第11章-10 リオンの父
しばの番茶先生による漫画版『異世界転生の冒険者』が、2月14日に発売される事になりました!
巻末には、おまけ漫画が入る予定です。
WEB版、書籍版共々、よろしくお願いします。
「遠いところ、わざわざご苦労だった。私がハウスト辺境伯家当主、ハロルド・フォン・ハウストだ」
メイド姿の奥様の事が気になっているうちに、辺境伯の自己紹介が始まっていた。
やはり辺境伯というだけあって、これまでに会ったことのある貴族の中でもかなりの迫力を持っている。見た目のタイプ的には、マスタング子爵に近いかも知れない……まあ、今のところ見た目だけの感想だが。
俺がここで『見た目だけ』と思った理由は二つある。一つは辺境伯が、俺の中で『ヘタレ&お馬鹿代表』となっているリオンの父親であるという事。
もう一つは、辺境伯自身が先程から、何故か俺よりも辺境伯の隣にいる『メイド姿の奥様』の方を気にかけている様に見えるからだ。
「この度のワイバーンの群れの討伐、並びに国境線の支援、感謝している」
辺境伯、ここで一度言葉を区切り、隣をチラリ。
「そして、我が騎士団の副団長の事では迷惑をかけた。誠に申し訳ない」
頭を下げつつ、またもチラリと隣を確認する辺境伯。
「諸々の報酬の事だが、まだ全ての報告が届いておらず、計算が終わっていない状況だ。すまないが、しばらくの間、ここに留まってもらいたい。もちろん、その間の費用はこちらが負担する。それと、この屋敷の客間を人数分用意しているが、もしこの屋敷でない方がいいというのであれば、この街にある最上の宿屋を用意してある。それ以外で気になる事があれば、遠慮なく家中の者に申し付けると良い」
そう言って辺境伯は終わったとばかりに腰を軽く浮かせ、椅子に座り直そうとしたのだが……
「何だか、偉そうじゃのう……」
じいちゃんがぼそっといった一言を聞き、びくりと体を一瞬震わせて腰を浮かせた状態で静止した。じいちゃんにとっては何気ない一言だったのだろうが、辺境伯にはかなり効果があったようだ。まあ、辺境伯の態度には俺も引っかかってはいたが、それ以上に辺境伯が隣の奥さんを気にしている事に注目していたのだ。ちなみに、その奥さんの方はというと、辺境伯が話している間、ずっとニコニコとしていた。だが……
「う~ん、二十……十五点かしら?」
奥さんがポツリと言った一言を聞いて、辺境伯はじいちゃんの時よりも大きく体を震わせていた。奥さんはそんな事を言いながらも辺境伯の方を一瞥もせずに、ただニコニコと笑っている。
「初めまして皆さん、私はハロルド・フォン・ハウストの妻で、リオン・フォン・ハウストの母でもある、エディリア・フォン・ハウストです。今回の件、誠にありがとうございました。ワイバーン退治もですが、国境線でのオオトリ様の支援により、防衛上の事だけでなく経済的にも助かりました。また、息子のリオンが度々ご迷惑をおかけしているようで、申し訳ありません。もしリオンが何かご迷惑をおかけしましたら、身分の事など気にせずに性根を叩き直してもらっても構いません。それと……」
ここで奥さん……エディリアさんは言葉を区切り、辺境伯の方を見た。
辺境伯は大きく息を吸ってゆっくりと吐き、おもむろに椅子から立ち上がった。そして、
「六年前に起こったククリ村の事件は、こちらの失態であった。世間では派遣された衛兵達の責任だという声もあるが、あれは辺境伯家……辺境伯である私の責任である。申し訳ない」
頭を深々と下げた。いきなりの事で俺とじいちゃんは軽く混乱し、どうしていいのか分からず、互いに顔を見合わせていた。その間も辺境伯は、頭を下げたままだった。
「テンマ君、マーリン様。取り敢えず辺境伯様に話を聞いてみてはどうかしら? それに、いつまでも辺境伯様に頭を下げさせたままなのはどうかとも思うし……」
クリスさんのアドバイスを受けて、俺とじいちゃんは辺境伯に頭を上げてもらうように言ってから、詳しく事情を聞く事にした。
頭を上げた辺境伯はその場で話を始めようとしたが、エディリアさんの提案により隣の会議室に移動する事になった。会議室に入ると、すぐにエディリアさんがお茶の準備を始め、慌ててジャンヌとアウラも手伝おうとしたが、二人はエディリアさんに背中を押されて席に座らされた。
エディリアさんのお茶が各自に配られたところで辺境伯が口を開いたのだが、意外にも辺境伯は口下手なのか、ところどころ言い直したりかんだりしていた。
そんな辺境伯の話で最初に出たのは、六年前の事件について、ずっと俺とじいちゃんに謝罪をしたかったという事だ。これまで辺境伯はククリ村の生き残りの人々に対し自ら謝罪に出向いたのだが、俺とじいちゃんだけは出来ずじまいだったそうだ。
その理由は俺の行方が長いこと掴めなかったのと、所在が分かった頃から隣国の動向が怪しくなってきて、領地を離れる事が出来なかったからだそうだ。じいちゃんに関しては、王都にマークおじさん達と移り住んだ時にすぐに向かったのだが、当時のじいちゃんは半分以上ぼけた状態にもかかわらず、ハウスト辺境伯という単語を聞くと凄まじい暴れっぷりだったらしく、もし辺境伯が目の前に現れたなら、確実に殺されるだろうとの王様の判断によって面会謝絶となっていたのだそうだ。ちなみに、その時にマークおじさん達にも謝罪したそうだが、事件があったばかりという時期だった事もあり、その場では謝罪を受け入れてもらえなかったそうだ。なお、じいちゃんを除く他の王都住まいの人達に謝罪を受け入れてもらえたのは俺の居場所が分かる少し前で、辺境伯が最後に王都に訪れた時なのだそうだ。
「じいちゃん、そんなに暴れたの?」
「……全く覚えとらんのう」
「いや、本当にすごい暴れっぷりでしたから……何度かマーリン様のお屋敷の一部が壊れましたからね」
壊れたのは主にじいちゃんの部屋だったそうだが、そのまま放っておくと屋敷が全壊しかねなかったそうで、その度にディンさんが駆り出されたそうだ。
ちなみに、確認の意味を込めて三馬鹿や辺境伯の方を見てみたところ、アルバートとカインは苦笑しながら頷き、辺境伯とリオンは青い顔で震えていた。後にリオンに聞いたところ、「もし王都にいるのがマーリン様の耳に入りでもしたら、塵も残さず消されるのではないかとビクビクしながら過ごしていた」との事だった。恐らく、辺境伯もリオンと同じ思いだったのだろう。
「まあその事に関して言えば、恨みが全くないとは言えませんが、許すと決めています」
この事は何度もじいちゃんやマークおじさん達と話し合って決めているので、王都にいる元ククリ村住民の総意だと伝えた。
俺の言葉にじいちゃんも頷いているのを見て、辺境伯とエディリアさんとリオンは安堵の表情を見せていた。
「ただ、以前リオンに伝えたとおり辺境伯家が俺に敵対、もしくは無理やり取り込もうとした時は、その限りではないと思っていてください」
続いて言った言葉に辺境伯は一瞬身構えたが、すぐに頷いていた。
「その件は聞いておる。何でも、サンガ公爵とサモンス侯爵の前で交わした約定だと言う事も……馬鹿息子があの二人に乗せられた感じもするが、それは辺境伯家として同意した事だと家臣達にも周知させよう」
流石に辺境伯はあの二人の思惑に気がついていたみたいだが、リオンの方は驚いた顔をしていた。しかもその横にいたアルバートとカインが笑いを堪えきれずに吹き出したものだから、ますます混乱したようだ。
「それ以上は、こちらから言う事はありません。それと我々の宿ですが……」
「うむ、先程申した通り、我が家以外にもシェルハイドで最上と言われている宿屋も用意しておる。一度そちらを案内した方がよいか?」
「いえ、よろしければ、辺境伯様のお屋敷でお世話になりたいと思っています。以前リオンと辺境伯家に遊びに行くと約束していますので、丁度いい機会かと。ただ……」
「ただ?」
「部屋は男女で分け、互いに距離を置いたところでお願いします。未婚の男女ばかりなので、少しでもそういった中傷を避けたいのです」
俺の注文を聞いた辺境伯は大きく頷き、言う通りの部屋を用意すると約束してくれたが、逆にアムールとアウラは悔しそうな顔をしていた。そして、何故かエディリアさんも……
「では、部屋は用意が出来次第、家中の者に案内させよう。それまではこの部屋で休むといい」
そう言うと辺境伯とエディリアさんは、用事があると言って部屋から出ていった。部屋から出る前に、エディリアさんは一度クリスさんの方に視線を向けていたので、あの悔しそうな顔はクリスさん関係だったのだろう。
「はぁ~……何だか肩がこったわ。流石にリオンと違って、辺境伯様と会うのは緊張するわね」
「そうですね」
「奥様もニコニコしている割には、何だか迫力みたいなものがありましたし……」
クリスさんが椅子に座ったまま伸びをしていると、ジャンヌとアウラもそれに同意した。ちなみに二人は、この部屋に移った時も後ろの方で立っていようとしたが、エディリアさんに半ば強引に座らされていた。
「辺境伯領みたいに他国と隣り合っていると、自然と迫力が出るのかもね」
「そうかもしれんのう。サンガ公爵やサモンス侯爵よりも、武人と言った雰囲気が強かったのう」
「まあ、父上とサモンス侯爵様は、どちらかというと文官よりの性格をしていますからね」
「最も、あの時の辺境伯様の迫力は、皆が思っているものとはちょっと違うと思うけどね」
その言葉に、じいちゃん達は『どういう意味だ?』といった感じでカインを見たが、カインは笑いながらリオンの方に目を向けたのだった。
なので揃ってリオンを見ると、リオンはどこか複雑そうな顔をしていた。そして、
「あれは……あの時の親父は、ただ単に緊張していただけだ。親父は緊張しいで、人見知りするところがあるんだよ……」
と、思いもよらない証言が飛び出した。流石にこれは何度か辺境伯と会った事のあるクリスさんも知らない情報だったようで、ある意味一番驚いていた。
「そんなわけでリオンのヘタレも、ある意味遺伝というわけだ」
「父さんは、そこは奥さんがカバーしているから問題はないって言ってるけどね」
「最初の挨拶の時に偉そうに見えたのは、ただ単に緊張していたからという訳なのじゃな」
「それに言葉の最中に、やたら奥さんを気にしていたのも、人見知りが出ていたからなのか……だとすると、あの後でエディリアさんが言った十五点は?」
「多分、緊張しすぎて偉そうに言ってしまった事とか、感謝や謝罪をしている時の態度なんかを加味した評価点だろうな。恐らく今頃親父は、おふくろに駄目出しされている筈だ」
どうやら辺境伯家でも、奥さんの方が強い様だ。
「辺境伯夫人は、どういった人なのじゃ?」
じいちゃんの質問にリオンは少し考えてから、
「自分から前に出ずに、親父を後ろから支える様な感じですかね? 元々お袋は子供の頃に辺境伯家へ行儀見習いで入って、親父の母親……先代辺境伯夫人の目にとまって結婚したと聞きました。ちなみにメイド服を着ているのは、趣味の料理や掃除がしやすいからだとか。他にもお袋の実家が男爵家だったもんで、横のつながりを重要視した家臣団が親父に側室を持たせようとしたらしんですけど、親父の人見知りが災いして駄目だったとかも聞きましたね」
「それは……わしの知っておる中でも、珍しい部類の貴族じゃのう。逆ならよく聞く話なのじゃが」
「あ~……それで陛下の前で挨拶している時、最初に近衛兵のいる位置を確認した後は、一度も視線を向けてこなかったのね。あれは配置の確認というよりは、どの場所にいれば余計な人物と目を合わせずに済むかの確認だったのね」
「多分、姐さんの言う通りかと……」
クリスさんの合点がいったという言葉に、リオンが肯定するような返事をした。
「まあ、だからといって、決して甘く見ていい人物ではないのは確かだけどね。聞いた話によると、軍隊の指揮はもちろんの事、武人としての力量も高いらしくて、父さんが言うには近衛隊長にも真正面からやりあえるそうだよ」
「最も、魔法なしの場合だそうだけど」とのカインの言葉に、クリスさんは「有名な話ね」と続けていた。まあ、それくらいでないと、隣国と隣り合っている領地を治める事は出来ないのだろう。
「だとすると、リオンは相当頑張らないといけないな。主に政治面で」
俺の感想にリオンを除いた全員が笑い、オチが着いたところでエディリアさんが部屋の準備が出来たとやってきた。クリスさんやアルバートにカイン、ジャンヌとアウラはタイミングがいいとしか思っていなかったようだが、『探索』が使える俺や勘のいいじいちゃん、一番野生に近いアムールに身内のリオンは、タイミングがいいのではなく、単にエディリアさんがドアの前で気配を消して待っていたからというのを理解していた。
その気配の消し方はアイナやクライフさんに近いものがあり、もしかしたらあの二人のように武の心得があるのではないかと思った程だ。
「こちらの四部屋が男性用、あちらの三部屋を女性用としてお使いください」
エディリアさんに案内された部屋は、俺の要望通り男女の距離を放していた。ただ、何故女性用の部屋が一つ少ない(ジャンヌとアウラはメイドなので二人でひと部屋なのかと思ったら、二部屋用意されていた)のかと思ったら、丁度女性用の部屋が三部屋しか掃除ができていなかったので、クリスさんにはリオンの隣の部屋を用意したとの事だった。
「なあ、アルバート、カイン。これって間違いないよな」
「ああ、間違いない」
「エディリアさん、リオンとクリス先輩をくっつけようとしているね」
クリスさんは、現辺境伯夫人に次期辺境伯夫人としてロックオンされた様だ。だが、前々から「リオンだけはないわ」と言っているクリスさんは、
「辺境伯夫人、お気遣いは無用ですわ」
と言って、俺の方へとにじり寄っていたアムールの首根っこを掴み、
「今回の旅にはこのような問題児がおりまして、マリア様より目を離さないようにとの厳命を受けております。ですので、私はこの問題児と同じ部屋でないといけません」
「む~」
と言って、クリスさんはエディリアさんの企みを回避していた。さすがの辺境伯夫人も、女性の中で最上位の権力を持つ王妃様の名前を出されては、手を引かざるを得ないといったところだった。
「そうだぜ、お袋。第一、姐さんが隣の部屋にいたら、俺が安心して過ごせない……すんません、何でもないです」
リオンがいつもの軽口を言い切る前に、クリスさんに睨まれて大人しくなった。その様子を見ていたエディリアさんは、すごく残念そうにしていた(恐らく、クリスさんを逃した事と、リオンの出来の悪さにだと思われる)。
その後、それぞれの部屋を決めて(俺は男性用の一番端を確保し、クリスさんはアムールの意見を無視して、俺の部屋から一番遠いところを選んだ)、部屋で夕食の時間まで自由時間となった。
「さて、夕食までの数時間どう過ごすか……寝るか」
何をするにも中途半端な時間だったので、取り敢えず軽く寝る事にした。
俺が借りた部屋はシロウマル達を出しても余裕がある(本来の大きさではなく、首輪をした状態の大きさで)為、それぞれバッグから出て寝転んでいた。一応ドアに『夕食まで寝ます。起こさないでください』という札をかけたが、もし誰かきたらスラリンに対応してもらうか起こしてもらえる様に頼んでから寝た。
そして、夕食直前。
「わふっ!」
「うぐっ」
シロウマルのお手で俺は起こされた。シロウマルは俺の肩か胸の辺りに手を置こうとしていたみたいだがちょっとだけ目測を誤ってしまったようで、俺の顔の中心に手を落としてしまったらしい……とても怪しいが、俺が怒るよりも先にスラリンに叱られて(エンペラー化したスラリンに拘束されている)いるので、代わりに任せるとしよう。
「お~いテンマ、飯の時間だぞ!」
ドアの外からは、夕食の時間を知らせに来たリオンの声が聞こえてくる。
「今行く」
軽く身だしなみを整えてから、スラリンとソロモンを連れてリオンと合流した。なおシロウマルは、スラリンの体内に飲み込まれたようで姿が見えなかった。まあ、スラリンなら適当なところで解放するだろうから、シロウマルだけ夕食抜きという事にはならないだろう。
「さっさと行こうぜ! 皆は先に行ってもらったからよ!」
他の皆はエディリアさんが先に案内し、リオンは俺の案内の為に残ったそうだ。
「テンマが寝ているって知らなくてな、俺の部屋で遊ぼうかと思って迎えに行ったのに、スラリンに断られてよぉ」
仕方がないからいつもの三人でだべっていたそうだ。
「そういえば、俺とすれ違いにアムールも姐さんに回収されてたな」
「だとすれば、夜はちゃんと鍵をかけないといけないな」
などと話しながら、リオンの案内で皆が待つ食堂へと向かった。
食堂では俺とリオンを除く全員が揃っていて、俺とリオンが席に着けばすぐに食事が始められる状態になっていた。
「お待たせして申し訳ありません」
食堂に入って開口一番に謝罪の言葉を口にし、そのままリオンに俺の席へと案内された。長方形のテーブルの上座に辺境伯夫妻、夫妻の左手側面に俺、じいちゃん、アムール、ジャンヌ、アウラが並び、右手側面にリオン、アルバート、カイン、クリスさんと並んでいた。辺境伯の知り合いとそうでないもの者に分かれた形だ。クリスさんはどちらかというと俺と同じ方に並んでいそうだが、数のバランスをとったのと、エディリアさんの思惑が働いてあの席になっているのだろう……流石にリオンの隣に座らせるような露骨な真似はしていないが、本音は隣の席にしたかっただろう。
「では、かんぱ……ん、んっ!」
俺とリオンが席に着いたのを見て、辺境伯がいきなり乾杯の音頭を取ろうとしたが、隣りのエディリアさんに肘で小突かれて中断した。その隙に、数名のメイドがそれぞれのコップに飲み物を注いでいく。
「私はお茶をください。アムール、あなたは酒癖が悪いから、ジュースかお茶ね。ジャンヌとアウラもよ」
クリスさんはメイドがワインを注ごうとしたのを断り、向かいに座っているアムール達にアルコールの入った飲み物を禁止した。まあ、アムールは一応子爵令嬢(本人に自覚はないが)なのに酒癖が悪いので、失態を防ぐ意味でも飲ませない方がいいし、ジャンヌとアウラは客分扱いされているがメイドなので、飲まない方がいいだろう。本人達も自覚があるようで、クリスさんの言う通りにしていた。ただ、クリスさんがお酒を断りお茶を指定したのは、三人とは違う理由からだろう。
クリスさんは、人並み以上にお酒は飲める。ただ、調子に乗るところもあるので、酔いつぶれる事もよくある。実際に、次の日が休日だからと家に遊びに来た時なんかは、昼間から酒を飲んで酔いつぶれ、次の日の朝まで寝ているなんて事もあるのだ。
まあ、そんな時はアイナが残って面倒を見ているし、いない時でもジャンヌとアウラが世話をしているので、俺とじいちゃんは接触しない(できない)ようになっている。しかし、辺境伯家で酔いつぶれてしまった場合、クリスさんをリオンの嫁にと考えているエディリアさんによって、リオンの部屋に放り込まれてしまう可能性がある。
もし酔いつぶれたクリスさんがリオンの部屋に運び込まれても、リオンが正常な判断ができる状態ならば、何事もなく部屋に戻る事が出来るだろう。しかし、リオンがこういった席で酒を飲まないはずがない。しかもここはリオンの実家なので、遠慮なく飲むだろう。そして酔い潰れる事だろう。
そうなってしまっては未婚の男女が一夜を過ごす事になる。しかも、酔って寝ていたので身の潔白を証明できないのだ。あとは世間体がどうのこうのや責任がどうのこうのと言って、結婚しなければならないという事になるだろう。
クリスさんはそこまで考えた上でお酒を断ったのだと思われる。そしてお酒を断ったクリスさんを見て、エディリアさんは悔しそうにしているように見える。
「この度、ハウスト辺境伯家とオオトリ家が知り合えた事を記念し、ささやかながら宴の席を設けさせてもらった。存分に楽しんでもらいたい。では、乾杯!」
そんな水面下での駆け引きが終わり、全員に飲み物が行き渡ったところで、二人の駆け引きに気付いていなさそうな辺境伯が乾杯の音頭をとった。
その後の食事では、俺と辺境伯の間で会話が弾む事はなかった。まあ、俺と辺境伯の共通の話題といえば、一番最初に出てくるのが六年前のククリ村の事件だし、その他だとサンガ公爵やサモンス侯爵の事になるのだが、その両名の嫡男(しかも、俺と仲のいい)がいる為、イマイチ話が続かなかったのだ。
そんな俺と辺境伯を心配したのがリオンで、リオンにしては珍しく間を取り持とうと頑張っていたのだが、しかしそれはリオンがする事なので、効果はほとんどなかった。むしろ、辺境伯が話に加われそうなところで話を切り替えたりするので、いない方がよかったのかもしれない。