第8章-15 学園入学決定
なんやかんやで、ニュータニカゼ事件から四日がたった。この四日間に起こった事といえば、親方の工房が数日間の営業停止処分(プロレスが場外乱闘に発展し、周囲に迷惑をかけた為)になったり、タニカゼの弄られたところを見つける事ができずにモヤモヤしたり、ブランカとアムールの追いかけっこが再開された事くらいだ。
ブランカは、前以上に厳重に縛っていたのだが、アムールは隙を見て簀巻きの状態でアパートを脱出し、道に落ちていた石で縄を切って逃走したのだ。なお、アムールが脱出した時、ブランカは風呂にいっており、たった五分程の間に起こった脱走劇だった。
一応ブランカには、アムールがダンジョンに潜っている可能性が高い(本当に潜っている様だが、『探索』は秘密にしているので言葉を濁した)と教え、ゴブリンの巣穴の場所も教えたが、今日まで発見には至っていない。
そして先程、テッドが王都から戻ってきて、王様からの返事を持ってきた。最も、直接手渡されたわけでじゃなく、クライフさん経由でのやり取りだったらしいが、クライフさんが直接手渡した以上、この手紙は本物である。
「やっぱり王様はエイミィに興味があるみたいだな」
「テンマ、その言い方じゃと、アレックスの奴が変態に……あながち間違いではないが、人聞きが悪いぞ」
取り敢えず手紙に書かれている内容を簡単に説明すると、「王家の直轄地で面白い事が起こりそうなら、一度行くからな!」だった。
「あいつらしいが、絶対に周りに止められるじゃろうな。だとしたら、来るのはやはり馬鹿か三男で決まりじゃろうな」
アーネスト様はともかく、ライル様はそれなりに忙しいはずだが、王様に一番性格が似ている上に、王様ほど忙しいわけではないそうなので、なんだかんだ理由をつけてやって来そうではある。
そんな事をじいちゃんと話していると、何やら外の通りが騒がしくなってきた。俺の馬車は、アパートの敷地の中に入れているので、通りからは少し距離があるのだが、ここまでザワつきが聴こえてくると言う事は、余程珍しい事が起こっているのかもしれない。
「のう、テンマ……何やら嫌な予感がするのじゃが……」
「奇遇だねじいちゃん……最も、俺は嫌な予感じゃなくて、確信しているよ……」
ザワつきは次第にアパートの方へと近づいて来ているし、それに伴い複数の馬の足音が聞こえてきている。何より、俺の『探索』でそのザワつきの正体が分かっているからだ。
「テンマ君、来たわよ。出てきてちょうだい」
馬車のドアを叩きながら聞こえてくる声は、聞き覚えのある女性の声だ。
「もう来たんですか、クリスさん?」
ドアの前にいたのは、予想通りクリスさんだ。これくらいなら『探索』を使わなくとも分かる。若い女性でここまで俺に遠慮がないのは、数が限られるからだ。
「テッドの奴……はめやがったな」
こんなに早く着いたという事は。セイゲンの近くまで一緒に来て、適当な所でテッドだけが先行したのだろう。テッドが悪いわけではない(そもそも一般人が、王族に頼まれて断れるはずはない)が、恨み言の一つも言いたい気分だった。何故なら、セイゲンに来た王族というのが……
「マリア様、テンマ君いました」
だからである。来たのが王様やライル様だったのなら、別に気にする事はなかったのだが、どうしてもマリア様の前だと少し緊張してしまうので、この様な不意打ちは心臓に悪いのだ。
「ご苦労様。久しぶりね、テンマ。相変わらず活躍しているらしいわね。それはそうと、王都に来たのなら、顔くらい出せばよかったのに」
マリア様は、俺がこの間のタニカゼの材料集めの事を言っているのだろう。少しばかりご立腹の様だ。
「こんにちは、お兄ちゃん。ソロモンは?」
「ちゃんと挨拶しないか、ルナ!こんにちはテンマさん、お久しぶりです」
マリア様に続いて馬車から降りてきたのは、相変わらずのルナと、そんなルナを叱るティーダだ。ルナはティーダに叱られて謝った後で、ソロモンを見つけて突撃していた。ソロモンは、ルナの突撃を軽くかわし、適当に逃げ回っていた。本気で逃げてないあたり、ソロモンなりに楽しんでいるのだろう。
「お久しぶりです。その節は申し訳ありませんでした。何分、急いでいたので……」
本当に急いでいたので、王城による時間がなかったのと、余計な騒ぎを起こしたくなかったのだ。マリア様も、その事……特に後半部分の元凶には心当たりがあるみたいなので、それ以上は追求してこなかった。
取り敢えず、王様に頼みたい事を詳しく話す為にエイミィを馬車に呼んだのだが、その時、思いもよらぬ事件が起きた。それは俺やじいちゃんだけでなく、マリア様も予想していなかった事で、今後、色々と大変な事が起こると予感させる様な事件だった。何が起こったのかというと……
「テンマさん、あの子誰ですか?」
どうも、ティーダがエイミィに一目惚れした様だ。頬を赤く染めながら俺の袖を引っ張り、エイミィの情報を聞き出そうとしている。こんなティーダの様子には、流石のマリア様も呆気に取られている様で、どう反応していいのかわからないみたいだった。
そして、何の為に呼ばれたのかわからないエイミィは、きょとんとした顔で俺達を見ていた。
「クリス、ティーダを私達の馬車に連れて行きなさい。このままだと、話にならないわ」
「分かりました。ティーダ様、ちょっと出ましょうか?」
「へ?あの、ちょっと!」
クリスさんは、問答無用でティーダの背中を押して馬車の外へと連れ出した。ティーダはなんとか踏ん張ろうとしていたが、流石にクリスさんの力に抗う事が出来ず、簡単に外へと押し出されていった。
「取り敢えず、これで話ができるわね。ティーダの事は完全に予想外だったけれども……それで、テンマ。その子が何か関係あるの?」
マリア様の視線に驚いたエイミィが俺の後ろに隠れてしまい、マリア様が少し落ち込むという事があったが、笑うと何を言われるかわからなかったので、自分の脇腹を抓ってなんとか耐えた。
「ええっと、この子はエイミィって言って、このアパートの大家さんの孫です。それで、色々ありまして、自分の教え子みたいなものです」
「初めまして、エイミィです」
それからこれまで起こった事を話し、俺の気まぐれでエイミィに珍しい魔物をテイムさせてしまったので、王家に後ろ盾になって欲しいと伝えると、マリア様は頭を抱えながらため息をついていた。
「テンマ、あなたはやっぱりリカルドの息子で、マーリン様の孫ね。やる事が二人にそっくりよ……悪い意味で……」
そんな事をマリア様は呟いていたが、近くで静かにしていたじいちゃんは、ものすごく嬉しそうだった。
「まあ、その子の後ろ盾になるのは構わないわよ。そもそも、セイゲンで起きた事だから、トラブルを未然に防ぐという意味でも問題はないけど……テンマは確実に私達の派閥に属したと見なされる事になるけど、いいのね?」
「構いませんよ……というか、今更ですよね。それって」
王様やライル様が、遠慮なしにじいちゃんの屋敷に遊びに来ていた時点で、俺が王族派に属しているというのは王都の住民達の間でも話題となっていたのだ。
「それもそうね。なら、テンマの教え子が、王族の庇護……だと騒ぎになりすぎるだろうから、大公家の援助を受けていると噂を流すわ。ついでに私が興味を持っているとも」
などと、細かい条件が決められていった。なお、話の中心であるエイミィは、何が起こっているのかよく分かっていないようなので、あとで詳しく教える必要があるだろう。
「それで話は変わるけど……エイミィは、王都の学園に興味はあるかしら?」
突然のマリア様の話に、エイミィは意味がわからなかった様だ。
「大公家の庇護の話を広めるのなら、手っ取り早いのが学園に入る事ね。あそこなら、親のいいなりになっている学生が多くいるから、勝手に話を広めてくれるわ。それに、学生はテンマの事もよく知っているから、テンマが目をかけていると言う意味も伝わるでしょうし、何かあった時に私達も動きやすいわ」
今からだと中途入学になり、試験が少し厳しいものになるらしいが、そこは大公家の権力を使ってねじ込むらしい。思いっきり不正になりそうだが、貴族の世界ではよくある事らしく、よっぽど頭の出来が悪くない限りは合格になるそうだ。なお、貴族が権力を使ってまで中途入学させる一番多い理由は、隠し子が発覚した場合であるらしい。他にも養子をとった場合などもあり、エイミィの様な理由は少数派だが、前例はあるそうだ。
「それで、エイミィの学力はどのくらいなの?」
一応このセイゲンにも、学校の様なものは存在するが、王都の学園の様にしっかりとしたものではなく、基礎を教えるくらいのところである。希望すれば、もう少し上のレベルの勉強を教えてくれるらしいが、そんな生徒は十人に一人もいないらしい。なお、エイミィは基礎を学校で学び、さらにテイマーズギルドの面々にも勉強を教わっている為、私見ではあるが学園の平均レベルはあると思う。
「なら問題はないわね。あとはエイミィ自身の気持ちだけども、それは親御さんと話した方がいいと思うわ。少なくとも、私が決めるのは違うわね」
話について行けていないエイミィを見て、マリア様はエイミィを一度家族と相談させる事にしたようだ。俺はエイミィにわかりやすく説明し(王都の学園に入学できるかもしれないけど、どうする?みたいな感じで)、家族に相談して決める様に言った。ちなみに、エイミィはマリア様の事を、偉い貴族の女性と思っている様で、王妃様だとは分かっていない様だった。
余談ではあるが、エイミィからマリア様の提案を聞いたアリエさんとカリナさんは、マリア様の正体にすぐに気がついたらしく、身だしなみを整えて、息を切らしながら挨拶にやってきていた。そして、話し合いの末、エイミィの学園入学が決定した。どうやらマリア様は、試験の結果は関係なしにエイミィを学園に入れるつもりの様で、俺とじいちゃんの名前も利用するが構わないわよね?と言っていた。少し怖かったので、俺とじいちゃんは一も二もなく頷き、馬車に戻ってきたティーダはものすごく喜んでいて、ルナは何が起こっているのかよく分かっていなかった様だ。
詳しい話は明日する事になり、エイミィ達は家に帰っていった。
「それで、色々あったらしいけど、どんな感じだったの?」
マリア様がセイゲンでの話を聞きたがったので、依頼の途中でバイコーンの戦う事になり、倒したのはいいがタニカゼがやられた事や、ダンジョンで素材を集める為に湖のある階層に行った時に、タコの魔物と戦って、その魔物が新種に認定された事などを話した。マリア様やティーダにクリスさんは、戦った時の感想を聞きたがっていたが、ルナだけは倒したバイコーンとタコの味を聞きたがっていた。
「時間もちょうどいいし、昼食で食べてみようか?」
俺の提案に、皆からは反対の声は上がらなかった。
何を作るかは決めていないが材料だけは決まっているので、それから思いつくものを作る事にした。
「バイコーンはハンバーグにするとして、タコは唐揚げかたこ焼きかな?」
バイコーンはあっさりと決まったが、タコは少し迷ってしまった。しかし、最後にはある決定的な物が足りないと気がついた為、簡単にできる唐揚げに決めた。
「たこ焼きは作りたいけど、たこ焼き器が無いし、仕方がないか」
たこ焼き器の代わりになりそうなものも持っていなかったので、タコ料理は唐揚げに決めたが、ハンバーグと揚げ物だと昼食としては少し重いかもしれない。なので、唐揚げは下味は塩コショウだけにして、好みでレモンを使ってもらう事で味を調整し、ハンバーグはバイコーンの赤身の部位と白毛野牛の赤身の部位を使い、脂身を極力のける事にした。味付けは塩コショウに生姜の絞り汁、スパイス数種類に炒めた玉ねぎを使い、形を手の平より小さく、薄めの小判型にする事で、出来るだけ多くの量を早く作れる様にした。ソースは焼いた後のフライパンに砂糖・魚醤・酒・皮を剥いたトマトを潰したもので作り、お好みで付ける感じだ。後は、サラダとパンを用意して完了だ。
料理はまとめて作る事が出来たので、そんなに手間がかかるものではなかったが、人数が多かった(王族三人に、護衛の近衛兵がクリスさんを含む十人)ので、思ったより時間がかかってしまった。
出来上がったものは、まずクリスさんに味見(毒見)してもらってから、マリア様達の前に置いていった。マリア様達の分や、俺とじいちゃんにクリスさんの分は、それぞれワンプレートで盛り付けたが、近衛兵の分は大皿にまとめて盛り付けて渡した。雑な盛りつけで、貴族出身の者が多い近衛兵にはあまり染みがない食べ方だと思うが、流石に馬車の中に全員を入れるわけにはいかず、かと言ってマリア様達を外に出すわけにもいかないので、クリスさんを除く近衛兵には、自分達で取り分けてもらう事にしたのだ。
「美味しいわね、これ」
「こんなに美味しいのは、これまで食べた事がないです」
「お肉のおかわりちょうだい」
マリア様は驚いてはいたが上品に食べている。だが、ハンバーグを食べる速度は意外と早い。
ティーダもマリア様と同じ様に驚いていたが、こちらはゆっくりと食べていた。
ルナは……口の周りを汚しながら、早くもハンバーグのおかわりを要求している。
三人とも食べ方や速度に違いはあるものの、ハンバーグの味はとても気に入った様だ。最終的には、全員がおかわりをして、多めに用意したハンバーグは綺麗になくなってしまった。
タコの唐揚げは、ハンバーグの陰に隠れてしまう形になったが、味はいいし、食べやすいとの評価をもらった。なお、ハンバーグを一番食べたのはルナで、次がクリスさんだった。ルナは、自分の好きなものを集中的に食べるタイプの様で、クリスさんはよく動くので、その分食べるらしい。
逆に一番食べていないのがティーダで、次が俺だった。ティーダはルナとは逆に、好きなものはゆっくりと味わって食べるタイプで、俺は皆のおかわりの要求に応えていたので、食べ損ねてしまっただけだ。
「さて、そろそろ私達は屋敷の方に戻るわね」
マリア様の言う屋敷とは、王族がセイゲンにやってきた時に利用する建物の事だ。あまり利用する機会はなくとも、王族が利用する為の建物なので、王都にあるじいちゃんの屋敷より建物自体は少し小さいものの、その分、庭が大きくできている。これは、護衛や招待された貴族の馬車を庭に停められる様にする必要があるからだ。場合によっては、地震などによる緊急時の避難場所に使う事もあるそうで、防衛用の柵や塀・堀などはあるものの、花などは植えられていない。
マリア様達を見送った後で、見計らった様にエイミィ達がやってきた。どうやら、本当に王都の学園への入学の話を聞きたいそうだ。
なので、初めに勝手に話を進めた事を謝った上で、詳しい話をする事にした。まあ、詳しい話とい言っても、明日マリア様が話をすると言っていたので、エイミィ達に聞かれた事に答えただけだ。
エイミィ達が心配しているのは、お金(学費)、家、保護者だった。流石に王都にエイミィ一人だけで生活させるのは心配らしい。取り敢えず学費に関しては、最悪俺が援助するという事にしたが、家と保護者に関しては心配しない様に言った。
まず、家に関してだが、学園には学生寮もあるので、王家の推薦があれば間違いなく入る事が出来るだろうし、万が一無理だったとしても、じいちゃんの屋敷から通えるし(その時は、ジャンヌとアウラに世話を頼む事になる)、マークおじさん達を紹介してもいい。おじさん達の事だから、俺の弟子というだけで、エイミィの事をかわいがってくれるだろう。
保護者に関しては、マリア様から話を持っていった以上、王家の誰か(マリア様かアーネスト様が最有力と予想している)が保護者になるだろう。
その事を話すと、エイミィ達は感謝していた。その時に、水を差す形になってしまったが、間違いなく勢力争いに巻き込まれるだろうと謝ったのだが、今更だと言われてしまった。どうやら、俺が武闘大会で優勝したあたりからエイミィも注目されてしまい、何人かの貴族がエイミィを雇いたいと言ってきたそうだ。流石に狙いが見え見えだったので、その話は断ったそうだが、この調子だと断るのが難しいくらいの貴族がくる可能性があるので、その前にテイマーズギルド繋がりで、サモンス侯爵に後ろ盾になってもらえないか頼むつもりだったらしい。なので、今回の話は渡りに船であったそうだ。
後ろ盾の話だけ見ると、サモンス侯爵を軽んじた様にも聞こえるが、じいちゃんに言わせると、派閥が同じだし、サモンス侯爵と王家の仲は良好なので問題はないそうだ。寧ろ、この話をサモンス侯爵が聞いたら王家と連携し、合同でエイミィの保護者に収まる可能性すらあるらしい。
「サモンス侯爵からすれば、エイミィの力になる事でテンマとの関係を作り、王家からすれば、侯爵家との連携を強化する事ができる。両方に得のある話じゃな。テンマは、もっと自分の価値を正しく知っておいた方がよいぞ」
じいちゃんにそう締めくくると、アリエさん達も同意する様に頷いていた。なお、次の日に判明した事だが、金銭に関しては何も心配する必要はなかった。その理由として、今後くーちゃんの出す糸を王家に売る形で、学費や生活費(小遣い含む)を捻出するそうだ。ただし、どれほどの質と量の糸が出るか分からない為、最初は王家から借金(書類上の連帯保証人は俺になっている)する形となるが、推薦で入学すれば学費はほとんどかからない(成績次第で、全額~一部免除される)そうなので、糸が少しでも採れれば問題はないそうだ。
色々とエイミィとその家族を騒がせてしまったが、最終的にはいい方向へと進みそうなので、俺としても安心できそうだった。ちなみに、もうひとつの心配事である逃亡者と追跡者に関しては、ブランカがあと少しで捕まえられそうだと言っていたので、アムールが確保されるのも時間の問題だと思われる。