第9章-8 ナミタロウ?
風邪ひきました。皆様もお気をつけください。
「料理のお味はどうかしら?」
「ええ、どれも美味しいです」
「それは良かったわ」
晩餐会が始まり、いくつかの料理を食べたところで、ハナさんがサナさんとやってきた。本来、ハナさんと一緒に俺のところに来るのはロボ子爵のはずなのだが、ロボ子爵はなんだかんだ理由をつけたらしく、ハナさんは仕方なしにサナさんと来たのだった。なお、サナさんの代わりに来ようとしたアムールは、ロボ子爵に止められていた。その時にちらりと聞こえてきた言葉に、「大会で当たる可能性がある者同士、馴れ合いはいけない」だった。アムールは当然の様に納得していない様だったが、ロボ子爵がしつこかったせいで、サナさんと変わる事が出来なかった。
「この間より癖の強いものも出してみたけど……大丈夫だったようね。それにしても、南部でも苦手にしている人が多いものも出してみたのに、よく食べる事が出来たわね」
そう言いながらハナさんが指差したのは、刺身とくさやだった。二つとも、最初は少量づつ出されていたが、俺が問題なく食べたので、何度か追加されたものだ。
「生魚に関しては、それに近いものを何度か食べた事がありますし、このくさや?に関しては、これよりも癖の強くて臭いものを食べた事がありますから」
まあ、一番の理由は、前世で食べた事があるからなのだが、実際に、生魚は以前(ククリ村を離れた時)ナミタロウから生でも食べられる魚を教えてもらったので、ビタミン補給を兼ねて何度か凍らせて食べた事があり、くさやの方は、田舎の村などで同じ様な保存食(あまり血抜きしていない獣肉を塩漬けや殺菌効果のある薬草などの液に漬けたもの)などを食べた事がある。ちなみに、保存食の方は、栄養と長期保存が大前提なので、味は非常にまずかった。それに比べると、このくさやは可愛いものだ。
「住む場所や目的が違えば、見知らぬ物ばかりになるのは当たり前だけど、これより臭いものがあるというのは信じられないわね」
「少し興味はあるけど……実際に目の前に出されたら、まず口に入れようとは思わないでしょうね」
ハナさんとサナさんが、俺が話した食べ物に興味を示したので、そのまま話が弾み、これまで食べてきた物で美味しかったものなどを聞かれた。
「色々とありましたけど……食材に限って言うなら、一番は白毛野牛で、二番はバイコーンですね」
食材に限った訳は、前世と今世の調理法の違いなどのせいで、基本的に自分で作ったものの方が美味しいからなのだが、流石に自画自賛するのは少し恥ずかしい。それ以外だと、母さんが作ったものが一番になるが、それを言うのはもっと恥ずかしかった。ちなみに、それら以外で一番となると、『満腹亭』のおやじさんの料理である。
「どちらも超が付くほどの高級食材ね。食べた事がないわ」
「そういえばアムールから、「セイゲンでバイコーンに一撃入れた!」って聞いたけど……もしかしてあの子とあの人は、バイコーンを食べたのかしら?」
サナさんがそう呟くと、アムールとブランカは何かを感じ取ったのか身震いをしていた。
「ええ、倒した後で、知り合い達と一緒に焼肉をしたので、二人も食べました。骨の周りの肉を、ガジガジと噛んでいましたね」
嘘を言っても仕方がないので、二人もバイコーンを食べたというと、ハナさんとサナさんは、二人を羨ましそうな目で見ていた。幾分その目に黒い感情が混ざっている様にも見えたが、多分気のせいだ。
「バイコーンも白毛野牛もまだ残っているので、ハナさん達が食べる分くらいはお譲りしましょうか?」
この提案に、ハナさんとサナさんはかぶせ気味に「「お願い!」」と声を揃えて返事をした。流石にこの場で生肉を渡すのは如何なものかと思うので、後日切り分けて渡す事を約束した。
「ふふっ。それじゃあ、お返しというわけではないけれども、そろそろメインの料理を持ってこさせようかしらね」
「ああ、あの魚料理ね。テンマもきっと驚くわよ」
サナさんの提案に、ハナさんは少し悪巧みをしている様な顔をして、給仕に合図を出していた。
「メイン?」
二人の言葉に反応したのは、ロボ子爵を出し抜いたアムールだった。なんでも、「招待客に家の者が挨拶しないのは恥ずかしい事だから、常識人として挨拶してくる」と言ったそうだ。ちなみに、当然アムールを止め様としたロボ子爵は、部下の手前大人しく見送らざるを得なかった様だ。
「ええ、たまたま私が懇意にしている村のすぐそばにある川で、とても大きな魚が捕れたのよ。網にかかった際にかなり抵抗したらしいんだけど、村長が眉間に一撃入れて気絶させた隙に、止めを刺したそうなのよ。それを今朝、いつものお礼だって言って持ってきてくれたの」
「本当に大きわよ。何せ、三m以上はあったから!」
ハナさんとサナさんは興奮気味に話を聞かせてくれたが、その話を聞いた俺とアムール、更には、聞こえていたじいちゃんとブランカは、同じ様に動きを止めていた。
「三m級の魚……」
「嫌な予感がするのう……」
「まさか、ナミ……」
「言うなアムール!」
俺は慌ててアムールの口を手で塞ぎ、フラグを立てさせない様したのだが、話を聞いた時からじいちゃんと同じ様に嫌な予感がしていた。なお、俺の行動を見たロボ子爵が飛び掛かってこようとしていたらしいが、俺と同じく余裕のなかったブランカによって、畳に叩きつけられていた。
「皆、とても気になっている様ね!」
「でも姉さん、なんだか期待しているというより、不安になっている様に見えるのは気のせいかしら?」
「気のせいよ!あっ、来たわよ!サナ、せ~の、の、『の』で布を取るからね」
「わかったわ」
固まる俺達を無視して、ハナさんとサナさんは、布で隠された巨大魚料理の両端に立ち、
「「せ~の!」」
で布を取った。その結果は……
「「「よかった、ナミタロウじゃない」」」
「セ~フ!」
だった。巨大魚は丸焼きにされており、ところどころ焦げているせいで、一見ナミタロウの色に近くはなっているが、明らかに形が違っていた。どうやらこの巨大魚は、ナミタロウが『鯉』なのに対し、『鮭』もしくは『鱒』の様だった。恐らく、俺がここに来る途中で捕まえた魚と同じ種類のものだろう。
俺とじいちゃんとブランカは、思わずといった形で座り込んでしまったが、アムールだけは野球の審判の様に両手を横に広げていた。そのポーズと意味は誰が伝えたのだろうか?まあ、ほぼ間違いなく転生者ではあるだろうけど。
「あれ?皆どうしたの?」
思わずへたり込む俺達を見て、ハナさんとサナさんは不思議そうにしていた。
「お母さん、サナねぇ、実はね……」
唯一平気だったアムールが、ハナさんとサナさんにナミタロウの事を説明した。二人はアムールの説明を聞いて、「そういえば、テンマのチームにそういう魔物がいたとかいう報告があったわね」と言っていた。
「普通に考えれば、ナミタロウをどうこう出来る人間が、大会に出ないわけがない」
とアムールは言ったが、
「ナミタロウと再会した時、あいつはどうこう出来そうもない普通の漁師に捕まって売りに出されていたんだ。あいつはかなりマヌケだからな……」
「むぅ……確かに否定できない」
俺の話を聞いたアムールは、その件に関して色々と思い当たる事があった様で、両腕を組んで納得していた。
「まあ、その話は後で聞くとして、冷めないうちに食べましょう。こういうのは、熱々の時に食べるのが一番だから」
サナさんのその一言で、控えていた給仕の人達が、次々に巨大魚を切り分けていった。先ほどナミタロウを意識してしまったせいで、最初は食べるのに少し躊躇してしまったが、食べてみるとかなり美味かった。さらに、最後の締めとして出された出汁漬け(お茶の代わりに魚の骨で取った出汁をかけたもの)が最高だった。
「テンマ、大会の事だけど、大まかに決まったわ。開催日は五日後、決勝はテンマを含めた最大十六人を予定しているわ。その他のルールとして、武器は刃引きしたもの、飛び道具は先に特殊なカバーを付けて最低限の安全を確保して、噛み付きや目潰し、金的は無し。ほとんど王都の大会と似た様なルールだけど、時間短縮の為、最初に持ち込んだ武器以外は使用禁止。勝敗は、場外か審判の判断ね。審判は、主審一人に副審が二人。それと、記録員兼予備審判が三人ね」
その他にも、武器防具以外の道具の使用は禁止などがあるそうだ。予備審判とは、主審副審で判断出来なかった場合のみ参考意見を進言するらしい。詳しくは、明日から大会前々日(前日が予選日)の受付時にルールなどを書いたものが配られるらしい。
現在集まっているのは八十人程だそうで、この調子だと二百人を超えそうなのだとか。まあ、増えたとしても、予選免除の俺には関係がない話だが、ブランカとアムールは面倒くさそうな顔をしていた。
その晩餐会の四日後、
「楽勝!」
「やばかった……」
アムールは言葉通り圧勝で予選を勝ち抜け、ブランカはかなりの苦戦を強いられた。
「なんで俺のところだけ、あんな奴らが集まってんだよ……」
ブランカ曰く、自分に負けた奴らを他の組に振り分けたら、そいつらが決勝に勝ち上がる、というレベルの猛者が集まったらしい。中には、アムールが勝てるか分からないくらいの者も何人かいたらしく、その組のメンバーを見たアムールは、ブランカに向かって無言で手を合わせていた。
「言っておくけど、アムールとブランカを別けた以外、手は加えていないわよ」
「そりゃそうだ。あれでいじったとか言ったら、俺を負けさせたかったとしか考えられん」
南部自治区の強さのランキングがあるとしたら、一位がハナさん、二位がブランカ、三位がロボ子爵、そして八位辺りにアムールが入るらしいのだが、ブランカの組には二位のブランカ以外にも、四~七位と言われている者達に加え、二十位以内に入ると思われる者達がちらほらいたらしい。
「唯一の救いは、全員で俺を狙う様な奴らじゃなかったといったところか」
予選はバトルロイヤル方式で行われたが、上位に名を連ねる者達は、それぞれライバル視している者へと真っ先に向かった為、ブランカに殺到したのは明らかに力が劣る者達だけだったのだ。
まあ、最終的にはライバルに勝った者達がブランカの元へと殺到し、残った者達全員で武器を捨てての殴り合いに発展し、一番余力が残っていたブランカが勝者となったわけだ。現在、ブランカの顔は、ボコボコに腫れている。
そんなブランカに対してアムールの方はと言うと、明らかにアムールよりも格下の者達の集まりであり、こちらはアムールに対して全員でかかっていったが、簡単に撃退されていた。
なお、今回の予選の振り分けは公開抽選により決められた為、アムールとブランカを振り分ける為の仕掛け以外に手を出す事は出来なかったのだ。なので、ブランカの組に強者が振り分けられるたびに、強者同士の戦いが見られる事への大歓声から、強者が潰し合う事への落胆の声へと変わり、最後には集まりすぎてどうなるか分からないといった笑い声へと変化していった。
「そろそろ、クジが始まるみたいじゃぞ」
最後の予選が終わり、控え室となっている場所で休憩していると、じいちゃんが本戦のクジが始まるとやってきた。じいちゃんは予選の間、俺のマネージャーという肩書きを作り、関係者席で試合を観戦していた。
じいちゃんの言葉を聞いたブランカはダルそうに立ち上がると、何度か深呼吸をして気合をいれ、しっかりとした足取りで歩き出した。遠めに見ればダメージがない様に見えるだろうが、近くで見ていると明らかに足が震えているのが分かる。恐らく、これから敵となる者達に弱みは見せない為に、やせ我慢をしているのだろう。
そんな状態のブランカに、時折アムールが偶然を装って軽くぶつかっていたが、抽選会場に出る直前にげんこつを落とされた。その為アムールは、会場に頭を押さえながら人前に出る羽目になっていた。
会場に俺達が姿を現した時、観客から大歓声が起こった。その多くは先程活躍した地元のブランカとアムールに向けてのものだったが、何割かは俺の活躍に期待しての歓声だった様だ。なお、頭を押さえたアムールを見た観客から、流石に無傷ではなかったか、といった声が聞こえていたが、それが聞こえたのは俺だけだった様で、笑いを堪える為に余計な体力を使わなければならなかった。
クジ引き一番手は、今大会のゲストである俺だった。俺はクジが入った箱(変な細工はされていない)に手を突っ込んで一番最初に手に触れた木札を掴んだ。
「『一』番だ」
木札に書かれていた番号は『一』。それを観客に見える様にしてから、係に指定された一番左端の所へと向かった。
その後は予選グループの番号順に引いていき、五番目のブランカは『四』を引いた。つまり、順当に行けば二回戦で俺と当たる事になる。この組み合わせにはハナさんも観客も驚いていたが、意外にもブランカはやる気満々だった。
「いい場所を引いた。これなら肩慣らしも終わっているし、体力を気にしなくて済む」
この言葉には、ブランカの対戦相手(アムール狙いの男)は顔を赤くして怒っていたが、観客には大受けだった。しかし、最もハナさんを驚かせたのは……
「『二』番!」
アムールが俺の初戦の相手に決まった事だった。これにはブランカも観客も驚いていたが、もっと驚いていたのは決勝トーナメントに勝ち上がってきた他の選手達だ。
この選手達は全員男で、過去にアムールに叩きのめされているが、勝てばアムールを手に入れる事が出来ると思っている様で、一回戦でアムールが俺に負けると都合が悪いみたいだ。
「いい場所を引いた。これで名実ともに、私はテンマのもの」
俺の横でそう高らかに宣言するアムールだが、それは俺にわざと負けるつもりだという見方も出来る。その為、ブランカを除く他の選手からクレームが入り、係が今の発言の真意を問いただしに来たが、アムールは、
「私が負けたら、テンマの嫁になる。私が勝ったら、テンマを婿にする。強い者同士が子を成した方が、強い子供が生まれる筈!バイバイ、南部」
やけに支離滅裂な筋書きを話すアムールに、観客は一瞬静まり、次の瞬間、何故か大喝采を送っていた。特にブランカと同じグループだった南部の上位者(既婚者)達は、南部に強者が増える可能性があると、大いに喜んでいた。
「何を言ってるんだ!」
「ブイ!……ひっく」
「「ひっく?」」
今の発言に対し文句を言おうとしたところ、アムールは陽気にブイサインを見せた後で、しゃっくりをしている。そのしゃっくりを不審に思った俺とブランカがアムールに近づくと……
「酒くさっ!」
「お嬢の奴、酔ってやがる!」
何故かアムールは酔っていた。なぜ酔っているのか考えていると、おもむろにブランカが自分の腰辺りを探り始め、
「俺の気付け薬が無い!」
と言い出した。取り敢えずこのままアムールを会場に上げておくわけにもいかないので、ブランカは係に適当な言い訳をしてアムールを控え室に送らせた。
何故気付け薬でアムールが酔ったのかと言うと、ブランカの気付け薬とは純度の高いアルコールの事だったらしい。なんでも、感覚を麻痺させる目的もあるそうで、小瓶の蓋で飲む量を調整しないといけないのだそうだが(酒に強く、体格のいいブランカでさえ一回につきキャップ一~二杯分)、後でアムールのポケットから見つかった小瓶は、残りが半分以下になっていたらしい。
気付け薬自体はブランカがよく使っていたのでアムールも知っていたのだろうが、その中身までは知らなかったそうだ。普通なら危険だったが、運のいい事にアムールは急性アルコール中毒になっておらず、また遺伝的なアルコールへの抵抗力の高さや処置が早かったおかげで、明日の大会には問題なく出場できるそうだ。
酔いがさめたアムールに事情聴取したところ、いつもブランカがアレを飲んで痛みを消していた(実際は麻痺らせたりこらえたりしていた)ので、沢山飲んだらすぐに痛みが消えると思ったのだそうだ。
アムールの事以外は問題なく抽選を終え、後は明日の大会開始を待つだけとなった。
大会当日、第一試合前にも関わらず、会場のボルテージはすごい勢いで上がり続けていた。その理由は、予選で敗退した選手の中から選ばれた者達による前座の試合が行われたからだ。
前座といっても、ブランカに負けた南部自治区上位者達による試合なので、本戦でも見られるか分からないレベルの戦いが繰り広げられたのだ。つまりそれは、俺達本戦出場者のハードルが上がった事を意味する。
そんな中会場に上がった俺は、周りの異様な雰囲気に苦笑いを浮かべながらも、数m先で体を解しながら審判の合図を待つアムールと対峙していた。
「双方、準備を!ルールは事前に提示した通り、悪質な反則は即失格とする!では悔いのない様に……始めっ!」
「んっ!」
「応っ!」
今回参加者の武器は主催者が用意する事になっているので、全てが既製品で刃引きされている。その中からアムールが武器に選んだのは槍。これはいつも使っているものより若干長いみたいだが、問題なく振るえている。
対して俺が選んだのは刀。こちらもいつも使っている『小烏丸』より多少長く、反りが大きいが、前世で使っているものに近い為、数度振るって感触を確かめた上で、問題はないと確認している。ただ、刀は槍に比べて武器の強度が劣る為、予備として同じ長さの刀をもう一本腰に下げた二本差スタイルである。多少動き難いが、いざとなれば鞘を捨てての二刀流で戦うつもりである……幸い、巌流島の故事を知る者はここにはいないと思うので、突っ込まれる事はない……筈だ。