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第9章-10 神事

短めです。

 大会の次の日、大会参加者を招いた昼食会が行われた。

 この時、ブランカがやけに浮かれていたので、俺の後ろをついて回っているアムールに事情を聞くと、何とサナさんが妊娠したとの事だった。

 ブランカ自身、子供は諦めていたそうなので、突然訪れた幸せに昨夜から浮かれっぱなしなのだとか。


「めでたい事で、浮かれるのはわかるんだけど……あそこまでいくと、不気味だな」

「「「「「うむ」」」」」


 俺の呟きに、周りに居た人達からも同意の声があがる。ちなみに俺を取り囲んでいるのは、予選でブランカと激闘を繰り広げた南部の上位者達だ。皆ブランカを祝いたい気持ちはあるらしいのだが、元々が強面な上、顔を腫らしながらもニヤついているブランカにどう声をかけていいのか分からず、先に俺の所へとやってきたそうだ。ちなみに、上位者達はブランカよりも年上で、ブランカに負けず劣らずの強面揃いである。

 皆から様子見をされているブランカは、先程からサナさんの後をついて回り、少しでも危険がない様に気を配っていた。


「ところで、アレはアレでどうした?」


「アレの事は気にしなくていい」


 アレと俺が指差したのは、酒を浴びる様に飲んでいるロボ子爵だ。こちらも泣きながら酒を飲んでいるので、皆から距離を取られていた。正直、ブランカも大概不気味だったが、ロボ子爵も負けず劣らず不気味だった。

 アムールはそれ以上言わなかったが、周りの話を聞く限りでは、ハナさんが王国の子爵位を授与された為、名誉子爵であるロボ子爵は南部自治区トップから引き摺り下ろされたそうだ。しかも、元々ナナオの基礎を作ったのはハナさんの祖父であるケイじいさんなので、周囲や部下達はものすごく好意的にトップの交代を受け入れたのだとか。


「それと、私はテンマについて行く事が決定した」


「は?今なんて?」


 何気なく言われた一言に、俺は一瞬アムールが何を言っているのか分からず、間抜けな声で聞き返していた。


「見聞を広げる為……と言う名目で、テンマのところで厄介になる。これはおじいちゃん(マーリン)も了承している」


「じーちゃん!」 


 利き酒をしてたじいちゃんを呼び寄せ、アムールを預かる事になった理由を聞いた。すると、


「簡単に言えば、逃げ道を確保する為じゃな。アレックス達を疑うわけではないが、あ奴らは王族で、ああ見えても王国の事を第一に考えなければならない存在じゃ。場合によっては、わしらを排除せねばならぬ事態に追い込まれるかもしれぬ。そんな時の為に、アレックス達ですらそう易々と攻め込む事の出来ぬ南部自治区にコネを持つ必要がある……まあ、そんな事を考える奴らではないが、万が一に備える事は必要じゃ」


 との事だった。まあ、王様が俺達に危害を加える事は考え難いが、もし改革派が王族派を上回る力をつけた場合、考えられない事ではない。

 元々南部は王国が攻めあぐねた場所だし、尚且つ、周囲に敵となる様な国がない。正確には森をいくつか抜けた先に、『小国郡』と呼ばれる国々があるが、その実態は、多くても一国数千人程度の集まりである。小国郡の全てが集まれば数万規模の軍隊を結成出来るかもしれないが、烏合の衆になる可能性が高いので、危険度は低いそうだ。

 それに、南部にかまけてばかりいたら、王国と隣接している国々が一斉に侵攻してくる可能性があるので、南部自治区はこれ以上ない逃げ場なのだそうだ。


「これは互いに利益のある話じゃからの、わしの独断で決めさせてもらった」


「それはわかったけど……何をもらったの?」


「……何ももらってはおらんぞ」


 俺の追求にシラを切っていたじいちゃんだったが、しつこく聞き続けていると、観念して南部産の酒をもらった事を白状した。しかも、高級品とされる百年寝かした焼酎を四龜(一つ二十L入のもの)ももらったらしい。

 じいちゃんによれば、アムールを預かる話が終わった後で南部の特産の話になり、その中で酒の話が出て来た時に南部の酒を気に入ったという話をしたところ、ハナさんが特別に分けてくれる事になったらしいので買収されたわけではないと言ってはいるが、絶対に期待はしていただろう。

 取り敢えず、アムールの事は我が家の家長(オオトリ家ではなく、王都にある屋敷の主という意味)の決定という事で了承したが、確実に俺の方が大変になると思われるので、じいちゃんがもらった酒のうち、半分の二龜をもらう事にした。じいちゃんは全て自分で飲んでしまうと思うので、こちらは知り合いへのお土産に回す事にしよう。


 色々と騒がしい昼食会も終わりに近づこうとしていた時、ハナさんのもとに一人の武装した男が走ってやってきた。参加者は何事かと険しい顔をするハナさんと息を切らせた男に注目していたが、すぐにハナさんの顔から険が取れたのを見て、それぞれ飲み食いを再開した。

 男がハナさんのそばを離れたのを見て、俺とじいちゃんとアムールは何があったのかを聞きにハナさんのところへ向かうと、それまでサナさんの後ろをついて回っていたブランカと、べろんべろんに酔っ払ったロボ子爵も同時にやって来た。最も、今のロボ子爵は酔っ払いすぎて当てにならないとハナさんは判断したらしく、会場の隅で酔いを醒す様にと追い返されていた。


「心配かけた様だけど、問題は解決したらしいわ。簡単に言うと、ゴブリンの後始末を終えた部隊が帰ってくる途中で、ナナオの方向に向かってきていたワイバーンを二頭発見して、そのまま討伐したらしいわ。怪我人が大勢でたらしいけど、命の危険がある者や死人は出なかったそうよ」


 安堵した表情のハナさんは、近くにあったコップを無造作に取り、中の液体を一気飲みし、続けざまに何杯かおかわりしていた。コップからはかなり強めのアルコール臭がしたが、ハナさんが酔っ払った様子は見られない。


「問題なのは、ワイバーンが飛んでいたのを見た人達が大勢いたという事ね。運の悪い事に、王都の商隊や旅人の集団が部隊の近くにいたらしいのよね。まあ、先に部隊の方に襲いかかって討伐されたから、ほとんど被害はなかったらしいけど……下手すると、次から南部を訪れる商隊や旅人が減るかも知れないわ」


 仮に商隊や旅人に被害が出ていたとしても、特に子爵家が責任を取る必要はないが、悪評が立って商隊などが南部に寄るのを躊躇う様な事態になれば、経済に大きなダメージを受ける事になってしまう。


「それの対策を取らないといけないのだけれど、明後日には商隊や旅人達がナナオに到着するみたいなのよね……どうしようかしら?」


 その相談をしようにも、ブランカはあまり力になれず、アムールは役に立たず、ロボ子爵は論外。唯一頼りになりそうなサナさんは、妊娠を祝うおばさん達に囲まれて抜け出せそうになかった。そのせいか、ハナさんは俺とじいちゃんに、何かを期待する様な視線をチラチラと向けている。


「ふむ、そういう事なら、不安を忘れる様な事をするのがいいじゃろうな……何か案はあるかのう、テンマ」


「ええっと、その商隊や旅人を招いて、ワイバーン討伐の祝いでもすれば多少は不安も薄れるかも?」


「いい案だけど、それだけだと弱いわね……旅人はともかく、商隊の人間には大した効果はないと思うわ」 


 じいちゃんからのパス(丸投げ)に、咄嗟に思いついた事を言ってみたが、流石にそのまま採用というわけにはいかなかった。


「それなら、ワイバーンを天の恵みだとかこじつけて、感謝の神事を執り行い、ナナオ全体の祭りにしてはどうだろう?祭りの規模が大きければ、その分だけ不安も薄れるかもしれないしな」 


「う~ん……後ひと押し欲しいわね」 


 ブランカの案にハナさんは物足りないと言いつつも、すぐそばのテーブルにブランカの案を箇条書きでメモしていた。


「そういえば、ナナオに入る時にかかる税金なんかはどうなっているんですか?」


 普通、ナナオの様な大きな街に入る時には、入場料の様に税金を取られるのが普通なのだが、俺とじいちゃんの場合は、王家からの使者という事でその様な話が出なかった。その事を聞いてみると、やはりナナオでも普通は最初に徴収され、一定期間の滞在が許されるのだそうだ。


「ならいっその事、その商隊と旅人にかかる税金を今回に限り免除して、更に商品の売り買いの時の税金も減税してはどうですか?」


「それはちょっと厳しいわね……」


「姉さん、一度やってみたらどうかしら。直接的な税収は減るでしょうけど、その分お祭りでお金を落としてくれるのなら、そこまで損するという事はないでしょうし、今回の事が噂になれば、まだ南部に来た事がない商隊も興味を持ってくれるかも知れないわ。神事に絡めるのなら、それくらいした方が効果があると思うわ」


 ハナさんは俺の提案に難色を示していたが、いつの間にか近寄ってきていたサナさんが賛成に回った。それによりハナさんは俺の案を採用する事に決め、二人で話を詰め始めた。その間にブランカは、神事の参加者の選定を行う様だ。今のところ出場枠は、子爵家から三名、ゲスト枠として二名(これは俺とじいちゃんに参加して欲しいとの事だった)、それ以外から三名となるそうだ。本当はもっと大規模なものを行いたいそうなのだが、時間がないのとなるべく強い者を出したいのだそうで、その他の三名はこの場にいる者の中から決めるらしい。


「とにかく、参加するのはいいんだが、神事はどんな事をやるんだ?強い者という事から、対戦形式の神事というのは想像がつくんだが」


「ああ、先に説明した方がいいな。今回の神事は『相撲』と言う一対一で戦うもので、土俵という名のリングの上で、身体一つで戦うものだ。大まかなルールは、膝や肘、拳を握った打撃、噛み付きや急所への攻撃に魔法の使用が反則で、それ以外の方法で相手を土俵から出すか、土俵に足の裏以外をつかせれば勝ちだ」


 他にも色々と決まり事があるそうだが、概ね俺の知っている相撲と違いはない様だ。ブランカは細かなルールは後で教えると言って、他の参加者を決める為にみんなを集め始めた。すると、昼食会のほとんどの参加者が神事に出ると言い、悩むブランカをよそに、その場で勝手に予選を始めた。

 いい機会なので、こちらの相撲をじいちゃんと見学する為、砂かぶりで飲み食いする事にした。最初は特別枠での参加が決まっている俺達に難癖をつける奴がいるかもと思ったがそのような事はなく、次々と速いペースで試合は消化されていった。時折、俺達のいるところへ土俵から押し出されたり投げ出されたりした者が飛んできたが、わざとなのか偶然なのかは判断がつかなかった。

 そして、最終的に勝ち残った三名は……


「南部上位者がいないね」

「そうじゃの」


 有力候補と思われていた上位者達が、揃いも揃って初戦で敗退したのだ。まあ、流石の上位者達も、酔っ払った状態ではその力を発揮する事が出来なかった様だ。出場を掴み取ったのは、猪の獣人と熊の獣人、それと虎の獣人だった。


「それじゃあ、当日は頼むぞ。わかっているとは思うが、神事として相撲を行う以上、不正行為には厳罰を課すと肝に銘じておけよ」


 ブランカは三人に睨みを効かせながら注意していた。三人共ブランカの話を大人しく聞いていたが、時折鋭い目で俺の方を見ていた。どうやら、魔法なしの力比べなら俺に勝てると思っている様だ。


「それで、子爵家の方だが、俺は決定として……」

「もちろん私も!」

「却下」


 それまで空気の様に俺の後ろで気配を消していたアムールが、参加を表明しながら勢いよくブランカの前に飛び出したが、ブランカは速攻で断った。アムールはブーブー文句を言っていたが、相撲は前世と同じく裸に回しを着用するスタイルの為、女性の参加が基本的に禁止されているのだそうだ。ただ、一時期、モロ出しをわざと狙う方法が流行ってしまった為、今では回しの下に短パンを着用する様になったそうである。


「まあ、俺以外はワイバーンを討伐した部隊の中から選ぶのがいいだろうな」


 さりげなくブランカはロボ子爵を除外しているが、周りで聞いていた人達からは何の意見も出なかった。もしかすると、昨日までのトップを試合に出すわけには行かないと判断したのかもしれないが、単に忘れているだけなのかもしれない。

 参加が決まった者はハナさんに集められて、簡単なルール確認と説明と受け、早めの解散となった。なんでも、今から祭りをナナオ全体に告知したり土俵を作ったり、屋台の場所や税金の打ち合わせをしないといけないそうだ。かなりのハードスケジュールで、猶予は今日を含めて二日しかなく、予備日として使えるのも商隊や旅人の到着予定である明後日しかなく、明々後日には祭り本番なのだそうだ。

 なので、ブランカも駆り出される事となり、俺とじいちゃんに相撲のルールを教える者がいなくなってしまった。アムールに頼もうにも神事としての相撲に参加した事が無い為、相撲のルールを説明する事は出来ても、入場時の決まり事などを説明する事が出来ないと言われた。

 困っていると視界の隅にロボ子爵の姿を捉えたが、未だに酒が抜けていないし、アムールの事で目の敵にされている可能性が高いので、相談するのは最後の手段という事にして、今のところは見送った。

 最悪、直前にブランカに教えてもらおうかとじいちゃんと相談していると、初戦で敗退した南部の上位者達が俺達の指導者に名乗り出てくれた。なんでも、する事がなくて暇だし、自分達を負かした相手への意趣返しでもあるのだそうだ……完全に逆恨みっぽいが、こちらとしてはありがたいので助けてもらう事にした。


「えっと、土俵に沿って一列で入場し、等間隔で立ち止まる。そして土俵の内側に柏手一回してから頭を下げて、そのまま外を向いて、同じ様に柏手一回と頭を下げる。でもって、一度土俵からはけてから、呼び出された者同士が土俵に上がる……でいいんだな」


「そうだ。土俵に上がったら、脇に置いてある塩を一掴み土俵に撒いて、中央にある線のところに行くんだが……その辺は実際にやった方が早いだろう」


 と言うので、早くも実践練習に入る事となった。どうやら、口で説明するのが苦手な面々の様だ。まあ、時間もないし、そっちの方が俺としても助かるのでありがたい。

 何度か土俵入りを練習した後で、実際に相撲を取ってみる事になった。ここにいる上位者は四人なので二組に分かれ、一人が練習相手となり、もう一人が外から見て反則や作法の間違いを正すという事になった。


「やってみると、俺ってかなり不利だな」


 練習の段階で、俺は上位者の一人に連戦連敗だった。作法や反則に関しては問題なしと言われたが、勝てなければ意味がない。そんな俺に対しじいちゃんはと言うと、上位者相手に互角以上の戦いを繰り広げていた。


「ぬぅうう……どりゃっ!」


 じいちゃんの気合の声と共に、相手をしていた上位者が土俵から投げ飛ばされた。これでじいちゃんの六連勝なのだそうだ。ちなみに、最初に四連敗しているが、相撲に慣れてからは危なげのない勝ち方で上位者を圧倒している。


「うむ、先の大会の分まで大暴れしてやるわい!目指すは優勝じゃ!」


「すごいね、じいちゃん。俺は一回戦突破が目標かな」 


 練習の調子から目標を大きく定めたじいちゃんに対し、俺は現実的な目標を立てたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゲストとしてじぃちゃんと俺 神事に、部外者を巻き込むのは感心できないね~ 裏方なら良いけど、全面に出したら、何のための神事か判らなくなるじゃん そりゃ、そばにいるなら使っ…
[一言] 相撲はテンマの体格的に向いて無かっただけでしょうね。
[気になる点] 強欲で自分の幸せしか頭にない人物には本当にムカつく アムール最低
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