第7章-1 学園見学その1
少し前に、6章終了後のステータスを上げています。読まなくても大丈夫です。
「オハヨウゴザイマス、テンマサマ」
朝一で聞いた声は、抑揚の無い機械で作られた様な声だった。声の主はアウラ。数日前にアイナのしごきから生還したばかりである。
帰ってきた当初はまともに喋る事も出来ず、常に背後を気にしている素振りを見せ、背後で『パンッ』と手を叩くような音が鳴ると、一瞬で表情が消えて直立不動になってしまっていた。
それから考えると合成音の様な声でも、出す事が出来る様になっただけましなのだろう。
そこから更に数日後、ようやく元に戻り始めたアウラに話を聞くと、アイナのしごきはなかなかえげつないものであった事が判明した。
メニューは、俺達と別れた後で、メイドとしての基礎技術の確認、その後に指導。
翌日は朝一で薪割り。(薪割りには、両手で使う様な重量のある物しか使用が認められなかったそうだ。しかも、「全身を上手に使わないと、背中の筋肉だけが発達して体形が崩れる」との精神攻撃付きの上、ノルマはアイナの気分次第だったそうで、何百本の薪を量産したかわからないそうだ。)
薪割りは昼過ぎまで続いて、軽い昼食の後廊下の雑巾がけ。(城のあまり使用しない廊下に連れて行かれ、ひたすら磨き続ける。モップの使用は無し。たまにアイナが抜き打ちで検査し、少しでも汚れが残っていたら時間延長を告げられる。なお、一日目はアイナの予想より早くに終わったそうで、違う廊下に連れて行かれたらしい。)
最後に太陽が沈み始める時間帯から日をまたぐくらいの時間まで、アイナによる一対一での戦闘訓練。(最後の方でクリスさんが参加し、一対二の場合もあったそうだ。)
そして数時間の睡眠を取らされて、朝一でランニングと騎士団に交じっての訓練。
訓練は、第一騎士団、第二騎士団、近衛隊に順番に参加した為、終わったのは大体おやつの時間帯で、その後ようやく解放されたそうだ。「次のメニューを考えておかないと……ね」の言葉と笑顔と共に……
「そ、そうか……なんと言うか、よく生きていたな」
いくらチートで強化された俺でも、やりたくないメニューである。それをこなすくらいなら、地龍を二~三体狩りに行く方が楽かもしれない。主に、精神的な意味合いで……
「そうですよっ!全く!鬼ですよ、鬼!だからあの二人は婚期を逃しているんですよ!」
二人の内の一人とはクリスさんの事だろう。アウラは危険な事を大声で口走りながら、目の前に置かれたクッキーを、ボリボリとせんべいの様にかじっている。
でもなアウラ、前世では、「曹操の話をすれば、曹操がやってくる」という言葉があるんだぞ。言ってもわからないだろうが……
「それでですね!あの二人ったら、うぐっ!」
アウラの口にクッキーを数枚押し込んで、話を中断させる。いきなり口一杯にクッキーを詰め込まれたアウラは、涙目で俺を非難してくるが、次の瞬間には顔が真っ青になって静かになった。
「テンマ君、こんにちは~」
「お邪魔します、テンマ様」
やはり曹操が……ではなく、噂の二人が揃ってやってきた。アウラはそろりと後ろを振り向き、二人の様子を確認したが、二人にはアウラの悪口が聞こえていなかった様で、特に気にした様子は見せていなかった。
「どうかしたの、アウラ?」
「アウラ、あなたはまたサボっているのですか?」
クリスさんは、怯えた表情のアウラを不思議そうな顔で見ているが、アイナはサボっているのを見つかったから怯えていると思ったのか、少し声に怒気が含まれていた。
「いや、今は休憩時間だよ。丁度二人の特訓の話を、アウラから聞いていたんだ」
さすがに「今アウラが、二人の悪口を言っているのを聞いていました」とは言えない。それは、アウラを庇っての事では無く、ただ単に俺も同類だと思われたくは無いからだ。もしアイナとクリスさんの怒りを買って、俺までブートキャンプに付き合わされては、たまったものでは無い。
アウラは俺の保身を勘違いした様で、俺の事をキラキラとした目で見ている。
「そうでしたか。まあ、よくよく考えてみれば、いくらアウラでも自分の主人の前で、堂々とサボるわけは無い……ですね?」
最後の間で、いかにアウラの事を信用していないかが分かってしまう。姉妹だからだろうが、アイナのアウラに対する評価はとても厳しい様だ。
「それで特訓の事なのですが、今度はもう少し厳しいものにしようと思っているのですが、テンマ様はどうお考えですか?」
アイナの衝撃発言に、クリスさんは引きつった顔で引いている。おそらく俺も同じような顔をしているだろう。そしてアウラに至っては、絶望の表情を浮かべ、微動だにせずに立ち尽くしている……ショック死していないだろうな?
「その事なんだけどさ、アイナ……もう少し軽くしてやってくれ。アイナの気持ちは嬉しんだけど、さすがに数日間使い物にならないのは、こちらとしても大変だからさ……」
数日の間、アウラが筋肉痛などで仕事に支障をきたしたと言うと、アイナは申し訳なさそうな顔になった。
「そこまで気が回らずに、すいませんでした。今後は訓練の後のフォローに気を付けます」
と頭を下げたが、メニューを軽くするとは言わなかった。その事にアウラは気が付いておらず、俺の後ろでアイナに見えない様に、小さくガッツポーズをしている。
「それで二人のご用件は?」
アウラの事は一先ず置いておくとして、二人が揃ってやってきた事について聞いておくことにした。
実は、二人だけでこの屋敷にやってくるのは珍しい事なのだ。二人は仲がいいので意外ではあるが、基本的にアイナは王妃様付きのメイドで、クリスさんは王様の護衛の近衛隊所属である為、両方が揃ってやって来る時は、王様か王妃様のお供で来る時くらいなのだ。
最も、アイナは家のメイド長(仮)でもある為、頻繁に来てはいるのだが……マリア様のお世話はいいのだろうかと、時々心配になってしまう。
「私は久々の非番で暇だったから、アイナに付いて来ただけよ。アウラ、お茶貰えるかしら?あと、お茶菓子もね」
そう言って近くの椅子に腰かけて、だらけ始めるクリスさん。騎士団では後輩達(男女共)に人気のあるクリスさんだが、この姿を見たら何人かは幻滅するのではなかろうか?
「アウラ、私の分もお願いね」
対してアイナは、俺に一礼をしてから椅子に綺麗に腰かけた。そして懐のマジックバッグから、三つの袋を取り出してテーブルの上に置いた。置いた時にガチャリと音が鳴ったので、中には硬貨が入っている様だ。
「テンマ様、これはオークションの代金です。先程、オークションの担当者がテンマ様が受け取りに来ないと申しておりましたので、その者の代わりに持ってきました。ご確認ください」
中身を確認すると、一つの袋に金貨が三百枚入っており、全部で九百枚……九百万Gもあった。
「最終落札額は一千万Gでしたが、そこから税金として一割引かれた金額が受取額になります。それとこちらの勝手な判断ですが、支払いには大金貨ではなく、普通の金貨を使わせていただきました。そちらの方が何かと使い勝手がいいと思ったのですが、不都合がありましたら手数料無しで換金させていただきます」
「あ~……そういえば、オークションに出品しているんだった。地龍の件やあのクーデター騒ぎですっかり忘れてた……て言うか、その担当の人も、直接家に持って来てくれたらよかったのに」
「ああ、それは無理よ。何せ陛下直々の命令で、面識のない貴族や王城の関係者がテンマ君に接触する事を禁じているから」
クッキーを口に運びながら、俺の知らない情報を教えてくれるクリスさん。だから最近王城に遊びに行っても、以前一緒に訓練をした騎士達しか話しかけてこなかったのか……正直、王様達に馴れ馴れしすぎると嫌われているのかと思っていた。
受け取った袋を無造作にバッグに突っ込んでいると、クッキーを咥えたクリスさんがぼーっと俺を見ていた。その時に、「テンマ君の所に永久就職しようかしら……」とか呟いていた気がするが、何も聞こえなかった事にした。
何気に呟いたであろうクリスさんは、アイナにわき腹を突かれて(推定威力、強)身悶えている。
「そういえば、二人のこの後の予定は?」
「特に無いから、ここでゴロゴロする~……いいよね?」
「特にありませんから、アウラとジャンヌの仕事ぶりを拝見しようかと思います」
最近、誰かの影響で遠慮をしなくなってきているクリスさんは、家でのんびりしたい様で、すでにお茶とお茶菓子のお替りをアウラに要求している。
アイナはいつも通りに二人を鍛えるつもりの様で、クリスさんを白い目で見ながら椅子から立ち上がった。この件に関しては以前から来る度に同じ事をしているので、俺は軽く頷いて許可した。
アウラはクリスさんにお替りを運ぶ途中でアイナの発言を聞いてしまい、危うくお茶とお茶菓子を落としてしまうところであった。
「それはいいですけど、もうすぐ客が来るんですよ、そうしたら俺は出かけますけど……まあ、別に問題は無いか」
客と言っても、特に遠慮する必要のない人達なので、クリスさんがだらけていても文句は言わないだろう。それに、クリスさんを屋敷に置いて行っても、じいちゃんやジャンヌ達がいるので大丈夫だろう。
俺の返事を聞いて、アイナは早速アウラを引っ張って部屋から出て行き、クリスさんは客が誰なのか気になった様子を見せながらも、お茶とお茶菓子のお替りに取り掛かり始めた。
それから数十分程クリスさんとだべっていると、ジャンヌが三人の客を連れてやってきた。
「遅くなってすまない、テンマ」
「お邪魔するね~」
「お~っす」
ジャンヌに案内されてやってきたのは、次期当主三人組だ。今日はぜひ同行してほしい所があると言われ、三人を待っていたのだ。
「んじゃ、早速行くか……って、姐さん!」
案内したジャンヌを追い越す形で部屋に入ってきたリオンが、クリスさんを見るなり驚き固まっていた。って言うか、姐さんってどういう意味だ?
固まるリオンを無視して残りの二人を見てみると、こちらも同じように驚いていた。ただ、リオン程では無く、単に予想外の所で知り合いと出くわした程度の驚きだ。
「お久しぶりです、クリス先輩」
「お久しぶりです」
アルバートの言葉に続いて、カインも頭を下げて挨拶をする。階級や立場は三人の方が上だが、力関係ではクリスさんの方が上の様だ。
「あら?お客ってあんた達の事だったの?久しぶりね、三人の事は色々と聞いているわよ。学生時代から、ほとんど成長していないってね」
クリスさんの楽しそうな声に反比例するように、三人は大人しくなって行った。心なしか、顔が青い様にも見える。
「ちょ、何でここに姐さんがいるんだよ」
再起動したリオンが、俺を部屋の隅に引っ張って小声で聞いて来た。
残りの二人もその事を聞きたそうにしていたが、クリスさんに絡まれてその場を動けないでいた。
「何でって、暇だからだろ?クリスさんとは、知り合ってそこそこ長いし」
オークキングに襲われた時に知り合ったから、もう五年も経つ事になる。その間に数年の空きがあると言っても、出会いが印象的(王様のせいで)だったので、王都に来てから親しくしている一人である。
思えば、俺がククリ村の住人以外でまともに知り合った、初めての女性という事になる……これが同い年だったりしたのなら恋愛小説の設定みたいだが、八歳も離れているのでそんな間柄ではない。いいとこ知り合いのお姉さんといった感じだ……最近向こうは、出会いが無い事を焦り始めている様だが……
それに、元々は王様の護衛くらいでしか家に来なかったのが、アイナが来るようになってから、一人でも家にやってくる事が増えた。そして、家の緩い空気に感化されて、段々と遠慮が無くなってきた。その結果、お茶とお茶菓子を要求して、だらけるクリスさんが出来上がった。
アイナが何度も注意してはいたが、俺とじいちゃんが気にしていないので、最近ではあまりうるさく言う事は無くなった。まあ、最もだらけるのが王様(最近ではライル様とルナも)なので、それに比べたらまともな部類だ。
話が逸れて行ったが、概ねその様な事を説明すると、リオンは顔を引く付かせていた。多分、王様の事を話したのがいけなかったのだろう。ある意味、極秘事項(という名の恥部)みたいなものだからな。
「それで、今日は俺をどこに連れて行くつもりなんだ?」
アルバート達の所に戻りながら、今日の行き先を聞いてみると、リオンはなぜかうれしそうな声で答え始めた。
「そうだった!少し急いでいるんだった!忘れてた忘れてた!と、いう訳で姐さん、申し訳ないけどこれで失礼します」
と、俺の背を押しながら部屋を出て行こうとする。アルバート達も、助かったとばかりに俺達の後に続くが、そうは問屋が卸さなかった。
「怪しいわね……私もついていくわ!監視……引率……いや、保護者は必要だしね!」
何気に酷い事を言いながら、クリスさんは残りのお茶を流し込むと、満面の笑みを浮かべて椅子から立ち上がった。
「ははは、姉さん、いくら成人前だと言っても、相手はテンマですよ。保護者はいりませんって」
リオンはクリスさんの言葉を聞いて、笑いながら俺の肩を叩いている。そんなリオンに少し、イラッと来たが、クリスさんとアルバートにカインが、可哀そうなものを見る様な目をリオンに向けているのを見て、イラッと来ていたのが少し収まった。
「まあ、馬鹿は放っておくとして、あんた達に異論はないわよね?」
「「はいっ!」」
アルバートとカインの揃った返事を聞いて、満足そうな顔をするクリスさん。本当に、なんでそんな上下関係が出来たのか、知りたくなってしまう光景だ。リオンも二人が賛成に回ったので、渋々といった感じで頷いていた。
「それでどこに行くつもりだったの?まさか、こんな時間から色街にしけ込もうなんて考えていないわよね?」
冷ややかな目でクリスさんは三人を見つめた。
「いえ、滅相も無い!ただ、テンマを学園に案内しようと思っていただけです」
「学園長から一度顔を出すように言われていたので、丁度いいかなって」
「そうですよ姐さん。別に、怪しい所に行くわけではないっすよ。それに、この時間に色街に行っても、大抵の店は閉まってますし……あそこに行くなら夜ですって」
カラカラと笑うリオンだが、彼は自ら墓穴を掘った事に気が付いていない。
残りの二人は即座にリオンから距離を取り、我関せずの態度を貫いている。
「まっ、三人共もう成人しているわけだし、私がどうのこうのいう事じゃないけど……マリア様には一応報告しておくわね。テンマ君に悪い虫が付いたら色々と困るし」
クリスさんの言葉に、二人は死刑宣告を受けたかのような顔をしたが、やっぱりリオンは気が付いていないのであった。
「それじゃあ行きましょうか。けど、今学園は長期休暇の真っ最中でしょ、行って何するの?」
「いえ、学園長が言うには今日は登校日らしく、幼等部を除いた学部の生徒が登校しているそうです」
「最も、王都か王都付近にいる生徒だけですから、そう多くは無いでしょうけど」
「ああ、それでリオンが張り切っているのね。大方、テンマとハウスト辺境伯家は友好的な関係である、とか見せつけたいんでしょ。まずは子供達に見せつけて、その子供達の口から親に知らせるつもりなのね」
クリスさんの指摘に、リオンはそっぽを向いて口笛を吹き始めた。どうでもいいけど、この世界でもそんなごまかし方をする奴がいるんだな。最も、前世でそのごまかし方をするのは、漫画やアニメのキャラクターくらいだけどな。
「下手くそなごまかし方ね。まあ、いいわ。私が口出す事じゃないから。ただ、やりすぎるとマリア様に目を付けられるわよ。気をつけなさい」
しっかりと釘を刺して、クリスさんは玄関へと歩いて行った。
見逃された事に、ほっと息を吐くリオンだが、ラスボスの怖さが分かっていない様だ。面白そうなので教えたりはしないが。
玄関から外に出たクリスさんは、そのまま迷う事無く、三人が乗ってきた馬車に乗り込む。ちなみに、馬車は四人乗りで、クリスさん、俺、アルバート、カインの順で乗り込み、最後に乗ったカインの手でドアが絞められた。
「あれ?」
閉じられたドアに、首をかしげるリオン。予定では、連れて行くのは俺だけだったので、四人乗りの馬車で丁度良かったのだが、保護者が付いてしまった為に、出遅れたリオンがあぶれてしまったのだ。
「姐さん、俺は?」
「あそこが空いているじゃない。相席させてもらいなさい。もしくは、ここか、そこか、走ってくるか……どれにする?」
クリスさんが言うあそことは御者席の事で、詰めたらもう一人くらいは座れそうだ。なお、こことは屋根の上で、そことは馬車に乗る時に踏む段差の事だ。
「……分かりました。すまんが乗せてもらうぞ」
さすがにその選択肢の中では、御者席を選んだリオン。この馬車はサンガ公爵家所有の物らしく、御者とも顔見知りの様で、リオンは遠慮などしなかった。
学園は王城から割と近い場所に建っており、下手をすると王城よりも頑丈で広い造りをしていそうだった。
クリスさん曰く、学園では幼等部から高等部までの四学部があり、それぞれ同時に学外授業を行ったり、いざという時の為の避難場所や、砦として使う事も想定されているので、かなりの広さと頑丈さを備えさせた、との事だそうだ。
ちなみに、四学部とは、幼等部(七~九歳)、小等部(十~十二歳)、中等部(十三~十五歳)、高等部(十六~十八歳)の四つの事で、前世で言う所の小学校低学年・高学年、中学校、高校に当たる教育機関であるらしく、運営は国家、つまり国立になるそうだ。
入学には平民・貴族共に規制は無いが、学費が高いので、入学者の七割以上は貴族が占めているそうだ。
だが、それでは平民に不公平だという事で、平民用の推薦枠(授業料免除)が設定されているらしく、入学者の二割近くは平民の推薦組だそうだ。なお、貴族の推薦組もいるが、こちらは全体の一割以下だそうだ。
推薦入学の上限数は決まっていないそうだが、推薦入学があるのは中等部と高等部だけであり、あくまでも免除になるのは授業料だけなので、授業に使われる備品の購入代金などは免除されない。
その為毎年の様に、推薦に受かったとしても備品の購入代金や下宿費が捻出できずに入学を断念する者が現れるのだとか。
しかし、高等部を優秀な成績で卒業できれば、平民出身であっても高給取りも夢ではない為、借金してでも我が子を入学させる親が現れるらしい。まあ、そうやって入学した学生の内、卒業するのは半数以下だそうだが……
その他にも、男子なら同学年の貴族出身の生徒に将来雇われる様に頑張ったり、女子は貴族の側室か妾狙いで猛アピールしたりと、色々と大変らしい。
アルバート達もそういった経験があるようで、実際にめぼしい同級生を何人かスカウトしたそうだ。
ちなみに、クリスさんは男子よりも女子にモテたそうで、男っ気無しの学園生活だったらしい。
なお、その情報を俺にリークしたリオンは、馬車を降りた後でクリスさんに思いっきりしばかれた模様。
「ほら、私って学園の高嶺の花だったのよ。そのせいで男子は近寄ってこないし、卒業前に近衛隊の候補生として入団が決まったし……」
と言っていた。ちなみに、クリスさんは準男爵家の令嬢だが、実家とは縁切り状態だそうだ。理由はクリスさん経由で旨い汁を吸おうと画策したからとか……現在ではクリスさんの方が地位が上(男爵相当)なので、実家の方は強く出れないらしい。
そんな事を話しながら、俺達は学園の馬車置き場から学園長室に向かった。
途中、中等部以上の女学生達とすれ違う度に黄色い声援が送られたが、間違いでなければその半分はクリスさんで、四割が三人組、そして残りが俺だったと思う。
黄色い声援の度にクリスさんが俺の横に移動していたが、おそらく王妃様の命令で女子生徒を近づかせない様にしたのだと思う……少し残念に思うのは、男として仕方がないだろう。
「変な顔しているわね、テンマ君……ああ、あの三人が人気があるのが気になるのね!」
俺の顔を覗き込んだクリスさんは、何か勘違いをしている様だ。俺としてはあの三人が人気がある事が、不思議だとは思っていない。
何せ、父親似の美形なアルバートに残りの二人も標準以上の容姿をしているのだ、しかし、一番特筆すべきは三人の肩書だろう。
公爵、侯爵、辺境伯の次期当主なのだ。その肩書の前には、例え三人が不細工であろうとも、一般人よりモテるのは必定であろう。
だが、クリスさんの考えは違う様だ。
「あの三人は、ある意味影のアイドルだからね。その筋の人々の……あっ、でも私やテンマ君を見ていた人は、まともな方だと思うわよ。それにテンマ君の場合、名前先行で顔の方は、まだまだ知れ渡っていないからね。帰る頃には、テンマ君目当ての女達で混乱するかもね。その時は、あの三人を生贄にして帰りましょ」
さらっと酷い事を言うクリスさん……ってか、影のアイドルなんて、ますます意味が分からん!
しかも、次期大貴族の三人を手下の様に扱い、女子生徒を女呼ばわりするクリスさんに、背筋が寒くなってしまった。
クリスさんの話を盗み聞きしていたらしく、先を行く三人の肩が微妙に下がったその時、横から現れた小等部くらいの女の子達と鉢合わせた。
あわやの所で三人とぶつかりそうになったが、三人が即座に避けたので怪我は無かった様だ。
「三人共!危ないでしょ!ごめんね、大丈夫だった……ってあら?」
クリスさんが三人を叱り、代わりに謝った所で何かに気付いた様だ。
何があったのか確かめようと、クリスさんの後ろから顔を出すと……
「あれ?クリス……それにお兄ちゃんも?何でここにいるの?」
その女の子達の中心にいたのは、見慣れた女の子だった。
「ああ、ルナだったのか。いや、その三人に連れられて、学園見学に来たんだよ」
俺の言葉に、謝ろうとしていた三人は驚き、膝を突いて頭を下げた。クリスさんも右手を胸に当てながら頭を下げているので、この場で普通に立っているのはルナを含む女の子達四人と、平民の俺だけとなった。
ルナと歩いていた女の子達は、頭を下げない俺を不思議そうに見ていたが、ルナが特に何も言わないので黙っているようだった。
「へ~そうだったの。その三人って、アルバート様とカイン様と…………リノン様?あっ、頭をお上げください。三人が避けてくださったので、怪我もありませんし」
と、いつもと違いお嬢様っぽいルナの言葉に、三人は改めて謝罪の言葉を口にしながら立ち上がった。
しかし、三人の内二人は微妙に体が震えている。隣を見れば、クリスさんも震えていた。
「ルナ、リノンじゃなくて、リオンな」
俺の訂正に、体を震わせていた三人は、遂に耐え切れず吹き出してしまった。




