第9章-3 遭遇
「しかしテンマ、本当に良かったのか?」
ブランカが言う良かったのかとは、あの村を襲ったゴブリン達の魔核の事だ。
ゴブリンの討伐を終えて村に戻った俺達は、真っ先に村長とギルド長に会いに行き、全滅に近い状態に追い込んだので危険は去っただろうと報告した。その結果、村人達から大変喜ばれ、村をあげての宴会の主賓として招待されたのだ。
「あれだけ色々なものを食べさせてもらったんだ、ゴブリンの魔核くらいどうって事ないさ。寧ろ、シロウマル達の食った量の事を考えると、こちらが金を払わないといけないかもって思った程だ。しかも、キング達上位種の魔核は受け取ってもらえなかったしな」
「まあ、それを言われるとな……お嬢も何人前食ったかわからんしな」
アムールの食いっぷりを思い出したのか、ブランカはため息をついていた。
シロウマルとソロモンとアムールで、村人が出してくれた食べ物の半分近くを食べたのではないかというくらいの勢いを見せていたのだ。
村人達はその食いっぷりを微笑ましそうに見ていたのが救いだったが、俺とブランカにしてみれば、頭の痛い光景であった。ちなみにじいちゃんの方はというと、村人と飲み比べをし、挑んできた人達をことごとく沈めていくという、別の意味で頭の痛くなる様な事をしていた。倒れた人達には、水を飲ませて回復魔法をかけたおかげで、なんとか急性アルコール中毒になった人はいなかったが、一歩間違えれば大変な事になったのは違いない。
なので罰として、シロウマルとソロモンには馬車の進行方向と周囲に魔物が居ないかを確認させ、じいちゃんとアムールには御者を交代で一日中させる事にしたのだ。
大した罰ではないが、それでもやらせないと俺とブランカの気がすまなかった。まあ、じいちゃん達にとって、そんな事は罰の内に入らないと思うけどな。
「今日一日で、少しは反省してくれるといいんだけどな」
「確かに、ほんの少しでも、のわっ!」
ブランカが俺に同意しようとした瞬間、馬車の速度が急に上がった。この馬車は色々と手を加えたおかげで、多少の揺れや衝撃を感じない様な作りになっているので、これは通常ではありえない事だった。
「何かあったのか!」
「じいちゃん、アムール、何があっ……た」
御者席の後ろの窓を開けて、何が起こっているのかじいちゃん達に聞こうとした瞬間、思わず声を失ってしまった。何せ、
「むう、シロウマルに追いつけない」
「さすがのライデンでも、馬車を引いた状態では勝負にならんのう」
あろう事かこの二人は、併走していたシロウマルと競争を始めたのだ。いくら平地続きだからといって、こんな速度を出し続けていたら、すぐにでも馬車、特に車輪が壊れてしまうだろう。
「まだ、次の下り坂で勝負!」
「よし、行くのじゃ!」
「「おい」」
「「うおっ!」」
俺とブランカは、張り切って飛ばそうとする二人の後ろ襟を掴んで止めた。二人は『しまった』という顔をして、ライデンに急ブレーキをかけさせた。その結果……
「ぬわぁあああ!」
「のぉおおお!」
二人揃って馬車の前へと投げ出された。そして、俺とブランカも窓に叩きつけられた。
「つぅううう……」
「あがっ!」
揃って顔を押さえる俺とブランカだったが、俺達以上にじいちゃんとアムールのダメージは大きかったようだ。二人はライデンの横で顔面を押さえながら、地面をのたうち回っている。
「ブランカ」
「すまん、助かる」
俺は自分の顔に回復魔法をかけた後で、ブランカにも魔法を使った。二人共ただの打撲で鼻血が出た程度だった為、軽く魔法をかけただけで治った。
「さて二人共、何か言いたい事はあるか?特にじいちゃん。じいちゃんなら、この馬車の強度くらい、見たら大体はわかるよね?」
「お嬢、これは……今回もやりすぎだ!お前の頭の中には、反省と学習という言葉は入っていないのか!」
俺とブランカは、じいちゃんとアムールを地面に正座させ、二人で思いっきり叱りつけた。流石の二人も、下手な反論はまずいと感じていたのだろう、最後まで黙って大人しくしていた。ただ、アムールは叱られている最中、足が痺れて集中力を欠いていたが、なんとか耐え切ったという感じだった。
「あ、歩けない……シロウマル、止めて!ソロモン、ハウス!」
足の痺れでまともに立つ事が出来ないアムールは、槍を杖の代わりに使いながら少しずつ馬車の方へと歩いていたが、その様子を遊んでいると勘違いしたシロウマルとソロモンが、アムールの足を鼻でつついていたのだ。しかも、アムールの抵抗がいつもより弱々しかったので、二匹は調子に乗っていた。そのせいで、アムールは何度も転けていた。
「ふう、まだまだじゃの」
そんなアムールの様子を見たじいちゃんは、何故か勝ち誇った顔をして、馬車の方へと向かっていた。しかし、
「シロウマル、ソロモン、じいちゃんが遊んでくれるってよ!しかも、おやつもくれるらしいぞ!」
「何を言っておるのじゃ、テンマ!こ、これ、来るんじゃない!のあぁぁああっ!」
俺には分かっていた。じいちゃんも足が痺れており、まともに立てる状態ではなかったという事に。なら何故アムールの様にならなかったのかというと、じいちゃんはこっそりと魔法を使っていたのだ。しかも、回復魔法だとバレやすいから、浮遊魔法で地面すれすれを浮かびつつ、さりげなく杖を使って移動していたのだった。
「じいちゃん、せこいよ。そこまでするなら、普通に回復魔法を使えばいいのに」
「反省しておるから、こやつらをどけてくれ~~~!」
いつまでもここに留まっても意味がないので、シロウマルとソロモンを餌でじいちゃんから引き離し、ついでに二人の足に回復魔法をかけた。
「今回の罰として、ロボ子爵の街に着くまで、二人だけで御者と夜の見張りな」
ここからなら、街まで一週間くらいで着くという事なので、キツめの罰を出す事にした。
じいちゃんくらいの冒険者なら、これくらいは経験した事は何度もあるだろうが、アムールのサポートもしないといけないので、負担は格段に上がるだろう。経験不足のアムールの方は、言わずもがなだ。
「「申し訳ない……」」
二人共、その一言だけ言って、トボトボと御者席へと歩いて行った。シロウマルとソロモンも、馬車の前の方へと移動を始めたので、例えじいちゃんとアムールが張り合おうとしても、速度を落として俺の所へ来る様に言い聞かせた。流石に怒られてすぐにもう一度繰り返すとは思わないが、競り合う形で自然と速度が上がってしまう事もありえるので、念の為の指示だ。
そんな事があってから三日後、馬車がまた急停止をした。あれから二人は安全運転を心がけていたので、今度こそ何かあったのかもしれない。
「じいちゃん、何があったの?」
「何やら、武装した一団が向かってきておるわい。まだまだ先の方にいるから、恐らく向こうはこちらに気が付いていないじゃろう」
そう言いながらも、じいちゃんは右手で望遠鏡の様な形を作り、片目に当てて遠くの方を見ている。初めて見る魔法だが、想像通り遠くを見る為の魔法なのだろう。
俺も『探索』を使って確かめてみると、およそ三km先に五十人程の集団がいた。そのうちの一人に『鑑定』を使ってみると、目的の街に所属している獣人の正規兵だった。
「何か他に見える……っていうか、その魔法を教えて」
『探索』と『鑑定』は秘密にしている為、じいちゃんの使っている望遠鏡の様な魔法は隠れ蓑に丁度良さそうだ。なので、簡単に出来る様なら、今ここで教わろうと思った。最も、じいちゃんは恐らく俺が『探索』と『鑑定』を使える事は分かっていると思う。仮にも賢者と呼ばれているし、そもそもその二つの魔法自体、相当なレアではあるが、この世界に存在する魔法なのだ。まあ、かなり精度の低い魔法であっても、それらを使える者はほぼ全員が貴族か闇社会の者に所属すると言われている。しかも、その存在は公表しないし、されない事がほとんどだ。何せ、精度が低くても簡単に犯罪に使えるし、相手の弱みを握る事も可能なので、秘密裏に囲われるか始末されるのだとか。ちなみに、俺は何度も使っているが、これは『隠蔽』があるから出来る事で、もし『探索』や『鑑定』を使っている事がバレたら、下手をすると犯罪者のレッテルを貼られる可能性がある。王城の秘密の通路や、王様達の個人情報(年齢や能力)を勝手に調べるのは、流石に最重要機密に属するものだからだ。まあ、あの人達なら多少の文句を言うくらいで済むかもしれないが、周りがうるさいだろう。特に改革派が。
少しそれてしまったが、そういう理由から、俺はじいちゃんにも言ってないわけだ。
「まあ、慣れれば難しい魔法ではないぞ。理屈としては、筒を真似た手の両端に、結界を張る様な感じかのう。それで、一番のコツじゃが……」
「あっ、出来た。ありがと、じいちゃん」
「なぬっ!」
じいちゃんの説明から、まんま手で作った筒を、結界を使って望遠鏡にするのだと思いついた。簡単に言えば、結界をガラスの様な物だと考えて、凸レンズと凹レンズの様な形を作り出して、手で作った筒の両端にはめ込んだのだ。初めてなのでかなり精度は悪いが、そこは微調整を繰り返し、魔法で強化すれば問題はなくなった。
「わしがこの魔法をモノにするまで、何年かかったと……」
「その話は後で聞くから。ブランカ、アムール、恐らく二人の知り合い達だと思うぞ」
「本当か?」
「本当?」
「多分だけど、虎の獣人が多く見えるし、着ている鎧なんかも揃っている。そしてなによりも先頭の方に、アムールに似た女性がいる。アムールのお姉さんか親戚の女性じゃないかな?」
「「お姉さん?」」
二人揃って首をかしげているので、ただ単に面影が似ているだけかもしれないが、『鑑定』で正規兵と出ている以上、このまま進んでもいいと思う。仮に尋問を受けたとしても、マリア様から預かった書簡の紋章を見せれば、下手な事は出来ないはずだ。
そう考えた俺は、すぐに書簡と身分を証明できる様にじいちゃんと御者席を代わり、ライデンの手綱を握った。その際、俺の横に兵達と同じ種族の獣人が座っていた方が話を聞いてくれやすいだろうと思い、ブランカにその役を頼もうとしたのだが、アムールがブランカに場所を譲る事を頑なに断った為、仕方なく俺とアムールが御者席に座り、前方からやってくる一団の方へとライデンを進ませた。
「そこの馬車、停止せよ。貴様らは、この先の村を経由してやって来た者達か?」
「もしそうだとしたら、この先の村の事で聞きたい事がある」
俺達にの接近に気がついた一団から、二人の若い虎の獣人が駆け寄ってきた。この二人は俺達の正体を判断する為にやって来たようだ。
「そうだ。俺はセイゲンからある方の依頼を受けてやって来た、テンマ・オオトリという冒険者だ。そちらの所属と、隊の責任者を呼んでもらいたい」
そう言った俺に二人の獣人は怪訝な顔をしたが、俺が見せたオオトリ家の家紋に、念の為にと見せたサンガ公爵家とサモンス侯爵家の家紋のおかげで、片方の獣人が一団の責任者へと知らせに走っていった。この際、オオトリ家の家紋は渡したが、公爵家と侯爵家の家紋は渡す事を拒否した為、二人はかなり怪しんでいた。なので、残った一人は露骨に俺達を警戒していた。ただ、アムールを見た時に、何故か首をかしげていたのが気になった。
「こうして見ると、かなりの迫力があるな」
俺の視線の先に、こちらに向かってくる獣人の一団があった。その殆どが虎の獣人なので、かなりの強面揃いであり、これから敵対組織へと乗り込みに行く裏社会の者達も、顔を真っ青にして道を譲りそうな迫力があった。
「お前がテンマと名乗った冒険者か……オオトリ家というのもこの家紋も知らないが……ん?」
集団の先頭にいた虎の獣人の男が、俺にオオトリ家の家紋を投げ渡したところで、何故か動きを止めた。その視線の先には、俺にピッタリと寄り添っているアムールと、その後ろの窓から顔を覗かせているブランカがいた。
「なんで、アムールとブランカがこの小僧と一緒にいるんだ?と言うか、アムールから離れろ小僧!」
牙を向いて怒る男を見て、アムールはさらに俺に引っ付いてくる。そんなアムールを、俺は顔を押して引き離したのだが、そんな様子を見た男が、今度は「アムールに何の不満があるんだ小僧!」と、先ほどとは矛盾した様な事を言い出した。
「すまんテンマ。あれは俺の義兄でアムールの父親であるロボだ。それと、お前がアムールの姉と言っていたのは恐らく……」
「早く離れんか、小僧ぉおおお!」
全く離れる気配のない俺(実際には、アムールが服を掴んで離れない)に対し、痺れ切らしたロボ子爵が俺に飛びかかろうとしたが、
「静かにしなさい!」
ロボ子爵の後ろにいた女性が、後ろから頭を叩いていた……なんと、手に持っていた槍で……
「うぼふっ!」
後ろから叩きつけられたロボ子爵は、地面に顔をめり込ませていた。
「ごめんなさいね」
女性が謝る姿を見て、ブランカの横から顔を出していたじいちゃんが、「アムールのお姉さんかのう?」と言った。するとブランカは微妙そうな顔をし、アムールは大爆笑しだした。
「ナイスジョーク!」
親指を立てて笑うアムールに、女性の顔が少し引きつっている様に見えた。女性が槍を握る手に力を入れた事に気がついたブランカは、馬車の中へと静かに顔を引っ込めたが、アムールはそんな周りの様子に気がついていない様で、さらに続けて、
「あれは若作りしてるだけ。その正体は、立派なおば……へぶっ!」
大爆笑中のアムールの額に、女性の鋭い一撃が突き刺さった。その一撃は鋭すぎて、アムールの横に居た俺ですら、かろうじて動いたというのがわかった程度だった。仮にこれが俺を狙った一撃だったとしたら、アムールと同様に額に槍の一撃を受けて後ろの壁に後頭部を強打していただろう。それくらいすごかった。唯一の救いは、槍の石突きでの一撃で、額に当たった瞬間に槍を引き戻しているという事だろう。それがなかったら、確実にアムールは悶える事なく息絶えていたはずだ。最も、それでも頭蓋骨にひびが入るくらいは余裕でしてそうだ。
「取り敢えずアムール、回復魔法をかけてやるから、オデコをこっちに向けろ」
「テンマ……ちゅーで治し、ワギャ!」
ふざけてたアムールのオデコに、キスの代わりにデコピンをお見舞いした。デコピンした感じでは、アムールの頭はあまりひどい事になっていない(中身はいつも通りみたいだったが)みたいなので、魔法ではなく塗り薬で処置した。
「テンマのいけず……でも好き」
「お友達でお願いします」
「アムールは嫁にはやらんぞ、ぐべっ!」
「仲がいいわね~」
いきなり復活したロボ子爵は、女性に頭を踏まれてまたも地面にめり込んだ。今度は先程よりも深くめり込んだ様だ。
「それで、こちらの女性がアムールのお姉さんじゃないとすると、もしかして?」
「アムールのお母さんで~す!」
「年を考えないと……はっ!」
「ちっ、外した」
俺としては、アムールの母親の行動は少しわざとらしく感じたが、そこまで違和感を感じるほどでもなかった。しかし、身内であるアムールには違和感満載だった様で、思わず突っ込んでしまった様だ。そして、すぐに体を横に倒して回避行動をとり、今度はあの鋭い一撃を完璧にかわしていた。
アムールがかわした事で、一見被害者が出なかった様にも見えるが、実はしっかりと被害者は出ていた……アムールの母親の足の下で、ロボ子爵が踏み台にされていたのだ。頭を……
「お父さん、死んだ?」
「このくらいなら大丈夫でしょ。一番の取り柄が頑丈さなんだから」
などと地面にめり込むロボ子爵を見ながら、母娘は会話をしていた。あの家では、悲しいくらいロボ子爵の地位は低い様だ。
「まあ、そんな事は置いておいて、あなたがアムールの選んだ人ね。じゃあ、やりましょうか?」
女性はそう言って、何故か嬉しそうに準備を始めたのだった。