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第7章-12 王都を去る日

「い~や~で~すぅ~~!」


 王都を離れる当日の朝、屋敷に響くアウラの声。王都を離れるのは俺とじいちゃんだけで、ジャンヌとアウラには王都で屋敷の管理を任せると言ったところ、朝っぱらからこの騒ぎとなったのだ。まあ、アウラがここまで嫌がっているわけの半分以上は、その責任者(主代理)がアイナになってるからだろう。


「仕方がないですね……ふっ!」

「うぐっ……」


 こめかみをピクピクさせたアイナが、階段の手すりにしがみつくアウラを絞め技で落として静かにさせた。


「テンマ様、陛下はもうじきこちらに来られると思います。流石に王都の入口では目立ちすぎますし、ここならあまり目立たないだろうとの事です」


 アイナは落ちたアウラの手足を縛り、猿轡をした状態で活を入れて覚醒させていた。意識が戻ってからしばらくの間、アウラは何が起こったかわからない様子だったが、アイナの顔を見た瞬間に何があったのかを思い出した様で、必死にその場から逃げ出そうとしていたが流石に無理で、一mも行かないうちにアイナに捕まっていた。


「アウラ、これはあなたの為なの。テンマ様が王都を離れている間に、私はあなたを一流……は無理だけど、一人前のメイドに育てると、陛下にマリア様、そしてテンマ様に約束をしたのよ……もしダメだった場合、最悪、国家反逆罪で私とあなたは死刑ね。回避する方法はただ一つ、あなたが一人前のメイドになる事よ!」


 アイナは、半ば混乱しているアウラの顔を両手で鋏み、至近距離でめちゃくちゃな事を言い始めた。これが普通の状態だったなら、いくらアウラでも嘘だと気付いただろうが、混乱している上に、アイナの名演技によって、自分が危機的状況にあると勘違いした様だ。


「うっうっうっうっうっ」

「わかってくれたのね。嬉しいわ」


 半泣きの状態で赤べことなったアウラに対し、アイナは普段見せない様な優しい微笑みを浮かべ、アウラの頭を撫でていた。洗脳完了の様だ。


「ん?丁度陛下達がいらっしゃった様ですね」


 アイナが呟くと、少し遅れて門が開く音がして、玄関前に馬車がやって来て停まった。馬車が停まってすぐに玄関が開かれ、真っ先にルナが飛び込んできた。


「お兄ちゃん!ソロモンはっ?いたっ!ソロモ~~~ン!」

「キュッ!」


 ルナは入ってくるなりソロモンを探しだし、突撃していった。しかし、ソロモンはルナに驚いた様で、捕まる寸前に窓から飛んで逃げていった。


「ソロモン待って、ふぐっ!」


 ルナがソロモンを追って、窓から飛び出そうとした時、アイナによって宙吊りにされてしまった。


「ルナ様、流石に窓から出るのは、はしたないですよ」


 アイナは後ろ襟では無く、背中の部分を掴んだので首吊りにはならなかったが、それでもかなりの衝撃があった様で、ルナは苦しそうに咳き込んでいた。そして、ルナは猫の親に運ばれる子猫の様に、マリア様の所へと運ばれていった。


「アイナ、ご苦労様。イザベラ、お願いね」


「はい、お義母様」 


 いつもの様に怒られるルナ。この光景も、一時見る事が出来なくなると思うと、感慨深く……は無いな、冷静に考えると。 


「まあ、あれ(・・)は置いておくとして……テンマ、受け取れ!」


 王様はルナ(とお説教をしているイザベラ様)を横目で見た後で、懐から取り出した小箱を俺に渡してきた。その場で中身を確認すると、そこには手のひらサイズのオリハルコンで出来た、オオトリ家の家紋が収められていた。当然の事ながら、ナミタロウぬきのやつだ。


「その裏には、私の名と王家の家紋と共に、オオトリ家を保証する一文が刻まれておる。それを見せれば、よほどの事がない限りは、貴族達がテンマにちょっかいをかける事は無いだろう」


 オオトリ家自体には政治的な権力は存在しないが、この一文のおかげで王家からそこそこの権力を与えられた様なものなのだ。つまり、プチ黄門様の印籠を手に入れたというわけである……人によっては『虎の威を借る狐』とも言うが……


「ありがとうございます。有効に使わせてもらいますが、絶対に悪用だけはしない事を、天の父と母(・・・・・)に誓います」


 王様達は、特に信仰している神はいないそうなので、俺と王様が共に大切に思っている父さんと母さんに誓う事にした。

 俺の言葉を聞いた王様とじいちゃんは顔を綻ばせ、マリア様は少し涙ぐんで頷いていた。


 王様と話したあとでマリア様と話し、それからシーザー様達と別れの挨拶をしていった。シーザー様とイザベラ様からは、子供達(特にルナ)が世話になったと礼を言われ、ザイン様にはミザリア様の治療の礼を改めて言われた。ちなみにミザリア様は、ここには来ていない。本人は来たがっていたそうだが、馬車の移動が辛いらしく、すぐに体調を崩してしまう為、マリア様の判断で留守番をする事になったそうだ。ライル様とアーネスト様からは、今度俺が王都に来たらいい店に連れて行ってやると言われたが、その発言がマリア様に聞こえおり、いい店(・・・)がいわゆる『大人の店』と勘違いされてしまい、かなりしつこく追求されていた。ちなみにライル様達の言ういい店(・・・)とは、うまい食事と酒を出す店の事らしい。

 その後、ティーダとルナとも話をしたが、ルナは半ば心ここにあらずといった感じだった。なので、ソロモンを呼んでやると、礼を言いながらソロモンの方へと走っていった。


「すみません、テンマさん……」


 ティーダは自分の妹の行動を見て、本当に申し訳なさそうにしていた。じいちゃんと話していた王様達も、ルナの様子を見てため息をついており、マリア様とイザベラ様に至っては、何やら真剣な表情で話し合っていた。多分、今後のルナの教育方針の打ち合わせでもしているのだろう。なお、ルナはまたもやソロモンに逃げられそうになっていたが、秘密兵器(おやつ)を使って触る事に成功していた……おまけ付きで。


 一通り話が終わったところで外へと移動して、待機中の近衛隊の面々と話をしていく。ディンさんは握手した瞬間に関節を極めようとするし、ジャンさんは「今度来た時には家に招待してやる。ただし、娘(六歳)には手を出すなよ」とかマジな顔して言うし、クリスさんは話した後で「問題は歳の差ね……」とか呟いてるし、シグルドさんとは接点があまりなかったせいで話が続かない。唯一まともに話ができたのは、エドガーさんだけという有様だった。

 王様達は時間ギリギリまで屋敷に残り、改めて別れの挨拶を交わしてから王城へと帰っていった。この後、俺とじいちゃんは王都の入口へと向かう事になっている。そこでジン達『暁の剣』と合流する予定だ。

 俺は忘れ物が無いか部屋を確認した後で裏庭に向かい、ジュウベエ達の様子を見に行った。流石に三頭を連れて行くわけにはいかないので、ジュウベエ達も留守番組になっているからだ。ジュウベエ達の世話は、マーサおばさんを中心にククリ村の人達がやってくれる事になっている。一応アイナやジャンヌとアウラにも頼んでいるが、三人は他にもする事があるので、おばさん達の補助程度を行う予定である。

 三頭はいつも通り牛小屋で草を食んでいたが、タマちゃんは俺を見るなり体当たりしてきた。これは別に嫌われているからではなく、タマちゃんなりの愛情表現の様だ……ただし、俺にしかしてこないが……

 いつも通り体当たりを何度かかわしたところで、タマちゃんは頭を摺り寄せてきた。タマちゃんを撫でながら餌箱や水桶を確認し終えた頃に、準備を終えたじいちゃんから声がかかった。


 声のした方へと向かうと、そこに待っていたのはじいちゃんの他に、ジャンヌ、アウラ、アイナがおり、さらには帰ったと思っていたティーダとルナ、クリスさんにエドガーさんがいた。

 ジャンヌ達が俺とじいちゃん王都の入口まで来る事は知っていたが、ティーダ達は入口までは来ないと言っていたはずだった。

 ティーダに見送りに付いてくる理由をたずねると、帰る直前にマリア様に言われたとの事だった。クリスさんとエドガーさんは二人の護衛だそうだ。おそらくは俺とティーダ達の仲が良好だというアピールも含まれているのだろうけど、それならそうと事前に言うくらいの事はして欲しかった。まあ、愚痴っても仕方がないし、大して気にする様な事でもないので黙ってはいたが。


 とりあえず、皆で俺の馬車に乗って移動する事にした。一つの馬車で移動した方が効率がよく、護衛もしやすいという事だったが、提案した二人ルナとクリスさんは、それぞれ満足そうな顔をしている。対照的に、困惑した表情を浮かべているのはシロウマルとソロモンだった。二匹は現在、しっかりと抱きつかれている為、身動きがとれない状態だ。いつものツッコミ役のティーダはあきらめ顔で、エドガーさんは外で馬に乗って移動している為、二人を止める者はいなかった。ちなみに俺は、ここで止めると面倒臭い事になりそうなので、あえて見て見ぬふりをしていた。


 待ち合わせ場所に着くと、そこにはちょっとした人だかりが出来ていた。その大多数はククリ村の人達で、後はサンガ公爵とサモンス侯爵をはじめとする王族派に、クーデター騒ぎの時に知り合った、マスタング子爵と中立派の貴族達だ。皆、屋敷の方には王族が来るというので、こちらの方にやってきたそうだ。流石に王族と一緒になって、俺達に話しかけるのは無理だと判断したらしい。


 俺達は馬車を降りて皆と話を始めたのだが、降りてすぐに背後から鋭い視線を感じる様になった。それはじいちゃん達も同じ様であったが、皆無視をしていた。そんな俺達の態度に、視線の主はしびれを切らした様で、


「なあ、そろそろ助けてくれへんか?」


 と話しかけてきた。声の主はナミタロウで、以前と同じ様に馬車の屋根の上に陣取り、体が乾いて屋根にくっついてしまっていたのだ。実は王様達が来る前から屋根にくっついていたので、かれこれ数時間はあの状態だったのだ。


「……ウォーターボール」


 皆を下がらせてからナミタロウ目掛けて三発放つと、潤いを取り戻したナミタロウが自力で屋根から滑り降りた。ナミタロウは伸びをする様に体を動かした後で、何事もなかったかの様に話の輪に加わっていた。

 ナミタロウの今後の予定は、俺達と途中まで一緒に移動し、途中の川で分かれるというものだ。そして川を下り、海に出てから知り合いに会いに行くと言っていた。


 ジン達はまだ来ていない様で、しばらく皆との別れの話は続いた。村人の内、マーサおばさんと何人かがついて行きたいと言っていたが、マークおじさん達にたしなめられていた。流石に今の生活を捨てて行く事はできないし、おじさんが俺の邪魔になると言った事で、皆納得してくれた。ただ、何ヶ月かに一回は手紙に現状と居場所を書いて寄越す様に約束させられた。

 そして貴族達……まあ、主にアルバート、リオン、カインの事だが、この三人はセイゲンに遊びに来る気満々である。一応跡取りとはいえ、三人ともまだ本格的に仕事をしているわけではないので、他の面々に比べると暇が多いそうだ。マスタング子爵はじいちゃんと気が合う様で、俺との話の後でかなり話をしていたが、他の中立派の貴族とは普通に挨拶をして終わった。ありがたい事に、ここにいる中立派の貴族達は、王都に残るジャンヌとアウラを気にかけてくれるらしい。

 サンガ公爵とサモンス侯爵は、なにやらじいちゃん達と話し込んでいる。時々こちらをチラ見しているので、何か企んでいるのかもしれない。


 そんな風に時間を過ごしているが、未だに暁の剣は姿を見せていない。そろそろ約束の時間を過ぎるというところで、ようやく一台の馬車がやってきた。暁の剣だ……何故か二名増えているが……


「すまん、待たせたみたいだな……文句はあいつらに言ってくれ」


 ジンが指差したのは、ブランカとアムールだ。ブランカは申し訳なさそうな顔をして、馬車から飛び降りて俺に飛びつこうとしたアムールを捕まえていた。宙ぶらりんのアムールは、手足をバタつかせてもがいている。


 とりあえずジンに説明を頼んだ。それによると、宿を出発する直前にアムールに捕まり、今に至るそうだ。どうやらアムールは、俺よりも説得させやすそうなジン達を見張っていた様で、昨日のうちから宿を引き払って待ち伏せていたらしい。本人曰く、「ドッキリ成功」なのだそうだ。

 ブランカにも確認をとったが、どのみちそろそろ帰らなければならないし、セイゲンに寄り道しても方角的には合っているそうなので、大した問題ではないとの事だった。寧ろ、ここでセイゲンに寄らない帰路をとった場合、帰りの途中でアムールがいつの間にかいなくなっている可能性が高いので、そちらの方が問題との事だ。セイゲンでは、十日前後の滞在を予定しているらしい。


 随分と盛り上がっているが、そろそろ出発の時が近づいている。王都には三ヶ月も滞在していなかったが、俺の人生の中でも最も濃い時間だったかもしれない。王様達にククリ村の人々、そしてじいちゃんとの再会、王族の人々にアルバート達跡取りトリオ、ブランカとアムールとの出会い。おまけに中立派の信用できる貴族とも知り合えた。

 そんな人達と分かれるのは寂しいが、今生の別れではないのでいずれ再会できるだろう。


「じゃあテンマ、そろそろ行こうぜ」


 ジンの言葉に俺は自分の馬車に乗り、タニカゼの手綱を握る。じいちゃんは俺の隣に座り、いつでも行けると頷いた。それはジン達も同様で、馬車に乗り込んで出発を待っていた。


「皆!また来るからな!」


 その言葉を合図に馬車は動き出し、皆との間に距離が出来始めた。

 馬車から見える顔はどれも笑顔で、皆俺達に手を振っている。こうやって見送られるのは二度目だが、別れはやはり寂しい。まあ、来ようと思えばいつでも来れるくらいの距離ではあるが、ククリ村の人々と再会した事で、子供の頃を思い出したせいかもしれない。


 そんな感傷にひたっていると、なにやら後ろが騒がしくなってきた。何があったのかと振り返ってみると……


「や、やっぱり置いていかないで~~~~!お姉ちゃんはいやぁ~~~~~!うっ……」


 アウラの洗脳が解けたようだ。必死になって馬車を追いかけ様としているが、十mほどでアイナとジャンヌに捕まっている。そしてまた締め落とされていた。

 俺の視線に気づいたアイナはこちらに向かって一礼すると、肩に荷物を担ぐ様にアウラを運んでいった。隣を歩いているジャンヌは、とても恥ずかしそうにしている。

 俺達らしい別れというか何というか……アウラが絡むと締まらなくなるな……次に会う時には、もう少し成長していて欲しい。

 悲しい事に、それが王都での最後の感想になってしまった……

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― 新着の感想 ―
[一言] 奴隷の主をアイラに替える←一番効く
[気になる点] 貴族の跡取りである三人に関しては跡取りとしての領地経営を当主の指導の下学んでいる時期ですので、基本"暇"であるのは不自然に感じましたし、嫁か婚約者がいて良い年齢ですので気になりました。…
[気になる点] 冒険話しが読みたいのに貴族の話しばかりで全然冒険せんやん! って思いながらここまで読んだのでここから冒険話しになる事を期待してます。
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