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第8章-9 襲撃者

2100万PV突破しました。

本当は2000万突破の時も書こうと思ったのですが、書籍発売日の前日よりPVが急速に伸びて、一気に2100万まで行ってしまいました。

今後共応援よろしくお願いします。


追記:活動報告に、電子書籍の情報をのせています。興味のある方はご確認ください。

「流石にここまで来ると、視界が悪くなるな」


 俺は昨日の続きとなる場所から湖の底を探し始めたが、視界の悪さに苦戦していた。もともと薄暗いダンジョンなのに、さらに水面から二十m近い湖の底だと、ほとんど暗闇の中にいるのと変わらなかった。しかも、湖の底に溜まっている泥が舞い上がるので、結界の先が全く見えない事も珍しくない。何とか結界の中なら見える程度の暗さなので、足元を弱い光で照らしていればミスリル探しには問題はないが、その弱い光に誘われて近づいてくる魔物もいるので、警戒を強めないといけなかった……流石に数匹の魔物が、まとまって結界にぶつかってきた時には肝を冷やした。


「ここら辺は、エビが少ないな……その代わりに、新顔がちらほらいるけど」

 

 深くなるに連れてエビの数が少なくなり、代わりに牡蠣の様な岩に引っ付いている貝や、カブトエビやシーモンキーに似た生き物が増えてきた。貝は試しに一つだけ開いてみたが、身はドス黒く、ものすごく臭かった為、食用にする考えは即座に消えた。食べてみたら意外と……という事もあり得るかもしれないが、流石にダンジョン内で確かめるのはヤバそうだと判断した。

 カブトエビやシーモンキーは大体十cm前後の大きさで、柔らかい体(殻)をしているので食べられるかもしれないが、特に美味しそうに見えなかったので捕まえはしなかった。手長エビや沼エビがいなかったら、一度くらいは試していたかもしれないが。


「落ちている物が少ないな……その代わり、品質は悪くないけど」


 昨日探していた場所よりも数m深いだけなのに、落ちている武器や武具は少なくなっていた。だが、たまに見つかる物は、泥が衝撃から守る様にまとわりついていた為か、浅いところにあったものよりサビや傷が少なかった。


「一度戻るか」


 今いる場所を確認する為に、結界を張った状態で水面に浮かび、そのまま宙を飛んでスラリン達のところへと戻っていった。結構長い時間潜っていたのに、調べた範囲はいつもより狭く、探し始めた場所からあまり離れていなかった。やはり視界が悪い分だけ、移動速度が遅かったのだろう。

 そんな風に考えていると、スラリン達が、いつもとは違う魔物を倒している事に気がついた。


「ゴブリンにオークか……ホブゴブリンも混じっているな」


 ホブゴブリンはゴブリンの上位種だが、普通のゴブリンより少し手ごわい魔物といった感じだ。見た目は大きくなったゴブリンといった感じで、ゴブリンが百二十cm程なのに対して百五十cm程の大きさで、より人間に近くなっている。まあ、スラリン達からしたら、ゴブリンもホブゴブリンも大した違いはないと思う。


「ホブも普通のゴブと同じ様にギルドで買い取ってくれるらしいから、これだけあっても無駄にはならないか。でも、なんでいるんだ?」


 スラリンに聞いてみると、上の階からまずゴブリン達が降りてきて、水を飲み始めたらしい。その後でスラリン達を見つけて襲いかかってきたので返り討ちにしていたら、オークもやってきたそうだ。もちろんオークも返り討ちにしたので、後で処理しやすいようにゴブリンとオークを分けて山積みにしたのだそうだ。ちなみに、オークは血抜きの最中でもあるらしい。


「なるほど。確かに近くの階に湖があるのなら、水を飲みに来てもおかしくはないか。ここを住処にしていないのは、餌の問題と住処の問題かな?」


 湖があるこの階には、陸の上に群れが身を隠せる様な遮蔽物がないので、冒険者からは丸見えとなり、湖からはワニモドキなどに襲われるので、陸の上にも湖の上にも安全な場所が存在しない。しかも、この階で餌になりそうなのは、水棲の魔物にエビや小魚しかいないのだ。捕獲にも命懸けとなるので、いくら知能の低いゴブリンやオークでも、ここに住処を構える事は不可能だと理解できるのだろう。ただ、その様に理解するまでに、どのくらいの犠牲を払ったのかは不明だが……


「さて、飯でも……と、その前に」


 ゴブリンとオークをバッグに入れていると、背後に忍び寄ってくる気配を感じたので、飛びかかってくる寸前まで待ってからその場を飛び退いた。


「むっ!」


 寸前まで俺がいたところには、トラ柄の装備に身を包んだ見慣れた冒険者が、両手を広げた姿勢のままで固まっていた。


「アムール以外も、そこに隠れているのは分かっているぞ」


 そう言いながら、この階の入り口をビシッと指を差すと、ゾロゾロと知り合いが集団で現れた。その数、六人。じいちゃんとブランカに、『暁の剣』の面々だ。アムールを加えると、七人でコソコソしていた事になる。


「やはり、テンマに隠れてコソコソするのは無理があったのう」

「お前は獣人より鼻が利くんじゃないか?」


 じいちゃんとブランカを筆頭に、六人は悪びれる事もなく岩陰から出てきた。シロウマル達が反応しなかったのには疑問が湧いたが、シロウマルとソロモンをよく見てみると口周りが汚れているので、買収されたのだろう。まあ、恐らく買収したのはじいちゃんだと思うので、問題はないが……食事の量は抑えないといけないな。

 不穏な気配を感じ取ったのか、二匹は身震いをしていた。そんな二匹は置いておくとして、何故ここにじいちゃん達がいるのか聞いたところ、「暇だったから」という簡潔な答えが返ってきた。そこで、俺がいる場所を知っているジン達に道案内を頼んだそうだ。


「まあ、道案内と言っても、この上の階にワープゾーンを使って連れてきただけだけどな」


 とジンは言っているが、じいちゃん達はこの上の階に来た事がないので、この場合は目的の階層のワープゾーンを利用した事がある者と直に接触しながら(・・・・・・・・)、入口のワープゾーンを通らないといけない。


「つまり、じいちゃん達と手をつないで来たのか……目立たなかったか?」


 このダンジョンに潜る者のほとんどは、入り口のワープゾーンを利用するので、当然入口のワープゾーンの近くには人目が多い。


「目立つが、別に珍しい事じゃないからな……ただ、手をつないだ相手が有名人だっただけで……」


 女性陣はそうでも無いみたいだが、男性陣は注目された事が少し恥ずかしかった様だ。ちなみに手をつないだ組み合わせは、ジンとじいちゃん、ガラットとブランカ、リーナとアムールで、メナスは一人だったそうだ。確かに、いい年した男同士が手をつなぐのは恥ずかしいものがあるだろう。見た目も怪しいものがあるし……これが女同士で、しかも片方が女の子という年頃だったら、男同士とは逆に微笑ましく見えるのかもしれない。


「テンマだけ楽しいのはダメ」


 アムールは、俺が遊んでいる様に思えるのだろう。まあ、決して間違いではないし、アムールもじいちゃんとブランカといるのは退屈なのかもしれない。


「それに、エイミィも寂しがってた」


 流石に今回エイミィは連れてきていないが、安全な浅い階層なら連れて行ってもいいかも知れない。いーちゃん達の餌になるイモムシがいる場所に連れて行けば、今後はもっと簡単に餌が手に入るだろう。最も、護衛となる者が必要だろうが、そこはテイマーズギルドのメンバーに頼めば喜んでついて行くだろう。何せエイミィは、テイマーズギルドのアイドル的な存在になっているからな。


「エイミィには、今度何か埋め合わせをするさ。で、今から飯にする予定だったんだけど、皆も食べるか?」


 一応聞いてみたのだが、これは愚問だった様で、皆揃って輪になる様にして俺の前に座った。その輪には、シロウマルとソロモンもちゃっかり加わっていた。

 食事のメニューは、ここで狩った水棲魔物を一通り出してみた。皆の意見も聞いてみたいからだ。特に、このダンジョンでの活動経験が長い『暁の剣』の意見は、もしかしたらもっといい使い道が見つかるかも知れないと思ったのだ。


「これが焼いたやつで、こっちが揚げたものだ。味付けは塩のみだけど、物足りなかったら魚醤でもつけてみてくれ」

 

 俺が試した時は塩だけだったけど、今回は魚醤も出してみた。臭み消しのスパイスなんかもあったが、やはり最初はシンプルなやつを食べてもらいたかった。その結果……

 

「皆、これくらいの臭みは気にならないのか」


「まあ、これくらいなら気にならんな。別に腐った臭いとかではないし」


「ですね。ダンジョンで食べる物には、もっと癖のあるものもありますから」


「これくらいならマシな部類だし、前にジンが作った物は、もっと臭かったからね……それと比べたら、このくらいの物はなんともないね」


「俺をオチに使うな!……まあ、あれは自分でもどうかと思ったけどな……」


 ジンは、想像通りの料理下手の様だ……そんなのと比較されても困るが、味に問題はない様だ。じいちゃんも臭さは気にならない様で、シロウマル達におねだりされながら楽しそうに食べている。ブランカとアムールはと言うと……


「二人は何をかけているんだ?」


 小瓶に入っている何かの粉を、ワニモドキの揚げ物にかけて食べていた。


「ああ、これか?俺達の故郷の調味料だ」


「はい、これ」


 アムールに渡された小瓶の中身を、少しだけ手のひらに出して舐めてみると、それは意外な事にカレー粉だった。


「カレー粉か、これ!」


「俺達のところでは、カリとかカリーとも言うけどな」

「家庭の味。家々によって、味が違う。それは私のお母さんが作ったやつ」


 アムール達の村ではカレー粉を使った料理をよく作るらしいが、前世で言うところの『カレーライス』の様なものはないらしい。一番近いものでスープカレーの様なものがあるそうだが、それはスープにカレー粉で風味と味を付けたものであり、パンと一緒に食べる事はあっても、ご飯にかける事はあまりないそうだ。

 カレー粉は以前俺が作ったものよりも美味く、使っているスパイスの種類も多そうだが、辛味はそこまで強くなかった。


「アムール、少し使ってもいいか?」

「ん」


 アムールが首を縦に振ったのを見て、今思いついた新メニューを試してみる事にした。まあ、新メニューと言っても、さっき作った料理にひと手間加えるだけだ。


「よっと!出来たぞ!ワニモドキの天ぷらカレー風味だ」


 カレー風味の天ぷらと言ったが、本当はチキン南蛮のカレー風味と言った方が近い気がする。まあ、チキン南蛮と言うよりはわかりやすいと思うので天ぷらでもいいだろう。本物はまた今度作ればいい。


「あつあつ、はぐ……うま」

「カレー粉をまぶして焼いたやつは食った事があるが、揚げたやつの方が美味いな」


 一番にアムールとブランカに食べさせてみたが、評価は上々だった。次々に揚がるワニモドキを、他の皆にも出したが、やはりただ揚げたものより評価が高かった。


「これだと、ワニモドキの臭みが気にならないな」


 真っ先に天ぷらに手をつけたジンが、声を上げて感想を言い、それに皆同意していた。俺も食べてみたが、カレーに使っているスパイスのおかげで、ワニモドキの臭みが消えていい感じに仕上がっていた。ただ、シロウマルはスパイスの香りが気になる様で、普通に揚げたものの方が好きな様だ。ソロモンはどちらもいける様だ。


「さて、と……食事も終わったし、俺はまた湖に潜るけど、皆はどうする?」


 俺の言葉に真っ先に反応したのはアムールで、俺と一緒に潜ると言い始めた。その言葉を聞いて、そのまま素潜りすると勘違いしたブランカが辞めさせようとしたが、俺が水中用の結界を実演すると納得していた、が……


「視界がすごく悪いところに行くから、流石に同行させる事は出来ないぞ」


 と言うとアムールは拗ねてしまい、八つ当たりでもするか様にシロウマルの頬を引っ張り始めた。ただ、シロウマルは頬を引っ張られるのは慣れているので、あまり抵抗はしなかった。


「ふむ、その結界だったら、わしにも出来そうじゃな。少し練習してみるかのう」


 とか言って、じいちゃんは早速練習を始めた。

 ブランカとジン達は、俺が潜っている間、休憩したりして適当に時間を潰すと言っていたので、湖の底で得た武器や武具などの仕分けをお願いする事にした。報酬は、ミスリルや希少金属が使われているもの以外の中から好きなものを渡すと言うと、簡単に引き受けてくれた。まあ、ミスリル以外のものだと、錆びているもののや壊れているものばかりだが、少し手を入れるだけで使えるものも多いので、暇つぶしにしては割のいいバイトだから引き受けてくれると思ってはいたけどな。


「それじゃあ、行ってくる」


 俺はバッグから仕分けしてもらう物を取り出して、湖へと向かっていった。ジン達は、積み上げられた山を見て少しの間固まっていたみたいだが、すぐに動き出していた。アムールは水際までやってきて、じいちゃんの練習を眺めていた。どうやら、自分でも結界を張る事が出来るかどうか試す様だ。


「大体この辺りだったな……よし」


 先ほど中断した場所の近くまで飛んでいき、結界を張ってから湖に着水した。着水する際に、足首を少し超えるくらいまで水が入ってきたが、いつも通りそこから水が上がる事はなく、無事に湖の底までたどり着いた。

 湖の底にたどり着いてからは、毎度お馴染みの作業に没頭する事になった。この湖は、深い所程地形が複雑になっており、時折数m程の岩が俺の行く手を阻んだ。だが、そういった岩の周りほど武器や防具が見つかるので、ある意味激アツの目安となっていた。

 

「まあまあ集まったかな……ん?なんだこれ?」


 潜ってから、そろそろ数時間が経とうというところで、俺は陸へ引き上げ様と思い、足元に転がっていた防具を拾い上げた時に違和感を覚えた。そこでよく見てみると、拾い上げた防具が大きく変形していた事に気がついた。

 拾ったものは元々は頭部を守るグレートヘルムの様な防具で、恐らく大柄な冒険者が装備していたと思われる大きさのものが、側面を何かに締め付けられたかの様にへこみ、小さくなっているのだ。拾い上げて見るまで俺は、胸当てか鎧の一部だと思っていたくらい、ペッタンコになってた。


「何にやられたんだろう……ワニモドキだったら歯の跡が付くはずだし、そもそもあれにここまでへこます程の力はないはずだ」


 しばらく辺りを探ってみたが、他に同じ様な変化をしている防具などは見つからないので、陸に戻って皆に意見を聞いてみる事にした。

 グレートヘルムをバッグに入れて陸に移動しようとしたその時、グレートヘルムを変形させた犯人が突如として襲いかかってきた。その攻撃は完全に奇襲だったのだが、それに即座に気が付き、回避する事が出来たのはいくつかの偶然が重なったおかげである。

 一つ目は、今使っている結界が風船の様な弾力を持っているものだという事。それにより、敵が結界に触れてから破るまでわずかな時間があった。

 二つ目は、風の結界が破られても水漏れしないものだった事。この結界は侵入してきたものの形に沿って、結界自体の形を変える事が出来るので、結界内に侵入してきた水で身動きがとれなくなる様な事態を回避できた。

 三つ目は、敵の動き自体が遅かった事。元々の動きが鈍いのか、それとも陸上では動きが鈍るのかは分からないが、侵入してきた()の速度は奇襲の割に大した事はなかった。

 ただ、回避した時に伸びていた足の先っぽを切り飛ばしたのがよほど頭にきたのか、残りの足が一斉に(・・・)俺の方へと向かってきた。


「なんだ、この馬鹿デカいタコ(・・)は!」


 抱きつこうとしてくるタコをかわし、急いで俺は水面へと浮上した。タコはその長い腕を伸ばしながら、俺を追ってきている。


「クソッ!しつこい!」


 水面から飛び出した俺を捕まえようと、タコは勢いをつけたまま水面から足を伸ばしてきたが、俺はその足も切り飛ばした。足はかなりの弾力があったが、愛用の小烏丸で問題なく斬る事ができた。

 そして、俺は雷魔法で止めを刺そうとしたが、俺がいる位置から百mも離れていないところで、じいちゃんとアムールが湖の浅瀬にいるのが見えた。しかも、二人は水の中にいるので、このタコを倒すだけの魔法を使ったら、二人も一緒に感電してしまう恐れがあった。

 俺とタコに気がついたじいちゃんが、アムールの首根っこを掴んで飛空魔法で水の中から飛び上がろうとしていたが、じいちゃん達が空中に避難するよりも先に、タコの他の足が俺の足に絡みついた。 

 

「ぐっ、折れたか!」


 タコの足が絡みついた瞬間、ゴキっという音と共に激しい痛みが走った。タコはそのまま俺を水中に引き込もうとしている。


「そうはいくか、よっ!」


 俺は右手の小烏丸でタコの足を切り飛ばし、左手でバッグから大身槍を取り出して、タコの目と目の間に突き刺した。大身槍は根元まで突き刺さったが、タコの動きはまだ止まっていなかった。


「本当にしつこいっ!」


 動きはかなり鈍っていたが、タコはまだ生きていたので俺は止めを刺す為に、傷を切り広げる様に大身槍を上下に動かした。そこまでして、ようやくタコの体色が黒から白っぽく変わったので、今度こそ絶命した様だ。


「まともにやりあったら、マジで死んでいたかも……」


 もし結界が壊されて、空中に逃げる前に絡みつかれて水の中に引き込まれていたら、まともに抵抗する事は難しかっただろう。対策としては、自爆覚悟の雷魔法を使うか、ダンジョン崩壊の危険性があるが、俺が使える最大級の魔法である『テンペスト』を使うかだろう。

 そんな事を考えながら、沈み始めたタコをマジックバッグに入れて、呆然としている皆のところへと向かった。


「テンマ、無事じゃったか!」


 じいちゃんはアムールをジン達のところへと連れて行った後で、俺のところへと飛んでこようとしていたそうが、その前に俺がタコを倒したのでジン達と待機しており、戻ってきた俺に真っ先に声をかけてきた。


「まあ、足の骨が折れたみたいだけど、それ以外は無事だよ」


 俺の言葉を聞いたじいちゃんは無言で俺を担ぎ上げ、近くの岩の上に座らせた。そして折れた方のズボンの裾を上げて、患部を見て呆れていた。


「何が無事じゃ。折れているだけでなく、ひどい内出血を起こしておるではないか……」


 じいちゃんに言われて見てみると、骨が折れた辺りの皮膚が赤黒く変色していた。患部を見ると同時に、それまであまり感じなかった痛みを、はっきりと感じる様になってしまった。すぐにじいちゃんが魔法で治療してくれたが、自分でももう一度回復魔法をかけて、今日は安静に過ごす事にした。


「しっかし、ここにこんな奴がいるなんて、初めて知ったな」

「俺達も、このダンジョンでは間違いなくベテランに分けられるけど、こいつの噂すら聞いた事がなかったしな」


 ジンとガラットは、俺が検分の為に取り出したタコを眺めながら、不思議そうに首をかしげていた。この二人が知らないのなら、他のセイゲンの冒険者に聞いても分からないだろう。知っている可能性があるとすれば、じいちゃんかアグリぐらいなものだろう。

 そんな俺の考えに気がついたのか、じいちゃんがタコに近づいて調べた後、


「わしも初めて見る生き物じゃな。恐らく魔物に分類されると思うが、これまで見た事も聞いた事もない。正確にはこれに似た生き物(・・・・・)は知っておるが、それはここまで大きくなる事はないはずじゃ」


 と言ったので、新種の可能性が高いという事になった。後で確認したところ、じいちゃんが言った似た生き物とは、俺が知っているタコ(前世と同じもの)の事で、最大でも二~三m弱程くらいの大きさらしい。

 一応こっそりと『鑑定』で調べてみたところ、このタコは魔物に分類されるのだが、何故か名前のところに空白になっていた。


「さて、残りの問題は、こいつが食べられるか(・・・・・・)どうかだな」


 この発言に、じいちゃん以外は驚いた顔で俺を見ていた。何故そんな顔をしているのか聞いたところ、ジン達はタコが食べられるという事を知らなかったそうだ。まあ、この国のいろいろな場所を旅したじいちゃんはともかくとして、ジン達は皆内陸育ちなので、海の生き物には馴染みがないとの事だった。


「タコは美味いぞ。焼きでも揚げでも煮てもいいし」


 流石に生でも(・・・)はハードルが高いと思ったので言わなかったが、軽く湯掻いたものなら生ほどの抵抗はないだろう。

 俺はいくつかのタコ料理を思い浮かべながら、このタコが食べられるのか調べた。方法は簡単だ。まずは『鑑定』でタコに毒が有無を調べ、その次に自分で口に含んで確かめるだけだ。『鑑定』だけでも十分に思えるが、食材の中には毒ではないが体に有害な成分を持っているものも少なくはない。例えば、とある魚に含まれる油は少量なら問題はないが、多く食べると下痢などの症状をおこす事があるのだ。

 そんな性質を持つ油は食べた事がないが、タコは前世でも何度も食べているし、今世でも干物ではあるが食べた事がある。なので、俺の記憶と同じ味なら問題はないはずだ……最悪の場合でも、解毒や消毒の魔法があるので、死ぬ事はないだろう。

 俺は先ほど切り飛ばしたタコの足を二十cm程の長さで切り落とし、一度魔法で凍らせた。二十cmだけでもタコ自体が大きいので、直径が十五cm近くある。

 タコは半分凍った状態になったところで足の皮を剥ぎ、数mmの薄さにスライスして二つに分けた。皮はぬめりがあるので塩もみし、軽く洗ってから薄切りにしたタコの半分と一緒に湯掻いた。タコの方は薄いので短時間で引き上げ、一口大に切ってから皿に盛って出来上がりだ。見た目は俺の知っているタコの大きさではないが、匂いは記憶通りのものだった

 生の方は適当な大きさに切ってから、鉄板で焼いていく。味付けは塩のみだが、焼肉みたいなのでジン達にはこちらの方が食べやすいかも知れない。ちなみに、タコが焼きあがった時点で皮は湯がき終わっていたが、小さく切っても噛みきれないくらいの弾力があったので捨てる事にした。なお、シロウマル達もタコの弾力はお気に召さなかった様で、数回噛んだ後に吐き捨てていた。


「出来たぞ……って、何をそんなに警戒してるんだ」 

 

 バッグからテーブルを出して、タコの試作料理を並べていたのだが、いつもとは違ってジン達は俺から少し距離を取って俺(の並べた料理)を見ているだけだった。アムールとブランカも珍しくためらっている様だ。テーブルのそばにいるのは、俺の他にはスラリン達眷属とじいちゃんだけだった。


「いや、それ……食えるのか?」

「無理、美味しそうじゃない」


 ブランカとアムールは、そもそもタコをまともな食べ物と認識していない様で、完全にゲテモノ扱いしている。


「ほれ、テンマが大丈夫って言っているんだから、ジン試してみな」

「うちの代表はジンなんだから、行ってこいって」

「ジンさん、ファイト!」


「それは完全に毒見役の仕事じゃねえかよっ!」


 ガラット達は失礼な事に、タコ料理を毒と判断している様だ。少し頭にきたので、『暁の剣』のリーダーであるジンに責任をとって貰う事にした。


「ジン……食らえ!」

「は?はむっ!」

 

 俺に背を向けているジンにこっそりと近づき、指につまんでいた小さなタコの塩焼きを口に突っ込んだ。ジンは何が起こったのか分からない様子で、反射的に口に入れられたタコを数度噛んでから飲み込んだ。


「何すんだよ!……って、今飲み込んだのはあれ(・・)か?」


「ああ、あれ(・・)だ」


 俺はジンの視線の先にあるタコ料理を指差してから、テーブルに戻った。


「無くなっても、文句は言うなよ。食わないと言うなら、追加は作らないからな」


 それだけ言って、俺はタコ料理を口にした。タコの身は皮と違い、程よい弾力と旨みに溢れていた。はっきり言って、前世で食べていたタコより美味い。ジンは何か言いたそうな顔をしていたが、口を開くよりも先に俺がタコを美味しそうに食べ始めたので、口を半開きの状態で止まっていた。

 俺が口にしたのを見て、じいちゃんやシロウマル達も次々に口にしていく。その顔に忌避感はない。恐らく……


「じいちゃん、俺を毒見役に使ったね……」


「何の事かのう?わしはただ、作った本人が一番に食べるのを待っていただけじゃよ」


 じいちゃんは何食わぬ顔で言いながら、次々にタコを口にして行く。シロウマル達も、じいちゃんと同じ様に美味しそうにしていた。


「ん、美味しい」


 いつの間にか俺のそばに来ていたアムールが、フォークにタコの塩焼きを刺して口に運んでいた。その横には、同じ様にブランカはタコの湯引きを食べている。

 アムールは俺を信用したのか、タコをそのまま口の中に入れていたが、ブランカは半信半疑みたいで、最初は恐る恐るといった感じでタコを少しずつ齧っていたが、その内普通に食べる様になっていた。

 二人が参加した事で、タコは見る見るうちになくなっていった。その様子を見ていた『暁の剣』の面々は、怖さより好奇心の方が勝った様で、何とか湯引きをひと切れずつ口にする事が出来ていた。

 そうなるとタコ料理の追加を催促され、山盛りの湯引きと塩焼きを作る羽目になってしまった。なお、そのまま出すと俺の分が確保できない恐れがあった為、調理中に自分の分だけは確保する事に成功した。

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