第9章-1 家族
数話分書けましたので、投稿を再開します。
年末で忙しくなってきていますが、今月は一週間に1~2回のペースでUPします。
取り敢えず今日は、二話投稿します。二話目は18時に投稿予定です。
「テンマ、そろそろ川が見えてくるはずだ。その川に沿ってしばらくすると、野営に向いている場所がある。少し早いが、そこで今日は休もう」
ブランカが窓を開けて、ライデンを操っている俺に提案してきた。
空を見るとまだまだ明るいが、この先にそこ以上の場所はないそうなので、ブランカの提案を受け入れる事にした。
「テンマ、あそこだ。あの丘になっているところだ」
「わかった」
ブランカの言ったとおり、川の近くに丘の様に高台になっているところがあり、俺はライデンをそこまで進ませた。
丘に着いて辺りを見渡すと、周囲は丈の低い草が生い茂っている草原が広がっていて、何かが近づいてこようとすれば、すぐに気が付く場所だった。しかも、今夜は満月なので、余計わかりやすいだろう。
「水場も近いし、休憩にもってこいの場所だな」
「ああ、一つ難点があるとすれば、敵を発見しやすいと同時に、相手からも発見されやすいがな」
「二人共、おしゃべりよりも先に、準備を終わらせるぞ」
ブランカと話していると、馬車から降りてきた爺ちゃんが火を起こす場所を探していた。こういった場所だと、前にここを使った者達の跡があるはずなので、そこを探しているのだ。
「マーリン殿、確か馬車の後ろの方にあるはずだ」
「おお、あったあった」
ブランカの言ったとおり、馬車の後ろの方に一箇所だけ土を掘り起こした場所があり、湿った炭や燃えかすが転がっていた。
「あふ~~……もう着いた?」
周囲の確認と探索が終わったところで、馬車からアムールがあくびをしながら出てきた。その後ろからは、同じく寝ていたシロウマルとソロモンも続いている。
「お嬢、寝すぎだ。さっさと顔を洗ってこい」
「ん~……」
アムールは、半分目が閉じた状態で馬車の中に戻っていった。次に戻ってきた時には完全に眼が開いていたので、眠気は飛んだ様だ。
「日暮れまではまだ時間があるから、近くで燃やすものを探そうか。ついでに食べるものも」
俺の提案に皆は頷き、馬車から見える位置までで探す事になった。馬車の近くにはライデンがいるし、念の為スラリン達も待機させているので、誰かが馬車から離れすぎた場合、シロウマルかソロモンが知らせに行く様に指示を出した。
「俺は川の方に行ってみるか」
「私も行く」
じいちゃんとブランカが草原の方に行ったので、俺は食料が一番手に入りやすそうな川に向かう事にした。アムールもついてくるというので一緒に向かった。
「川に到着っと。馬車も、しっかりと見えるな」
一応馬車の位置を確認したが、馬車から川までは百mも離れていないので、無用の心配だった様だ。川原をパッと見ただけでも、流木などがかなりあるので、役に立ちそうなものは簡単に見つかりそうだ。
「アムール、俺はこっち側を探すから、向こう側は頼むな」
「わかった」
アムールと二手に別れ、流木や手頃な石などを探していると、なんとなく川に目がいった。竿や網を持っていないので魚を狙うつもりはなかったが、ガチンコ漁やビリ漁なんかだと行けるかもと思い、川の様子を見てみる事にした。
「なんか、ナミタロウと出会った時の事を思い出すな」
そんな事を思っていると、水中から巨大な何かが近づいてきた。
「まさかのフラグ回収かっ!」
自分の言葉に少し後悔しながらも、ナミタロウかもしれない生き物用の準備をした瞬間、水中の何かは俺めがけて飛び出してきた。
「ナミタロウ……じゃない!」
飛びかかってきたのはパッと見で三mを軽く超える、巨大なサケだった。もしかしたら、マスかもしれないが。
サケは俺を食べようと、口を大きく開けて水面から飛び出していたが、俺は焦らずにナミタロウ対策に準備していた『ガーディアン・ギガント』でサケをキャッチした。
「食料、ゲット!取り敢えず、締めとこ」
本当は神経を抜いたり血抜きをした方がいいのだろうが、面倒くさかったので、ギガントで首の骨を折って処理した。処理したサケは、すぐさまマジックバッグに入れたので、後で解体する事にして、水中に向けて『探索』を使用した。
「小さい反応の中に、大きいのがもう一つあるな」
『鑑定』の結果、どうやらタイラントサーモンと言う魚らしいので、先ほどのサケと同じ種類なのだろうと思い、せっかくなのでこいつも捕まえる事にした。
「ビリ漁を試してるかな?」
前世で、ガチンコ漁やビリ漁というものがあるのは知っていたが、実際に試した事はなかった。なにせ、日本の殆どの川では、それらの漁は禁止されていると聞かされたからだ。しかし、この世界にはそんな法律は存在しないので、思い切って試してみる事にした。
「電流を流す感じかな……ほいっと!」
サケがいるところを通る様に雷魔法を使うと、少し拡散したみたいだが、思った通りにサケが水面に浮いてきた。ついでに小さな魚が数十匹浮いてきたが、回収が大変だったので、コイの様な大きな魚以外はそのまま放置する事にした。運がよければ蘇生するだろうし、ダメだったとしても他の魚や鳥などの餌になるだろう。
「それにしても、サケは初めてだな。刺身が食べたいけど、流石に無理かな?」
この世界でマスは見た事があったのだが、サケはまだ見た事がなかったので、どんな味がするのか楽しみだった。
今とったサケやコイなどに簡単な処理をほどこして、一度馬車に戻る事にした。これだけあったら、数日間はおかずに困らないだろう。
「『鑑定』で毒がないのはわかっているけど、味はどうなんだろうな?」
そんな事を考えながらアムールを探して見ると、川下の方で何故か水浸しのアムールが、パンパンに膨れた麻袋を担いでこちらに向かって来ていた。
「テンマ、大漁!何故か魚が流れてきた!」
アムールが喜びの声を上げながら開けた袋の中には、俺が先程回収しなかった小魚でいっぱいだった。
「……そうか、良かったな」
少し複雑な感情があったが、喜んでいるアムールに言うほどの事でもないと思い、当たり障りのない事を話しながら、一緒に馬車まで戻った。
馬車に戻ると、屋根の上で見張りをしていたスラリンが何か言いたそうにこちらを見ていた。どうやら、スラリンはアムールが魚を簡単に捕まえる事が出来たのかを知っている様だ。だが、スラリンは空気の読めるスライムなので、アムールに教えようとはしなかった。
「おお、大量だな!情けない事に、俺の方はほぼゼロだ」
「わしも似たようなもんじゃ。どうやら小動物や魔物も、ここら辺りが危険地帯とわかっている様じゃ」
二人はそんな事を言いながらも、しっかりと食べられる野草を採集していた。しかも、ノビルや百合根、たんぽぽにミツバといったもので、調理が簡単なものばかりだった。念の為、『鑑定』で毒の有無を確認したが、問題はないようだ。
「俺も大物を仕留めたけど、今日はアムールの魚と、二人がとってきた野草で料理を作ろうか」
アムールが捕まえた魚は、ハヤやフナといったものが多かった。なので、フナは三枚に下ろして水にさらし、少しでも泥臭さを取るようにして、ハヤは内蔵を取り除いて塩で軽く振って、一本の串に数匹まとめて刺した。
「じいちゃん、百合根とノビルはよく洗っておいて。ブランカとアムールは、かまどを二つ作って火起こしを頼む。かまどが出来たら、油を入れた鍋と水を張った鍋を火にかけておいてくれ」
俺はそれぞれに指示を出して、料理の準備を進めていく。今日は肉を使わないメニューなので、シロウマル達は物足りないかもしれないが、サーモンと一緒に確保したコイなどを回すので、我慢してもらう事にする。
「これで完成っと」
調理開始から一時間もしないうちに、数品の料理を作る事が出来た。メニューは、野草を茹でたものに、魚を揚げたものや焼いたものなどが中心だが、何種類か味付けを変えたものを用意したので、野営で食べるような料理ではなかった。
「それと、少しだけど酒もあるから。念の為、一人一杯分の量しか作ってないけど」
酒といっても蒸留酒を多めの水で割ったものなので、よほど酒に弱くなければ酔う事はないだろう。少なくとも、じいちゃんとブランカが、これくらいで酔う事は絶対にないと言い切れる濃さにしてある。
酒をマジックバッグから取り出すと、案の定じいちゃんとブランカは、先を争うかの様に酒をコップに注いでいった。まあ、目の前の料理が酒のおつまみになる様なものばかりだから、仕方がないといえば仕方がない。
結局、二人は俺とアムールの分の酒も飲み、料理の中でも味の濃いものばかりを食べていた。
「今日の夜番だけど、最初がブランカで、二番目が俺、最後がじいちゃんとアムールでいいか?」
普通、負担の大きい二番目に経験豊富な者を持ってくるのがセオリーだとは思ったが、ブランカは昼間に一番長く御者をしていたので長く眠れそうな一番目にし、じいちゃんは一番経験が浅いアムールと組ませる為に三番目にした。
理由も話して三人の了解も取ったので、それぞれ夜の準備を始めた。ちなみに、今回の旅の為に数枚の衝立を作ったので、男女別のスペースを確保する事ができた。まあ、スペースと言っても簡単なものなので、色々と気を付けないといけないが、それでも(主に俺の)精神的な負担は格段に減った。なにせ、アムールはわざと俺の前で服を脱ごうとしたり、俺の着替えを覗こうとするのだ。一応そういう時は、風呂場に逃げ込む様にしているが、そういった時に限ってじいちゃんかブランカのどちらかがトイレを使用しているので、風呂場に逃げ込む事が出来なかったりするのだ。デビュー当日にも関わらず、二桁近い活躍を上げている、期待の新人なのである。
「そろそろ寝るとするかの。二人はどうするのじゃ?」
「俺は少しブランカに聞きたい事があるから、もう少し起きてるよ」
「じゃあ、私も起きてる」
「いや、お嬢は寝ろ。ただでさえ野営に不慣れなのに、不安要素を作ってどうする」
座り直そうとしたアムールを、ブランカが一喝して無理やり馬車へと向かわせた。渋々従ったアムールは、馬車に到着するまで何度か引き止めて欲しそうにこちらを振り向いていたが、その度にブランカが睨んで足を進めさせていた。
「で、テンマは何を聞きたいんだ?まあ、大方の予想はつくがな」
俺が聞きたい事がなんなのか心当たりがあるらしいブランカは、わざとアムールをきつい言葉で追い払ってくれたらしい。
「まあ、ブランカの予想は多分合ってると思うぞ。聞きたい事というのは、アムールの家族の事だ。アムールは俺と結婚するとか言っているけど、子爵の令嬢ならそう簡単にはいかないだろ?下手すると、父親のロボ子爵の機嫌を損ねる事になると思うんだが」
正直、俺個人としては、アムールの父親で子爵とは言え、会った事のない人物に嫌われたとしてもどうという事はない。だが、王家からの使者として行く以上、俺がロボ子爵の機嫌を損ねると言う事は、王家と子爵の関係が悪化してしまう可能性がある。これがただの子爵なら問題はないが、ロボ子爵は南部自治区のまとめ役の様な人物だと聞いている。つまり、子爵にしては力を持ちすぎているのだ。
「まあ、はっきり言って、義兄はテンマを敵視するだろうな。あの人はアムールを溺愛していてな。早い話、子離れができていないんだ。だから、アムールが好意を寄せるテンマにきつく当たると思う。それは諦めてくれ。だが、これだけは言える。南部自治区が王家と敵対する事はない」
はっきりと言い切るブランカに俺は驚いたが、きっぱりと敵対する事はないと聞いて少し安心した。
「そこまで言い切る理由はなんだ」
「簡単な話だ。俺がさせない。仮にそうなったら、義兄と刺し違えてでも止める。流石に義兄のわがままと、南部自治区の住人の命をでは、どちらが重いか計るまでもない。まあ、その前に義姉に止められると思うがな。あの人は義姉に頭が上がらないし、何より義姉の方が強い。それに、義兄が子爵を継いではいるが、血筋は義姉の方が直系だ。義兄は婿養子のようなものだ」
なので、本気でロボ子爵が王家に反旗を翻したとしても、住人は奥さんの方につくだろうとの事だ。そもそも、ロボ子爵がアムールに嫌われてまで強行する可能性は、無いに等しいらしい。
「それで、義姉の事だが……アムールの母というよりは、姉の様だと思った方がいい。それくらい似ている」
最後の情報は、俺にとっては不安材料でしかないが、普通の常識はあるそうなので、そこはあまり心配しなくていいらしい。
「まあ、アムールの母親に普通の常識があるのは俺としては喜ばしい事だ。それと、もう一つ聞きたいんだが、アムールの曽祖父のケイじいって、どんな人だ?」
俺の中で、『ケイジ・トラ・大男』と言ったら、日本で一番有名なあの戦国時代の傾奇者しか連想できない。もしかしたら、あの傾奇者ファンという可能性もあるが、どちらにしても俺と同じ転生者である可能性が高い。
そんな異世界転生の先輩が、どのように生きてきたのか気になってしまうのだ。自分が転生者だと、自ら語ったとは思えないが、俺とケイじいに共通点があり、参考に出来るところがあるのなら知りたいと思ったのだ。ちなみに、同じ異世界転生の先輩であるナミタロウは、とてもではないが参考になるとは思えないので、数に入れてないしこれからも入れる予定はない。
「まあ、簡単に言えば、南部史上、最強の男だ。そして、これは俺個人の見解ではあるが、獣人史上、最強の男だとも思っている。例え俺が二人……いや、三人いたとしても、全盛期のあの人には勝てないだろう。そう思わせるくらいの男だ」
ブランカの表情から察するに、決して誇張して言っているわけではない様だ。
戦いで絶対はないし、互いの相性もあるから、一概にブランカの三倍強いというわけではないかもしれないが、それでも規格外の男だという事が分かる。
「ちなみに聞くが……俺とケイじいさんが戦えば、どちらが勝つと思う?」
俺の馬鹿げた質問に、ブランカは難しそうな顔をしながら真剣に考えて、
「状況にもよるが、一対一の戦いで、接近戦なら九対一でケイじいさん。離れて戦えば、七対三でテンマといった感じだ。俺の勝手な想像の上での話だがな」
つまりブランカの考えとしては、俺とケイじいさんでは、総合的にケイじいさんの方が強いという結論なわけだ。
自分が史上最強だとは思っていないが、少し信じられなかった。もちろん、ブランカが贔屓目で見ているとは思わないし、両方を知っているブランカが熟考した上でそう言うという事は、大きく外れているとは思えない。だが、それでもこの世界に置いて、才能だけなら史上最高だと思っていたのは事実だ。なにせ、この世界の神達から、直々にもらった才能だ。しかも、それぞれが複数の能力を詰め込んでくれたのだ。
だから、少し角度を変えて考えてみた。この世界の身体能力がケイじいさんより少し劣るもので、才能は上回っていると考えてみる。そうすると、全体的な能力では互角に近いはずだ。つまり、差が出た原因は、この世界ではなく、前世にあるのではないかと思う。
なので、もしケイじいの正体が、俺の考えている通りの人物だとしたら、差が出るのは仕方がない事だろう。何せ前世の俺は、色々な達人から教えを受けたといっても、それは平和な時代での話だ。対して、ケイじいが戦国時代に生きた人物だとしたら、それはこの世界と同じく人の命が軽い時代で、その中で自ら進んで戦へとその身を投じていたのだとしたら、経験と言う見えないものが差となって現れたとしてもおかしくはない。
「気を悪くしたか?」
考え込んだ俺を見て、ブランカがそう声をかけてきたが、俺なりに考えを纏めてみたら、全てが納得できるものだった。
「いや、ブランカがそう言うのなら、それは本当の事なんだろう。でもな、ブランカが比較につかったケイじいさんが全盛期で、反対に俺は成長途中なのだとしたら……逆転の目はまだ残っているという事だよな?」
過去の人と実力を比べるのは馬鹿げているかもしれないが、それでもブランカの想像上の事とは言え、負けたままでいるのは悔しかった。
「ぐはははは!確かにそうだ。俺はケイじいさんの全盛期は知っていても、テンマの全盛期は知らんな!」
ブランカは俺の言葉を聞いて、豪快な笑い声を上げた。周りに大きな声だったせいで、寝ぼけ眼のアムールが馬車の窓から身を乗り出しながら、自分の武器である槍を投げてきたくらいだ。
「ふ~、危なかった。半分寝ぼけているというのに、的確に俺の眉間を狙ってきたな。案外、お嬢は寝ぼけている方が命中精度が上がるのかもな」
言葉とは裏腹に、アムールの槍を簡単に掴み取ったブランカは、余裕の顔をしながら槍を近くの地面に突き立てていた。
「そろそろ、交代の時間かな?じゃあテンマ、後は頼むぞ」
アムールの槍事件の後、そのままブランカと話を続けていたせいで、俺の見張りの時間が来てしまった。まあ、俺の担当する時間はせいぜい三時間くらいなので、このまま起き続けていても問題はない。寧ろ、中途半端に寝てから見張りをするよりはいい。
「でも、座り続けていたせいで、少し体が固くなってるな。軽く運動でもするか」
あまり大きな音を立てたり、運動に熱中するのも良くないので、ラジオ体操をしたり、馬車を中心に円を書く様に周囲を歩き回ったりして時間を潰した。
そして、何度目かのラジオ体操をやっていると、見張りの交代の時間が近づいてきていた様で、じいちゃんとアムールが起きてきてきた。
「何をやっておるんじゃ、テンマ?」
じいちゃんはラジオ体操を知らないので、俺がまた不思議な事をしていると思った様だが、すぐに体をほぐす為の動きだとわかった様で、俺にやり方を聞きながらラジオ体操を始めた。
「あれ?何で私の槍がここに?」
じいちゃんがラジオ体操を終わると同時に、それまで寝ぼけていたアムールの意識が完全に覚醒した様で、ブランカが突き立てた槍に気がつき不思議そうな顔をしていた。