第11章-12 姉妹
本日(2/14)、漫画版『異世界転生の冒険者』の第一巻が発売されます。
小説版共々、よろしくお願いします。
「じいちゃん。そろそろ、切り上げようか?」
「そうじゃの。流石にこの歳になると、テンマの相手は疲れるのう。小さかった頃が懐かしいわい」
大富豪大会の翌日、朝早くに目が覚めた俺は、同じく早くに目を覚ましたじいちゃんと組手をやっていた。最近のじいちゃんは歳だとか疲れるとかをよく口にするが、王様やディンさんによると「昔しごかれた時より、技のキレが増している」などと言われており、アーネスト様に至っては「確実に若い頃より強くなっているじゃろ」と断言しているのだ。
「おはよ~う……もしかして、もう終わった?」
じいちゃんと訓練終わりの整理体操をしていると、気だるげなクリスさんがやってきた。
「なんじゃクリス。近衛隊を離れているからといって、気が抜けておるのではないか?」
「違いますよ。これは、夜中に何度もアムールに起こされたせいです」
夜中にアムールがやってきた気配がなかったので、流石に他所様の家で無茶はしないかと安心していたのだが、実際はクリスさんが水際で防いでくれていたからだったようだ。ちなみに、じいちゃんの屋敷ではアムールが何度も俺の部屋の鍵を外から開けようとしたせいで、俺の部屋の鍵は通常のものに加えて、閂の様な金属棒で塞いでいるのだ。ちなみに素材はミスリルである。
「お疲れ様です、クリスさん。そしてありがとうございます。今、クリスさんの好きな紅茶を用意しますので、少々お待ちください」
「お願いね~」
俺はテーブルと椅子をクリスさんの前に持っていき、急いでお茶の準備のために部屋へと戻った。俺のマジックバッグの中には、ダンジョンや森の中でもすぐに食事が出来る状態の食べ物や飲み物が保存されているのだ。
「紅茶をお持ちしました!」
「ご苦労様」
急いで戻ると、クリスさんが貴族の子女の様な真似をして出迎えたが似合っておらず、慣れていないのがバレバレだった。まあ、俺はリオンと違うので、失言をする事はなかったのだが……この時の俺は完全に忘れていた。それは、クリスさんが縁を切ったとは言え『準男爵家出身の令嬢』で、近衛隊という事で『男爵(相当)』の地位を持っており、武闘大会で優勝した事とこれまでの功績と合わせて、将来的に『準子爵』か『子爵』の地位を貰える事がほぼ確定しているという事に。つまり、貴族の子女の様なではなく、貴族だったのだ。
この時はバレなかったのだが、後日リオン達の前で不覚にも口が滑らせてしまい、そこからリオン経由でクリスさんにバレてしまう事になるのだった。
「アムールったら昨日廊下で座りながら寝ていただけあって、夜中に何度も部屋から出て行こうとするのよ。最初はトイレだとか言っていたけど、こっそり後を付いていったらテンマ君の部屋に行こうとするし……最後の方は、シロウマルにドアの前で寝てもらったのよ。気持ちのいい抱き枕だったのに」
「本当にお世話になりました……それで、今日のご予定は?」
「そうね……買い物も行きたいけど眠たいから午前中は寝て、午後から街に繰り出そうかしら? テンマ君は?」
「適当に街をぶらつこうかと思ってます。まずは冒険者ギルドに行って、どんな依頼が出ているのかを確認し、出来れば素材を提出するだけの依頼を受けられたらなと。その後は街を散策するつもりです」
「だったら、リオンをお供にしなさい。辺境伯家との友好をアピールするなら、それが一番効率がいいでしょ。ついでに、ジャンヌとアウラも連れて行った方がいいわよ。リオンだけだと、変なお店に行こうとするかもしれないから」
クリスさんは、自分がいない間のストッパー役に、ジャンヌとアウラを使うつもりみたいだ。リオンを誘うとなると他の二人も来るだろうし、ジャンヌとアウラが一緒となると、当然アムールもついてくるだろう。
「わしはギルドまで一緒に行って、それから別行動するかのう。マークやマーサ達にお土産の一つでも買って帰らんとな」
じいちゃんも辺境伯家との友好をアピールする為にギルドまで来るそうだが、それ以降は完全に一人で行動するつもりだそうだ。まあ、じいちゃんと一緒だとリオン達が緊張するだろうから、それを考えての事だろう。
「お~い、テンマ。そろそろ飯の時間だぞ。マーリン様、クリス先輩、おはようございます」
三人で今日の予定を話していると、アルバートが一人で呼びに来た。他の面々はどうしたのかと聞くと、リオンとカインは寝坊して身支度の最中で、ジャンヌとアウラは朝食の手伝いをしようと厨房に向かったそうだ。アムールは見かけていないので、まだ起きていないかもしれないとの事だった。
「幾度も私の眠りを妨げたくせに、自分はぐーすかと寝坊だなんて……いい度胸しているじゃない」
クリスさんは夜中の恨みを晴らさんとばかりに、アムールの眠る部屋へと向かっていった。
「それじゃあじいちゃん、行こうか」
「そうじゃの」
「まあ、いつもの事か……」
俺達はクリスさんを見送りながら食堂に向かうと、そこには気まずそうに座っているジャンヌとアウラがいた。
「あれ? 二人はエディリアさんを手伝ってるんじゃ……」
俺が何気なく言った言葉を聞いて、二人はびくりと体を震わせた。
「いや、その、あの……」
「違うんです! 決してサボってるわけじゃ……お姉ちゃんには言わないで!」
ジャンヌはともかくとして、ひどく怯えた様子のアウラは明らかに怪しかったので、どうしようかと思っていたところ、
「どうせ、お袋に手伝わせてもらえなかったんだろ?」
と、カインと共に食堂に入ってきたリオンが申し訳なさそうな顔をしていた。
「お袋、昔っから人の世話をするのが好きなんだよ。でも、辺境伯夫人っていう肩書きがあるせいで、親父や婆さんに止められてな……そこから色々と交渉して、最終的に自分を訪ねてきた客か、親しくて理解のある客限定でって事になったらしい。今回の場合、辺境伯家の客だけど息子が連れてきた客って解釈したんだろうと思う。だから断られたのは、他人を入れたくないとか信用していないとかじゃないはずだ。間違っても、二人に非があっての事じゃない」
リオンの説明を聞いた二人は、先程までと違ってほっとした表情になっていた。
「安心しました……何か知らないところでやらかして、怒ってらっしゃるのかと……それがお姉ちゃんに知られたらと思うと……」
ほっとした表情になったのも束の間、アウラはアイナが怒っているところを想像してしまったようで、顔を真っ青に変化させていた。
「そうか……」
怯えるアウラに対し、俺はそれだけしか言えなかった。ジャンヌもアウラ程ではないが顔を青くしており、食堂は重い空気に包まれていた。
「何、この雰囲気……」
そんな中現れたクリスさん達によって、若干雰囲気が軽くなった気がした。まあ、それはクリスさんの手柄ではなく、クリスさんに運ばれているアムールのおかげだが。
「クリスさん、アムールどうしたんですか?」
アムールは服こそ普段着に着替えているものの、枕を抱いた状態で眠っており、そんなアムールをクリスさんが後ろ襟を両手で掴んで引きずっているのだ。
「この子、部屋に行ったらまだ寝ていたから、たたき起こして着替えさせたまでは良かったんだけど……少し目を離したすきに枕を抱いて寝ていたのよ。だから、引きずってきちゃった」
そこまでしなくても、寝たいだけ眠らせておけばいいものを……と思っていたら、「私が寝不足できついのに、アムールだけ眠っているのは腹が立つじゃない」との事だ。その後で、「寝るなら朝食を食べた後の方がいいし……」とも言っていたが、それは明らかに後付けの言い訳だった。
「まあ、取り敢えずはアムールを起こした方が良さそうだな。おい、ア……」
「実はアムール寝たふりしているだけで、テンマが近づいた瞬間に抱きつく作戦だったりしてな!」
「テンマ君、危険だから下がりなさい」
と俺がアムールに声を掛けようとした瞬間に言ったリオンの言葉を聞いて、クリスさんが俺がアムールに近づくのを禁止した。そして、
「アムール、もし起きているのなら、三つ数える間に自分の足で立ちなさい。でないと、これまでの事を誇張してハナさんに伝えるわ。三、二、い……」
「ちっ」
クリスさんが数え終わる前に、アムールは舌打ちをしながら立ち上がった。
「油断も隙もないんだから……本当に一度、ハナさんに相談しようかしら」
「許してください」
クリスさんの言葉を聞いた瞬間、アムールは素早い動きで土下座を決めた。そのあまりの早業に俺達は驚いたのだがクリスさんは、「いつものパターンね」とか言っている。つまり、俺達の知らないだけで、クリスさんの前ではよく土下座をしているという事なのだろう。
「ほらアムール。手が汚れたから、さっさと洗ってきなさい。ついでに顔も」
「うむ」
さっきの土下座はなんだったのかというくらい、アムールはあっさりと立ち上がって手を洗いに食堂から出ていった。
「アムール、何だか偉そうだったな……絶対に反省してないだろ?」
「それを流すクリス先輩も、慣れた様子だったな」
「あそこまでが、あの二人にとっては日常だという事だろうね」
三人の推測は、恐らく当たっているのだろう。それくらい自然な流れだった。クリスさんも、口ではアムールに厳しい事を言ったりしているが、結構甘い様だ。
「何だか、姉妹みたいじゃのう」
「そんな感じかもね」
皆もじいちゃんの意見に納得した様で、自然と笑いが起きていた。
「何? どうしたの?」
「クリスのせいで除け者にされた!」
普通に考えたら、除け者になったのはアムールのせいだと思うのだが、当の本人はそうは思っていない様だ。そして、いつもの様にクリスさんの突っ込みを食らっている。そして、笑っていた理由を話すと、クリスさんとアムールは同時に嫌そうな顔をした。本当に姉妹の様な二人だった。
「飯も食ったし、そろそろ行くか!」
リオンを先頭に、俺達は街へと繰り出した。当初の予定通り、クリスさんは眠るらしいが、昼からは合流するかもしれないとの事だった。一応、シロウマルを置いていこうかと言ったが、シロウマルが俺達と一緒に行くのを選択した事と、街の人達にリオンがどこにいたのかを聞いて歩けば問題はないだろうとの事だった。
「それじゃあ、まずはギルドだな。ワイバーンやゴブリンの群れの討伐が済んだ後だから、あまり大きな依頼はないかもしれないな」
「いや、リオン。大きな依頼を受ける暇はないからね。受けたいなら、リオン一人で行くといいよ。その間に僕達は、街の観光をしているからさ」
「そうだぞ。ここには何度か来ているし、衛兵達にも私達がこの街に来ている事は伝わっているからな。いざとなったら、彼らを頼ればいいだけの事だ」
今回ギルドを訪れる目的が、辺境伯家での実績作りという事をリオンは忘れていたのかもしれない。即座にカインとアルバートに突っ込まれて、大人しくなっていた。
「確か、ギルドはこっちのはずだよ。行こうか」
静かになったリオンを置いていくかの様に、今度はカインが先頭を歩き始めた。流石に親が親友同士なだけあって、『シェルハイド』の大まかな地理は知っている様だ。
「ここがこの街の冒険者ギルドだ。朝のうちに通達は出しているから、騒ぎは起こらないはずだ」
「自分の手柄の様に言っているが、それは朝にエディリアさんがした事だろうが。お前がなかなか起きてこなかったせいで、私の方からも伝えてくれと頼まれたから知っているぞ」
リオンにしては手回しがいいなと思ったら、どうもエディリアさんが手配したらしく、アルバートがさらりと暴露していた。
「それじゃあ、エディリアさんに感謝しながら入ろうか?」
俺の言葉で、リオンを除いた全員が笑いながら扉をくぐった。ギルドでは、すでに俺達が来る事が告知されていたのか、かなりの人数の冒険者達がいたが、誰も近づいては来なかった。唯一、俺達を見てよってこようとした中年男性も、リオンが手で静止すると大人しく椅子に座り直している。
「あれがここのギルド長だ。一応、覚えといてくれ」
とリオンに言われて男性の顔を確認したが、正直言って、この街を離れたら忘れる自信がある。それくらい、特徴のない人だった。
取り敢えず、周りの事は気にせずに、さっさと予定を済まそうと依頼を貼ってある掲示板の方へ向かうと、それまで掲示板の前で屯していた冒険者達が、揃ってその場からどいた。もしかしたら、ギルド長からなにか言われていたのかもしれないが、せっかくなので遠慮せずに依頼を見せてもらう事にした。
「王都と似たような依頼ばっかりか……どれにしようかな?」
「ここに一つだけ、毛色の違いすぎる依頼があるんだけど……」
王都と同じく、薬草や魔物の素材などを納める依頼がいくつかあったので、そのうちのどれかを受けようかと悩んでいたら、他のところを見ていたジャンヌが、呆れた様な声で一つの依頼を指差した。
「え~っと……ワイバーンの素材の納品。部位はどこでも良い。丸ごとなら、別途報酬有り……」
依頼人は辺境伯ではなかったが、恐らく辺境伯の関係者だろう。張り出した日付は今日になっており、明らかに俺に合わせた依頼だろう。
「リオン。この名前に心当たりは?」
「ん? どれどれ……え~っと……これは、お袋の実家のお隣さんの名前だな。その家は商家で、色々な種類の品を扱っていたはずだ」
辺境伯の関係者と判断していいか微妙なところだが、報酬が丸ごとなら二千万Gとなっているので、かなり割のいい依頼だろう。
「それじゃあ、これを受けるか……というか、俺が受けなかったら、他に受ける人はいないんじゃないか、これ?」
「間違いなく、辺境伯家が絡んでいるだろうな。報酬のいくらかは辺境伯家持ちで、確実にテンマの名前を残す為……と言ったところだろう」
下手に自分達で買い取るよりも、第三者を入れた方がいいとの判断かも知れない。特に問題は無さそうなので、このまま受ける事にした。
「なあ、テンマ。今度、公爵領に遊びに来た際には、うちにあるギルドにも何か卸してくれないか?」
「あっ! 僕のところもお願いね!」
辺境伯家の思惑を察したアルバートは、少し考えてからそんな提案をしてきた。そして、ちゃっかりカインも便乗しようとしている。
「機会があったらな」
この二人のところに遊びに行ったとしたら、どのみちそこにあるギルドを見に行くと思うので、そのついでに納品の依頼を受けるくらいはいいだろう。
「ワイバーンの依頼ですか! 少々お待ちください!」
依頼票を持って受付に並んだ瞬間、受付嬢が俺の顔を見てすぐに引っ込んでいった。
「まだ、何も言っていないのに……」
「多分、事前にテンマがワイバーンのやつを受けるかもって、通達されていたんだろうね……この隙に、他の依頼とすり替えてみる?」
「いや、流石にそれは悪趣味すぎるだろう……まあ、リオンが受付をやっているのだったら、それもありだろうが……一般人相手ではかわいそうだ」
カインとアルバートの言葉を聞いたリオンが、「俺ならやるのかよ!」とか言っていたが、二人は、「「当たり前だ!」」と返していた。
そんな三人のやり取りを見ていた、多くの冒険者は声を殺して笑っていたが、何故か憎々し気に三人と俺を睨んでいる者が数名いた。
「テンマ、目を合わせるな。他の皆もだ。理由はあとで話す」
リオンは二人の方を向きながら、小声で忠告してきた。ジャンヌとアウラは、あと少しで目を向けそうになっていたが、アムールが咄嗟に二人の脇腹をつついて注意を反らせていた。まあ、少しばかり力加減を間違えた様で、二人共もかなり痛がっていたが、じいちゃんが咄嗟に「こんなところでふざけるでない!」と叱った事で、傍目からはじゃれている様にしか見えなかったと思う。
「お待たせしました。もしワイバーンの素材をお持ちでしたら、今ここで出して頂けませんでしょうか?」
受付嬢に代わって対応しに来たのは、先程リオンにギルド長だと言われた男性だった。
「ギルド長じゃな。ここのギルドには、守秘義務は無いのかのう?」
「これは申し訳ありませんでした! 今回の依頼は、当ギルドのお得意様より急ぎだと言われたのですが、ワイバーンを狩る事の出来る冒険者がおらず、どうしようかと頭を抱えていたところだったのです。それと恐縮ではありますが、ワイバーンだという証拠を一部だけでも見せてはもらえませんでしょうか?」
「おい! ギルド長!」
「まあ、いいですけど……一部でいいんですね?」
「はい」
リオンはギルド長を止めようと手を伸ばしていたが、ちょっと気になるところがあったので、言われるままにワイバーンの一部を取り出す事にした。
「ちょっと待ってくださいね……こいつがいいか」
どこの部位を出すのがいいかと少し考え、どうせならインパクトがあるところがいいかと思い出したのは、
「ひぃっ!」
「ぎゃぁあああ!」
狩った中で一番大きなワイバーンの頭部だった。出した瞬間に聞こえた悲鳴は、ジャンヌとアウラが出したものだ。二人はワイバーンと目が合うところにいたらしく、いきなりの事で驚いたみたいだ。
「こいつの頭部以外も、このマジックバッグに入ってますが、ここで出した方がいいですか?」
「いえ、これだけで十分です。ご無礼、平にご容赦下さい」
ギルド長は先程までの挑発的な態度から一変し、深々と頭を下げた。その様子に、ギルド長に掴みかかろうとしていたリオンは唖然としていた。
「何か、事情がありそうじゃな。どこか、邪魔が入らないところはないかのう?」
「奥の貴賓室をご用意しております」
そう言ってギルド長は、受付嬢の一人に何かを言付けてから、俺達をギルドの奥へと案内した。
気がつかないうちに、4000万PV&500万ユニーク突破しておりました。
ありがとうございます。