第8章-16 ライデン
前回の投稿から間が空いてしまい、申し訳ありません。話の続きが思いつかず、書いては消してを繰り返しておりました。
それと、みてみんで『異世界転生の冒険者 二巻』の口絵を公開しております。
興味のある方は、活動報告をお読みください。
「取り敢えず、歩行に問題はないな。次は少し速度を上げるか」
そう呟いて、俺はニュータニカゼ改め『ライデン(雷電)』の速度を少し上げた。ちなみに、タニカゼもライデンも力士の名前である。この二人の力士は師弟関係にあり、ともに最強の力士の一人と言われる人物でもある。なお、余談ではあるが、ライデンは力士の名前からとったが、タニカゼは違う。元は某傾奇者の愛馬の名前をもじったもので、後々力士の名前だと思い出した為、ニュータニカゼの名前には弟子の名前を付けたのだ。丁度、ライデンがバイコーンの魔核を使った関係上、雷属性を持っていたと言うのも関係している。
「能力は、全体的にタニカゼを凌ぐ感じだな」
早足から駆け足、そして襲歩に切り替えて、そのままセイゲンの街の周りを一周した後でそう評価した。ただ、能力が上がった分だけタニカゼより扱いにくくなってはいるが、まだ許容範囲なので大した問題ではない。
しかし、それら以上にライデンには驚きのポイントがある。それは……
「しかし、意思を持つゴーレムって、俺の目標の一つだったのに……こんなに簡単に出来るなんてな……」
明らかにこのライデンは、自分の意思を持っていると判断できる行動を取る事がある。それは、命令を出していないのに、俺が乗りやすい様に膝を折って体を低くしたり、俺が気がつかなかったぬかるみを避けたり、現れた魔物を勝手に殲滅したりしたのだ。
しかも今のライデンには、タニカゼの時の様にスラリンが中に入っていない。一応スラリンが入るスペースは確保しているのだが、スラリンなしでもライデンはタニカゼの能力を上回っているのだ。俺の感覚的には、スラリンなしでタニカゼ(スラリンあり)の一割増の能力で、スラリンありだと三割増しといった感じだ。なので全力疾走をさせると、条件次第では時速二百kmを超えるかも知れない。先程はそこまで出てはいないが、それでも時速百五十kmくらいは出ていたと思う。しかし、そこまで速度を出すと振動がかなりきついので、滅多な事では出さないだろう。
「スラリンが自由になるから、戦力が増えるのはありがたいな」
ライデンに乗って戦う時に、スラリンがその速度についてくる事は出来ないと思うが、そこはシロウマルかソロモンに乗って戦えばすむ問題だ。スラリンが二匹の指揮をとったら、間違いなく強くなるだろう。
人工的な魔物と言っていいライデンの力は、セイゲン付近に生息する魔物相手ではその真価が測れない。かと言ってシロウマルで試すわけにもいかないし、ダンジョンでは狭すぎて戦えない。なので、正確な実力は不明だし相性の差もあるだろうが、おそらくA~Sクラスの魔物相手でもそうそう負ける事はないだろう。
「これくらいでいいかな?」
流石に数時間乗りっぱなしだったので、ここらあたりで試験を終了する事にした。
取り敢えず、最初に性能を調べていたところに戻ってみると、そこには数人の人影が見えた。
「あっ!戻ってきた!」
その先頭にいるのはクリスさんだ。その後ろにはマリア様とルナ、それと、護衛の近衛兵達が控えていた。
「こんなところで何してるんですか?それとティーダは?」
明らかに俺を待ち構えていた一行だったが、一応確認してみる事にした。それに、ティーダがいないのも気になるし。
「もちろんあなたを待っていたのよ。何だか面白そうな事をしているみたいだったし、バイコーンの素材を使った新しいタニカゼの事も気になるしね。ティーダは……自分をアピールする事の方が大事みたいね」
俺の問いにマリア様はそう答えると、そのままライデンに乗る俺に近づいてきた。騎乗のままでは流石に失礼なので、降りてライデンをマジックバッグに入れようとすると、マリア様はライデンが見たいらしく、そのままにしておいて欲しいと言った。
マリア様がライデンの周りを歩きながら、いろいろな角度で見ていると、ルナがこっそりとライデンに近づき、そのまま跨ろうとした。その時、俺も予想していなかった事件が起きた。
「ブルルルゥ……ガァッ!」
ライデンの口から威嚇の様な声が聞こえたと思うと、その声の後でパカッとライデンの口が開いた。
「きゃぁあああ!」
「きゃっ!」
ライデンの威嚇顔を間近で見たルナは、大きな声を上げながら俺の後ろに逃げてきた。ライデンの近くにいたマリア様は、可愛らしい声を上げて尻餅をついている。
「マリア様!」
この出来事に、クリスさん達近衛兵は、慌ててマリア様に駆け寄り、ライデンを警戒する様に剣を抜いて構えたが、ライデンは剣を向ける近衛兵を無視して、俺の後ろに逃げ込んだルナを威嚇している。
しかし俺は、マリア様が可愛らしい声を上げたり、ルナが大慌てで逃げてきた事も頭に入ってこなかった。その時の俺の頭の中を占めていた事は、
(声を出した上に、口が開いた!)
だった。あれだけ入念にチェックをしたのに、口が開くというのは盲点だった。しかも、声が出るという事は、喉の部分に空洞があるという事で、そこに何か俺の気がつかない仕掛けがあるかもしれない。
ライデンの口を無理やり開けて、口の奥を中を覗き込んでみると、首の方まで続く穴があった。手を突っ込んで見ても行き止まりまで届かないので、もしかしたらスラリン用のスペースまで繋がっているのかもしれない。試しにスラリンに聞いてみたが、スラリンは気がつかなかったようで、今度はライデンの口から侵入してみるそうだ。
ライデンは先程ルナを威嚇した事から、かなり気難しいところがある様だが、俺やスラリンの言う事は聞くようで、されるがままになっていた。ただ、その状態でもライデンはルナを警戒しているのか、顔はルナの方へと向けたままだった。
「あっ、やっぱりつながっていたか」
スラリンがライデンの口に入ってから数十秒後、今度はライデンの背中にあるスラリン用のスペースの入り口が開き、中からスラリンが出てきた。スラリンに中の様子を聞くと、どうやらスラリン用のスペースの前方部分の一部が外れる様になっていて、そこから通る事が出来る様だった。唸り声に関しても、喉の通り道に突起物などがあり、そこを振動させて音を出しているみたいだ、との事だった。他にも、スラリンの報告によると、何やら見慣れない模様が喉の部分に施されており、誤って触れてしまったが、何も危険はなかったそうだ。
「つまり、親方を尋問しないと何も分からないという事か……」
「それよりもテンマ君……私達にも分かる様に説明してね。テンマ君だから問題にならないけど、本来なら投獄されてもおかしくないからね?」
俺の後ろにやってきたクリスさんが、少し怒っている様な声で説明を求めてきた。
「え~っとそうですね……」
マリア様とクリスさんには、今のところ分かっている事と、ライデンがルナに触られるのを嫌がって威嚇したと話した。幸いな事に、触ろうとしたのはルナだけだったので、他の誰もライデンに敵認定されていなかった。どうやらライデンには、タニカゼだった時の記憶にバイコーンの記憶が混じり合っている様で、俺の事は主人、スラリン達の事は仲間と認識している様だ。ちなみに、俺とライデンはある程度の意思疎通ができるが、スラリン達の様に細かなニュアンスまではわからないが、スラリンはライデンと完璧に意思疎通ができている様だ。
「すごいとしか言い様がないわね……」
マリア様は俺の説明を聞きながら、ライデンを撫でていた。どうやらライデンは、知らない人が勝手に触るのは嫌がるが、俺が許可を出した人なら大丈夫だそうだ。警戒心が強いのは、恐らくバイコーンの魔核や素材を使用した事が関係しているのだろう。
「テンマ君、触るのが大丈夫なら、乗るのも可能かしら?」
クリスさんは、ライデンに乗って走らせてみたい様だ。だが、スラリンを介してライデンに聞いてみたところ、俺以外が一人で乗るのには抵抗があるそうだ。なお、スラリンは、かなりやんわりとした表現を使っていたが、実際には断固拒否といったところだろう。
しかし、これにもまた抜け道が存在した。それは……
「すごいわね、これは!普通の馬では、この爽快感は味わえないわ!」
俺と一緒に乗るというものだった。スラリン経由でライデンの許可が下りたと伝えると、真っ先に手を挙げたのはマリア様だった。クリスさんは自分が一番に乗りたかった様だが、流石にマリア様を押しのけてまで、自分が一番に乗りたいと主張する事は出来なかったのだ。
今のマリア様は俺の後ろに座り、腰に手を回している。一応スラリンがマリア様のサポートに回っているので、そう簡単に振り落とされる事はないのだが、クリスさんを除いた護衛達はオロオロと狼狽えていた。
そんな護衛達を尻目に、俺はライデンに指示を出して速度を上げさせている。俺が試験に使っていたこの辺りは、かなり遠くの方まで平原が続いており、地面もあまり荒れていないので衝撃は少ないが、それでもマリア様にはきついと思うので、数分だけのつもりでライデンを走らせているのだ。その数分間の間で、少しの間だけ時速百kmを超える速度を出した時の感想が先ほどの言葉だった。
この世界の馬ならば、魔法などを使えば時速百km近くは出せると思うが、それは瞬間的に出せるだけであり、ライデンの様に常時出せるわけではない。しかも、ライデンの様に二人乗りでこの速度は、魔法を使っても無理だろう。
「おばあ様~次、わ~た~し~」
「ルナ様、次は私です!」
二番目をルナとクリスさんが争っているが、マリア様はまだ満足していない様で、二人の声が聞こえていない振りをして、俺に遠くへ行く様に指示を出している。
そのまま一時間ほど走らされた為、流石にライデンが疲れた(とスラリンは言っている)様なので、休憩をとる事になった。ルナとクリスさんはライデンの事を怪しんでいたが、ライデンが本気で嫌がって暴れた場合、自分達ではどうする事も出来ないのが分かっている様で、黙って次の機会を待つ事にした様だ。
「ふぅ……ちょっとしたトラブルはあったけど、結局はテンマが規格外だったって事が再確認された様なものね」
マリア様の言葉に、クリスさん達は大笑いしていた。そんなクリスさん達に少しイラっときたが、ライデンの事に関しては言い返せないので、そのまま無視しておく事にして、マリア様にここに来た理由を問いただす事にした。そもそも、俺の手紙だけで、この国の王妃が皇太孫と王女を連れて来るのはおかしい。
「まあっ!私の事を、そんな目で見ていたの!」
マリア様は俺の言葉にショックを受けた様に、懐から取り出した扇で顔を隠した。だが、余りにもわざとらしい行動だったので、黙ってマリア様の顔を見続けていると、やがて観念した様に扇を外して本当の事を話し始めた。
「少し、依頼を出したいだけよ。ただ、少し遠くまで行ってもらう事になるけど、移動に関してはライデンがいるから大丈夫よね」
「いえ、ランクを上げていないので、指名依頼は受けられませんよ」
基本的に、指名依頼はBランクからとなる。ただし、それは実力や実績を考えた場合、Bランク以上でないと、依頼を斡旋するギルドとしても心配があるからだ。
「テンマ。武闘大会の優勝者で、地龍の退治やクーデターの阻止をしたのに、実力不足・実績不足は通用しないわ。それに、王族の依頼をギルドが拒めると思う?」
つまり、受けるか受けないかは俺次第になるわけだ。
「それに安心して。依頼と言っても、ある人物に手紙を渡しに行くだけだから。ただ、場所が遠いから、時間はそれなりに掛かるけどね」
それくらいなら別にいいかと思い、詳しい話を聞こうとすると、詳しい話はアパートに戻ってからだと言われた。普通はマリア様達が使っている屋敷でするものではないかと思ったが、じいちゃんにも話をしないといけないのでアパートの方が都合がいいかと思い、アパートに戻る準備を始めた。
クリスさんとルナは、ライデンに乗れなかった事にがっかりしていたが、マリア様には逆らう事は出来ないので、おとなしく従っていた。
皆でアパートまで帰ると、アパートの外でエイミィとティーダがいた。遊んでいると言うよりは、二人で何か話している様だ。しかも、エイミィの方から話しかけている様なので、少しは進展したのかもしれない。
「あっ!先生、お帰りなさい」
エイミィが俺達の接近に先に気がつき、挨拶をしてくれた。ティーダはエイミィから少し遅れて挨拶していたが、その顔には「もう少し遅くても良かったのに……」といった心情が書かれているのがありありと見て取れた。
「ただいま、じいちゃんは居る?」
「はい。少し前に戻ってきてましたよ」
「それと、マーリン様の少し後に、ブランカさんも戻ってきました……アムールさんを肩に担いで……」
ティーダが補足情報を教えてくれた。どうやら、ブランカは無事アムールを捕獲できた様だ。今度は流石に油断しないと思うので、二人との別れも近いのかもしれない。
「そう、ブランカも戻ってきているのね。ちょうどいいわ」
マリア様としては、ブランカが戻ってきていると都合がいいようだ。何か嫌な予感がしてきているが、何事もない事を祈るしかない。
「ただいま」
先にじいちゃんに話をしようと、馬車の方に入ると、そこにはブランカと以前より頑丈に縛られたアムールがいた。どうやら、ブランカは早々に自分達の故郷に帰る為に、俺の事を待っていた様だ。
「丁度いいタイミングだ。俺達はこれから故郷に帰るつもりだ。色々と世話になったな。いつか俺達の故郷に来る事があったら、歓迎しよう」
ブランカは俺の顔を見るなりそう言って、アムールを担いで外へと向かおうとしたが、それに待ったをかけたのはマリア様だった。
「少し待ってもらえるかしら?あなた達に依頼を出したいのよ」
突然のマリア様の言葉に、ブランカはどうしたらいいかわからない様だったが、故郷に帰る事を優先し、断ろうとした。だが、マリア様は「ブランカ達の故郷に関する事なのよ」と言った為、ひとまず話を聞こうと椅子に座り直した。
「まずテンマに頼みたい依頼は、南部自治区を収めているロボ子爵に手紙を渡して欲しい事。ブランカ達に頼みたい依頼は、テンマをロボ子爵のところまで案内して欲しい事よ」
ブランカ達の故郷は南部自治区にあると聞いているので、確かに丁度いい依頼だ……と俺は思ったが、ブランカ達にとっては少し違う様だ。
「つまり、義兄にテンマを紹介しろ……と言うわけですか。それは、マリア様個人の依頼ですか?それとも、王家としての命令ですか?」
「王家からの依頼よ。もちろん、断る事はできるけど、引き受けても損はないし、それなりの報酬も出すから旨みしかない依頼だと思うけど?」
何やら、マリア様とブランカの間で火花が散っている様にも見えるが、腹芸ではマリア様に勝てる人物はこの国にはいない(と思っている)ので、すぐに決着は付いた。当然ブランカが引き受ける形でだ。
しかし、そんな事よりも、ブランカが言った『義兄』という言葉が気になる。ブランカの義兄と言う事は、つまりアムールの父親という事になるはずである。
そこに考えが行き着いた時、自然と視線がアムールに向かっていた。アムールは俺の視線に気がつくと、縄で縛られた状態にも関わらず、何故かドヤ顔で胸を張っている。そんなアムールの様子からは、どう見ても子爵令嬢には見えない。
念の為、ブランカとマリア様に確認を取ると、「「間違いなく子爵令嬢だ(よ)」」と帰ってきた。
「一応、依頼を受けるかどうかはテンマ次第だけど……どうする?」
マリア様の言葉に、アムールは期待を込めた視線を向けてくるが、俺はどうしようか悩んでいた。金銭的には余裕があるし、エイミィの事もある。それに、ダンジョンの攻略を続けたいという思いもあった。
「別に受けてもいいのではないかのう?」
それまで、空気と化していたじいちゃんが賛成に回った。
「テンマは、これまでこの国の中央に近いところしか冒険した事がないのじゃろ?これもいい機会じゃと思って、受けてみたらいい。今なら、たっぷりの報酬金と道案内がつくぞい」
じいちゃんの言葉に一番反応したのは、やはりというかアムールだった。アムールにしてみれば、俺がセイゲンにいるからここに残るとか言って、散々ブランカから逃げ回ったのだ。捕縛された事で、その計画が潰された形のアムールにしてみれば、俺がアムールの父親に手紙を渡す為に行動を共にするという事は、一発逆転という事なのだろう。ただ、今のアムールはブランカによって縄でぐるぐる巻きにされている状態(+猿轡付き)なので、もがもがう~う~と唸っていて、何を言っているかは不明だ。
「マリア様、手紙の内容は何でしょうか?」
いつもと違って丁寧な言葉遣いのブランカは、水揚げされた魚の様なアムールを押さえつつ、マリア様に質問をした。
「流石に内容は教えられないわ。王家が正式にロボ子爵に宛てた手紙なのだから……でも、安心していいわよ。世間話に毛の生えた様なものだから」
マリア様とブランカの間で、静かに火花が散っているが、流石に武闘派のブランカではマリア様の牙城を崩す事はできなかった。諦めたブランカは、「無理難題が書かれているわけではないのですね」と問い、マリア様が頷いた事で険悪なムードはひとまず収まった。
「ところで、ロボ子爵って事は、アムールの名前は、『アムール・ロボ』になるのか?」
場の空気を変えようと、さっきから気になっていた事をブランカに聞くと、ブランカだけでなく、マリア様と縛られているアムールまで首を横に振って否定した。
「ああ、俺達の住んでいるところでは、家名を名乗る奴はほとんどいないな。それは、族長であるロボも一緒だ。だから、名前の後ろに直接子爵がつくんだ」
南部自治区は王国内でも少し変わった地域だそうで、元々複数の部族が住んでいた地域であり、王国に属していなかったのだが、昔あった他国との戦争時に王国領となり、紆余曲折を経て自治区と名が付いたそうで、トップが度々変わってきた関係で子爵の位も暫定的な意味合いがあるらしく、家名を名乗らない者が多いそうだ。まあ、ブランカに言わせると、「家名を名乗るのは色々と面倒くさい」だそうだ。
「テンマはこの依頼を引き受けてくれるのかしら?」
マリア様の質問に、俺は引き受けると答え、諸々の契約を交わした。ここまでスムーズに契約が成ったのは、マリア様が俺が引き受けるという前提で話を持ってきたからだろう。
「なるべく早く行って欲しいのだけど、テンマも色々と準備があるだろうから、出発は一週間後くらいかしら?それとエイミィの事は、私が責任を持って話を進めるから心配しなくていいわ」
マリア様が、エイミィの事で何故か張り切っているので、このまま任せても問題はない……だろうと思い。俺達は旅の準備を始める事にした。まあ、準備と言っても、毎度の事ながら全てマジックバッグに入れているので、食料の買い足しや細々とした物を用意するだけだった。ちなみに、この時点でブランカは、アムールが逃亡する事はないと判断し、縄を解いている。
「お兄ちゃん、何してるの?」
他の皆より早く準備が終わった俺は、ダンジョンの湖で手に入れたマジックバッグの修復をしていた。その最中に、ルナがやってきたわけだ。ルナに説明をすると、バッグが複数ある事に気がついたルナが、自分ももらえるのかと期待した目で見ていたが、即座にクリスさんにより回収されて、マリア様に差し出された。
「まあ、こんなもんか」
集中して修復していたので、終わった頃には夕食の時間となっていた。他の皆も準備をほぼ終えていて、今はじいちゃんとブランカが、どういったルートで南部自治区へと向かうのかを話し合っていた。アムールは……俺の横で串に刺さった肉に齧り付いていた。
「あとは……これと、これと、これと……」
俺は、今修復したマジックバッグに、俺のマジックバッグから使えそうなものを色々と入れていった。
「これで、後はエイミィに渡すだけだな」
二つのマジックバッグには、いざという時の為の保存食と、換金可能な魔核に護衛用ゴーレムの核を数個ずつ入れておいた。ゴーレムは、マリア様達王族用に作った物ではないが、それに近い戦闘力を持っている。魔物のランクで表せば、Bくらいはあるはずだ。それを十ほど用意した。
「テンマは、結構過保護ね……」
 
何やらマリア様が呆れていたが、俺からしたらこれでも少ないと思えるくらいだ。もし、それなりの権力を持っている貴族が本気でエイミィになにかしようとしたら、これでは足りないと思っている。
「まあ、俺をよく思っていない奴らからすれば、エイミィは狙い目だと思っても不思議はないですから」
本当にエイミィを狙う馬鹿があらわれた場合、(一応)師匠という立場の俺は、エイミィの為に行動を起こす義務がある。その場合は、相手が誰であろうと容赦するつもりはない。
そのことをマリア様に話すと、爺ちゃんも同意した。じいちゃんはエイミィの事を『孫弟子』だと周囲に言っているので、当たり前と言えば当たり前だ。
マリア様は、俺とじいちゃんが頷きあっている様子を見て、すぐさまティーダを捕まえようとしたが、流石に個人的な恋愛に横槍を入れるつもりはないとは言った。ただ、ティーダがトチ狂って、エイミィの気持ちを無視して力ずくでものにしようとした場合は、その限りではないとも言ったが……
そんな事もあってか、マリア様はクリスさんとエイミィの護衛の話などを入念にしていた。マリア様が責任を持ってすると言った以上、何かあった場合の責任は王家の責任にもなりかねない為、その顔は真剣そのものだった。
少しやりすぎた感じもするが、俺が本気だと分かってもらえて嬉しい限りだ。
もう夜も遅いので、今日の準備はこれで終了する事にして、明日の朝から準備を再開する事にした。取り敢えず明日の予定は、必要なものの買い出しと親方への尋問だ。
一応第8章は、あと一話か二話で終わる予定です。
この話でお察しいただけると思いますが、次の舞台は南部自治区となります。アムールとブランカの故郷となりますので、アムールの両親やブランカの奥さんも出てきます。初代山賊王のケイ爺の正体も明らかにしようと思っていますので、今後もよろしくお願いします。
 




