第10章-1 お土産配り
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南部自治区を発っておよそ二週間、俺達は無事にセイゲンへと帰ってくる事ができた。行きより早く帰って来られたのは、帰り道が分かっていた事と寄り道をしなかった事、それとスラリンを含めた四交代で(三人と一匹)で御者をして朝早くから夜遅くまで馬車を進ませたからだ。
そのおかげで働かされすぎたライデンは少し不満げだったが、俺とじいちゃんとスラリンで定期的に魔力を送る事で機嫌を取り続けた。最も、セイゲンには一日程しか滞在しない予定なので、すぐに一週間程の旅をする事になり、今度はどうやって機嫌をとるか頭が痛いところだ。
「入口に関しては依頼書を見せればすぐに通れるから、そのままアパートに向かうとして、その後二人はどうする?」
俺はアパートについたらすぐにギルドへと向かって、いなかった間の情報収集してから知り合いのところを回って土産を配る予定だ。
今の時刻は昼前なので、ガンツ親方やカリナさん達は工房や家の方にいるだろうが、ジン達やアグリ達はダンジョンに潜っているかもしれない。なので、ギルドで『暁の剣』やアグリ達の事を聞いて、いないのなら夕方にもう一度訪れてみて、それでも会う事が出来なかったなら、次にセイゲンに戻ってきた時に土産を渡すしかないだろう。
「わしはアパートに残るかのう。久々に長い時間御者をして疲れておるし、ライデンの機嫌もとっておかなければならないしの」
「私はついて行く。待っていてもつまらないから」
「わかった。じいちゃん、悪いけどライデンの事頼む。スラリンは残るのか、ライデンのご機嫌取り頼むな。シロウマルとソロモンは、ついて来てもいいけど大人しくしてろよ」
そういう事で簡単な予定を立てながらアパートへと向かい、馬車をいつもの位置に停めてカリナさん達に挨拶をした。その時にお土産を渡したが、エイミィはすでに王都に行っているので、王都に行った際に直接渡す事になった。
カリナさん達と軽く話をしてから馬車へと戻ると、じいちゃんとスラリンはライデンに魔力をあげたり体を洗ったりしてご機嫌取りを開始していた。
再度二人にライデンや馬車の事を頼んでから、ゴルとジルと二匹の子羊がどうするのか聞いていない事に気がついたのでバッグの中を覗いてみると、子羊Ⅰの方はゴルとジルにまた勝負を挑んで負けたらしく、蜘蛛糸でぐるぐる巻きにされて話せる(意思疎通できる)状態ではなく、子羊Ⅱの方は静かに寝ていた。ゴルとジルはどちらでもいいらしい。
一応ゴル達も連れて行く事にして(ゴルとジルはバッグから出る気は無いようだが、シロウマル達を入れる事があるので)、俺はアムールとギルドを目指した。
体をほぐす意味も込めて少し駆け足で走ったので、ギルドにはすぐに着いた。中に入り掲示板に向かおうとすると、丁度アグリ達がいつもの席に集まっているのが目に入った。
「おお、テンマじゃないか。いつ帰ってきたのだ」
「ついさっきだ。南部のお土産を渡そうと思って、アグリ達を探す予定だったんだ」
アグリ達は全員で今後の活動について話し合いをしていたそうで、俺も話に加わらないかと聞いてきたが、まだ回るところがあるので辞退した。ついでにジン達の事を聞くと、昨日ダンジョンから戻ってきたばかりとの事で、今日は街の中をぶらついているか宿で寝ているかのどちらかだろうとの事だった。
少しの間最近の話をしたが、アグリ達からはあまりいい情報を得る事ができなかった。その代わり、エイミィが王都に行ってしまったので、最近では暇を持て余していると愚痴を聞かされる羽目になった。
テイマーズギルドの面々(特にアグリ)の愚痴から逃げるようにギルドを出た俺とアムールは、次にガンツ親方の工房へと向かった。一応ジン達がギルドにやってくる可能性も考えて、アグリ達にはガンツ親方のところが終わったら一度ギルドに戻ってくるから、ジン達が来たらギルドで待っているか、ジン達の宿で待っていてくれと伝言を残した。
後の予定の事も考えて、少しでも時間をかけない様にとギルドから工房まで走っていったのに、ガンツ親方とは会う事が出来なかった。と言うのも、工房の手前で弟子の一人に捕まり、ガンツ親方の最近の事情を聞かされたからだ。
何でも、俺が出かけてから少し後に親方は貴族の一人と喧嘩した(貴族側の無茶振りに親方が切れた形)そうで、その後始末に時間を取られたせいで請け負っていた数件の仕事の期限があと数日というところまで迫っているらしい。なので、今俺が顔を出して酒などを渡してしまうと、ストレスの溜まっている親方が現実逃避(仕事を放り出して酒盛りを始める)をする恐れがあるらしい。
そういう事だったので声はかけずに弟子に伝言を託し、酒類は預かっておく事にした。その代わり差し入れとして食べものを渡し、親方に気がつかれない様に工房を後にした。
「後はジン達だけど……ん?」
工房を離れてギルド方面へと向かっていると、反対方向から見慣れた四人組が歩いてきた。
「おっ!いたいた!」
「お~い、テンマ~!」
手を振りながらやってくるのは、俺が探していた『暁の剣』だった。合流して話をすると、どうやら俺達がガンツ親方のところへ向かってからすぐにジン達はギルドに顔を出したらしく、そこにいたアグリ達から俺が探していると聞いて親方の工房へと向かう途中だったらしい。
「やっぱり、ギルドで待っていても良かったみたいだね。下手に行き違いになっていたら、くたびれ損になるところだった」
「そうですね。どのみち夜には宿に来ると言っていたそうですから、ギルドで報告や次のダンジョン攻略の話し合いでもしながら待っていても良かったですね」
どうやらメナスとリーナはギルドで待っていたかったそうだが、ジンとガラットが無理やり連れてきたそうだ。
「いや、わざわざ土産を持って来てくれるっていうのに、来てもらってばかりじゃ申し訳ないだろ?」
「それで行き違いになっていたら、テンマの負担が増えるだけだったんだけどね」
「結果的に、テンマと無事に会えたんだからいいじゃないか」
「確実に会える方法を捨ててまで、ギャンブルに出る必要はないという事ですよ。ただでさえダンジョンから帰ってきたばかりで疲れているのに……」
メナス達が不機嫌なのは、疲れているのにジンとガラットのせいで歩かされているからだそうだ。一流と呼ばれる冒険者なのだから体力的にはまだ余裕があると思うが、流石に体と心が休息モードに入っている状態で歩かされるのはきついらしい。
「休息は大事。休める時に休まないと、いざという時に動けない」
「「うっ……すまん」」
アムールに指摘された事で、素直に頭を下げるジンとガラット。アムールからズバッと正論を言われるとは思っていなかったらしく、素直に非を認める事が出来た様だ。
その様子にメナスとリーナは幾分溜飲が下がったみたいだが、それでもやはり歩きたくはない様で、二人の提案で馬車でギルドに戻る事になった。もちろん、その代金(俺とアムールを含めた六人分)は、ジンとガラット持ちとなった。
「それにしても、メナスとリーナはだいぶ疲れているみたいだな」
「まあね、肉体的な疲労よりも、精神的な疲労の方が強いんだけどね」
「テンマさん、聞いてください!この二人と来たら、調子がいいからってどんどん先に進んでいくんですよ!確かに一週間で四階層も潜る事ができたのは嬉しい誤算ですけど、知らないところをそんな速度で進むのは、よっぽどの馬鹿か、頭がおかしい人だけですよ」
よっぽどの馬鹿も頭がおかしい人も、ほとんど意味は同じだと思うが、それくらい無謀な事なんだろう……俺はそれ以上の速度で攻略を進めてきたから、リーナに言わせると、俺はもっとおかしい人なんだろう。
「テンマがおかしいのはいつもの事だけど、普通の人間にあの攻略速度は無理があるからね」
二人はよほど疲れているのか、まともに頭が働いていない様だ。それまで散々言い負かされていたジンとガラットは、気がつかれない様にそっと二人から距離をとりだしたが、流石に馬車の中で『スタン』を使う様な非常識な真似はしない。ただ、
「色々なお土産を買ってきたんだけど……頭がおかしいやつからのお土産なんていらないよな」
そこまで言って、ようやく二人は自分の失言に気がついた様だ。かなり慌てながら、自分達の失言を謝っていた。一通り二人をからかったところで、予定通りお土産を渡した。本来なら日持ちがしないものも含まれていたが、『暁の剣』は全員がマジックバッグを持っているので問題はない。
ギルドに着くまでの間に最近の情報を聞いてみたが、大きな変化はないそうだ。ただ、南部に行く前に価格が上がっていたゴブリンの死体が、安くなってしまったそうだ。一応肥料にする実験は成功したらしく、一定の効果が認められたそうだが、それまでに持ち込まれたゴブリンの死体の数が多すぎたらしく、金に困っている新人の冒険者の為の救済処置的な依頼(安く設定する事で、ベテランなどからすれば手間がかかる上に稼ぎが悪い依頼になった)に変えたそうだ。
「だとしたら、あの時のゴブリンは破棄して正解だった」
「あの時のゴブリン?」
あの時のゴブリンとは、南部自治区に行く途中で寄った村を襲おうとしていたゴブリンの群れの事だ。魔核を譲渡する時にゴブリンの胴体ごと渡したのだが、その時にアムールは、胴体が金になるのなら持っていった方がいいのではないか、というような事を言ったのだ。だが、あの状況で「魔核を取ったあとの胴体はもらう」とか言うのはセコくてカッコ悪いし、あの量のゴブリンを解体し終わるまで待つ時間の方がもったいなかったので、そのまま処理をお願いして村を出たのだった。
「こういっちゃぁ何だけどよ、テンマ……やっぱお前バケモノだわ」
「洞窟やダンジョンの様な封鎖された空間ならともかく、森に陣取っているゴブリンの大群を殲滅するのは、国が軍を派遣しても無理だ。せいぜい、半分討ち取れたら上出来な部類だぞ」
「それを数人で成すのは、非常識ではすまないね」
「確かに群れを殲滅するだけなら魔法使いを大勢集めて、それぞれの魔力が尽きるまで山全体を攻撃させ続けたら可能でしょうが、その山が元に戻るまで何十年もかかるでしょうし、周囲の山も生態系が狂いに狂いまくるでしょうね。そうなれば近くの村は、ある意味ゴブリンの大群に蹂躙されるよりひどい被害を受けるでしょうね」
いつもならバケモノ呼ばわりしたジンに天罰を食らわせるところだが、リーナの分析を聞いて今回は見逃す事にした。まあ、馬車の中で『スタン』などを使ったら、間違いなく馬が驚き事故を起こすだろう。
そのままたわいもない話を続けギルドで降りると、メナスとリーナはジンとガラットにダンジョン探索の後処理を命令して、テーブルでお土産を食べ始めた。
ジンとガラットは、このまま二人に食べ尽くされてはいけないとばかりに急ぎ始めたが、ダンジョン帰りの冒険者達とかち合った事もあり、思う様に手続きが進んでいないみたいだった。
流石にメナスとリーナはお土産を食べ尽くす様な事はしなかったが、ジンとガラットに残された量は、明らかにメナスとリーナより少ないものだった。唯一の救いは、俺が買ってきたお土産が、『暁の剣』で食べるものと、個人で食べるものの二種類買ってきていた事だろう。
一番の懸念であった『暁の剣』に予想より早くお土産を渡せたので、アパートの方へ戻る事にした。
帰る時にジン達から夕食を誘われたのだが、明日から依頼で王都へ向かわなければならないというと、普通の冒険者では考えられないハードスケジュールに驚き、それから依頼主の名前を聞いて納得して同情していた。
ジン達に(まだ残っていたテイマーズギルドの面々にも)見送られてアパートへと戻ると、じいちゃんとスラリンがライデンを布で磨き上げていた。しかも、ライデンの体の光具合からすると、どうやら油も使ってきれいにしているみたいだ。
「おお、帰ったか。もう少しでこちらも終わるからのう」
ライデンを磨き上げるじいちゃんとスラリンは、俺と会話をしながらも決して手を抜く事はしなかった。その話の中でわかったのだが、最初じいちゃんとスラリンは、ライデンを石鹸で洗って流して拭き上げて、で終わる予定だったそうだが、満足しなかったライデンを見て、なんとなくムキになってしまい、ライデンの内部(スラリンの出入り口や脱出口など)をスラリンがきれいにしたり、油を関節に挿したり全身に塗ったりしたそうだ。今は余分な油を綺麗に拭き取っているところらしい。ライデンは綺麗になっていく自分の体を見て、かなりご機嫌な様子だ。
「一応予定は終わらせてきたから、予定通り明日出発できるよ。それと、あと少ししたら夕食だから」
「うむ、わかった」
今日は早く寝て明日に備えなければならないので、俺はすぐに夕食の準備に取り掛かった。あまり手の込んだものは作らなかったが、安全な(旅の間も結界を張っていたので、安全といえば安全だったが)場所での食事は久々だった。
「それじゃあ、風呂に入った後は、アムールがアパートで、俺とじいちゃんが馬車で就寝だな」
ごく当たり前の事を言った筈なのにアムールは納得せず、じいちゃんと寝場所を交代しようと交渉をしていた。流石にじいちゃんは断っていたが、あと少しで説得に応じてしまいそうになっていたのを見逃さなかった。今後は一層気をつけなければならない。
次の日の朝、俺達は予定通り王都へと出発したが、今回は見送りに来たのはエイミィの家族だけで、それも純粋な見送りというよりも、エイミィへの言付けを頼むついでのような形だった。ジン達やテイマーズギルドの面々は恐らく寝坊(もしかしたら昨日渡したお土産が原因かも知れない)で、親方は弟子達に見張られて依頼をこなしているのだろう。