第10章-3 天国と地獄
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読者の皆様、ありがとうございます!
今後共、『異世界転生の冒険者』をよろしくお願いします。
「ふぅ……満喫した」
子羊Ⅰを開放したクリスさんは満足気な顔で椅子に座り、すっかり冷めた緑茶を飲み干した。ちらりと視線を動かすと、アイナがいつの間にか捕まえたアウラを廊下の端へと引っ張ていくのが見えたが、当然見て見ぬふりした。
「ところでテンマ君。あの子の名前はなんていうの?」
「さっきクリスさんが捕まえていたのが『メリー』で、バッグの中で眠っているのが『アリー』「もう一匹いるの!」って言う……」
言い終わる前に、クリスさんはメリーが入っているバッグを取りに行った。そして、クリスさんに解放されたメリーは、アリーを見捨てて猛ダッシュでその場を離れていった……
「さあ出ておいで~」
「めっ?」
バッグの中で寝ていたアリーは、クリスさんの言葉を聞いて素直に出てきたところを捕まり、そのままモフられた。ただ、メリーと違うところは、クリスさんのテンションが少し落ち着いていた事と、アリーがクリスさんにモフられても動じなかった事だ。それにしてもアリーの奴、モフられながら寝ようとするとは思わなかった。
なお、名前に関してはいつまでも子羊Ⅰ・Ⅱと呼ぶわけにはいかず、有名な童謡と牡羊座の『アリエス』から取ったのだ。アリーは女の子みたいな名前だが、『アリ』だとボクサーみたいだし、女の子のメリーより大人しい性格だから似合っていると思う。
「メリーの時にも思ったんだけど、この子達の毛って、ものすっごくフワフワね」
実はこの二匹、貰った当初は毛がゴワゴワしていたうえに、泥やホコリまみれで薄汚れた様な色をしていたのだが、屋敷に帰ってきてからシャンプーやリンスを使って洗った結果、ものすごく柔らかで光沢のある毛を持つ羊に生まれ変わったのだ。ちなみに地肌は白色で、暗闇だと真っ白な顔が空中に浮かんでいるみたいに見える。
「さてと……そろそろ仕事に取り掛かりますね。クリスさんはゆっくりしていてください」
隣の土地の権利を正式に手に入れたので、そろそろ整地作業に入りたいと思う。書類が届いたらすぐに取り掛かるつもりだったのだが、クリスさんの暴走のおかげで取り掛かるタイミングがズレてしまった。
「せっかくだから、私も見に行くわ」
このままアリー達でモフり天国に突入すると思われていたクリスさんが、予想を裏切ってついてくると言い出した……とかびっくりしていたら、ちゃっかりアリーを抱いたまま立ち上がっていた。そして、その後ろにはシロウマルを従え、メリーが逃げ込んだディメンションバッグを持っているので、どうやら外でモフり天国を楽しむ様だ。
「わしも手伝うとするか」
「なら私も手伝います」
「頑張る」
俺とじいちゃんが働くというので、ジャンヌは慌てて手伝いを申し出た。アムールは自分だけが残るのが嫌なのだろう。
そのまま皆で連れ立って外へと向かうと、廊下の隅で正座させられた状態でアイナに説教を食らっているアウラが見えた。もちろん、全員揃って見て見ぬふりをした。なぜなら皆、怒ったアイナが怖いからだ。
「取り敢えず、何をしたらいいのか指示を出してくれい」
「えっと、じいちゃんは境目になっていた塀を全部壊して欲しい。ジャンヌとアムールは、じいちゃんが壊した塀を、ゴーレム達に指示を出しながら片付けてくれ。片付ける時は、素材ごとに分けてまとめておいて。俺は隣の土地を下見してくるから……あっと、じいちゃんは塀を壊し終わったら、俺のところに来て、一緒に下見しながら相談に乗って欲しい」
「わかったのじゃ」
「わかった」
「りょ~かい」
それぞれにして欲しい事を言って、俺は塀を飛び越えて新しい土地の下見を始めた。ざっと見る限りでは、うちの屋敷がある方の土地と同じくらいの広さで、うちと同じく四角形の土地だった。なので、整地はやりやすいだろう。問題は、焼けた屋敷のゴミ処理と敷き詰められた石畳や、飾りとして置かれていた庭石や木の処理だ。
「全部一緒くたに壊していって、土の中に埋めてもいいけど、畑なんかも作りたいし、ジュウベエ達の運動場も作りたいから、一個一個取り除いていくしかないか」
幸い、大容量のマジックバッグを複数持っているので、置き場所に困る事はない。最初にやる事を決めた時、ちょうど塀を壊し終えたじいちゃんが俺のところにやってきた。
「終わったぞい」
「ちょうど良かった。まずは屋敷の残骸や庭にある岩や木なんかを取り除こうと思うんだ。この間言ったとおり、こっちの土地の大部分はジュウベエ達の放牧地にするから、なるべく全部回収したい」
「わかったのじゃ。それなら何体かゴーレムを呼ぶとするかのう」
「そうだね。それと、順番としては屋敷の残骸、庭の木々、庭石や石畳の順番でいこうと思う」
「ふむ、屋敷の地下室はどうするつもりじゃ?」
「地下室の床や壁も回収して、出来れば基礎の部分も掘り起こしたい」
「完全撤去というわけじゃな。取り敢えず、出たゴミは全部まとめてマジックバッグに入れればいいんじゃな」
「それでお願い。一通り終わってから、使えそうなものとそうじゃないものに仕分けするから」
軽く打ち合わせをして、それぞれ反対側から作業に入っていった。お手伝いに呼んだ数体のゴーレムには、抱える事ができる大きさのものを集めさせ、俺とじいちゃんは抱えられない大きさのもの(柱や焼け残った壁など)を、魔法などで解体していった。たまに調子に乗って、拳や蹴りで壁なんかを壊したりしていたんだけど、小さな破片が増えるばかりだったので途中から封印した。
「大体片付いた様じゃの」
「それじゃあ、地下室の方を片付けようか」
事前に貰った見取り図によると地下室は二部屋あり、倉庫と食料庫として使われていたそうだ。貴重品の盗難防止やネズミなどの侵入を防ぐ為か、地下室の入口や壁などは分厚く作られており、排水口などにも頑丈な柵がはめ込まれていた。
「まあ、ある程度の魔法が使えれば、有って無い様なものだけどね」
お隣さんは地下室に侵入できる者はいないと思っていたのか、魔法に対する防御は考えていなかったみたいだ。まあ、元々大した物は置かれていなかったみたいだけど、火事から守れた事を考えれば結果的には正解だったのかもしれないが……今となっては邪魔でしかない。
「床はそのままにして、壁なんかは壊して撤去。残った穴は、草原か森から土を持ってきて埋めようか」
「それでいいじゃろうが、土の中にいる虫が気になるのう……ミミズなんかならいいが、下手に毒虫なんかが紛れておって増えでもしたら、被害はうちだけでは済まなくなるかもしれんからのう」
「ディメンションバッグの中で燃やしてから持ってこようか?」
「そうじゃな。王都の中で燃やすのは、色々とまずいからのう」
俺とじいちゃんなら、王都の中で魔法を使っても飛び火など起こす事はないと思うが、絶対という事はないし、火事が起こった跡地で火を使うのは周囲の住人の不安を煽る事になる。
あまりバッグの中で燃やす事はしたくないが、大量の土を一番安全に熱する事ができる方法なので、バッグがダメになる可能性があるが仕方がないだろう。まあ、予備の予備のものがあるので、それを使えばいいだろう。
「すぐ行くのか?」
「そうする。今から行ったら、夕方くらいには帰って来られると思うから」
森はジン達と狩りに行った場所だ。あの時は地龍を発見し狩るという、王都付近では前例のない様な出来事があったが、あんな事が短期間に二度も起こるとは思えないし、多少は土地勘があるので、他の森へ行くよりは効率よく集める事が出来るだろう。
「なら、私もついて行く!」
突然後ろからアムールが飛び出してきた、あちらの作業は大方終わったそうで、こちらの手伝いに来たそうだ。
「う~ん……まあ、いいか」
最初は速度重視の為、俺一人で『飛空』を使って行こうと思っていた。しかし、アムールをライデンに乗せて、俺がその速度に合わせて飛んでいけば、行きと帰りにかかる時間が増えたとしても、森での作業を短くできればトータルでかかる時間は変わらないと判断したのだ。
「後はスラリンとソロモンとシロウマル……」
アムールに続いてやってきたスラリン達を見ると、スラリンとソロモンは何の問題もなかったのだが、シロウマルの背中に余計な人物がいた。クリスさんだ。
クリスさんはシロウマルの背中に跨るのではなく、背中に抱きついて体全体でシロウマルの毛並みを堪能していた。
「シロウマルは無理か……留守番頼むな」
「ガウ……」
シロウマルは俺について来られない事を悲しんでいる様だが、いつも可愛がってくれているクリスさんを振り払う事が出来ずに、泣く泣く諦めた様子だ。当のクリスさんは俺の言葉に気が付く事もなく(と言うか、シロウマルが歩いた事にも気がついていない様だった)、シロウマルの背中でトリップしていた……クリスさんにとって、モフモフとは幻覚作用を伴う麻薬の様なものなのだろうか……
じいちゃんに後の事を頼み、俺達は早速森へと向かった。
森までの道中、アムールはライデンに俺と乗れないと愚痴っていた以外には、特に問題なく到着した。
「それじゃあ、アムールはゴーレムを数体連れて行って土の採集を頼む。預けたディメンションバッグの半分位を目安に頼む、草が混じってもいいから、ガンガンやってくれ。ソロモンとライデンはアムールが土を集めている間、周囲の警戒だ。スラリンは俺について来てくれ」
「分かった」
「キュイっ!」
俺はアムール達に指示を出して、森の入口で別れた。
「それじゃあ、俺達は腐葉土でも集めるか」
森にきた理由の一つに、腐葉土を集めたいからというのがあった。どうせなら、胡椒や唐辛子を栽培するついでに、畑を作ろうと思ったからだ。
ただ、腐葉土の方も変な虫がいたら困る。カブトムシ程度なら問題はないが、ムカデなども潜っている可能性があるので、殺虫はしなければならない。しかし、燃やして虫を殺すとなると、腐葉土の持つ排水性などが損なわれるかもしれないので、こちらは凍らせて虫を殺すつもりだ。
「腐葉土は俺の方で集めるから、スラリンはミミズを集めてくれ」
そう言って俺は、スラリンにスコップと忍者熊手とバケツを渡した。道具だけを見るなら、今から潮干狩りでもする様な装備だ。もしくは、釣り餌を集める釣り人。
潮干狩り装備を持ったスラリンはお供に数体のゴーレムを引き連れ、木の根元や石の下を掘り始めた。
「俺の方も取り掛かるか」
開始早々に、次々とミミズを探し出すスラリンから少し離れた位置に移動し、足の感覚を頼りに腐葉土を探していった。
集め方は単純で、足で踏んでみてフカフカしている所を探し、つま先で軽く掘ってみて腐葉土だったなら、指示した範囲の土をゴーレムに集めさせるのだ。俺が場所を探して、ゴーレムに掘らせるを繰り返して、腐葉土を集める作戦だ。
この方法により、一箇所で多くの腐葉土が取れなかったとしても、回転効率がいいので速い速度で腐葉土を集める事が出来た。
「こんなものか、予定より早かったな」
開始からおよそ一時間。ゴーレム達によって集められた腐葉土は、ディメンションバッグの半分近くを埋めるた。正確な量は分からないが、一tくらいは軽く超えているだろう。
「よし早速、『ブリザード』」
俺はディメンションバッグに放り込んだ腐葉土に向かって、かつてセイゲンのダンジョンでG達を凍らせた魔法を放った。途中、何度か魔法を止めて、ゴーレムに腐葉土の上下をひっくり返させて、全体をムラなく凍らせた。後はこのまま放っておけば、害虫などは死滅するだろう。まあ、害虫と一緒にミミズなどの益虫も死んでしまうだろうが、ミミズはスラリンに集めさせているので問題はない。
「俺の方はこれでいいとして、スラリンは……」
自分の分の作業が終わり、スラリンが向かった方を見てみると、だいぶ離れた所にゴーレムの姿がちらりと見えた。
そのゴーレムを目印にして近づくと、そこにはバケツいっぱいのミミズを集めたスラリンがいた。
「かなり集めたな……流石に釣り餌なんかでミミズにはなれている俺だけど、これだけ集まると引くな……」
張り切って集めてくれたスラリンには申し訳ないが、流石に数千はいると思われるミミズが蠢いている様子は、かなり衝撃が強い。
数は多過ぎるが、土地の広さを考えたらミミズの数千くらい問題はないと思うので、土魔法で数個の箱を作り、ミミズを適当に分けて入れた。一応ミミズでも通れないくらいの空気穴を空けておいたので、屋敷に戻るくらいの時間なら持つだろう。
これまで連れて歩いていたゴーレム達の核をバッグに戻し、スラリンを抱えてアムール達のところへ移動した。
「さてアムールは……って、この跡を辿っていけば、『探索』を使わなくても会えそうだな」
アムールと別れた地点に到着すると、地面に掘り起こした様な跡が続いていたのだ。確実にアムールとゴーレム達によって作られた跡だろう。
「キュイ~~~!」
数百m程跡を辿っていくと、俺達を発見したソロモンが文字通りすっ飛んできた。
「あっ、テンマ」
ソロモンに続いて、アムールが草むらをかき分けながらやって来た。その後ろからは、預けたゴーレムが続々と列をなしてこっちへ向かってくる。
「ん」
アムールは、預けていたディメンションバッグの口を開いて中に入っている土を俺に見せてきた。
バッグの中には予想よりも多い土が入っており、バッグの容量の四分の三以上は入っている。大体五tはあるだろうか?
「結構多いけど、なんとかなるか。ありがとう」
アムールに礼を言って、俺は早速土を消毒する事にした。ただ、このままの状態で魔法を使って燃やしても、土の表面だけしか火が当たらないので、先に土魔法で中心に大きな穴を空けた。そこに水分の抜けた木を砕いたもの(隣の土地を生地している時に回収したもの)や木炭を入れ、それに向かって火魔法を使った。
何度か火魔法を使っているうちに火は大きくなり、木炭も赤々とした色になってきた。そうしているうちに大量の煙がバッグから溢れてきたので、風魔法で散らしていった。これは他の人が煙を見て、火事が起こっていると勘違いしない様にする為である。
風魔法を使用すると同時に、バッグ自体が燃えてしまわない様に、いつでも水魔法を使える準備もした。一応マジックアイテムであるディメンションバッグは、例えバッグの口を閉じていても火だるまになる事はない(バッグを燃やすより先に、中の酸素がなくなる為)が、空気を送る為に口を開けていると、口の周りが熱で溶けたり燃えたりする可能性があるのだ。
念の為、俺達は地面に置いたバッグから距離を取り、危険がないか監視しながら時間を潰した。
始めてから大体二時間程で中の火は自然に消え、バッグ自体も煤が付いたり変色した以外の問題は起こらなかった。
使い捨ても覚悟したディメンションバッグだが、これならまだ使える。最も、土の臭いや焦げた臭いが強いので、スラリンはともかくシロウマル達は中に入るのは嫌がるだろうし、食品なども入れるのは抵抗があるので、今後は汚れてもいいもの専用になるだろう。
そろそろ帰ろうかとアムール達を探す(じっと待機する事に飽きたアムールは、ライデンに跨りソロモンを連れて草原を駆け回っていた)と、なだらかな丘になっているところでアムールとソロモンは角ウサギを追い掛け回している。ライデンは何故か別行動で、一人で草原を走っていた。
「お~い、そろそろ帰るぞ!」
俺の声に反応したソロモンが、角ウサギを追うのを止めて真っ直ぐに飛んできた。アムールは反応が遅れて、ソロモンからかなり遅れている。
「テンマ、角ウサギ捕れた」
遅れてきたアムールが差し出してきたディメンションバッグには、十羽の角ウサギが入っていた。ただ、自慢気なアムール達には申し訳ないが、木で組んだ物干し台の様なものに、十羽の角ウサギが首から血を流しながら吊り下がっている光景がいきなり目に入ってきたので、思わず目を逸らしてバッグを閉じてしまった。
「今日の夕食にでも使うか」
それだけ言ってから、帰りの準備を始めた。まあ、帰りの準備といっても、忘れ物がないか軽く確かめてから、ライデンを呼ぶだけなので数分で終わる筈だ。すぐに大きな声で名を呼ぶと、俺の呼び声に反応して地響きを立てて走り寄ってくるライデン。何故かその顔は、赤く染まっていた……
「ライデン……」
近寄ってきたライデンは俺の目の前で体を翻し、どこかへ案内したいのか前足の蹄で地面を叩いていた。
「わかったから、ちょっと待てって……スラリン、頼む」
ライデンの背に跨ろうとした時、手のひらにべっとりと赤い色の液体が付いた。臭いを嗅いでみると、どうやら血の様だ。このままでは股の部分が血まみれになってしまうので、スラリンに頼んでライデンの顔や体などを綺麗にしてもらった。
「さてと、準備が出来たから案内してくれ」
「ゴー!」
ライデンの背に跨るとすぐにアムールも俺の後ろに乗った。アムールは小柄だしライデンは大きいので、乗るだけなら問題はない。あるとすれば、鞍が一人用なので走ると危険なくらいだ。
全速力で走ればアムールが転げ落ちる危険性もあったが、目的の場所はここから近いらしく、駆け足くらいの速度でライデンは走り始めた。
走り始めて二~三分程で目的地が近くなった様で、ライデンは速度を落とし始めた。
「あれか……確かにあれじゃあ、ライデンが血まみれになるはずだ」
ライデンの背中の上から見えたのは、真っ二つにされた数匹のトカゲだった。トカゲと聞くと小さなものを思い浮かべそうだが、半分にされたトカゲの大きさは、片方が一mを軽く超えている。
ライデンから降りて『鑑定』で調べてみると、ソウゲンオオトカゲという魔物らしい。ランクはCで、見た感じは鋭い爪と大きな牙、それと太い尾で攻撃するのだろう。胴回りは大きな個体で二mを超えており、色は茶色で鮫肌の様にザラザラしている。
「食えるのかな?」
触ってみた感じでは親鳥の様な弾力があり、硬そうではあるが食べる事は出来そうだった。皮の方はそれなりに丈夫そうなので、使い道はあるだろう。
全部回収すると、ライデンは嬉しそうに後ろ足だけで立ち上がっていた。いきなり立ち上がったせいで、背中に乗っていたアムールが一瞬落ちそうになったが、なんとかバランスをとって落馬を免れていた。
「ライデン、危ない」
いきなり立ち上がったのを、アムールはライデンの首を叩いて抗議したが逆に拳を痛めてしまった様で、逆の手で赤くなった拳をもんでいた。それに対してライデンは何も感じていない様で、平然としていた。
「とにかく、帰るぞ」
そろそろ帰らないと、屋敷に帰り着く予定時刻に遅れてしまうかもしれない。土を巻く作業は明日に回すしかないだろうが、せめて角ウサギやソウゲンオオトカゲの解体は今日中に終わらせたい。できれば夕食前に。
なので、帰りは行きよりも速度をあげて見たが、ライデンとソロモンは問題なくついて来る事ができた。アムールは少々危なかったが、ライデンの鞍の前方に取り付けていたグリップを握りながら、なんとか王都まで無事にたどり着く事ができた。結局屋敷に着いたのは日が暮れる少し前で、アイナ達が調理を開始しようかというところだった。なので急いで角ウサギを二羽解体し、アイナ達の横で調理をする事にした。
作る料理はウサギの唐揚げだ。これだと軽く下味を付けて小麦粉をまぶして揚げるだけなので、短時間で量が作れる。
「いっただきま~す!」
並べられた晩ご飯に、真っ先に手をつけたのはクリスさんだった。続いて僅差でアムール、そしてアウラだ。ただ、アウラはその直後にアイナに怒られていたので、実際に唐揚げを口に入れる事ができたのは最後から二番目(最後はアイナ)だった。
唐揚げは瞬く間になくなり、クリスさんとアムールからおかわりを要求されたが、解体した角ウサギは全て使ったので要求には応える事が出来なかった。
夕食後、残りの角ウサギを解体し、いつでも唐揚げを作れる状態にしてマジックバッグに保管した俺は、ソウゲンオオトカゲの解体に入る前の一休み中に、クリスさんを引きずって玄関へと向かうアイナを発見した。
クリスさんは縄でグルグル巻きにされた上、口輪をされて身動きどころか声もでない状態であり、うちの屋敷内でなく、さらに二人の関係を知らなかったなら、間違いなく人拐いと断定するところだ。
「アイナ、クリスさんは何をしたんだ?」
俺に気付いたアイナは、軽く頭を下げてから今の状況の説明を始めた。
「今日からここに住んで、モフモフ天国を作るとか寝言を言ってましたので連れて帰るところです。なので、非力な私でも持ち運びしやすい様に、縄で括っただけです」
その言葉を聞いてクリスさんの方に目を向けると、あからさまにクリスさんの目が泳いでいた。そこで俺の取るべき正しい行動とは、もちろん……
「小さい馬車とゴーレムを貸すから、気をつけて帰れよ。それと、ディンさんによろしく言っておいてくれ」
速やかにクリスさんを運搬……連れて帰れる様に協力する事だ。ついでに、ディンさんにチクってもらう。
「ありがとうございます。ちゃんとディン様には、今日の事をしっかりとご報告します」
アイナも俺の言いたい事をちゃんと理解し、ディンさんへの報告を約束してくれた。もちろんクリスさんも俺の言っている意味を理解している様で、急に激しく首を横に振り始めた。それはもう、首の筋を痛めてしまうのでは?と心配する程の激しさだった。
そのまま玄関までついて行き、アイナとドナドナされるクリスさんを見送った俺は、ソウゲンオオトカゲの解体を手早く済ませた。
幸い、ソウゲンオオトカゲの数は多かったが、半分にぶった切られているおかげであまり品質に拘る必要がなく、首や足を落として内蔵を掻き出し、胴体にパッパと切れ目を入れてからバリバリと豪快に皮を剥いけば、大まかな解体は終了だった。一応魔核を取り除いた後の内蔵も保存していたが、後日調べた結果、食用にも薬用にも使えないとわかったのでまとめて焼却処分した。
後日といえば、あの日からクリスさんは十日程顔を見せなかった。新しいモフモフがいるのに変だなと思っていたら、どうもあの日のうちにアイナがディンさんに報告を行ったらしく、クリスさんはうちに遊びに来る事ができない程の厳しい訓練を課せられたらしく、次に遊びにきた時には、比較的懐いていたはずのアリーに完全に忘れられているという地獄を味わうのだった。