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第8章-11 絶体絶命(空き巣達が)

「さて、今から拷問……もとい、お仕置きを行おうと思うけど……当然、じいちゃんとブランカは参加するよな?」


「「もちろん」」

「……私も参加する」


 やはり二人も空き巣達の態度が頭に来ていた様で、俺の誘いに速攻で頷いた。アムールは特に興味は無い様子だったが、自分だけ残るのは嫌みたいで、少し考えた素振りを見せた後で参加すると言い出した。

 流石にこの場でやるのはエイミィ達の迷惑になるので、面倒だがギルドまで行って訓練所を借りる事にした。それに、ギルドなら他の冒険者や職員がいるので、やりすぎそうになったら止めてくれる……筈だ。実際に止められるかは別として……


「それじゃあ、アムールは先に行って、場所の確保を頼むな。俺達はこいつらを馬車で移動させるから」 

「わかった」


 そう返事したアムールは、駆け足でギルドへと向かっていった。一応非合法の事をやるので、事前にギルド長の許可を貰う必要があるからだ。まあ、この世界では犯罪者の人権など、有って無い様なものなので、そうそう断られる事はないだろうが、それでもギルド長の許可が有るのと無いのではいざという時に雲泥の差が出る。最も、断られたら場所がダンジョンの秘密基地になるだけなので、大した問題ではない。


「馬車で運ぶのはいいんだが、何だかこいつらが楽している様で腹が立つな」


「そこは、俺にいい考えがあるから大丈夫だ」


「何をする気じゃ?」


 俺の考えを話すと、二人は一瞬きょとんとした顔をした後で、とてもあくどい顔をした。何ともあくどい顔が似合う二人だと思ったが、きっと発案者の俺のも同じ様な顔をしている事だろう。

 それからすぐに俺達は準備に取り掛かり、ギルドへと向かった。


「おい、あれ見ろよ」

「何だ、あれ?」

「ぷっ!」

「馬鹿じゃねえの!」


 先程から俺達とすれ違う人々が、指差しながら馬鹿にした様な笑い声をあげている。最も、正確に言えば指は俺達の後ろにある馬車(幌無し)を差しており、笑われているのは空き巣達だ。

 空き巣達は縄で縛り猿轡を噛ませた状態で馬車に乗せ、首から木の板をぶら下げている。その板には、何でこうなっているのか、どうやって捕まったのかに加え、本人の一言(捏造)が書かれている。考えたのは、俺とエイミィだ。意外にもエイミィは、俺よりも容赦の無い一言を書いていた。そうとう空き巣達に対して鬱憤が溜まっていたのだろう。

 そんな感じでシロウマルの引く馬車に揺られながら、空き巣達はゆっくりと遠回りでギルドまでの道のりで笑い者になっていた。もし解放される事になったとしても、セイゲンでは活動する事はもう出来ないだろう。


「ギルド長、訓練所借りますね」


「かまわんぞ。ただし、一応俺が監督するからな。訓練所で拷問死されると、流石にギルドの評判が落ちて、王都から監察が入ってしまうからな」


 事前にアムールから聞いていたのだとしても、こうもあっさりと了承されると少し肩透かしを食らった気になる。まあ、万が一の時の共犯者が出来たと思えばいいか。

 そう思う事にして、俺は空き巣達を訓練所のど真ん中に置いていく。いつもなら初心者達が特訓を受けている訓練所なのだが、今日は誰一人としていなかった。何でも、ギルド長の権限で貸切にしたそうだ。


「非合法の事をするんだ、例え周りにバレバレだとしても、人目はない方がいい」


 と言っていた。

 俺が空き巣達を椅子に縛り付けている間に、じいちゃん達はそれぞれ大きなペンチやのこぎりの様なものを準備し始めた……いつの間にそんなものを用意したのかは不明だが、見せるだけでも効果がある様で、それまでふてぶてしい態度を取っていた空き巣達の顔色が、一斉に青くなっている。

 空き巣の一人が何か言いたそうだったので猿轡をとってやると、震える声で叫び始めた。


「お、俺達は『シャドウ・クリムゾン』の幹部と知り合いなんだぞ!こんな事して、ただで済むと思うなよ!」


 男が叫んだ事で、何やら他の空き巣達も少し落ち着き始めていたが、それとは逆にギルド長の顔が険しくなっていった。

 『シャドウ・クリムゾン』の名前はどこかで聞いた事があると思っていたら、王都でジン達から聞いた外道パーティーの名前だった。


「わしの前でその名前を出すという事は……お前達の方こそ、ただで済むと思っているわけではないよな」 


 ギルド長が男に言うと、周囲の温度が下がった様な錯覚を覚えた。流石にダンジョン都市のギルド長をしているだけあって、その迫力は一級品だ。


「おいっ!聞いているな!すぐにあの時の奴らを集めろっ!」

「「「はいっ!」」」


 ギルド長は、入り口の方へと大声で指示を出すと、扉の向こうから返事が返ってきて、数人がドタバタと走っていくのがわかった。


「すまんが、念の為職員を待機させていた。お前達を止められるとは思ってないが、万が一の時には抵抗ぐらいはしておかないといけないからな」


 ギルド長も、何かあった時の為に言い訳ぐらいは出来るだけの準備をしていた様だ。まあ、俺達が誤って空き巣を殺そうとした時にある程度止めた素振りを見せて、自分達は関係がないという状況を作りたかったのだろう。まあ、扉の外に何人かの職員が待機していたのは分かっていたので、そんな事だろうとは思っていた。

 それからしばらくの間、空き巣達の暴言を聞きながら待っていると、大勢が走ってくる足音が聞こえ、扉が乱暴に開かれた。


「ギルド長、クリムゾンの残党が捕まったって本当かっ!」


 先頭にいた男がギルド長に向かって大声で話しかけた。何度かギルドで見かけた男だ。その後ろには、先頭の男と同じ様な険しい顔をした者達が続いていた。どうやら、前にジンが話していたシャドウ・クリムゾンと戦った時のメンバーの様だ。先頭にいる男は、どうやらあの中ではリーダーの様な存在らしい。

 男達はギルド長と数度言葉を交わした後で、空き巣達に怒りの表情で近づこうとしていたが……


「獲物の横取りはやめてほしいもんだな」


 その前に、俺とブランカが割り込んで道を塞いだ。じいちゃんは、さりげなく男達の後ろに回り、杖を出して牽制している。


「む……それはすまんかった」


 先頭の男は、意外にもすぐに非を認めて謝罪した。その後ろの男達は納得がいっていない様だったが、すぐに前後を挟まれている事に気がつき、大人しくする事に決めたみたいだった。


「あんた達の事情は何となく分かってはいるが、それとこれとは別だろ?いきなり入ってきて、人様の獲物を横取りするのは、冒険者としてどうかと思うがな」


 俺の挑発じみた言葉に、先頭の男以外は顔に青筋を立てそうな程に苛立っていたが、俺の言葉が正しいと分かる程度には冷静な様だ。まあ、後ろを取られているので、動く事が出来ないだけかもしれないが。


「だが、条件次第では、こいつらを譲る……は、ちょっと違うな。こいつらの権利を分けてやってもいい」


「はぁ?」


 俺の言い回しに、先頭の男から間抜けな声が漏れた。まあ、ここまで急に風向きが変われば、そんな反応をしてしまうのも無理はないかもしれないが、俺にとっては予定通りの状況だ。


「あんた達は、こいつらから情報を引き出したいんだろう?俺は、こいつらが俺の知り合いにちょっかいをかける気が起きない様にしたい」


「何が言いたい?」


 男は俺の言葉を怪しんでいる様だ。だが、俺はそんな事は無視して話を続けた。


「つまり、協力出来るんじゃないかって事だ。別に金を取ろうってわけじゃないから、そちらには損はないはずだ。最も、それも嫌だと言うのなら、俺達の用事の後で引き渡す事になるだけだけどな……物言わぬ『死体』となったこいつらを……な」


 少し凄んで見せた事で、俺の言っている事が嘘ではないと分からせる。俺にしてみれば、シャドウ・クリムゾンの情報などいらないし、最悪こいつらを別の場所に連れて言ってから始末してもいいわけだ。その場合、セイゲンの冒険者ギルドを敵に回してしまうかもしれないが(あと衛兵達も)、自分達に危害を加え様とした犯罪者を殺しただけでは重罪とはならないので、いざとなればこの街から出ていけば済むだけの話なのである。ちなみに、この空き巣達が報復を行う様な事を言っているのを、エイミィ達や見物人達が聞いているので、正当防衛と判断される可能性が高いし、何より衛兵が捕まえたわけでなく、後で連れて行くと言ったのもその場の口約束なので、履行しなくても特に問題はない。なので、最初から俺の手の中にあるこいつらは、俺の所有物の様な物だ……本当に悲しい事に、人(特に犯罪者)の命が軽い世界である。


「俺達にとってはありがたい話だが……話が旨すぎて、何か裏があると思ってしまうのだが?」


 思った通り、そう簡単に信じてはくれない様だ。だが、信じられなくても、男達は俺の話に乗るしかないのだ。男達は少しの間話し合い、結局俺達と協力する事になった。


「まあ、難しく考えなくてもいいさ。俺達はこいつらに、今後悪さが出来ない様に教育するつもりだったから、それと同時に情報を引き出せばいい。なっ、簡単だろ?」


 男達は俺の言葉を聞いて、何故か間抜けな顔のまま十秒ほど固まっていたが、次第に状況が飲み込めた様で、いそいそと指示通りに俺式教育の準備に取り掛かっていった。まあ準備と言っても、水の入った桶を用意したり、気付け薬代わりの刺激臭のすごい液体を布と一緒に持ってくるだけだったので、大した時間はかからなかった。


「さて、始めようか」


 準備が整ったところで、空き巣達の教育を始める事にした。最初に空き巣達には、心から反省するか、シャドウ・クリムゾンの情報を話せば解放すると条件を提示した。まあ、空き巣一人辺り、大体一分交代で教育相手を変えていった上に、空き巣達には教育中以外は目隠しと猿轡をしていたので、なかなか話す事は出来なかった。それに、痛い目にあってもらわないと意味がなかったので、何か喋りそうになったらしゃべれない様に痛めつけたり、時間が来る前でも猿轡で口を塞いでいたので、最初の一人が解放されるまでに、大体十五周ほどしてしまった。

 一人解放されると、残りが解放されるのは早かった。全員から情報を聞き出した結果、空き巣達はシャドウ・クリムゾンを語っただけだという事がわかった。何でも、空き巣達はシャドウ・クリムゾンの事をよく知らないで名前を口にしていた様で、名前を出せば俺がビビると思っただけだったそうだ。

 解放された空き巣達は全員安堵の表情を浮かべていたが、死角で何か小さな音がなっただけで、鳴き声を上げるくらい取り乱していた。どうやら空き巣達を教育する時に、目隠しや猿轡はしていたが、耳は塞がなかったので、音に対して過剰なまでに敏感になっている様だ……正直、やりすぎたかもしれない。

 だが、そんな俺の反省をよそに、教育に参加した男達はシャドウ・クリムゾンの事で無駄足を踏まされたのが頭に来ていた様で、ギルドから帰る前に男達のリーダー格の男が空き巣達に近づき、何かを耳打ちしていた。空き巣達はその言葉を聞いて、さらに顔を青くして取り乱していたが、男は空き巣達を無視して俺の方へとやって来て、最初の非礼を改めて謝罪してきた。

 俺が謝罪を受け取ると、男達は改めて頭を下げてから訓練所から出て行った。


「テンマ、あ奴らは何を呟いていたのじゃ?」

「確かに気になるな」

「なるなる!」


 じいちゃんは発狂している様にも見える空き巣達の怯え方を見て、男達が原因だとまでは分かった様だが、何を言ったのかまでは分からない様だ。耳のいい獣人族であるブランカとアムールも聞こえなかった様で、興味津々みたいだ。


「ああ、空き巣達はこう言われたんだよ……これからは俺達だけでなく、本物の『シャドウ・クリムゾン』にも気を付けないとな……って」


 壊滅状態にしたとは言え、幹部を逃がしてしまった以上、人知れず新たなシャドウ・クリムゾンが結成されている可能性がある。その場合、自分達の名前をチンケな犯罪で語られた上に失敗して捕まったとなれば、名前を貶められたとして報復されてもおかしくはない。しかも、相手は国の犯罪史に名を残す様な連中だ。生半可な報復ではないだろう。それこそ、死ねる事が幸せに感じるくらいの事をされてもおかしくはない。

 その事を空き巣達は聞かされて、あの様に怯え始めたのだ。ただでさえ俺達の教育でベキベキに折られ弱った空き巣達の心には、新たな見えない恐怖に耐える事は出来なかったというわけだ。

 その後空き巣達は、ギルド職員によって呼ばれた衛兵達に引き取られていった。衛兵は俺と揉めた者達だったのだが、空き巣達の変わり様を見てしきりに首をひねっていたが、ギルド長からシャドウ・クリムゾンに狙われる可能性に気がついただけだと説明を受けて、半信半疑ながらもそれ以上詳しく話を聞こうとはしなかった。


「これでこの件も終わりだな。帰ろうか」


 取り敢えずやる事はやったので、エイミィ達に説明する為にアパートに帰る事になった。ギルド長達は何か言いたそうな顔をしていたが、引き止める理由がないのかそのまま俺達を見送っていた。


「もう遅いし、何か食って帰ろうか?」 


「そうだな……って言っても、俺はここにどんな店があるのかわからんから、テンマが適当に決めてくれ」


 ブランカがそう言うと、じいちゃんとアムールも頷いていた。しかし、困った事に俺もあまりこの辺りの店を知っているわけではない。何せ、いつもスラリン達と一緒にいるので、店の中で食べるよりも、屋台で何か買って食べるか、自分で自炊するのがほとんどだったからだ。


「俺もよく知らないから、適当な所に入ろうか」


 俺の言葉に、三人は意外そうな顔をしたが、スラリン達の事を話すと納得顔になった。ちなみに、この話はテイマーあるあるで、前にアグリ達も同じ様な事を言っていた。

 なお、入ってみた店は可もなく不可もなくと言った味で、スラリン達に用意した肉の塩焼きの方が美味しかったかもしれない。


「あの人達、無事に連行されたんですね」


 次の日、エイミィに昨日の空き巣達の事を報告すると、エイミィは何故だかホッとした様な顔をしていた。その『無事』が空き巣達の命が無事にだった事なのか、何も問題なく捕まった事なのか判断がつかなかった。

 さらに話をしていると、どうやらこの界隈の宿屋で空き巣による被害が何件か発生していたそうなので、もしかしたらあいつらの犯行だったのかもしれないとの事だった。これで空き巣の被害がなくなればいいのだが、もしこれからも同一犯と思われる様な犯行が続く様ならば少し心配だが、このアパートで空き巣が捕まった話は直ぐに広がるだろうから、よっぽどの間抜けか自分の腕に自信がある様な空き巣以外は、滅多な事では狙おうとはしないと思う。

 エイミィと別れて、いつもの様に露店などをめぐってミスリルを探したが、何件回っても全然見つからなかった。


「テンマ、ダンジョンに行こ」


 俺について来ていたアムールは、串焼きを食べながらダンジョンへと誘ってくるが、戻ってきたばかりなのであまり気が乗らなかった。俺が断るとアムールはむくれていたが、一人では行くつもりがないみたいで、黙って俺の後ろを歩き始めた。


「おう、テンマじゃないか」


 突然後ろから声をかけられたので振り返ると、そこにはガンツ親方がいた。親方の後ろには弟子が一人荷物を抱えていたので、買い物に来ていたみたいだ。


「だいぶミスリルが集まったと聞いたが、どうやって馬を作るつもりなんだ」


 親方は挨拶もそこそこに、タニカゼの作り方を聞いてきた。


「親方ぁ、作り方は秘密なんじゃないですかねぇ。普通はあんな特殊なものは秘匿するんじゃないっすか?」


 弟子が止めたので、親方は「それもそうだな」とか言っていたが、丁度俺も意見を聞きたかったので相談に乗ってもらうことにした。その事を話すと、親方は一気にテンションが上がり、俺の腕を引っ張って自分の工房がある方向へと歩き始めた。いきなりの事で驚いたのだが、一番驚いたのは親方の弟子だった。何せ、急に小走りで離れていったので、一人だけ置いて行かれたからだ。なお、アムールは問題なく俺と親方についてきた。

 流石に弟子がかわいそうになったので、途中で親方を止めて弟子を迎えに行った。親方は自分が悪いのに弟子に対して文句を言っていたが、少しは悪いと思っている様で文句を言いながらもついて来ていた。結局荷物は俺がマジックバッグで預かって、工房には近くまで馬車を使う事になったが、馬車の中でも親方のテンションは高かった。流石に他の客が居る馬車のなかでは、タニカゼの作り方を聞き出そうとはしなかったが、周りに居た客からは変な奴と認定された様で目を逸らされていた。


「じゃあ、話を聞こうか」


 工房に入るなり、親方は俺を机まで引っ張って行ってそう言った。机の上には色々な書類や鉱石などが乗っていたが、親方はそれら全てを乱暴に払い除けていた。


「まずは壊れたタニカゼの作り方を話すけど、簡単に言うとあれは関節ごとにパーツ分けして、鋳物の様に型に魔鉄を流し込んで作ったものを球体の関節で繋げたものだ。これの利点は作りやすく、頑丈なものが出来るという事。欠点は、魔鉄を大量に使う上に重くなりすぎる事だ」


「頑丈と言ったが、バイコーンの雷撃を受けて弾けとんだと聞いたぞ。お前の言う通りだとすると、壊れる前に溶けるんじゃないか?」


 親方の言う通りだが、これは作った当時の俺が未熟だったからだ。要は、溶かした魔鉄に不純物が混ざりすぎていたのと、型に魔鉄を流し込んだ時に空気を完全に抜く事が出来ていなかった為だと思われる。そう話すと親方は納得していた。

 

「それで、今度は新しい方法を試してみようと思ったんだけど……」


「その前に、だ……もしテンマのやろうとしている方法が、俺の知らない方法だとしたら、その方法を誰にも話さないし、テンマの許可なしでは試さないと約束しよう。なんなら、誓約書を書いてもいい」


 親方は、弟子の一人に紙を持ってこさせ、そこに自分の名前と誓約内容、それともし誓約を破った際の罰則まで書かれてあった。俺は当然それを断ったが、親方は頑として譲らなかったので、仕方なく書かされる事になった。ちなみに、親方の元にやって来る客の中には、人には言えない依頼を持ってくる者もいるので、こういった状況には慣れているのだそうだ。なお、罰則の欄には、『誓約を破った時には、奴隷になる』と書かれていた。


「それで、新しい方法だけど、まずはバイコーンの骨を芯にする様に、骨を金属で固める。そして、さらにその周りにミスリルの外装で作った鎧を被せるんだけど……」


「芯の金属とミスリルの鎧の間に、僅かでも隙間が出来るとまずいという訳か」


 親方は俺の言った方法の問題点を直ぐに理解した。もし芯と鎧の間に隙間に出来てしまうと、激しく動くたびにそこから歪みや破損が始まるだろう。


「隙間を気にするくらいなら、いっその事隙間だらけにしたらどうだ?骨の周りの金属を薄くして、鎧を少し厚くする。組み立てた時に、骨で支えるのではなく、鎧で支える感じだな」


 親方の提案に、ふとプラモデルのロボットを想い出いた。あれも中身はスカスカなのに、ちゃんと自立する事ができ、尚且つポージングも自由自在だ。


「確かにその方がいいかも……だとすると、骨は芯だと思うよりも、魔力を流す回路だと考えた方が作りやすいかもしれない。それに、ミスリルの節約にもなるし」


「なら、方向性は見えてきたな。後は細かい所を決めるだけだ」 


 その後、色々と親方と話し合う事になった。親方はアイデアを出した事で、完全に制作に加わるつもりである。まあ俺としても、親方に手伝ってもらえるのはありがたい事なのでお願いしたが、弟子の方は複雑そうな顔をしていた。後で詳しく聞くと、今急ぎの仕事が数件入っているそうで、ゴーレムの制作のせいで、これから数日間は徹夜での作業になると気がついたからだそうだ。弟子達に恨み言を言われるかと思ったが、制作自体は弟子達も興味があるそうなので、そこは気にしなくていいとの事だった。

 その日は夕暮れまで話し合いを続け、大体の作業手順の確認をしてアパートに帰る事になった。一応作業は一週間後を開始予定となり、その間に必要な材料を集める事になった。親方自身は明日からでも始めるつもりだったみたいだが、弟子達が必死に説得し、一週間という時間をもぎ取る事に成功した形だ。ちなみに、俺も材料集めの時間が必要だと弟子達を援護したので、説得後にかなり感謝される事になった。


 そして、打ち合わせの日から早一週間。俺は改めて親方の工房を訪ねている。

 今日までの一週間は、残りの材料集めなどに奔走していた。集めたのはいつも通りミスリルだったが、張り切って王都まで文字通り飛んで行ったりもした。結果としてミスリルを二百kg程追加できたのだが、かなり大変な事になってしまった。何故なら王都でミスリルを探し回っている最中に騎士団に見つかり、騎士団経由で王様達に俺が王都に来ている事がバレてしまい、王城に呼ばれてしまったのだ。幸い、王様とライル様とルナの暴走を止めてくれる人が勢ぞろいしたので直ぐに解放されたが、マリア様達が来るまで王様達はセイゲンについてくる気満々で、マリア様登場の寸前まで予定を調整しようとしていたので、どうやってここから逃げ出そうかと考えていた程だ。まあ、王城から無事に逃げ出したとしても、あの人達ならセイゲンまでやって来て、勝手にゴーレム作りに参加するだろう。人の迷惑を全く考えずに……

 王様達に新型タニカゼの事を知られてしまった以上、いずれ見せに行かないとうるさい事になりそうだ。


「よしテンマ。そろそろ始めるぞ」


 親方の言葉で俺は王都での出来事を一旦忘れる事にし、マジックバッグからミスリルを取り出して親方に渡した。これからミスリルを溶かす作業に入るのだ。事前に親方達には、タニカゼのパーツを元に模型で鋳型を作ってもらっている。この鋳型にミスリルを流し込み、少しずつ叩いて鍛えていくのだ。ミスリルを鍛えるのに必要な銀は、大量に用意している。


「よくよく考えたら、親方に協力してもらえて運が良かったな。俺だと、鎧の形を崩さずにミスリルを鍛えるのは不可能だっただろうし」


 単純な形なら、実践で十分使えるくらいには鍛える事が出来ると思うが、今回の様に鋳型で作ったものを叩いて鍛えるのは無理だったに違いない。せいぜい表面がツルツルの鎧を作るのが精一杯になっただろう。


「おう、十分感謝しろ!俺もここまで大掛かりなのは初めてだが、同じ方法で何度も鎧を作っているから、大船に乗ったつもりでいろ!」


 俺の独り言を耳ざとく拾った親方は、自信満々の顔でそう言った。俺はそんな親方の様子に苦笑いしながら、自分に振り分けられた仕事の準備に入った。

 俺に振り分けられた仕事とは、芯となる骨にミスリルを塗りつけていくというものだった。ミスリルを塗る骨には、身体強化などに使う回路を彫っており、この回路の溝をミスリルで埋める様に丁寧に作業をするのだ。これを失敗すると、例えば三本の足は強化されている中で、一本だけ普通の状態となってしまい、走っている最中で突然足が折れてしまうなどの不具合が生まれてしまう事になる。そうならない為にも、何度も下書きをしてから掘ったり、本番の前に同じ大きさの木の棒で試したり、最後の確認をじいちゃんに頼んだりした。おかげで今の俺は、かなりの寝不足だ。


「よし、始めるぞ!気を抜くなよ!」


「「「「おうっ!」」」」


 親方の掛け声に、思わず俺も弟子達と共に返事をしていた。この時の様子を工房の隅で見ていたアムールは後に、「テンマが親方に弟子入りしているみたいだった」と言っていた。

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[一言] 10日くらいしたら、帰るはずなのにまだ、いる
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