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第9章-11 相撲大会の優勝者はウザかった……

投稿が遅れて申し訳ありません。

体調が思っていた以上に悪く、作業が進みませんでした。

今後も更新が遅くなると思いますが、ご了承ください。

「これより、相撲大会を開始します。選手、入場!」


 ハナさんの宣言で、俺達の入場が始まった。先頭は今回ワイバーンを討伐した部隊の代表二名で、続いて俺とじいちゃん、その後ろに予選を勝ち抜いた三人で、最後にブランカだ。これはハナさんから指示された並び順で、最初の二人は今回の功労者として一番手、俺とじいちゃんはゲストで二番手、三人は予選を勝ち抜いたので三番手、ブランカは身内枠で最後なのだそうだ。

 上位者達に教わった作法を思い出しながら土俵の上で挨拶を済ませて控え室に戻ると、すぐに俺の名前が呼ばれた。今回の組み合わせは、俺達が控え室にはけてすぐにクジ引きで決められるので、選手は直前にならないと対戦相手がわからない仕組みになっている。

 

「俺はついてるな。早々に名を挙げられる」


 そう言って笑うのは、予選を勝ち抜いた猪の獣人だ。体格でいうと俺よりかなり大きく、今回の参加者の中では熊の獣人、ブランカに続いて三番目の大きさである。


「俺の方がついてるかもな。猪は猪突猛進というし、かわせばそのまま場外まで一直線だからな」


 猪の獣人はどうも俺を見下している様なので、俺も負けじと挑発の言葉を口にした。なお、本物の猪の身体神経はかなり高く、全速力で走りながら急停止したり、走りながらほぼ直角に曲がったり、一mくらいの障害物なら簡単に飛び越える事もあるらしく、猪突猛進というのは間違いなのだそうだ。


「この、クソガキがっ!」


 だが、この挑発は男の癇に障りまくった様で、衆人環視の前でなければ俺に飛びかかってやるというくらい、顔を真っ赤にしていた。俺はそんな男の顔を見て、口元を手で隠しながらプッとわざとらしく音を出すと、男の顔は一層赤くなっていた。

 観客には俺達の声は聞こえなかったみたいだが、言葉を交わしていたのはわかった様で、男が挑発された事も、その挑発に乗った事もわかったみたいだ。そのせいか、まだ塩をまく前だというのに、会場は大いに盛り上がった。まあ、見た目からして体格差がありすぎるのに、大男が子供に舌戦を仕掛けて逆に負けた様に見えるのだ(実際に負けているが、観客にはどっちでもいいのだろう)。観客からすれば試合前のいい余興に感じるのだろう。

 取り敢えず、前哨戦は俺の完勝という感じで、気持ちよく土俵に塩をまく事が出来た。しかし、少し挑発しすぎたかもしれない。何せ、土俵の中央付近で手を着く頃には、男の顔はまるで赤鬼の様に怒気に溢れていた。


「はっけよい、残った!」


「ふっ!」


 行事の掛け声と共に、俺は男の懐に一気に潜り込んだ。流石にあれだけ猪突猛進と馬鹿にすれば、飛び出してくる事はないだろうと判断したからなのだが、男はまんまと俺の策に引っかかっていた。しかも、立ち上がった瞬間の事だったので、その状態で驚いてしまった男は、俺にとって運のいい事に腰の位置が高かった。

 

「くそっ!」


 男は焦ってけたぐり(の様な技)を出してきたが、俺は勢いが付く前に素早く太ももを抱き込み、そのまま男を後ろに押し倒そうとした。


「舐めるなよ、クソガキ!」


 男は倒される前に体を俺の方へと倒して伸し掛ろうとしたが、そのせいで完全に男の(重心)が俺の(重心)の上に来る事になった。


「せぇのっ!」


 男の体が俺に密着した瞬間に、俺は男の足を引っこ抜く感じで持ち上げ、それと同時に裏投げの要領で腰を捻りながら男を後ろへと投げ飛ばした。

 男は俺の倍以上の体重だと思われるが、重心が浮いていた上に、俺に伸し掛ろうとした時の勢いのせいで簡単に投げ飛ばされた上に、勢い余って土俵の外まで転がっていった。

 俺も半ば捨て身技を放ったせいで、土俵に背中を着けてしまったが、明らかに男の方が先に土俵に叩きつけられていたので、問題なく俺に軍配が上がった。

 あっさりと決着が着いた事に観客は驚いていたが、すぐに大歓声で俺の勝利を讃えてくれた。そして意外な事に、負けた男に対する酷評はあまり聞こえてこなかった。どうも、相手が弱かったというよりは、俺の作戦が上手くハマったという評価の為らしい。まあ、中には相手を笑う声も聞こえてくるが、それは仕方がない事だろう。


「取り敢えず、目標は達成だな」


 本来は男が土俵に戻ってきてから勝ちを宣言されるのだが、今回は男が土俵から転がり落ちた弾みに気を失ってしまい、そのまま担架で運ばれていってしまった為、相手を待つ事無く勝ちを言い渡されて土俵を降りた。


「いい勝ち方だったな」


 控室に戻る途中で、次の試合に向かうブランカに褒められた。


「ありがとな……っていうか、次はブランカとかよ」


 もちろん、まだブランカが勝つと決まったわけではないのだが、対戦相手の顔を見るだけで結果は決まっている様なものだ。何せ、ブランカの相手はワイバーン討伐組の一人で、ブランカの部下の様な人物だ。これだけなら八百長を疑う者もいるだろうが、どう考えても八百長するまでもなく力の差がありすぎるみたいだ。何せ、一番力の差がわかっている対戦相手の顔が、真っ青を通り越して真っ白になっていた。


「……ブランカ、間違っても殺すなよ」


「誰が殺すか!あいつも本来の実力を出せば、南部の上位も狙えるくらいの力は持っているんだがな……」


 ブランカはそう言っているが、あの様子ではそんな力を持っている様には到底見えない。俺の思っている事がわかったブランカは、苦笑しながら土俵へと向かっていった。そして案の定、開始直後に相手はブランカに押し出しで負けた。

 その次の試合は、ワイバーン討伐組の残りの一人と熊の獣人だった。討伐組の男もかなりいい体格をしていたが、熊の獣人と比べると見劣りしていた。試合結果、予想通り熊の獣人が勝ったのだが、かなりの辛勝……と言うか、試合内容としては負けていた。

 体格に勝る熊の獣人は終始力任せに攻めていたが、討伐組の男は体格と力に負けているのを技術力で補い、後一歩のところまで追い詰める事に成功していた。そのまま勝負が決まるかと思われた瞬間、熊の獣人が破れかぶれに放った張り手の一撃が肩に命中してしまい、一瞬よろけたところを攻められて、押し出しで負けてしまった。まぐれ勝ちに近い内容だった事は熊の獣人が一番分かっている様で、勝ちを告げられた後も、苦い顔のまま土俵を去っていった。

 先ほどの討伐組の男の戦い方は、俺にとっては参考になるものだった。ただ、ブランカに通用するかと言われれば、NOと言わざるを得ない。なぜなら、俺と討伐組の男では体格に差がありすぎるし、熊の獣人とブランカでは力量に差がありすぎる。あくまであんな戦い方もあるという程度に考えるしかない。


「ところでテンマ、わしの試合は見ていたかのう?」


「ん?……ごめん、見てない」


 ブランカ対策に夢中になっている間に、いつの間にかじいちゃんの試合は終わっていた。ちゃんと見ていたというブランカが教えてくれたのだが、虎の獣人と正面からぶつかり、そのまま吹き飛ばしたらしい。相手は吹き飛ばされた時に土俵に尻餅をついてしまい、そのまま決着となったそうだ。

 今回の様な選抜者同士の大会で、あそこまで力の差を見せつける試合はとても珍しいらしく、観客はじいちゃんを大いに讃えたらしい。


「じいちゃんの試合を見逃したのは惜しいけど、それよりも次の試合だな」


「おう。よほど考え込んでいた様だが、何かいい方法を思いついたか?」


「何通りか考えてみたけど、どれも通用しそうにないな」


 そんな事を言っていいのか?という顔をするブランカだが、それ以外の方法を試せばいいだけだと言うと、ニヤリと笑った……とても、父親になる様な男がする様な顔ではないと思ったが、それを言うと何となくブランカが落ち込む様な気がしたので今は言わない事にした。


「取り敢えず、名前も呼ばれたから行こうか?」


 どこかの戦闘民族の様に、ワクワクしてきた!といった感じのブランカと共に土俵へと向かい、塩をまいて位置についた。


「はっけよい、残った!」


「ほいっ!」


 行事の掛け声とほぼ同時に俺は両手を前に出して、ブランカの顔の前で手をパチンと叩いた。いわゆる『猫だまし』を仕掛けたのだ。

 流石にこんなのに怯むブランカではないが、反射的に俺の手を取ろうとしたのか、一瞬だけ動きが鈍った。恐らく、予想外の動きに判断が追いつかなかったのだろうが、そのおかげで作戦その一は成功した。


「よし!入った!」


 俺はブランカの隙を突いて懐に潜り、左足で小内掛けをしながら右手でブランカの左足を抱え、左手で回しを取りつつ肩でブランカの胸を押し上げた。この技は相撲の決まり手の一つで、『三所攻め』というものだ。前世で相撲の特集を見た時に知った技をぶっつけ本番で使ってみたが、思った以上に上手い具合に掛ける事が出来た。


「ぬっ!とっと……」


 流石に相撲経験者のブランカも、小兵に懐に潜り込まれた事はあっても、ここまで密着された事は無かった様で、土俵際まで追い詰める事ができた……そう、追い詰める事が出来ただけ(・・)なのだ。作戦ではこのまま押し出しで勝負を決めるつもりだったのだが、そうは問屋が卸さなかった様だ。


「危ないところだったが……捕まえたぞ!」


 ブランカは器用にバランスを取りながら右手で俺の回しを取り、劣勢から自分有利の状況へと持っていこうとしていた。


「なら、勝負!」


 完全に不利な状況になる前に、俺は左足をはね上げながらの内股風の投げを狙った。


「そいやっ!」


 対するブランカは、足を掛けられている事などお構いなしに、力任せの上手投げで対抗してきた。しばらくの拮抗の後、互いに数歩分ケンケンで移動して、俺とブランカは同時に土俵の外へと落っこちた。

 行事が他の審判を呼び、しばらく協議した結果……


「勝者、ブランカ!」


 だった。観客の中には、審判の判断に文句を言っている者もいた。何せ、同時に技を繰り出して、同時に土俵下に落ちた様に見えるのだ。最低でも仕切り直しだろ!という声も聞こえる。更には文句を言っている観客の中に、ごくわずかだが子爵家有利の判定を下したと叫ぶ者もいた。

 まあ、この結果に俺は納得していたので、審判に文句を付ける事無く土俵を去った。ちなみに、俺の敗因は『徳俵』の差だった。たまたまブランカの踏み出した場所が徳俵の分だけ土俵が広く、俺の足が先に土俵を割ってしまっていたのだ。

 当事者の俺が大人しく土俵を去り、審判達からの詳しい説明がなされた事と、土俵に残っていた俺とブランカの足跡で、観客達の騒ぎはようやく収まった。


「おしかったのう、テンマ」


「相手がブランカじゃなければ、あのまま投げれたんだけどね」


 正直、あれがブランカではなく、まだ体格差の少ないじいちゃんだったなら、俺は決勝に進んでいただろう。最も、じいちゃんなら、あの体勢になる前に何か対策を打っていただろうが。


「なるほど、テンマの敗因は運の無さだな。まあ、あの条件で俺と張り合う事自体おかしいんだけどな」

 

 遅れて戻ってきたブランカが、俺とじいちゃんの話に加わってきた。流石に勝負の結果でギクシャクする様な仲ではないので、上機嫌ではあるものの、いつも通りのブランカだった。


「まあ、勝負は時の運とも言うし、テンマが負けたのは仕方の無い事じゃが……仇は取らせてもらうからの」


「楽しみにしてますよ」


 そんな軽口を叩く二人だが、じいちゃんの決勝戦進出を賭けた試合はこれからなのだ。つまり……


「俺を無視するなぁ~~~!」


 相手の熊の獣人も、ここにいるという事なのだ。二人は完全に忘れていたといった顔をした後で、熊の獣人に謝っていたが、それが男のカンに障った様で、怒りを倍増させただけだった。まあ、一回戦の試合内容からすると、熊の獣人ではじいちゃんの相手にならないだろう……最も、じいちゃんの試合を見忘れた俺が言うのもなんだが……


「勝者、マーリン!」


 結局、予想通りじいちゃんの完勝で、試合は終了した。熊の獣人は呆然としたまま控室に戻ってきて、隅っこで落ち込んでいた。ちなみに、決まり手は『吊り出し』。じいちゃんは組み合った直後に完全に相手を持ち上げた状態で、土俵の外に出したのだ。これでは落ち込むのも無理はない。


「まあ、あれだけ腰が高ければ、持ち上げるのも難しくはないからのう」


 じいちゃんに言わせれば、相手との力量の差や重心の下に潜り込んだから出来たという事だが、それでも老人が持ち上げる様な重量ではない。

 何はともあれ、これで決勝はブランカとじいちゃんという事となり、予想通りというか予定通りというかといった組み合わせとなった。

 決勝戦の前に休憩を挟むそうなので今のうちに食事を済ませる事にし、会場の周りに並んでいる屋台で料理を購入する事にした。まだ余裕があるので、少しくらいなら控え室を離れても決勝戦の時間には間に合うだろうと思ったのだが……屋台の方で予想外の事が起こってしまった。


「こいつももってけ!」

「うちのは焼きたてだから、一番美味いぞ!」

「もっと食べて大きくなったら、次はブランカに勝てるわよ!」


 といった具合に、相撲を見ていた人達に囲まれてしまった。最初のうちは、俺に気が付いた人がいい相撲だったと声をかけてきただけだったのだが、次第に人が増えていくにつれ、屋台に買い物に来たのだと気が付いた店主達が、競う様にして自分の売っているものを持ってきてくれたのだ。

 あまりに多くの人に囲まれた為、身動きがとれずに困った事になってしまったが、俺に対する好意からそうなってしまっただけなので無下にする事も出来ず、解放されたのは決勝戦が始まるほんの少し前だった。解放された理由は、囲んでいた一人が俺とじいちゃんの関係を思い出し、周りの人達に伝えた事で道を開けてくれたからである。


「なんとか間に合った……」


「ほんと、危ない、ところ……だった。げふっ!」


 控室に戻ると、丁度じいちゃんとブランカが土俵に入ったところだった。あと数分もすれば、試合が始まるだろう。ちなみにアムールの言った『危ない』は、時間ギリギリで間に合った事を言っているのではなく、屋台から控室に戻る間に、屋台で入手した串焼きを走りながら食べていたせいで、肉をのどに詰まらせて窒息しかけた事を言っているのだ。なお、それでも懲りないアムールは、控え室で席を確保した今もおいしそうに串焼きなどを頬張っている。うちの食いしん坊二匹を従えながら……


「取り敢えず、食べながら見るか」


 土俵がよく見える場所まで椅子を動かし、先ほどもらった食べ物を取り出すと、いいタイミングで試合が始まったのだが……


「テンマ、飽きた」

 

「まあ、さっきから大きな動きがないからな」 


 試合開始からおよそ五分。じいちゃんとブランカは、土俵の真ん中で相四つの状態で膠着したままなのだった。俺からすると、二人は動きがない様に見えて、実際は細かなフェイントや駆け引きが繰り返されているのが分かるので目を離す事ができないのだが、アムールの様に豪快な決着を期待している観客達には不評みたいだ。更に五分膠着状態は続き……


「離れて!仕切り直しだ!」


 行事が水入りによる仕切り直しを告げた。ここまで来ると、不満を漏らしていた観客も自然と息を殺して二人の相撲を見ており、その反動からか行事の声と同時に大きな歓声が上がった。


「もっと早くにやり直せば良かったのに」


 最も、派手な戦いを望んでいた観客もそれなりの数がいた様で、アムールと同じ感想を漏らす者も少数ではあるが当然の様にいた。

 そんなアムールは相撲に集中せずに、シロウマルとソロモンと競う様に屋台の食べ物を頬張っていた。そのせいで、俺の食べる分が大幅に削られている。一応、相撲を見ながら串焼きなどの食べやすいものを手に取っていたので腹ぺこという事はないが、この分だと確実に物足りなくなりそうだ。


「まずは、試合が再開される前に食えるだけ食っとくか」

「それがいい」


 誰のせいでそんな選択をしないといけないのか分かっていないアムールを無視して、俺はまだ食べていないものを中心に自分の皿へと確保した。確保した時、シロウマルとソロモンが当然の様に俺の横に陣取ったが、二匹に分ける程の余裕はないので無視した。 


「はっけよい、残った!」 


 仕切り直しで展開も変わるかと思われたが、先ほどの再現の様に土俵の中央付近で二人の動きが止まった。ただ、先ほどと違う点が一つだけあった。それは、ブランカがもろ差し(両手を相手の脇の下に入れて回しをとる事)を決めた事だった。

 ブランカは一般的に有利な体勢と言われるもろ差しの状態に持っていった事で、しばらく中央で拮抗した後、徐々にじいちゃんを押し始めた。じいちゃんもできる限りの事はしていた様だが、抵抗虚しく寄り切られて負けてしまった。

 じいちゃんが土俵を割った時、会場は地元の選手が勝った事で大いに盛り上がった。中でも、一番の歓声をブランカに送っていたのはサナさんだった。

 サナさんは、いつものお淑やかな感じからは想像できないくらい興奮しており、サナさんの妊娠を知っている周囲の女性達からなだめられていた。


「じいちゃんとブランカの差は、応援の差だったか」


 なら応援しろよと言われそうだが、ブランカを応援していたのはサナさんだけではないので、俺だけでは応援の量も質も埋める事は出来なかっただろう……と、今のうちに言い訳を考えておこう。絶対にじいちゃんに何か言われるから。


「むしろあれだけの応援で勝てなかったら、今後相撲がある度に、ブランカは周りにからかわれる」


 確かに、周りに悪気は無いだろうが、話のタネとして話題に上がるのは間違いないだろう。あの南部上位者達は特に。


「そういえば、この相撲大会は優勝しても賞金は出ないんだよな」


「一応『神事』という建前だから、得られるのは名誉だけ。その割には賭けを許しているけど」


 なんだか矛盾している様にも感じるが、実際に戦う側には『神事』であっても、見ている方には『祭り』だという事なのだろう。


「名誉だけというのもかわいそうな気もするけどな。妊娠祝いと合わせて、何か贈れるものがあったかな?」


 そんな事を言いながらマジックバッグを漁っていると、それまで静かにしていたスラリンが俺に近づいてきて、ディメンションバッグの中に入っていった。

 何かいい考えでもあるのかとスラリンがバッグ出てくるのを待っていると、しばらくしてスラリンがゴルとジルを伴って出てきて、俺の前に金銀二種類の丸い玉を吐き出した。


「これは……ゴルとジルの糸か?」


 糸玉は絹の様な手触りで、少し解いて色を確かめると、透明感のある金色と銀色だった。


「売ったら、いくらぐらいになる?」 


「知らん」 


 アムールが糸玉を手にとった後でそんな事を聞いてくるが、俺自身初めて見るくらいなので値段など知る由もない。ただ、アグリの話が本当ならば、この糸玉(直径、約十五cm)の価値は計り知れないものだろう。

 

「まあ、いいか」


 ブランカとサナさんには世話になっているし、元々存在を知らなかったものだから、別に手放してもいいだろうと考え、この二つの糸玉をプレゼントする事にした。


「そういえば、ハナさんとサナさんにアムールの鎧と同じ様なやつを頼まれてるんだった。そろそろ取り掛からないと」


 サイズはアムールの物を参考にすれば問題ないだろうから、聞かなくても大丈夫だろう。もし合わなかったら、サナさんが手直しするだろうし。

 材料はスピアーエルクの皮を鞣したものがあるので、それを使えばいいだろう。ちなみに、鞣したのはスラリンだ。スラリンはスライムの特性を活かして(体内で獲物を溶かして食べる事。それに加えて、スラリンは溶かすものを選ぶ事が出来るので、皮に付いていた肉や油などの不要物だけを消化した)加工したので、すぐにでも作業に入る事が可能だった。


「テンマ~……何故すぐそばで応援してくれなかったのじゃ……」


 今後の計画を練っていると、案の定戻ってきたじいちゃんが開口一番に応援の事を言い出した。そこで先ほどの言い訳を口にしたのだが、それでもじいちゃんは納得しなかった。

 どうやってじいちゃんを言い包めようかと考えていたら、表彰式を終えたブランカがサナさんを伴って戻ってきた。その姿を見たじいちゃんは、俺に文句を言う気が失せた様だった。ちなみに、俺もじいちゃんに言い訳をする気が失せていた。何故なら……


「すっごく、ウザイ」


 アムールと同じ気持ちだったからだ。ブランカはサナさんをお姫様だっこしながら登場した上に、サナさんもブランカの首元に手を回して密着し、先程から顔を寄せたりキスしたりと、うっとおしい程のピンク色のオーラを放っているのだ。


「よしっ!相撲大会も終わった事だし、屋台でも回ろうか!」

「よし行こう、すぐ行こう、はよ行こう!」

「そうじゃの」


 俺達三人はピンク色に輝いている(様に見える)二人を無視し、控え室から急いで脱出した。

 後で聞いた話だが、二人は誰もいなくなった事に気が付かないまま控え室でイチャつき続けたらしく、いつまでも姿を現さない俺達を不審に思って様子を見に来たハナさんに「いい加減にしろ!」と怒られたのだそうだ。

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[気になる点] 「はっけよい、残った」は試合開始の合図でないのでは?
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