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第10章-10 やっぱりオチ担当

「ウニが……」


 台所でウニの山(残骸)を見ながら、俺は密かに落ち込んでいた。後数回は楽しめると思っていたウニが全てなくなってしまったのだから、これは当然の事だと思う。

 マグロや他の魚は残っているので、それらを乗せた海鮮丼を楽しむ事が出来るのだが、ここまで早くウニが無くなるとは思っていなかったので、意外とダメージが大きかったりする。


「テンマ様、どうかなされましたか?」


 落ち込みながらウニの山(残骸)を眺めていると、ひょっこりとアイナが台所に現れた。


「いや、別に……ただ、ウニの殻は肥料なるのかな?って思っただけだ」

「嘘ですね」


 咄嗟に嘘をついてしまったが、アイナには通用しなかった様だ。だが、ウニの殻にはカルシウムなんかが含まれているだろうから、実験用に乾燥させて取っておく事にしよう。


「ウニというものは初めて見ましたけど……最初に食べた人は度胸がありますね。普通はこんなのが食べる事が出来るとは思いません……が、食べてみると美味しいものですね。テンマ様が落ち込むのも分かる気がします。ですので、マリア様に相談してみましょう」


 そう言うとアイナは、ウニの殻を持ってマリア様がいる部屋へと向かった。


「マリア様、失礼します」


「アイナ、テンマはいた?」


 アイナが部屋をノックするなり、マリア様は心配そうな声でドアを開けた。そしてアイナの後ろにいる俺を見るなり、


「テンマ、ごめんなさいね」


 と謝ってきた。その後続けられた話では、マリア様も俺が落ち込んだのが分かっていたらしく、これまでちょくちょく王族関係者が我が家で飲み食いしていた事を思い出したそうだ。まあ、マリア様はあまり食べに来ないが、ティーダやルナはもちろんの事、王様にアーネスト様とライル様もそこそこの頻度でやって来ているのだ。一応食材を持ってきたり、ティーダやルナの分の代金をシーザー様が二人に持たせたりしているが、俺の方からも持ち出している。まあ、俺の持ち出し分に関しては、ギルドで依頼を受けたついでに得た食料などが大半ではあるが、南部で買ってきた様な珍しい食材もあるので、そこそこの金額を消費している事になる。ちなみに、マリア様はティーダとルナがちょくちょくやって来て食事をしている事は知っていたが、王様達の方は予想していたよりもかなり回数が多かったそうで驚いていた。

 ウニを食べ過ぎたと反省したところに、アイナとじいちゃんから王様達の所業を聞かされたせいで、怒りと申し訳なさでどうしていいのか分からずに、アイナに俺の様子見を頼んだのだそうだ。


「マリア様、その事で提案があります」


 マリア様の謝罪にどう答えていいのか迷っていると、アイナがウニの殻をマリア様の前に差し出した。


「アイナ……それがどうかしたの?」


 マリア様は、アイナが横から口を挟んだ事に少し苛立っている様子で、ちょっとだけ声にトゲがあった。


「実は、先程頂いたウニの正体がこれ(・・)らしいのですが、マリア様はこれ(・・)を良くご存知ではないですか?」


 アイナに言われて手のひらに乗っていたウニの殻をよく見たマリア様は、ウニに見覚えがある様で驚いた表情をした。


これ(・・)があのウニなの……こんなの(・・・・)があんなに美味しかったの?」


「やはりそうでしたか。マリア様から以前お話を聞いたものと同じ特徴でしたので、もしやと思ったのですが……マリア様、これを謝罪替わりにご実家から取り寄せてはいかがでしょうか?」


「そうね! それがいいわ! テンマ、これまでの謝罪になるかは分かりませんが、代わりにウニを私の故郷からウニを沢山持ってこさせるわね!」


 ウニの正体を知ったマリア様は、いきなりハイテンションになって俺の手を何度も激しく振っていた。


「ええっと……一体何なんでしょうか?」


 いきなりの展開についていけない俺はマリア様にそう訪ねてみたのだが、マリア様は俺の事を忘れたかの様に猛烈な勢いで手紙を書き始めた……まあ、急ぎすぎているせいで、何度も書き損じた手紙をくしゃくしゃに丸めて捨てていたが……


「それでアイナ。マリア様はどうしてこうなったんだ?」


「実はこのウニという生き物は、マリア様の故郷ではゴミの様に扱われているらしいのです」


 何でもマリア様の故郷は北の海に面している公爵領で、その公爵領の所有している漁場ではウニがうじゃうじゃといるらしく、領民も食べ物と認識していないし漁業の邪魔になるので、定期的に取り除いて処分しているのだそうだ。

 アイナはウニの中身だけでは気がつかなかったそうだが、ウニの殻を見てマリア様なら簡単に手に入るものだと気がついたらしい。


「出来たわ! アイナ、急いでこれを実家に届ける様に手配してちょうだい!」


「了解いたしました」


 アイナは手紙を受け取ると、屋敷の外で待機していた御者に渡して王城へと持って行く様にと指示を出しに行った。


「これでウニは食べ放題になるわよ! いずれ父と弟がウニの美味しさに気がつき名産にしようと動くかもしれないから、その前にウニが食用になる事を発見した功績を主張して(恩を売って)、ウニを確実に手に入れる事が出来る様にしましょう! ついでに昆布も!」


 マリア様は言うには誰もウニを食べない(周辺の領や隣国でも)らしく、これが受け入れられれば大きな産業になる事は間違いないそうだ。その情報をマリア様の弟(現公爵)と父親(前公爵)に売りつけて、見返りとして俺の分のウニをタダで手に入る様にするらしい。

 テンションが上がりすぎたマリア様は、俺の両手をとって踊り始めた。まあ、踊り始めたといっても社交ダンスの様な踊りではなく、酒場で酔っぱらいが適当にするみたいな踊りとは言えない様な踊りだったが、そんな踊りにも関わらず、マリア様の動きはどこか上品だった。

 そのままマリア様のテンションが上がり、踊りのフィニッシュで俺に抱きついた時、


「なあ、アイナ……息子の俺としては、この場面を見てどういった反応をするのが正解だと思う?」


「……笑えばいいのではないでしょうか?」


 声のした先には、無表情で俺とマリア様を見ているアイナと、独自の嗅覚で旨いものを察知したらしいライル様がいた。


「「「「…………」」」」


 しばしの間時間が止まる俺達四人。ライル様はどう反応していいか分からず、アイナは我関せず、マリア様ははしゃいでいるところを見られて恥ずかしくて、といった感じで、俺は誰かが動き出すまで余計な事は言わない様にとした結果、妙な緊張感のある空間が出来上がった。


「ライル! そこに座りなさい!」

「お、おう……」


 最初に動き始めたのはマリア様だった。突然名前を呼ばれたライル様は、取り敢えず言われた通りにしようといった感じに大人しくその場(廊下)に正座した。そしてそこから始まる説教。その説教の半分は、マリア様の照れ隠しが入っていたのだろう。まあ半分といっても、もともとの説教にマリア様の照れ隠しの説教が加わったので、実際には通常の倍近い内容の説教になっている様だ。


「テンマ……マジですまんかった」


 ライル様が俺にこれまでの飲み食いに関する事の謝罪をしたのは、マリア様の説教が始まってからおよそ三時間程経ってからの事で、それまでライル様はずっと廊下で正座しながらマリア様に説教されていたのだ。

 ちなみに説教された結果、マリア様が管理しているライル様の給料から払われる事となり、ライル様の月の小遣いはさらに減少する事になったそうだ。

 ちなみに食事を期待してうちにやってきたライル様だったが、流石にマリア様の説教の後で食べさせろとは言えなかった様で、俺に謝罪した後ですぐにティーダ達と一緒に王城へと帰っていった。これから王様と一緒に二回目の説教を受けるのだそうだ。ついでに後日聞いた話では、その二回目の説教の時にアーネスト様がいなかったせいで、アーネスト様を追加した三回目の説教も受ける羽目になったのだとか……

 


 マリア様達に海鮮丼を振舞った次の日、


「これがエイミィに譲る予定の防具だよ。俺が昔使っていたやつだから傷がついているけど、ものはいいし軽くて丈夫だから、少し修繕したら十分使えるよ」


 予定より遅くなったが、マジックバッグの中に入れていた防具などをエイミィに渡す事にした。

 これは俺がグンジョー市で活動するより前に使っていたもので、二足歩行のトカゲの魔物『リザードマン』の革で作られた防具だ。いい部位を集めて作られたものだそうで、職人自慢の逸品との事だったが、いい部位だけで(・・・)作る事にこだわったせいで一般的な成人男性では体が入らず、女性であってもきついサイズになってしまったらしい。

 そのおかげで、当時の俺の稼ぎでも買う事のできる値段となっていた。まあ、店の人には盗んだ金ではないかと怪しまれていたみたいだったが、そのまま置いておくよりも、気が付かないふりして売った方がいいと思った様だ。何せ、女性でもきついので、子供くらいしか身につける事が出来ないサイズだったしな。

 軽く丈夫で動きやすかったので、当時の俺のお気に入りの防具だったのだが、一年半程できつくなってしまい、二年目を迎える前に他の防具へと変更したのだった。他の防具に変えた後も、何度か職人のところへ修繕できないか持ち込んだのだが、修繕に使える素材がなかったり職人の腕がイマイチだったりで、これまでマジックバッグの肥やしとなっていたのだった。

 そんなリザードマンの防具だったが、王都には信頼できる職人(ケリー)もいるし、修繕にはワイバーン亜種や地龍の素材がある。


「俺が使っていた頃よりいい防具になるはずだ」


「お兄ちゃん、そこまでするんだったら、ワイバーン亜種の素材なんかで一から作った方がいい様な気がする」


 エイミィの後ろでリザードマンの防具をつついていたルナ(昨日の今日なのに、懲りずにやって来た)が、首をかしげながら疑問を口にしたが、それにはいくつか理由がある。


「ワイバーン亜種なんかの素材で一から作らない理由の一つが、新品だと固くて動きにくいと言う事。俺が以前使っていたやつは古いけど傷みは少ないし、ずっとマジックバッグで保管していたから使いやすい硬さのままだ。二つ目は、ほぼワイバーン亜種や地龍の素材で作ると、高価すぎるし危ないと言う事だ」


 高価な素材だと分かると、確実にエイミィから奪い取って売却、もしくはバラして使おうとする奴が出てくるはずだ。その時にエイミィが怪我をするくらいならまだいいが、手っ取り早く殺してから奪い取ろうと考える奴がいては困る。一応エイミィには護衛用のゴーレムを渡してはいるが、経験の浅いエイミィでは、不意を突かれる事の方が多いだろう。なので、いい防具だけど無理にリスクを負う(殺してまで奪う)程のものではないと思わせて、目立たないところにだけ高価な素材を使って修繕するのだ。

 

「まあ、学園の演習程度だと、リザードマンの素材だけでも十分だろうけどな」


 どういった演習を行うのか詳しく聞いていないが、せいぜい近くの森や草原に行くくらいとの事らいい。


「先生、ありがとうございます!」


 エイミィは自分の防具が持てるという事に軽く興奮している様で、いつもより声が弾んでいた。


「武器はここにあるものでも構わないと思うけど、どうせならケリーのところで見てから選んだ方がいいと思う」


 と言うわけで、早速俺達はケリーの工房へと移動する事にした。ティーダとルナも一緒という事で、護衛で付いてきたクリスさんも一緒だ。


「それでこの大所帯というわけかい」


 工房に着くなり、俺達の数を数えたケリーが呆れた様な声で迎え入れてくれた。

 大所帯というだけあって、工房に来たのは最初のメンバー(俺とティーダ達三人とクリスさん)に加え、アムールにジャンヌにアウラ、それにアイナにシロウマル(クリスさんの要望で、バッグから出て移動している)に、何故かアルバート達三馬鹿もいる。

 アムールは俺が外に行くと言ったらすぐに準備を始め、ジャンヌとアウラは俺がいなくなるとアイナがきつくなるという理由でついてきて、アイナはそんな二人の監視役(本当はティーダとルナに護衛)として参加する事になったのだ。

 そこまでは分かるのだが、三馬鹿がここにいる理由は、たまたまどこかで遊ぼうとしているところに俺達を見つけたので、面白そうだと強引に合流したからだった。

 普通なら追い返すところだが、少し前にアルバート達に世話になったエイミィが構わないというので、遠慮なく付いてきた形だ。なお、エイミィに近づく男という事で、先程からティーダがリオンを警戒している。


「そんで、要件はこの防具の修繕・調整と、武器の相談だな……防具も武器もすぐには出来ないから、今日相談して、後日の渡しになるぞ」


 そう言ってエイミィの了承を得ると、ケリーは木板に測ったエイミィのサイズを書き込んでいった。その時にティーダがこっそりと木板を盗み見ようとしていたが、アイナにガッチリと腕を掴まれていた。なお、その事に気がついたのは俺とアイナとクリスさんだけだった。ティーダはアイナとクリスさんに工房の隅に連れて行かれ、他の皆にバレない様に説教されていた。説教が終わったティーダは、自分のした事を悔み恥じていたので、男の子なら好きな子の事を知りたがってもおかしくはないとフォローしたのだが、ティーダから俺もそうだったのかと聞かれてしまい、思わず「(今世では)無い」と答えてしまった為、逆に止めを刺す結果になってしまった。


 そんな落ち込むティーダを余所に、エイミィは周りに相談しながら装備や武具の調整内容を決めていく。その中で鎧の色をどうするかという話になった時ルナが、


「鎧の色は真っ赤がいい!」


 と言い出した。そしてその声が工房に響いた時、一番反応したのは何故かティーダだった。その提案に、肝心のエイミィも乗り気の様だ。


「何で赤がいいんだ?」


 取り敢えず赤を推した理由をルナに尋ねると、何でも自分が持っている鎧と同じ色だからそうだ。


「テンマ様。ルナ様のいう赤は、王家では特別な意味を持ちます」


 アイナの説明によると、王族の男性は名前のブルーメイルにある様に『青い鎧』を着用するそうだが、対する女性は『赤い鎧』を着用するのだそうだ。鎧には多少金や銀を使うそうだが、ほぼ赤一色となっており、他の貴族が使ってはいけないという事はないのだが、礼儀として正式な鎧に同じ色を使う場合、他の色を半分近く使うのだとか。ただ、一般人が使う鎧については、あまり色を気にする必用はないそうだ。


「なるほど……でもな、赤はやめた方がいい」


 俺の言葉を聞いて、一番驚いていたのはティーダだった。恐らく、自分と()になる色をエイミィが身に付ける様を想像していたのだろう。若干恨めしそうな目で俺を見ている。対してルナとエイミィは、不思議そうな顔をしているが、特にそれ以上は思っていない様だ。ちなみに、俺の言葉にアムールとアイナは当然という顔で、他のメンバーは何故だか分からないといった顔をしていた。


「エイミィは将来、冒険者としても活動するつもりなんだろ? その場合、赤い鎧は目立ちすぎる。逆に目立つ鎧で敵や標的を引き寄せるという奴もいるけど、冒険者は黒や茶色の様な色の鎧で、相手に気が付かれない様にするのが基本だ」


 例えば、将来エイミィが一番利用するだろうダンジョン内だと薄暗いところが多く、赤などの色は敵からも発見されやすいのだ。これは草原などでも同じで、獲物を狙おうにも赤は目立つので逃げられやすいし、飛行出来る魔物に襲われやすい。


「それに対して王族は、戦争などの際にわざと周りから目立つ格好でいる必要がある。味方には、俺もここで戦っているぞ、敵には、ここにお前達の欲しがっている首があるぞ……ってな」


 その話を聞いたエイミィは驚いた顔をして、すぐに赤は止めると言った。それに釣られた様にルナも他の色に変えると言い出したが、アイナに王族の勤めだと注意された。

 結局エイミィは鎧の色を茶色がかった薄緑(前世で言うところのうぐいす色かオリーブ色)に決めた。

 ちなみに鎧の色に関して言えば、俺とアイナは黒でジャンヌとアウラが鳶色、クリスさんが白、アムールが黒と黄色のトラ柄、アルバートは藍色、カインが灰色、リオンが深緑だ。最後の三人は、これが正式な色と決めているわけではないらしく、たまたま現在気に入っている色なのだそうだ。

 それと、色の事でルナがアムールのトラ柄が目立つと言ったが、あの柄は動物(動物型の魔物含む)に対しては迷彩効果があったり、隠蔽効果のあるマジックアイテムでもあると言うと納得していた……と言うか、考えるのが面倒になったらしく、マジックアイテムだからそんなものだと思う事にしたみたいだった。


「武器はどうする?」

「先生のみたいな片刃で、短いのがいいです」


 どうやら最近、学園でも刀の形をした武器が流行っているそうだ。まあ、エイミィは流行っていなくても片刃の武器がいいそうだが、ケリーは難しそうな顔をしていた。


「まあ、どうしてもというのならいいんだが……知ってるかい? テンマが活躍してから武器を刀に乗り換える奴が増えたけど、そのほとんどが元々使っていた武器に戻しているんだよ」


 ケリーの話では、俺が大会で見せた刀の切れ味に魅力を感じ、多くの若い冒険者が刀を使う様になったそうだが、王都に出回っている刀の多くは鋳造したものを研いだだけというものが多いせいで、使用中にポッキリと折れたりぐにゃりと曲がってしまう事態が多発したそうだ。

 二流三流の品が多いというせいもあるが、例え一流の刀であっても使い方を知らないせいで、他の剣と強引に打ち合って刃を欠けさせたなどはよく聞く話なのだそうだ。そして、その修繕費だけで生活に困窮する冒険者もいたらしい。

 それと、ケリー自身は数本しか刀を打っておらず、それらも練習の為という事で売りに出さずに全て処分したそうだが、鍛冶師仲間の中には、練習品(二流品)だと断った上で安価で売ったのにも関わらず、すぐに折れる不良品を掴まされたと言われ、喧嘩沙汰になった人もいたそうだ。ただ、鍛冶師の圧勝で終わったらしいけど……

 ちなみにその鍛冶師は刀鍛冶の経験者で、作られた練習品は一流とまでは言えなくとも十分使えるものだったらしく、たまたま通りかかった南部の行商人(狸の獣人)によれば、「この品質の刀がその値段で買える事はまずない」との事だったらしい。


「ラニさんか」

「ラニタンだ」


 まず間違いなく、その行商人はラニさんだろう。刀が流行り始めた事に気が付き、商売になるかどうか見て回っていたと思われる。


「まあ、最後に決めるのはエイミィだけど、刀なら私は打たないぞ。少なくとも、売りものにするレベルのものが打てないからな」


 ケリーに言われてどうしようかと迷っているエイミィに、俺はアドバイスする事にした。


「エイミィ、片刃であれば刀でなくともいいのなら、刀の様な形の武器はあるぞ」


 と言って、一本の刃物を工房の棚から取ってエイミィに見せた。


「鉈だ。これの仲間で『剣鉈』というのがあって、形だけを見るなら刀と似ているし、使い勝手もいいぞ」


 刀に乗り換えて失敗した人達は、恐らく引いて切らずに叩きつける様に使用した人達だと思われる。この国には剣の重さと勢い利用して叩き切る人が多いし、実際にその方が楽で技術もあまり必要ない。だが、刀くらいの薄さだと、その方法では折れたり曲がったりしても仕方がないと思う。

 それに比べ鉈は、薪を割る時の様に叩きつける事もあるし厚さもあるので、少々乱暴に扱っても折れないし曲がらない。それに、峰を使って鈍器の様にも使用でき、長さによってはナイフの様に調理や工具としても使う事ができる。

 その説明を聞いたエイミィは剣鉈に興味が出たらしく、工房に剣鉈がないか探そうとしたが、ケリーから置いていないと言われて残念そうにしていた。取り敢えず、鉈で確かめた感触が悪くないという事で、武器は剣鉈という方向で進めるそうだ。


「素材は、俺が持っている奴を使うといい」


 エイミィとケリーの話が素材までいったところで、処分予定だったものが入ったディメンションバッグをケリーに渡した。ケリーは渡されたバッグの中を覗き込んで、いくつか使えそうなものを引っ張り出している。


「こいつとこいつと、こいつも使えるな」


 ケリーが取り出したのは魔鉄で出来ている武器や防具で、それらを再利用して剣鉈を何本か作るらしい。ケリーが素材を選んでいる間に、女性ドワーフの従業員がエイミィに色々な長さの棒を持たせ、板鉛などの重りを使って剣鉈の大まかな重心を決めていた。


「明後日くらいには剣鉈の試作品が出来ているだろうから、それくらいに来るといい。鎧の方はその後だな」


 ケリーが今から制作準備に取り掛かるというので、手付金を渡して皆で工房を後にした。見送りに出てくれた女性ドワーフの話によると、最近客が少なくて暇をしていたので、明後日どころか明日くらいには剣鉈が完成するだろうとの事だった。まあ、明後日と言われたので、明日来る事はないと思うが。


「これから用事がないなら、ギルドにでも行ってみようぜ!」


 工房から少し離れたところで、リオンがそんな提案をしてきた。


「別にいいけど……皆はどうだ?」 


 俺がそう聞くと全員が頷いたので、このままギルドに向かう事にした。

 そのまま歩く事数十分、流石に体が冷えてきた頃、ようやくギルドに着いた俺達は、寒さから逃げるように急ぎ足でギルドに入り、併設されている酒場に暖かい飲み物を求めて直行した。

 酒場には数人の冒険者が酒盛りをしてたが、クリスさん(身分の高そうな騎士)や俺と三馬鹿(貴族)がいたので、流石に子供達にちょっかいをかけるテンプレ冒険者は現れなかった。

 それぞれが思い思いの飲み物を頼んで一息ついたところで、掲示板に貼られている依頼書を見てみたが、やはり時期的な事もあって、手軽な依頼はなかった。


「なあ、これを受けないか?」 


 リオンがアルバートとカインにそう言うと、


「悪い、今日の夜は予定が入っている」

「僕もだね」


 即断られていた。その次に俺の方に目を向けていたが、


「寒いから、無理だ」


 目があった瞬間に断ってやった。寒い中、わざわざ外で活動したくはない。 

 こうしてギルドからすぐに去る事になったのだが、この時アルバートとカインが言っていた予定というのは、実は女性絡みの予定だったそうで、リオンは数日の間落ち込んでいたらしい。

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