第6章-5 取引終了。そして真っ二つ……
「骨は何処の部位がいいんだ?」
それでも、まだまだ交渉は続く。
骨の部位を聞かれたティーダだが、これには悩んでいるようだ。これは俺でも悩む。何せ、特に使い道が思い浮かばないからだ。
飾るのならば頭部一式がいいだろうが、今回の取引では頭部は候補から除いてある。
そうなると、どこを選んでも特に変わりはない。
「では、片方の前足と後ろ脚を貰えますか?40万Gで」
理由を聞くと、資料として残すのでそれなりに見栄えのする所を、と言う事だった。
実は龍の骨としては格安の値段になってしまうが、俺が一番最初に思いついた骨の利用法がスープの出汁を取るくらいだったので、その値段で売る事にした。
「それで肉だけど……1kg辺り1万Gでどうだ?」
g辺り1000G(1万円)だ。この世界でも相当な値段である。
案の定ティーダは難しい顔をしている。
「200kgありますからね……1kg2500Gでお願いします」
いきなり四分の一まで引き下げて来た。更に、俺が口を開く前に、ティーダが言葉を続けた。
「100kgは騎士達に褒美として食べさせます。なので、場所代と人件費を差し引いて、2500Gでお願いします」
最後の最後で、ティーダはこの状況を味方に付けに来た。周りの騎士達は、褒美が出ると聞いて喜んでいる。
こうなると今度は俺が折れる番である。
「分かった、それでいい。となると、目玉で100万、内臓が70万、骨で40万、肉で50万の合計が260万Gでいいな」
「ええ」
そう言って、ティーダは契約書に自分の名前と共に、金額を記入していく。
「それで、ワイバーン亜種の方ですが……」
「いや、それは解体が完全に終わってからにしよう」
さすがにこのまま続けたら、ティーダが色々な意味で危ない。
俺の提案に、ティーダは特に気にした様子も無く頷いた。
そんなティーダを見て、後々俺に感謝するだろうな、と感じていた。
その後ろでは、マリア様が何か考え事をしている。恐らく、今後のティーダの教育方針の変更でも考えているのだろう。
ティーダが契約書の不備が無いかを確かめた後で、俺にも契約書の写しを差し出してきた。
「金額や内容に間違いが無いか確かめてください。明日には全額用意できると思います」
俺は契約書にざっと目を通した後で、バッグにしまい込んだ。
「さてと、じゃあそろそろ帰るかな」
「あ、そこまでお送りしま……」
ティーダが椅子から立ち上がり、俺の方へ歩き出そうとしたところで、マリア様がティーダの肩を押さえた。
「ティーダ、貴方には少しお話があります。ごめんなさいねテンマ。ここで失礼させてもらうわ」
「あ、はい。これ、ワイバーン亜種が入っているバッグです。預かっていてください」
マリア様は、俺ににっこりと笑いかけると、続いてティーダに向けてニッコリと笑いかけて、背中を押しながら城の中へと入って行った。
「へっ、えっ……」
いまいちこれから起こる事を理解できていないティーダは、混乱したままマリア様に連れて行かれた。
「ティーダ……明日も会えるように祈っておくよ……」
ドナドナされるティーダに向けて、俺は手を合わせて祈った(神にでは無い)。
「テンマ、地龍の素材は渡し終えたぞ。さあ、帰ろうか」
じいちゃんが地龍が入ったバッグを掲げながらやって来た。
もうそろそろ暗くなり始める時間なので、急いで周りの物をバッグにしまい込み、シロウマル達を呼び寄せた。
急いでこちらにやって来るシロウマルの後ろを、タマちゃんが必死になって付いてくる様子が可愛らしく、その様子を見ていた騎士達も和んでいた。
屋敷に帰ったらジュウベエ達の事も考えないといけない。眷属にするとしても、戦闘に向いているとはあまり思えないので、俺の食生活を豊かにする為に協力してもらう事になると思う。
「地龍の肉の研究もしないといけないしな……」
肉を柔らかくする方法はいくつか知っているが、その方法が地龍に使えるか分からないので、半ば実験状態になるだろう。まあ、失敗したとしても、我が家には処理係が居るので完全に無駄にはならないだろう。
シロウマル達がバッグに入ったのを確認して、俺はじいちゃんと屋敷に戻った。
屋敷に戻ると、またも門の前に人だかりが出来ていた。
ただ今回の人だかりは詐欺師集団という訳では無さそうで、こちらに話しかけてこようとする者はいなかった。
彼らの間をすり抜けて門を通ると、宴会はまだ続いていた。
主に飲んでいるのはククリ村の男性陣で、女性陣はあきれ顔と共に片付けをしたり、男性陣の悪口で盛り上がっていた。
「え~っと、何だが分からんが、かんぱーい!」
「「「「かんぱーい!!」」」」
食べ物はもうほとんど残っておらず、つまみなど必要ない、と言った感じに酒を飲んでいる酔っ払い達。
しかしその中混じって、俺が出かけた時には居なかった者もいる。
「何でケリー達が居るの?」
「ああ、昼前にテンマに会いに来たんだが、居なかったんで宴会に誘ったんだ。しかし、流石にドワーフは酒に強いな。彼女らだけで、酒樽を幾つ空けた事やら」
酔っぱらってふらふらになっているマークおじさんはそう言って、彼女らの後ろに積まれてあった空き樽を指さした。
積まれた樽の数は十や二十では無いだろう。一体どこから調達してきたのか気になるが、酒飲みのドワーフの事だからストックしていたのだろうと思う事にした。
「でも、ケリーが来ているならちょうどいいや」
どうせ、近日中にケリーの工房に行って、地龍の素材を使った装備の相談をしようと思っていた所だ。
行く手間が省けたというものである……ケリーが酔っぱらっていなければの話だが……
「ケリー!ちょっといいか?」
「んあ?おお、主役のお帰りだ!」
ジョッキで酒を飲んでいたケリーは、俺の事を確認するなり、また乾杯の音頭を取ろうとしている。
「かんぱ~い!…………ってか、地龍を倒したんだってな!おめでとう」
ジョッキの中身を瞬く間に空にしたケリーは、思い出したように祝福してくる。
「ああ、その事でケリーに相談があるんだ。実は地龍の素材を使って、防具を一新したくてな」
俺が完全に言い切る前に、ケリーはジョッキを地面に置いた。その目は先ほどまでと違い、鋭い職人の目となっていた。
「私に全て任せてもらえるのかい?言っちゃあ何だが、王都には私よりも腕の立つ職人が、探せば居るだろうよ。むしろ、テンマが職人を探していると言うだけで、作りたいと言ってくる奴もごまんと現れるだろうさ。それでも、私でいいのかい?」
「自信が無いのか?」
俺の挑発するような言葉に、ケリーは歯を見せて笑った。
「馬鹿言うなよ。私以上に、テンマの事を知っている鍛冶師は居ないよ!」
自信満々に言うケリーに、俺は手を差し出した。ケリーもがっちりと俺の手を握って来る。
よほど興奮しているのか、握られた手は骨が軋むくらい痛かった。
「それで、ケリーは地龍の素材で防具を作った事はあるのか?」
「だいぶ昔に一度だけだね。その時は素材があまり無かったんで、小さな盾だけだったけどね。それでも、鱗と皮の両方を使ったから、やり方は分かっているし、似たような素材は何度も使っているから、特に問題は無いよ」
との事だ。
地龍の皮を加工するのには特殊な下処理が必要との事なので、先に素材を渡す事にした。
地龍の皮は大まかに切ってあるが、それでもかなりの大きさがある。
皮を取り出した時、周りで飲んでいたのんべえ達も物珍しさに集まり、歓声を上げた後、今度は地龍の話を肴に飲み始めた。
ケリーは宴会に参加していた女性ドワーフを全員集めて、地龍の素材を中心に置いてあれやこれやと話し合いをしている。その素材と一緒に、俺がこれまで使用していた皮鎧などの防具も置かれていた。
「テンマ!何か要望はあるかい?」
「第一に動きやすさ重視。後は、全身をガチガチに固めるよりも、急所の部分だけ厚くする感じで」
「こいつを強化する感じだな!」
「後、靴なんかも出来るなら作ってほしい」
「了解……と言いたいところだけど、靴は私の専門じゃないから、信用できる知り合いの所に注文しておくよ」
「それでいいよ」
突然ケリーが質問してきたので、使い慣れた鎧に似た物を作ってもらう事にした。靴も、ケリーの知り合いの所なら問題は無いだろう。ただ、最低でも数回は履きながらの調整が必要らしいが、ケリーの所に来てもらうとの事なので都合のいい日を伝えておいた。
「料金はそれなりにかかるけど、大丈夫だよな?」
との事なので、問題無いと答えた。何せ、いくつかの地龍の素材を王家に売ったし、これまでの貯金に加えて大会の賞金もある。
やろうと思えば、今すぐにでも隠居生活ができるくらいだ……やらないけどな。
ケリーとそんなやり取りをしていると、どこからか俺を呼ぶ声が聞こえた。
辺りを見渡してみると、四つん這いで俺の方へと近づいて来る物体があった。それも四つも。
「何やってんだ?四人とも」
近づいて来ていたのは、アムールと三姉妹だ。
アムールを先頭に、三姉妹が後を追う形でハイハイしている。
俺の言葉を聞いて、ゆっくりとアムールが起き上がろうとしていたが、すぐ後ろに居た三姉妹に抱き付かれて倒れ込んだ。
アムールは倒れた拍子に口を押えて、こちらを見ている。そして……
「出来ちゃった(ポッ)」
とお腹をさすりながら頬を染めている。
さすられたお腹は、ものの見事に膨らんでいた。そしてアムールに抱き付いている三姉妹も、同様にお腹が膨れている。
「テンマ、見て見て」
「私も、私達も出来ちゃった」
「あっ、今、動い……」
そんな言葉を残して、急に黙り込む四人。
以前こんな場面に出くわした事があったな、と思い出した俺は、ゆっくりと背中を向けてその場を離れた。
その後、抗議の声を上げた四人だが、すぐに静かになった。だが、俺は振り返る事はしなかった。
四人を置いてその場を離れた俺は、ジャンヌとアウラを探した。
特に用事があったわけでは無いが、声も聞こえなかったので少し心配になったのだ。
しかし、俺の心配は杞憂であった。
ジャンヌとアウラは、屋敷の壁にもたれるようにして眠っていた。
こうして見ると絵になる……うん、気のせいだ。
ジャンヌはいいとしても、アウラはダメだ。アウトだ。
ジャンヌの隣で寝ているアウラは、口を開けてよだれを垂らし、手には酒の入っていたであろうグラスを握っている。
まるで、酔いつぶれたおっさんの様だ。
「……アイナが来たぞ」
ぼそっと呟くと、アウラは勢いよく起き上がった。
「敵!敵襲!悪魔!行き遅れ!」
などと、ものすごく危険な事を口走っている。アイナは王城へ戻っているそうなので、本当に命拾いしたな、アウラは。
「アウラ、寝るんなら部屋で寝ろ!ついでにジャンヌも連れて行ってくれ」
「ふぁい、了解しましたぁ……あれ?テンマ様お帰りなさい……」
寝ぼけ眼のアウラは、あくびをしながら返事をした後で俺に気が付いたようだ。
おぼつかない動きで俺に頭を下げようとしていたが、頭を下げた状態で寝息を立てていた。
「取りあえず運ぶか……スラリン、頼む」
バッグで大人しくしていたスラリンに、二人を部屋まで運ぶように頼んだ。
スラリンは体を弾ませながら、体を大きくして二人を抱えて屋敷に入って行った。
抱える時にスラリンは触手を二人に絡ませて持ち上げていたが、これほど優しい触手プレイは無いだろう……などと考えてしまう俺は、自分で思っている以上に疲れているのかもしれない。
今日は早めに寝てしまいたかったがその前に裏庭へ行き、土魔法で即席の牛小屋を作って餌と水を用意してから、小屋の中にジュウベエ達をバッグから出した。
「近い内にちゃんとしたのを作るから、一時はこれで我慢してくれ」
と言うと、ジュウベエは一鳴きしてから餌を食べ始めた。
取りあえずこれで今日やる事は終わった。まだまだ宴会は続きそうだが、俺がいなくても問題は無いだろう。
なので、屋敷に入り、体を清めてから自室のベッドに潜り込んだ。
部屋に入った時に、何となくドアに強化魔法をかけて、門番代わりのゴーレムを設置し、鍵を何重にも施錠した。
……今日は肉食系女子が居るので、念には念を入れたのだ。
一応、俺の部屋にはトイレを備えているので、夜中に鍵を開けるのに時間がかかって危ない目に合う、等と言う事は起こる事は無い。
そして、俺の勘は当たり、夜中にドアを開けようとしてゴーレム達に捕縛され、ミノムシの様に縛り上げられている肉食系が、次の日の早朝発見された。それも、四匹も……
俺とじいちゃんはその四匹と、二日酔いに悩まされている奴隷(だった筈)の二人と、奥さん達にどやされながら頭痛と戦っているククリ村の男性陣を尻目に、今日も王城へと向かった。
ジン達は自分達の宿に戻っているみたいなので、王城へ行く途中に宿に寄って、地龍の素材を渡した。
「すまんな。それと、これがテンマの取り分だ」
ジンは狩りで得た成果をもう換金しに行ったらしく、俺に4万Gの入った袋を渡してきた。
「予想通り、どの肉も通常より高い値段が付いたぜ!」
一回の狩りの収入としては、4万Gはかなりの物だ。だが、地龍で得た金額に比べると、それこそ些細なものだ……さすがに、ジンの前では言わなかったけれど……
ジン達はオークションが始まるまでゆっくりと過ごすそうなので、一時狩りには行かないそうだ。
ジン達と別れた後で王城に向かい、昨日と同じ訓練場に来たのだが、何故か俺の前にはルナがいた。
「ルナ、ティーダやマリア様は?」
先ほどからやけに上機嫌なルナに二人の事を聞くと、ルナは嬉しそうに話し始めた。
「何かお兄様はお婆様とお勉強中だよ!そのおかげで私は解放されたの!それと、お婆様がお兄ちゃんと話し合って、ワイバーンを売ってもらいなさいって」
ティーダの次はルナが相手なのか……それにしてもティーダ、死んでなきゃいいけど……
しかし、実際にルナが一人で来た訳では無く、ルナの後ろの方でシーザー様がこちらを隠れながら見ている。俺とじいちゃんから隠れているのではなく、ルナを心配して見守っていると言った感じだ。
「それで、マリア様にどこを売ってもらえって言われたんだ?」
「私の好きな所!」
マリア様は、かなり大雑把な指示を出したんだな。と言うか、値段の付け方って、ルナに分かるのかな?
と思いながら、ルナと商談を始める事になったが、ルナはワイバーン亜種がどのようなものなのか、ハッキリと分かっていなかったようなので、まずは実際に見せる事から始まった。
そして、ワイバーン亜種を実際に見たルナの一言が、
「これ全部売って!」
だった。これにはじいちゃんも驚いていたが、すぐに子供の言いそうな事だと笑っていた。
「丸ごと買うとして、一体いくら払うつもりなんだ?」
少し気になったのでルナに聞いてみると、ルナは何度か首を傾げながら……
「2000万G……くらい?」
いきなり、高額を提示してくるルナに、俺とじいちゃんは勿論、聞き耳を立てていたシーザー様も驚いている。
「あれ?安かった?」
俺が驚いて黙り込んだのを、安かったから黙り込んでしまったと勘違いしたルナが、心配そうな顔でこちらを見ていた。
「じゃあ、3000万Gくらいならいいの?」
更に値段を釣り上げて来るルナ。このまま黙っていたら、ルナは何処まで値段を上げて来るのだろうか?そんな事を考えていると、シーザー様が慌ててこちらにやって来た。
「ルナ、さすがにそれは高過ぎじゃないか?」
「あれ?お父様、居たの?」
ルナの疑問に、隠れて見ていたとは言えないシーザー様は、軽く咳ばらいをして、「今来たところだ」と誤魔化していた。
「でも、あのワイバーンって、珍しくて貴重なんでしょ?それにお婆様も、私の好きな所を、好きな金額で買って来なさいって言ってたよ?」
その言葉を聞いたシーザー様は、頭を抱えながら難しい顔をしていた。
「何で丸ごとほしいんだ、ルナ?」
取りあえず、丸ごと欲しがる訳を聞いてみると、ルナの答えは単純なものであった。
「だって、飾るのなら丸ごとの方がカッコいいでしょ?剥製にして玄関に飾ったら、王城に来た人みんなが驚くと思うよ!」
だそうだ。その発想には、流石王様の孫だと感心してしまう。
俺と同じ事を考えていたらしいシーザー様は、どこか遠い目をしていた。多分、もうどんな教育をしたとしても、ルナを修正するのは手遅れだと感じているのだろう。
「ルナ、流石に俺もワイバーン亜種の素材は必要だからな。全部は譲れないよ」
「え~~!お兄ちゃん、地龍もあるんだからいいじゃない!ちょうだい!」
その後も一歩も引かないルナに、シーザー様は頭を抱え続けていた。
そして、シーザー様の怒りが爆発すると思われた寸前で、ルナは急に静かになった。
急に大人しくなったルナに、シーザー様は怒るタイミングを外されてしまった。
「じゃあ、半分!半分こ!お兄ちゃんも、地龍の素材があるから全部は使わないだろうし、余るかもしれないから、半分だけちょうだい!」
半分だけと、ルナなりの妥協点を出してきた。
しかし、その妥協点は、ただの思い付きでは無く、ルナなりに考えた結果だと言うのがその言葉から分かる。
確かに、地龍の素材がある以上、ワイバーン亜種の全ての素材が必要なわけでは無く、余る可能性が高い。
「半分売るとして、値段はいくらにするんだ?」
「え~っとね……半分だったら800万Gくらいかな?全部だったら、3000万Gでもいいけど、半分だし、内臓は要らないし、魔核もお兄ちゃんがいるだろうし……」
指を折りながら安くなった理由を話すルナ。
その様子に、先程まで怒る寸前だったシーザー様はかなり驚いていた。
「のう、テンマ。その値段でもいいんじゃないかのう。値段も、大体それくらいじゃろうし」
「う~ん……まあ、いいか」
「ホント!ありがとう、お兄ちゃん!」
ルナは喜びながら、いそいそと契約書を取り出した。
契約書には、ルナの名前と『合意する』とだけ書かれている。
後は、俺の名前に、どこの部位をどんな値段で売るかを書けば契約が成立する。
俺は、自分の名前と値段を書いてから、どこの部位を売ればいいのかをルナに聞くと、ルナは不思議そうな顔をした。
「半分は半分だよ?こう、顔から尻尾の先まで真っ二つにするんだよ?」
身振り手振りを交えルナは言う……かなり難しい注文だ。俺はてっきり、半分の重さ分を売るのだとばかり思っていた。
確かにその方法だときれいに半分になるが、かなりの技術が必要だろう。
どのようにしてやるかと考えていると、ルナが無邪気な顔で、
「お兄ちゃんならできるよね!」
と言っている。その目は完全に信頼しきっている目だ。その言葉で、俺の退路は塞がれた。
「分かった。やってみよう。じいちゃん!急いでケリーの工房に行って、俺が注文した武器が出来ているか聞いてみて。そして、出来ていたら貰って来て!」
「分かった。すぐに言って来よう!」
じいちゃんはそう言って、空を飛んで行った。
じいちゃんが戻って来るまでの間に、俺はワイバーン亜種の内臓を完全に取り除いた。
昨日は腹と胃を切り裂いたところで止まっていたので、まだ内臓が腹の中に詰まっている状態であった。
少し手間取ったが、掻き出すだけだったので時間はかからなかった。
「テンマ。これでいいのかのう?」
終わる頃にちょうど帰って来たじいちゃんが、二振りの長物を抱えていた。
「完成しているが、気になるところがあったら遠慮なく持ってきてほしい、だそうじゃ」
じいちゃんは、ケリーからの言付けを言いながら、『ハルバード』と『大身槍(のような物)』を手渡してきた。
二つとも見た目の割には軽く、持つだけなら二つ同時でもなんとかなるくらいの重さだった。
二つとも軽く素振りをしてみたが、流石にケリーが時間をかけて作っただけあって、バランスは完璧だった。
特に大身槍の切れ味は凄く、髪の毛を吹きつけただけで切れたほどである。
これならワイバーン亜種も問題なく捌けるだろうと思い、準備に取り掛かった。
まずはワイバーン亜種の鼻先から尻尾の先までに、インクを使って線を引いて行く。
次にギガントを召還し、そっとワイバーン亜種を押さえるようにして固定した。
「いくぞ!」
大身槍を構えて、線に沿って切り裂いていく。
魔力で強化してあるとはいえ、大身槍は面白いようにワイバーン亜種の皮と肉を切り裂いて行った。
ただ、流石に骨までは両断する事が難しかったので後回しにした。
十分もしない内に、ワイバーン亜種の皮と肉は切り裂く事ができた。後は骨を両断するだけである。
さすがにこの状態から、頭から尻尾の先までを一気に行く事は出来そうにないので、まずは頭蓋骨にナイフの先で削るようにして切れ込みを入れた。
「よっと!」
頭蓋骨に切れ込みを入れ終わった後で、ハルバードで切れ込みを軽く叩いていく。
何か所か叩くと、頭蓋骨がバキッと音を立てて真っ二つに割れた。
「脳みそ、小さいな……」
割れた頭蓋骨の中から現れた脳みそを見て、思わず呟いてしまった。
脳みその大きさは、直径が30cmくらいある。人と比べたら大きいが、頭蓋骨の大きさから言ったらかなり、と言うか、すごく小さいだろう。
これが人と同じくらいの頭の大きさだったら、脳みその大きさは10cmも無いかもしれない。
何にせよ、知能の高さは脳みその大きさに比例し無い様だ。
取りあえず脳みそはバッグにしまい、作業を続けた。
今度は大身槍に持ち替えて、背骨を縦に切っていく。
背骨はかなり固かったが、一節ごとに区切って行けば、切るのはさほど難しく無かった。
途中、人間でいう骨盤に当たる所が少し骨が厚くなっていたが、頭蓋骨と同じ方法で簡単に割れた。
そして……
「これで、終わり!」
勢いよく尻尾の先を切り裂くと、いつの間にか出来ていたやじ馬達から歓声が上がる。
やじ馬の中からルナがこちらにやって来て、二つに分かれたワイバーン亜種を見比べてから、片方を指さした。
「お兄ちゃん、こっちちょうだいね!」
ルナが指さした方は、左側の背びれが付いている方だった。
流石にルナはちゃっかりしている。これがティーダなら、俺に先にどちらを取るか先に選ばせるだろう。
「脳みそは要らないよな?」
「うん、要らない!」
こちらを見向きもせずに、速攻で断るルナ。そんなルナの言葉に、やじ馬の中の何名かはがっかりしているようだ。恐らく、薬剤関係の研究員みたいな者達なのだろう。
そんな彼らを気にもしないで、ルナはワイバーン亜種の断面を突いていた。
「ねえ、お兄ちゃん。剥製ってどうやって作るの?」
ルナは本気でワイバーン亜種の剥製を作るつもりの様だ。俺も作り方は良く知らないが、俺がオークションに登録した『クロコダイルシャーク』の剥製は、石膏などで作った型を詰め物にしていた筈だ。
だが、中身が石膏なのでかなりの重量になる。
俺が剥製を頼んだ職人は、石膏と木材を使って軽くする工夫をしていたが、それでも300kg近い重さがある。しかし、四足で丸ごとなので、自立できるので安定している。
だが、売ったワイバーン亜種は半身なので安定感は無く、そもそもルナの物では無い。
そんなもろもろの問題を、ルナはどうするのか気になったが、ここで下手に指摘して残りの半分も頂戴と駄々をこねられるのも嫌なので言わずに、さっさと俺の取り分を解体する事にした。
ワイバーン亜種は、頭と翼を落とせば後は簡単に皮を剥ぐ事ができるようで、大して時間はかからなかった。
今日の俺は何だか料理人みたいだ、などと思いながら、俺はワイバーン亜種を解体していくのであった。




