第7章-5 大虎
「ほぅ、そんな事があったのか。道理で下が騒がしいと思った」
ケリーの工房への道すがら、先程起こった出来事をアムールとブランカに話していた。
二人は丁度俺達が食堂から追い出された時に降りてきたので、食堂の惨状を見ていなかったのだ。
「それでナミタロウはバッグの中に……生きてる?」
アムールがナミタロウの心配をしていたが、それはするだけ無駄だ。何せ、先程からバッグより「出してぇ~や、寒いねん。はよ出してぇ~や……」と小さな声が聞こえてくるからだ。
それをアムールに聞かせた所、「無事ならいい」と言って心配しなくなった。どうやらナミタロウの声から、まだまだ余裕があると感じた様だ。俺も同意見である。何せ、最初は顔まで氷で覆っていたのだ。それなのに声が聞こえるという事は、最低でも顔の部分の氷を溶かしたという事になる。確認はしていないが、すでに全身の氷を溶かし終えて、演技をしているだけかもしれない。その場合、相手をするのはナミタロウを喜ばせるだけなので、放っておくのが一番の罰となるのだ。
「っと、ここだ。ケリー、邪魔するぞ」
二人と話している内に、いつの間にかケリーの工房の前まで来ていた。工房の中には何人か客がいたが、従業員達が相手をしていたので、ケリーは暇そうにカウンターに突っ伏していた。
「ん……おお、テンマか、どした?」
「やる気無さそうだなケリー……」
暇そうというよりは、やる気の無いケリーが、気だるげに顔を向けてきた……相変わらずカウンターに突っ伏したままだが。
シロウマル達は、売り場の狭さが嫌だったらしく、勝手に奥の工房へと入って行った。だが、ここには誰も注意する者はいなかった。むしろ、奥にいた女性ドワーフ達がお菓子を用意し始めたくらいだった。
「いや、な……最近馬鹿な客が増えてきてなぁ、その相手をするのが嫌になってきたところだよ……それこそ拠点を変えようかと思うくらいには……」
ケリーの言う馬鹿な客とは、もっといい武器を出せ!とか、オリジナルの武器を造れ!とか、特殊効果のある武器を寄こせ!とか言うらしく、ケリーが身の丈に合った武器を薦めると、女のくせに生意気な!とか言い出して切れるらしい。
そんなのが立て続けに来たので、やる気が出ないそうだ。
「いい武器を揃えたって、使い手が振り回されるような武器を誰が作るってんだ!全く!」
憤るケリーに、周りにいた客も頷いている。どうやらここにいる人達はケリーの武器の愛用者達で、馬鹿に翻弄されるケリーを心配していたそうだ。
「んじゃ、これとこれ頼むわ。ケリーも、馬鹿の事は気にしなさんなよ」
「んだんだ」
「馬鹿のせいでケリーが潰れたら、俺達も困るからな。出来る事は力を貸すから、遠慮なく言ってくれや!」
常連客達は、俺に愚痴を言い始めたケリーに声を掛けながら工房を後にした。
最後に出た客が、ドアの所に掛けてあった営業中の札をひっくり返していたが、従業員達は誰一人元に戻す事は無く、逆に鍵をかけて休憩し始めた。
皆ケリーが心配だったのだろう。そんなところに俺がやって来て、ケリーのはけ口になり始めたので、これ幸いと押し付ける気満々の様だ。
「災難だったなケリー……それで、馬鹿が沸いて来た原因は何なんだ?」
俺がケリーに原因に心当たりがないか聞いてみようとすると、ケリーの目が鋭く光った。
「原因……あんただよ!テンマが原因だよ!」
俺の両襟を掴んで、シェイクする様に前後に振り始めるケリー。
しかし、俺には何の事だかわからず、とりあえずケリーを止めようとするが、興奮するドワーフの腕力を止めるのはなかなか難しかった。最終的には、アムールとブランカが間に入って、ようやくケリーの興奮は収まった。
「悪かったよ、テンマ……これは完全な八つ当たりだったよ……でも、テンマに原因があるのは間違いでは無いんだ」
ケリーによると、俺が大会で優勝した時に使った武器や、地龍を解体する時に使った武器もケリー作の物だと広まったらしく、それを聞いた者の一部が、俺が活躍できたのはケリーの武器によるところが大きいと勘違いし、ケリーの所で武器を寄こせと騒いだらしい。
「馬鹿程道具に凝りたがる、か……使いこなせれば一流、出来なきゃ道化だな」
「そうなんだよ!そりゃ、形だけ同じでいいなら用意してやるさ!だけどね、用意した武器を使いこなせなくて死んだとしたら、その悪評は自分だけで無く、武器を用意した方にまで来るんだよ!たまったもんじゃないさ!」
ブランカの呟きに、またも興奮しだすケリー。これがただの武器商人がした事なら問題は少ないが、ケリーの様な『依頼人に合わせた武器を造る鍛冶師』にとっては大打撃だ。
最終的な責任は怪我をした、もしくは死んだ自分自身にあると言っても、それで収まらないのが人間の感情だ。何割かの人間は、『武器のせいだ!』と騒ぐのである。そして、それを聞いた同業者や知らぬ者は、その話を信じてしまう可能性がある。例え信じなかったとしても、少しでも不安のある工房は敬遠しようとするのだ。つまり『風評被害』である。
これが大手の鍛冶屋なら問題は無いかもしれないが、ケリーの様な個人の小さな店では命取りにすらなりえる。
それが分からない奴は客では無いので追い返す事になるが、それが続けばストレスも溜まり、男勝りのケリーであっても鬱になるというものだ。
「という訳で、暫くは何もしたくは無いんだよ……」
先程から感情の浮き沈みが激しいケリーが心配になりながらも、俺はどうしようかと焦っていた。
アムールの依頼は山賊王の鎧を基にした防具を作る事だが、修復ですら俺の手には余る代物なのだ。だからこそ本職であるケリーの力を借りたかったのだが、ケリーがこの調子ではどうする事も出来ない。
「それで今更だけど、テンマは何しに来たんだい?」
本当に今更の事だが、ケリーが訪問の理由を尋ねてくるので、少し迷いながらも正直に答えた。すると……
「ほぅ……」
ケリーの目に光が戻ってきた。これはもしかしたらと思い、俺が考えているアムールの防具の話をすると、段々とケリーの表情が活き活きとし始めた。
そんなケリーの様子を、ドアの陰に隠れて覗いていた従業員達が、応援するかのようなジェスチャーをしている。
「なかなか面白いねぇ……でも、これだけじゃ材料が……おっ!それも使うのか!」
調子の上がってきたケリーに予定している材料を告げると、ケリーのテンションはさらに急上昇し、すごい勢いで紙に図面を引き始めた。
「いいねぇ、いいねぇ!ここ最近の依頼の数百倍の価値がある仕事だよ!テンマ!材料を工房の方へ運びな!それと、誰か倉庫に行って、適当に使えそうな装飾品を探してきな!いいのが無かったら買いに行くんだよ!」
初めはケリーに相談と手伝いをしてもらう程度のつもりだったのに、いつの間にか役割が逆転した様だ。まあ、本職のケリーが主導でやった方がいいものが出来るし、俺のアイデアを基本にするのだから、下請けに出したと思えばいいのだろうけど……どうも釈然としない。
「よしっ、出来た!テンマのアイデアを基に、私なりの改良を加えたものだよ!」
「さすがケリーだな」
「ほぅ」
「おおお!」
準備が整ったところに、タイミングよくケリーの書いた図案が完成した。
それを除いた俺達は、一様に感嘆の声を上げた。
「問題は嬢ちゃんが気に入るかだけど……どうだい?私としては最高の出来だと思うんだが」
「問題無し!これでお願い……します」
興奮気味のケリーに引っ張られる様に、同じく興奮気味のアムールは、即座にOKを出して頭を下げた。
「ならこれで始めるよ!うふふふふ……腕がなるねぇ」
完全復活したケリーは、舌なめずりする勢いで工房へと向かって行った。勿論俺も、ケリーに引きずられるようにして工房へと向かう。
「数日で完成させてみせるから、楽しみにしてな~」
「ブランカ~、すまないけど、じいちゃん達に伝言を頼む~『しばらく帰れそうに無い』と……」
ケリーに引きずられる俺に、ブランカは手を挙げて俺に答えると、近くにいた女性ドワーフと交渉をし始めた。
それから三日後、睡眠時間を削りに削った俺とケリーの目の前に、アムール用の防具一式が並んでいた。まだ調整作業が残っているので完成とは言い切れないが、その出来栄えに俺とケリーは先程からニヤニヤが止まらなかった。ついでに俺の革鎧も並んでいるが、特に特筆するべき見た目をしていないのでどこか見劣りしてしまう。
「出来た……我ながらいい仕事をしたよ。これまでの鬱憤を晴らすのにちょうどいい仕事だった……ついでにテンマのも完成させる事が出来たし、言う事無しだね!」
「本人の目の前でついでとか言うなよ……言いたくなる気持ちはわかるけどさ」
とりあえずケリーにツッコミを入れるが、言いたくなる気持ちもわからんでもない。何せ、この革鎧は俺が以前から使っていた物と形があまり変わらないのだ。前に使っていた物は、俺にとって使い勝手がよかったので、一度バラして型を取り、同じような物をもう一個作っただけなのだ。
まあ、作っただけと言っても、各所に新しい工夫を加えているし、材料の質が圧倒的に上になったので、作る時にそれなりの苦労はしたが、それでもケリーにとっては完成形がわかっているだけに、つまらないと感じる事があった様だ。
ちなみに素材は地龍の皮で、その裏地にワイバーン亜種の弾力性のある部分の皮を使っており、それがこの鎧で一番の工夫をした所だ。他は、金具の所を紐にしたりベルトにしたくらいである。これは下手な金属を使うより、地龍やワイバーン亜種の皮を使った方が頑丈であり、オリハルコンやミスリルといった金属を使うよりも手入れが簡単で、取替もしやすいからである。
「いや~言い方は悪かったが、同じ鎧を複製したようなもんだったから……ついね」
俺の鎧に比べてアムールの装備の方は、ほとんどオリジナルと言っていいくらいの形であった為、ケリーの気合の入り方が違っていた。
斯く言う俺も、自分の鎧より面白いと思ったくらいなので、ケリーの態度は仕方がないと思っている。
出来てすぐにアムールに知らせようと思ったが、まだ朝というには早すぎる時間帯だったので、とりあえず俺の革鎧の方から調整を開始した。
「調整といっても、作る途中で何回も体に当ててるから、特にないよな……少し硬いけど、使っていくうちに馴染むだろうし」
なので、開始十分程で終了した。した事といえば、ベルトや紐の長さを少し短くしたくらいである。ただ少し短くするのにも、オリハルコン製のミノを使わなければならないのは、さすが地龍といったところだろう。
アムールが来るまでの時間に、清掃、朝風呂、食事を終わらせた俺達は、修正点や改良点を紙に書き出し、今後の参考にする為の資料を作成していた。
資料作成の作業が一段落したところで、従業員の一人がアムールとブランカを連れて来た。
「おおぉぉ!!!」
アムールは机に置かれた防具を見るなり、興奮してはしゃぎだした。
ブランカは興奮したアムールが飛び回らないように、後ろ襟を掴んで持ち上げている。
「落ち着きなって、まだ調整作業が残っているんだから、まずは一度着てもらうよ」
ケリーはブランカに持ち上げられているアムールを受け取ると、そのまま奥へと連れて行った。その後ろには、数人の女性ドワーフが続く。
「似合う?」
「予想以上に似合っているな」
「確かに、お嬢にピッタリの装備だな……」
それが、俺達の目の前で感想を聞いてくるアムールに対する、俺とブランカの正直な感想だった。
今回俺とケリーが作った防具は、フード付きマント・胸当て・腰巻き・手甲・脚絆の五つである。全ての防具の表面に『山賊王の鎧』が来る様にしているので、ほぼ全身トラ柄模様となっている。虎の獣人であるアムールにピッタリの装備という訳だ。
トラ柄と言うだけならブランカにも似合いそうだが、ブランカが「お嬢にピッタリ」と言ったわけは、マントのせいである。
そのマントのフードには、『山賊王の鎧』の頭部の上顎から上の部分を使っているのだ。
山賊王の鎧の頭部は覆面レスラーのマスクの様な作りであり、アムールの頭より大きかったのでそのまま使うとアムールの顔が隠れてしまう。なので、頭部の内側に詰め物をして全体的に浅くした。
そして上顎の部分がアムールのおでこの位置に来る様に調整したので視界を邪魔する事はなく、毛皮の頭部がヘルメットの役割を果たす。しかもフードは着脱可能にしたので、邪魔な時は普通のマントとしても使う事ができる。
それぞれの装備の裏地には、これまたワイバーン亜種の弾力性のある部分の皮を使用しており、並の金属鎧よりもはるかに頑丈で耐久性に優れたものになっている。
腰巻きには地龍の皮で作ったベルトが付けてあり、台形に整えられた毛皮が、太ももの側面と裏側の半ば辺りまでを保護しているので、マントと脚絆との同時装備で背中側のほとんどをカバーする様になっている。
「どうだ着心地は?」
俺の言葉を聞いて、くるくると回っていたアムールが、
「大・満・足!」
と仮面のライダーの様なポーズをとった。よほど気に入ったのか、微調整が終わってもアムールは装備したままだった。
「あっ!テンマ、これ」
はしゃいでいたアムールが、急に思い出した様に俺の所へとやって来て、バッグから袋を取り出した。
中身を確認すると、金貨が入っており、数えてみると全部で二百枚(二百万G)はある。
「多くないか?材料のほとんどはアムールの持ち物を再利用したものだし、俺が出した材料費と制作費を合わせても、この半分以下だと思うぞ?」
念の為ケリーにも聞いてみたが、持ち込み分を抜いた材料費が三十万G、制作費で三十万Gの六十万G辺りが大体の相場だそうだ。
「いい。感謝の印だから。それに、これはテンマのおかげで稼げたお金」
アムールはあの大会のチーム戦で、俺の優勝に賭けて儲けたそうだ。最初はあまり大きく賭けたわけではないらしいが、『オラシオン』の試合の度に儲けの全てを注ぎ込んでいったら、いつの間にか大金を手にしていたらしい。
「だから還元」
還元の使い方が間違っていると思うが指摘せずに、正規の値段だけを受け取ろうとした。
だが、アムールも一度出した物は引っ込めないと意地を張り、買い手が値段を吊り上げ、売り手が値段を下げるという逆転現象が起こっていた。
最終的にはケリーが「腕を高く買ってくれるのは嬉しいが、自分の評価を超えすぎる値段で売るのは鍛冶師のプライドが許さない」と言った事と、ブランカが「しつこすぎると、テンマに嫌われるぞ」と言って拳骨を落とした事で決着がついた。
ただし、アムールが百万G以下にはしないと言い張ったので、その値段ならと了承した。
ちなみに、ケリーの言葉には続きがあり、「目利きの出来ないバカだったら、高値を付けたとしても問題無く売るがな」とか言っていた。
バカが勝手に大損しても知ったところでは無いが、アムールの様な客から金をむしり取ると、鍛冶師仲間からの信用が無くなるそうだ。まあ、バカにも一度くらいは注意するそうだが、その先の責任は持たないらしい。
受け取った代金はケリーと半分にし、さらに俺への報酬から三十万Gをケリーに渡した。
これはアムールからの依頼を受けた俺が、ケリーにサポート(まあ、ほとんどケリー主体でやったので、俺のほうがサポートではあったが)を依頼した分の報酬と、俺の防具の代金だ。
多少の迷惑料を含めた代金だったが、アムール程過剰に提示したわけではなかったのですんなりと受け取ってもらう事ができた。
「いや~面白い仕事をさせてもらったのに、さらに報酬を出してもらえるなんて、なんだか悪い気もするね」
上機嫌なケリーは、受け取った報酬を無造作に金庫へと突っ込んだ。数日前までの様子が嘘の様に霧散したケリーの肌は妙に艶々としており、ある種独特の色気を醸し出していたが、あぐらをかいてエールがなみなみと注がれた大ジョッキを持っているので、色々と台無しであった。
それは置いておくとして、工房ではケリー以外にも、従業員である女性ドワーフ達も酒盛りを始めてしまったので、店は三日連続の臨時休業へと突入した。せっかくだからと俺達もジョッキに酒を注ぎ、宴会に参加して何度目かの乾杯を済ませた頃、店に招かねざる客が現れた。
その客は店の中に俺達がいるのを見て勢いよくドアを開けようとしたが、ドアには鍵が掛けられていたので思いっきり激突し、赤くなった額を抑えながらチンピラの様な護衛に大声で命令を出し、ドアを破壊させた。
「私の依頼を断っておきながら、いい身分だ「「あん?」」な……」
乱入者のセリフに被せながら威嚇したのは、壊されたドアの破片を浴びたブランカと、乱入者の顔を見て一気に機嫌の悪くなったケリーだった。
二人の迫力には乱入者のみならず、その護衛の様なチンピラも二人の怒気に飲まれて固まっていた。
「新進気鋭で色々と噂の多い商会のオーナーさんは、ドアにかけられた休業中の文字が読めないようだね……近所の子供でも読めるってのに、全く……おい、誰か衛兵を呼んできな。押し込み強盗が現れたって言や、十人くらいはすぐに飛んでくるさね」
「その前に、俺の拳が唸るがな……」
酒も程よく回っているブランカが、乱入者に向かって歩き始めた。
乱入者は目の前の人物が分かっていないみたいだが、その迫力に只者ではないと感じた様で、外に待機させていた護衛(チンピラB・C・D・E)を召喚した。
ブランカ対チンピラ五人衆……残念ながら賭けは成立しなかった。そもそも、賭けの話を出す前に決着はついていた。
「「「「「ぎゃぴっ!」」」」」
「話にならんな」
チンピラ達が入口から入ってきてブランカの進路上に五人重なった瞬間、ブランカは先頭にいたチンピラAに体当たりをかまして、五人まとめて外へと弾き飛ばした。
拳が唸ると言いながら、拳を使わずに終わってしまったブランカはどこか不満そうだった。
しかし、五人のやられた時の声と、まとまって外へ飛んでいく姿に俺達は大爆笑し、盛大な拍手をブランカに送った。
護衛があっさりと全滅してしまった乱入者は、目を点にして口をパクパクさせて固まっていた。
「で、こいつはどうする?」
ブランカの言葉とほぼ同時に、女性ドワーフ達が壁に掛けてあった武器を持って乱入者を取り囲んだ。
乱入者は囲まれた瞬間に我に返り、逃げ出そうと女性ドワーフを押しのけようとしたが、逆に蹴り飛ばされてケリーの前に転がっていった。それでも乱入者は這って逃げだそうとするが、ケリーに背中を踏まれて動けなくなってしまう。
「外のチンピラ共の拘束は完了しました!」
ブランカに飛ばされたチンピラ達は、速やかに女性ドワーフの手で縛り上げられ、入口のすぐそばに集められているようだ。
そのせいか、先程から工房の周りには人集りが出来つつある。
「足をどけろ!俺を誰だと思っているんだ!」
ケリーに踏みつけられている乱入者は寝転んだままの状態で怒鳴り散らすが、ケリーは完全に無視している。その内に段々とケリーを罵る様な言葉が増えていき、最後の方には脅迫まがいの事を口にしていたが、そのうるささに耐え兼ねたアムールの、
「うるさい。黙れ」
の声と共にこめかみの辺りに軽く蹴りを入れられ、電池が切れたかの様に静かになった。
流石に人殺しはヤバイだろうと軽く診察をしてみたが、単なる脳震盪で気絶しているだけなのでそのまま縛り、チンピラ五人衆と共に外に出しておいた。なお、途中で目が覚めて騒がれても面倒なので手足も縛り、口に猿轡をした上で五人を数珠繋ぎにしたので、何らかの助けがなければ逃走する事は不可能だろう。
五人衆を見張りながら酒盛りをしていると、ようやく衛兵が走ってきたのでケリーが事情を説明した。
俺やブランカ達は、衛兵に関わるのは面倒だと思い、事前にケリーに言って工房の奥に隠れていたので、衛兵はまだ俺達に気が付いてはいないようだ。
初めはやる気無さ気にケリーの話を聞いていた衛兵だったが、縛り上げられている人物を確かめた瞬間、明らかに動揺して乱入者を起こし始めた。
その後は、気がついた乱入者の話ばかり聞き始めたので、何かきな臭いと思っていたら、なんと衛兵は乱入者の縄を切り、逆にケリーを捕まえようとし始めた。
「あいつらグルか!」
ケリーが捕まる前に衛兵を止めようと、俺とブランカはほぼ同時に走り出そうとしたが、それよりも早く俺達の横をすり抜ける様にして飛び出した物体があった。
「アムールキック!」
「ぷげらっ!」
物体の正体はアムールだ。
アムールは勢いを殺す事なく衛兵にドロップキックをくらわせた。まともにアムールキックを食らった衛兵は縦回転しながら吹き飛ばされていき、数度の回転のあとで地面を転がっていった。
「まともに顔面に入ったけど……生きていると思うか?」
「わからん。だが、一応回復魔法をかけてもらえんか?俺はお嬢を止めてくるから」
出鼻をくじかれた形の俺とブランカは、目の前で数人の衛兵相手に無双するアムールと、死にかけている衛兵の対応を手分けして当たる事に決めた。
衛兵に回復魔法をかけるのは、先程の衛兵の行動を問いただす目的の他に、少しでもアムールの罪を軽くする必要があるからだ。相手はいかにも怪しげな衛兵ではあるが、一応正規の衛兵であり、国に雇われた警備員の様な存在である。つまりアムールは、衛兵に手を出した時点で罪人となる事が確定しているのである。
最も、今回の件は衛兵の行動におかしな点がありすぎるので、俺達と周囲の目撃者の証言が一致すれば、あの衛兵達と乱入者の関係が調べられるのはほぼ確定であり(万が一断られても、そこは俺の持つ強力なコネを利用するつもりである)、その結果次第で罪の重さが変わる事となる筈だ。場合によっては無罪放免とまではいかないまでも、罰金刑などの軽い罰で終わる可能性もある。
だが、調べの現時点では衛兵に手を出した犯罪者であり、衛兵が死んだ場合は殺人を犯した重罪人として引っ張られる事になってしまう。それを回避する為にも、衛兵には生きていてもらう必要がある。
「え~っと……ああ、大丈夫そうだな。後遺症は残るかもしれないけど……」
最初に蹴り飛ばされた衛兵は、鼻骨骨折、眼窩底骨折、脛骨骨折、大腿骨骨折、その他打ち身・擦り傷多数と、生きている事が奇跡と思えるような重傷を負っていたが、全身全霊を持って完全回復しない程度まで魔法をかける。
「よしっ!終わり!」
俺は死の淵から引きずり上げた衛兵をその場に転がし、次の患者の所へと向かった。
他の衛兵達は、どれも単純骨折や打撲・脱臼がほとんどで、死の危険性がある者は居なかった。しかし、回復してまた捕縛しようと動かれても困るので、治療を施す時にわざと骨をずらして繋げたり、脱臼も無理やり押し込める感じでしたので、ちゃんとした治療をしない限りは、まともに動く事が難しい筈である。
「う~、う~……おぇ」
「あ~あ、酒飲んで暴れるからそうなるんだ。お嬢は少しは反省しろ!」
アムールがあのような行動をとった最大の原因は、お酒大好きドワーフ族の秘蔵の酒(火が付きますレベル)に飲まれたからの様だ。
さらにそんな状態のアムールの目の前でケリーが危険にさらされた為、アムールは本能のままに飛び出し、恩人を守る為に攻撃を開始したのだろう。
「で、お前はどこに行こうとしてるんだ?」
俺はどさくさに紛れてこの場から逃げ出そうとしていた乱入者の背後を取り、再び捕縛しながら今回の騒ぎの原因を推測するのだった。