第7章-8 後見人
活動報告に更新しています。
書籍化情報に興味のある方は覗いてみてください。
余りにもあっけらかんと認めるので、逆に俺の方が驚いてしまった。そして、マリア様の横で話を聞いていたイザベラ様も初耳だったのか、口を開けて驚いている。
「最も、半分は、といったところかしらね」
「半分とは?」
マリア様の答えにはまだ続きがあるようで、俺は気を引き締め直して話を聞く事にした。
「まず私が許可した相手じゃないと結婚したらダメというのは、主に貴族対策ね。それとテンマに限って無いとは思うけど、本当に害悪にしかならない女に引っかからない様にする為でもあるわね。テンマを利用したいだけの女なら、私の……と言うか、王家に目を付けられてまで擦り寄ろうとする事はないでしょうから。いたとしたら相当な大物か、本物の馬鹿だけね。だから、テンマが本当に添い遂げたいと思う様な女性なら、私は文句は言わないつもりよ」
つもりと言う事は、基本的に口を出してくると思っていた方がよさそうだな。それがどこまでかは分からないが、相手を押し付ける気がないだけましと思うしかないかな。
「で、シーリアの手紙の事だけど……これね。読んでみて」
マリア様はバッグの中をあさって、一通の封筒に入った手紙を俺に差し出してきた。その封筒はだいぶ色あせてはいるが、とても大事にしている様で、汚れや破れは無かった。
「拝見します」
俺はその手紙を破いたりしないように気をつけながら封筒から取り出し、広げて読み始めた。
そして手紙に書かれている字を見て、とても懐かしい気持ちになった。念の為『鑑定』も使ったが、母さんの手紙で間違いない様だ。
手紙に書かれた内容は、挨拶から始まり、他愛のない話、俺の日常の様子、ここのところ自分の体調が優れない事と続き、もしも自分に何かあったら、俺の後見人になって欲しいと書いてあり、その理由として、父さんやじいちゃんだと、とてもじゃないが安心できないと書かれてあった。半分は冗談だと思うが、男親だけで俺を教育するのは心配だったのだろう。なんとなくそんなニュアンスを、書かれた文章から感じた。
「母さんらしい……というか、父さんやじいちゃんはあまり信用されていない様ですね」
「まあ、あの二人は冒険者としては一流だけど、教育者となると……ね?だからこそシーリアは、客観的に見る事のできる私に、後見人になってくれって書いたんだと思うわよ。テンマに余計な虫を近づけさせない為にも。まあさすがのシーリアも、テンマが国と戦える程成長するとは思ってもみなかったでしょうけどね」
マリア様の最後の言葉に俺は反論したくなったが、よくよく考えてみると、あながち間違いでは無い戦力を保有している事に気がついた(俺+スラリン・シロウマル・ソロモン+ナミタロウ+ゴーレム多数、場合によってはじいちゃんも)ので黙る事にした。もしマリア様達が母さん達の親友でなかったとしたら、俺はかなりまずい立場になっていたかもしれない。
そのあとも色々と話をしたが、今の俺の状況は、『王家が最初に目を付けた者。しかも、親の頼みで王妃が後見人(仮)になっている』だそうだ。もしそれを無視して俺を取り込もうとすると、王家に喧嘩を売っているのと同じ事となり、かなり(相手が)まずい状態になるそうだ。マリア様に後見人を頼んだのは、母さんが持つ最大のコネを使って、俺に保険をかけたつもりだったのだろう。
「だから、アイナの言った事はあまり気にしなくていいわよ。それでも気になる様なら、契約だとでも思いなさい。私達はテンマを後見人という名目で王族派に取り込み、テンマは私達を後ろ盾にして、王族の権力を好きに使う。利用し利用される関係、それでいいでしょ?そんな事よりも、本当に結婚する気になった時は、私に相手を紹介してちょうだいね。なんなら、私が相手を探してきてもいいわよ。さしあたって、ルナ……は色々とダメね。そうなるとサンガ公爵のところのプリメラはどうかしら?あの娘ならすぐにでも婚約できるわよ」
よほど俺を信用しているのか、かなり際どい事を言っている。流石にマリア様達の信頼を裏切るような真似をするつもりはないが、もう少し言い方を考えて欲しい。他の誰かに聞かれでもしたら、互いに評判を落としてしまいそうな発言である。
しかも、重要な話をそんな事扱いして、近所にでもいそうなお節介おばさんと化したマリア様は、どこか楽しそうにグイグイと来るが、俺ははっきりと拒絶する事ができずに困ってしまった。助けてもらおうとイザベラ様にちらりと目をやったが、こちらも興味深そうな顔をして、楽しそうに成り行きを見ていた。どうやらイザベラ様は敵方だった様だ。
助けてくれる者はおらず、自力でどうやって切り抜けようかと考えていたところ、一つ下の階からズドンと大きな音と共に大きな振動が起こり、王城が騒がしくなってきた。何かの事故か襲撃かと、騎士や使用人達が騒ぎ出したのだ。
しかし、俺達三人はこの騒ぎの元凶が誰なのかをすぐに理解し、同時に頭を抱えた。ただし、俺の頭の中の半分程は、この場を切り抜けられる喜びで占められていたが……
「テンマ、行きましょうか。悪いけど、護衛の代わりになってね。害は無いと思うけど、現場に行くのに形式上護衛が必要だから」
「私からも頼むわ、テンマ」
「分かりました。俺にも責任が少し……いや、ほんのちょ~~~っとくらいはありそうですから、喜んでその任を受けさせていただきます……」
一応しっかりと護衛してますと見せる為に、スラリンとシロウマルを出してマリア様達の背後に回らせた。ソロモンは、飛んで行くには少しばかり廊下は狭いので、バッグの中で待機中だ。
そのまま、俺、マリア様、スラリン、イザベラ様、シロウマルの順で、音と振動の発生源である謁見の間にやって来たのだが、扉の前で騎士達が固まっていた。どうやら扉が開かない様だ。
騎士達が数人がかりで押していたが、扉は少しも開く気配が無く、次第に周囲のざわめきが大きくなっていた。
「皆の者、下がりなさい!」
マリア様の言葉に、扉の前にいた騎士達は一斉に飛び退き敬礼をした。
「今の音は何だ!」
俺達に続いて王様達も姿を現し、扉の前はちょっとした混乱が起こってしまった。
王様は辺りを見回して俺を発見し、ここにいない人物を確かめて、今回の原因を悟った様でため息をついていた。
「近衛とテンマを除いた騎士や使用人達は、それぞれの持ち場に戻るといい。恐らく軍務卿が何か実験でもしたのであろう。騒がせて済まなかった」
王様が謝罪した為、騎士や使用人達は大慌てで頭を下げ、扉の周りから離れていった。
王様はそれを確認し、近衛の中でいつものメンバー以外に周辺の警護を命じて俺に向き直った。
「テンマがマリアと共におるという事は、中でライルがゴーレムを使ったのか?」
王様は俺がここに何の為にいるのかを知っていた様で、確かめる様に聞いてきた。
それに俺は頷き、これまでの経緯を話した。ただし、イザベラ様がマリア様の話した事を知らなかった様に、後見人云々の話はシーザー様達も知らない可能性があるので、そこだけはぼかしての説明だ。
「なんという事だ。せっかくの切り札だというのに、目立つような真似をしおって……我が息子と孫ながら、一体誰に似たというのか……」
王様は二人の事を嘆いていたが、本人以外の周囲にいた人達の心は確実に一つになっていただろう。『あんただよ』と……
「陛下は、あの二人が私に似たと言うのですか……それは申し訳ありませんでした」
皆が口に出して突っ込みたい衝動を抑えていると、マリア様が冷たい口調で謝罪して頭を下げた。
王様はそこで失言に気付き、顔を真っ青にして何か言おうとしていたが、マリア様はそれを無視して俺の方を向いた。
「テンマ、私似の二人が馬鹿やって大変なのだけど、どうにかならないかしら?」
マリア様が俺に頼むと同時に、嫌味ったらしく王様を口撃しながら解決方法が無いか訊ねてきた。
扉は今も固く閉ざされており、ジャンさん達が力を合わせて押しているが、どうも内側からゴーレムが押さえている様で、先程と同じくビクともしない。しかも、謁見の間の扉を無駄に壊すわけにも行かず、ジャンさん達には他に打つ手がなさそうだった。
「多分出来ると思います。ただ、ライル様とルナを拘束する許可を貰えますか?もちろん怪我を負わせるような事はしません」
俺の言葉に、マリア様が王様が口を開くよりも早く答えた。
「構わないわよ。大怪我を負わせなければ、多少の怪我は目をつぶるわ。全ての責任は、大元の原因である私がとります」
マリア様はいちいち王様に嫌味を言っている。よほどあの言葉が頭にきたようだ。確かに、あの二人の性格が王様似でないとしたら、この場にいる人物の中ではマリア様に似ていると言った様なものだ。王様はどこかのタイミングでちゃんと謝らないと、後々まで尾を引く事になりそうだ。
「では、許可も得たところで……スラリン、頼む。あの二人を捕まえるのに協力してくれ」
俺はスラリンを呼び寄せて簡単な説明をすると、扉の前で一緒に待機した。
「スラリン、一瞬だからタイミングを逃すなよ……ゴーレムよ!扉を開けろ!」
扉越しに大声でゴーレムに向かって命令を出すと、一瞬だけ扉を押さえていた力が僅かに弱くなり、それに合わせて扉を押すと少しだけ隙間ができた。だが、ゴーレムはすぐにライル様が出したと思われる命令を実行する為、その隙間も閉ざされていく。しかし、スラリンにはその一瞬の隙間で十分だった様で、するりと謁見の間に侵入する事に成功していた。
恐らくこの隙間は、仮登録だが一番に登録した俺の命令と、本登録ではあるが二番目に登録されたライル様の命令のどちらを優先させるか迷った為にできた隙間だろう。そしてゴーレムは、最終的に本登録のライル様の命令を優先させた。もしこれが通じなかったら、スラリンに少し遠回りをして貰う事になっただろう。
一応あのゴーレム達には簡単な学習能力があるので、次はこの方法を使う事はできないだろうが、こんなのは一度っきりにして欲しいし、この一回で成功させるつもりなので問題は無い。
少しの間扉の前で待っていると中が騒がしくなり、すぐに静かになった。
そこで改めてゴーレムに扉を開ける様に命令すると、それまで固く閉ざされていた扉がゆっくりと開いた。
「開きました。どうぞ」
扉を完全に開いてから脇にずれると、一番にマリア様が早足で謁見の間に入った。
「ライル!ルナ!……って、あら?いないわね……」
怒鳴りながら入ったマリア様は、謁見の間のどこにも元凶の姿が見えないので、肩透かしを食らったように呆然としていた。
辺りを見回していたマリア様の目の前に、先に入ったスラリンが近づき口を開ける様に体を広げ、元凶の二人を吐き出した。
「あでっ」
「へぶっ」
「きゃっ!ちょっとスラリン、びっくりするじゃない!」
ぺっと吐き出された二人は、それぞれお尻と顔を打ち付け、情けない格好でマリア様の足元に転がった。そしてマリア様は、突然現れた二人を見て可愛らしい声をあげて驚き、それを誤魔化すかの様にスラリンを責めた。スラリンは謝るかの様に体を一度弾ませてから、俺の所へと戻ってきた。
「ご苦労様スラリン。それにしても、契約者がゴーレムから離されると、命令がリセットされるみたいだな」
スラリンに頼んだのは、ライル様とルナをスラリンの体内にある空間に捕らえる事だったのだ。その為、ライル様がゴーレムの感知できる範囲から離された事で、ゴーレムは俺の命令を第一に繰り上げたのだ。これがもし、『ずっと扉を押さえていろ』とかだったら、俺の命令を聞かなかった可能性もあるが、ライル様は単純に『扉を押さえろ』くらいの命令しかしていなかったのだろう。
俺がそういった事を考えている間に、ライル様とルナは、周囲を王族の皆さんに囲まれている。このままお説教が始まるのだろう。
「マリア様、今日はゴーレムの設定をするどころでは無い様なので、ここらでお暇させていただきます。それとそのゴーレム達は、一度持ち帰って壊れた箇所がないか確認してからまた持って来ます」
お説教が長くなりそうなので、一先ずここから離れる事にした。あの様子では、落ち着いてゴーレムの説明など出来そうにないし、お説教が終わるまで待っていたら、帰るのが夜遅くになってしまうだろう。
そんな俺の考えが分かったのか、マリア様は申し訳なさそうな顔をしていた。
「悪いわねテンマ。この馬鹿達のせいで二度手間になってしまって。ティーダ、テンマを見送ってきなさい。その後は仕事が終わっているなら自由にしていいわ。それにイザベラ、ルナを連れて私の部屋に行っていなさい。ルナの事はあなたに任せるわ」
「はい、お義母様。ルナ、行きますよ」
「はい……」
イザベラ様は、ルナの手を引いて部屋から出ていった。ルナは終始俯いており、俺とティーダはドナドナされる様子をただ黙って見送った。
「テンマさん、僕達も行きましょう」
「そうだな。では、皆さん失礼します」
ライル様を取り囲む王様達に挨拶すると、皆一瞬俺の方を見て手を挙げて挨拶すると、すぐにライル様の方へと向き直った。
王様達に隠れて見る事は出来なかったが、今の状況は悪ガキが大人に囲まれて叱られている感じだろう。叱る人間達がこの国のトップクラスの権力者達で、叱られている者も同様の権力者ではあるが……まあ、ライル様の場合、この国で逆らえる者が少ないくらいの権力者なので、今回の件は余計質が悪いと言えるけどな。しかも、機密に近いくらいの物で遊んだ結果というおまけ付き。
「将来は、ああやってティーダもルナを叱る事になるのか……しかも他に兄弟や従兄弟がいないから、一人で大変だろうな」
「ははははは……はぁ~……言わないでください。今から考えるだけで、頭が痛くなりそうです……実際に叱る時には、テンマさんも呼びましょうか?」
「遠慮しとく」
既にルナが何か仕出かす事を決めつけて話しているが、いつもの行動を思い返し、更にルナによく似た人物が怒られている様子を見ると、決めつけてしまうのも無理ないだろう。しかしティーダは何を考えて俺を巻き込もうとするんだか。これでも俺は平民だと言うのに……まあ、こうして未来の国王相手に(当代と次代の国王にもだが)気安い態度で接している時点で、普通の平民では無い事は確かではあるが、そんな面倒臭そうな事に巻き込まないで欲しい。
そんな事を話しながら王城を出ると、そこには馬車が用意されていた。これに乗って帰れと言う事らしい。ティーダに確認すると、マリア様が手配したそうだ。
まあ、家まで送ってくれるのは当然だとしても、マリア様はいつの間に手配したのかが気になる。城の中ではほとんど俺と行動を共にしていたので、初めから準備していたのかもしれない。
俺はティーダにマリア様へ礼を言っていたと伝えるように頼み、馬車に乗り込んだところである事を思い出した。
「あっ!忘れていたけど、もう少ししたら王都から離れる予定だから、王様達にもそう伝えておいてくれ。じゃあな!」
「えっ、あっはい、分かりました…………って、テンマさん!」
馬車が進み始めたところで伝えたので、ティーダも最初は俺が何を言ったのか理解できていない様だった。しかし、俺の名を呼んだ時には馬車の速度が上がり始めていたので、止める事などせずにただ呆然としているだけだった。これがルナやライル様なら、大声を出しながら馬車を止め、走ってくるところだろう。 まあ、明日には王城への呼び出しがあるか、家に突撃してくるだろうから、詳しい話はその時で構わないだろう。
王様達はそれでいいとしても、問題はじいちゃんの方だ。反対はしないだろうけど、ほぼ確実に付いてくるだろうなぁ……じいちゃんと冒険などした事ないから楽しそうではあるけど、保護者同伴での冒険の様な感じもするから正直微妙なところだ。
何にせよ、今夜は遅くまで話し合う事になるだろう。
俺は馬車に揺られながら、話がどう転がってもいい様に、いくつかのプランを練るのであった。