しているような目でクリスさんを見ていた。そして、


「よろしく!」

「頑張りましょう!」


 二人はガッチリと握手を交わした。

 その様子に、思わずズッコケそうになる俺達。それはドニさんとラニさんも同じようで、何が起こったのか分からないといった顔をしていた。唯一アムールだけは、二人が握手をした瞬間に敵が増えた事に気がつき、再びレニさんから逃げ出そうともがいていた。


「アムール、暴れない!」

「お嬢様。危ないですから、大人しくしていてください」


 レニさん加えて、クリスさんまでもがアムールの腕を取って動きを封じ、そのまま二人に連れられてどこかへと移動させられ始めた。


「ちょっと、クリスさん。アムールをどこに連れて行くの?」


「そういえば、どこに連れて行くのかしら?」


「お嬢様は、このまま私が泊まっている宿へと連れて行こうと思います。そこで、淑女としての再教育を施そうかと」


 クリスさんはノリで歩き出しただけのようで、俺の質問にはレニさんが答えていた。


「ではお嬢様はしばらくの間、私の方で預からせていただきます。お嬢様も、もし逃げ出したりしたら、南部へ強制的に連行しますので、変な事は考えませんように」


 と言って、レニさんは一通の手紙を取り出してアムールの目の前に広げた。その手紙を読んだアムールは一切の抵抗を止め、レニさんとクリスさんに手を離されても逃げ出そうとはしなかった。

 何が書かれているのか気になった俺は、アムールとレニさんに許可を取ってその手紙を読んでみた。アムールを諦めさせたそれは、簡単に言えば『子爵家当主(ハナさん)の命令書』だった。内容的には、『レニさんに淑女のあり方を教えてもらえ』であり、もし逃げ出したり拒否するなら、強制的に南部に送還する。迎えには、ブランカを始めとする、南部の上位者を同時に差し向ける……といったものだった。ブランカだけでなく、他の上位者も出すと書いてあるあたり、ハナさんの本気が伝わってくる手紙だった。

 流石に上位者総出で来られては、どうする事もできないと観念したのだろう。アムールは大人しく、レニさんとクリスさんにドナドナされて行った。


「アムールの事は南部の子爵家の問題なので、俺が口出す事ではありませんが……そもそも、情報収集に来たのに、辺境伯家の次期当主(リオン)の前に出てきてもいいんですか?」


「別に問題はありませんぞ。悪さを企んでいるわけでは無いですし、やましいところはありませんから! まあ、情報収集のついでに、少しは稼いで帰ろうかとは思っていましたが……やりすぎなければ大丈夫ですぞ! 多分」


 『シェルハイド』で情報を集めた後、ドニさんとラニさんの二人は国境線近くの砦に向かって、そこでちょっとした商売をするつもりなのだそうだ。


「ですので、出来れば辺境伯家の方に許可をもらいたいので、こうして現れたのですぞ!」


 リオンの前に現れたのも、そういった考えがあったからだそうだ。つまり、リオンから簡単に許可をもらえると思っている事らしい。


「まあ、リオンだったら、『テンマとアムールの知り合い』って聞けば、話くらいはできそうだからね」

「そして少しおだてれば、簡単に許可くらいなら出しそうだからな」

 

 カインとアルバートの言う通り、リオンなら簡単に許可を出すかも知れない。

 商売に問題がなければ、砦で副団長にでも申請すれば許可はもらえるだろうが、どうせなら辺境伯家に直接もらった方が、他の商売敵に差をつける事が出来るので、価値は確実に上だろう。


「まあ、駄目で元々といった感じですけどね」


 とラニさんは言っているが、十分に勝算があると思っていそうだ。


「まあ、テンマとアムールの知り合いなら、話は聞きたいところだが……そんな話を聞いた以上、この件は親父に持って行くぞ」


 とリオンは言ったが、二人にしてみればそれで十分過ぎるだろう。

 そしてリオンはドニさん達が泊まっている宿を聞き、辺境伯の返事を聞きしだい、家中の誰かに知らせに行かせると約束をした。

 リオンから少し離れたところでは、 


「そこは、あの二人がなんの商売をするつもりなのかを先に聞いて、それから辺境伯様に知らせた方が良かっただろうな」

「だよね。あれだと、二度手間三度手間になりそうだよね……面白そうだから言わないけど」


 と、アルバートとカインがダメ出しをしていた。

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