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第7章-9 熟成

書籍化情報の方も更新しております。興味のある方は覗いてみてください。

「ほう、そうかそうか。では急ぎ準備をせねばな」


 その日の夜、王都を離れる事をじいちゃんに話したところ、じいちゃんは付いてくる気満々の様で、早速準備に取り掛かっていた。準備といっても、じいちゃんもそれなりに大きなマジックバッグやディメンションバッグを持っているので、必要になりそうな物を手当たり次第に突っ込んでいるといった感じだ。


「では、私達も準備を始めますね!ジャンヌ、行きましょ!」


 アウラも生き生きとした様子で、自分の部屋へと駆けて行った。大方、アイナと離れられるのが嬉しいのだろう。ジャンヌもアウラに続くかと思っていたら、何故俺の方へとやって来て……


「テンマ、アイナが素直に逃がしてくれると思う?」


 と聞いてきた。アイナに失礼な言い方の様な気もするが、獲物(アウラ)を前にしたアイナにはぴったりの表現だろう。


「ん~……十中八九ありえないな。仮にアウラが俺に付いてくるのに何も言わないとしたら、その時はアイナも付いてくると思う」


「だよね~」


 アイナはアウラとジャンヌの事を、メイドとして力量不足と思っており、わざわざ時間を作ってまで直々に教え込んでいるのだから、こんな事くらいで中断させるとは思えない。最低でもアウラだけは目の届くところに置いて、メイドの心得を叩き込むだろう。そうなった場合、ジャンヌが一人で付いてくるとも考え難く、高い確率で二人共王都に残る事になるだろう。屋敷の管理をする人間も必要な事だし。


「そんなわけだから、ジャンヌはまだ準備しなくていいよ。必要な時はバッグを貸すから、その中に放り込めばいいし」


「わかった。アウラにもそう伝えておくね」


 ジャンヌは急いでアウラを追いかけようとしたが、俺はそれを引き止めた。


「アウラにはまだ言わなくていいよ。直前で言った方が、面白そうだから」


 俺の言葉にジャンヌは呆れた顔を見せるが、反対はしなかった。ここのところ、アイナがアウラをいじっているのをよく見ているので、何となくそうした方がいいと思ったのだ。ジャンヌもそうなのかと思い聞いてみたら、「奴隷はご主人様には逆らえませんので」と言われた。

 澄ました顔をしているジャンヌだったが、口の端が震えていたので考える事は一緒の様だ。ここのところ、ジャンヌに遠慮が無くなってきているのはいい事なのだろう。少なくとも最初に会った頃よりは、格段に付き合いやすい。


「ジャンヌ!急いで支度をしないと!」


「わかったわよー」


 ジャンヌは何も知らないアウラの言葉に笑いをこらえながら、手招きしながら自分を呼ぶアウラの元へと走っていった。


「持ち上げて落とすのが基本か……」


「何の基本やねん!」


 いつの間にか接近していたナミタロウが、義手を使ってツッコミをしてきた。さすがエセ関西魚、ツッコミが様になっている。そして生き生きとしている。


「なんや今日のテンマは、えらい鬼畜やな!あれか?好きな子には意地悪したくなる的な……ごめんちゃい、許してちょんまげ」 


 変な事を口走り始めたので、止めようと椅子から立ち上がると、なぜかナミタロウは犬の様に腹を見せてひっくり返り、古臭い言葉で謝罪してきた。とても反省している様には見えない。


「とまあ冗談はこの辺にして、王都を離れるってマーリンのじっちゃんから聞いたんやけど、わいはどないしよ思ってな。セイゲンって、街の中にも近くにも川とかないやろ?」


 あの付近の地理を思い出してみると、ダンジョンの中に湖の様なものはあったが、街中や街の近くには無かったと伝えた。するとナミタロウは、


「ほんならわいは少し旅に出るわ。久々にひーちゃんとかに会いたいし」


 誰だそれ?と思い聞いてみたが、「お友達や」としか教えてくれなかった。ちーちゃんが小鳥だったので、そっち方面の友達なのかもしれない。もしくは、度肝を抜かれる様な生き物か……

 少し嫌な予感がしたが、それ以上は教えてくれそうにないので聞かない事にした。


「わかった、気をつけてな。一応屋敷のゴーレム達には、ナミタロウを攻撃しない様にしておくから、いつでもこの屋敷を利用していいぞ」


「あんがとな、テンマ。そんで、頼みがあるんやけど……芋ようかん量産してくれん?材料はわいが用意するから」


 よほど芋ようかんが好きなのか、ナミタロウはこれまでに見た事がないくらい下手に出て頼んできた。

 芋ようかんは一度作っているので、材料があれば量産は容易い。作り方も特に難しいものではなかったし、マジックバッグがあるので暇のある時に数日かけて作れば問題はないので了承すると、ナミタロウはすごく喜んで、「明日朝市で仕入れてくるから、今から寝るわ!」と言って外の池に向かっていった。


 それぞれが思い思いに準備を始めた。俺は基本的に必要なものはすべてバッグに入っているので、旅支度をする必要がなかったりする。だから俺の準備といえば、ナミタロウの芋ようかん作りや王族対策、それとジュウベエ達をどうするか程度のものである。そういえば、ジュウベエで思い出したけど、バッグの中に入っている白毛野牛がまだ手付かずで残っていたな。ごたごたが続いたから忘れていたけど、一頭は王家に献上するか、ティーダも楽しみにしていたみたいだし。


 家の中を忘れ物が無いか軽く見回ってから、俺も今日は早めに布団の中に入った。恐らく明日の朝一番で、王城から使者、もしくは王族の誰かが突撃してくると思われるので、万全の体調で臨みたいのだ。あの一族は、相手にすると疲れる人が多いし……

 今後の事を考えながら布団に潜っていると心地よい眠気に襲われ、俺は抵抗する事無く眠りについた。



「テンマ、準備は出来ているか!すぐに出るぞ!」


 朝一で我が家に大声が響き渡る。幸い屋敷の住人は全て起きていたので、不快な目覚めを体験する事はなかったが、食事中くらいは静かにして欲しかった。

 大声の主は予想通りライル様で、その後ろにはクリスさんとアイナもいた。


「マリア様が心配していたわよ。こんな重要な事を帰り際に託けるなんて、何か気に触る事でもしてしまったのかって」


「テンマ様に限ってそれは無いでしょうとフォローはしておきましたが、それでも気にしている様なので、テンマ様がマリア様に直接説明をお願いします。それと、マーリン様もご同行お願いします。後ついでにアウラとジャンヌも」 


 俺とじいちゃんに対してはお願いといった感じだったが、ジャンヌとアウラに関しては完全に命令だった。そして、二人はそれに抗う事はできない。


「分かりました。すぐに支度をするので待っていてください」


「おうっ!」


 威勢のいいライル様の言葉を聞きながら自室へと戻り、服などを入れてあるバッグを掴み、目的の服を取り出した。

 その服は以前マリア様に買ってもらった服だ。あまり着る機会がなかったし、王城ではマリア様に会う事になるだろうから丁度いいだろう。

 服を手早く着て、すぐにライル様の所へと戻ると、丁度皆揃ったところだった。


「それじゃあ、早速出発するか!」


 ライル様はどこか焦っている様な感じで俺の手を引き、急いで馬車に乗り込んだ。御者席にはアイナが乗り込み、その横には嫌そうな顔をしたアウラがいて、馬車の中にはライル様に俺とじいちゃん、そしてジャンヌだ。クリスさんは馬で行く様で、馬車が動き出すと待機していた騎士が先触れとして走り出した。先触れはライル様が乗った馬車が通る事を知らせる為のもので、もし故意に先触れを無視して道を塞ぐ様な事があった場合、かなり重い罰が課せられる事になる。例外として、医者や急病人を運ぶ馬車などは罰せられる事は無い。前世の大名行列の様なものだ。

 俺達は先触れのおかげで、いつもより早く王城へと到着する事ができた。城の玄関ではクライフさんが待機しており、馬車から降りてすぐに王様達が待っている部屋へと案内された。ただ、ジャンヌとアウラは途中でアイナに連れて行かれて別行動となった。


「おお、呼び出してすまんなテンマ。ティーダから数日のうちに王都を去ると聞いて、驚いてしまったのでな」


 初日に連れてこられた部屋に通されると、ドアを開けてすぐに王様が口を開いた。

 部屋の中には王様をはじめとした王族全員が揃っており、皆ソファーに腰掛けていた。二箇所空いている場所は、俺とじいちゃんの座る所だろう。それを見つけたじいちゃんは、誰に断る事無くソファーに腰掛けて、王様にお茶を要求した。そして王様は、ごく自然に立ち上がりお茶の入ったポットをのせたワゴンに近づいてお茶の準備を始める。


「すまんの……で、今日はなんの呼び出しじゃ?」


 お茶を受け取ったじいちゃんは、王様が席に着くのを待ってから今日の呼び出しの要件を聞き出そうとした。その表情はあたかも敵を目の前にした時の様な迫力のあるものだった。


「その話は私からしますわ」 


 じいちゃんの視線をまともに受けて怯んでいた王様に変わり、その隣に座っていたマリア様が代わりに口を開いた。


「昨日、テンマを見送ったティーダが慌てていたので訳を聞いたら、テンマが王都を離れるというではありませんか。急な事だったので、私達が何かテンマの気にさわる事をしたのかと思って心配していたのです。本来ならば私達から伺うべきところだったのですが、何分全員で押しかけるわけにもいかず、呼び出して話を聞く事になってしまったのですが……どうやら杞憂だったようですね」


 マリア様は確信した様に言った。そんなマリア様を王様は驚いた様に見ていたが、元々俺は皆を嫌いになったから王都を出ていくと言ったわけではないので、逆に王様の態度に驚いていた。ちなみに何故そのような態度だったのかの理由を後で聞いたのだが、それは俺が急に出ていくと言った事と、部屋に入ってきたじいちゃんが険しい表情をしていたので、知らないうちに俺達に何かしでかしてしまったのかと思ったからだそうだ。なお、じいちゃんが険しい表情をしていたわけは、単純に王様をからかう為だったそうで、それを聞いた王様が脱力したのを見て、じいちゃんは大爆笑していた。ちなみにマリア様がすぐに勘違いだと判断した理由は、俺が着ている服だそうだ。流石に贈られた服を着て、王家と仲違いを宣言する程俺の性格は悪くはないと思ったらしい……俺の性格が悪いと正面切って言われたのには少し傷ついたが、思い当たる節がありすぎたので、藪蛇にならないように聞かなかった事にした。

 その後、ゴーレムの説明と譲渡をし、問題なく起動させる事が出来たのを確認して食事会に移った。その時に懲りない二人が食事会を辞退しようとしたが、マリア様のひと睨みで大人しくなった。ついでに王様まで静かになっていたのは、二人の力関係からして仕方のない事だろう。


 食事会のメニューは、白毛野牛を使ったものばかりだ。薄切りの肉を湯引きして野菜を巻いたもの、赤身を使ったタルタルステーキにローストビーフ、ハンバーグにステーキと出された。タルタルステーキやローストビーフにハンバーグは俺が教えたもので、肉を渡した時に口頭で伝えただけだったが、流石に王家に仕える料理人だけあって、完成度はかなり高かった。

 しかし、ボリュームのある料理ばかり並んだので、男性陣はともかくとして、女性陣にはきついだろうと思ったら、意外とそうでもなかった。特にマリア様はなかなかの健啖ぶりを見せている。色々とストレスが溜まっているからかもしれないが……


「さすがに白毛野牛はうまいな……テンマ、前に食べたものよりうまい気がするのだが、何かしたのか?」


 王様がステーキを食べてそんな事を聞いてくる。その事に同意する様にマリア様やシーザー様達も頷いていた。ただし、ライル様とティーダにルナは味の違いを感じない様で、微妙に首をひねっていた。


「味が良かったのだとしたら、それは熟成のおかげでしょうね。初めてやってみたので、上手くいってよかったです」


「熟成と言えば酒などを寝かせる事のはずだが……何か関係があるのか?」 


 王様の言葉を聞いて、この世界では肉を熟成させる事が無い、もしくは珍しい事だと言うのがわかった。


「ええ、だいたい同じ様なものです。肉が凍らない様に気をつけながら、冷暗所で保存する事によって肉の旨みが増したんです」


 昔覚えた熟成方法を試したのだが、何分うろ覚えだったので心配したが、上手くいった様で安心した。

 今回熟成に使った場所はディメンションバックで、中をあらかじめ氷雪系の魔法で冷やしておき、棚を作って清潔な布で包んだ肉を置いて熟成させたのだ。だいたい十日程保存し、その間は隅に氷を置く事で温度を安定させていたのだが、問題はなかったみたいである。……定期的に消毒(キュア)の魔法を使って殺菌したのがよかったのかもしれないが。

 それにしても、この肉が実験的な方法を施されているというのに、王様達が何も言わないのは信頼されている証という事だろうか?

 まあ、俺としても自分やじいちゃんなんかで様子を見た上で出しているから問題ないと判断したわけだし、一応クライフさんやアイナには許可を取っている。今頃はクライフさん達も、別室でジャンヌ達と一緒に同じものを食べているはずだ。

 もしかしたらだが、この世界の人間は前世の人間より胃腸が丈夫にできているみたいだから、少しくらい肉が傷んでいたとしても大丈夫だという考えがあるのかもしれない。万が一の場合でも、魔法で治療が可能なので大丈夫だろうというのもあるだろうが。


「それだけで肉が旨くなるのか……早速やらせてみるかな」


 王様がそう言うとマリア様を始め、味の違いが分かっていない様だったライル様とルナも同意していた。


「あっ、でも熟成させた肉は、調理前に空気の当たっていた箇所を切り取った方がいいと思います。今回は初めて熟成させたものだったので、念を入れて多めに切り取りました。水分が抜けた分も合わせれば、だいたい総量の四割以上は減る事になりましたね」


 念を入れてと言ったが、肉は調理前に魔法で消毒していたので、食べられない事は無かったはずだ。なお、切り取った部分はうちの子達が責任を持って美味しく頂いていました。


「四割も減るのなら反対だ。少しくらい味が落ちたとしても、その分も食べれた方がいい」

「捨てるのはもったいないからダメ!」


 俺の注意事項を聞いて真っ先に反対したのはライル様とルナだった。わずかな違いなら質より量を選ぶ二人にとって、肉の四割は許しがたいものの様だ。


「そうね、仮にもその多くを国民からの税で賄っている身としては、食べられるものを捨てるのは良くないわね」


 マリア様もどちらかといえば反対の立場の様で、少し残念そうにしながら持論を述べていた。


「だが、少しは研究の余地があると思う。例えば、他の国からの客を招いた時などに出せば、それなりの効果もあるだろう」


「ですね。仮に捨てる部分を有効活用する事ができたり、捨てる部分そのものを無くす事ができれば、毎日とまではいかなくとも、それなりの頻度で美味しい肉を食べる事ができるようになりますし、料理人達の意欲も上がる事でしょう」


「それに、量を食べる事ができない客を歓待した時など、この肉は殊のほか喜ばれるでしょう」


 王様とシーザー様とザイン様は賛成派で、それぞれ利点を挙げていた。最も、ザイン様の言葉で出てきた『客』の単語は、どうやらミザリア様と脳内変換するのが正しい様である。ミザリア様はまだ完全回復していない様なので、今回は自宅で療養しているそうだ。

 その後、食事中なのに王様とシーザー様達が話し合いを始め、気がついた時には食卓から食べ物がなくなってしまい落ち込むという事件(犯人はマリア様とルナ)があったが、熟成に関しては少しずつ実験してみる事となったそうだ。


「それでテンマはいつ出発するのかしら?決まっていないのなら、出る前に私達に知らせてちょうだいね。絶対よ!」


 マリア様に念押しで言われ頷く俺。もし忘れてしまうと、とても恐ろしい事になりそうなので、心のメモ帳にしっかりと書き加え、目立つ様に赤線を何重にも引いておいた。王様の様になりたくなければ絶対に忘れるな!の文字と一緒に……


 ちなみにじいちゃんは、またも隣に座ったアーネスト様との壮絶な獲物の取り合いを辛うじて制し、疲れた顔をしながらも満足そうに腹をさすっていた。

 肉の熟成に関してですが、作者はテレビとインターネットの知識しか持っておりません。なので間違いがある前提で先に謝ります。申し訳ございませんでした!


 そしてこれからの更新に関してですが、年末が近い上に身内の葬式の後片付けや、引越しの準備(こちらは来年の三月か四月予定)がある為、不安定になると思われます。ご了承ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] ストーリーの進行が周りの登場人物をきっかけにしないと進んで行かない、自分起因で進んでいく展開が全く無い、女性陣から何か言われた時は毎度脳内で感想を言って言葉に出す事は一度も無い男には強気なく…
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