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第9章-13 隠れ里での苦い経験

お待たせして申し訳ありませんでした。

だいぶ調子が戻ってきたので、少しずつペースを戻していけるように頑張ります。



「ここが目的の村?」


「特に変わったところは見えない」


 俺の呟きを聞いたアムールがそう返してきた。確かにその通りで、俺が感じた事をアムールが代弁した形だ。そしてじいちゃんも同じ様な感想を抱いた様で、口には出さずに頷いていた。


「まあ、見た目が違うだけで、生き方自体に違いがあるわけではないからな。隠れ里という以外には、普通の村と違いはない」


 俺達の疑問に答えたのは、何度もこの村に来た事があるというブランカだった。確かに彼らは見た目が違うだけで他は獣人と変わらないのだから、生活に違いが出るはずはなかった。むしろ、森を中心に生活する生き方は、ククリ村での生活に近いのかもしれない。

 俺達はしばらく村の中を真っ直ぐに進み、村の中でも一際立派な建物の前で足を止めた。


「ここが村長の家だ。ハナ様がいるから大丈夫だと思うが……もし村長に危害を加えたりしたら、この村の全てが敵になると心得ておいてくれ」


 ここで案内役の三人は役目を終える様で、虎顔の男の言葉と共に村長の家の前から離れていった。三人の姿が見えなくなったところで、念の為に使った『探索』によると、三人は姿を消したと同時に村の仲間と合流した様で、だいぶ離れた位置で隠れて待機しているみたいだった。ちなみに、その隠れている人達に、ハナさん、ブランカ、アムールは気がついていないみたいだったが、じいちゃんは隠れている方向が全て分かっている様で、さりげなく視線を向けて場所を確認していた。


「ここの村長の事は穏やかな人で滅多な事では怒らないから、普通にしていれば大丈夫よ」


 隠れている人達の事で静かになった俺とじいちゃんを心配したのか、ハナさんがそう言って村長の事を教えてくれた。そしてそのまま、ろくな挨拶もせずに家の中へと入っていく。

 

「早く来なさい。村長も待っているわ」


 そのまま入っていってもいいものかと躊躇する俺達(ブランカ含む)に、ハナさんは扉から体半分覗かせて手招きをした。家は日本の田舎にありそうな古民家といった感じで、中もそのまんまテレビで見た事のある様な作りだった。

 

「ほら、早く入って」


 ハナさんはまるで実家にでも帰って来たかの様な気軽さで玄関を上がり、近くの襖を開けて中へと入った。部屋の中には年老いた(様に見える)虎顔の獣人がいた。


「遠慮せずに、こちらに来なさい」


 中にいた虎顔の獣人は思った通り老人で、さらに女性だった。虎顔の老女は優しげな声で俺達を迎え入れ、自分の席の向かいに座る様に言った。ハナさんによると、この人がこの村の村長であり長老でもあるとの事だ。

 念の為周囲を警戒しながら席に着いたが、近くにある気配はここまで案内してきた者とは違う獣人(護衛の様で、部屋のすぐ近くで控えている)と、数名の女性と思われるものしかなかった。なお、女性の気配は台所に集まっており、家族かお手伝いさんかと思われる。実際に席に着いたすぐあとで女性の一人がお茶を持ってきたが、どう見ても普通(と言っても猫顔だったが)の女性だった。


「これは……緑茶?」


 猫顔の女性が持ってきたのは完全な緑茶で、こちらでも名前は緑茶で通用した。南部では昔から緑茶は人気が高く、今でも飲み方や入れ方、品種改良などが盛んに行われているらしい。ちなみに俺達に出された緑茶は通常の飲み方の熱いお茶だったが、長老のものは十分に冷まされたものみたいで、湯気はたっていなかった。


「私達は頬袋の使い方が下手だから、熱いと飲みにくいのよ」


 と、俺の視線から疑問に思った事を察した長老が、その疑問に答えてくれた。その他にも咀嚼するという事も苦手だそうで、そういった食事の面からもナナオの様な獣人の街で生活するのはなかなか大変なのだそうだ。


「もっとも一番の理由は、同じ獣人の中にも差別意識を持っている人がいる事なのよ」


 なのだそうだ。これは獣人達、特に若い世代の人達の中には、目の前の長老の様な動物の顔をした獣人が存在する事を知らない者もいるらしく、昔は動物顔の赤ん坊を産んだ女性に対し、「魔物の子を産んだ」と言って迫害や暴行を加えたり、子供を魔物と言って殺してしまう事も普通にあったらしい。一応ハナさんなどの様に街や村のトップなどは知っていたり、ある程度年を取った獣人は上の世代の人達から教えられるらしいが、上の世代の中には強い拒否感を持つ人もいるそうだ。若い世代に教えられていないのは、魔物に近い種族かも知れないという混乱を防ぐ為の昔からの風習らしいが、現在その風習を止めて、小さな頃から動物顔の獣人がまれに産まれてくる事があるというのを教えようとする話し合いが行われているらしい。


「そうすると実際に見てもらわければならなくなるんだけど、それはここで暮らしている様な人達をさらし者にする形になるから難しいのよ。しかも、こういった村に住んでいる人の中には、昔周りから差別を受けたり命を狙われた経験を持つ人もいるからその分仲間意識が強く、仲間が見世物の様にされるのに強く反発する人もいるし」


 との事で、色々と難しいのだそうだ。しかも、仮にそれらをクリアして、他の獣人達と暮らせる様になったとしても、今度は人族の国との摩擦が生まれる可能性もあるとの事だ。

 そもそも南部自治区が出来た最大の理由は、昔人族に追いやられた獣人達が大勢いたからである。追いやられた理由の中には、動物の耳や尻尾を持つ獣人を、人族が自分達と同じ人間ではないとして、迫害したというものがある。今でも獣人を同じ人間とは認めず差別する人族がわずかながらに存在し、しかもその中には貴族やそれに近い権力を持つ者もいる。そんな者達が隠れ里の事を知ったら、差別意識をさらに強めてしまうかもしれない。そいつらが結託して正面からかかってくるならまだいいが、ゲリラ作戦の様なものを取られると、村や小さな町単位では高い確率で全滅する恐れがあり、そうなると人族の国と南部自治区の戦争へと繋がる恐れがある。


「意識改革するにしても、南部だけではすまないのが一番の問題かもね」


 ハナさんの言葉に、虎顔の老女も同意するように頷いた。ハナさんはすぐにでも取り掛かりたい問題らしいが、長老の方はまだまだ取り掛かるには長い時間が必要だと考えているみたいだった。


「それで、俺達をここに連れてきた理由は?」


「ん? もうほとんど終わっているわよ。ただ、この様な村があると知っていて欲しいだけだったし、アムールは子爵家の一員として、いずれ連れてこなければならなかったからね」


「要するに、王家や有力貴族に影響力のあるわしとテンマに、いざという時の緩衝材、もしくはそれとなく王家に現状を伝えて、あちら側にも対策を取って欲しいといったところかのう?」


 アムールはともかくとして、知っておいて欲しいというだけで俺達を連れてくる理由にはならないと思っていると、それまで黙ってお茶をすすっていたじいちゃんが口を開いた。そして、ハナさんの顔を見る限り、じいちゃんの考えは大当たりの様だ。


「……その通りです。この問題を私から持ちかけるわけにもいかないので、間接的に伝えて欲しいのです」


 このデリケートな問題を南部自治区のトップが漏らすと色々と問題視する者もいるとの事で、この様な形を取ったとの事だ。ちなみに俺をこの村に連れてきたというのがバレると、それはそれで問題にされるんじゃないかと言うと、そちらはたまたま子爵家の森へ採集に向かった俺達が、たまたま狩りに来ていた村の男衆と鉢合わせてしまい、秘密を守らせるよう説得する為に、仕方なく村に案内したという筋書きにするそうだ。かなり無理がある筋書きだが、本当に偶然(・・)の可能性がある以上、関係者が口を揃えている限りはなんとかなるそうだ。ちなみに、ハナさんとブランカが一緒だった理由は、俺達が禁止区域(隠れ里付近)に近づかない様に監視する目的だった……という設定なのだそうだ。


「取り敢えず、王様に話を通せばいいんですね。まあ、マリア様なら、南部で何があったか根掘り葉掘り聞いてくるでしょうから、うっかり口を滑らしときます。それにしても、このお茶美味しいですね」

「お茶のいいのが家にあったはずだから、お土産に渡すわ」

「ついでにこの茶葉の苗も欲しいのう」

「手配します」


 ハナさんのお願いを聞くので、こちらもお願いをする事にした。まあ、あちらのお願いの対価にするものとしてはそうとう可愛いものだろう……と言うか、王家へのお使いの対価がお茶と苗木というのは、誰がどう考えても釣り合っていない。それが分かっているからこそ、先程からハナさんは頭を下げたままなのだろう。弱みに付け込んだ形だが、これでこの緑茶の苗を手に入れる事が出来た。上手くいけば自家製の緑茶が飲めるかも知れないし、ダメだったとしても子爵家経由で茶葉を購入すればいいだけだ。


「お茶菓子の代わりではないけど、丁度うちの木に実がなっていたからどうぞ」


 そう言って長老が持ってこさせたのは、赤い小さな実だった。どうやって食べるのかと思っていたら、アムールが赤い実を数個掴んで、そのまま口に入れた。どうやら中心部には実の半分近くを占める大きさの種があるらしく、口の中で種の周りの実を削ぎ取って食べ、残った種を吐き出す様にするみたいだ。ザクロやアケビと同じ様な食べ方だな。


「この実は甘酸っぱくて後を引く美味しさなんだけど、食べ過ぎると夜眠れなくなるから気をつけてね」


 とハナさんが注意してくれた。俺はその話を聞いてやっぱりなと思った。なぜなら、俺はこの種を見た事があるからだ。もっとも、生のものは見た事がなかったし、この世界で見たわけではないが、加工された種と本やテレビで見たものと全く同じだったからだ。この実の正体は……


「『コーヒーの実』ですか?」


「よく知っているわね。この実は南部の一部でしか栽培されていないし実も小さいから、南部以外では流通はされていないのに」


 といった感じに、ハナさんとブランカと長老は少し驚いた様に感心していた。アムールはこちらに視線を向けていたが、感心するよりもコーヒーの実を食べる事を優先している様で、皆の注意が実からそれている今がチャンスとばかりに、口いっぱいに実を頬張っていた。


「これの苗ももらえますか?」


「ん~……ちょっと無理だと思うわ」


 コーヒーを常飲する程の収穫は出来ないと思うが、少しあるだけでもお菓子の幅が広がりそうなので聞いてみたが、ハナさんに断られてしまった。一部でしか栽培されていないとの事なので、コーヒーの苗は貴重なものなのかと諦めていたら、どうも少し様子が違う様だ。


「いや、コーヒーの苗も大して貴重なものじゃないから、譲る事自体は問題無いのよ。問題なのは、王都の気候ね」


 ハナさんによると、コーヒーの木の育成には一年を通して温暖な気候であるのが一番大事な条件だそうで、多少寒くなる時期があったとしても実はなるが、冬になると雪が降る様な王都の気候では、実がなるどころか木がまともに成長するかすらわからないらしい。ちなみに、南部自治区では雪を見た事がないと言う人は珍しくなく、記録にある限りでは南部の平地で雪が降ったというものは残されていないそうだ。ただ例外的に、南部自治区にいくつかある数千m級の山の山頂や中腹の辺りでならば、雪が降ったり積もったりもするらしい。


「それなら諦めた方がいいですね。観賞用として欲しいわけではないですし。実ができても、コーヒーが飲める程は採れないでしょうしね」


「コーヒーを飲む? どういう事?」


 何気なく言った言葉に、ハナさん達(じいちゃん含む)が反応した。そして、話の内容から食べ物関係だと感じたのか、今度はアムールが五人の中で一番大きな反応を見せた。

 前世でコーヒーは何度となく飲んできたが、流石にコーヒー豆を焙煎する段階からは経験した事がなく、せいぜいコーヒーミルで何度か挽いた事があるくらいだ。なので、見聞きしたうろ覚えの知識を元に、なるべくわかりやすく説明したつもりだったが、あまり伝わらなかった様で、実際にやらされる事になった。

 豆を煎るのはフライパンで代用し、コーヒーミルの代わりは布を巻いたカナヅチを使った。本当は均一になる様に豆を挽かないといけないのだが、道具がない以上仕方がないと諦めた。代わりにザルで大まかに分けたので、何もしないよりはマシだと思う。

 俺のやった事のある入れ方はドリップコーヒーと水出しコーヒーだが、水出しは時間がかかるので今回は除外した。ドリップコーヒーに必要なドリップペーパー(という名前かは知らんが、いつもそう呼んでいた)は薄めの布で代用し、実際にコーヒーを作ってみたが……


「「「「「「にっがっ!」」」」」」

 

 と飲んだ皆で同じ感想を同時に叫んだ。なお、長老はコーヒーを飲もうとした時に、部屋の外で控えていた護衛が毒見として代わりに飲んだので、被害に遭わなかった。


「これって、こんなに苦いものなの?」


 ハナさんが口直しのお茶を飲みながら俺に聞いてきたが、実際にこれがこの世界のコーヒーの味なのか、ただ単に俺が失敗しただけなのかはわからないので、「俺も話に聞いただけだからよく分からない。ただ、コーヒー自体は元々苦いものだと聞いている」と答えた。


「取り敢えず、こんな感じで飲むそうです……一応、水で薄めたり、砂糖や牛乳を混ぜて飲んだりもするそうです」


 念の為、水で薄めたり砂糖や牛乳を混ぜて飲んでみたが、それでも苦味が勝っており、美味しいとは言えない味だった。もしかしたら焙煎の段階で失敗しているのかもしれないので、時間と豆があれば実験してみたい。


「この味なら、無理にコーヒーを飲まなくてもいいわね」


 と言う長老の一言が、今回の結論となった。ただ、これまで捨てていた余分な種が売り物になるのなら、南部の新たな特産品になる可能性もあるので、細々とになるとは思うが研究していくのだそうだ。『細々と(・・・)』というのは、単に取れる種が少ないのと、今後の需要を見越してまずは苗の生産を上げていかないといけないからだ。

 

「そろそろ食事にしましょうかね」


 と長老が言うと、それまで台所にいた女性達が大皿に乗った料理を次々と運んできた。ナナオでは一人一人に料理が分けられていたが、一般の家庭では基本的に大皿に乗った料理を各自で小分けして食べるそうだ。

 出された料理は野菜と鶏肉の煮物や味噌煮といったもので、日本からの転生者が大きく関わっていると思われる味だった。

 料理の後はハナさん達の案内で村の中を散歩して(恐らくは村の人達に対する顔見世の意味もあったのだと思う)、日が暮れる前に村を出発する事になった。帰り際に長老から薬草や料理のお土産をもらった(薬草はここに採集に来たと言うアリバイ作りの為で、料理は特に特産物がないので代わりに、という事だった)。まあ、お土産の料理はナナオに帰る前に食べてしまい(ほぼアムールとうちの食いしん坊コンビで)ロボ名誉子爵に対するお土産はなくなってしまった……と言うか、ロボ名誉子爵の存在自体、皆揃って忘れていたのだった。

修正点があります。

紅茶と緑茶は発酵段階の違いだから、お茶の木自体は存在しているはず、というご指摘をいただきました。

テンマよりも茶葉の違いを知らないマーリンの方がこのお茶の苗が欲しいといった感じで書いていましたが、両者の心の内を書いていないので分からない書き方になっていました。

なので、出されたお茶は品種改良されたもので、そのお茶の木の苗が欲しいという形に変えました。

同じ様な疑問を持たれた方が多いと思われたので、こちらに記載させていただきました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 苦い経験(飲み物)とは思わなかったw
[一言] あ~ ヒト族と、獣人の差別じゃなくて、先祖返りと、獣人の差別か~ 先祖返りは、難しいよね~(>_<) 特に、見た目が遠目にも判るほどに違うとなると…………… こう言うのは…
[一言] コーヒーは豆を取り出す方法が間違って居たから味が悪く成ってしまったみたいだね。 まあ、身を付けたまま乾燥させたり、水洗いしながら身を取った後に発酵させてから取り出したり、発酵後に乾燥させて…
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