第6章-6 影の支配者
あの後、ワイバーン亜種の剥製化計画を実行しようとしていたルナを見て、シーザー様が急いでルナをワイバーン亜種から引き離し、マジックバッグを持った騎士が回収して去って行った。
ルナはシーザー様に文句を言っていたが、逆に怒られてしょんぼりしていた。その時、ちゃっかり俺の方を向き、ブロック肉になったワイバーン亜種の半身を見て肩を落としていた。
ワイバーン亜種の代金は、その場でシーザー様が持って来させていたので、そのまま受け取り屋敷に帰る事になった。
一度も姿を見せなかったティーダが気になったが、シーザー様に引きずられていくルナはもっと気になった。恐らく、これからお説教が始まるのだろう。
王城からの帰宅途中、屋台巡りをしていると、色々な所から食欲を刺激する匂いが漂っていた。
匂いの多くは串焼きなどの肉料理の物で、どれも旨そうであった。
おいしそうな物の中から、それぞれ数本ずつ買い、味見程度にシロウマル達と食べて行った。
その中から、気に入ったものを大量に買ってバッグに保存していく。
ぶらぶらと歩きまわっていると、時々地龍と言う単語が聞こえて来る。どうやら噂が広がっているようだ。
今のところ変装はばれていないが、あまり一か所に留まり過ぎるといずればれるかもしれない。
なので、足はなるべく止めずに、色々な所を回って行った。
しばらく歩き続けると、蚤の市のような会場にたどり着いた。
何か掘り出し物でもあるかと思って見て回ったが、あるのはガラクタやまがい物ばかりだ。いい物は売れた後なのかもしれないと、会場を後にしようと思った時、会場の隅の方で本を扱っている露店が目に入った。
印刷技術が発達していないこの世界では、本は貴重で高価なものだ。
そんな本を扱っている露店に興味が湧き、足を向けてみると、なかなか豊富な品ぞろえで驚いてしまった。
値段を見て見ると、安くても一冊千Gからで、高い物になると2万Gの値札が付いていた。
店の主人もやる気が無いのか、俺が目の前に立ってもちらりとこちらを見るだけで、すぐにそっぽを向いた。
いくつか本のタイトルを見て行くと、その中に見知った名前が入っている本があった。
「『大賢者マーリンの若かりし日々』……」
手に取ってパラパラとめくってみると、間違いなくじいちゃんを題材にした小説だ。
値段は五千G、どうしようかと迷っていると、店の主人がこちらを見ているのに気が付いた。
その目は冷やかしお断りと言っているようで、思わずバッグから金を取り出して支払っていた。
「まいど……」
やる気のない声を聞きながらこの場を去ろうとした時、数冊のタイトルが書いていない薄汚れた本が目に入った。
その内の一冊を何となく手に取り中を見ると、そこには驚愕の内容が書かれている。
値段を確かめようとするが書かれておらず、仕方なく店主に話しかけた。
「この本の値段は?」
「あん?ああ、その本か……落書き本だから、全部で千Gでいいぞ」
本は全部で5冊。俺は礼を言い、その場を離れた。
今の俺の顔は、人には見せられない。見られたら、間違いなく通報されるくらいににやけ顔になっているだろう。
時に走り、時に建物の上を飛び跳ねながら、俺は屋敷へと急いで帰って来た。
「何やテンマ。そんなにやけ面して……頭おかしくなったんか?」
門をくぐるなり、散歩中のナミタロウと出くわした。
どうやら宴会は終わったようで、他に誰も居なかった。
「ナミタロウ!これを見ろ!」
ハイテンションのまま、先程買った表題の無い本を広げて見せた。
「なんやねん……って、マジか!」
ナミタロウも驚愕する内容。それは、
「『日本語』やんけ!しかも、料理のレシピ本!」
そうなのだ、これは転生者が書いたと思われる、料理のレシピ本であった。
店主がこの本の内容が理解できなかったわけは、『全て日本語で書かれた本』だったからだ。
この世界では、前世との文字に共通点がある。それはg、mのようなアルファベットに、アラビア数字だ。
だが、この本は全て漢字とカタカナで書かれてある。なので、この世界の人間には読めなかったのだろう。
本の最後には、作者の名前が書かれていた。
『山田太郎』
……ありがとう!山田さん!大切に使わせていただきます!
本の量の割に品数は少ない様だが、材料はこの世界で手に入る物で代用されているので、かなり便利である。
中には、あんこの作り方や米で作る甘酒の作り方、日本酒に味噌や醤油の作り方、さらにはカレーのスパイスの配合まで書いてあった。
俺が何から試そうかと思っていると、ナミタロウが急に興奮し始めた。
「テンマ!これや!これ作ってぇな!」
ナミタロウが開いていたページを読むとそこには……
「芋ようかん……」
「そやっ!芋ようかんや!前世でな、たまに釣り人が餌にしていたんよ!それをな、こう、針からちょちょっと外して、食べるんが好きやったんよ!」
そう言えば、鯉釣りの餌に芋ようかんを使う事があったな……材料も集めやすいし、時間もかからない。ただ、心配なのが、俺の知っている作り方は寒天で固める奴だけど、その寒天が無い事だ。
幸い、ノートに載っているのは寒天を使わない方法なので、何とかなるかもしれない。
台所で材料を確認してみると、運の良い事にサツマイモ(のような物)があったので、さっそく調理してみる事にした。
手順としては、芋を蒸かし、砂糖と少々の塩を混ぜてすり潰し、型に入れて冷やすと出来上がりだ。
元々大まかな作り方を知っていたのでそこまでの苦労は無いが、これが作り方を知らない料理だったら、レシピ本の解読に戸惑ったであろう。
何せ、15年ぶりの日本語である上に、レシピ本には『芋ヲナナジュウドクライデ蒸カス』という様に書かれてあるので、よく読まないといけないのだ。
これは暇な時にでも翻訳する必要があるな。
とにかく、大体の感覚と魔法を使い調理する事、およそ二時間。ようやく芋ようかんらしき物が完成した。
端の方を味見してみたが、特に問題は無い様だ。
出来上がった芋ようかんは二つに分けて、片方はバッグに入れた。
「テンマ!はよっ!はよっ!」
切り分けた芋ようかんを持っていくと、ナミタロウは胸鰭をバタつかせて催促している。その横には、毎度おなじみの食いしん坊達もいる。
切り分けた芋ようかんをそれぞれの口に放り込むと、皆おいしそうに咀嚼している。
中でもナミタロウは、懐かしいを連呼しながら、シロウマル達を上回る速度でお代わりを要求していた。
芋ようかんはかなりの量を作った筈なのに、瞬く間に無くなってしまった。ほとんどナミタロウが食べてしまったので、シロウマルとソロモンは少し不満げな様子だ。
食いしん坊達は放置しておいて、俺はレシピ本の解読に勤しむ事にした。
部屋に戻る途中で、掃除中のジャンヌとアウラに台所に漂う甘い匂いの正体について問われ、残りの芋ようかんの半分を持っていかれた。
その後は夕飯まで部屋で作業をしていたが、芋ようかんを片手に作業したせいで、全ての芋ようかんが無くなってしまった。
そして芋ようかんを唯一食べそびれたじいちゃんにいじけられてしまい、機嫌を取る為に再度芋ようかんを作る羽目になってしまった。
本日の教訓、じいさんのいじける姿はキモイ……
「テンマ、オークションには行かないのか?」
芋ようかん騒動の次の日、朝からジン達がやって来た。理由はオークションへのお誘いだった。
俺はクロコダイルシャークの剥製を出品しているので、当初の予定では参加する予定だったが、ジン達より早く襲来した者達によって、その予定が崩されていた。
「テンマは、私達と遊ぶの!」
「私達のなの!」
「邪魔しないで!」
「私もテンマと遊ぶ」
玄関の所で言い争いをしている、三匹の猫と一匹の子虎。
そしてそれを険しい目で見ているアイナ。アイナの手には洗濯物が入った籠と、ぐったりとしているアウラが掴まれている。
「そろそろ止めた方がいいよ?」
「あの~その辺りで止めておきませんか?」
四匹の争いを、ジャンヌとプリメラが何とか収めようとしている。
「もてる男は辛いな!」
ジンは俺の背中を叩きながらおちょくって来る。
少しムカついたので、腹パンを決めると大人しくなった。
「まあ、そう言う事なら仕方が無いね。テンマ、あまり無碍にするんじゃないよ」
メナスの言葉で暁の剣は去って行った。
ジンはガラットに肩を借りながらだが、何とか歩けるようなので大丈夫だろう。
「テンマ!」
「テンマは食べ歩きと森に狩りに行くの!」
「どっちがいい!」
「おすすめは森……」
「家で寝てちゃダメ?」
「「「「ダメ!」」」」
どちらを選んでもめんどくさい事になるのは分かり切っている。
なので、自分の希望を言ってみたのだが、即座に却下された。本当は仲いいんじゃないの、君達?
「あの~テンマさん。明後日には王城でパーティーですけど……準備できてます?」
プリメラの疑問が、俺には天啓のように聞こえた。
確かにそんなものがあった。地龍の事ですっかり忘れていたが、一般人にとって王城に招かれると言う事は、一生に一度あるか無いかの出来事である。
最も、俺には関係が無いが。
「そう言えば、そんなものがあったな!四人とも、悪いがやる事ができた!」
俺がそう言って部屋に戻ろうとすると、不意に袖が引かれた。
振り向くと、アムールが袖を引っ張っている。
「私も招待されてる。テンマと一緒に用意する」
胸を張って宣言するアムール。その様子を見て、三人娘は歯ぎしりしながら悔しがっていたが、急に何か閃いたように相談し始めた。
「そうだね!アムールも準備をしないと!」
「準備って大変だよね!」
「だから私達が手伝ってあげる!」
そう言うと、見事な連携でアムールを俺から引き離し、連れて行こうとする。
しかし、三人が力を合わせてもアムールの方が力は上の様で、三人を引き摺りながら、じわじわと俺に近付いて来た。
「は~な~せ~」
「ちょ!私達より小さいのに、すごい馬鹿力だよ!」
「観念しろー!」
「無理無理無理!プリメラ!手伝って!」
どうしたらいいのか悩んでいたプリメラだが、三人に呼ばれて言われるがままに手伝いに回った。
プリメラは、アムールの背中に抱き付いているリリーの胴体に手を回して、腰を落として踏ん張り始める。
すると、徐々にアムールの前進が止まり、数秒後には完全に拮抗する状態にまでなった。
「ふんぬっー!」
「ファイトォー!」
「「いっぱぁーつ!」」
「お、お~……」
ノリについていけていないプリメラが気の抜けた声を出しているが、四人には全く聞こえていない様だ。
一人対四人の力比べは、今のところは全くの互角だが、そう長くは続きそうにない。
何故なら、この勝負に介入しようとする者が、すごい勢いで近づいて来ている。
その人物は風のような速さで五人を追い抜き、アムールの前に立ちはだかった。
「ブランカ、いい所に来た。手伝って……」
ゴチンッ!と大きな音を立てて、ブランカの拳骨がアムールの頭に落ちた。
そのせいでアムールの体から力が抜けてしまい、拮抗していた天秤が三人娘達の方へと、勢いよく傾いた。
その結果、アムールは勢いよく引っこ抜かれ、後ろで引っ張っていた四人と一緒にひっくり返ってしまった。
「「「にゃーー!」」」
「きゃっ!」
四人の悲鳴が聞こえて来た。四人とはアムールの後ろに居た四人であり、アムールは頭を押さえて転げまわっている。どうやら、悲鳴を上げる余裕すらなかったようだ。
「すまんな、テンマ……アムール!今日はパーティーの準備をすると言っただろうが!帰るぞ!」
「ちょ、まっ……テンマ~~~」
こちらに手を向けながら、アムールはブランカによって引き摺られて言った。
「「「バイバ~イ……それじゃあ、テンマ。遊びにいこっ!」」」
邪魔者がいなくなった事で、機嫌のよくなった三姉妹は、改めて俺を誘ってくる。
「だから、準備があるって言っただろ?四人で遊んでおいで」
本当は準備など、物の数分で終わる。イザベラ様に買ってもらった礼服を用意して、身だしなみを整えるだけなので、後は当日に行う事だけなのだ。
なのだが、ここで三姉妹と遊びに行くと、その後で絶対にアムールがごねる。そして、強引に遊びに付き合わされる事になるだろう。
なので、俺は三姉妹とも遊ばないとの選択をした。決して面倒臭いからとかでは無い。
「「「え~~~!」」」
「仕方が無いですよ。テンマさんにも都合があるんですから……」
不貞腐れる三人を、プリメラがなだめる。
「む~~……仕方が無い」
「プリメラ、遊びにいこっ!」
「やけ食いだ~~!」
三人は不貞腐れながらも諦めてくれたようで、代わりにプリメラを連れて行こうとする。
しかし、プリメラはそんな三人を申し訳なさそうな顔で見ていた。
「申し訳ありません……実は私もパーティーに参加しなくてはならないので、この後準備をしないといけないのです……」
「「「「えっ!」」」」
プリメラの言葉に三人と共に、俺も驚いてしまった。
「何で!」
「どうして!」
「ずるい!」
三人はプリメラに詰め寄り、文句を言っている。俺も何でプリメラが招待されているのか最初は分からなかったが、よくよく考えてみると当然の事だと理解した。何せ……
「忘れているみたいですけど……こう見えても、公爵家の三女ですよ」
「「「あっ……」」」
そうなのである。プリメラ自身が大会に入賞した訳では無いが、公爵家の娘が大会の予選で活躍したとなれば、招待されてもおかしくは無い。しかも、サンガ公爵家は王族派の重鎮である。むしろ、王都に居るのに、呼ばれない方がおかしい。
仮に招待されていなくても、サンガ公爵は奥さんを連れてきていない様なので、奥さんの代理として同行するのが普通である。
なお、パートナーは異性でなくてもいい様で、貴族の中には護衛を連れて行く人もいるようである。
因みに、俺はパートナーを連れて行かないつもりだ。最初はじいちゃんでも誘おうかと思ったが、じいちゃんは個人的に招待されたそうだ。どうやら、ワイバーン亜種の騒ぎの時に王様達を守った事と、アーネスト様と仲が良いから?招待された事になっているが、実際は俺の虫よけみたいなものだ。
今回のパーティーで、俺の勧誘に躍起になる貴族が居るだろうし、王様を始め、サンガ公爵やサモンス侯爵らが目を光らせるようではあるが、それでも隙を見て俺を取り込もうとするのが現れるだろうとの懸念から、じいちゃんも参加する事になったのだ。
なお、スラリン達は参加させないつもりであったが、王族の一人から、どうしても参加してほしい、との要望があった為、ナミタロウ以外をバッグ内で、との条件付きで参加が決定した。
話がそれたが、三人は突然のプリメラの告白に、信じられないものを見るような目になっている。
見つめられているプリメラは、とても居心地が悪そうで、若干腰が引けている。
「「「裏切り者っーーー!」」」
「何でですかっ!」
三人は見当違いの事を叫んだかと思うと、プリメラに襲い掛かった。
プリメラもいつも以上に素晴らしい反応で走り出し、三人を振り切ろうと庭を走り出した。
その追いかけっこは、下手な試合を見るよりも見ごたえのある戦いであった。
瞬発力に勝る三人娘が、三つ子ならではの連携でプリメラを、まるで狩りでもするかのように追い込み、捕まえようと迫るが、プリメラも三人の癖を見抜いて対応し、持てるすべての技術を駆使して逃げ回った。
その追いかけっこは一時間近くにも及び、いつの間にか騒ぎを聞きつけた近所の住人や通行人が、門の外から見物し、賭けまで行う事態にまで発展した。
賭けの内容は、決めた時間内で三人が捕まえるかプリメラが逃げ切るか、というもので、賭けが始まってから最初の制限時間が迫って来た。
最初の制限時間では、まだプリメラは捕まりそうにない。
その事にプリメラに賭けた人々が喜びかけた時、庭に『ルールブレイカー』が現れた。
「うるさいですよ!遊ぶのなら、外に行ってください!」
屋敷から現れた『ルールブレイカー』の名はアイナ。この屋敷の影の支配者をしている女傑である。最も、片手間でやっているので、頭に『仮の』が付くのだが……
四人の進路上に現れたアイナは、先頭を走るプリメラの足を引っかけて転ばすと、後ろの三人を次々と投げ捨てた。
その結果、賭けは無効となり、門の所からブーイングが聞こえて来たが、アイナは一睨みで黙らせて解散させた。
「元気が良くてはしゃぐのは結構ですが、時と場合と場所を選んでもらえませんか?」
アイナが指さした所には、洗濯物が大量に干されており、更に屋敷内の空気の入れ替えの為、いくつもの窓が開け放たれていた。
しかし、その近くで四人が走り回ったせいで、洗濯物や屋敷の中は舞い上がった砂埃や飛び散った土で汚れ、悲惨な状態になっていた。
「台所の掃除をやっている間、少し目を離した隙に、朝から綺麗にしたものが台無しになっているのですが……どうしてくれるのですか?」
アイナの迫力はすさまじく、怒られている四人は立つ事も出来ずに震えている。
仮にも予選とは言え、大会で活躍した四人を威圧だけで震え上がらせるアイナは、一体全体何者なのだと聞いてみたいが、どうせ『メイドです』で終わるのだろう。
そんな考え事をしていると、四人の目が俺に救いを求めてきたが、それと同時にアイナの目もこちらを向いたので、反射的に目を逸らしてしまった。
俺の対応に、四人の表情は絶望に変わった。
そして俺はその後の事は知らない。
アイナの迫力に、俺にまで飛び火するのを恐れてしまい、その場から立ち去ってしまった為だ。
この事で、俺は四人から恨み節を聞く事になるだろう。
だが、俺はその時にはこう言うつもりだ。『お前達が俺の立場なら、あの状態のアイナに口を出せるのか?』と……
部屋にこもり、明後日の準備をしていると、時折外から悲鳴が聞こえていたが、全て気のせいだろう。
途中でトイレに行った時に、廊下の隅でジャンヌとアウラが抱き合って震えていたが、幻覚であろう。
その近くで、シロウマルとソロモンも震えているような気がしたが、きっと気のせいだ。
じいちゃんも、どこか落ち着かない様子でそわそわしているが、気にしない。
アイナはお説教が終わったのか、汚れた洗濯物を持って屋敷に戻って来た。その後には、同じように洗濯物を持っている四人が続いている。
ジャンヌとアウラは、アイナ達が離れていったのを確認してから安堵のため息をついていた。
しかし、後に二人は廊下の様子を見に来たアイナによって、座り込んでいるところを発見され、説教の後に廊下の掃除を言い渡されていた。
そして、ついでとばかりに屋敷中の掃除を七人で行った結果、アイナを除く六人は次の日、ひどい筋肉痛に悩まされる事になった。
その日は誰も騒ぎを起こす事が無かったので、俺が王都にやって来て一番の平和な日となった。
「準備が、まだ準備が出来ていないのに~~」
ただ、一人だけは筋肉痛に悩まされながら帰ろうとしていた。若干涙目になりながら、震える足で歩いていたので回復魔法をかけてやったのだが完全には治らなかった様で、責任を感じたアイナが騎士団の宿舎まで送り、ついでに準備も手伝う事になった。
俺が送らなかったのは、女性の準備を男が手伝う訳には行かないのと、パーティー前に変な噂を立てられないようにするためだ。
なお、ジャンヌとアウラ、それに三人娘はよほど疲れているのか、昼を大幅に過ぎても起きる気配が無く、手伝いから帰って来たアイナにたたき起こされていた。
「おかしな所は無いな。それじゃあ行こうか」
「馬鹿な奴が居ないといいがのう」
「まあ、望み薄でしょうね。ジャンヌ、アウラ、ちゃんと留守番するのよ。では、お願いします」
パーティーの日、俺とじいちゃんとアイナは、王城から迎えに来た馬車に乗り込んだ。
アイナが同行しているのは、パーティーの時にマリア様のメイドとしての仕事があるからだ。最近は家にいる事が多かったので忘れがちだが、アイナは本来マリア様付きのメイドである。
王妃付きのメイドなのに、家に来ていていいのかとか、色々と疑問があるが、一番の問題は、片手間なのに家のメイド長のような事をしている事だろう。
その事だけでも、どれだけジャンヌとアウラがメイドとしてダメな部類なのかが分かる。
百歩譲って、ジャンヌは元お嬢様だから仕方が無いとしても、アウラは元からメイドだろうと言いたい。初めて見た時は優秀そうな雰囲気があったのに、ふたを開けてみればとんだ詐欺である。まあ、元々俺とじいちゃんはメイドを必要としなかったので、あの二人でも十分なのだがな。
そんな俺の考えに気が付いたのか、アイナがぽつりと、「心配だからもっと厳しく躾けようかしら……」などと呟いていた。
王城へは予定時刻よりも少し早く到着し、馬車から降りた俺達は控室へと案内された。
控室には特別招待された者達だけが集まっており、その中にはジンの姿も見える。
ジンと一度目が合ったが周りを他の参加者に囲まれており、身動きが出来ない様だ。
ジンを囲んでいるのはほとんどが中小規模の商人らしく、この機会に有力者や有名人と縁を繋ごうと言うのが狙いの様だ。
「では、私はマリア様の元へ戻ります」
ここまで案内してきたアイナが、俺達と別れ仕事へと戻ってしまった。
それを待っていたかのように、俺の所へと他の参加者が殺到しようとしたが、俺の後から入って来た人物を見て驚いていた。
「おう、来たかテンマ」
入って来たのはライル様だ。いきなりの王族の登場に、俺とじいちゃんを除く参加者は大人しくなっている。
少し話をすると、今回の参加者の案内担当はライル様の役割の様で、いくつかある控室の様子を見て回っているそうだ。
「まあ、そういう訳だからよろしくな。それとテンマ、騒ぎは起こすなよ。下らん騒ぎを起こすと、誰だろうと追い出すからな」
ライル様は俺に忠告する形で、他の参加者への牽制をおこなっている。
どうやら俺が到着したと聞いて、俺関連で他の参加者が騒ぎを起こす事の無いように先手を打ちに来たらしい。
ここに居るのは、ライル様が忠告すれば大人しくなる者達ばかり集まっているそうなので、これでほぼ大丈夫なのだそうだ。
因みに、アムールは俺とは別の控室に案内されており、護衛兼見張りとしてブランカがそばについているのだそうだ。