第8章-13 逃走中
7/11追記 この度、『異世界転生の冒険者』の二巻が製作決定しました。活動報告の方に、キャラデザのURLを載せているので、興味がある方は覗いてみてください。
一通りゴブリンの巣穴でやるべき事を終えた俺は、サカラート兄弟を連れて地上へと戻る事にした。サカラート兄弟とその眷属は俺のディメンションバッグで運ぶ事にして、巣穴の入口まで戻り魔法で穴を塞ごうとしていた時、丁度じいちゃんとアグリがやってきた。二人は俺を見た後で辺りを見回して、サカラート兄弟がいない事に気づき、
「「間に合わなかったのか?」」
と同時に言って黙祷を捧げようとしたが、二人が俺のバッグの中にいると聞いて安堵の表情に戻った。ただ、アグリがバッグの中を覗いて様子を確かめた時、二人はいびきをかきながら寝ていた為、アグリの顔が険しくなっていた。そのままアグリが二人を引きずり出して説教を始めそうな雰囲気だったのだが、じいちゃんが「二人は大変な目にあったのだから、少し眠らせてやれ」と説得した為、アグリは大人しく引き下がっていた。
その後は穴を丁寧に塞ぎ、自分がわかる程度の印を付けてから地上に戻った。地上ではテッドとライトも心配そうにしていたが、二人もバッグの中のサカラート兄弟の様子を見て何か言いたそうだった。
アグリにこの後の流れを聞いてみると、一応ギルドに顔を出して欲しいとの事だった。どうやら、サカラート兄弟の事はギルド長に報告済みらしく、情報の調整をギルドで行っている最中なのだそうだ。なので、早く行かないとギルド長の判断で情報が冒険者達に流れるかもしれないとの事だった。
この場合の情報とは、ダンジョンで新しい区画が発見されたという事で、情報が開示されると一気に新しい区画に冒険者が流れ込む事になり、俺がまだ発見していない鉱物や素材が根こそぎ持っていかれるだろうとの事だった。まあまだ完全に調べたわけではないが、目に見えるものでめぼしいものは粗方持ってきたつもりなので、俺としては発見していない素材が持って行かれてもあまり悔しくはないが、あの空間を独占できないのはもったいない気がした。
「タニカゼの事があるのに……」
「諦めるんじゃな。仮にもテンマはテイマーズギルドに所属しておるのじゃし、助けたのもテンマなのだから、説明にいくのは仕方のない事じゃろう……まあ、タニカゼの方はわしが監督に行くから、心配せずにギルドに行くのじゃな!」
じいちゃんの言っている事はわかるが、じいちゃんは明らかにタニカゼに何かするつもりの様だ。一応忠告はしておくが、じいちゃんの性格からして、目の前にあんな面白そうなものがあるのに何もしないという事は考えられない。困った事に、俺の祖父なのだ。何か手を出すのは火を見るより明らかである。
そのままダンジョンを出たところで、親方の工房に行くじいちゃんと別れ、俺はアグリ達と冒険者ギルドへと向かった。まだ新区画の情報は漏れていない様で、すれ違う冒険者達が色めき立っている様子はなかった。
ギルドに着くと、俺達に気がついた職員によって即座にギルド長の部屋へと案内された。この時、何人かの冒険者が職員の行動に怪しんでいた様だが、俺がいる事に気がついて、直ぐに視線を戻していた。どうやら、タコの事で何か呼ばれたとでも勘違いした様だ。もしかしたら、俺がまた何かやらかしたのだと思ったのかもしれないが、この時ばかりは俺のトラブル体質に少しだけ感謝したいと思った。本当に少しだけだが……
ギルド長の部屋に通されると、直ぐに状況を説明する事になった。説明と言っても、サカラート兄弟から聞いた話と、新区画がゴブリンの巣穴となっており、ゴブリンキングもいたが、問題なく駆除した事。それと、ゴブリン達の餌になったと思われる冒険者の遺骨が発見されたという事だけだ。その時に、ギルド長に遺骨を教会に任せる様に進言したが、ギルド長は教会がギルドに影響を持つのを嫌がったのか、ギルド主体で弔い式を行い、その途中で神官に進行の一部を任せる形式にするそうだ。
その辺の事はギルドの問題なので好きな様にしていいと思うが、その弔い式に俺も出席して欲しいそうだ。流石にそこまでする義理はないと思い断ったのだが、それでも発見者という事で出席してほしいと言われた上に、ギルド側の人間という事をはっきりさせる事で、教会からの勧誘を退ける狙いもあると言われ了承する事にした。一応、表向きは自主的に参加するという事になるが、本当は冒険者のギルド側の依頼という事で十万Gが支払われる事になった。ただ、これがバレると色々とうるさい事になる為、報酬としてではなく、遺骨発見の謝礼金として支払われる事とし、さらに契約書は書かないという事になった。
これだけだと、ギルド長が弔い式が終わった後で、契約を一方的に破棄したとしても証拠は残らないが、その場合俺はこのセイゲンから撤退した上でその理由を知り合いの貴族(王族含む)に話し、俺の正当性を示すだけなので、どう考えてもギルド長側が損害を被る事になるだけだ。そんな事がわからないギルド長ではないので、契約書なしでも信用してもいいと思う。
「それで、新区画の事だが……公表はするぞ。ただし十日後に、だ」
流石にギルドに報告された新区画に対して、一個人の為に秘匿する事は出来ないそうだ。十日の猶予を持たせたのは、それまでは好きにしていいという事だろう。採掘を急がねばならない。
「話はそんなところだ……まあ、騒ぎの元凶のサカラート兄弟は、これから説教が待っているがな」
やはり二人の行動は、ギルドとしても軽率だと判断したそうで、ギルド長直々に説教がされるらしい。そして、これにアグリも加わる為、二人にとってはまさに地獄の時間となるだろう……俺が怪我を治していなかったら、説教まで少し時間を作る事ができたかもしれないが、そう口にすると恨まれそうなので黙っておいた。
「二人共、良かったな。二度の地獄が、一度で済むぞ」
「回数は減っても、中身は濃くなるだろ……」
「それだったら、二回に分けてくれた方が良かったかも……」
意気消沈する二人を置いて、俺はギルド長の部屋から退出し、親方の工房を目指した。早く行かねば、新タニカゼに変な改造を施されてしまう!そう思いながら、ほぼ全力で街中を駆け抜けていった俺だった。そのかいあってか、ギリギリのところで親方とじいちゃんの野望を阻止する事が出来た様だ。
二人の足元には、いくつもの試作品と思われるパーツが転がっている。恐らく、それらのパーツは形を作っただけのものだろうが、胴体に取り付ける為の仕掛けを作る直前だった。もし、その仕掛けを作られていたら、なし崩し的に取り付けられる事になっていただろう。
俺が間に合った事で、計画が頓挫した親方とじいちゃんは、舌打ちしそうな程悔しがっていた。そんな二人を無視して、取り付けられそうになっていたパーツを見てみると、よくもまあ短時間でこれだけ用意したなという量が用意されていた。
まず目に付くのが、ペガサスを模した様な羽。どう考えても飾り以外に使いようがないだろう。親方に言わせると、新タニカゼの魔力を増幅させる効果を持たせるつもりなのだそうだが、そんなものを背中につけてしまうと、肝心の俺の乗る場所がなくなってしまう。
続いては、これまた背中に付ける大砲の様な筒。首元の両横に砲身がくる様な感じで、まるで馬版のガンタ〇クの様だった。親方によると、この筒から魔法を発射させる事ができるらしい。しかし、この筒は試作品らしく、これまで実用レベルでの成功はないそうだ。失敗原因は魔力量と魔力精度不足による、射程と威力不足で、最新の実験では『子供の放つファイヤーボール』より使えないだったそうだ。そこで、俺ならもしかしたら?という思いで装着しようとしたらしい。
最後は、胴体の横に付ける『パイルバンカー』の様なものであり、一番実用性が高そうな装備ではあるが、一度発射すると自動では元に戻らないそうだ。しかも、射程が短く、発射時の反動が大きすぎる為、下手をするとタニカゼから転げ落ちる可能性もあるらしい。これも、俺なら使いこなせると考えていたそうだ。ちなみに発射の動力は、杭の後ろと筒の内部に施された『風の魔法陣』で空気を圧縮し、その反動で発射するらしい。
「人を実験台に使うなよ……でも、パイルバンカーはいいな」
俺の言葉を聞いて二人共、特に親方は嬉しそうな顔をしたが、
「杭はいらないし、筒もこんなに大きくなくていい。もっと簡単に言えば、騎乗中でも立てるくらいの足場が欲しいな」
続きの言葉を聞いて、親方はがっくりと項垂れた。項垂れる親方を無視して、俺は親方の弟子達とアイデアを詰めていく。構造としては、親方が着けようとしていたパイルバンカーの筒を、鞍を乗せる場所の下あたりをカバーする大きさで、幅は二十cmくらい、足場の先端を鋭くする事で空気抵抗を少なくすると決めた。これが上手くいけば鐙より踏ん張りが効き、武器を振るってもバランスを崩しにくくなるだろう。ただ、最初はお試しという感じで、胴体にベルトで結ぶ形にし、一応鐙も付ける予定だ。
この話し合いにはちゃっかりじいちゃんも参加しており、新タニカゼの装着品の話し合いに関わらなかったのは親方だけだった。
その後、話し合いに参加できず拗ねた親方は、一人で首の部分を作り始め、誰にも手伝わせる事はなかった……変なギミックを仕掛けないか心配したが、見た限りでは最初の打ち合わせ通りに作っている様だった。
その日の作業の終わり、さあ帰ろうかという時に、ふてくされた様子のアムールが工房にやってきた。アムールはふくれっ面のまま俺に近づくと、無言で俺の脛を蹴り始めた。
避けても避けても執拗に脛を狙ってくるので、反射的にアムールの脚を蹴り返すと、俺の靴の先端がアムールの脛にクリティカルヒットし、アムールは脛を抑えながら地面に座り込んだ。
「大丈夫か、アムール……いってぇ!」
強く蹴りすぎたかも?と心配して肩に手を置こうとしたら、急に動き出したアムールに手を噛まれてしまった。慌てて引き離して噛まれたところを見てみると、右手の小指の下辺りに、はっきりと歯型がついていた。噛み跡は赤くなってはいるが、血は出ていないので、アムールなりに手加減はしていたのだろうが、一歩間違えたら指が噛みちぎられていたかもしれない。
「シャレにならないぞ!アムール!」
「テンマが悪い」
俺が怒っても、アムールはそっぽを向いている。何が不満なのか分からないが、頬を膨らませ、尻尾で地面をバシバシと叩いていた。
「ここにいたのか!」
雰囲気が悪くなっている工房に、今度は怒気を孕んだ声が響いた。
声の主は毛を逆立て怒っているブランカだ。突然の登場に俺達はとても驚いてしまい、先程まであった険悪は雰囲気は霧散していた。ブランカは、驚く俺達を無視してアムールに近づくと、無言でゲンコツを落とした。この二人と出会ってから、そんなに長いわけではないが、何度のこの光景を見たのだろうか?そう思えるくらいには、冷静になる事ができていた。
「騒がせてすまんな……テンマ、その手の噛み跡は……すまん」
ブランカは、俺の手についているアムールの歯型を見つけ、もう一度アムールにゲンコツを落とした。
「それで、一体何があったんだ?アムールに聞いても、俺が悪いの一点張りなんだが」
「それなんだが……お嬢の奴、テンマを追いかけてダンジョンに潜ったのはいいが、場所がわからなくて彷徨い続けていたんだ……最後には、俺を置き去りにして突っ走っていってな。おかげで前に探索した湖の近くまで探しに行くはめになってしまった。そこまで行って一度地上に戻ったんだが、そこでお嬢が先にダンジョンから戻ってきたと聞いてな、それでここまで走ってきたわけだ」
そう言ったブランカをよく見てみると、体のいたるところに傷を負っていた。よほどアムールの事が心配だった様で、自分の格好に気がついていないみたいだった。
その後、ブランカとじいちゃんを挟んでアムールと話してみると、なぜアムールが怒っていたのかがわかった……まあ結論から言うと、アムールの八つ当たりなのだが……
分かりやすく説明すると、俺がダンジョンに潜る~じいちゃん呼ばれる~アムールがじいちゃんがダンジョンに行ったのに気がつき、アグリ達を問い詰め理由を知る~アムール、ダンジョンに突撃~しかし目的地が分からず、闇雲に俺を探す~アムール、追いかけてきたブランカを振り切り、ダンジョン内を彷徨う~なんとか地上に帰還、俺が戻ってきている事を知り、工房へ突撃~俺が楽しそうにしているのを見て、腹が立った……の流れである。
話を聞いても俺は悪くないと思う。だが、アムールの事をすっかりと忘れていたのは確かなので、強く言う事はできなかった。また噛まれたらたまらんし……
「話はわかった。色々と納得のいかないところはあるが、俺も悪いところがあったという事で、この件は終わりにしよう。それでいいな」
「……ん」
アムールは、噛み付いた事と俺が非を認めた事で幾分機嫌がなおった様で、小さく頷いた。これでこの話は終わるかと思っていたら、
「そういうわけにはいかん。お嬢、ここまで迷惑をかけたんだ。村に帰るぞ」
「……そう、わかった。バイバイ、ブランカ」
「お前もだ!」
三度アムールの頭に落ちるゲンコツ。
「既に予定を大幅に過ぎているんだ。いい加減帰らんと、皆心配するぞ!」
「大丈夫、私はテンマと生きていく。だから、ブランカだけかえ、ぐえっ!」
言い終わる前に、四度目のゲンコツが炸裂した。今度の無言の一撃は、今日一番の威力があった様で、鈍く大きな音が工房に響いた。そして、その一撃でアムールは意識を失った。
意識を失ったアムールをブランカは手早く縄で拘束し、猿轡を噛ませて俵の様に肩に担ぎ上げた。
「すまんが、先に戻る。帰るのは明日か明後日になると思うが、それまでお嬢はこの状態だと思っていてくれ……くれぐれも、解放しようと思わない様にな」
ブランカはそう言って俺達に念を押すと、そのまま工房を出て行った。
「……大丈夫かな?」
「アムールが心配か?」
「いや、どっちかっていうとブランカの方だ。あの顔で、縄で縛られた女の子を担いでいたら……普通は捕まるぞ」
この俺の心配は的中した。工房からの帰り道、やけにざわついた空気が流れていたので、近くの屋台で情報収集をしたところ、少し前に人相の悪い獣人が女の子を誘拐しようとして衛兵に捕まったらしい。
十中八九以上の確率でブランカとアムールの事なので、じいちゃんと急いで衛兵の詰所に向かうと、既に二人は帰ったあとだったそうだ。
たまたま衛兵の中に、ブランカとアムールの関係を知っている人がいたそうで、即座にとはいかなかったものの、早めに解放されたそうだ……最も、アムールは盛大に無関係の被害者を装ったそうで、同情した衛兵に縄を解かれると、一目散に逃走したらしい。現在も逃走中で、ブランカも解放されるとすぐにアムールを探しに走っていったそうだ。
その日、二人が戻ってくる事はなかった。
「さて、今日も親方のところに行くか……の前に、飯だよな」
朝起きてしたくを済ませると、すぐに親方の工房に向かいたかったのだが、シロウマルとソロモンが揃ってテーブルの前に座っていたので先に朝食の準備をする事にした。ちなみに、いつも朝食を抜きにしているわけではなく、親方の工房に行っているこの頃は、屋台で朝食を済ませるのが日課になっていたのだ。
「今日も作るつもりはなかったから、簡単なものでいいな」
二匹にそう言って、マジックバッグから肉を取り出してゆがいた。朝から馬車の中に焼肉の匂いを充満させたくなかったので、今日は冷しゃぶ風のサラダをスラリン達に用意した。肉は多めにゆがいて俺の分のおかずにもしたが、ほんの少しである。
「そういえば、そろそろあいつらもエサが必要かな」
俺はクモ達が入っているディメンションバッグを開いて様子を見てみると、案の定クモ達のために入れていたエサが底を突きそうになっていた。
クモ達は自分達で餌の量を調整するので、ここのところ数日置きに纏めてエサをやっているのだ。それらをクモは、自分達で小分けにして保存しているみたいだった。まあ、クモ達は俺に懐いていないので、毎日バッグを開けると警戒してエサを食べなくなるかもしれないので、この方法しかなかったのだが……
しかし、今日はいつもと違っていた。いつも通り数日分を纏めてあげようとバッグを開いたところ、三匹のクモのうち、金色のクモと銀色のクモの二匹が近寄ってきた。その二匹にエサを手のひらに乗せて与えると、少し戸惑いながらも二匹はゆっくりと手のひらのエサを食べ始めた。ただ、残りの銀色の方は、決して俺に近づこうとせず、いつも通り警戒心を隠そうとはしなかった。
「これなら眷属に出来そうかな?」
試してみると、餌を食べに近寄ってきた二匹は眷属に出来そうだったが、案の定残りの一匹は無理だった。
少し寂しかったが、眷属にするには互の相性などもあるので仕方がないと諦め、懐いた方の二匹だけでも眷属にしようと思った時、丁度散歩からじいちゃんが帰ってきたので報告した。じいちゃんは散歩の途中で買ってきた串焼きを、シロウマルとソロモンに取られながら俺の話を聞いていた。そして、俺の話が終わると、
「せっかくじゃから、皆の前で眷属にしてはどうかのう?」
と提案してきた。皆の前とは、テイマーズギルドの連中やエイミィの事だろう。このクモ達はかなり珍しいとの事なので、黙って眷属にすると後がうるさいかも知れない。ただ、ブランカとアムールがいないのが心配だが、流石に追いかけっこをしている二人が悪いというのは明白だし、アムールはともかくとして、ブランカの性格から言って、後でネチネチと文句を言う事はないだろう。せいぜい、「眷属化など、そうそう見れるものではないから残念だ」くらいだと思う。もしかしたらアムールは、後々無理目な事を言うかもしれないが、ブランカが(物理的に)止めてくれるだろう。
というわけで、一先ずエイミィに声をかけ、そのままの流れで冒険者ギルドにあるテイマーズギルド(という名のテーブル)へと向かう事となった。エイミィは三度目の眷属化の瞬間だという事で興奮していたが(かくいう俺も五度目の瞬間なので、エイミィと数に大差はない)、それ以上に興奮していたのはテイマーズギルドの面々だった。中でも、アグリの興奮度合は群を抜いている。
「当たり前だ。文献でもわずかにしか出てこない様な魔物の眷属化を拝めるのだぞ!興奮せずにいられるか!」
と、これまで見た事がないくらいに興奮していた。そのせいで俺達のいるテーブルは、朝からギルドに来ていた冒険者達やギルドの職員達の注目の的となっている。皆、俺が顔を向けると直ぐに目を逸らして、いかにも興味のないふりをしていたが、アグリ達が大声を出すたびに聞き耳を立てているのがバレバレだった。
「わかったから、少しは落ち着けって……それに、ここでは集中できないから、ダンジョンに潜ってからやるぞ」
俺の言葉を聞いた冒険者や職員達から、残念がる様な雰囲気が漂ってきたが、こんなざわついた状況でクモ達を出したら、下手するとまた警戒し始めて元の木阿弥になりかねない。そもそも、ギルドで契約するつもりはなかったし、周りの連中は親しい間柄でもないので眷属化の様子を見せる義理はない。だから、チラチラとこちらに視線を寄こしても無駄だ!ギルド長!
「だって見てみたいじゃないか!」
俺の視線に込められた意味を理解したのか、ギルド長が抗議の声をあげようとするが、俺は無視してギルドのドアの方へと歩いて行った。流石にギルド内で眷属化を行わせる様な権力など、ギルド長にあるわけないし、仕事をほったらかして俺についてくる程責任感のない人ではないので、ギルド長が俺を追ってくる事はなかった。
そして、いざダンジョンに潜ろうとした時、急にエイミィが手を上げた。
「はい、先生!わたし、ダンジョンは十階層までしか潜った事がありません!」
「あっ!」
なんだかんだ言って、ここにいるメンバーは腕利きが多いので、二十階層くらいは当たり前だと思っていた為、エイミィの事を完全に失念していた。しかし、流石に自力で潜ったわけではないだろうが、エイミィも冒険者ではないのにかなり深くまで行っている。恐らく、荷物持ちの随伴員としてだろうが、それでも危険な事には変わりがない。誰と潜ったのか少し考えてからアグリ達の方を見ると、テイマーズギルドの全員が目を逸らした。
「アグリ……大丈夫だとは思うけど、危険がない様に対策を練っているよな?」
「当然だ。主にエイミィの眷属用のエサの採取の時に連れて行くだけだし、行く時はメンバー総出で行っている。間違っても、十階層で遅れを取る様なパーティーではない!」
そう胸を張って言うアグリだが……
「サカラート兄弟の様に、予想外の事が起きるのがダンジョンだからな……浅いところまでにしておけよ。それと、間違ってもエイミィを連れて深く潜ろうとするなよ」
少し怒りながらアグリに言うと、アグリだけでなく、メンバー全員が一斉に頷いた。これ以上言ったら、今度はエイミィが気にしそうなので止めたが、後でエイミィがいない時に念を押す必要があるな。
「まあ、それはさておき……本当はやめた方がいいんだろうけど、一回きりと言う事であの方法を使おうか。これならエイミィが一人で二十階層に潜る事ができなくなるし、かなり安全に目的地まで行ける」
「あの方法……ってなんですか?」
首をかしげるエイミィに、その方法を話して実行し、俺達はそろって二十階層までワープゾーンを使って向かった。