第7章-11 家紋とナミタロウと笛
あけましておめでとうございます。新年最初の投稿です。
活動報告の方も更新しておりますので、興味がある方は覗いてみてください。
「この家紋でお願いします」
俺は朝一で数枚の家紋のデザインを見せられ、その中から一枚を選んで目の前の男に渡した。
この男は家紋管理の部署に所属するスタッフであり、一応貴族なのだそうだが、徹夜の為か目の下に隈を作り、ヨレヨレの服を着ているさまは、まるで病人の様である。
「即座のご決断、ありがとうございます」
男は軽く頭を下げると、俺が選んだデザインを大切にバッグにしまい、残りのデザインに大きくバッテンを描き、その場でクシャクシャに丸めた。
「では、私はこれで失礼します」
再度頭を下げた男は、屋敷の前に待たせていた馬車に飛び乗って、大急ぎで王城へと戻っていった。彼には、まだまだ仕事が残っている様だ。
「テンマ、どんな家紋にしたんや?」
庭の池から顔を出したナミタロウが、興味津々といった感じで近づいてくる。
俺は、先ほど選んだ家紋の写しを差し出すと、ナミタロウは俺が作った義手で器用に受け取って、自分の顔の前に持っていった。
「おおっ!なかなかいいやん!かっこいいやん!でも、昨日聞いたのとは、少しスラリンの形が違うな」
昨日俺が決めた家紋では、スラリンを表すのは完全な丸だったのに対し、こちらはオニギリの様な丸みを帯びた三角型に近いものになっていた。
家紋のサンプルを持ってきた男が言うには、「丸だとソロモンはともかく、シロウマルが入らないか、歪な形になってしまうので、丸に詰め込んだものと、三角にしたものを用意しました」だそうだ。
俺も念の為に丸バージョンを確認したが、確かにシロウマルが変な形になるか、ソロモンに比べるとかなり小さくなってしまっていた。
それに対して三角バージョンの方は、シロウマルがおすわりすると、綺麗に収まっていた。
「確かに、こっちの方がええな……ところで、わいが入っとらんのやけど、そこんところはどうなっとん?」
「いや、ナミタロウは俺の眷属じゃないし、入れる訳無いじゃん」
俺が即座にツッコミを入れると、ナミタロウは目をまん丸(元から丸いが)に開き、わなわなと震えだして、
「な、なんやてーーーー!」
と絶叫した。その声に驚いたじいちゃん達が、屋敷から飛び出してきたが、ナミタロウは構わずに庭を転がったりはねたりして暴れだした。
「ひどいっ!テンマ、ひどいっ!わいを利用するだけ利用して、用が済んだらポイなのね!鬼や!あんさんは鬼畜や!」
でかい声で人聞きの悪い事を叫ぶナミタロウ。そのあまりの暴れっぷりに、道行く人々が「何事か!」と、門の所から覗いていた。
しかし、大半の人々は、暴れているのがナミタロウだとわかると、「いつもの事か」といった感じで解散していく。門の前に残っているのは、ナミタロウを見るのが好きな人達だけだ。彼らはきっと、動物の面白行動を見るのが好きな人達なのだろう。
「わかったって……正式なやつには、ナミタロウを入れる時間はないだろうけど、個人的に使うものには、ナミタロウが入っているのも作るから」
あまりにもナミタロウがうるさいので、咄嗟に思いついた妥協案を出すと、ナミタロウはピタリと動きを止めて、
「ホンマやな。言ったからな。嘘ついたら許さんで。嘘ついたら、ハリセンボン飲んで貰うからな」
とジト目で念を押してくる。だがナミタロウ。その言い方だと、魚か芸人コンビになってしまうぞ。前者なら調理しだいで美味しく頂けそうだが、後者なら本気で遠慮したい。
「なら指切りや!ほらほら、指きりげんまん、嘘ついたらハリセンボンの~ます。指切ったっ!」
ナミタロウは、俺の小指に無理やり義手の小指を絡ませると、勢いよく手を上下に振りながら歌い始めた。何十年ぶりかにする指切りは、小指がもげるかと思うほど痛かった。
指切りを終えたナミタロウは、どこからか布と墨を取り出すと、『勝訴』と書いて庭を這いずり回った……それはもう、すごいスピードで……
ナミタロウの行動に呆然としていたじいちゃん達は、話の内容が家紋に関するものだとわかると、こちらも興味津々といった感じで家紋を覗き込み始めた。
「おお、いい出来じゃな!」
「本当にいい出来!こうして見ると、テンマにぴったりのデザインね」
「私もテンマ様のメイドとして、鼻高々ですよ!……ところで、ナミタロウはどこに入れるんですか?」
何故か自慢気なアウラが、さりげに俺の悩みのポイントを突いてくる。本当にどこに入れようか……
そんな事を思いながら、庭を爆走するナミタロウの方を見ると、いつの間にかシロウマルとソロモンがナミタロウの後を追いかけていた。どうやら、ナミタロウが掲げる『勝訴』の布を奪い取る遊びか何かと勘違いしている様だ。
「ん?何だ?」
ナミタロウ達を見ていると、袖口をチョイチョイっと引っ張られる感覚があった。振り向くと、そこには触手を伸ばしたスラリンがいた。
スラリンは体を伸ばして、家紋の書かれた紙を覗き込もうとしていた。いつもなら体を大きくして覗き込むのだが、周りにじいちゃん達がいたので思う様に体を大きくできなかったみたいだ。
「スラリンもモデルになっているから、家紋が気になっていたのか。気付かなくてごめんな」
スラリンに一言謝って、俺は身を屈めて家紋を見せる様に持ち直した。スラリンは気にしていないとでも言うかの様に体を一度震わせてから、家紋を覗き込んだ。
「この外枠が、スラリンだぞ」
家紋の意味を説明すると、スラリンは自分を表していると言われた外枠を触手でなぞり、体を家紋と同じ様な三角に変化させた。
そんなスラリンを見て和む俺達だったが、それが楽しい事をやっていると思ったみたいで、シロウマルとソロモンがナミタロウを追いかけるのを止めて、こちらに突進してきた。
二匹はスラリンと同じ様に家紋を覗くと、何やら三匹で顔を突き合わせ始めた。そして、
「おお、人文字ならぬ、眷属文字……いや、眷属家紋かの」
じいちゃんの言った通り、三匹で家紋を再現してみせた。
シロウマルは右を向いてお座りし、その体勢で遠吠えをする姿勢をとり、ソロモンはその右斜め上の空中で待機、羽ばたいているので体が少し上下に動いているのはご愛嬌だろう。そして、そんな二匹の後ろで、エンペラー化したスラリンが、丸みを帯びた三角型へと体の形を変えた。
「三匹ともすごいぞ!」
俺が褒めると、三匹はどこか誇らしげな表情(スラリンは雰囲気)になった。
「ちょっと待った~~~!」
そこへ乱入してくる、空気を読まない大鯉。奴は俺を回避する様にドリフトをしながら、ソロモンの下で停止した。どうやら、そこがナミタロウの希望する位置らしい。
「わいはここや!この位置やっ!……っていうか、入りそうなんがここしかないんやけどな!」
力強く宣言しながら、最後にオチをつけるあたりがナミタロウらしい。
とりあえず手に持っていた紙に、スラリン達の位置を大まかに記し、そこにナミタロウ(らしきもの)の横顔を書き加える……自分の絵心の無さに落ち込みそうになるが、これは下書きだと自分に思い込ませる事でなんとか乗り越える。
皆に見られない様に、下手くそな下書きをバッグにしまい、今日の予定を確認する……と言うか、最大の予定だった家紋の確認が終わってしまったので、昼前だというのにやることが無くなってしまっていた。
「する事ないから、ナミタロウの芋ようかんでも作るか……」
暇な時に蒸した大量の芋がバッグに眠っているので、今日は最低でも練りの作業を終わらせる事にし、頭の中で必要な道具と材料を思い浮かべながら台所へと向かうのだった。ナミタロウの、期待の篭った視線を背に受けながら……そして数時間後、
「すまん、ナミタロウ……失敗した。正確に言うと、芋ようかんとは少し違うものができた」
材料が大量にあったので、固める手間を減らそうと、少量の米粉を混ぜたのがいけなかったみたいだ。出来上がった芋ようかんは、ういろうもどきと言えそうな、もちもち食感のものになってしまった……これはこれで美味しいのだけれども……
「な、なんやて……」
これまでにないくらい、絶望の表情になるナミタロウ。そして、切れ端をそっと口に入れて……
「なんや、うまいやん。これでもいいわ」
ころっと笑顔に変わった。芋が入っていれば、『ようかん』だろうが『ういろう』だろうが、あまりこだわりはないようだ。
「まあ、大して味に変わりないから、あんま気にすんなや。それに、水の中でも食べるとなったら、こっちの方が崩れ難い分、食べやすいかもしれんしな」
ナミタロウは、そう言いながら金貨を差し出してくる。今回の報酬のつもりなのだろう。
「いや、いらないって。結局失敗したわけだし、材料費はナミタロウ持ちだし、これは大会で手伝って貰ったお礼だよ」
何度かの押し問答の末、ナミタロウは金貨を渋々と懐に戻した……あそこ(胸鰭と胸鰭の間)に、ナミタロウはマジックバッグを備えている様だ。きっと、他にもあるに違いない。
そんな事を考えていると、ナミタロウがいきなり自分の鱗をはぎ取りだした。
「これをこうして……っと、完成や!テンマ、これを受け取れ!」
ピッ、と手裏剣の様に鱗を飛ばしてくるナミタロウ。大した速度ではなかったので、俺は親指と人差し指で摘む様に受け取った。
「何だ、これ?」
ナミタロウが寄こしたのは、手のひらサイズの凧型をした鱗で、同じものを二枚重ねたかの様な隙間があり、先っぽには穴があいていた。
「それはわいの逆鱗や!それに魔力を込めながら笛の様に三回吹くと、ある程度の距離……そうやな、この大陸の半分くらいの距離やったら、わいの耳に届くで、多分」
「逆鱗って、お前は鯉だろ!それに三回って……」
ツッコミ所満載の笛に、俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。一回と二回で現れるものを聞きたくなかったからだ。
「あっ!ちなみに、一回でも二回でもわいに届くと思うから、心配はすんな!」
義手でサムズアップするナミタロウに、俺はイラっとしながらも、なんとか攻撃魔法をぶつけるのを堪えた。
「まあ、便利そうではあるから、一応大切に持っておくよ」
使うその日まで、この笛?はバッグの肥やしになるだろう。
「ホンマに大切にしてや!」
こんなやり取りがあり、この日はそれを超えるインパクトのある出来事は起こる事はなかった。
次の日、俺は朝早くから正装をして、クライフさんに王城へと連れて来られた。
何やら細々とした打ち合わせがある為、早めにくる必要があった様で、今の時刻は大体七時くらいだろう。朝飯ヌキで連れて来られた為、俺の腹時計がそろそろ音を立てそうだ。
「では、テンマ様はこちらの部屋でお待ちください。打ち合わせの前に、何か軽い物をすぐに用意しますので」
一応、自分のバッグに食べ物は入っているが、礼儀としてあちらが食事を用意するらしい。あの執事がすぐに用意すると言った以上、言葉通りすぐに持ってくるだろう。
だがそれとは別として、寝ているところに襲撃を受けた俺は、気を抜くと眠気が襲ってきそうだったので、部屋の中を意味もなく彷徨いていた。
何となく部屋の窓際に移動した際、外から金属がぶつかり合う音が聞こえてきたので、窓を開けて音のする方角を覗いてみた。
音がするのは中庭から少し外れたスペースからで、音を出していたのは俺の知っている二人だった。少し集中してみると、
「アイナは、やはり筋がいいな。なかなか嫌らしい攻撃だ」
「お褒めに頂きありがとうございます。褒めたついでに、一撃貰っていただけませんか?近衛隊長殿!」
珍しい組み合わせだ。珍しいと言うか、初めて見る組み合わせで、俺があの二人を同時に見る時は、常に周りに誰かがいた。
どうやら実践形式の訓練の様で、アイナのハルバードはかなりの速度と威力で振るわれている。だが、ディンさんは片手剣のみを使い、アイナの攻撃をさばき続けている。その表情を見る限り、まだまだ余力を残している様だ。
「テンマ様は、あの二人が気になりますか?」
「うぉふっ!」
急に耳元で囁かれ、俺は変な声を上げながらその場から飛び退いた。声の正体は、案の定あの執事で、奴はサンドイッチと飲み物が乗ったトレーを両手で持っていた……その状態でどうやってドアを開け、どうやって俺の後ろに忍び寄ったのか、毎度の事ながら不思議で仕方がない。
「いえ、普通にドアを開けて、普通にテンマ様の後ろまで歩いてきましたけど、それが何か?」
いけしゃあしゃあとほざく執事。もしこの執事が暗殺者だったとしたら、俺は何度この執事に殺されたのだろうか?そんな事を考えてしまい、背中に悪寒が走った。
「別に、テンマ様に危害を加える様な事は考えておりません。それはそうとあの二人ですが、二人の時間が合った時は、あそこでよく訓練していますよ。元々、ディンはアイナを近衛隊に誘っていたので、断られた今でも目をかけていますし、アイナの方もマリア様の護衛も兼ねていますので、訓練の類は欠かしておりませんので」
さらっと俺の心を読みながら、あの状況の説明をしてくれるあたり、本当にこの男は執事としては優秀なのだろう。最近はその優秀さを、俺をからかう為にも使い始めたのが、頭の痛いところではあるが……いや、初めて会った時からこんなんだったな、この執事は。
「はあ、そうなんですか……それにしても、アイナは予想以上に強いですね。前に何度か一緒に依頼を受けましたが、その時はだいぶ実力を隠していたんですね。あの様子なら、今年の武闘大会に出場していたとしても、結構いいところまで行けたんじゃないですか?」
「まあ、予選グループによっては、本選に出場はできたでしょう。テンマ様がいたので優勝は無理でも、組み合わせ次第では、上位入賞も狙えたでしょうね」
俺はクライフさんと話しながら、彼の持ってきたサンドイッチを頬張りつつ、二人の訓練風景を見続けた。
「これで終わりだな」
「……参りました」
アイナが突き出したハルバードを、ディンさんは少々強引に地面に叩きつけ、足で踏みつけながら、返す刀でアイナの首に剣を突きつけた。アイナは肩で息をしながら降参したが、ディンさんは少し息が乱れている程度だった。
ディンさんはアイナに何かアドバイスしているのか、動きを交えながら何か話しかけている。アイナは頷きながら、時折同じ動きをしている。その顔が赤いのは、先程まで激しく動いていたからだろうか?
「二人共技巧派ですが、ここはさすがにディンの方が上ですね。アイナも頑張ってはいますが、地力が違いすぎます」
さすがのクライフさんも、ディンさんを素直に褒めていた。
クライフさんの褒め言葉が聞こえたわけでは無いだろうが、ディンさんがこちらを見つけ、少し照れた様に軽く手をあげた。
俺はそれに頭を下げてから窓を閉めた。
「ディンの照れる姿は、なかなかレアですね」
クライフさんは今日一番の嬉しそうな顔で、ディンさん達を見ていた。なお、アイナはこちらに気がついていない様で、終始ディンさんの顔を真面目な表情で見ていた。
「では、あの二人の話は置いておくとして、今日の予定ですが……」
一通りクライフさんから説明を受けた後、王様とマリア様と打ち合わせをして時間を過ごした。
そして、本番にのぞんだのだが……
「驚くくらい呆気なかったですね……あんなあっさり終わるとは思いませんでした」
謁見の間に入って三十分もせずに、褒美の話は終わってしまった。
流れとしては、王族や城勤めの重臣達が待つ謁見の間に入場→所定の場所で待たされた後、王様とマリア様入場→王様の口から俺の功績(王様を助けた事や、ティーダ達を助けた事、クーデターを未然に防いだ事など)の説明→褒美の内容が発表→退場……である。正直、あまり打ち合わせをする必要は無かったと思う。俺、ほとんど発言しなかったし……
ただ、俺が謁見の間を出た瞬間、中がかなり騒がしくなっていたので、どちらかというとあの打ち合わせは、その時の為の口裏合わせの要素が強かったのかもしれない。
その後、俺は最初に待たされた部屋に通され、王様達がやってくるのを待つ事になった。
「いや~すまん。待たせたな」
少し疲れた様子の王様とマリア様がやってきたのは、俺が退出してからおよそ一時間後の事だった。
「改革派の貴族連中がうるさくてな。今も、サンガ公爵とサモンス侯爵の二人が中心になって、あやつらに説明しておる」
「改革派にしてみれば、テンマの褒美の決め手が、『自分達の派閥のメンバーの不祥事を鎮圧したから』とも取れるようなものですからね……本当にくだらない。自分達は犯人とは違う、だからテンマの事を認め、褒美には異は唱えない……くらいの度量を見せて欲しいわね」
王様もマリア様も、自分達のする事にケチを付けられた様で、面白くはないのだろう。二人共、珍しく同時に気が立っている。
「まあまあ、陛下もマリア様も落ち着いてください。奴らの度量が小さいのは、トップを見れば分かる事です。いちいち腹を立てても仕方がありません」
クライフさんが、改革派を馬鹿にしながら二人をなだめる。そんないつも通りのクライフさんの影響か、二人は徐々に落ち着きを取り戻してきた。
「まあ、確かに仕方がない事だな。それに、改革派といえども、全てが反対していたわけではないしな」
王様は自分を納得させるかの様に、自分の言葉に何度か頷いていた。マリア様も王様の言葉に頷いていたが、王様ほど納得はしていない様だった。
「それはそうと、テンマはいつ頃王都を出るのか決めたのかしら?」
マリア様は、話題を変えるかの様に聞いてきた。
「『暁の剣』のメンバーと話し合ってから決めますが、後十日もいないと思います……それで、お願いがあるんですが……」
俺は前から考えていた事を二人に相談する事にした。
二人共、特にマリア様は、身を乗り出して俺のお願いを聞き、快く了承してくれた。
「そろそろ帰りますね。今後の事を、じいちゃん達と相談しないといけませんし」
「あら?いつの間にか、結構な時間が経っていたのね」
お菓子をつまみながら愚痴をこぼしていたマリア様が、口に近づけていたカップをテーブルに戻しながら、驚いた様な声を出した。王様はマリア様の相手が疲れたのか、いつの間にか船を漕いでいる。
「ぐふっ!」
マリア様が王様の脇腹に一撃を入れると、王様は飛び跳ねる様に起きた。慣れた様子の肘打ちは、王様が怪我しない様に手加減されつつも、適度なダメージを与えられるものだった。
「あなた、テンマが帰るそうですから、身だしなみを整えてくださいな。最低でも、口元のよだれくらいは拭いてください」
マリア様の言葉を聞いて、王様は慌てて袖で口元を拭っていたが、元々ヨダレは垂れていなかった。マリア様のちょっとした悪戯だ。
「う、うむ。本当に色々と世話になったな。あまり公の場で言う事はできないが、私はテンマの事を息子の様に思っている。それは、何もリカルド達の息子だからという事ではないと理解してくれ。私達に、テンマはそれだけの事をしてくれたのだ。何か困った事が起こったならば、遠慮なく王家を頼るといい」
王様は俺を優しく見つめながら、そんな事を言ってくれた……が、
「あなた、いつまで寝ぼけているのですか?テンマは今すぐ王都を出るわけではありませんよ。テンマと別れる時に、もう一度同じ事を言うつもりですか?」
俺も引っかかっていた事を、マリア様はズバリ指摘した。
「陛下……寝ていたのがバレバレですね」
そして止めは、執事による一撃。王様のHPはゼロになってしまった様だ。
「まあ、あの人の事は置いておくとして……テンマ、色々と気をつけるのですよ。今のテンマは、数ヶ月前のテンマとは違うのですから。王都を出る時を狙う輩もいないとは限りませんから、何か少しでも異変を感じたら、真夜中であろうと私達に知らせに来なさい。すぐに対処しますから」
マリア様と話しながら部屋を出たのだが、王様の足取りは重く、すぐに距離が空いてしまい、入口に着くまでに何度も立ち止まる事になってしまった。別れる際も王様の顔がまだ赤かったので、しばらくはあの事を引きずりそうだ。
その後、屋敷には真っ直ぐ帰らずに、ジン達を訪ねて帰りの日の話をしたところ、五日後の朝に王都を出る事になった。ジン達は、明日でもいいのだそうだが、さすがにそれだと俺が怒られる……マリア様に。
流石に『誰』に『何を言われる』のところはぼかしたのだが、変なところで勘のいいリーナにズバリ言い当てられてしまった。まあ、本人は冗談のつもりだった様で、俺の反応を見てかなり焦ってはいたが……
屋敷にはそれから帰ったのだが、屋敷でもひと騒動あるのだった……
いきなりですが、くれぐれもインフルエンザやノロウイルスにはお気をつけください。
実は、三日四日と食あたりで苦しんでおりました。幸いノロではなかったのか早くに治りましたが、それでも十数年ぶりくらいの苦しみに、一月二日の自分の行動を、布団に包まりながら後悔しておりました。
皆様、手洗いうがいを心がけ、生ものには気をつけましょう……正月前に買った、刺身用の貝柱にあたった(としか考えられない)作者より。