第9章-4 依頼(半分)達成?
「どうしてこうなった……」
「諦めい、テンマ。あれは一種の病気じゃ。獣人は力試しをしたがる者が多いからのう」
俺のつぶやきに反応したのはじいちゃんだけで、他は大盛り上がりで向かい合う俺とアムールの母親(ハナさんというそうだ)に声援を送っていた。
ハナさんは周りを気にする事なくロボ子爵とアムールを沈めた槍を振り回し、準備運動の様な事をしており、俺はいつも練習に使っている棒を取り出して、軽く体をほぐす程度の運動をした。
正直、本気でハナさんと戦う気はないのだが、あの動きを見ているとそんな考えでは負けてしまうと思う。アムールやブランカが自分達の中で一番強いと言っていたのだ、少なくともブランカと戦った時と同じ感じでやれば、今度は腕一本では済まないだろう。
「準備は出来た?」
「はい」
「じゃあ、始めようか。ブランカ、合図をお願いね」
「はいよ……その前にルールの確認だが、噛み付き、目潰し、急所への攻撃は禁止だ。後は、気絶した相手への追撃も禁止。勝敗はどちらかが降参するか、俺が戦闘不能になったと判断したら止める。双方、同意するなら位置について構えろ……では、始め!」
終始、ブランカは俺に対して済まなそうな顔をしながらルールの確認をした。心の中では何らかの理由で中止になってくれと思っているのだろうが、流石にそんな都合のいい事は起こらなかった。
「せいっ!」
ブランカの手が振り下ろされるとほぼ同時に、ハナさんは槍を突き出してきた。掛け声は一回だけだったが、実際に槍の攻撃は三度あり、どれもひと呼吸の内に繰り出された。
俺はこの攻撃を見るのは三度目(一度目と二度目はアムールに繰り出されたもの)だった事もあり、最初にこの攻撃が来る事は予想していた。ただ、同時に三回も突かれるとは思っていなかったので、カウンターを仕掛ける事は出来なかった。
「あら?外れた……と思ったかしら?」
「ちっ」
ハナさんは初手を完全にかわされると思っていなかったのか、一瞬だけ攻撃から気が逸れた様だった。だが、それ自体が罠だった様で、隙を突こうと距離を詰めかけた俺を、槍の横薙ぎで迎撃しようとした。
俺は直撃を防ぐ為に、咄嗟に棒を立てて攻撃を止め様としたが、そのまま強引に飛ばされてしまった。アムールの母親という事から、かなりの筋力を持っていると予想はしていたが、ここまでとは思っていなかった。
「ちょっとヤバイかな?」
「その割には余裕そうだけど、ねっ!」
ハナさんは俺の軽口に答えながらも、槍の間合いを守りながら突きを繰り出してくる。しかも、それぞれ速度に変化をつけているので、潜り込むタイミングが取りづらい。
そんなハナさんの猛攻に対し、俺は徐々に後ろに下がらされていき、後手に回り始めた。
「どうしたどうしたっ!ビビってんのか!そんなんじゃ、認めてやる事はできねえぞっ!」
この時、一番はしゃいでいたのはロボ子爵だった。彼は、俺が反撃に出る事ができないのを見て、まるで自分が戦っているかのごとく野次を飛ばしている。
「うるさい!」
「うごっ!」
突然ロボ子爵の顔面に石がぶつけられ、子爵は後ろ向きに倒れて動かなくなった。石を投擲したのはハナさんで、どうやらハナさんもロボ子爵をうざく感じていた様だ。しかも、倒れた子爵を追撃するかの様に、アムールがどこからか縄を持ち出して、子爵を縛り付けていた。しかも、解けない様に何十にも巻いた後で、ゴミでも捨てるかの様に遠くへ放り投げていた。
「あら?今の隙に襲いかかってきてくれても良かったのに」
「あの隙をつくのは、なんか怖かったので遠慮しておきました。まあ、俺も子爵がウザかったのもあったので」
あの騒動の中、俺は攻撃が中断された時のままで動きを止めて、事が終るのを待っていた。ハナさんはそんな俺の行動と言動が面白かったのか、コロコロと笑った後で槍を改めて構えた。
図らずも仕切り直しの様になってしまったが、それでも俺の間合いに入れない以上、先ほどと同じ展開になるだけだろう。
(力はブランカ並で、瞬発力はブランカ以上。身軽さはアムールと同等かそれ以上……厄介だな)
そんな分析をしながら、俺はある一つの賭けに出る事にした。
今のところ、ハナさんの攻撃は離れた状態では突きを繰り出し、近づこうとすれば横薙ぎを仕掛けていた。このうち、突きはかわしているが、横薙ぎは全て棒で受けるしか出来ず、しかも完全に受けきれないで飛ばされていた。
そこで、遠心力で威力が上がる横薙ぎではなく、回避できている突きを狙う事にした。狙いを絞った俺は棒を上段に構え、突きを誘った。ハナさんは、突然構えを変えた事に一瞬戸惑ったが、狙いやすくなった俺の胴目掛けて突きを放ってきた。
「せいやぁああああ!」
気合の声と共に振り下ろした俺の一撃は、見事ハナさんの槍を外れた。しかも、勢いよく地面を叩きつけた棒は真ん中辺りから二つに折れた。
「残念でした!」
槍が狙われていると分かっていた様子のハナさんは、俺の攻撃に合わせて槍を引き、そのすぐ後で再度突きを繰り出してきた。しかし、俺はこの状況も想定していた。
「ふっ!しっ!」
半身になって突きをかわした俺は、手に持っていた棒をハナさんに投げつけた。棒の先端は叩き折れた事で尖っており、腕で防ぐ事は出来ない。案の定ハナさんは大きく身をひねって棒をかわし、初めて本当の隙を見せた。
「せいっ!」
そこで俺はハナさんの槍を踏み、その勢いで廻し蹴りをお見舞いした。だが、ハナさんが咄嗟に槍を手放した事で、俺の蹴りはハナさんの頬を掠めるに留まった。
「これで間合いは互角ですかね?」
しかし、ここまでが俺の予想した通りの展開だった。まあ、あわよくばさっきの蹴りで決まればいいなとは思ったが、流石にそうは問屋が卸さなかった。
「ここまで読んでいたのね……でもね、私はこの間合いも好きなのよ!」
ハナさんは、自分から間合いを詰めてきて、接近戦を仕掛けてきた。流石に自分で好きだと言うだけあって、攻撃の切れや威力は申し分無かったが、その攻撃自体はここ最近でよく見かけたものだったので、対処はそう難しくはなかった。
「アムールね」
答えは簡単で、アムールの攻撃によく似ているのだ。確かにアムールより上ではあったが、それ自体は予想していたし、そもそもアムールと練習をした時には全て完勝してきたのだ。槍で戦われるよりも、格段にやりやすい。
「なら、これはどう?」
そう言ってハナさんは俺の胸襟とその反対側の袖を掴み、柔道の投げ技である内股をかけようとした……が、
「あれ?」
俺が腕を突っ張って跳ね上げられそうになっていた足を引いた事で、逆に宙を舞う事になってしまった。所謂、内股すかしをくらった状態だ。
「……降参するわ」
地面に叩きつけられたハナさんの首元に揃えた指を添えると、ハナさんはすぐに降参を宣言した。
「勝負あり!勝者、テンマ!」
俺の勝利宣言をするブランカだったが、その表情には特に何事もなく終わった事で安堵しているのがありありと見て取れた。
「これでもういいですね」
「そうね。力は見せてもらったわ」
ハナさんに手を貸して体を起こすのを助けると、ハナさんは意味ありげな笑みを浮かべていた。
「テ~ン~マ~」
そんな様子を見たアムールが、俺達の方へと突っ込んできたので、親子の再会を邪魔しない様に半身になってかわし、さらにハナさんの方向へとアムールを軽く押してそらした。
「あら、熱烈な抱擁ね。でも、痛いわよアムール」
「ぎっ、ギブ、ギブぅ~」
勢いをつけてぶつかってきたアムールをハナさんは軽く受け止めて、抱擁を返すかの様にベアハッグでアムールを締め上げた。たまらずアムールはギブアップしているが、ハナさんはアムールを離さなかった。
「中身……漏れる……」
数分後に解放されたアムールは、地面に横たわり何かをつぶやいていたが、近くにいた俺とハナさん以外は誰も聞き取れていなかった様だ。
「なら、次は俺だ。ハナの敵を取らせてもらう!」
「いいかげんにしろって、兄貴」
「離せ、ブランカ!」
ロボ子爵が名乗りをあげたが、すかさずブランカが後ろから羽交い締めで止めた。大変ありがたい。ここで変に戦って遺恨を(向こうが勝手に)残したりしてしまったら、マリア様の依頼に支障をきたすかも知れない。最も、書簡を渡した時点で依頼自体は終了するが、何が書かれているのかわからないし、最低でも返事をもらうまでは大人しくしていたい。
そんな俺の願いをよそに、何やらアムールとハナさんがヒソヒソと話をしながら盛り上がり始めた。なんとなく嫌な予感がしてきたので、目をそらして馬車に戻ろうとすると、たまたま目に入ったブランカも、同じような顔をしながらロボ子爵を放置して馬車へと歩き始めていた。
「決めたわ!テンマをアムールの婿にする!」
「ママ、素敵!」
「「「「ふぁっ!」」」」
驚きすぎて、変な声が口から漏れてしまった。最も、驚いたのは俺だけではなく、じいちゃんにブランカ、そしてロボ子爵も同様に変な声を出している。
「二人共丁度いい年齢だし、これだけ強いならアムールに相応しいわ。アムールは当然いいわよね」
「いいとも~」
盛り上がる二人をよそにブランカは顔を青くし、ロボ子爵は顔を赤くしている。じいちゃんは指を折りながら何かを数えているし、周囲を囲んでいた兵士達は何か賭け事の様なものをしている。そんな中、
「ますます戦いたくなったなぁ……小僧」
俺の後ろへとやって来たロボ子爵が、腕を俺の肩に置いて微笑んだ。だが、顔は真っ赤で目は血走り、口元には血が滲んでいる。あまりの形相に思わず「赤鬼かっ!」と突っ込みそうになったくらいだ。
「あなた、アムールのお婿さんにそんな怖い顔を近づけないで」
「俺は認めんぞ!」
ロボ子爵が叫ぶと同時に肩に置かれた手に力が入り、俺の肩に指がくい込んだ。余りにも痛かったのと、厄介事に巻き込まれた怒りで、思わずロボ子爵の手を思いっきり握っていた。握る時に、合谷と呼ばれる親指の付け根付近にあるツボに指を入れたので、ロボ子爵は悲鳴をあげていた。
「テンマがお父さんも倒した……はっ!障害を排除した!」
「やるわね。あの一瞬で倒すなんて」
「いや、そんなのはどうでもいい。だが義姉さん、アムール、俺も婿取りには反対だ」
「よ、よく言った……ブランカ」
二人に待ったをかけたブランカに、ロボ子爵も立ち上がりながら同意している。そうしている内に、アムール&ハナさんVSブランカ&ロボ子爵の構図が出来上がり、両陣営の間に火花が散り始めた。そして、そんなふた組を見ながら、周囲を囲んでいた兵士達はヒートアップしていく……主に賭け事方面で……
「じいちゃん、本当に虎の獣人は血の気が多いね……」
「わしも驚いておるわい……」
二対二で戦い始めたアムール達と、それを肴に騒ぐ虎獣人の兵士達を横目に、俺とじいちゃんは揃って引いていた。戦い自体はかなり激しく、手の内を知り尽くした同士の戦いなので見ごたえがあり、王都の武闘大会で行われたペアのトーナメントでも、ここまでの試合はなかっただろう。
見ていると、あの四人の中で一番強いと思われるのはハナさんだが、二番三番はブランカとロボ子爵で、四番がアムールといった感じなので、一見バランスは取れている様である。だが、アムールは他の三人と比べると身体能力はともかく、試合運びや技の練度においてだいぶ劣る為、全体的に見るとアムールとハナさんのペアが押され気味だった。
「どらっ!」
「うにゅ」
一瞬の隙を突いて、ブランカがアムールを体当たりで大きく吹き飛ばし、ほんの数秒だけハナさん対ブランカ&ロボ子爵という状況を作り出した。その数秒で二人はハナさんを取り囲み、ブランカが気を引きつけたところで、ロボ子爵がハナさんを背後から羽交い締めで動きを止める事に成功した……傍から見ると、かなり犯罪臭のする場面だった。
ハナさんの動きが止まったところで、ブランカが向かってきたアムールを無力化して勝負は着いた。ただ、ハナさんは最後の最後まで激しく抵抗したので、羽交い締めで密着していたロボ子爵のダメージがすごい事になっていた。わかりやすく言うと、両足は何度も蹴られたり踏みつけられたり、頭突きのせいで口や鼻から血が流れ、目には青タンを作っていた。そんな状況でもハナさんを離さなかったのは、すごい根性だと思った……よっぽどアムールの結婚が嫌なんだろうな。
「ブランカ!この人はともかく、なんであなたが反対なのよ!」
「義姉さん、結婚となったら、相手であるテンマの意思も重要だろうが。それに、テンマは王家から直々に家名を賜ったばかりだ。そんな中で婿に迎えてみろ、王家はいい顔をしないぞ。それに、テンマの結婚に関しては王妃様が何か考えているみたいだ。だから下手な事をして、南部と王家の間に溝を作ってしまう様な可能性は避けるべきだ」
ブランカの説明を聞いたロボ子爵は、ボロボロの顔でニヤついていた。ヤクザのような悪役が似合う人だと感じてしまった。正直、ハナさんはアムールが自分に似た顔で生まれて安心しただろうな、とも。
「王家から家名を賜った?テンマは貴族なの?」
ハナさんの疑問に、俺は首を振って否定した。
「テンマ自身が爵位を望まなかったから貴族にはならなかったが、王都では望めば伯爵は堅いだろうと言う噂が出ていた程だ。もちろん、王家もそのつもりだろう。ちなみに、テンマの両親は国王様と王妃様の親友で、そこにいるテンマの祖父は、賢者として有名なマーリン殿だ。テンマ自身も、武闘大会の個人戦とチーム戦のダブル優勝に、王都付近に出没した地龍の討伐、クーデターの阻止に加え、過去には国王様の命を救い、ゾンビと化した古代龍をほぼ単独で討伐したと言われている。寧ろ、貴族になっていない事の方が不思議なくらいだ。正直な話、王家にとっては兄貴よりも重要な人物だろう」
伯爵云々のはなしは直接聞いたわけではないが、俺が望めばあの人達はすぐにでもその準備をするだろう。それくらいの功績は上げたと自分でも理解している。ハナさんは俺が否定をしないのを見て、ブランカの言った事が本当だと判断した様で少し考え込み……
「なら、婿ではなく嫁に出すのなら問題はないのね?貴族に近いというのなら、嫁は何人いてもいいわけだし」
などと言い出した。ブランカも、「それならギリギリで大丈夫だとは思うが……」などと言った為、アムールは歓喜し、ロボ子爵は絶望の顔をしていた。
「ならいいわ。アムールとの間に子供が生まれたら、問題はないわけだし」
俺を無視して勝手に話が進んでいく中で、ロボ子爵の顔はさらにすごい形相になっていった。流石に王家と繋がりがあると言われてすぐに行動に出ないだけの理性は残っている様だが、それも時間の問題だと思われる。
「とにかく、家に戻りましょう……じゃなくて、この先の村に用事があるんだったわ」
「もしかして、ゴブリンの事か?それなら問題はない。寄ったついでに、俺達で討伐してきた。一応様子見に何人かは行かせた方がいいだろうが、ボスとその側近は討ち取ったし、逃げたのは全体の一割もいないだろう。例え残っていたとしても、村の連中でどうにか出来る範囲の筈だ」
「そう、なら隊の半分を向かわせて、事後処理と村の周囲を調べさせましょう。ブランカが言うなら大丈夫だとは思うけど、念を入れるにこした事はないしね。残りはここで引き返すわ」
ハナさんはブランカの話を聞いて、すぐに隊を二つに分け、片方を村へと向かわせた。もう片方は、俺達と一緒に帰るそうだが、その前にキングや上位種の確認をしたいと言われたので、マジックバッグから取り出してハナさん達の前に出した。
「これだけの数の上位種を相手に完勝しただなんて、本当にすごいわね」
「はんっ!これくらいなら、俺でも楽勝だろう。別に威張る程の事でもない」
ハナさんが俺の戦果を褒めていると、ロボ子爵が張り合ってきたが、ハナさんに睨まれて大人しくなった。
「あなた、本気で言っているの?確かにあなたなら倒せるでしょうけれども、これだけ綺麗な状態で勝てるの?」
「まあ、無理だろうな。兄貴は俺やアムールと同じで、どちらかというと力任せに戦う方が得意だからな。一対一ならともかく複数を同時に相手にした場合、上位種の素材はボロボロになっているだろうな」
ハナさんとブランカに言われ、ロボ子爵は黙って俺を睨んでいた。なぜそこまで睨んでいるのかというと、先程からアムールが俺のそばにいるからだ。睨んでいる時は決まってアムールがロボ子爵から視線を外している時で、目が合いそうになるとすぐに逸らしている。
「ロボ子爵」
「お、おう。何だ?」
俺に話しかけられるとは思っていなかったのか、ロボ子爵は若干どもりながら返事をした。そんなロボ子爵に、俺はマリア様から預かった書簡をを取り出して、
「こちらが王家より預かりました書簡になります」
「うむ、ご苦労。依頼達成を証明する書状を書くゆえ、少し待っておれ」
ロボ子爵はそう言って近くにいた部下に紙とペンを持ってこさせ、その場で何かを書こうとしていたが……
「お待ちなさい」
ハナさんが横から紙を奪い取り、くしゃくしゃに握りつぶした。
「書簡の受け取りはともかく、証明書はここで書くのはおかしいわ。内容の確認もしないといけないし、場合によっては返事を書かなければならないもの。その場合、王都と同じ方向に帰る人に頼んだ方が、色々と都合がいいわ」
その言葉に、俺とロボ子爵の企みは頓挫した。ロボ子爵は俺とアムールを引き離し、俺は自由に南部自治区を回るという企みが。まあ、俺の方はそっちの方が楽そうだというだけなので、正直成功しようがしまいがどちらでも良かったのだが、ロボ子爵は俺とは違いかなり本気だった様だ。その為、露骨に落ち込んでいた。
「とにかく、私達の家まで同行してもらうわよ」
そう言ってハナさんは、何故か俺達の馬車に乗り込むのだった。ちなみに、ロボ子爵は兵士達がいるので、ハナさんとは別に馬に乗って移動する事になった。