第7章-6 商会襲撃
感想で、神々の加護には死神の加護も入っているのか、というような質問がありましたので、こちらにも載せておきます。
結論として、死神は加護を与えていません。神々の加護と書いてあるのは、複数の神が同時に加護を与えたので反映された形です。
一応、この世界には他の神も存在しており、仮に今後その神達や死神がテンマに加護を与えたとしても、神々の加護から変化する予定はありません。
「それであの騒ぎになった……っと」
俺の目の前で調書をとっているのは、偶然近くを通りかかり騒ぎを聞きつけたジャンさんだった。
ジャンさんはとても不機嫌そうな表情で、机を指でトントンと叩いている。
何故なら、今日の彼は非番だったからだ。さらに言えば、久々の非番を家族サービスに当てていてこの騒ぎに巻き込まれたのだ。
一歩間違えれば山賊に間違われそうなその顔は、俺の話を聞くたびに険しくなっている。
ただ、幸いなのはジャンさんが怒っているのは俺やアムール達にではなく、乱入者を解放し、逆にケリーを捕まえようとした衛兵達にである。
「まあ、この件に関してテンマとブランカには全くの非は無いし、アムールに関してもやりすぎではあるが情状酌量の余地はあるか……だが、アムールに関しては、二日程度の拘束は覚悟してもらうぞ。一応あんな奴らでも、国から認められた衛兵ではあるからな。問題は衛兵の方か……話を聞く限りじゃ、賄賂を受け取っていた可能性がたけぇな……あ~頭いてぇ」
本来ならば近衛兵であるジャンさんがこの様な問題に関わる事はそうそう無いのだが、俺が関係している時点でそうは言えず、なし崩し的にジャンさんが最高責任者となった。
これは、俺に関する騒動は全て近衛兵に話が行くらしく、丁度居合わせたジャンさんは貧乏くじを引いたようなものだ。しかも、近衛隊副隊長という肩書きがある為、逃げるわけにもいかず、家族に頭を下げての就任なのだ。
何故俺に関する騒動が近衛の管轄なのかと言うと、近衛兵は国王軍最高の精鋭部隊であり、尚且つ近衛兵の親玉(王族)が俺と懇意であり、部隊内にも俺の知り合いが多い為、下手に衛兵に任せるよりは遥かに安全だからだそうだ。なんだか危険人物扱いされている様な気がしないでもないが、知らない相手が担当するよりは、知り合いに担当してもらった方が俺としても気が楽なので深く考えない事にした。
「は~……帰っていいぞ、テンマ。この後は家宅捜索か……」
ジャンさんがボソッと呟いた最後の言葉を、俺は聞き逃さなかった。何せ、とても面白そうな言葉だったからだ。
「ジャンさん、それ俺もついて行っていい?」
「ダメに決まって……いや待てよ……」
ジャンさんは即座に却下しようとしたが、途中で言葉を切って考えだし、近くにいた衛兵に声をかけて紙を持ってこさせ、サラサラと何かを書きし始めた。
「よし!テンマ、ここにサインを頼む」
ジャンさんが俺にサインを求めてきた紙には、上部に『依頼書』とでっかく書かれている。内容は『ハイランド商会代表、ジョージ・ハイランドの家宅捜索時における協力要請』だ。『ジョージ・ハイランド』というのは、今回の騒ぎの元凶である乱入者の名前だそうだ。
ハイランド商会は、王都にある商会としては中規模というところらしいが、数年前までは小規模の商会だったらしい。
時流に上手く乗ったり、主人の才覚で数年で大きくなる商会はそこまで珍しいものではないが、ハイランド商会はその二つに当てはまるという訳では無く、強引な取引を中心にのし上がった黒い噂の絶えない商会との事だ。
普通の家宅捜索ならば冒険者に協力要請を出す事はほぼ無いが、このハイランド商会の様に何が起こるかわからない様な所を捜索する場合、捜索のサポート要員として冒険者に依頼を出す事があるらしい。
ジャンさん曰く、「能力に問題は無い上に事件の関係者であり、身元のはっきりとしたテンマは依頼を出すのに打って付け」だそうだ。
条件は基本料の一万Gの他に、活躍の度合いによって報酬が上積みされるそうだ。
ジャンさんは他にも信頼できる手合いが数人欲しいと言うので、ブランカと『暁の剣』を紹介し、すぐさま依頼が出される事になった。とは言っても、ブランカは同じ建物の別室で調書を取られているので、一分もしないうちに了承が得られたようだ。『暁の剣』に関しては、泊まっている宿を教えたところ、すぐに若い近衛兵が飛んで行った。
「今は昼過ぎか……できたら暗くなる前には踏み込みたいところだな」
ジャンさんは『暁の剣』を呼びに行くと同時に、王城にも伝令を出して家宅捜索の許可を貰いに行かせた様だ。
俺達を雇った事などが独断専行の様な気もするが、元々ハイランド商会にはチャンスがあれば踏み込むつもりだったらしく、前々からマークしていたので問題なく許可が降りるだろうから気にする必要はないらしい。それに、ジャンさんは近衛隊の副隊長なので、このくらいの作戦を独断で行う事は許可されているのだそうだ。
「おう、テンマ。なんだか変な事になったな。まあ、小遣い稼ぎと思えばいいか……最も、お嬢は参加できなくて不貞腐れている様だがな」
作戦の打ち合わせで会議場に移動した俺の背後から、ブランカが愉快そうに笑いながら現れた。
ブランカはここに来る前にアムールの所に行き、家宅捜索の事を話したらしい。その話を聞いたアムールは、自分も関係者なので参加したいと見張りの衛兵に言ったそうだ。だが参加は無理と断られて、布団に潜り込んで不貞寝したらしい。
なお、アムールは書類上では今のところ犯罪者として扱われているが、明らかに被害にあった衛兵の行動がおかしいので、ハイランド商会と衛兵の関係の有無が確認されるまでは、俺達がいる騎士団支部の地下牢ではなく、騎士が使う一人部屋の一室に軟禁される事になった。
ハイランド商会と衛兵の関係の有無とは言うものの、どう見ても黒に近い灰色なのだが、ジャンさんが「無罪になるだろうが、衛兵に手を出したので捕まえていたという事にしておきたい」との事で、アムールのお泊りが決まったのだ。
ただ、衛兵の方に問題があったとはっきりと確認されると、今度は騎士団がアムールを不当に捕縛したと言われかねないので、解放時に相応の慰謝料を支払うので勘弁して欲しい、とジャンさんはアムールに頼んでいた。
アムールもそれを了承し大人しく軟禁されたのだが、流石に作戦への参加は許されなかったのだ。
「アムールが騎士団支部で捕まっているという事実が必要だからな。外に出すわけにはいかないさ」
「確かにな」
俺達が顔を見合わせながら席に着くと、それを待っていたかの様に作戦会議が始まった。
作戦は特に珍しいものではなく、捜索・包囲・遊撃の三つに分かれて行動し、捜索班が調べている間に包囲網を敷いた班は逃亡を阻止し、遊撃班は逃亡者の捕縛、もしくは無力化を主とするとの事だ。
捜索(突入)班は近衛隊と騎士団から選ばれた十五名で、リーダーはクリスさん。
包囲班は騎士団と衛兵から選ばれた百名で、リーダーはエドガーさん。
遊撃班は近衛隊十五名と冒険者組で、リーダーはジャンさん。
ハイランド商会は大通りから少し離れたところにある三階建ての建物で、周囲の建物から独立した造りになっており、通路に囲まれた四角い土地に建っている。
捜索班は一固まりになって突入するが、包囲班は五名ずつに組を作り、その組を四方に五組ずつ配置する。遊撃班は近衛隊は三名ずつの五組と、『暁の剣』・『テンマ・ブランカ組』の合計七組が商会の建物の周囲に待機し、商会の出入り口を監視する。
商会の出入り口は四つ。
まずは店の正面にある出入り口。ここが一番大きいが、捜索班がここから入っていくので逃走者が一番少ないと予想される。ジャンさんを含む二組が担当。
次に大きな出入口である商品の搬入口。ここが一番逃げ出す可能性が高いので、数が一人多い『暁の剣』ともう一組が担当する。
そして台所にある裏口。ここは狭いが一番人気が少ないので油断はできない。近衛隊の二組が担当だが片方の組は、いつでも搬入口の方へ応援に行ける様に離れた位置で待機。
最後に俺の組だが、担当するのは屋上の出入り口だ。正直この出入り口が出てくる可能性が低いが、周囲を見渡す事ができるので、機動力のある俺とブランカの担当になった。
屋上までは俺が飛空魔法でブランカを運び、下で何かあった時にはそのまま飛び降りる形になる。
それと、俺の組には頼りになる『三つの下僕』……もとい、スラリン・シロウマル・ソロモンも参加する。なお、ナミタロウは今回の様な地形は不得意(本人談)らしく、珍しく不参加だそうだ。最も、不得意と言った後で「密集地で暴れてもうたら、どんだけの建物が崩壊するかわからんし」とも言っていたので、俺としても助かった面もある。何せ、壊れた建物の賠償金を払うのは俺になるし……
「おっ!突入した様だな。ソロモンは上空で待機、スラリンは出入り口で罠を張って。ブランカ、シロウマル、いつでも飛び降りれる様に準備をしてくれ。俺はここから援護する」
俺の指示でそれぞれが配置につく。
それからすぐに搬入口から逃げ出す者が現れ、『暁の剣』との交戦が始まった。そして、搬入口から少し遅れて裏口でも激しい音が聞こえ始めた。
「ブランカ、裏口の援護に行ってくれ!シロウマルは搬入口だ!思った以上に抵抗が激しい、大丈夫だとは思うが、このままだとこちらの被害が大きくなるかもしれない」
「応!」
「ガウッ!」
両方とも乱戦状態になっている為、俺の魔法では味方にまで被害が出る恐れがあった。その為、予想より早いがブランカ達に下の援護に向かってもらう事にした。
二匹の猛獣は少しも躊躇する事無く、眼下の戦場目掛けて逆落としの如く壁を駆け下りた。
二匹のド派手な登場に、逃げ出してきた者達は驚き動きを止めてしまった。遊撃班はその隙を逃す事無く敵を打倒し、モノの数分で全員を捕縛した。
「店の中でも戦いが始まったようだな。おっ!スラリン、こっちにもお客さんが向かってきてるぞ!」
探索を展開して店の中の様子を調べてみると、下でも戦闘が始まったようで、怒声がここまで聞こえている。
そして、クリスさん達と戦っていると思われる一団の中から、五つの反応が俺達がいる方へと動き始めた。 出入り口の方からガチャガチャと音が聞こえ始めた。恐らく、急いで階段を駆け上がっているせいで、矢筒に入った矢が音を立てている様だ。
しかし、ここに俺が居る事に気が付いていないのか、五人全員が弓矢しか持っていない様だ。もしかしたら、外の戦いの援護をするつもりで屋上にやって来たのかもしれない。
「外にも敵が待ち構えている筈だ!上から射殺すぞぉぉおおおっ!」
五人は警戒する事無く屋上のドアを蹴破るようにして出てきた。
そして見事に罠にかかった。やはり外の援護をする為に上がってきたようだ。おかげで簡単に無力化できた。
実は、五人が屋上に向かってきたのがわかった時に、予めドアのすぐ外に水を撒いて濡らしておいたのだ。それも水溜りが出来るくらいにたっぷりと。
そして、五人が水溜りに踏み込んだところで、雷魔法のスタンを放って一網打尽にしたのだった。
「しばらくの間は動けないだろ。念の為ゴーレムに見張らせるか……ソロモン、休憩していいぞ。スラリンは俺についてきてくれ」
下ではクリスさん達が奮闘しているが敵は階段に陣取った様で、自分達の上から繰り出される攻撃に苦戦中の様である。
しかし、ここで俺が上から攻撃を仕掛ければ、相手は逆に挟撃される事となり、形勢逆転となる。ただし、相手に気が付かれない様に近付かないと、二階もしくは三階の部屋に立て篭られてしまい、捕縛が少々面倒になる。
「スラリン、俺が相手の真ん中に突っ込んで暴れてくるから、撃ち漏らしの無力化を頼む」
細かい作戦を立てる時間など無いので、単純で最も効果のある方法を選んだ。力尽くという名の、至極単純な方法だ。
「では……突撃!」
バッグから鍛錬用の棒を取り出し、一気に階段を飛ぶように駆け下りていく。
敵は八名、それぞれがなかなかの腕前を持っているようで、二階の踊り場に陣取り、高所の利を活かして槍や弓で応戦し、クリスさん率いる捜索班を寄せ付けずにいた。
だが、背後には気を配っておらず、俺の接近に気付いた様子は無かった。最も、気付いていたとしても、計画の変更など考えてはいなかったが。
「後ろが、お留守、ですよっと!」
八人の間に突っ込んでいって、まず一人目を体当たりで弾き飛ばす。続いて棒を振り回し、左右の二人を撃破。
この時になって残りの五人が俺に気が付いたが、動き出す前に階段前にいた二人を蹴落とす。その二人に騎士の二~三人巻き込まれたが、すぐに他の騎士に取り押さえられていた。残り三人。
その内の一人は俺に立ち向かおうとしたが、残りの二人は一目散に階段を駆け上がっていった。
「スラリン!二人行ったぞ!」
俺の後を追いかけて来ているはずのスラリンに声をかけると、逃げた二人はエンペラー化したスラリンの体に取り込まれて身動きが取れなくなってしまう。
「で、ラストっと!」
俺の前に立ちふさがった最後の一人は、仲間に逃げられた事と、その仲間が一瞬で捕まった事に驚いてしまい、俺の前で無防備な姿を晒していた。なので、顎を狙って棒を突き出せば、男は膝から崩れ落ちて動かなくなった。
「クリスさん、終わりましたよ」
こちらに向かってくるクリスさんに声をかけると、クリスさんは苦い顔をした。何せ、俺に一番の手柄を持って行かれたような形なのだ。クリスさんの事だから、俺に手柄を横取りされたという事よりも、この後でジャンさんから嫌味を言われるかもしれない事の方が問題なのだろう。なので、
「クリスさん達があいつらの注意を引きつけてくれたおかげで、被害者を出す事なく倒せましたね」
と言うと、すごい笑顔になっていた。俺が何を言いたいのかがわかったのだろう。
「そうね!作戦通りね!」
いつの間に作戦を立てたのか分からないが、そういう事にしたいらしい。
「じゃあ、さっさと仕事を始めるわよ!打ち合わせ通り、三人ずつに分かれて調べて。それと、もしかしたら、他にも潜んでいるのがいるかもしれないから、十分注意するように。その前に、誰かこいつらを外に運んでちょうだい」
クリスさんが手を叩きながら支持を出すと、騎士達はテキパキと動き始め、あっという間に散らばっていった。
流石重要な班に選ばれるだけあって、個人個人の練度はかなり高いようである。
「で、テンマ君。どこが怪しいと思う?」
横からクリスさんが、何故か偉そうに腕組みをしながら聞いてくるので思わず、
「この店舗全てですね。頑張ってください」
と言ってその場を立ち去ろうとした。俺を捜索に加わらせたいみたいだが、もしそれで貴族関係のヤバい資料でも見てしまったら、間違いなく面倒くさい事となるのは間違いない。
「ちょっとだけだから、ねっ?ちょっとだけ、ほんの少しでいいから付き合ってちょうだい!」
クリスさんは手を合わせ、頭を下げてそう頼んでくる。これがもし男女逆ならば、まず間違いなく下心を疑ってかかるようなセリフだろう。 まあ、最近は逆のパターンも多いらしいが……
「じゃあ少しだけですよ。それも、一階や倉庫を少し見て回るだけですからね」
倉庫を適当に見てまわれば、怪しい品の一つや二つは普通に出てきそうなので、それを指摘したらいいだろう。そう思って倉庫の方へと向かうと、早速怪しい所を見つけてしまった……それも地下室への階段だ。
たまたま棚にあった薬瓶を手に取った時、そこに置かれていた分銅のような重りを落としてしまった。そして、その分銅が落ちた所の床の音に違和感を覚えたので調べた結果、地下室への入口を発見したのだ。地下の入口はご丁寧にも、魔法を妨害する何らかの仕掛けがなされており、最初の『探索』では引っかからなかった様だ。
「流石テンマ君!お手柄ね!」
クリスさんはすぐに地下室に突入しようとしたが、取り敢えず外にいるジャンさんに報告させて、指示を仰ぐ様にさせた。報告もせずに侵入するのもまずいし、何より二度目に使った『探索』に十名の反応があったからだ。そして、その反応の鑑定結果がヤバかった。
種族…エルフ族
称号…奴隷
状態…衰弱
年齢は全員バラバラだったが、地下にいる十名に共通している情報がこれだった。
これを見た時、『厄介な事になった』と頭が痛くなった程だ。
この国にエルフの奴隷がいないとかでは無く、地下にエルフの奴隷が隠されているというのが原因だ。
エルフというのは、『眉目秀麗』で『誇り高く』、『魔法が得意』で『森に好む』というのが多くの物語でよく共通する。そして、それはこの世界でも当てはまる。
物語によっては時折、『他の種族に対して排他的』という事もあるが、俺が知る限りでは聞いた事がない。
寧ろ、友好的な部類に入る。まあ、森を荒らしたりすると容赦はしないらしいが、これは俺達に置き換えると、『自分の家を壊す者には容赦しない』という感じなので、皆当たり前の行動だと認識している。
そんなエルフ達も、人間社会において罪を犯したり、借金を背負ってしまった場合などは奴隷に落ちる事がある。
エルフは基本的に、綺麗な森や静かな所が好きな穏やかな性格をした一族なので、豪華な暮らしよりも質素な暮らしをする者が多いのだが、エルフにも個人差がある為、悪事に手を染めたり自堕落な生活を送る者もおり、エルフの奴隷のほとんどはそういった者達である。
さらにエルフの奴隷は人気があるので、相当な高値で取引され、所有者となった者は監禁と言っていいくらい行動を制限させる者が多く、結果として街中を歩くエルフの奴隷を見る事など滅多にない。
そしてエルフは高値で売れる為、中には非合法の手段で奴隷に落とされる者もいる。一番多いのが誘拐だ。
そして地下にいるエルフ達は、隠されていた以上誘拐などで奴隷にされた可能性が高い。そもそも、指定された場所以外で、奴隷を売り買いする許可など降りないのだ。仮に取引ではなく『奴隷の譲渡』だとしても、奴隷商や役場、もしくはギルドなどを通さなければならない決まりとなっている。
「地下室が見つかったらしいな」
報告を受けたジャンさんが、俺とクリスさんの所へとやって来た。
ジャンさんは詳しい報告を聞きながら、突入の準備を始めた。
だが、俺はそれに待ったをかける。
「ジャンさん、大人数で突入して敵が隠れていた場合、こちらも大きな怪我を負う可能性があります。なので、まずはスラリンに様子を見てきて貰った方がいいと思います」
「それはそうだが……スラリンだけで大丈夫か?」
ジャンさんはスラリンの真の力を分かっていない様だ。
なので、俺は真面目な顔を作り、
「スラリンが本気で暗殺を企てたら、じいちゃんですら手も足も出ないでやられるでしょうね」
と言ってみた。これは本当の事だ。何せ、じいちゃんの場合、『俺やスラリンがそんな事をしない』と信じてくれているので、俺達の前ではいつも無防備でいる。その為暗殺しようと思ったら、それこそ赤子の手を捻るようなものだろう。まあ、そんな事は天地がひっくり返ってもありえないが。
その言葉に周りの騎士達は半信半疑……と言うか、ほとんど信じていないようだったが、ジャンさんとクリスさんは俺の言葉に思い当たる事があるようで、二人揃って顔が引きつっていた。
「じゃ、じゃあ頼む。無理はしないでいいからな」
「はい。じゃあ、スラリン頼む。何かあったら、すぐに知らせてくれ」
スラリンは頷く様に一度だけ体を弾ませると、するすると階段を下りていった。
ジャンさん達の手前、スラリンにはああ言ったが、何かあるのは確定事項なので、事前にスラリンにはエルフ達の所に着いたら、すぐに引き返して来いと指示を出してある。
地下は建物とほぼ同じ面積で一階しかないが、牢屋が四つと部屋が三つあり、ハイランド商会が奴隷商まがいの商売にかなり力を入れていた事が分かる。
「おかえりスラリン……分かった。ジャンさん、スラリンが大変なものを見つけた様です」
スラリンが地下に入っておよそ五分後、戻ってきたスラリンの報告を聞いたふりをして、ジャンさんに地下室の奴隷の話をした。
「なんてこった!すぐに救出に向かうぞ!」
「ジャンさん、ちょっと待ってください」
ジャンさんは俺の報告を聞いて、すぐに地下に突入しようとしたが、俺はもう一度ジャンさんを止めた。その事に周りの騎士達は少し不快そうな顔をしたが、俺は構わずに話を続けた。
「スラリンの話だと、地下の奴隷の大半が女性で、中には裸に近い格好の人もいるそうです。そこに殺気立った男が大勢入ってきたら、彼女達はどう思うでしょうか?ここはクリスさんや『暁の剣』の女性陣に先行してもらい、衣服を着させて落ち着かせた後で救出に向かうのがいいと思います」
「そうね、私もその方がいいと思うわ」
この中で唯一の女性であるクリスさんが賛成した為、男達は何も言わずに従った。ジャンさんも結婚しているだけあって、俺の考えに異議は唱えなかった。
「なら早速衣服の調達だ。そこらへんにある服を片っ端から持って来い!あと、誰か外にいる『暁の剣』の女性陣に理由を話して来てもらえ」
ジャンさんの指示を受けた騎士達が、それぞれ売り場の衣装を漁りだした。奴隷にされているエルフ達の体型がわからないので、手当たり次第に服を集めている様子は、まるで押し入り強盗の様である。
そんな中俺は、ジャンさんにある提案をし、騎士達と衣服を集めるのには参加せず、他の商品棚を漁っていた。
「手広くやっていた割には、割と品質のいい物が置かれてるな」
俺が漁っているのは食料品の棚と薬品関係の棚で、衰弱しているであろうエルフ達の食事を作ろうと考えたのだ。
衰弱の程度は実際に見てみないと分からないが、仮にも商品として置かれている以上はそこまでひどい状態ではないだろうと思い、体と消化にいいスープのようなものを拵えようと材料を揃えていった。最も、余りにも衰弱がひどい時には普通のスープでも危険な場合があるので、食事前に一応診察しないといけないと思っている。
そして揃えた材料は、毒消しや傷薬の材料となる薬草に、滋養強壮の効果のあるキノコ(乾物)、それにご飯だ。
お米だけは見つからなかったので、俺のバッグに保存していた炊いたご飯を使う。
この材料から作ろうと思っているのは『七草粥風の重湯』だ。元々七草粥は弱った胃を元気にさせる為に作られ、重湯は病人食としても使われる。それを薬草などで作れば効果は抜群……になるだろうと思ったわけだ。
使う薬草やキノコは、俺が知っている生で食べても体に害の無い物を選んでいるので危険性はない。
「まずはキノコを粉末にして、湯を張った鍋に投入っと、ついでに刻んだ薬草も入れて、塩を一摘み……そして、アクを取って、またアクを取って、アク取って……ご飯入れて、かき回して……このまま煮込むだけっと!味は、ちょっと苦いかな?」
アクを取っている最中に、クリスさん達が地下に降りていった。それから間もなくして地下から声が聞こえて来て、ご飯を投入してかき回している辺りでジャンさん達も下りていった。
いい具合にとろみもついたので、鍋の中身をかき混ぜながら冷ましていると、クリスさんに支えられて、最初の一人が地下から出てきた。
そのエルフは女性の様で、やつれてはいたがエルフと聞いたほとんどの人が想像する様に、整った顔をした美人だった。
後から出てきたエルフ達も、個人差はあるものの美形ぞろいで、エルフの奴隷を欲しがる者達の気持ちの一端が理解できた気がした。
このエルフ達から証言が得られれば、ジョージ・ハイランド及びハイランド商会の関係者の大半が奴隷に落ちるだろう。
だが、まずは……
「胃に優しく、消化にもいい重湯ができたので試してください。それと同時に治療を行います」
エルフ達が心身共に回復する為の手伝いが先だ。