第9章-6 テンマ散歩~ナナオ編~
今年最後の投稿になります。
来年もよろしくお願いします。
じいちゃんと別れた後、俺はナナオのギルドへと来ていた。目的は周囲の魔物の情報と危険度を調べる事と、シロウマル達を連れて歩く為に、事前に話を通しておこうと思ったからで、依頼を受ける為ではない。
ギルドの職員に目的を告げると、シロウマル達の事はハナさん経由ですでに話が来ていたそうで、眷属という事が分かる様にする事と、眷属の責任は主の責任といった普通の忠告を受けるだけで済んだ。周囲の魔物に関しては、森のクマ型の魔物と草原の狼型、そして山に時々現れるワイバーンが危険度が高いそうで、その他はそこまでランクの高い魔物は現れないそうだ。ただ、数年から十数年に一度の割合で地龍や走龍(地龍より防御力と攻撃力は劣るが、速度と持久力で勝る下級龍の事)の目撃例があるので、完全に油断する事は出来ないそうだ。
それと、ギルドの受付嬢から気になる話も聞かされた。どうやら他の冒険者ギルドに、俺の偽物が現れたそうだ。
偽物はどれも俺の名前を語っただけの、似ても似つかない者達ばかりだったそうだが、詐欺の被害に会った人も出ているらしい。最も、詐欺に会ったと言っても、ツケで食事してそのまま逃げたとか、女性を口説いたとかいう程度のものが大半らしく、ギルドも被害者もすぐにそれが偽物と分かったそうなので、ほとんどが笑い話で済んでいるらしい。ただ、中には大金を騙し取られた者もいるそうで、各地の街やギルドに指名手配書や注意書が回り始めたそうだ。
そして去り際に、受付嬢数人から握手を求められた。どうやら、王都の大会優勝と今回の偽物騒ぎで、俺の名前が広がりつつあるそうだ。握手をした時に、俺の事を偽物と思わなかったのかと聞いたところ、今回はロボ子爵(正確にはサナさん)経由で俺の情報がきていたそうで、本物だと分かっていたのだそうだ。しかも、わざわざロボ子爵の配下が俺の似顔絵と、背格好や特徴を事細かに教えに来てくれたそうで、ギルドに入った瞬間に俺だと分かったのだとか。
少し照れくさいが、ソロモンを眷属にした上に大会でW優勝した時からこうなる事は予想していたので、そこまで驚く事はなかった。
ギルドから出て、ナナオの街を本格的にぶらつく事にしたのだが、街中ではソロモンにバッグの中で待機している様に頼んだ。ソロモンは不服そうだったが、ナナオの街のどこに何が分からない状態で、ソロモン目当ての人達に囲まれるのは勘弁して欲しかったので、街の外に出た時に思いっきり飛ばせてやるのと、街で見かけた美味しそうなものを買ってやるという事で納得させた。
ナナオの街の賑わいは、これまでの街とは少し違っていた。これまでの街は屋台と言えば食べ物しか無かったのだが、ナナオでは縁日の様な遊びのを売りにした屋台が多く出ていた。多くは子供向けのものばかりで、内容も『的当て』、『輪投げ』、『くじ引き』、『魚すくい』、『カラーひよこ』など、前世でも見た事のある様なものが多かったが、後半二つに関しては、ペット感覚と言うわけではない様だった。何せ、
「お母さん、この魚が大きくなったら、美味しく焼いてね」
「母ちゃん。こいつ絶対に俺が大きくするから、美味しく料理してくれよ!」
といった言葉が多く聞こえたからだ。ちなみに、魚すくいは畳半畳程の大きさになるフナに似た魚の子で、ひよこは鶏を少し大きくした様な鳥の雛だった。どちらも見本なのか、大きく育ったのを展示していた。なお、カラーひよこは白っぽい羽毛に、赤・青・黄・黒・ピンクのどれかの色を使って、色々な模様を描いていた。どの色も天然素材から抽出したそうで、ひよこにも人体にも無害だそうだ。
それらの屋台には子供連れを中心に人だかりができており、シロウマルを出して歩くのは憚られたので、ソロモンと一緒にバッグで待機させる事にした。
屋台を冷やかしながらブラブラと歩いていると、懐かしく感じる匂いが鼻をくすぐり、腹から音が鳴った。
「こっちからか」
俺の足は自然と匂いの元へと向かい、徐々に速度を上げていった。
「へい、らっしゃい!」
たどり着いたのは、焼きおにぎりを売っている屋台だった。しかも、ただの焼きおにぎりではなく、ちゃんとした醤油を使った焼きおにぎりだった。その他にも、味噌を塗って焼いたおにぎりもある。
「これとこれとこれを、七個ずつ下さい」
買ったのは普通の醤油味と、味噌を塗ったものと刻みネギを混ぜたねぎ味噌の焼きおにぎりだ。買った焼きおにぎりを、シロウマルとソロモンに一種類ずつあげてから、俺は焼きおにぎりを頬張った。焼きおにぎりはかなり美味しく、俺達はあっという間に三個のおにぎりを食べてしまった。残りの焼きおにぎりをシロウマルとソロモンは狙っているみたいだったが、これは宿に残ったじいちゃん達へのお土産なので諦めさせた。
「醤油と味噌は、絶対に買っておかないといけないな」
絶対に醤油と味噌を購入する事を今日一番の目的に決めて、早速探してみる事にした。
道行く人におすすめの店を聞いてみたところ、教えてもらったのが、
「ジェイ商会か……」
セイゲンでお馴染みの商会だった。ここで取り扱っているなら、セイゲンにいる時に相談すればよかったのか……
まあ、それでも本場で買った方が安いだろうと、無理やり利点を探し出して自分を納得させた。なお、店長は豚耳の獣人で、ジェイマンの親族ではないそうだ。
ジェイ商会で個人に販売できるギリギリの量まで買い取ったところ、大体醤油が二百Lで、味噌が百kgだった。これ以上だと、他の客に販売できなくなるらしい。
仕方がないので他の店も見て回り、最終的には醤油と味噌共に、五百kg以上買い集める事が出来た。その他にも清酒やみりん、穀物酢なども見つけたので、それらも買い集めた。これで料理の『さしすせそ』が揃ったので、より日本食に近いものが自作できる様になるだろう。
また、これまであまり見かけた事のない香辛料や薬草も販売されていたので、効果や使い方を聞きながら購入した。
買い物の後はまた街中をブラブラと歩き回り、屋台の食べ物を買ってからナナオの外へと向かった。
草原を歩き、ナナオから少し離れたところまで移動してからシロウマルとソロモンを外へと出すと、二匹は思いっきり体を伸ばしながら、周囲を走り(飛び)回った。時折、二匹は角うさぎなどを捕まえてくるので、血抜きなどをして時間を潰す事にした。
日が傾き始めた頃、空が暗くなる前に俺達は宿へと戻ったのだが、風呂に入る間も無くロボ子爵の屋敷へと向かう事になった。迎えに来たブランカが言うには、ロボ子爵が俺達の歓迎の宴を開いてくれるのだそうだ。
屋敷に到着すると、食事が用意された部屋へと案内されて、ロボ子爵の隣の席に座らされた。
部屋の上座に当たる席に、四つの席が設けられており、左からじいちゃん、俺、子爵、ハナさんの順になっていた。
他は俺達の近くの席にアムールとブランカ、サナさんが座り、他の部下がその後ろに並んで座っていた。
「王家からの使者を歓迎する宴を始める。皆の者、よく飲んで食って騒げ!」
「「「「「おお~~~~~!!!」」」」」
そんな口上と共に、歓迎の宴は始まった。出された食事は……
「納豆にくさやに生魚、そして虫の佃煮……テンマ、食べれる?」
かなり癖のあるものばかりだった。さすがのアムールも心配そうな顔をしている。ハナさんやブランカ、サナさんも心配そうな顔をしている中で、子爵だけがニヤついた顔をしている。
「いや何、テンマにはナナオらしいものを食べてもらおうと思ってな」
その言葉を聞いて、この宴は俺に恥をかかせる為に企画したというのが分かった。そして、そんな子爵を非難する様な目で見ている四人が無関係だったという事も。
「あなた、少しお話をしましょうか?」
「兄貴……情けないぞ」
「クソ親父……」
ハナさん達がロボ子爵と一触即発になりそうな間に俺とじいちゃんは……
「「ご飯おかわり」」
食事を楽しんでいた。俺とじいちゃんのお茶碗を受け取ったのはサナさんだ。
「美味しいですか?」
「ええ、とても」
「少し癖はあるが、あまり気にはならんのう」
俺達は冒険者なので、これよりも癖の強い食べ物も経験しているし、そもそも、この食事は俺が切望していたものと同じ様な食べ物なので、寧ろありがたかった。
睨み合っていた四人は呆気に取られた顔をしていたが、突然、子爵を除く三人が笑いだした。部下達は四人の行動を気にする事なく騒いでいたのだが、三人の笑い声に釣られて、より一層騒ぎ出した。
そんな状態が面白くない子爵は、つまらなさそうな顔をしていたが、ハナさんはホッとした様な顔をしていた。そして、
「さあ、テンマが美味しいと言って食べてくれているのだから、あなたも残さずに食べないとね……あら?そういえば、あなたのところに納豆とくさやが置かれていないわね……サナ、悪いけど、この人用に納豆とくさやを大盛りで持ってきて頂戴」
「わかったわ、姉さん」
「ちょっ、待てっ!くそっ、離せブランカ!」
「兄貴、好き嫌いは良くないぞ」
ハナさんの言葉にサナさんが素早く席を立ち、危険を感じて逃げ出そうとした子爵を、ブランカが素早く羽交い締めにして押さえ込んだ。
「お義兄さん、お待ちどう様。姉さん、頼むわね」
「ありがとう、サナ。さっ、あなたの好物が届きましたよ」
「ぐっ!」
「観念する」
「誰かっ!助け……ぐぼっ!」
ハナさんは動けない子爵の口元に、大量のくさやと納豆を混ぜたものを入れた器を近づけたが、ロボ子爵は顎に力を入れて、口を真一文字に閉じていた。だが、その横からアムールが現れて、子爵の鼻をつまみ、僅かに口が開いた瞬間に、口の中に鉄の棒を差し込んで閉じられない様にした。
子爵は、部下に向かって助けを求めたが、部下達は見て見ぬふりをして騒ぎ続けていた。どうも、ハナさんを敵に回したくはない様だ。
ハナさんは、子爵が助けを求めて口を大きく開いた瞬間を狙って、器の中身を口の中に流し込んだ。しかも、口いっぱいに流し込んだ後で、ハナさん、アムール、ブランカの三人で子爵の口や顎などを押さえつけて、無理やり飲み込ませた。まるで、フォアグラの為に餌を流し込まれるガチョウの様だった。
「テンマさん、マーリン様、こちらもお試し下さい。それと、マーリン様には清酒の熱燗もご用意しました」
サナさんだけは騒ぎに加わらず、俺達の相手をしてくれていた。今勧めてくれたのは、川魚で作った塩辛だそうだ。
「あっ、うまい」
「この酒もいいのう」
俺とじいちゃんが塩辛を食べている間に、子爵は二度目の強制餌遣りタイムへ突入していた。そんな子爵が見えていないかの様に騒ぐ子爵の部下達。子爵があんな目に会うのはいつもの事なのかもしれない。
その後、遅くまで宴は続き、日が変わる頃になってようやく解散となった。宴の行われた部屋では、何人もの人間が折り重なる様にして眠っている。その殆どは酒の飲みすぎで酔い潰れているだけだが、中には食い過ぎで倒れている者もいる様だ……まあ、その筆頭が、腹を大きく膨らませた子爵とその令嬢なのだが……
ちなみに、ブランカは一足先にサナさんと帰っており、ここにはいない。ブランカがいなくなった後で、アムールがこっそりと教えてくれた事なのだが、サナさんがブランカより強いと言っていたのは、腕力的な事ではなく、ただ単に夫婦間での力関係がサナさんが上だという事らしい。ブランカはサナさんにベタ惚れであり、全くと言っていい程頭が上がらないのだとか。
子爵の屋敷からの帰り、珍しく酔いつぶれたじいちゃんを背負い、無事な部下に先導されて宿へと戻った。本来、リュウサイケンは夜中は締め切っているそうなのだが、事前にハナさんが連絡しておいてくれたおかげで、深夜なのに玄関を開けてくれていた。
アムールは俺に屋敷に泊まっていく様に勧めていたが、アムールが酔った勢いで(または振りをして)寝込みを襲う可能性があったので、丁重にお断りした。
部屋に戻った俺は、着替える事なく敷かれていた布団に潜り、そのまま眠りに就いた。じいちゃんも隣の布団でいびきをかいて寝ているが、間にシロウマルを寝かせたので、あまりいびきは気にならなかった。
「はぁ~~、いい湯だ」
翌朝、俺は朝風呂に入って一日をスタートさせていた。じいちゃんも同じ様に朝風呂に来ている。昨日酔い潰れる程に飲んでいたじいちゃんだったが、酒は綺麗に抜けているみたいで、何事もなかったかの様に起きて、そのまま俺について来たのだ。
風呂では、数人の客が朝風呂を楽しんでいたが、俺達二人が加わっても広さには余裕があった。
のぼせない程度に風呂を楽しんだ後で部屋戻ると、丁度朝食の時間帯だった様で、仲居さんに頼んで食事を運んできてもらった。
朝食を食べている最中に、ブランカとアムールが少し慌てた様子でやってきた。
「すまん、テンマ。少し厄介な事になりそうだ」
「どうした?」
「バカ親父がやらかした!」
アムールによると、俺がナナオに来ているというのを、たまたま来ていた近くの村の代表達に話したのだそうだ。すると、その村の代表達が、「そんなに強い奴が来ているのなら、うちの村の奴らと戦わせたい」とか言い出したらしい。
ハナさんも、最初は社交辞令だと思っていたそうだが、席を外した後で具体的な話が出ていたそうで、今朝になって、いつ戦わせるかという書状が何通も届けられたそうだ。
その書状が日が昇る前に届けられたせいで、ハナさんは「周辺の村に、何か異変が起こったの?」と飛び起きたところ、子爵の口から今回の件が発覚し、ものすごく機嫌が悪くなっているのだそうだ。ちなみに、ロボ子爵はハナさんに、折檻という名のリンチを受けた上、簀巻きにされて地下牢に叩き込まれているらしい。アムールはそんなハナさんに怯え、ブランカと一緒に俺のところに避難してきたのだそうだ。
「そういったわけで、至急屋敷の方に来て欲しい。ここまで来ると断れそうになくてな、その打ち合わせと謝罪がしたいそうだ。本来なら兄貴と義姉さんが来るべきなんだが、兄貴は使える状態じゃあないし、義姉さんの方も色々な対応に追われていて、屋敷を離れる事が難しい状態なんだ」
「なら仕方がない……のか?」
「テンマ、これはバカ親父に貸し一つという事で……あんな馬鹿でも、ここら辺ではそこそこ役に立つ」
「義姉さんも、「あの馬鹿をどう使ってもいいから、協力して」との事だ。きちんと依頼料は払うし、内容によっては依頼料の追加もするそうだから、ここは一つ頼む」
二人は揃って頭を下げた。じいちゃんとも話をした結果、今回の事は子爵家からの依頼として、正式にギルドを通した上で受けるという事に決めた。直接子爵家から依頼を受けるよりも、ギルドを通した方が公式な書類が残るという事なので、何かあった場合にギルドを味方に付ける事が出来るのだそうだ。
俺とじいちゃんの返事を聞いたブランカは、事前にそうなると予想していた様で、そのままギルドへと向かい、契約してから屋敷へと向かう事になった。
ギルドにも事前に話が通してあったそうで、すんなりと契約が済まされた。まあ、契約といっても簡単な事しか書かれていないので、ロボ子爵のサイン(ハナさん代筆)がされた契約書に俺の名前を書いただけで終わった。ただ、契約内容の最後の一文に、『話し合いの後折り合いがつかない場合は、テンマは契約を一方的に破棄する事も可能であり、その場合のペナルティは問わないものとし、さらに慰謝料として依頼料をそのまま渡す』と書かれていた。破格すぎる条件だ。早い話、今回の件において、全ての主導権を俺に渡し、断っても依頼料がもらえ、受けると依頼料+追加料金がもらえるという事だった。
契約後、子爵の屋敷に到着すると、玄関の外まで聞こえるくらいバタバタと音が聞こえており、聞いた話以上に慌ただしくなっていると感じた。
走り回る部下の人達を横目に、昨日宴会で使った部屋へと案内されると、上座の席でハナさんが文官と思われる部下達に指示を出しているところだった。
「義姉さん、テンマを連れてきたぞ。それと、ギルドで契約も済ませてきた」
「ありがとうブランカ。皆、少し席を外して頂戴」
「「「「「はっ!」」」」」
部下達は必要な書類だけを持ち、部屋から出ていった。部下達とすれ違う時に、皆申し訳なさそうな顔をしているのがとても印象的だった。
「取り敢えず、そこに座って……改めまして、本っ当にうちの馬鹿が勝手な事をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした」
「申し訳ない」
ハナさんの正面に座ると同時に、ハナさんとブランカとアムールは、揃って土下座で謝罪の言葉を口にした。
「今回の件は完全に我が家の落ち度であり、全ての責は子爵家の主であるロボとこの私にあります。その上で、今回の依頼を受けて欲しいと私達は思っております」
と、ハナさんは頭を畳に付けたままの状態で話していた。取り敢えずハナさん達に元の姿勢に戻ってもらい、詳しい話を聞いてみる事にした。その話によると、南部自治区は決して一枚岩ではなく、寧ろ、隙あらばロボ子爵を失脚させて、自分がその地位に就こうと考える者が多いのだそうだ。
ただ、ロボ子爵……というよりも、ケイじいさんから続くナナオの戦力は南部自治区ではずば抜けているらしく、例え結託されたとしても勝つ自信はあるそうで、万が一苦戦したとしても、友好関係にある村や街が救援に来るまでの間、戦い抜く事は十分に可能なのだそうだ。
しかし、今回の様にロボ子爵から持っていった(様に誘導された)話を一方的に反故にした場合、友好関係にある街の信頼を失いかねない。
そういったつまらない事で争いになるくらいなら、俺に土下座して頼むくらい恥でも何でもないのだそうだ。
「そんな事情なら、力比べに参加するくらい構いません。それで、力比べをするとして、どういった形式でする予定なのですか?」
俺が了承した事で、ハナさんとブランカはホッとした顔になった。アムールは何故か嬉しそうだ。
「今のところ予定しているのは、テンマと戦いたい者だけを集めた大会を開いて、その優勝者とテンマが戦ってもらうって感じなのだけど……」
「それだったら、王都の武闘大会と同じ様にフリー参加にして、集団戦の予選を勝ち抜いた者だけで、決勝をトーナメント方式で戦いましょう」
「いや、流石にテンマを予選から戦わせるわけにはいかないわ。まずありえないけど、テンマが予選で負けた場合、乱戦だったから負けたという言い訳をするつもりだとか、気に入らない村の選手を一纏めにして負かし、決勝に進めなくさせる気だ、とか言い出すのが出てくると思うから……そうねぇ……テンマには決勝トーナメントからのシードにして、予選は皆の目の前でくじ引きでグループを決める方法にしましょう」
大会に何人集まるかは今の時点では分からないが、参加人数が決まってから決勝トーナメントに進める人数を決める事になった。
「早速、書状を届けてきた村にその事を知らせましょう。それと同時に各村や街で、参加者を集める様に通達をだすわ。どうせやるなら、盛大な大会にしましょう……何の言い訳も出来ない様にね」
ハナさんはそう言って、静かに笑いだした。そのあまりの不気味さに、俺を始めとするハナさん以外の同席者は、ある種の恐怖を感じていた。特にアムールの怯え様はひどく、即座に俺の後ろに隠れていた。
「そうなるとナナオの代表者だけど……ブランカ、アムール、頼むわよ」
ナナオの代表者は、この二人だけにするそうだ。理由として、この二人ならほぼ確実に予選を突破出来るだろうし、二人が同じ予選グループにならない限り、決勝の選手枠にナナオの二人が得る事になるからだそうだ。他にも、予選でナナオの選手が、他の村や街の選手に負けるという記録を残さない為でもあるらしい。
「なら、わしも参加するかのう」
「あっ、マーリン様はご遠慮下さい」
「ほぇ?」
即座にハナさんに参加を断られたじいちゃんは、何故?という顔をしていたが、
「マーリン様まで参加するとなると、参加者が激減してしまう可能性がありますし、ブランカやアムールと予選でかち合った場合、確実に二人が負けてしまう事になるでしょう。こちらの都合で申し訳ありませんが、どうかお願いします」
「むぅ……今回は子爵家からの依頼でもあるし、仕方がないのう……」
依頼なのだからと、自分に言い聞かせて納得させたじいちゃんだったが、明らかに不満な様子だ。
「本当に申し訳ありません」
「よいよい、今回の主役はテンマじゃからな。わしは裏方に徹する事にしよう」
再び土下座するハナさんだった。それをみたじいちゃんは、気持ちを入れ替えて話を進めた。
「取り敢えず、今決めた事を主軸にして、大会のルールを決めていく事にするわ。開催まで一ヶ月もかからないと思うけど、それまでテンマとマーリン様はリュウサイケンの宿に泊まれる様に手配しておくわね。それと、テンマとブランカとアムールは、大会に向けて万全を期する様に気を付けて頂戴」
「分かりました」
「おうっ!」
「分かった」
「では、解散!」
ハナさんの解散宣言と共に、部屋の外に出ていた文官の人達が一斉に戻ってきた。今から各所に送る書状を作成するのだそうだ。
「でも、本来はロボ子爵が率先してする事じゃないのか?」
「あの馬鹿がやったら、出来る事も出来なくなる。テンマ、人には分相応の役割がある。あれに出来るのは、子爵というお飾りだけ。ナナオはお母さんがいれば大丈夫!」
「否定出来ないな……兄貴は戦や祭り事では力を発揮するが、内政や外政になると、足を引っ張る事が多いからな……何故かナナオの住人には慕われているけどな」
ロボ子爵は無能ではないが、政治で役に立つという程でもない様だ。ただ、何故かカリスマは持ち合わせているという、扱いに困る人物でもあるそうだが……