第10章-6 ラニタン登場
土地を購入してから早数ヶ月、王都には雪が舞う季節となっていた。蒔いた芝生の種も芽を出し伸びてはいるが、今は寒さのせいで成長が止まっており、根を痛めるからと立ち入る事ができない状態になっていた。一応畑の方は、元の土地から入る事が出来る様にしてあるので芝生を踏む心配はないが、中途半端な季節に畑を作ったせいか土作りが上手くいかなかったからなのか、大した作物は出来ていなかった。
「元気だな~」
俺の見ている先では、エイミィ、ティーダ、ルナの三人が数cm程積もった雪をかき集めて雪合戦をしている。合戦と言っても、ただ近くにいる相手に雪玉をぶつけるだけの遊びだったが、時折シロウマルが三人の間をすり抜けていき、フェンリルとしての身体能力を十分に生かして雪玉を避けるので、シロウマルが三人に近づいた時には、ボーナスキャラを狙うかの様な盛り上がりをみせていた。
以前エイミィが嫌がらせを受けているという話は、三馬鹿が味方についたとたん、ピタリと収まったそうだ。それは、単純に三馬鹿が学園でアイドル的な扱いを受けているので、その影響があったというのもあるが、三馬鹿がエイミィと親しくしている様子を、学園の関係者が問題のあった生徒の保護者にそれとなく伝えたのが一番の理由だそうだ。
その事を知ったほとんどの保護者は、自分の子供がそんな事をしているとは思っていなかったらしく(いても、平民の生徒と馬が合わない程度だと思っていたそうだ)、俺のところまで謝罪に来る保護者がいたくらいだ。ただ、中には親の指示に従っていた生徒もおり、主犯格の生徒がそうだった。
その保護者も、周りが謝罪に行ったので、形だけでもしておこう、という感じでうちに謝罪に来たみたいで、めちゃくちゃ態度が悪かった。常に上から目線でいないと気がすまないのか、謝ったのだからこれでいいだろ、みたいな態度で帰っていったのだが、後日、しっかりとバチが当たる事となった。
実はその時、うちに何人かの貴族が訪れたという事で、心配した王様とマリア様が様子を見に来ていたのだ。その時のお二人は自分達がその保護者の前に出る様な事はしなかったが、帰ってからシーザー様や宰相と言った身近な人にその話をしたそうだ。それがそれぞれの親しい人達へ『ここだけの話』という感じで広がっていき、次の日には王城で働く関係者の半分が、その次の日には外部の関係者が……と範囲が広がっていった。
後からその話を上役の貴族から知らされた保護者は、急いで俺のところに謝罪に来たが、俺は取り合わない様にマリア様に言われていたので、門の前で帰ってもらった。
実際に何か直接的な罰を与えたわけではないそうだが、ティーダが退位するまでは、滅多な事ではあの一族が重要な役職に就く事はないだろう。これでエイミィをいじめる生徒はいなくなるだろうと、たまたま遊びに来ていたアルバート達から教わった。ただ、今回の件でエイミィの影響力を知った生徒の親達からは、なんとか自分の子の側室あたりに押し込めないかと考える者もいるだろう……とも言われた。
なお、そのいじめていた生徒の保護者は子爵で王城に勤めており、親・子・兄弟共に平凡かそれ以下の能力しかないそうで、王家から睨まれた状態が何年も続いてしまうと、子爵家としての爵位を維持する事も難しくなるかも知れないとの事だった。
そんな事を思い出しながら庭で遊ぶ三人の様子を見ている俺は、このところ依頼を受けていない。ただ依頼を受けていないのは俺だけでなく、この時期の王都を拠点とする冒険者の多くが開店休業状態となるのだ。それは好き好んで寒さと戦いながら仕事をしたくないというのもあるが、場所によっては獲物となる魔物がほとんど姿を見せなくなるというのが大きな理由としてあげられる。
その反面、セイゲンの様なダンジョン都市は人が増え、いつもの倍以上の冒険者が集まるらしい。最も、集まる冒険者の大半は金欠の者で、この時期はセイゲンの治安がいつもより悪くなるのだそうだ。
なお、この時期にダンジョン都市を目指す冒険者の何割かは、道半ばで脱落するらしい。その理由は、金欠とは言え最低限の装備は持っているので、それを狙う盗賊などに狙われるからだ。
その他にも、食べるものがなくて飢えた魔物にとっては、往来の少ない道を歩く冒険者は、格好の獲物だとみられる事も多い。冬場に活動する新人冒険者の死因の大半が、移動中に盗賊や魔物に襲われた事が原因だと言われている。つまりダンジョンに潜るよりも、ダンジョン都市へ行く途中の方が危険が多いという事だ。
だから俺とじいちゃんは、王都でゆっくり過ごす事にした。いつもより危険で厳しい時期に活動する必要もないし、別に金に困っているわけでもないので、今年はぬくぬくゴロゴロと怠け者として過ごすのだ。
ちなみに去年までは冒険者の身分でもなかったので、長期間宿に引きこもって過ごしていたら、前払いをしていても、宿の人にかなり怪しまれたりしたものだ。ゆっくりと過ごせたのは満腹亭に泊まる事が出来てからで、それでも最初の方はおやじさんとおかみさんに怪しまれていたが、それは『俺が実家の金を盗んで家出したのではないか?』といった感じのもので、心配したおやじさんが昔のコネを使って俺の情報(ギルドで獲物を換金して生活していた事)を集めてからは、普通の客として見てもらえる様になった。なお、「犯罪を犯して金を得たのではないのかと思わなかったのか?」と聞いたところ、「礼儀正しくて、身なりを整えている子供だったから、犯罪者より貴族の子供の可能性が高い」と思い、その線で情報を集めたのだそうだ。
「お~い、そろそろ止めて戻ってこい。風邪引くぞ~」
そんな事を考えていると、三人が遊び始めてだいぶ時間が経つ事に気がついたので、一度休憩をとって体を温める様に言った。最初は物足りなさそうな顔をしていた三人だったが、集中力が途切れた事で寒さを感じたのか、いそいそと屋敷へ戻ってきた。そんな三人に気づいたシロウマルも、慌てて屋敷の中へと戻ってくる。多分、三人が同時に戻っているのを見て何かもらえるのだと勘違いしたのだろう。貰い損ねては大変だと慌てていたに違いない。
「三人とも、体を拭いて着替えて来い。シロウマルはジャンヌとアウラに体を拭いてもらえ」
三人と一匹は、雪の中を遊び回っていたせいでびしょ濡れになっていた。一応入口のところでアイナ達が待機していたけど、三人に関しては拭くだけでは風邪をひきそうなので、部屋に戻って着替えさせる事にした。
実はこの三人、この屋敷内に自分達の部屋を確保したのだ。
最初は冬休みの間、エイミィが王都に残るというので、学生寮の自室以外の拠点としてうちの部屋を貸す事にしたのだが、その話が出た時にちゃっかりティーダとルナも自分達の部屋を確保したのだった。最も、二人は王城が近いので、うちに居る時に使用する部屋というだけで寝泊りする事はほとんどないが、部屋を確保した事でこのところ毎日の様に遊びに来ているのだ。まあ、部屋を用意したといっても、元々王様達がじいちゃんの様子を見に来た時に利用する部屋(男女用に二部屋用意していた)を片付けて兼用する様にしただけだが、それでも自由にできる部屋が増えた事を二人は喜んでいた。まあ、ティーダは休みの間でもエイミィに会える口実が出来たから嬉しいのかもしれないが……
そんな事もあり、この日もティーダとルナはうちに遅くまでいるつもりの様だが、子供であっても二人は王族であるので、それなりに仕事は存在する。その為
「ティーダ様、ルナ様。明日から王族としての仕事が待っておりますので、今日はいつもより早めに戻ってくる様にと、マリア様より言付かっております」
着替えてホットミルクを飲んで体が温まったところに、アイナからマリア様の命令が告げられた。流石の二人もマリア様の命令は逆らえず、泣く泣く(特にティーダが)帰り支度をさせられていた。
「テンマ、お客様が来たんだけど、アムールに用事があるみたい」
二人の帰り支度の最中、玄関の方からやって来たジャンヌが来客を告げた。ただ、目的はアムールらしく、屋敷に上げていいのかわからなかったので、俺に聞きに来たのだそうだ。
「取り敢えずアムールを呼んできてくれ。問題はないと思うけど、俺も一応立ち会うから」
「わかった」
ジャンヌはそう言って、アムールの部屋(俺やじいちゃんの部屋の方向とは逆にあり、ジャンヌとアウラの部屋の横)へと向かおうとしていたが、俺達の様子を見ていたアイナに何かを耳打ちされ、ペコペコと頭を下げて何かを謝っていた。
「アイナ、ジャンヌに何を言ったんだ?」
「いえ、大した事ではありません。ただ、今のジャンヌの身分は奴隷でメイドなので、主人であるテンマ様にタメ口で話す癖だけは付けない様にと注意しただけです。もちろんテンマ様が許可した事は存じてますが、屋敷ではともかく外でも同じ様だと、あの子の為にもなりませんので」
アイナはそう言っているが、ジャンヌの様子を見る限りでは、それ以上の事を言ったのかもしれない。ただ、確かにそんな癖が付いてしまい、もし仮に貴族相手にそんな口調で話してしまったら、知り合いならともかく、知らない相手だった場合どんな目に合わされるか分からない。
「確かに、いつも俺やじいちゃんが近くにいるとは限らないから、気を付けないといけない事だな。ありがとうアイナ」
「いえ、あの子達の教育は私の仕事でもありますから」
普段、あまり気にしていない事だったので、気付かせてくれた事に対しお礼を言ったら、何故かアイナは照れくさそうにしていた。理由はわからないけど、珍しいものを見る事か出来たと思っておこう。
「テンマ、客って誰?」
「いや、俺が知らない相手みたいだから、アムールを呼んだんだけど……もしかして寝ぼけているのか?」
アイナの珍しい姿を見ていると、眠たそうな目をしたアムールがやってきた。恐らくジャンヌが説明し忘れたという事はないだろうから、アムールがよく聞いていなかったのだろうと判断した……しかし、昼を大幅に過ぎている時間帯なのに寝ぼけている様子からすると、朝食の後でまた眠っていたのだろう。そう言えば、朝食の時は一緒に食べたので姿を見ているが、昼食の時は降りてきた気配すら感じなかった。ちなみに我が家では、屋敷にいる時は朝食と夕食は基本的に皆揃って食べているが、昼食はバラバラに食べる事が多い。その理由は、それぞれ昼は何かの用事で出かけている事も多いからだ。例えば俺とアムールは冒険者として依頼を受けていたり、じいちゃんはブラブラと散歩(決して徘徊老人と言ってはいけない)していたり、ジャンヌとアウラは王城でメイド修行したりと、予定が揃わない事が多いので、それぞれで済ませた方が効率がいいのだ。
なるべく屋敷に誰か残る様にはしているが、最悪ゴーレム達が残っているので防犯上の問題はほとんどないし、ククリ村の誰かに留守番を頼むという手もあるが、俺が屋敷に来てからは頼んだ事はなかった。
まあ、そういったわけで、用事がなければアムールが昼食後にずっと寝ていても、気が付く事はないのだ。たまに俺も昼寝しすぎて、夜眠れなくなる事もあるし……
「とにかく、客を外で待たせているから急ぐぞ」
「お~……おふっ!」
フラフラしながらも俺の後ろをしっかりと付いてきていたアムールは、外の寒さで一気に目が覚めた様で、変な声を出していた。
「あそこだ」
「ん~……あっ! ラニタン!」
アムールは門のところで待っている客を見つけると、少し考えた素振りを見せた後で、何やら可愛らしい名前を叫んだ。ちなみに、『タン』などとつけているが、相手はふくよかな体型をした男性だ。
「お嬢様……何度も行っていますが、私の名前は『ラニ・タンタン』です」
どうやら、ラニタンはアムールがつけたあだ名の様で、本名はラニ・タンタンというそうだ……いや、『タン』が一つ増えただけで、ほとんど変わってはいないけどな。
「それで、ラニタンが何故ここに?」
「いや、ラニ・タンタンですって……ここには、行商の帰りで王都に寄ったので、挨拶に来たんですよ。これからハナ様とお嬢様のやり取りはうちを通して行う事が多くなるでしょうし、うちとしても新たな取引先を開拓するチャンスですからね」
アムールと男性……ラニさんは知り合いの様だ。ハナさんの名前を出したという事は、それなりに親しい間柄なのだろう。ちなみに前に一度挨拶に来たそうだが、その時は俺達が南部に行っていた為、会う事ができなかったそうだ。
「アムール、取り敢えず上がってもらえ。今後会う機会が増えるかも知れない相手を、いつまでも寒空の下に居させるのは失礼だしな……俺も寒いし」
「ん、わかった」
「どうも、すみません」
応接間にラニさんを案内し、外に漏らしたくない話もあるだろうからとアムールと二人だけにしようとしたが、ラニさんは俺にも用事があるそうで、時間があるなら話を聞いて欲しいと言われた。
この時ラニさんが外套とマフラー(長いので顔全体を隠せるみたいだが、会った時は頭と首に巻いていた)を外したのを見て、「だからタンタンなのか」と思ってしまったが、流石にその理由を話すのは失礼なので黙っておいた。
「それでここを訪ねた理由なのですが、挨拶が第一の理由で、第二の理由がお嬢様の近況を聞いてくる様に言われたのと、ご入り用な品がないかという事。最後が、テンマ様へ南部や他の地域の商品をご紹介する事です」
「つまり、ハナさんとアムールの連絡係をするついでに、うちの御用聞きをするという事ですか?」
「その通りです。専属で行うわけではありませんので、ご要望のものを即座に持ってくるという事は出来ませんが、南部のもので王都では手に入りにくい品なども安くお持ちする事が出来ます」
主に南部の商品が中心で、時間がかかる事もあるそうだが、ラニさんは俺が南部の食べ物が好きだと知っている様で、俺が断る事がないだろうと思っているみたいだ。最悪断られたとしても、ハナさんとアムールの連絡係が一番の目的なので、損はないと考えている様だ。
そして、その考えは当たっている。俺としても断る理由はないし、ハナさんが連絡係に使うくらい信用しているという事は、俺の知る限りで南部の商品を扱う人物としては最も信用できるという事だ。最も、ラニさんにしてみればハナさんが一番に優先させるべき人物なので、完全に気を許すわけにはいかないだろうが、ハナさんと敵対する様な事がない限りは害はないと見るべきだろう。
「今ある商品ですと、これなんか珍しいと思います」
俺が何も言わない事で許可が出たと判断したらしいラニさんは、商品が入っていると思われるマジックバッグから白い板状のものテーブルの上に置いた。それは……
「酒粕ですか?」
「ご存知でしたか。南部では珍しいものではないのですが、他の地域だとあまり見かけないのですが……そう言えば、南部でかなりの量の清酒をご購入されたのでしたね」
と言われたので、酒を購入した際に店員から聞いたからだと返した。流石に前世の経験で知っているとは言えないからな。ついでに使用方法も、店員から聞いたが丁度在庫を切らしていたそうで、購入は出来なかったと言うと、
「なら、試しに購入してみませんか? 丁度この後会う事になっているお得意様に注文されたものですので、全ては無理ですが、多少なら融通する事が出来ます」
ラニさんはそう言うと、「これだけなら売る事が出来る」と一kgの酒粕の板を五枚出して、一枚二百Gだと言った。その時、
「ラニタン、嘘をついても無駄。『これだけなら』ではなく、『これしかない』が本当なはず。これが南部以外でそんなに売れるとは思えない。だから、残りを全部出す」
アムールがラニさんを睨みながらテーブルを叩いた。ラニさんが何か言おうとするたびに、アムールがテーブルを叩いて黙らせるので、ついにラニさんは観念して残りの酒粕を出した。
「残りは四枚と半分を超えるくらいです……お嬢様の言うとおり、新商品のサンプルとして十kg程持ってきた酒粕は、物珍しさから味見はしてもらえますが、誰も欲しがりませんでした」
「むふんっ! 私の目は誤魔化せない! 全部で千Gなら買う!」
そう言ってドヤ顔のアムールが千Gを払って十kg近い酒粕を受け取り、そのまま台所へ運んでいった。アムールが応接間から出て行ったところで、
「ところでラニさん。以前聞いた話では、酒粕は一kgあたり高くても百Gもしないそうなんですが……」
「はい、しません。大体五十Gから八十Gといったところでしょうか?ここまで持ってきた手数料を入れても、百Gも貰えれば十分儲けが出る……といったところですかね」
やっぱり思った通りだった。先程アムールが指摘し、残りの酒粕を出した際に「十kg持ってきた」とラニさんが言ったのを聞いて、いくらサンプルでも行商をするのに十kgしか持ってきていないのは、流石に少なすぎると思ったのだ。売れなかったとしても、マジックバッグに入れておけば劣化は防げるのだし、王都なら南部産の珍しい商品というだけで、数十kgは軽く捌けるはずである。何せ、見栄っ張りの金持ちに「普通の人なら、滅多に口にする事が出来ないもの」と言えば、例え口に合わないと思っても、自慢するだけの為に買い漁る者はいくらでもいるからだ。
「聞いていた通り、テンマ様は油断ができませんね。それなのにお嬢様ときたら……ハナ様には、ちゃんとご報告せねばなりませんね。ところで、酒粕はまだ四十kg程あるのですが、買いませんか?もちろんアムール様に売った値段よりお安くしますので」
という事で、残りを一kgあたり九十Gで買う事にした。希望価格より十G安いのは、初回限定のサービスとの事だった。
支払いをしている時に、「もしかして、ハナさんに報告するのは、『ラニタン』と呼ばれる事の仕返しですか?」と俺が聞くと、ラニさんはニッコリと微笑んだ。アムールが知らないところで仕返しする程度には、ラニさんはアムールに対して怒っている様だ。
事情を知らないアムールが応接間に戻ってきた時には、俺が買った酒粕は既にマジックバッグに入れられた後だったので、アムールは何も気がつかないままドヤ顔を続けていた。
この時の応接間は、俺は酒粕を安く買えてホクホク、ラニさんは在庫が捌け、ついでに仕返しする楽しみも出来てホクホク、アムールはラニさんをやり込めたと思っていてホクホク……といった感じで、三人とも上機嫌というある種奇妙な空間となっていた。
ラニさんに何か入用のものを聞かれたので、今のところ頼むものはないが、次回来る時くらいに味噌や醤油などを頼むかも知れないと言うと、次回はサンプルとして色々なものを沢山持ってきてくれるとの事だった。
「テンマ様、お客様がいらっしゃいました」
「またお客? と言うか、まだ帰っていなかったのか……もしかして、ルナが駄々でもこねた?」
ラニさんとの話し合いが一段落着いた時、新たな来客の訪問を告げにアイナが応接間に入ってきた。既にティーダ達と帰ったのだと思っていたので、アイナの登場には少し驚いてしまった。
「いえ、駄々はこねませんでしたが、のろのろと着替えたり、忘れ物をしたり、トイレに篭ったりと、往生際の悪さを見せただけです」
やっぱり王様の孫なだけの事はあると思わせる様なルナの行動だ。流石のアイナも頭に来ているらしく、表面上は穏やかなままだが内心かなり怒っているみたいで、アイナがルナの話をした瞬間、一瞬部屋の温度が氷点下まで下がったと勘違いする程の怒気を感じた程だ。
そんなアイナの怒気を感じたのは俺だけではなかった様で、アムールとラニさんもアイナからなるべく距離を取ろうとソファーの端まで移動していた。
「取り敢えず、お客さんを出迎えに行くか」
「ただいま、玄関のところでお待ちいただいております」
アイナが敷地内に入れたという事は、俺と親しい人物という事だ。そして、ククリ村の関係者や王様達ならそのまま俺のところへやって来るはずなので、それ以外の人物となる。
「もしかして、アルバート達が来た?」
「いえ、アルバート様ではなく、お父様のサンガ公爵様です」
珍しいなと思いながら玄関まで急ぐと、サンガ公爵と護衛の男……ステイルが外套を脱いだ状態で待っていた。
「お待たせしてすみません」
「いや、こちらが突然来たのだから仕方がないよ。それに、大して待っていないしね」
応接間はラニさんがいるので、取り敢えず他の部屋に案内しようと思ったら、応接間の方からアムールとラニさんが向かってきているのが見えた。
「テンマ、ラニタン帰るって」
「だからラニ・タンタンですって」
とお決まりとなりつつあるやり取りをしていると、
「ラニ・タンタンだと! 南部の耳目が来ているのか!」
ラニさんの名前に反応したのは、それまで静かに気配を消していたステイルだった。
「そういうお前は、公爵家の影!」
ステイルの声と殺気にも近い怒気に反応して、ラニさんが戦闘態勢をとった。が……
「ステイル!」
「ラニタン!」
互いに主と主筋に止められて下がった。だが、二人共いつでも飛び出せる体勢で互に睨み合っている。ちなみに、ステイルはサンガ公爵に前を塞がれる形で止められたが、ラニさんはアムールにぶん殴られて止められた。
「南部の狸め……」
「公爵家の飼い犬が……」
二人共、下がりながらも互いの悪口を言っている。案外、似た者同士なのだろう。ちなみに、ラニさんは狸の獣人である。先程俺が『タンタン』と聞いてなる程と思った理由は、たんたん狸の~……の歌を思い出したからだった。あと、ステイルは犬の獣人ではなく、普通の人族である。ただ単に、ラニさんが他の悪口を思いつかなかっただけだろう。アムールに殴られた頭をさすりながらのセリフだったしな。




