第11章-4 ワイバーン発見
「あれが目標のワイバーンの群れか……」
「テンマ、ジャンヌ達を待機させるなら、ここしか無いみたいじゃぞ?」
「そうだね。これ以上近づくと気がつかれそうだし、何より身を隠す場所が無さそうだしね」
じいちゃんの提案を受けて、俺はジャンヌとアウラが隠れて、尚且つ身の安全を守れそうな隠れ家を作る事にした。
今俺達がいるのはワイバーンの群れが飛んでいる岩山から一km程離れた森の中で、最後の休憩兼作戦会議を行っている最中だ。
「ちょっと魔法を使うから、ワイバーンの警戒をよろしく」
じいちゃん達にそう言って、俺は今いる森の中にある少し開けたところで魔法を使った。
まず最初に行ったのは、数人が入れる様な大きさの穴を掘る作業だ。深さは大体三m程で、掘った穴の壁はしっかりと固め、少し離れたところまで空気穴を数本伸ばした。
次は屋根となる部分を作る作業だが、これは蓋をイメージして作った土壁(強度的には石壁とほぼ同じくらい)を被せ、その上に土を盛って軽く固めた。
最後に、ワイバーンの群れがいる方向とは逆に作った空気穴を広げて通り道にし、出入り口に土を固めて作った蓋をつければ完成である。見た目はちょっとした丘の様で、ひと目で何者かが作ったものだと分かるが、その下に人が隠れるスペースがあると気がつく者は少ないだろう。
「二人にはこの中で待っていてもらうつもりだけど、中では火を使わずに、基本的にスラリンの中で待っていてくれ。穴の中で過ごすのは、何か想定外の事が起きてスラリンが外に出なければならなくなった時くらいになると思う。ワイバーンがこの穴に気が付いて、壊そうとするとはあまり考えられないけど、何かあったら入口から逃げてすぐに蠍型ゴーレムを出して、少しでも遠くに逃げる様に」
こちらに逃げてきたワイバーンが、この穴に気がついて攻撃するかもしれないけど、その時は三馬鹿を除いた誰かが駆けつければいいだけだ。アムールやクリスさんは少し時間がかかるかもしれないので、基本的に三馬鹿についていてもらう事になるが、それ以外のメンバー(俺、じいちゃん、シロウマル、ソロモン)ならすぐに駆けつける事が出来る距離だ。それに、俺達に襲われて逃げ出した個体だとしたら、見える場所に留まる様な事はしないと思うし、追いかける素振りを見せるだけでどこかへ逃げ出すかもしれない。
まあ、逃げ出されたらその後で探すのがめんどくさいので、逃げ出そうとしたら素材の事は考えずに魔法で狙撃するつもりではある。
大まかに決めた作戦は、基本的に空を飛んでいるワイバーンへの攻撃は俺とじいちゃんの魔法で行い、地上に降りてきたり落ちたりした個体へはシロウマルが先陣を切って攻撃(この時のシロウマルは倒す事よりも急所を狙った一撃離脱のような作戦で、複数のワイバーンに対処できるようにする)、アムールとクリスさんは三馬鹿の護衛をしつつ、五人でシロウマルが攻撃したワイバーンのうち、一番近くの個体を集中攻撃する事に決まった。
「確認だけど、今回は素材の事はあまり考えずに、一番の目標はワイバーンの群れの殲滅、二番目は死者や重傷者を出さない事……中でも三人は特にだな。後はなるべく周囲に被害を出さない事くらいかな?」
「最後のはテンマ君かマーリン様じゃないと出来ないから、私達は関係ないわね」
クリスさんがそう言うと、俺とじいちゃんを除いた面々が頷いた。確かに、周囲に被害を出そうとすると、かなりの威力がある魔法を使わないといけないので、基本的な魔法くらいしか使わない(使えない)クリスさんには関係ないだろう。
「それじゃあ確認も済んだところで、そろそろワイバーンの群れに引導を渡しに行こうか? ジャンヌ達はスラリンの中に入って穴で待機、ライデンは穴の外で近寄ってくるものがいないか警戒な」
俺の言葉に皆頷いて、それぞれの武器を持ったり穴の中へと入っていったりした。そんな中でライデンだけは堂々と立ったまま微動だにしなかった。ゴーレム的な言葉で表すなら休止中で、生物的に言うなら睡眠中と言った感じだろう。
「ここから少し歩かないといけないのか……少しめんどくさいな」
「まあ、それは仕方がないだろう。馬車で移動してその途中で襲われたりなんかしたら、体勢を整えるのに時間がかかってしまうからな」
「準備運動だとでも思えばいいんだよ。リオンは体力だけは無駄にあるんだしさ」
「あんた達、無駄口を叩いてないで、ちゃんと周囲を警戒しておきなさい! ワイバーンが前だけから来るとは限らないのよ!」
三馬鹿のいつもの掛け合いに、クリスさんがいつもとは違う声で諌めた。確かに今のところワイバーンの群れ全体を収めながら向かっているが、急に違う方向から群れに合流しようとする個体が現れないとは限らない。まあ、俺が『探索』を使っている間は、ワイバーンから不意打ちを受ける可能性はかなり低いとは思うが、ワイバーンの中に『隠蔽』持ちの個体がいないとは言い切れないので、周囲を警戒しながら進むに越した事はない。
「うっす!」
「はい!」
「は~い!」
三人の返事を聞いて、満足そうに頷くクリスさん。三人の中で、返事を聞いただけならカインはまだふざけている様にも思えるが、その表情を見れば自身の緊張をほぐそうとして、わざといつも通りに振舞おうとしているのが分かる。
「テンマ、私達に気がついたのが何匹かいるみたい」
「そうじゃの。まだこちらに向かってこようとはしていないみたいじゃが、何匹かはこちらに視線を向けながら飛び回っておるのう……あと少しで全てのワイバーンがわし達に気がつくじゃろうな。皆、気をつける様にの」
アムールとじいちゃんが空を飛んでいるワイバーンの変化に気づき、俺への報告という形で全員に(特に三人に向かって)気を引き締める様に言った。
「丁度半分辺りか……戦うならこの辺がやりやすいんだけどね」
今いる辺は平原になっていて、あと百mも進めば岩があちらこちらに露出した固い地面へと変わってしまう。動き回るのなら地面が固い方がいいのだが、それ以上に足元に転がる岩や石に気を配らなければならないデメリットが存在するのは避けたかった。
「軽い魔法でも群れの中に打ち込んで、挑発してみようか?」
じいちゃんもなるべくならこの場所で戦いたかったのか、俺の提案に一番に賛成した。他のメンバーは、俺とじいちゃんがそう言うならという感じで賛成し、いつでも対応できる様に武器を構えた。
「ほいっと!」
俺はワイバーンの群れの中心付近に向かって、『ファイヤーボール』を打ち込んだ。この『ファイヤーボール』はワイバーンに当たっても大したダメージを与える事はできないくらいの威力しかないが、挑発するには十分だった様で、『ファイヤーボール』が当たって怒ったワイバーンに釣られる形で、全てのワイバーンが俺達の方へと向かってきた。
「一、二、三……全部で二十五匹かな? 意外といるね」
「そうじゃの……普通なら一目散に逃げる場面じゃが、テンマがおるとこれっぽっちも負ける気がせんのう」
「ん! 私も頑張る!」
「いや、私は逃げ出したいんだけどね……危なくなったらちゃんと助けてよ、テンマ君!」
「はっ! トカゲが俺にやられる為に向かってきてやがる! 馬鹿な奴らだ!」
「本音は?」
「今すぐ逃げ出してぇーーー!」
「だよね」
こうして始まった戦闘は、終始俺達の有利な状況で進められる事となった。
まず最初に、俺とじいちゃんが連発した『エアブリット』と『エアカッター』によって、大半のワイバーンが翼を駄目にされて地面に落ちた。数匹だけ俺とじいちゃんの魔法から逃れた個体もいたが、それを確認した瞬間に俺は空へと飛び上がり、ワイバーンの首を切り落とした。これで状態のいい数匹分のワイバーンの皮膜を得る事が出来たのだった。
地面に落ちたワイバーンの中には、落ちた衝撃で首の骨を折ったり脳震盪などで動けなくなったものが数匹いた。動ける個体はすぐに飛び上がろうと羽をバタつかせていたが、皮膜に大きな穴があいていたり、翼が切り落とされていたりしたせいで飛び上がる事が出来ず、シロウマルの攻撃をほとんど無防備な状態で受ける事になった。
シロウマルは攻撃を比較的柔らかい首元の辺りに集中させていたので、ワイバーンの中にはシロウマルの一撃で首が落ちた個体もおり、そうでなかった個体も致命傷と言える傷を負う事になった。
アムールはシロウマルが撃ち漏らした個体の頭部を武器で叩き割る様にして打ちつけ、一匹一匹確実に屠っていった。
クリスさんは三人に気を配りながらワイバーンの首元に剣を突き刺していき、三人は連携してワイバーンを相手にした。
ソロモンは三人に襲いかかろうとしたワイバーンに上から襲い掛かり、組み伏せて首を噛みちぎっていた。
じいちゃんは、最初に魔法を使った後は全体のフォローと周囲の警戒を行い、俺以外のメンバーに危険がないように気を配っていた。
俺は皆の様子を見ながら、息絶えたワイバーンをマジックバッグの中に回収していった。
「やべぇ、死ぬ」
「もう一歩も動けない」
「明日は筋肉痛で苦しむ事確定だね……」
「三人共、だらしないわね」
「そう言うクリスも、膝が笑ってる」
三人は極度の緊張から解放されたせいか、最後のワイバーンに止めを刺した瞬間に揃って地面に倒れ込んだ。クリスさんはそんな三人を見ながら厳しい事を言っているが、アムールの言った通り膝が笑っており、この場に三人がいなければ真っ先に地面に座り込むか寝転んでいただろう。
当然アムールも疲れてはいるみたいだが三人やクリスさん程ではないようで、息が荒いもののなだ体力に余裕がありそうだった。
「一番楽していたわしでさえかなり疲れておるのじゃから、お主らがそうなるのは仕方がないじゃろう。早く風呂にでも入ってゆっくりしたいわい」
じいちゃんはそう言って三人をフォローしていたが、実際には三人より動いていたので一番楽していたというのは違うだろう。どちらかといえば、一番楽していたのは俺だろうし。
「ん~……でも、テンマは最初に魔法使ったし、ワイバーンを一番早く倒したから、楽ではなかったと思う」
「そうね。数だけ見たら、テンマ君が全体の五分の一は倒しているし、楽したと言うよりは、何かあった時に動ける様に体力を温存させていたと言った感じかしら?」
アムールとクリスさんにフォローされて、俺は少し照れてしまったが、幸いじいちゃんに見られるだけですんだ。まあ、そのじいちゃんがニヤニヤしていたせいで、アルバート達が何かあったと感づいたみたいだが、疲れているせいで動けなかったのでごまかす事が出来た。
「それじゃあ、ジャンヌ達を迎えに行こうか……っていうか、三人は動けるのか?」
「無理だ……」
「すまない、動く事が出来ない」
「ごめん、一歩も動けないし、動きたくない……」
との事だったので、仕方なく俺だけでジャンヌ達を迎えに行く事にした。他の皆はジャンヌ達と合流してからライデンの馬車で迎えに来ればいいし、ジャンヌ達がいる森で今日は早めの野営をしてもいいかもしれない。
そう思いながらジャンヌ達を残している森へと向かったのだが……
「一体何があった……」
俺が見たものは、惨劇の跡地と成り果てた隠れ家だった。ジャンヌ達が隠れた丘(隠れ家の上)の周辺では、いたる所に血や肉が飛び散っており、反射的に鼻を押さえてしまいそうな血や臓物の臭いが充満していた。
そんな悲惨な現場の中にあって、一番目を引くのは血に塗れても悠然と佇むライデンだった。
「……って、ジャンヌ達は無事か!」
目の前の光景に気を取られてしまっていた俺はふとジャンヌ達の事を思い出し、慌てて隠れ家の入口へと向かおうとしたが、それよりも先にスラリンが空気穴から這い出てきた。
「スラリン、二人は無事か?」
俺の問いかけに答えるかの様に、スラリンは口を大きく開くようにして出入り口を作った。その中から現れた二人は怪我こそしていない様だが、気分でも優れないのか顔色が悪かった。
「それで、何があったんだ?」
「実はテンマ達がいなくなったあとで、オークの群れがここに現れたの。そしてなぜだか知らないけれど、オーク達は私とアウラに気がついたみたいで、土を掘ろうとしたみたいなの。そこでライデンと戦いになって……」
「それでこんなに血や肉片が飛び散っているのか……」
恐らく、オークはジャンヌとアウラの匂いに気がついたのだろう。これがゴブリンなら気がつかなかっただろうが、オークは豚に似てかなり鼻が利く。それが女の匂いとなればなおさらなのだろう。
「テンマ様、ここに現れたのはオークだけではなくて、オーガも現れたみたいです」
アウラの説明によると、ライデンとオークの群れが争い初めて少し経った頃、今度はオーガと思われる二体の魔物の足音と声がしたそうだ(声に関してはガリバーに似ていたそうで、その事から二人はオーガと判断したらしい)。
「それで、これだけ荒らされているのか……」
オークの群れだけならば、ライデンはもっと簡単に倒しただろうが、オーガが二体追加されたとなると周囲の被害は避けられなかったらしい。最も、オークとオーガが共闘するとは考えにくいので、実際は三つ巴の乱戦になって、ライデンが同時にオークの群れとオーガ二体を相手にしたという感じだろう。
その戦いにスラリンが出る必要がなかったそうだ。スラリンは一度確認の為に外へと出たらしいが、その時少しだけ二人を穴の中に出したのだそうだが、二人はその少しの間に嗅いだ血と臓物の臭いで気分が悪くなってしまったのだそうだ。恐らく、穴の中に血や臓物の臭いがこもっていたのだろう。
「そうなると、今日はこの場所で過ごす事は出来ないな」
今日はこの場所で休憩するつもりだったと言うと、二人は声を揃えて反対した。
「まあ、この臭いに釣られて、他の魔物が現れるかも知れないからな。じゃあ、二人はライデンで皆を迎えに行ってくれ。俺とスラリンは、この場所を少し掃除する事にしよう」
このまま放ったらかしにしていけば、疫病やアンデットの群れを発生させてしまうかもしれない。それに、ここまでミンチ状にしてしまったら(ライデンが使う主な攻撃方法が、踏みつけと体当たりと魔法攻撃な為……しかも魔法攻撃には、体に雷をまとった状態の体当たりも含まれる)、肉などの素材は無理だが魔核などは取れるので、掃除のついでに確保していこうというわけだ。
「ゴミは穴に埋めて、最後に蓋の上に盛っていた土を周辺に被せればいいか」
細かくなりすぎた肉片や血は虫などが分解するはずなので、大まかな肉や骨だけを穴に入れればいいだろう。
作業はゴーレムにも手伝わせたので皆がやってくるとほぼ同時に終わらせる事が出来た。皆(特に三馬鹿)は、この場所で休憩する事が出来なくなったとジャンヌとアウラから聞いていたそうで、すぐに他の候補地に向かいたいと言っている。リオンによれば、ここから徒歩で数時間の場所に小さな村が存在するらしく、ライデンなら二時間もかからないだろうとの事で、全員一致でその村を目指す事になった。
「んぁ~……やっと着いたわね。真っ暗になる前で良かったわ。体中がバキバキいってる」
隣にいるクリスさんが村を見て、伸びをしながら体をほぐしている。流石に戦いの後で一番振動がある御者席はきつかったらしく、体中が硬くなってしまったらしい。
あの森からこの村まで交代で御者席に乗ったのだが、三馬鹿は御者席に座る元気もなかった為、前半がアムールとじいちゃん、後半が俺とクリスさんという組み合わせでライデンの轡を握ったのだった。ちなみにジャンヌとアウラもあの臭いに当てられたせいで御者席に座らせるのは危険と判断し、馬車の中で三人の介護に当たらせたのだ。なお、三人は未だにダウンしている。
「取り敢えずクリスさん、先に二人で村の人に事情を説明しに行こう。本当はリオン達が行った方がいいんだろうけど、流石にあの状態じゃ無理だ」
三人が使えない以上、公的な身分が三人についで高いクリスさん(近衛兵)と、この集団のリーダーにされている俺が説明に行くのがいいだろう。ちなみにこの集団の公的な身分に並べると、公爵家嫡男のアルバート、辺境伯家嫡男のリオンと侯爵家嫡男のカイン、近衛兵のクリスさん、子爵家令嬢のアムール、『賢者』にして元貴族のじいちゃん、『龍殺し』だけど平民で冒険者の俺、奴隷の『元子爵令嬢』のジャンヌと奴隷のアウラとなる。余談だが、もしもジャンヌが奴隷から解放された場合、何も知らない人が聞けば『元子爵令嬢』のジャンヌは俺よりも身分が上だという事になるかもしれない。それくらい俺の公的な肩書きは地味なのだ。
案の定、村の人によって村長の元へと案内された時、俺は終始クリスさんのオマケ扱いされていた。村人の中には、見た目は美人なクリスさんと一緒にいる俺を睨んでいる者もいたくらいだ……本人達は気がつかれない様に睨んでいるつもりなのだろうが、俺とクリスさんからすればバレバレだった。むしろ、気がつかない振りをする方が苦労したくらいだ。
そんな俺の扱いも、リオンが登場してから一変した。体調が悪いと村長には伝えておいたのだが、リオンが直接挨拶した方がいいだろうと言い出し、完全に日が暮れる前に挨拶に行ったのだ。その時にリオンが俺の事を詳しく紹介し、驚いた村長と隠れて盗み聞きしていた村人によって瞬く間に俺の正体が村中に広がった。リオンにしてみれば、過去にいざこざがあった言われている俺と懇意な間柄だと広める作戦の一つのつもりだったのだろうが、村長達は俺を軽く扱った事への忠告だと思ったらしく、手のひらを返すように俺への態度がガラリと変わった。ちなみに、俺を睨んでいた村人達は、俺達が村を離れるまで目の前に現れるどころか、視界にすら入る事はなかった。気になったので『探索』の範囲を広げて調べてみると、村からだいぶ離れたところに数人の集団が野宿していたので、俺の正体を知ってからすぐに避難したのだと思われる。
この件に関して俺以外で唯一俺の扱いを知っていたクリスさんは、俺を睨んでいた村人の気配がどこにもない事に気がついてその理由に気づき、村を離れるまで楽しそうにしていた。それを見たリオンが、「村にいい男でもいたんですか?」と聞き、何時も通り睨まれていた。