第7章-3 学園見学その3
「げぇっ兄貴……ひぃっ!」
「やぁ、元気だった?あっ、こちらは僕の新しい友人だよ。色々と仲良くしてもらってるのさ」
どこぞの策にハマった武将の様な声を上げながら後退りを始めたのは、サモンス侯爵家の次男であるゲイリー君。
対して満面の笑みを浮かべながら俺の肩を叩いているのは、これまたサモンス侯爵家の長男のカイン君。
そして、二人の間に(カインによって)立たされ、ゲイリーと目が合った瞬間に悲鳴を上げられて軽く傷ついたのは、Cランク冒険者のテンマ君……
何故こうなった!
事の起こりは十分程前まで遡る。
高等部の校舎にやってきた俺達は、一応高等部の教師達に見学の話を通しておこうという事で、職員室に向かった。そこで、対応してくれたのが高等部の学部長で、俺達の一行の中にいる五人の卒業生を知っている人物だった。
そして、カインの弟であるゲイリーの事も知っており、ご丁寧に彼が今いる場所を教えてくれたのだ。
それを聞いて、ゲイリーのいる場所へ嬉々として移動するカイン。
そんなカインを学部長は、「ほどほどにな……」と言って、見送っていた。この学部長は、カインの性格をちゃんと把握いるのだろう。止めても無駄だという様な顔をしていた。そしてちらりとクリスさんに目配せしていたが、クリスさんは肩をすくめて『お手上げ』とでも言いたそうなポーズを返した。
そのままカインを追いかける様に職員室を後にした俺達は、ゲイリーがいるという訓練場へと足を運び、ゲイリーを発見したカインによって俺は肩を組まれて連れて行かれた。
そして冒頭へと戻る。
「ななななな」
「えっ!何でここにいるのかって?それは学園に遊びに来たからだよ。卒業生だからいてもおかしくないだろ?」
「どどどどど」
「どうしてテンマが一緒なのかって?そりゃ、僕の身内と友人が彼に迷惑をかけたからね。その謝罪もかねて、彼を招待したのさ」
狼狽しまくりのゲイリーの解読不能な言葉を、カインは正確に読み取った上で楽しそうに返事を返していく。
ゲイリーの周りには訓練中の同級生が何人もいたが、カインが上級貴族の跡取りである上に、その周りにはカインと同等か、それ以上の有名人が揃っていたので、ゲイリーの態度に興味を引かれながらも、誰一人としてその理由を尋ねる事が出来なかった。
「も~大変だったよ。ゲイリーがテンマに対して馬鹿みたいな態度を取っただけでなく。あまつさえ人には言えないような事をしたのに命を二度も助けられて、直接その謝罪とお礼もしなかったもんだから、代わりに僕が頭を下げる破目になっちゃったよ~……おまけに、マーリン様にも失礼な態度を取ったんだって?助太刀してもらいながら、何で頭を下げないといけないのか……とか言ってたって、父さんから聞いたよ」
カインの全く困った様には聞こえないセリフを聞いた周りの学生達は、ゲイリーを信じられないものを見る様な目で見ている。
最もそれは俺に対しての事では無く、じいちゃんに失礼な態度を取ったという事だからみたいだ。
学生の内、何人かは俺の事を知っている様だったが、俺よりも有名な『賢者』が出た時の驚きは、俺の時の比では無かった。
顔を真っ青にしているゲイリーの周りで、「えっ!マジで!あいつ馬鹿じゃね?」とか、「賢者様にそんな事言えるとか、逆に尊敬するわ~」とか、学生達が仲間内で話し始めた。
そんな声を聞きながら、プルプルと体を震わしていたゲイリーは、
「賢者様の事は知らなかったんだ!見た事も無かったし、本でしか知らない存在が急に現れても、本人だと気が付くわけないだろ!」
「でも、助けてもらっておいて、それは無いよね~。貴族以前に人としてどうかと思うよ?あと、父さんが頭を下げていたのに、息子のお前がそんな態度だったら、父さんの顔にも泥を塗ったようなもんだよね。もちろん父さんだけでなく、侯爵家の看板にも」
とことんゲイリーを追い詰めるカイン。そんなカインの言葉を聞いた学生達は、「確かにそうだよな」、「相手が賢者様でなくとも、お礼を言わなければならない場面で言わないのは感じ悪いわよね」などとゲイリーを非難している。彼の評価は絶賛急降下中だ。
カインにぼろくそに言われ、学園生達からも非難囂々のゲイリー。さすがに可哀そうになってきたので、助け舟を出そうとしたところで、思わぬところから援護が入った。
「カイン、それくらいにしておけって。賢者様がどう思っているかは分からないが、もし何かあったら、王族の方々かテンマを通じて抗議くらいは侯爵家に寄こしている筈だろ?それはテンマも同じだ」
なんと助けに入ったのはリオンだ。そういいながら俺の方を見て、「だろ?」と同意を求めてくる。それに俺が頷くと、リオンは続けて、
「これ以上はテンマにも失礼だ」
と締めくくった。初めて見る貴族らしいリオンに、俺は「誰だこいつ?」と思った。そして、そのまま周りを見ると、ティーダにルナ、クリスさんにアルバートとプリメラも俺と同じ様な顔をしていた。
カインはリオンの言葉に驚きながらも、どこか納得のいって無さそうな顔をしていた。しばらくの間カインとリオンはにらみ合う形になっていたが、
「それもそうか、言い過ぎだったね。ごめんねテンマ、リオンもありがと」
とカインが折れた。しかし、ゲイリーに対し声を掛けない所を見ると、やはり完全に納得はしていないのだろう。
「騒がせてしまってすまなかったな。ゲイリーも練習を邪魔して悪かった」
とアルバートが学園生達に謝罪し、カインの背中を押して練習場から離れようとした。
カインも大人しくアルバートと歩き出した様に見えたが、突然思い出したようにゲイリーの方に振り返り、
「今回の事は僕も熱くなってしまってすまなかったよ。でもね、これ以上侯爵家を貶める様な事をしでかした時には……消すよ、父さんに変わって」
いつもの様子からは想像できない非情さを露にするカイン。そんなカインにゲイリーは腰が抜けた様に座り込みながら、必死に首を縦に振っている。見れば周囲にいた学園生の中にも、ゲイリーと同じ様に座り込んでいる者がいた。
「あっ、ごめんね~変な所見せちゃって。自分でも思っていた以上に鬱憤が溜まっていたみたいだよ~。じゃあ行こうか、まだまだ見て回る所もあるしさ」
再び歩き出したカインに先程の非情さは見えず、いつも通り陽気な声を響かせていた。
しかし、アムールや三人姉妹、それにルナは先程のカインに怯えた様で、俺の後ろに回って距離を取っていた。
中でもアムールの怖がり方は尋常では無く。何かトラウマでもあるのか、虚ろな目で俺の服を強く握りしめて震えていた。
それをみたカインが、「何もしないよ~」と言っておどけているのを見て、ようやく目に光が戻ったが、それ以降アムールはカインに近づこうとしなかった。
「しかし、カイン。忠告するにしても、もっと優しくできないのか?」
「十分優しかったと思うけど?」
とリオンの言葉に、カインは首をひねりながら答えた。
「いや、どこからどう見ても、優しさの欠片一つ無かったからね。厳しすぎると、逆に暴走しかねないわよ、あの子」
「ははは、心配ないですよ先輩。あいつにそんな度胸はありませんよ~。まあ、唆されたりした場合はあり得ますけど、その時は責任を持って始末しますよ」
軽い調子で答えるカインに、さすがのクリスさんもドン引きである。そして何を隠そう、この俺もドン引き中だ。
そんな俺を見て、カインはくすりと笑った。
「テンマ、こう見えても僕は侯爵家の跡取りだよ。将来的にはサモンス侯爵家当主として、多くの部下や旗下の貴族達、そして領民達を守らなければならないんだ。だから、それらに害をなすモノは排除しなければならないし、もしくはされるかもしれない。それが例え実の弟だとしても……僕自身だとしても」
カインは口元は笑っていたが目は全く笑っておらず、どこか王様達に通じる迫力を持っていた。その言葉に、ここにいる跡取り達は共感できる様で、真剣な表情で耳を傾けていた。
中でもティーダは何か思う所があるみたいで、一番真剣にカインの話を聞いていた様だ。
そんなやり取りがあった為、俺達の間に重苦しい空気が流れ始めた。
しかし、
「でも、死んじゃったら意味ないよね?」
とルナが突然口を開いた。本人はあまり深く考えずに口にした言葉だろうが、それを聞いたカインは目を見開いて驚いていた。そして……
「ぷっ!くくっく、はははは、確かにそうだ!いやいや、そうです、そうですよ!死んだら意味ないですね!価値がある内は、生かしておかないと!」
何がそんなに面白いのか、カインは大笑いしている。そしてルナの言った意味を履き違え、最後にさらっと恐ろしい事も言っていた。
「よし、決めた!夜にでも父さんに進言しておかないと!」
何やら思いついたことがある様で、カインはまた上機嫌になり、先程までの重苦しい雰囲気は霧散していた。ただ、新たな心配事が生まれた気がするが、皆そこに触れない様に黙っていた。あのカインの態度から、俺達に被害が及ぶものでは無いと思われるので、触らぬ神になんとやらだ。
その後はいつも通りのカインに戻り、順番に学園の中を案内されたが、正直練習場での事が一番インパクトが強かったので、他の事はあまり印象に残らなかった。
それはプリメラが連れてきた四人も同じ様で、途中から飽きたのか三人姉妹は勝手に動き回りその度にプリメラが捜索し、アムールは器用にも歩きながら舟をこいでいた。
「とまあ、高等部のめぼしい所は一通り回ったわけだが……どうだった?」
購買へと戻ってきた俺達は、窓際の席を陣取って休憩ついでに午後のティータイムと洒落込んでいた。最も、その全てを提供したのは俺だがな。
長机の様な席の中央部に俺は座り、右側にはクリスさん、左側にはアムール、その横に、戦いに敗れた三姉妹、リオンは俺の正面に陣取り俺から右前がカイン、左前がアルバートでその横にプリメラだ。なお、ルナとティーダは帰宅時間ギリギリだったので、泣く泣く帰って行った(主にルナが)。
「う~ん……正直言って、大した事なかった、って感じかな。特に授業レベルが」
見学した高等部の授業(補修)は、戦闘術、魔法学、歴史、算数だった。
戦闘術に関しては、能力が三姉妹より下の者がほとんどで、一番高い能力の生徒でも三姉妹より少し上の者が数人といった感じだ。しかし実戦で戦ったなら、ほぼ間違いなく三姉妹に負けるだろう。もちろん一対一で戦って、と言った具合だ。技だけ覚えて、基礎が出来ていなかった者が多い。
魔法学では、魔法の基礎理論から実践まで行っていた。だが、内容としては俺が子供の頃に母さんとじいちゃんに習っていたものより難度が低かった。しかも、生徒達は効率の高い魔法より、派手で見栄えのいい魔法ばかりに目が行っている様で、こちらも戦闘術同様、基礎の基礎がおろそかになっているようだった。
歴史に関しては、俺はそこまで詳しく勉強していないのであまり自信が無かったが、そんな俺が答えられるレベルだったので少し驚いた。しかも、内容的に偏り(貴族の都合のいい歴史)が多く思えたので、もう少し中立的な書き方の書物や、風俗的な書物を増やした方がいいと思う。
そして最後の算数だ。決して数学では無い。四則算の内、足し算と引き算の割合が多く、掛け算・割り算が少ない。しかも、文章を使った問題は少なく、教師が出した計算式を解いていくというスタイルが多い。
他にも見学出来なかった授業がいくつかあるらしいが、見学出来た授業が期待外れだったのには違いない。
「耳が痛いわね。でも、あの授業に出ていたほとんどの生徒は、下から数えた方が早い位置にいる子達よ」
「そうだぜ!さすがに王立の学園が、あのレベルという事は無いぞ」
クリスさんに続いて、リオンも学園をフォローしている。しかし、その横から、
「リオンに至っては、あそこの常連だったけどね。学問系の」
とあっさりとバラしていた。その後二人がもめ始めたので、クリスさんが二人を端の席に追いやり、アルバートが俺の正面に移った。
「こういう言い方はあれだが、あそこにいた生徒達のほとんどは落ちこぼれ、もしくは単位不足の生徒だから、参考にはならないかもしれない。成績優秀な生徒が、わざわざ休暇中に補習に参加する事は無いしな。まあ、それでもテンマと比べたら雲泥の差だろうが」
アルバートの説明では、補習を受けていたのは成績下位の生徒で、上位の生徒とは分けられており、授業内容もかなり落としてあるそうだ。上位の生徒用の授業は、難易度が二つ三つは上らしい。
そうしないと一芸に秀でた生徒……つまり、脳筋生徒の退学ラッシュになりかねないからだそうだ。ちなみにリオンは、格闘術では断トツのトップだが、学問系では全体の下の方だったそうだ。それでAクラス入りを果たしていたというから、ある意味一番目立つ生徒だったらしい。
「まあ、他にもリオンが目立っていたのには理由があるけどね~」
クリスさんが楽しそうにしている。よっぽどその理由を話したい様だ。
「ちょっと、先輩!」
アルバートがクリスさんの口を塞ごうと身を乗り出したが、クリスさんはその手をするりとかわして距離を取った。
「実はね、テンマ君。当時のこの三人、あまりにも女っ気が無さ過ぎて、男色家なんじゃないかって噂が流れたのよ。しかも、上位貴族の跡取りだから余計に目立っちゃってね。ファンクラブまで出来てたわ……裏のね」
クリスさんはとてもいい笑顔をしていたが、アルバートはとても暗い顔をしていた。残りの二人は未だにもめている。
プリメラも当然知っている事の様で、苦笑いをしていた。
「しかもその話には続きがあってね。男色家じゃない事を示そうと、リオンが女の子に声をかけまくったんだけど、誰一人として靡かなかったの。一説には、ファンクラブが裏で手を回した、とか言われていたわね」
この話ではアルバートは関係ないのか、少し落ち着いていた。だが、お茶の入ったカップを持つ手が震えている。まだ何かありそうだ。そして蚊帳の外の二人は、互いに相手のほっぺを両手で引っ張り合っていた。まるで子供だ。
「でねでね!焦りに焦ったリオンが、今度は女湯に侵入しようとしたの。多分自分が興味があるのは女性だ、とか印象付けようとしたのでしょうけど、その時の女湯には私がいてね。速攻で蹴り飛ばして気絶させてやったわ。あっ、その時は服を脱ぐ前だったから、裸は見られてないわよ。見られていたら、リオンは男じゃなくなってたかもね」
「クリス先輩、そのあたりでもういいでしょう……仮にもあいつは辺境伯家の嫡男ですから……」
アルバートがクリスさんを止めようとするが、クリスさんは止まらない。
「やけに庇うわね……ああ、あの時はアルバートも共犯扱いされて、女湯の前で一緒に怒られたからね……あっ、ごっめ~ん言っちゃった」
「絶対わざとでしょう!」
アルバートの叫びが購買にこだまする。その声を聞いて、ようやく先程から醜い争いをしていた二人がこちらに気が付いた。
両者とも、ほっぺを引っ張りすぎて、とても面白い顔になっている。
「クリスさん、一応この三人は上位貴族の跡取りですよ。いいんですか、そんなにからかって……」
普通なら侮辱罪とかで切られてもおかしくない様な事を、クリスさんはこの三人に平気で行っている。それで心配になって聞いてみたのだが、クリスさんは気にしていない様だった。そして三人は、そっと目を逸らした。
「心配いらないわよ。このくらいは当時の関係者ならだれでも知っている事だし、ちょっと調べればわかる事でもあるし……それにこの三人は、それ以外にも色々とやらかしていてね。その度に私まで怒られたのよ。『この三人の担当はお前だろうが』ってね。私がいなかったら、この三人……っていうかリオンは学園を退学になっていたかもね」
他に何をやらかしたのかは知らないが、当時のこの三人は相当な問題児だったらしい。その面倒を見ていたクリスさんに、三人は頭が上がらない様だ。
そんな俺の考えが顔に出ていたのか、アルバートとカインが慌てた様に言い訳を始めた。
「いや、ちょっと待て、その目は止めろ!私達はリオンに巻き込まれただけだ!」
「そうだよ!僕達は被害者だ!悪いのはリオンで、僕らはいっつも不当な扱いを受けてきたんだ!」
速攻で仲間を売る二人。リオンが何か反論しようとしたが、カインが口を塞ぎ、アルバートが即座に動きを封じる。その状態でリオンに巻き込まれた話を暴露し始めるが、この三人が腐の令嬢達に人気があるのは、常日頃からこういったスキンシップが多いからだと思う。
その事に気が付かない二人は、自然とリオンとの腐の関係築き上げてきたのだろう……ただし、ファンクラブの脳内で。
「そろそろお暇しませんか?」
三人のじゃれ合いが一段落ついた所で、プリメラが遠慮がちに言い出した。
外を見れば日が暮れるまで時間があるみたいだが、確かにそろそろ夕方と言ってもいい時間が近づいて来ている様だ。
「確かにもうそんな時間帯ね。プリメラの言う通り、そろそろ帰りましょうか。久々に三人をからかえて面白かったし」
クリスさんが一番に賛同し、軽く伸びをした。その表情はとても晴れやかだ。
対照的に、遊ばれた三人はかなり疲労が溜まっている感じだったが、それでもクリスさんに文句の一つも言わない所を見ると、上下関係はきっちりと付けられている様だ。
「テンマ、お腹減った」
アムールは三人がクリスさんに遊ばれている間、ほとんど眠っていた。ただ、時折カインが近づく気配がすると、すぐに目を開けて警戒していたので、今日一日だけでカインの事が相当苦手になった様だ。
「まあ思ったより楽しかったね」
「でも、わざわざ学園に入学してまで勉強しようとは思わないけど」
「お金がもったいないしね~」
三人姉妹はそこそこ楽しんだ様だが、学園に入学する意義を見出す事は出来なかった様だ。確かに、冒険者としてそこそこ稼いでいる三人からすれば、お金を払ってまで稼ぎの時間を減らす意味が無いのだろう。まあ、この辺は俺と同意見で、ほとんどの冒険者に当てはまる事だと思う。
それぞれ好き勝手な事を言いながら購買を後にした俺達は、学園長室によって挨拶をした後で、じいちゃんの屋敷へと向かった。
屋敷に着くと、皆揃って中へと入ってきた。どうやら晩飯をたかる気満々の様である。
急に大人数になってしまったが、アイナはある程度予測していた様で、かなりの量の作り置きがしてあった。本人は王城へと帰った後だったが、書置きにはジャンヌとアウラにさせた特訓内容が書いてあり、夕食の量に関しても、多分お客様が大勢来るだろうから、多めに作っておきました。残ったらちゃんと保存してください。とあった。
アイナに感謝しつつ量を確かめたが、さすがのアイナでもプリメラ達が合流するとは思わなかった様で、かなり心もとなかった。
なので簡単にできるパスタのソースを数種類用意して、とりあえず食事前に風呂に入る事にした。
風呂の用意は魔法を使えば簡単にできるので、すぐに準備をしてから皆に声をかけると、全員入るそうだ。まあ、その内の数人は混浴を期待していた様だが、我が家の風呂は俺がここに来た時に作り直したので、男女別に分かれている。
しかも、それぞれの風呂場には露天こそないが、白湯・かけ湯・サウナ・水風呂・寝湯、さらにシロウマル達用の眷属風呂を備えているのだ。正直、王城の風呂よりも立派なものになっており、前に一度王様から王城にも作ってくれと頼まれたほどだ。
ただ、作るのに適当な場所がなかったり、オリジナルの魔道具をふんだんに使っている関係で、俺以外だと維持が難しい為、泣く泣く王様は諦めていた。
風呂から上がればどんちゃん騒ぎだ。しかも今回は強力なストッパーであるアイナがおらず、その代わりにお祭り騒ぎが好きな奴らが揃っている。リオンとかカインとか三姉妹とか……リオンとか。
おまけにアイナの呪縛から逃れたアウラに、いつも以上にテンションの高いナミタロウ。
「なんか、どこかの世界でワイの時代が来た気がするで!」
と言っていた。気のせいだと言いたいが、あいつに限っては世界を超えた電波を受信していても驚かない。
ただ、クリスさんは近衛隊の都合で、風呂の後すぐに帰って行った。クリスさんが帰った事で王様達に宴会の話が行かないか心配になってしまった。
そこで、マリア様充てに手紙と賄賂を送って、王様達の管理をお願いした。
これで王様達の乱入は防げるだろう。まあ、俺としては別に来ても構わないが、さすがに他のメンバーは楽しむ事が出来ないだろうからな。
その策が見事的中した様で、今日の宴は夜遅くまで続いた。
それぞれ翌日に予定があると言うので皆酒を控えていたが、誤ってプリメラが度数の高い酒をストレートで一気飲みしてしまい、酔いつぶれるというハプニングが起こった為、一時宴会がストップし、騒ぎになりかけた。
ただ飲んだ量が少なかった事と、すぐに魔法(水系統の回復魔法で体内のアルコールを薄めると同時に、肝臓の働きを活性化させた)で処置をしたので、急性アルコール中毒の様な事にはならなかった。
なお、犯人はナミタロウ(この場合は犯魚か?)だった。
テンションアゲアゲなナミタロウが、ふざけてプリメラのグラスに酒を注いだのが原因だ。ナミタロウ曰く、「匂いか味で気が付くと思っとったのに。まさか一気飲みするとは……」だった。
さすがにアルバートが抗議したのでナミタロウは有罪となり、簀巻きにされた上、天井から吊るされた。ただ、「まるで荒巻鯉やな!」と余裕だったので、その後俺の魔法で強制的に眠りについた。
さらにその時、空気を読まない男が、
「酒飲まされて酔いつぶれるなんて、いつかお持ち帰りされるかもな!」
と発言してしまい、女性陣のみならず男性陣からも白い目で見られていた。
とまあ、多少のハプニングはあったが、皆宴会を楽しんだ後、それぞれ帰路についた。
三人娘と酔いつぶれたプリメラは、アルバートが宿舎まで送り、カインとリオンはそれぞれの屋敷へと向かった。
アムールは家に泊まる気でいたが、迎えに来た保護者に拳骨を食らいながら、渋々宿へと歩いて帰った。
俺達もそれぞれの部屋に戻ったが、その途中でナミタロウをしっかりと回収し、外に放り出して眠る事にした。
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深夜のサモンス侯爵邸に、当主であるカルロス・フォン・サモンスが帰宅した。
王都にあるのは別邸の為、カルロス自身は年に三~四ヶ月程しか滞在しないが、いつも屋敷は清潔に保たれている。
何故なら、彼がいない間は彼の息子達が主に使用しているからだ。息子達は彼とは反対に、サモンス領にある実家にはあまり帰る事が無い。自立しているという訳でなく、次男は王都にある学園の学生の為、基本は寮暮らしをしているが、たまにではあるが別邸を利用している。
したがって、一番別邸にいる事が多いのは長男という事になる。長男はいずれ次代の当主となる為、学園を卒業した今でも王都に留まり、貴族としての勉強中の様なものである。ただ、見方によっては人質の様な側面も存在するが……
だが、人質といってもサモンス侯爵家に対する王家の信頼度は高く、例え長男を自領に帰らせたとしても、王家はサモンス家に反意ありとは思わないだろう。しかし、他の貴族達の中にはそう思わない者がいるかもしれない。なので、今でも長男は王都で暮らしているのだ。
幸い、同学年には特別に仲の良い友人がおり、彼らもまた王都暮らしの為、思う所は無い様だ。むしろ、自領に帰ってくる方が苦痛に感じる様で、カルロスにとって頭の痛い問題ではある。
そんな長男である、カイン・フォン・サモンスがカルロスの帰りを待ち構えていた。
次男の方は帰って来ていない様である。しかし、元々次男の方は、自分より出来のいいと言われるカインに苦手意識を持っている様で、カインがいる時は滅多な事では帰ってこないので、カルロスは心配はしていない。むしろ、カインに反発して変な事をしでかしたりしないかと心配する事の方が多いくらいだ。
「それでカイン。重要な話とは何だ?」
帰りを待ち構えていたカインが、カルロスに重要な話があるという事で、二人はカルロスの書斎に移動した。ここなら使用人達が近寄る事があまりないので、話を聞かれる心配をしなくていい。
「今日、学園でゲイリーと会いました。そこで色々あって考えたんですが、ゲイリーを他家に養子に出すか、今すぐに婚約者を決めましょう。そして、僕の婚約者も探したいと思います」
「何があった?前に婚約者の話をしたときは乗り気ではなかっただろう」
驚いた様子のカルロス。カインは現在二十二歳で、有力貴族でその歳まで独身というのはとても珍しい事だ。これが次男・三男なら不思議ではないが、長男なら最低でも婚約者がいるのが普通である。
しかしカインは、困った事に子供っぽい所があり、友人達と過ごす方が楽しいからと言って、色々な理由を付けては話を先送りにしていた。
幸いな事に、サモンス家は侯爵の位を持っているので、探せば一日も経たずに婚約者を見つける事が出来る。だがしかし、そろそろわがままは許す事は出来ないとカルロスは思っていたので、近々当主としてカインに婚約者探しを命じようと思っていた所だ。まさに渡りに船である。
だが、カルロスはカインがまた反対するだろうと思い、手こずるだろうと想像していたので、逆に何か魂胆があるのでは?と身構えてしまった。
「そんなに警戒しないでください。ただ、気付いただけですよ。自分の価値を有効活用しなければ、と。そしてゲイリーにも、まだまだ利用価値があるのだと」
カルロスは少なからず驚いていた。カインにこんな顔が出来るのか、と。
いつもは友人達と馬鹿な事をしていたり、ふざけた言動を取る事もあるのは知っていたが、それでも貴族としての能力は高いと思っていた。しかし、今目の前にいる息子は、自分が想像していたよりも貴族らしい成長をしている。
これがゲイリーだけを利用しようというのなら、兄弟喧嘩でもしたかと思う所だが、自分の将来すらも利用しようとする姿は、まさに貴族そのものだ。
カルロスは、そんなカインを頼もしく思った。それこそ近い将来、自分に何があってもサモンス家はやっていけるとすら思ったほどだ。ただし、少なくとも数年は先の話ではあるが。
「理由は分かった。明日から婚約者候補を探してみよう……何か希望はあるか?」
カルロスの質問に、カインは少し考えてから、
「第一にサモンス家の為になる縁組を、第二に本人が馬鹿では無い事、第三にその親族が馬鹿じゃない事。第二・第三は僕のわがままですから、出来れば程度です」
と答えた。この時点で、カルロスの頭の中にはいくつかの候補が上がっている様だ。
「分かった、第二・第三に関しては善処しよう。それでゲイリーはどうする?」
本来ならこれは当主たるカルロスの役目で、他者が口を出す事では無いが、ここまで来たらカインの考えを聞いてみようとカルロスは思い、カインに質問した。
「そうですね……ゲイリーの婚約者に家格は求めません。サモンス家にとって、益があるかどうかだけです。有益ならば、それこそ商人の所に婿に出しても構いません。ゲイリーは曲がりなりにも貴族です。婿入りの先が平民でも、サモンス家の力で貴族の位を与える事は可能でしょう。その上で、僕が抑えます。下手に力のある所に行かせて、唆されては目も当てられません」
カインの言葉に、カルロスは苦い顔をした。何せ、ゲイリーには前科があるのだ。サモンス家に大打撃を与える事も可能な人物に喧嘩を売っただけでなく、下手をすれば街一つを敵に回しかねない状況を作りかけた前科が。
「確かにその通りだ。変に野心を持たれては困るな。ただでさえ我がサモンス家は王家の覚えも良く、有力貴族から一目置かれているのだ。それを疎ましく思う輩はいるだろう。そして、そんな奴らからすれば、ゲイリーは非常に使いやすい……そちらを先に手を付けた方がいいかもしれぬ」
使えない上に馬鹿な身内程厄介な物はいないという様に、カインは頷いていた。
「で、だ。先にゲイリーの方を、と言ったが、お前の婚約者候補にピッタリなのが、一人いるんだが……」
「プリメラ嬢は止めた方がいいですよ」
カルロスの言葉にかぶせる様に、カインが即答した。
「第一サンガ公爵様が、プリメラ嬢を手放す事は無いでしょう。あの人は、自分の子供の中で、プリメラ嬢を一番かわいがってますし、プリメラ嬢の近くには、僕よりも価値の高い男がいますから。それに多分ですが、王家からも良くは思われないでしょう」
この答えにはカルロスも驚いた様だ。サンガ公爵の件はカルロスの考えと同じだが、王家まで出てくるとは思わなかったのだ。
「僕の考えでは、王家にとってプリメラ嬢がテンマに嫁ぐのが一番都合がいいでしょう。なぜなら、テンマがプリメラ嬢を娶るには、テンマを貴族に引き上げるかプリメラ嬢が平民に下がるしかない。下がるとなるとサンガ公爵がいい顔をしないでしょうから、必然的に王家はテンマを貴族にします。例えテンマが貴族の位を嫌がったとしても、プリメラ嬢との結婚を考える間柄になっているとすれば、爵位の授与くらいは受けるでしょう。それにテンマは生まれこそ不明ですが、育ての両親が元貴族となれば爵位の授与に問題は無く、これまでの功績から伯爵は固いでしょう。まあ、初めは男爵あたりでしょうが、それも時間の問題です」
そこでカインは一区切りし、カルロスの様子を窺った。カルロスもカインの話を聞いて、今の所おかしなところは無いので、大人しく聞いている。
それを確認したカインは、さらに言葉を続けた。
「そして、テンマを伯爵にした後で、ルナ王女をテンマに嫁がせます。この場合王女の方が家格は上ですが、王家がサンガ公爵様に配慮して二人共正室扱いするでしょう。テンマもルナ王女が相手なら拒絶する事は無いでしょうし、プリメラ嬢も同じでしょうからこれは問題ないと思います。子供に関しても、プリメラ嬢の子を正式な後継ぎとして、ルナ王女の子には大公家か、断絶した王族の家を興させれば問題ないでしょう。そのおまけで、テンマのメイドをしているジャンヌを側室にすれば、中立派の貴族がいくつか王族派に鞍替えするかもしれません。勿論これは僕の勝手な想像ですから、正解だとは言いませんが、陛下の事ですから、これくらいの事は考えていてもおかしくはありません。それに、こちらがプリメラ嬢を僕の婚約者に、とサンガ公爵様に話を持って行って断られた場合、こちらの面子もありますから関係の悪化が懸念されます。なので、プリメラ嬢は止めた方がいいです。こちらのリスクが大きすぎます」
これにはカルロスも妄想だと笑い飛ばす事が出来なかった。もし、カインの考えが当たっていた場合、サンガ公爵家だけでなく、王家からもいい印象は持たれないだろう。なぜその考えが出来なかったのかと言われるくらいには、サモンス侯爵家は両家と親密な仲である。
「サンガ公爵家と縁続きになるのは、早くても僕の子の代ですね」
いつもの様に少しとぼけた様な言い方をするカインを見て、自分の考えの上を行かれたと思ったカルロスは、少し悔しい気持ちになった。
その後、話を煮詰めながら、久々の親子の会話を楽しんだカルロスだった。
この夜は、カルロスにとって驚きの多い夜であったが、同時に喜びと収穫の多い夜になるのであった。




