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第8章-5 漆黒の襲来者

「テンマ、次は北門のルート希望……」


 東門で修了証明書をもらった俺は、時間がギリギリになるがもう一度この依頼を受けようと決めたところで、アムールから次のルートの希望を聞かされた。俺としても来た道を戻るよりは、違う道を走った方が面白いのでアムールの希望に賛成だ。そして、アムールは俺の後ろで、また抱きついている。バッグで休んだ事で、体調が少し回復した様だ。しかし、あくまで少し(・・)だけであり、未だにアムールの顔色は悪い。


「取り敢えず、さっきよりは速度を落とすけど、気持ち悪くなったら遠慮せずに言うんだぞ」

「うい」

「わう!」

「キュー!」


 俺の言葉に返事を返す一人と二匹。シロウマルとソロモンは、バッグの中でアムールに枕代わりにされて、少しストレスが溜まっている様だったので、運動で発散させる為に外に出しているのだ。 


「よし、出発!」

「お~」


 


「シロウマル、ソロモン、あまり離れるなよ!」 

「あっ、シロウマルがウサギ捕まえた」


 シロウマルは走り回れるのが嬉しい様で、先程からあちらこちらへ動き回り、逃げ遅れた角ウサギを追いかけて捕まえていた。ソロモンはシロウマルより獲物を発見している様だが、捕まえるのは下手みたいで、先程から一匹も捕まえれていない。


「キュー!」

「ワフ~」


「キュキュキュッ!」


 先ほどシロウマルが捕まえた角ウサギは、ソロモンが見つけたのを横取りしたものだ。ただし、ソロモンが捕獲に失敗した後だったので、シロウマルは、「失敗したお前が悪い」とでも言っているみたいだった。ちなみに、最初のソロモンの声は「ずるい!」といった感じのもので、次の声は「悔しいですっ!」といった感じだ。

 その後も、ソロモンが発見、ソロモン捕獲失敗、シロウマル割り込み、シロウマル捕獲成功、といった流れが続いた。しかしその流れも、十回も続けば終わりがやってくる。


「キュ~!キュキュッ!キュ~~!」


 ようやくソロモンが狩りに成功したのだ。成功した事がよほど嬉しかったのか、ソロモンは自分の獲った獲物を俺の所へ自慢げに持ってきた。しかし、ソロモンの持ってきた獲物には、重大な欠点があった。それは……


「グロッ!」

「キモッ!」


 俺とアムールの声が重なる程に、ソロモンの獲物はひどい状態だった。例えるならば……車に撥ねられた小動物、といったところだろうか。

 これまでのソロモンは、狙った獲物を口で捕らえようとして、尽く失敗してきた。これは、シロウマルが口で捕らえていたのを真似ての事だろうが、ソロモンに合った方法ではなかった。そこで、ソロモンは考えに考え抜いて出した結論が、『動くから捕まらないのだから、動けなくしてから捕まえればいい』といったものだった様だ。なのでソロモンは、まず体当たりしてから動き(息の根)を止めて、それから口で捕まえたのだ。確かに方法は間違ってはいない。間違いがあるとすれば、それはソロモンが、『自分の体当たりの威力』まで計算に入れる事ができなかったところだろう。


「ソロモン、この方法を考えたのは偉いが、これじゃあ肉がまずくなるだけだぞ」


「キュッ!!!」


 ソロモンは、俺の言った「肉がまずくなる」という言葉を聞いて、とてもショックを受けていた。

 何故、肉がまずくなるかと言うと、ソロモンの体当たりを受けて絶命した角ウサギは、目と口と耳と鼻から血を出し、しかも目玉は飛び出て口からは内臓らしきもの(・・・・・)を吐いており、お腹は破裂していた。こんなウサギの肉が、旨いはずはない。

 俺の説明を聞いたソロモンはかなり落ち込んでしまい、それ以降は発見した獲物をシロウマルに知らせていた。プライドよりも、食欲の方が勝ったのだ。なお、ソロモンの捕まえた角ウサギは、後でスラリンが美味しくいただきました。


「テンマ、少し休憩。お尻痛い」


 アムールが、自分のお尻が限界だといって、タニカゼを停める様訴えてきた。


「シロウマル、ソロモン、休憩だ。戻ってこい」


 俺は少し離れた位置にいた二匹を呼び戻して、近くにあった岩に腰掛けた。アムールも俺の隣に座っている。だいぶ太陽が低い位置まで来ていたが、あと一時間以上余裕がありそうなので、少しくらいゆっくりとしても大丈夫だろうとの判断だった。俺はこの時間で、シロウマル達の狩ってきた角ウサギの血抜きをする事にしたが、すでに死んでいる角ウサギからはあまり血を抜く事が出来なかったが、肉が新鮮なうちに食べれば血の味もたまには悪くないだろうと思い、適当なところでマジックバッグに戻した。

 俺が作業をしている間に、アムールとスラリン達は水と屋台で買った物を口にしていた。


「アムールはあまり食べ過ぎるなよ。また気分が悪くなるぞ。それと、もう少ししたら移動を始めるからな」


「わかった」


 アムールは俺の助言を聞いて、手に持っていた何本目かの串焼きの残りをスラリンに渡していた。シロウマルとソロモンは、串焼きを渡されたのがスラリンだったので文句は言わなかったが、それでも自分達も欲しい様で、俺の方をじっと見ていた。俺がその視線に負けて串焼きを渡すと、素早く俺の前に並んだ。こういう時のこの二匹は、とても行儀がいいのだ。


「それじゃあ行くか。あと三十分も走れば、西門に着くだろう」


 休憩を挟んで事で、アムールの顔色は最初よりもいい。相変わらず俺の背中に抱きついているが、変な事をしない限りはこのままにしておく事にする。シロウマル達は食後の休憩のつもりなのか、バッグに入って丸まっていた。出発前に辺りを見回すと、だいぶ空が暗くなってきているので、少し急いだ方がいいかもしれない。

 俺はアムールに断りを入れて、先程より少し早い速度でタニカゼを走らせた。アムールも騎乗にだいぶ慣れてきたのか、辛そうではあるが酔うまではいかなかった。


 そろそろ目的地が見えてくるといったところで、前方に閃光が走り、続いて激しい音が鳴り響いた。ズドン、と体に響く音の後には火の手が上がり、もくもくと黒い煙が空へと立ち上った。


「アムール、飛ばすからここで降りてくれ。シロウマル、アムールと追いかけてきてくれ。ソロモンは先行して、周囲を警戒。その後、人が逃げ遅れていたら、少しでも時間を稼いでくれ!決して無理はするな!」


「わかった。シロウマル、お願い」

「わうっ!」

「キューー!」


 アムールは、俺の後ろから飛び降りて、鎧を装備し始めた。ソロモンは指示通りに飛んでいき、俺はアムールが降りたのを確認してタニカゼを全力で走らせた。全力のタニカゼは一歩毎に地面を抉り、大量の土を草ごと巻き上げていた。


「ギャンッ!」


 後方でシロウマルの鳴き声が聞こえたが、確認する暇などないのでそのまま火が上がっている所を目指した。俺が目的地に着くまで三分程だったのだが、その間に数度の閃光を確認した。俺は途中で『探索』と『鑑定』を使って目的地付近の様子を探ってみた。すると、暴れていたのは予想もしていなかった相手だった。その相手にソロモンは果敢に攻めているが、はっきり言ってかなり分が悪い。ただ、ソロモンが相手をしていたおかげで、あの場所で待っていた職人達は門の内側まで避難が出来た様だ。幸いな事に、重傷者はいない。


「ソロモン、すぐに戻れ!相手が悪い!」 

「キュッ!キュ~……」


 やはりソロモンには荷が重かった様で、俺が来た途端に泣きそうな声を出した。すぐにソロモンは反転して俺の所に来ようとしたが、その隙を見逃す相手ではなかった。


「キュワーーー!」


 ソロモンは後ろ向いた瞬間に、相手の攻撃によって地面に落ちてきた。


「ソロモン!くそっ、ヒール!アクアヒール!」


 なんとか地面に落ちる前にソロモンを受け止める事ができ、すぐさま回復魔法をかけてバッグに避難させた。かなりひどい怪我ではあったが、ソロモンは声を上げて無事を知らせてきた。

 しかしホッとしたのも束の間、今度はタニカゼが急に後ろ足で立ち上がり、俺を後ろへと跳ね飛ばした。


「なっ……」


 俺が飛ばされるとほぼ同時に、今度はタニカゼが閃光に包まれた。俺は閃光の余波でさらに飛ばされて地面を転がり、止まった先で顔を上げると、丁度タニカゼが地面に崩れ落ちる瞬間だった。


「スラリン!」


 俺は慌ててタニカゼに駆け寄るが、タニカゼの目に光は無く、後ろの両足が砕けている状態だった。生存は絶望的かと思った瞬間、背中のハッチの扉が弾け飛び、中からスラリンが這い出てきた。スラリンは少し弱っていたが、ソロモン程ひどい状態ではなかった。急いでスラリンを抱き上げて、その場から思いっきり飛び退くと、一瞬前まで俺のいた場所に()が落ちてきた。流石にただ飛び退いただけでは、雷の余波までかわす事は出来ないので、咄嗟にバッグから鉄の槍を取り出して投げ捨てた。

 槍は避雷針の代わりになった様で、雷の進路が俺から逸れていった。そのおかげで俺はスラリンに回復魔法をかけて、バッグに避難させる時間を作る事が出来た。


「全く、地龍、ユニコーンに続いて、今度はバイコーン(・・・・・)かよ……運がいいのか悪いのか」


 俺の目の前に姿を現したのは、漆黒の肌にタニカゼに匹敵する体躯、そして鹿のように頭部に二つの角を持つ馬型の魔物、バイコーンだった。俺はバイコーンの体めがけて槍を投げたが、バイコーンはその巨体に似合わず、軽やかな動きで槍をかわした。それが合図となり、バイコーンは突進を開始。俺は迎撃の為、刀を取り出して前足を狙うが、バイコーンはこれも簡単にかわしてしまう。

 今までの巨体の魔物は、足を使って戦えば問題なく倒す事が出来たのだが、バイコーンはデカイ、硬い、速いと三拍子揃った初めての相手だ。それに雷魔法を使うので、常に動き回らないといけない。自分で使う時はさほど感じなかったが、敵に回すとこれほど厄介な魔法は無い。しかも、バイコーンは、時折雷を体や角に纏う様にして戦うので、気を抜くとすぐに感電してしまいそうだ。今のところ、バイコーンの雷魔法の直撃は受けていないが、余波で少しずつダメージを受けている状況だ。対して俺の斬撃は、バイコーンの体に大した傷を付けられていない。ただでさえバイコーンの皮膚は硬いのに、攻撃された瞬間に雷を体に纏い、瞬間的に防御力を上げている。


「いっ!」


 さらに接近した事でわかったのだが、バイコーンの角はまるで片刃の刃物の様に鋭く、かすっただけで皮膚が切り裂かれ、角に纏った雷によって傷口を焼かれてしまう。その攻撃によって、俺の腕には数本のミミズ腫れの様な傷が出来ていた。しかし、俺もただ攻撃されていたわけではない。俺もまた、バイコーンの体に付けた傷をなぞる様に攻撃する事で、少しずつ傷を深くしていく。

 バイコーンと戦闘を始めて、まだ十分も経っていない筈だが、俺はかなりの疲労感を感じていた。雷の余波をくらいながら戦うのが、ここまで疲れるものだとは思っていなかった。


 互いに決め手を欠いたまま斬り結び、いっその事周囲の被害に目をつぶって、高威力の魔法で攻撃を仕掛けるかと思っていると、バイコーンの脇目掛けて突撃してくる茶色い塊(・・・・)が現れた。


「隙有り」

「グルァアアアーーー!」


 それは、土まみれのアムールとシロウマルだった。何故か両方共機嫌が悪いらしく、雷を無視する様に強引に体当たりをぶちかました。アムールはシロウマルの背に跨っており、シロウマルの体当たりに合わせて、槍をバイコーンの脇腹に突き立てていた。狼に跨り、虎の格好をしたアムールの姿は、まさにもの……獣の姫だった。


「ギュロロロローーーー!」


「くらえっ!」


 バイコーンが、アムール達の攻撃に気を取られた隙に、俺は刀を放り投げ、バッグからハルバードを取り出して、振り回す様に上段からバイコーンの頭目掛けて叩きつけた。ハルバードはバイコーンの頭を少し逸れて、片方の角を根元から叩き切った。

 角が宙に舞うのと同時に、バイコーンが身に纏っていた雷が消えた。


「こいつでっ、止めだ!」


 俺は勢いのついたハルバードから手を離し、新たにバッグから大身槍を取り出して、バイコーンの首に付いている傷に突き刺した。


「ギュロ!ギュロロロッ……ギュボッ」


 大身槍は、首の傷から気管、頸骨を断ち切り、たてがみへと突き抜けた。

 バイコーンは一瞬俺に噛み付こうと口を開いたが、大身槍が頸骨を断ち切ったところで動きを止めて、唸った後で血を吐いて倒れた。


「アムール、シロウマル、助か……ぐふっ!」


 俺が二人に礼を言おうと振り返った瞬間、何故かシロウマルの体当たりを受けて、俺は地面を転がった。


「何す……うわっ!やめろって!」


 シロウマルは俺が文句言う前に、俺の顔を舐め回していく。しかも、何故かシロウマルの口の中は土にまみれており、俺の顔は次第に土で汚れてしまった。さらに、土の粒で顔をこすられた為、ほほの辺りから薄らと血が滲んでいた。シロウマルは俺の顔が土まみれになった事に、どこか満足そうだ。

 そんなシロウマルに対し、俺がそろそろ本気で怒ろうかとした時、突然シロウマルの体が宙に浮いた。シロウマルは突然の事に混乱し足をジタバタさせるが、全く逃げ出せる気配がない。


「スラリン、もういいぞ。放してやれ」


 シロウマルを拘束していたのは、バッグから這い出てきたスラリンだった。スラリンはシロウマルを吐き出すと、体の一部を鞭の様に変化させて、説教?を始めた。

 スラリンの説教はかなりスパルタだ。シロウマルが何か言おうとする度に、地面を鞭で叩いて黙らせる。デカイ狼が小さいスライムの前で、(こうべ)を垂れて尻尾をだらりとしている姿は、かなり異常な光景だろう。まあ、我が家では日常の光景ではあるが……


「キュ~ンキュ~ン…………キュァアアアン」


 スラリンの説教から解放されたシロウマルは俺の所へとやってくると、情けない声を出しながら腹を見せた。それはこれまで見た事が無いくらい情けない声と表情で、正直言ってかなり引いた。

 俺が引いている様子を、シロウマルとスラリンは許さないからだと感じたのか、シロウマルの声はさらに情けないものになっていき、スラリンはシロウマルを許してくれる様に嘆願し始めた。


「シロウマルの行動は、テンマのせいでもある」


 アムールによるとシロウマルのあの行動は、俺がタニカゼを走らせた時に起こった事に端を発しているらしい。あの時、俺が慌ててタニカゼを走らせたせいで、後ろに居たシロウマルは大量の土に襲われたらしい。アムールは咄嗟に山賊王装備の頭の部分で顔をカバーしたおかげで無事だったが、俺の方を向いていたシロウマルは、目と口と鼻に土の塊が命中し、少しの間もがき苦しんでいたそうだ。シロウマルの口の中が土にまみれていたのは、その時の土が残っていたからだった。


「そうだったのか……シロウマル、スラリンにこってりと絞られたみたいだから今回は許すけど、次に同じ様な事をしたら……一ヶ月間、野菜だけで生活してもらおうかな?もちろん、おやつは無しで……もちろん、逃げられない様に、一ヶ月の間はバッグに監禁するからな。覚悟しろよ」


「わう?…………わうっ!」


 俺の言葉を聞いたシロウマルは、一瞬何を言われているのか分かっていなかった様で、俺の言葉を理解するとかなり慌てていた。ちなみに、バッグからこっそりとこちらを見ていたソロモンも、シロウマルに課せられるかもしれない罰に、当事者でないにも関わらず顔色を悪くして震えていた。


「ちなみに私も被害にあった……責任は取って貰う!」


 俺が魔法で出した水で自分の顔やシロウマルを洗っていると、アムールが両腕を空に突き出して宣言した。


「ああ、悪かったな……後で何か美味しいものでも作るよ」

「違う」


「もちろん、その鎧もきれいに洗うぞ」

「違う」


「ああ、そうだった!バイコーンの素材も分けるからな。それに、今夜は馬肉鍋だぞ」

「もしかして、テンマわざと(とぼ)けてる?」


「……何の事だ?」

「女の子を傷物にしたのなら、取るべき方法は一つ!けっこ」

「ヒール!アクアヒール!アンチドート!キュア!……はい、傷は消えた」


 俺はアムールが不吉な言葉を言い出す前に、回復魔法二回と念の為の解毒と消毒の治療を施した。元々アムールの傷は、よく見ないと分からない様なものだったので、最初のヒールだけでも傷はきれいに消えていた。


「……ちっ」


 アムールは俺から顔を逸らして、小さく舌打ちをしていた。そもそも、それくらいの傷で、女性と結婚しないといけないならば、今頃俺はどれだけの嫁さんが居る事になるのやら……この国では合法でも、俺には違和感の方が強い。

 なにやらブツブツと独り言を呟きながら考え込んだアムールを無視して、俺は倒れたタニカゼの回収に向かった。タニカゼは全身に煤がついており、砕けた後ろ足に至っては、所々溶けかけていた。どう見ても大幅な修理を施さないといけないだろう。タニカゼの本体と砕けた破片を回収していると、急に背後でバイコーンが立ち上がった。


「うそだろっ!……って、スラリンか」


 俺は咄嗟に大身槍を構えたが、実はスラリンが運ぼうとしただけと言うオチだった。スラリンは驚かせた事を謝っていたが、動き自体は止めてはいない。何をしているかというと、バイコーンの血抜きだ。

 バイコーンはまだ完全に事切れているわけではない様で、微かに目や口の端が動いていた。スラリンはそれを見て、バイコーンの品質が下がる前に血を抜いておこうと思ったそうだ。ちなみに、バイコーンの血には大した価値がない。価値がある部位はユニコーンとほぼ一緒だが、バイコーンの象徴でもある二本の角は、ユニコーンの角と違い薬にはならない。その代わり、武器として使う事はでき、強度としてはミスリルと同等以上の硬さを持っているらしい。

 血抜きが終わったところで、スラリンがバイコーンを俺の所へと運んできた。バイコーンはマジックバッグにちゃんと入ったので、今度は完全に死亡していた。しかもスラリンのおかげで、血抜きも完璧だ。

 このまま帰っても良かったのだが、流石に資材に火が付いているのを放ったらかしにして、この場を去るのはどうかと思い、水魔法を使って、手から消防車のホースの様に散水して火を消していった。


「行くぞ!皆であいつを追い払え!」


 消火がほとんど終わる頃になって、ようやく西門から人が出てきた。先頭は五人の冒険者だ。

 しかし、すでにバイコーンは退治しているし、火事にしてもこのまま自然に鎮火を待っても問題のないレベルにまでなっている。そもそも、明らかに新人と思われる者だけで、あのバイコーンの相手など出来るとは思えない。十中八九、瞬殺されて終わりだろう。


「もう終わりましたよ。後は、ここにある燃えかすなんかを片付けるだけです」


 俺は武装した職人達に声をかけた。その言葉を聞いて、親方達は半信半疑といった感じだったが、俺がバッグからバイコーンを取り出すと、ようやく信じて武装解除した。その顔は皆笑顔になっていたが、冒険者達は違った。何と、全員揃って半泣きだ。よほど嬉しかったのか、冒険者達は抱き合って喜んでいる。よく見ると、五人ともドワーフの若者だ。職人達の身内かなにかだろうか?


 俺はここに来た理由と、バイコーン退治と消火をした事を親方に告げて、ギルドへと報告に向かった。親方にはかなり感謝された。どうやらあの冒険者達は、俺の思った通り職人達の身内だそうだ。元々材木の移動を手伝わせていたらしいのだが、運悪く戻ってきたところを、バイコーンを追い払う為の戦力として無理やり連れてきたそうだ。猫の手も借りたいというところだったのだろうが、流石にそれは惨すぎる話だ。彼らは下手をすると、ここにいる職人達より弱いかも知れないのに……


「テンマ!」


 ギルドに入ると、真っ先にじいちゃんが駆け寄ってきた。その後ろには、『暁の剣』やアグリ達もおり、全員武装していた。


「じいちゃん、来てたんだ」


「おお、馬車でゆっくりとしておったら、何やら嫌な気配がしてのう。取り敢えず、ギルドに来たのじゃが……要らぬ心配だったかのう?」


「まあ、その話は後でするとして、まずはギルドマスターに報告があるから」 


 ギルドには、バイコーン退治の為に呼ばれたと思われる冒険者が集まっており、すぐにでも出発できる状態だった。しかし、すでにバイコーンは退治しているので、いっても無駄足になるだけだ。それに、一応都市の近場で高位の魔物を退治した際には、ギルドに報告するようになっているので、どの道ギルドマスターに会わないといけない。


「はあ?終わっただと!マジかっ!」


 報告に向かった時、ギルドマスターは職員達と打ち合わせの最中で、最初はギルドマスターに邪険に追い返されそうになったが、職員の一人が俺に気づいて慌てて止めていた。その後でバイコーンの事を報告し、証拠としてバイコーンの角を出すと、ギルドマスター達は大声を上げて驚いていた。その声に冒険者達が反応し、ギルドは大騒ぎになってしまった。


「それじゃあ、もう戻っていいですね。まだ解体が済んでいないので……それじゃあ失礼します」


「お、おう、お疲れさん……素材の買取は……」


「今のところ、売る予定はないですね。貴重な素材ですし、多分全部自分で使うと思うんで」


 俺は呆然としているギルドマスターに挨拶をして、ついでにバイコーンを売らないときっぱりと言った。このクラスの魔物は、そうそう討伐される事は無く、仕入れる事が出来たらギルドとしても鼻高々だろう。その為、討伐した冒険者に対し、かなりの額の金銭を提示して買い取るだろう。ギルドは高位の魔物を取り扱ったという実績を、冒険者は多額の金銭と名誉をそれぞれ得る事になるはずだ。

 しかし、それは普通の冒険者とギルドであればの話だ。俺の様に、自分で生産もする者にとっては、バイコーンは宝の塊である。装備を作ってもいいし、薬を作ってもいい。もちろん食べてもいいだろう。

 正直、地龍を討伐した時よりも、ワクワクしていた。あの時は、思いつく大半が装備品の素材だったが、今回は食材としても色々と楽しめそうだ。


「それじゃあ、帰ろうか?」


 俺は、話し込んでいるじいちゃんとアムールに声をかけて、馬車に戻る事にした。そして、何故か俺達の後ろに、『暁の剣』とアグリが続く。


「ジン達は馬肉のおこぼれ狙いだろうけど、アグリは?」


「俺達の善意に対して、ちょっとひどくね?」

「俺達は、解体が大変だろうから手伝おうと……」


「私は馬肉が食べたい。だから手伝いに行くんだ」

「私もそうですよ。バイコーンも見てみたいですし……ジンさんとガラットさんは来なくても大丈夫ですよ。私とメナスさんが手伝いに行きますから」


「ああ、頼む」


 リーナは、あっさりとジンとガラットを不要だと切り捨てた。俺の言葉を聞いてメナスも頷いており、二人はジン達から離れていった。その様子を見ていたジンとガラットは大慌てで、


「「嘘です!手伝うので、馬肉食わせてください!」」


 と揃って頭を下げた。メナスとリーナは、そんな二人を呆れた目で見ている。そんな『暁の剣』を、道行く人々は、指差しながら見ていた。

 この日以降、セイゲンでは『暁の剣は、テンマの傘下に入った』と噂が流れる様になってしまう。


「私もおこぼれ狙いの様なものかな。バイコーンなんぞ見たいと思っても、そう簡単に見れるものでは無いし、食味もしてみたいからな」


 アグリは俺についてくる理由を正直に述べ、さらに解体の戦力として、自分の眷属であるグラップラーエイプを出すと提案してきた。正直、ジン達より役に立ちそうだ。エイプ達がどれほど戦力になるかは不明だが、間違いなくアグリの知識は役に立つ。特に魔物に関しては、じいちゃんと同等か、それ以上の知識を持っているだろう。

 

「確かに、アグリが手伝ってくれるのはありがたいな。じゃあ、さっさと行こうか。ここで固まっていても、迷惑になるだけだし……もちろん、ジンとガラットもいいぞ」


「「あざーーーす!」」


 ……本当にこの二人ときたら、始めて会った時の面影が無くなってきているな。

 まあ、それだけ気安い仲になったと思えばいいか……この二人の評価なんて、俺には関係ないしな。

 さて、これで解体に必要な人数は揃ったな……二名程、手下の様になってはいたが……

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