第8章-17 二度目の旅へ
『異世界転生の冒険者 第二巻』が、10月10日発売予定です。
とらのあな様で書き下ろしSSリーフレット、書泉様・芳林堂書店様で書き下ろしのSSペーパーが数量限定でつきますので(一部店舗を除きます)、よろしくお願いします。
「侵入成功……ターゲット発見」
現在の外の様子はというと、日が昇っていないせいでまだまだ暗く、早朝から仕事を開始する職人や巡回中の衛兵などを除けば、誰も外を歩いてはいない。
俺が侵入したのは親方の工房だ。なお、不法侵入っぽいが、一応親方の弟子には許可はとってある。昨日の夜、ギルドに用事(ゴブリンの売却)があったのを思い出したので、散歩のついでに行ってみると、途中で酒場に繰り出す親方の弟子達にばったりと会った為、今回の計画を立てたのだ。ちなみに、弟子達には酒が少し(ドワーフの感覚で)飲める程度の金を握らせて買収した。親方の売却金額は、銀貨一枚だった。
「う~よく寝たわ……って、なんじゃこりゃーーーー!!!」
ようやく目覚めた親方は、自分が柱に縛られている事に気がつき、大声を上げた。
「うるさいぞ、お……のんべぇ」
「朝から迷惑だとは思わないのか?おや……酒狂い」
「そんなんだから奥さんに逃げられるんだ、馬鹿……大馬鹿野郎」
最後のやつは本音が出ていたが、内容的には一番面白かった。なお、親方に罵声を浴びせたのは、弟子代表の覆面鍛冶師(見習い)A・B・Cだ。
彼らは、俺が親方を捕縛するのを知っていたので、タイミングを見計らってやってきたのだ。
「いや、ふざけてないで、縄を解けよ。それと、そんな格好で恥ずかしくないのかお前ら?特にテンマ」
弟子達は普段着に紙袋を頭に被っただけの格好だが、俺は王都で職質を受けた格好(ただし仮面は金曜日に出没する殺人鬼仕様)なので、そんな冷静なツッコミはやめて欲しかった。俺とて好きでこの格好をしているわけではないのだ……多分。
「取り敢えず、おふざけはここまでにして……親方、ライデンに関して、何か俺に言う事は?」
「何の事だ?俺は知らんぞ」
シラを切る親方に対し、俺は目の前にライデンを出して、口を開ける様に指示を出した。
「これでも知らないと?」
ここまでして、ようやく親方は俺に秘密でこのギミックを仕掛けていた事を白状した。どうやら、親方はライデンが『ブレス』の様な攻撃を出来ないかと試したらしいが、流石にブレスの様な高出力の魔法を発生させることは、強度的にも不可能だと判断し、最終的にはスラリンスペースまで繋げたのだそうだ。喉に書かれていた魔法陣と突起物は、その時の名残らしい。
「ついでに言うとな、テンマ。実は、ライデンの頭部は、まだ未完成だ」
何を言い出すのかと思ったら、親方はライデンの頭部にバイコーンの角をつけるつもりだったらしい。なんでも、その方がバイコーンらしくていいと思ったそうだ。
「しかも、角をつける事によって、ライデンの雷属性の強化にもつながる……筈だ」
確証はないらしいが、バイコーンの意識が強いのならば、バイコーンの素材を使って形を近づける事は、プラスにはなってもマイナスにはならないらしい。なので親方の言うとおり、バイコーンの角を渡して頭部に付ける事にした。どのみち、今のところバイコーンの角は使い道がなかったので、ライデンの性能が上がる可能性があるのならば、そちらに使った方がいいだろう。
「ただ、片方は根元から折れているから、本物よりは短くなるぞ」
完成は遅くて明日の夕方になるそうなので、ライデンを預けて買い物に行く事にした。
まず欲しいのは砂糖と塩。香辛料については、南部自治区の特産物のものが多いそうなので、現地調達でいいと思い、必要最低限しか購入はしない予定だ。
その日の夕方まで市内をぶらついた結果、砂糖と塩は予定の倍以上購入する事ができ、香辛料も予定通り揃える事ができた。予定外の購入品も多かったが、そのほとんどが果物や野菜といったものなので、無駄な買い物ではないはずだ。
馬車まで戻ると、マリア様達がくつろいでいた。ただ、ティーダは見当たらなかったので、同じくくつろいでいたクリスさんに聞くと、どうやらエイミィに街を案内して貰っているそうだ。ティーダはデートだと浮かれていたらしいが、実際にはティーダに気がつかれない様に、クリスさん以外の護衛で周囲を固めているらしい。
今日で俺以外の三人もほぼ準備が終わったそうなので、出発予定日までの数日間はゆっくりと過ごす事になった。
「テンマ、暇だから買い物に行こう」
次の日、朝食後にアムールが買い物に誘ってきた。丁度欲しいものがあったので、即座にOKすると、何故かアムールは驚いた顔をしていた。
「テンマが……デレた!」
「……別に、一緒に行かなくてもいいんだぞ?」
「嘘!テンマはデレてない!だから行こ?」
という事で、買い物に出かける事になった。一応、他の皆も誘ってみたが、皆笑顔で断っていた。
そういった理由で、二人だけで買い物に出たのだが、アムールは気持ち悪いくらい上機嫌だった。時々、「デート、デート」と聞こえてくるのだが、本人は気が付いていない様だった。
「まずはここだ。少し待っててくれ」
俺の目当ての店についたので、アムールに断ってから店へと入ったのだが、アムールは外で待たずについて来た。そして、
「ここ、無理……」
と言って、すぐに店の外へと避難していった。ちなみに、俺の目当ての店とは薬屋だ。その為、店の中には、薬草や薬の匂いが充満している。匂いに慣れていない者なら、下手すると気分が悪くなるだろう。それが人よりも嗅覚に優れた獣人ならなおさらだろう。
「え~っと……これとこれと、あと傷薬になる薬草は?……乾燥のものしかないのか。じゃあ、これとこれを。ついでに、胃薬と解熱作用のある薬草……も乾燥か……まあ、いいか」
こんな感じで、色々な薬草や薬を買った。
薬の作り方は一通り母さんから習っているので、自分で使うものは基本的に自作するのだが、それだけだと勉強にならないので、たまに効果の高そうな薬を見つけると、買って効果を確かめているのだ。
この店では、あまりいい品物を置いていなかったが、他の店がここよりも品質がいいとは限らないので、一通り良さそうなものを選んだ。
買い物を終えて外に出ると、アムールは店から少し離れたところに出ていた屋台の前におり、串に刺さった肉を頬張っていた。
「ん……テンマ、臭い」
アムールは俺に気が付くと俺のそばまでやってきて、いきなり匂いを嗅いでそう言った。俺自身は薬草の匂いになれているので気にならなかったが、アムールからするとかなり臭うようだ。
「それじゃあ、デー……買い物の続き」
アムールは串焼きを急いで食べ終えると、俺の横に並んで歩き出した。だが……
「悪い。ここにも寄って行くから」
数百m歩いたところに薬屋があったので、俺はまた薬草を買い物に入った。今度は丸薬タイプのいい薬が置いてあったので、数回分の量を購入した。
「臭い……」
この後も色々な薬屋を巡り、様々な薬草や薬を購入した。購入したのは、いずれも俺が持っていない種類の薬草で、それぞれの少量ずつだったのだが、すべてを合わせるとなかなかの量になった。しかも、俺の体には薬草の独特の匂い(シップの匂いを強めた感じ)が移ってしまい、買い物を楽しみにしていたアムールはかなり不機嫌になった。最も、買い物と言ってもアムールはただ外を歩きたかっただけの様で、屋台くらいしか寄る事はなかった。薬草を手に入れた事で俺の目的は達成されたので、アムールに付き合おうかと思ったが、機嫌を損ねたアムールは馬車へと帰ると言い出した。自分の嫌いな匂いを纏った俺と歩きたくは無いようだ。
そんな状態で馬車へと戻ったものだから、馬車に残っていた皆は二重の意味(不機嫌なアムールと、俺の匂い)で驚いていた。
「薬師の勉強もいいけど、テンマは先に女性の扱い方を勉強しないとね」
マリア様がそんな事を言っていたが、俺はあえて聞こえないふりをした。こういった話において、男が女に反論していい事はない……と思っているからだ。そもそも、そういった経験値が低い俺が、マリア様に勝てるはずがない。なので、相手に有利な土俵には上がらないのが正解なのだ……人によっては、『逃げた』とも言うかもしれないが。
マリア様の口撃をかわしつつ、俺は親方の工房へ行くまでの空いた時間で、購入した薬草で薬を作る事にした。作業を始めると、アムールとブランカは薬草の匂いが辛いのか、馬車の外へと避難していった。マリア様とルナも、薬草の匂いに眉をひそめていたが、好奇心の方が優ったのか馬車に残っていた。ただ、クリスさんはアムール達と外に避難したそうにしていたが、マリア様が残っているので我慢している様だった。じいちゃんは匂いにはなれているので、普通にお菓子を食べながらお茶のおかわりをしている。
「これなら大丈夫」
乾燥させた薬草を水で戻していると、鼻栓をしたアムールがくぐもった声で再び馬車の中にやってきた。かなり入念に鼻栓をした様でかなり辛そうだったが、本人が何でもないふりをしているので、誰も何も言わなかった。
今作っている薬は、バイコーンの油を使った軟膏だ。作り方は割と簡単で、丁寧に作れば素人でもある程度の品質のものが作れるのだ。
まずバイコーンの油を湯煎して、液体状にする。この時に、沸騰したお湯で三十分程熱する事で、消毒もしておく。
次に、薬草を清潔な水で丹念にすり潰し(今回は乾燥したものを使うので、戻す時に使った水ごとすり潰した)、目の細かい茶こしで葉脈などを取り除く。
最後に、少し冷ました油とこした薬草液をヘラでムラがない様に、ツノが立つまで混ぜ合わせていく。これで軟膏自体は完成だ。
後は使いやすいように、煮沸消毒した小瓶に空気を入れない様に気をつけながら小分けする。
これとは別に、同じ方法でハンドクリームも作ったので(薬草液を水で薄めた香水に変えたもの)、女性陣のご機嫌取りにプレゼントした。それなりの量を作ったので、セイゲンにいる知り合い全員に渡しても、だいぶ余りそうだ。
取り敢えず、出来立てをここにいるマリア様達にプレゼントし、クリスさんにはジャンヌとアウラとアイナの分もわたし、マリア様にはイザベラ様とミザリア様の分も合わせて渡した。
「そろそろ親方のところに行ってくるよ。少し遅くなるかもしれないから、夕食は俺抜きで食べてて」
俺はじいちゃん達にそう言って、馬車を出た。アムールはついてこようとしていたが、帰りが何時になるのか分からなかったので、ついて来ない様に言い聞かせた。男女で出かけて帰りが遅くなるのは、あまりよくないしな。
「親方、できた?」
工房に入ってすぐのところに親方がいたので聞いてみると、無事に角を付ける作業は成功したそうだ。
「それと、親方達に少し手伝って欲しい事があるんだけど」
親方達は数日間の営業停止の罰を受けているので、客商売が出来なくて暇だろうと思い、俺の手伝いをして貰う事にした。言い訳としては、ライデンに変な仕掛けを付けた事に対しての謝罪として、無償で手伝うというものだ。
案の定、親方達は内容を聞く前に了承してくれた。ライデンでの暇つぶしがなくなったので、後は飲んだくれるしかなかったのだそうだ。
「手伝って欲しいのは、タニカゼに使っていた魔鉄で、ナイフやショートソード、それと鍋やフライパンを作るのを手伝って欲しいんだ」
武器や防具を中心に作っている親方達に、鍋やフライパンを作ってもらうのはどうかと思ったが、あっさりと頷いて、炉や道具の確認を始めた。後で親方に話を聞いてみたら、親方も見習いの時代には、修行の傍らで鍋などを作って販売していたそうだ。
「魔鉄は全部で一t近くあるから、半分は無償での手伝いに対するお礼として渡すとして、残りの半分で作るんだけど……ナイフとショートソードは親方に頼んでいい?鍋やフライパンなんかは、他の皆でお願い。俺は、少し作りたいものがあるから」
「それはいいが、テンマは一つ勘違いをしているぞ。タニカゼのに使われていた鉄は、魔鉄ではなく、魔鋼だ。おそらく、魔鉄が変化したんだろう」
詳しく話を聞くと、魔鋼とは魔鉄に強い魔力を流した際に出来るもので、素材としては一つ上のものになるそうで、硬さはミスリルより少し劣るが、ある意味ではミスリルよりレア度が高いらしい。まあ、レア度に関して言えば、魔鋼を買えるくらいの金があるならば、魔鋼よりも軽くて丈夫なミスリルを選ぶ人の方が多く、値段的にはミスリルと比べれば二割ほど安いという程度なので、ミスリルの半額以下の魔鉄の方が値段的にお得なのだそうだ。しかも、重さも魔鉄より少し軽い程度らしい。そういった中途半端さが原因で、市場であまり見かける事がないのだとか。
「まあ、素材としては一級品だから、鍋やフライパンなんかに使うのは勿体無いくらいだがな!」
と、親方の説明が終わったところで、それぞれ作業に入る事になった。
親方が担当するナイフは全部で五十本。内訳は、マチェット(ブッシュナイフ)が十本、サバイバルナイフが十本、スローイングナイフが三十本だ。それぞれ、刃から柄まで鉄で造り、スローイングナイフは十五cm程のクナイの様なものを頼んだ。ショートソードは十本で、デザインは親方に任せた。
弟子達の担当は、片手鍋が十と両手鍋が十にフライパンが十だ。片手鍋の方は小さめのもので、両手鍋は大きめのものだ。フライパンは大小五個づつだ。弟子達も、修行としてよく鍋などを作っているそうなので、二日もあれば全て出来るそうなので、終わったら親方を手伝ってもらう事にした。
そして俺は、新しい武器と新しい調理器具を作るのだ。新しい武器とは手裏剣(正方形の板の四面を研いだだけのもの)で、一枚一枚に召喚魔法の魔法陣を刻み、投げても手元に戻ってくる様にするもので、以前読んだサモンス侯爵の本に書かれていたものからヒントを得たものだ。そして新しい調理器具とは、ズバリたこ焼き器だ。他にも、大判焼きが作れる大きさのものも作る予定である。あとは、お好み焼き用の鉄板も、ついでに作ろうかと思っている。
まずは、鉄板から始める事にした……と言っても、特に難しい事はなく。ドロドロになるまで柔らかくした魔鋼を型枠に流し込み、後は自然に冷えるのを待つだけだ。この方法で大きさの違う三枚の鉄板を作った。そのうち一枚はたこ焼き器用にするので、親方の持っている工具の中から先が丸くなっている金づちを見つけ出し、それを使って丸を作った。少し大きめの穴が五十個分できたので、家庭用としては十分だろう。
そして大判焼き器だが、これは一辺に五個ずつ作れる物を二セット作った。一個あたりの大きさは、直径が十cmくらいで、片面の深さも三cmくらいにしたので、食べごたえのあるものが作れそうだ。
しかし、俺は大判焼き器を作ったすぐ後に、大きな誤算があった事に気がついた。それは……
「いつの間にか、夜が明けている……」
あまりにも熱中しすぎたせいで、時間が経つのを忘れていたのだ。それは親方達も同じだった様で、全員が予定していたところよりも先に進んでいた。
「……取り敢えず、寝ようか」
「「「「お~う……」」」」
時間を意識した事で急に眠気が来た俺達は、工房の片隅で眠る事にした。
次の日、昼過ぎに起き起きた俺達は、事前に準備していた食事(屋台で買ったもの)をかき込む様に腹に収め、作業を再開したのだが……
「テンマ、こう叩けばいい?」
「お兄ちゃん!火傷したーー!」
「ルナ!気をつけろって言っただろ!すみません、テンマさん。薬をお願いします」
「先生、火がすごい事になってます!」
何故か体験教室の様になっていた。それもこれも、じいちゃんがアムール達を連れてきたからだ。
「なんか、すごい事になっておるのう」
引率者のじいちゃんは、のんきにお茶をすすっている。その隣には、引率者その二・その三であるはずのクリスさんとブランカもお茶を飲んでいた。マリア様は、セイゲンの代表者達との会合に出かけているそうだ。
この場に皆が来た理由は、俺が昨日帰らなかった事で、じいちゃんが様子を見に来ようとすると、それにアムールが便乗し、ブランカがアムールが暴走しないか心配して同行し、俺が何を作っているのか興味を持ったルナとエイミィも加わり、エイミィが行くというのでティーダもついて来たらしい。クリスさんは、当初マリア様の護衛をする予定だったが。ティーダとルナが俺の所へ行くと言い出したので、マリア様に二人の護衛をする様に言われたそうだ。クリスさんの抜けた穴は、残りの護衛でカバーするらしい。なお、工房を子供(素人)に使われるのを嫌がると思われた親方は、珍しく何も言わなかった。多分、相手に王族が混じっている事と、何かあったら俺に責任を取らせるつもりだからだろう。
四人には俺が使う手裏剣を手伝ってもらい(失敗しても、これが一番被害が少ないから)、その間に俺は鉄板の方を仕上げた。仕上げと言っても、表面をきれいに磨き上げ、縁を少し曲げただけなので、四人の様子を見ながらでも問題なく出来た。
四人が鍛冶に満足したのと入れ替わりに、親方はスローイングナイフをすごい勢いで仕上げていき、ものの数時間で完成させてしまった。流石に本職だけあって、俺や弟子達と作業の速度も正確さも段違いだった。その日の夜には、弟子達も自分の割り当て分を終わらせていたので、親方の作業はさらに速度を上げる事になった。じいちゃん達が、暗くなる前には皆を(一名だけは強引に)連れて帰っていったのも、作業速度を上げる要因の一つだったのだろう。
「ふはっはっは……どんなもんじゃい!」
日が昇ると同時に、親方は最後のショートソードを作り上げた。後はマチェットとサバイバルナイフだけとなったが、弟子達の協力があるのならば、あと一日で全て打ち終わると豪語している。まあ、親方の後ろで弟子達が首を横に振っているので、流石に一日では無理だろうが……
「という訳で、俺は寝るぞ。続きは起きてからだ」
そう言うと親方達は、昨日と同じように工房の隅でいびきを立てながら眠り始めた。その様子を見ながら、俺は一度馬車へ帰る事にした。今日の俺は、途中で弟子達に場所を譲って少し仮眠を取ったので、馬車まで帰る余裕があった。
馬車に戻ると既にじいちゃんは起きていたので、作業状況を話した後で軽く風呂に入り、ベッドで眠る事にした。ベッドで眠っていると、スラリン達が布団の中に入ってきて、少し暑苦しかったが、ここのところあまり構ってやる事ができなかったので、我慢する事にした……まあ、アムールが入ってこようとした時は、流石に追い出したけどな。
俺達はそんな数日間を過ごし、今日出立の予定日を迎えた。昨日までに全ての準備を終えた俺達は、朝早くからセイゲンの南門まで来ていた。
見送りにはエイミィ達家族と、『暁の剣』に『テイマーズギルド』の面々に加え、何故か今日まで滞在を伸ばしたマリア様達『王族御一行様(+護衛)』もいた。マリア様達に関しては、予定では俺達より先にセイゲンを出る予定だったのだが、ティーダが俺を見送りたいとの強弁により、滞在が伸びたのだった。本人は俺を見送る為と言い張っていたが、どう見ても他に目的があり、そっちの方が本命なのは誰が見ても明らかだった。
「それじゃあ、そろそろ出発します。エイミィ、勉強頑張れよ。次に会うのは、多分王都になると思う。何か困った事があったら、ククリ村の人達やアウラのお姉さんのアイナって人を頼れば、何も問題ないから。遠慮はするなよ」
「はい、分かりました先生!」
エイミィには、事前にマークおじさん達に宛てた手紙を渡したし、王都にも手紙を出している。一応ジャンヌとアウラにも手紙を出しているが、あの二人よりアイナを頼らせた方が安心できる。
俺の言葉を聞いたエイミィは、元気に頷いていた。その腰には、俺があげたショートソードが下げられていた。ショートソードには、オオトリ家の家紋が刻印されており、知る人が見たらすぐに俺の関係者だとわかるだろう。少なくとも、冒険者とギルド関係者、それに騎士達はすぐに気がつくと思う。冒険者の中には、エイミィを利用しようとする馬鹿も現れると思うが、俺と王家が関係しているとわかった上で犯行に及ぶ奴は、流石にいない……と思いたい。まあ、その為の護衛ゴーレム(+武器付き)を渡してあるし、避難場所として、じいちゃんの屋敷を使える様にエイミィにある方法を授けてある。
「エイミィの事は、私に任せておきなさい。それよりも、南部自治区は癖のある人達が多いから、テンマこそ気をつけなさいね」
マリア様はそんな忠告を、俺の横にいるアムールとその後ろにいるブランカを見ながら言っている。名指しされた感じの二人は、特に反論することなく顔を逸らしていた。
「十分に気をつけます。では、ロボ子爵にこの書状を届ける為、Cランク冒険者テンマ、出発します」
「お願いするわ。ただ、ないとは思うけど、万が一の場合、書状を破棄してでも自分の命を優先しなさい。これは命令です」
「はっ!了解しました……と、いうわけで、行ってきます」
そんな小芝居をマリア様として、皆と挨拶をした後、俺達はライデンに繋いだ馬車に乗り込み、南部自治区へと向かった。
「せんせ~い、いってらっしゃ~い」
「テンマさ~ん、お気をつけて~」
「頑張って~お兄ちゃ~ん」
「テンマく~ん、お土産よろしく~」
「頑張ってこいよ~!」
「無茶するんじゃねぇ~ぞ~!」
などと、皆は大声で俺達を送り出してくれた。それに応える様に、俺は窓から身を出して手を振り続けたが、十分もすれば皆は豆粒の様に小さくなって行き、ついには見えなくなった。
「急ぐ旅でもないし、道中はゆっくりと行こうか。道案内は任せるぞ、ブランカ」
「おう、任せておけ。南部自治区までの道のりで、面白そうなところを教えてやる」
道案内は、南部自治区に一番詳しいブランカに頼む事にした。馬車の御者席で、ブランカは子供が見たら泣きそうな程の笑顔でそう答えていた。道案内の関係上、ブランカに一番長く御者をやってもらう事になるが、歩く事を考えたらそれでも負担は格段に少なくなるそうだ。それに、ライデンで移動する事で、本来の予定より、少し早く着くかも知れないとの事で、寄り道をする余裕もあるらしく、ブランカおすすめの場所をいくつかピックアップしてくれた。
なお、南部自治区からセイゲンまでは、一ヶ月半から二ヶ月かかるらしい。しかも、天候やアクシデントによっては、三ヶ月かかる事も珍しくないとか。ブランカ達はその道のりを、馬車を乗り継いだり歩いたり、時には船に乗って移動したりするのだそうだ。
そんなわけで、ライデンで移動すれば三分の一程になると聞いて、二人はものすごく驚いていた。最も、俺一人の場合、全力で移動すれば、もっと早く着くと言うのは言わないでおいた。これ以上驚かせたら、二人の顔がどうなるか恐ろしかったからだ。
「まあ、一ヶ月を目安に移動すれば、滅多な事がない限りは大丈夫だろう。二人共、その間よろしく頼むな」
「「おうっ!」」
「テンマ、わしもいる事を忘れないようにの……」
こうして、俺の二度目の旅が始まったのだった。三年前の旅とは違い、仲間がいる旅というのは少し緊張するが、楽しいものになるだろうと俺は確信していた。
一度目の旅は、ククリ村からグンジョー市までの事です。
次回からは、南部自治区が舞台の中心となりますが、ただいまネタ切れの為、投稿に時間がかかる可能性が高いです。申し訳ありませんが、ご了承ください。