第8章-12 ゴブリンハウス
ニュータニカゼを作り初めて四日。ようやく全体の四分の一が出来たところだ。進みが遅い様にも思えるが、親方に言わせると、「ちゃんとした休憩取りつつ、ミスリルを特殊な形・方法で鍛えているというのに、この速さはどう考えても異常」なのだそうだ。普通なら、十日でこの進み具合なら上出来だろうとの事だった。
まあ、それもその筈。今回の制作には素材だけでなく、制作のサポートにもこだわっているのだ。
まず食事。栄養価の高く、食べやすいものを集め、自分で調理したものもある。その中には、バイコーンの肉やタコなどを調理した料理や、食後や作業中に摘めるお菓子も用意したので、金額的にはかなり高額になるだろう。ただし、作業に影響が出ない様に酒類は用意しなかったのだが、それが親方には不満だったらしい。
次に薬。自家製の栄養ドリンクを中心に集めた。こちらもいい素材ばかりを使って作ったものなので、値段にすればそれこそ貴族しか買えない様な価格になりそうだが、素材は自分で集めたものなので、かかったのは手間だけだ。
この他にも、誰かが怪我をすれば即座に俺が魔法で治療し、急に必要なものが出たら、ブランカやアムールがセイゲン中を駆け回り、時にはじいちゃんが他の街まで飛んで買いに行ったりした。
そうしたサポート付きの中での作業なので、さすがの親方でも経験した事のない進行速度となったのだ。
外装の作業が進むうちに、次第に俺だけの仕事が増えていった。主に、出来上がった外装と芯となる骨を組み合わせて一つのパーツを作ったり、出来上がったパーツを組み合わせてバランスを調整したりといった事だが、なかなか難しくて苦戦した。
まず、外装と骨を組み合わせるところだが、骨の調整は俺がほぼ一人でやっていた事なので、これは完全に俺一人でする必要があった。そして、バランスの調整だが、両前脚や両後ろ脚などの対になるパーツの外見のバランスを見て修正したり、組み合わせたしなければならないのだが、一つ一つのパーツが重く大きいので、ブランカやじいちゃんに手伝ってもらいながらの作業だった。なお、アムールは俺より背が低いので、自然と出番が他の二人に取られていった。
しかし、俺が担当した作業の中でも一番難しかったのは、間違いなく脚の関節部分だろう。プラモデルの様な関節では自由度に問題があった為、試作段階で諦めた。その後、じいちゃんや親方とも意見を交換しながら、紆余曲折の末完成したのが、二つの球体をくっつけた様なものを関節とする事だった。これは球体関節人形を参考にしたものなのだが、この世界には存在しない技法なので、俺のオリジナル(思いつき)だという事にしておいた。最も、球体関節人形を参考にしたといっても、ほぼその技法を知らないので、一度だけ見た事のある人形を思い出しながら、それっぽくしているだけだ。
本物にはゴムなどを使うらしいが、この巨体を支えられるだけの強度のゴム(らしきもの)は見つからなかったので、関節の球体を二つにし、それぞれをパーツの端で包み込む様にして繋げる事にした。ただ、この時に関節部位を密着させすぎると動きが悪く、反対に緩すぎると動かした時にすっぽ抜ける恐れがあった。なので、きつ過ぎず緩すぎずの調整がすごく大変だった。
満足がいく出来になったのを参考にして、残りの脚を組み立てていったのだが、作りかけの四本の脚を見てまず最初に思ったのが、
「慣れるのに時間がかかりそうだな……」
だった。新しい技術で作り直したのだから当然だと思えるかもしれないが、その許容範囲以上に、以前のものとタイプが違っていたのだ。以前のタニカゼは、それこそプラモデルの関節の様な作りだったので、少しカクカクした動きだったのに対し、新タニカゼの方は関節の可動域が広く柔らかい為、多少の違和感を覚えてしまう。動き自体は本物の馬に近くなってはいると思うが、俺にとって馬と言えばタニカゼの事であり、本物の馬には慣れていないので、以前と同じ様な乗り方では上手くいかないかもしれない。
「まあ、その辺の事は、出来てから悩めばいいか」
俺は問題を先送りする事にして、作業に戻る事にした。それから親方の仕事を手伝ったが、すぐに夕飯の時間になったのでその日の作業はそこまでとなった。
あっさりと作業を中断した親方に弟子達は驚いていたが、親方によるといつもの作業より体力も気力も使ってしまうので、早めに切り上げて気力を充実させるとの事だった。決して、酒が飲みたいからではないと思いたい……
そこからさらに四日程で、脚は四本とも完成した。親方達に至っては、胴体のほとんどを終わらせている。胴体部分は、大きい分鍛えやすかったらしいが、思ったよりも余裕があったので職人魂に火が着き(親方談)、細かいところにこだわったせいで時間がかかってしまったそうだ。ちなみに、親方がこだわっていたのは、普通に立っていると見える事のない、腹部の鎧の装飾だったりする。
胴体部分は後、一~二日くらいで出来上がりそうなので、今のうちに大まかな脚の接続面の調整を済ませる事にした。調整と言っても、胴体部分の接続面を目視で確認し、極端な歪みが無いか見るだけだったので、大して難しくはなかった。そもそも、親方が胴体を作りながら接続面にも気を配っていたので、問題がある可能性は元から低かったのだ。
何故そこまでわかっていながら、俺はそんな事をしていたのかと言うと、ぶっちゃけ暇になってしまったからだ。
俺が少し前まで担当していた脚の部分は九割方終わり、残すは胴体と組み合わせて確かめるだけだが、その胴体部分には親方とその弟子達が取り掛かっているので、俺が手を出せる場所がない。そうなると、残りは頭部、首、手綱に鞍、尻尾、そして内部のギミックなのだが、それらの制作の主導権は親方に奪われている為、今の俺に出来る事がないのだ。
「テンマ!やる事がないなら、こいつに使う魔核でも磨いてろ!」
うろちょろしていたら、親方に怒鳴られてしまった。仕方がないので工房の隅っこに陣取って、親方に言われた通りに使用する魔核をきれいに磨く事にした。
今回使用予定の魔核は、元からタニカゼに使っていたものに加え、バイコーンとタコとワイバーン亜種のものを追加する。本当はここに地龍の魔核も加えたかったが、もう魔核が入る場所がないのに加え、地龍の魔核は他の事に使いたかったので、今回は見送った。もし新タニカゼに値段をつけるとしたら、それこそ王家でも支払いを躊躇うくらいの値段になるだろう。売るつもりは無いがな。
魔核を磨き続けて三時間。胴体部分も切りのいいところまでいった様で、今日の作業はここまでとなった。この調子だと、明日の午後には俺の仕事が増えるだろう。楽しみだ……と、思っていたのに……
「親方……凝りすぎ」
またも親方が暴走し、細かい部分のバランスが納得がいかないと修正を続けていた。そのせいで、その日も俺は魔核を磨き続ける事になってしまった。いい加減磨きすぎて、布の方が擦り切れそうになっていた。
さらに次の日、ようやく親方が納得がいく出来になった様で、俺も作業に参加する事が出来る様になったのだが、親方の修正が終わったのが作業終了間近の時間だった為、この日も俺は魔核を磨き続けていた。流石に今回使う魔核は宝石と見間違うくらい綺麗になってしまったので、使う予定のない魔核をいくつか磨く事になった。
さあ、今度こそは仕事をするぞ!と、気合を入れて親方の工房へと向かう途中で、
「いた!テンマ、助けてくれ!」
突然現れたアグリ達、テイマーズギルドの面々に拉致されてしまった。連れて行かれた先は冒険者ギルドの一角で、いつもアグリ達が集まっている所だ。
「何があったんだ、一体?俺、忙しんだけど」
少し不機嫌になりながら文句を言うと、アグリは息を切らせながら、
「済まないとは思っているが、緊急事態だ。サカラート兄弟が、ダンジョンに閉じ込められた!」
詳しく聞いてみると、サカラート兄弟は二人が新しく見つけた二十階層の区画を探索中、魔物の群れに襲われたそうだ。そして、魔物の群れから逃げているうちに、行き止まりまで追い詰められているそうである。
何故、こんな情報が入ってきたかというと、二人の眷属であるフレイムタイガーだけがダンジョンから逃げてきたそうで、そのフレイムタイガーが咥えていた布に助けを求める文章と逃げ込んだ場所が書かれていたそうだ。
「襲っている魔物は?」
「ゴブリンの群れだそうだが、ざっと数えた感じでは三十程で、ホブゴブリンが中心だそうだ」
ホブゴブリン四~五匹ならサカラート兄弟とその眷属の敵ではないそうだが、三十近い群れとなるとそうはいかなかった様だ。そもそも新しい区画はゴブリンの巣の様だし、奇襲に近い形で襲われたなら、腕利き揃いのパーティーでもないと押し返すのは難しいだろう。
「わかった。すぐに行ってくる。大丈夫だとは思うけど、一応じいちゃん達にも知らせてくれ。後、最悪の状況も覚悟して動く事になるが、その対応も頼むぞ」
最悪の状況とは、もちろんサカラート兄弟が死んでいる状況の事だ。その場合は、新しい区画を潰す事も視野に入れる為、二人の遺体や遺品を回収できない可能性もある。その事と死亡を遺族やギルドに知らせるなどの事は、二人と付き合いの長いアグリ達に丸投げにする。俺も詳しい話の為に呼ばれるだろうが、最初の報告は知り合いの口からした方がいいと思ったからだ。
「私達は付いていかなくてもいいのか?」
「奇襲の事も考えたら、人数は少ない方が動きやすい」
「わかった」
話し合いが終わったところで、すぐにダンジョンに向かおうとしたその時、アグリの持っていたバッグから一頭の赤毛の虎が飛び出してきた。サカラート兄弟のフレイムタイガーだ。どうやら、アグリが預かっていたらしい。
「お前もついてくる気か?」
「ガフ」
俺の言葉を理解したのか、頷く様に首を縦に振ったフレイムタイガーは、俺のそばへとやってきた。
「テンマ、連れて行ってやってくれ。主達が心配なのだろう。それに、そのフレイムタイガー……フラウは、二人と別れた場所を知っているはずだし、テンマの足でまといにならないだけの力は持っているはずだ」
フラウは見た感じシロウマルより小柄な虎だが、虎というだけあって引き締まった筋肉をしている。体のいたるところに怪我を負っているが、大きな怪我は無いようだ。確かにこれならホブゴブリン相手にそうそう遅れは取らないだろう。ゴブリンの群れから単身で逃げ出したというのも納得できる。
とりあえず、フラウにはスラリン達と同じバッグに入ってもらい、ダンジョンの入口まで移動した。そこから二十階層に一番近いワープゾーンまで飛び、再度フラウを呼び出して案内をしてもらう事になった。
一番近かったのは目的地から一つ上の階層だったが、フラウは現在地が直ぐにわかったらしく、迷う事なく下へと続く階段を目指していった。一応『探索』も展開してサカラート兄弟の位置を探ったが、ダンジョン内の構造が複雑なせいか、違う階層だと反応を見つける事が出来なかった。
二十階に降りると、空気が少し重くなった様に感じた。どうも、この階の魔物達がゴブリンのせいで気が立っているらしい。その証拠に、入ってきたばかりの俺達の前に、数匹の犬の顔をした二足歩行の魔物……いわゆるコボルトが襲いかかってきた。ちなみに、コボルトの上位種としてウェアウルフやワーウルフと呼ばれる魔物がいるが、コボルトと比べて大柄で強い。ランクで言うとコボルトがDなのに対し、ウェアウルフはCとなっている。ただし、両方数等の群れで行動する事が多く、連携での狩猟を得意とする為、四~五匹もいれば一匹辺りの危険度が一つ上がる。
コボルト達は、冒険者が捨てるか落とすかしたものと思われる錆びたナイフやボロボロの剣を持っていたが、フラウによって蹴散らされていた。どうやらフラウの攻撃は、速度と一撃の威力を重視したスタイルの様だ。同じ虎だからか、ブランカを彷彿とさせる攻撃だった。ただ、どうもフラウは防御の方は苦手の様で、コボルト相手に背後を取られて危うい一面もあった。まあ、魔物としての格が違いすぎるせいで、コボルトの攻撃が届く事はなかったが、これがホブゴブリンの群れだったら危ないだろう。
「ガフッ!」
コボルトを蹴散らしたフラウは、まるで早く行くぞとでもいう感じで俺の方へと振り向き、先へと進もうとしたが、俺は一度フラウを呼び止め、バッグからシロウマルを呼び出した。
「シロウマル、フラウの援護に回れ。背後は俺が守る」
「ワフッ!」
シロウマルは一度啼いて返事をすると、フラウに鼻先を近づけて挨拶をしていた。フラウもシロウマルの挨拶を返すと、今度こそ行くぞといった感じに走り出した。
フラウの先導で走る事数分、サカラート兄弟が見つけたという新区画の入口に到着した。ここは俺も来た事がない場所で、恐らく何らかの原因で壁が崩れ、その奥に新しい通路が出てきたと言うところだろう。
「フラウ、待て!」
急いで奥へと進もうとするフラウを止めて、俺は入り口をよく見てみた。フラウは止められた事が不満だったらしく牙を見せていたが、構わずに入口を調べ続けた。
「これは新区画というより、ゴブリンの巣穴だったみたいだな……スラリン、ここを頼む」
俺は少し調べてそう結論づけた後で、スラリンにここを守ってもらう事にした。何せ、入り口から入ってすぐのところに、横穴が隠されていたからだ。恐らく、ゴブリン達が入ってきた獲物を挟み撃ちにする事が出来る様に作ったものだろう。横穴は巧妙に隠されてはいたが、足跡がわずかに残されている上に、俺の『探索』に数匹のゴブリンの反応が出ていた。さらに『探索』の範囲を広げると、数十匹のゴブリンが集まっているところがあった。この時、やけに『探索』が使い辛かったのだが、もしかしたらこの区画に『探索』を妨害する何かがあるのかもしれない。
「向こうだ!急ぐぞ!」
「ガッフ!」
反応がある方向を指で示すと、勢いよくフラウが飛び出していった。それに負けじとシロウマルもフラウの後に続く。俺はその後ろを追走しながら、度々見つかる横穴の付近にゴーレムを配置していった。今のところゴブリンの反応はないが、これで後ろから襲われる確率もゴブリンを逃がす確率もぐんと下がるだろう。まあ、入り口にスラリンが待機している時点で逃がす事はないと思うが、最近はゴブリンも金になるので、回収する労力が多いに越した事はない。
数箇所の横穴を通り過ぎると、急に広い場所に出た。大体サッカーコート一個分くらいだろうか?
「あそこかっ!間に合った!」
広場の壁側に、一箇所だけゴブリン達が群がっている所があった。見える限りでは、大体五~六十のゴブリンがいるみたいだ。『探索』では、ゴブリン達の先にサカラート兄弟と眷属のマウンテンタートルの反応もあり、誰も死んではいないみたいだ。
「フラウ、シロウマル、好きに暴れろ。ただし、一番でかいのは俺がやる」
二匹は俺の指示に吠えて答え、サカラート兄弟に群がるゴブリンを駆逐しに走った。俺はマジックバッグから刀を取り出し、先程からこちらを睨んでいるでかいゴブリンに向かって歩きだした。
俺が標的にしたでかいゴブリンは、鑑定の結果『ゴブリンキング』と出ており、間違いなくこの群れのリーダーだろう。一般的にゴブリンはバカの代表格とされるが、進化してホブゴブリンになると知能は跳ね上がる。まあ、跳ね上がったと言っても『小学生』と同じくらいだ。ちなみに、普通のゴブリンは『幼稚園児以下』というのが俺の見立てである。
そんなゴブリンだが、ホブゴブリン以上に進化すると話は違ってくる。ホブ以上の進化先としては、ウォーリア、メイジ、アーチャー、さらにその上にジェネラル、そして最後がキング(クイーン)となり、ジェネラル・キングクラスになると、一般的に成人と同等かそれ以上の知能を持つと言われている。この場にいる進化種はホブとキングだけだが、これは狭い範囲で群れを作った為、ホブ以上に進化したのはキングになった一匹しかいなかったのだろう。
ゴブリンキングは、周囲にいたホブゴブリン達にシロウマルとフラウを迎撃する様に命じた後、俺と向かい合う形で武器を構えた。周囲に居るホブゴブリンが、大体百六十cmを超えるくらいなのに対し、ゴブリンキングは身長が二mを超えている。さらに筋肉質な体をしているので、正面から向き合うとかなりの迫力があった。魔物としてのランクはB~B+といったところで、昔倒したオークキングと同等くらいの危険度だ。手に持つ武器は冒険者が使っていたであろう大剣で、錆びて切れ味はなさそうだが、鈍器として扱うには十分すぎるくらいの重量武器だ。
武器の大きさの違いからか、勝ちを確信した様に醜く笑うゴブリンキングだったが、その笑みは数秒後には驚愕の表情に変わる事となった。何故なら、ゴブリンキング自慢の武器が俺の刀の一撃に弾かれて、天井に突き刺さったからだ。
これまでこのゴブリンキングは、自分の配下であるゴブリンしか相手にしてこなかったのかもしれない。それでよくキングまで進化できたなとも思ったが、よほど幸運が重なった結果かも知れないし、考えても意味のない事なので、とりあえず返す刀でゴブリンキングの首を刎ねた。
下っ端のゴブリン達は、自分達の絶対的なリーダーがこうもあっさりと倒されるとは思ってもいなかった様で、自分達に襲いかかってくるシロウマルとフラウが目の前にいるというのに動きを止めていた。そして、ろくな抵抗をする事なく二匹の爪や牙に倒れていった。
速攻でキングを倒した事で、何の被害もなくゴブリンを駆逐した俺達だが、群れの先にいたサカラート兄弟達はそうではなかった。二人は打撲や骨折をしていたが、命に別状がある程ではなかった。一番ひどかったのは、二人の眷属であるマウンテンタートルだ。
マウンテンタートルは、その背にある大きな甲羅にいくつものヒビが入っており、一番酷いところでは甲羅が剥がれ落ちて中の肉が見えていた。
「ありがとう、テン「アクアヒール」マ」
頭を下げようとしていたサカラート兄弟に、まず回復魔法をかけた。回復魔法は二人の体の表面だけにかけたので骨折までは治っていないが、骨折以外の怪我はほぼ治った筈だ。俺は二人の容態を確かめるより先に、続けてマウンテンタートルの様子を確かめた。
マウンテンタートルはかなり体力を消費しており、甲羅を何度も強打されたせいで内臓までダメージを受けているみたいだった。ただ、それほど内臓をひどくやられているわけでは無さそうなので、丁寧に回復魔法をかけてやれば完治は出来そうだった。
まず、肉に張り付いている甲羅の欠けた破片を取り除き、その場所から内臓に向けて『アクアヒール』を何度か使った。本来なら一度で回復させる事は可能だったのだが、場所が場所なのでマウンテンタートルの様子を見ながら行った為、その分だけ手間が掛かってしまった。しかし、手間をかけた分だけマウンテンタートルは元気になり、まだ傷口を塞いでいないのに歩き出そうとしていた。流石にまだ歩かせるわけには行かなかったので、サカラート兄弟とフラウをマウンテンタートルのそばに配置し、落ち着かせる事に成功した。
最後の仕上げは甲羅の修復のみとなったが、どうやって修復すればいいのか見当がつかなかった。最初に思いついた方法は、骨折した時の様に甲羅をギプスで固定する事だったが、石膏の原料が分からないので断念する事となった。次に思いついたのは、粘土で焼き固める方法だが、強度に不安があるし、何より雑菌が怖かったので思いついて直ぐに諦めたのだが、サカラート兄弟がマウンテンタートルの甲羅は自然に治癒すると言ったので、油を塗って簡易的な防水加工を施した布を甲羅に貼り付けて応急処置をして終えた。
そしてマウンテンタートルの治療が終わるタイミングで、スラリンがゴーレム達を引き連れてやってきた。予想通り俺達を背後から襲おうとしていたゴブリン達がいた様だが、難なくスラリンとゴーレムによって殲滅されたそうだ。ゴブリンの死体は、全て持ってきたそうなので、俺のマジックバッグに移し替えた。背後を取ろうとしたゴブリンは全部で四十ちょっとおり、それだけでも倒したゴブリンキングが多少なりとも戦略を理解していたというのが分かる。スラリンの報告の後で、この区画を念入りに『探索』で調べてみたが、生き残りのゴブリンはいない様だ。その代わり、この区画の奥の方に、ゴブリン達が集めたと思われるお宝が集められているのを発見した。
「気になるけど、サカラート兄弟の治療の方が先だな……って、スラリンが行くのか?」
お宝の方は後回しにして治療を再開させようとすると、スラリンがシロウマルの背に乗ってやってきた。その後ろには、フラウの背に乗っているソロモンもいる。フラウは背中にものを乗せる事に慣れていない様でかなり辛そうにしていたが、ソロモンはそんなフラウを無視している。フラウもフラウで自分より上位種であるソロモンに逆らう事が出来ない様で、力ずくで下ろそうとはしていなかった。
「ソロモン、フラウから下りるんだ。乗るならシロウマルの方にしろ」
俺の言葉を聞いたシロウマルは、「えっ!」と驚いた顔をしていたが、元の大きさに戻すと素直にソロモンを背中に乗せていた。どうやら最近のシロウマルは、自分の元の大きさを忘れがちな様だ。なお、お役御免となったフラウは、ホッとした表情でサカラート兄弟のそばに戻っていった。
サカラート兄弟の怪我は残すところ骨折だけだったので、骨の位置を正してから『ヒール』をかければ終了だ。念の為『キュア』と『レジスト』をかけて、感染症の予防も施した。数日の間は安静にしないといけないが、後遺症は残る事はないだろう。
二人の治療を終えて、何故こんな事が起こったのか理由を聞くと、二人から返ってきたのは答えは至極単純なものだった。要は、
「「地図にない新しい道を見つけたから、行ってみたらゴブリンに追い立てられてああなった」」
との事だそうだ。かなり軽率な行為だったと思うが、冒険者で鍛冶師でもある二人にとって、新発見の区画に未発見の鉱脈があるかも知れないと考えてしまったとの事なので、同情する余地はあるかもしれない。まあ地上に戻ったら、アグリをはじめとした関係者達にこってりと絞られるだろうから、俺からは何も言わないでおこう。ちなみに、二人の鍛冶師の腕前はというと、一人前と言えるがまだまだといったところだそうで、冒険者としても少し年上のテッドやライトと比べると少々劣るそうだ。
それからしばらくしてスラリン達が戻ってきた。何やら色々な発見があった様で、三匹はどことなく満足そうだった。ただ、発見したのはお宝だけではなく、冒険者と思われる骨も大量に見つかったそうなので、後で骨は纏めて供養する事にした。しかし、下手に素人が供養済みの遺骨を埋葬などすると、最悪の場合、骨がアンデッドモンスターとなる事も考えられるので、地上に持ち帰った上で教会などに任せる事になるだろう。その場合、ギルドに報告と提案だけをして、後は丸投げにするのがいいと思う。今のところ教会と何か確執があるわけではないが、教会の人間の中には、ある種独特の考えを持つ者がいるという。ククリ村にも一応教会というものは存在していたが、ククリ村の様な狩人や冒険者が発言力を持つところでは、土着の信仰の方が大切にされる傾向がある様で、教会の教えはあまり浸透する事はなかった。最も、ククリ村に派遣されていた神父はかなり変わった人物であり、神父なのにあまり教会の教えを広める気はなかったみたいだった。ちなみに、この世界では教会の権力はあまり大きくない。理由としては、俺もよく知る本物の神様が、気まぐれで教会以外の人間に加護を与えたり、お告げをしたりするからだ。もしかすると、教会所属の人よりも一般人の方が加護が多いかも知れない。
なんにせよ、遺骨を回収すればここに留まる理由はなくなる。しかし、このゴブリンの巣穴は利用価値が高そうなので、なんとか確保したいところだ。ただ、残念な事にこの巣穴には、独占に必要なワープゾーンが存在しないので、何かしらの仕掛けを施す必要がある。まあ、今は仕掛けを施す時間もアイディアもないので、入り口を厳重に塞ぐだけでいいだろう。
そんな事を考えながら、俺はスラリン達の案内で遺骨が集められているという部屋へと向かった。




