第11章-4.5 お土産は?
「おじ様、ワイバーンって美味しいのかな?」
「何だ、急に……って、ああ、そういえばテンマがワイバーン狩りに行ってるんだったな!」
正確にはワイバーン『の群れ』の討伐だが、テンマ達にとっては翼のあるトカゲを相手にする様なもんだろう。テンマやマーリン様はかすり傷は負ってもひどい怪我をする事はないだろうし、あの中で二人に次ぐ実力者のアムールも大丈夫だろう。クリスは少し危ないかもしれないが、あれでも近衛隊の中では上位に位置する実力者だ。死ぬ事はないと思う。問題はあの三人か……
「それで、美味しいの?」
「ん? おお、ワイバーンは美味いぞ。何度か食べた事があるが、上等な肉で煮てよし焼いてよしだったな」
ルナに昔食ったワイバーンの肉の味を思い出しながら教えると、何故か懐から紙とペンを取り出してメモし始めた。
「煮るは……シチューかな? 焼くのはハンバーグで、他に唐揚げなんかもいいかも……」
どうやらテンマに催促するワイバーン料理を考えている様だ。我が姪ながら、食い意地ばっかり一人前だな。一体誰に似た事やら……って、父上しかいないか。
それにしても、ルナは着実にテンマに餌付けされているな……本格的にルナをテンマに嫁がせる方法を考えるか、逆に距離を置かせる様にしないといけないかもな。
ルナの事は近いうちに母上達に相談するとして、今はあの三人が無事かどうかだな。テンマとマーリン様がいる以上、あの三人が死ぬ様な事は起きないと思うが、もし仮にテンマとマーリン様が身動きできない状態に陥った時に襲われたら、あの三人はひとたまりもないだろう。もし仮に死ぬか再起不能の状態にでもなってしまったら、まだ下に籍を外していない子がいるサンガ公爵家とサモンス侯爵家はともかくとして、ハウスト辺境伯家はどうなるか読めないな……親戚から養子をもらう事になるだろうが、その養子が王族派ではない可能性もあるわけだし、跡取りの再起不能による混乱で力を大きく落としてしまうかもしれない。
「おじ様は何が食べたい?」
「俺か? 俺は塩を振って焼いた分厚いステーキだな。いい肉は下手に手を加えない方が美味いからな」
単純な料理ほど肉の味が分かるものだし、何より血が滴るような肉を頬張り、油や肉汁が口に残った状態で酒を飲むのがたまらないのだ。
「おじ様は単純な舌でいいね。私はグルメだから、焼いただけの肉じゃあ満足できなくて……」
「おい、こら!」
「おじ様がぶったーーー!」
本気で馬鹿にしているわけではないみたいだが、取り敢えず頭にげんこつを一発だけ落とした。かなり力は抜いたつもりだし、ルナも声の大きさの割に本気で痛がっているわけではなさそうなので、いつものおふざけだろう。
「そもそも、テンマがワイバーンの肉をご馳走してくれると決まったわけではないだろう? 別に約束をしたわけでもなかろうに」
ワイバーン討伐の話は割と急に決まったので、したとしても短い間での口約束だけだろう。もしかしたら、忙しさのあまり忘れてしまっているかもしれないくらいの。
「えっ? お兄ちゃんがお土産を忘れるわけないじゃん! 仮に忘れていたとしても、自分達用にワイバーンの肉は確保しているだろうし、頼めば作ってくれるよ。私だけで駄目なら、エイミィちゃんにも一緒に頼んでもらうし、それでも駄目なら、おばあ様が頼めば一発だよ!」
いや、確かにその通りだろうが、最初から他の人をあてにしたら駄目だろう。特に母上を出すのは反則で、その話をした瞬間に母上からのお説教が始まるぞ。それも長時間コースの特別仕様が。
それにしても、ルナがあてにするくらい、テンマはエイミィと母上に甘いからな……ルナにもだけど。エイミィは自分の弟子だから分かるが、ルナと母上は時々不思議になるんだよな……別にテンマはロリコンでも熟女好きでもなさそうなのに……
「あっ! おじ様がよからぬ事を考えてる! おばあ様に報告しなくちゃ!」
「ちょっと待てぃ! 別に変な事は考えてない! ただ、テンマはお前と母上に甘いなと思っただけだ!」
駆け出そうとしたルナの後ろ襟を掴み、早口で考えていた事を話した。まあ、全て話したわけではないがな。
「え~本当かなぁ~……まあいいや。おじ様、お兄ちゃんが私に甘いって話だけど、それは当然じゃない!」
俺に後ろ襟を掴まれて、宙ぶらりんになったルナが胸を張った。
「こんな可愛い妹を大事にしない兄は存在しない! あっ! 実の兄は除いての話ね」
ルナがテンマにとって可愛い妹なのかはどこかに置いておくとして、確かに妹扱いなのは正解なのかもしれない。テンマは養子で一人っ子だったし、ククリ村にも近しい年齢の子供が一人もいなかったそうだし、冒険者になって外へ出た後も、年下と関わる事などほとんどなかったそうだから、恐らくはエイミィとルナとティーダは数少ない親しい年下なのだろう。中でもルナは遠慮なく甘えてくる相手で、それこそ手のかかる妹と思っているのかもしれない。
そうなると母上だが……
「おばあ様の場合は……怖いからじゃない? 色々と厳しいし、口うるさいし」
「ああ、なるほど」
これまた説得力のある話だ。テンマは母上と出会った直後に父上をボコボコにする場面を目撃しているのだから、心のどこかで恐怖を植えつけられていたとしてもおかしくはない!
「それなら仕方がないか!」
「そうそう、仕方がないない!」
「そうね、仕方がないわね……」
突如乱入してきた第三者の声を聞いた瞬間、俺とルナの時が止まった。普通その表現は比喩としてとして使われるが、この時の俺は本当に心臓が止まったと感じたのだ。
ゆっくりと二人揃って声のした方向へと顔を向けると、そこには想像通りのお方が存在しておりました。ついでにその後方には、父上をはじめとした親族一同が呆れたような顔で俺達を見ていた。
「美味しいお菓子が手に入ったから、久々に皆でお茶会をと思って探していたのだけど……貴方達に必要なのはお茶会よりもお説教みたいね……安心しなさい、いくら厳しい私でも、朝食が始まるまでには解放してあげるから」
ニコリと笑ってそんな事を言う母上だが、朝食が始まるまでって事は半日近く説教をするつもりじゃないだろうな! 今は日暮れ前だぞ!
「いや、俺は仕事が残っているんだけど……」
「大丈夫よ。あなたの部下は優秀だわ。あなたが一日休んだところで、軍部が混乱する事はないわ」
やべぇ、半日が一日に伸びたかもしれない。
「おばあ様、違うの! 私はそんな事を言いたかったんじゃないの! おじ様が私とおばあ様とお兄ちゃんでいやらしい事を考えていたから、おばあ様が聞いたら怒るよって注意するつもりで……」
「それと私が怖くて、厳しくて、口うるさい事と何の関係があるのかしら? それとライル、今ルナの言った事はどういう事なのかを、じっくりと聞かせてもらうわね……さあ二人共、行きましょうか」
その後、母上の説教は次の日の日の出前まで続いた。ルナがちくった『いやらしい事』の意味を根掘り葉掘り聞かれ、正直に話した結果ある程度の理解を得る事ができ、当初予定されていた一日を短縮する事に成功したのだ。だが、短くなった分追加で普段の生活態度や行動に対する説教をくらい、それが終わったと思ったら、今度は兄上からルナにお前の行動や言動が悪影響を与えていると説教を食らったのだった。
説教中、理不尽だと思いながらも、横でうたた寝していたルナが怒られているのを見て、多少溜飲を下げる俺だった。
ルナが少し調子に乗り始めていますがマリア達にその事を知られてしまったので、どこかで罰が与えられる予定です。ついでに、巻き込まれた感じでライルにも。