第6章-3 龍の価値
思わず叫んでしまったが、よく見ると俺の知っているドラゴンとは少し形が違った。
一番の大きな違いは、目の前の奴の背中には翼が無い事だ。そして外見は『コモドオオトカゲ』の全身に、大きく硬そうな鱗をくっつけてたような感じだ。全長は15mを超えるだろうか、かなり大きく、龍と言うだけあって、そんじょそこらの魔物とは威圧感がまるっきり違った。
「『鑑定』」
名前…地龍
性別…オス
ランク…S
種族…下級龍種
HP…40000
MP…15000
筋力…S+
防御力…S+
速力…A-
魔力…A
精神力…C+
成長力…B+
運…C+
スキル…土魔法8・異常耐性7・生命力増強7・身体能力強化6・再生能力4・隠蔽3
直接見たからか近くまできたからかは分からないが、ようやく『鑑定』が使えた。この地龍は下級龍に分類される魔物だが、ステータスを見る限りではその中でも強い部類なのだろう。もしかすると、強さだけなら中級に近いかもしれない。
「取りあえず、俺が囮になる。その隙に二人はリッキーを救出してくれ!できたら、そのまま森の中を抜けて行ってくれ!川沿いを通るのがいい。俺は反対側に誘導するから!」
今の俺なら、戦っても勝てる相手ではあるだろう。だが、森の中だと戦いにくい。なので、出来るだけ戦いやすい森の外へと誘導する必要がある。
「一人で大丈夫か!」
ジンが心配そうに言うが、あの地龍はワイバーン亜種を強くした感じだろう。見方によっては飛ばないだけ戦いやすい相手だ。
「大丈夫だ。それにスラリン達も居る」
それに大会では無いので、ギガントを使う事が出来る。それだけでも十分お釣りが来る。
「分かった。無理はするなよ!」
その言葉を合図に、ジン達と二手に分かれた。
リッキー達がこちらに向かって来たタイミングに合わせて、俺はバッグから使い捨て用に買っていた剣を取り出した。
鉄製の剣だが厚く丈夫に造られたもので、かなり頑丈なヤツだ。
「リッキー!そのまま走り続けろ!」
すれ違いざまに指示を出して、俺はそのまま地龍に真っ直ぐ飛んで行き、地龍の眉間に剣を振り下ろした。
「グギャッ!」
地龍はその一撃で動きを止めたが、眉間の鱗にひびが入っただけで、大したダメージは与えられなかったようだ。対してこちらの剣はひどい刃こぼれを起こし、剣としては使い物にならなくなっている。
「うわっ!予想以上に硬いな……使い捨ての剣で良かった……」
注意を逸らして、あわよくばダメージを……と思っていたので、使い捨てを使用したのだが、それが良かった。いつも使っている奴でも、もしかしたら欠けたかもしれない。
「今度、ハンマーなんかも買っておこ……っとアブなっ!やっぱり怒るよな」
王都に戻ってからの新たな予定を立てている最中に、地龍が噛み付こうとしてきた。
「とっとと誘導するか」
俺は地龍を誘う様に速度を調整して飛び続けた。何度か地龍が諦めそうになった時があったので、たまに鼻先を突いておちょくった。
そのかいあって、地龍は森の外まで追いかけて来た。
「食らえ!」
俺は数発の『ファイヤーブリット』を放つが、全て硬い鱗に阻まれて消えた。
「見た目通りの硬さだな……なら、これはどうだ!」
俺は先ほど魔法が当たった箇所を狙って、三発続けて強めのファイヤーブリットを放つ。
前足を狙った魔法は、一発目で鱗を砕き、二発目で皮を貫いて骨に達し、三発目で反対側に抜けた。
「グガァアア!グルルルゥ」
ここに来て、地龍は警戒心を強め始めた。ようやく俺が地龍を害せるだけの力があると分かったようだ。
少しづつ後退を始める地龍だが、突然背後から切り付けられた。
「ガウッ!」
シロウマルだ。地龍の後ろを追いかけていたシロウマルが、地龍の背後から『スラッシュ』で切りかかったのだ。
ただ、シロウマルの渾身の一撃でも地龍の鱗を数枚剥がしただけで、僅かなダメージを与える事しか出来なかった。
しかし、わずかにとは言え、傷を負わされた事に地龍は驚き、俺とシロウマルの両方を見る事の出来る位置まで下がろうとしたが、今度は地龍の上空からスラリンの『ファイヤーボール』とソロモンの『光線』が襲い掛かった。
両方共、地龍の鱗を破壊するほどの威力は無かったが、突然の空からの攻撃に、地龍の驚きは半端では無かった様だ。
「やっぱり、下級龍は総じて知能が低いのか……」
パニックを起こしかけている地龍を見て、この間討伐したワイバーン亜種を思い出した。
「そう言えば、ワイバーン亜種をジャンさん達の所に持って行かないとな」
ワイバーン亜種の検分が残っていた事を思い出したので、さっさと地龍を退治する事にした。
「それじゃあ行くか!」
俺は地龍に接近しながら、ギガントを召還する。右手だけは、ケリーの工房で作ってもらった大剣に変えてある。
地龍は、突然現れた巨大な腕に目を奪われて動きを止めている。
やはり頭は良くないようである。ここは動きを止めずに、強行突破での逃走しか生き残る道は無いと言うのに。
「グギャ、ゴギャ、ブギャ、ギュヒャ……」
地龍の眉間に左の拳で一撃、首に右の大剣で一撃、左のアッパーで浮かせて、右の一撃を喉元に突き立てた。
「おっと、勿体無い!」
地龍の喉から血が噴き出してくる。このクラスの魔物は、血にも価値がある。なので、落ちて来る血を魔法で凍らせていく。
その時、上空から大粒の水滴が落ちて来た。スラリンだ。
スラリンは、俺が凍らせた血を飲み込んでいく。これがシロウマルかソロモンなら、俺は急いで吐き出させるが、スラリンなら問題は無い。恐らく、俺が血を凍らせているのを見て、必要な物だと理解し、体内にあるマジックバッグにしまっているのだろう。
やがて血が止まり、地龍が完全に動きを止めた。
なので、残りの血がこぼれない様に地龍を仰向けにして地面に置くと、遠くからガラットが走って来るが見えた。
「お~い!テンマ、助けに来たぞ……て言うか、完全に遅かったようだな……」
横たわる地龍を見て、ガラットの顔は引きつっていた。
「他の二人は?」
俺はジンとリッキーが後から来るものと思ったが、どうやら二人は昨日の拠点で待機しているようだ。
ガラットによると、リッキーは二人と合流した瞬間に、緊張の糸が切れたせいか倒れてしまったそうだ。そこで二人で拠点まで運んだのだが、流石に俺が心配になり、身軽なガラットが俺の様子を見に行き、出来れば援護に入る予定だったそうだ。
「まあ、完全に無駄足だったがな。あと少し早かったら、地龍の分け前を主張できたかもしれないのによ!」
と俺の背中を叩いていた。この場合、地龍を倒すのに、他の三人は何も貢献していないので、俺の独り占めとなるのだ。
「まあ、少しは分けるさ。常識の範囲内でな」
「マジか!ありがてぇ!」
と喜んでいた。実際、倒すのには貢献していないが、作戦には参加したのでジンとガラットには権利がある。リッキーは……まあ、発見者と解釈しておまけだな。
この場で地龍を解体しても良かったのだが、なるべく血を無駄にしない為に持って帰る事にした。
「でもよう……どこで解体するんだ、これ?」
ガラットの疑問は最もだが、俺には一か所だけ思いついた場所があった。
「王城だ。どうせワイバーン亜種の件で行かないといけなかったから、ついでにそこで捌いて来る。あそこなら、もれなく解体要員が居るからな……それに、別の場所で解体すると、物珍しさにやって来て騒ぎを起こす人達がいるからな……」
王様とか大公閣下とか軍務卿とか王女とか……そして、最後にマリア様達が怒りに来て大騒ぎになるんだよな。多分、きっと、絶対……
騒ぎが起こる事が確定しているのなら、騒いでも問題の無い所を選んでおいた方がいい。
「ま、まあ、テンマは王族と仲がいいからな……分け前はその後でいいから……」
ガラットは、そんな騒動に巻き込まれたくは無い様だ。まあ、俺も巻き込まれたくは無いけどな……
「でも、こいつをオークションに出品したら、一体いくらの値が付く事やら……間違いなく大騒ぎになるな」
「ああ、だから、こいつは出さん!割り込みの手続きとか、めんどくさいし……ところで、地龍って旨いのかな?」
ワイバーンは旨いと聞いた事がある。亜種は知らないが、多分旨いと思う。地龍は……固そうだけど、牛筋みたいに長時間煮込んだら、いけるかもしれない。
「オークションに出品してるのもあるし、金には困っていないしな……うちのメンバーを見ても、売るより食う方が先だな」
その言葉に、ガラットはシロウマルとソロモンを見て頷いていた。
「それじゃ、ジン達の所に向かおうか。大猟だし、さっさと帰ろうぜ」
地龍をバッグに入れてジン達の所に向かったが、思っていた以上に距離があったので、途中でガラットを掴んで飛んで行った。
「おおテンマ、無事だったか……って、おいガラット!お前いつから、テンマの子になったんだ!」
戻って来て早々、俺達をからかい始めたジン。
ジンが言いたいのは、俺がガラットのリュックを掴んで運んでいる姿を、親犬が子犬を咥えて運ぶ様子に例えたのだろう。
「テンマ、さっきの分け前の話、ジンは抜きでいいぞ」
「分かった」
その意味が分からないジンは、しばらく爆笑していたが、ガラットが意味を教えると、土下座して謝っていた。
「俺が悪かった!機嫌を直してくれ!」
とても必死なジンの土下座を見て、俺は許す事にした。どうやらリッキーの所に向かった際に慌てて走り出した為、獲物を置きっぱなしにしていったそうだ。そして、戻ってみると獲物は消えていた、と言う事らしい。
ジン達がそんな話をしていると、少し離れた所でリッキーが気まずそうにしていた。それはそうだろう。これはジン達の不注意ではあるが、その原因はリッキーにもある。
リッキーが自分のバッグから、獲物を取り出してジン達に渡そうとした時、何故かスラリンがジン達に近付いた。
そして、猪や鹿を吐き出した。
「うおっ!って、これ、俺が狩った猪じゃねえか!」
「こっちは俺が仕留めた鹿だ!」
スラリンはジン達の獲物を吐き出した後で、改めて猪と鹿を一頭ずつ飲み込んだ。
その行動に困惑するジン達だが、スラリンは俺に何かを伝えようとしている。
「は?……うん……ああ、なるほど、分かった。ジン、ガラット、スラリンが言うには、『置いていった獲物を守ってやったから、報酬に獲物の一部を頂く』ってさ」
スラリンは体を弾ませて肯定している。だからあの時、スラリン達は少し遅れたのか……抜け目ないな。
「なっ!」
「マジかっ!」
ジン達は驚いていたが、スラリンが回収しなければ獲物が全て無くなっていてもおかしくはない状況だ。
スラリンのやり方は少し汚いが、こういった場合のジン達の行動は『獲物の権利を放棄した』と見られる事が多い。それに、俺から地龍の分け前が出るので、それから儲けは出ると考えたようで、文句は言わなかった。
ただ、かなり悔しがってはいたが……
今日の俺は動物を狩っていないので、自力で確保したのだろう。
「それじゃあ、帰ろうか。帰りながら、地龍の分け前の話をまとめよう」
今回の地龍はギルドで換金するつもりが無いので、ジン達の分け前は素材の一部と言う事になったのだ。なので、どこの素材が欲しいのか先に決めておくことにした。
ジンは牙の上下一本ずつ、ガラットは前足の爪、リッキーは背中に生えていた鋭い棘だ。
それとそれぞれに鱗一枚と肉を数kgを追加で分ける事にした。肉が食えるのかはまだ分からないが、下級龍の肉なので、たとえ食べられなかったとしても、研究用やらなんやらで引き取り手は多い筈だ。
王都が近くなった所で、何やら物々しい集団が見えた。
よく見ると、顔見知りの多い集団だ。
「そこの馬車!止まれ!」
集団の先頭に居た男が、馬に乗って近寄って来る。
「お前達が来た方角で、地龍が出たと言う情報がもたらされたのだが何か知らないか?」
男は御者席に居るリッキーに話しかけている。
「それなら俺が仕留めましたよ。分隊長さん」
リッキーに変わって、俺が窓からを出して答えた。近寄って来た人物は第一騎士団の分隊長だった筈だ。
「は?……って、テンマ殿!それは本当か!」
やはり第一騎士団の分隊長で間違い無かった様だ。
この人は、前に騎士団の稽古に参加した時、ディンさんに武器代わりに投げられていた人だ。まあ、あの時の俺は、飛んできたこの人を蹴り飛ばしたが……
それから王城に顔を出した際に、何度か挨拶をしたので覚えていた。
この集団は、第一騎士団と冒険者達で編成されているようだ。
「冒険者が居るって事は、俺にも召集がありました?」
その答えはYESだそうだ。しかし、召集がかかったのが昨日の昼過ぎであり、俺達はすでにいなかったのであきらめたそうだ。
ここには、『竜撃隊』、『ローエン・グリン』、『ブルーホーネット』、など、大会で活躍したメンバーもいる。
ただ、家の宴会に参加していたのがだれ一人いなかったので、分隊長に聞いたところ、皆動ける状態では無かったとの事だ。
まず『暁の剣』。ジンとガラットが居ない為、戦力不足で不参加。
『セイゲンテイマーズA・B・C』は二日酔い。
『グンジョーの華(三人娘)』は食べ過ぎ。
アムールも食べ過ぎ。
ブランカは奥さんの土産探しを優先。
じいちゃんは二日酔い。
その他、戦力外。
なのだそうだ……理由の大半が碌でもねえな!
幸い、強制では無いので罰則などは無いそうだ。元々、宴会に参加していたメンバーは、ククリ村の人達を除いて、他の街の冒険者なので、計算外ではあったそうだが、頼みに行った人はさぞかし驚いた事だろう。
「とにかく、倒したのなら一度出してくれ。この目で確認しておきたい」
と言うので、地龍を皆の目の前で取り出した。
皆はもう少し小さな個体だと思っていたようで、予想以上の大きさに驚いていた。
「これを君達四人で……」
「いや、それはテンマ一人で仕留めた。俺達は何にもやっていねえ」
絶句する分隊長に、ジンが言い切った。
その事に他の冒険者達が驚いた顔を見せる。何せ、「自分達は一切手伝っていない」と言うのは、ともすれば自分達の名声に傷を付けかねないからだ。
普通そう言った場合は、「多少だが手伝った」とか、「援護に専念していた」とか言うらしい。
「まあ、嘘言っても仕方が無いしな。むしろ、テンマの足を引っ張らない様に大人しくしていた、っていう援護をしたようなもんだな!」
ガラットの言い方は変だったが、他の冒険者達には通じた様だ。
本来、このクラスの魔物倒すには、腕利きの冒険者が10人単位で必要になる。
なので、俺一人で退治したなど、普通であったら法螺話と思われて当然だ。
だが、俺には前歴がある。ギルドの記録では非公式扱いだが、貴族やククリ村の関係者から噂は広がっており、この間の大会で力を示した事で真実味を帯びた『龍殺し』と言う前歴が。
しかも、ここに居る冒険者達の中核を担っているのは、俺と戦った冒険者達だ。
彼らにすれば、『ただの子供』に負けたより、『龍殺し』に負けたの方が都合の良い事もある。
なので本当の所は分からないが、表面上は信じた様だ。
「確かにこいつは報告にあった地龍なのだろう。だが、国王陛下からの命で討伐に向かう以上、退治されていたので帰ってきました、と報告する訳にはいかない。すまないが、地龍が居た場所を詳しく教えてくれ。討伐は無くなったが、調査などやる事は残されている」
騎士団としても、わざわざ冒険者を雇ってまで出兵したのだ。戻るにしても、何でもいいので成果を上げないと格好が付かない。
さすがに地龍を寄こせとは言わないが、内心ではそう言いたいだろう。
「この地龍をワイバーン亜種と一緒に調べてもらいたいのですが、可能ですか?」
なので少し助け舟を出す事にした。俺が地龍を騎士団の方へ持っていけば、それだけでも騎士団の仕事が増える。仕事が増えると言う事は、上層部への報告も増えると言う事で、出兵は間違いではなかったと言う事も出来る。簡単に言えば、活動資金と給料が増えると言う事だ。
俺の提案に分隊長はものすごく喜んでいた。労せずに、手柄が転がり込んできたようなものだからだ。
だが、あくまでもこれは取引だ。あちらには、『地龍の事件に係わった』と言う記録を与え、こちらは地龍解体の為の無料の労働力の確保と、騎士団のトップであるライル様へ恩を売る事ができる。勿論、地龍の素材は全て俺に権利があるので、その事だけはきちんと伝えておく。
一応この場で口頭のみので約束は出来ないので、分隊長に一筆書いてもらい、それを騎士の一人が持って王都へと戻って行った。契約はライル様が判断する事になる。
まあ、十中八九する事になるけどね。何せあの人、俺と初めて会った時から色々とやらかしているので、給料の大半をマリア様に管理されているらしい。要するに、軍部のトップなのに、お母さんからお小遣いを貰っている状態なのだ。
さすがに自業自得とはいえ、これはかわいそうだ。
「テンマ!よくやった!」
討伐隊と別れて王都へと戻り、そのまま王城へと向かうと、門の所でライル様が待ち構えていた。
その周囲には護衛や門番なども待機している。ライル様の第一声は、俺に向けてと言うよりも、むしろ彼らにわざと聞こえるように言っているようだ。
(テンマ、悪いが合わせてくれ)
俺の肩を叩きながら、ライル様がささやいてくる。
「はっ!地龍を発見しましたので、ついでに退治しておきました」
俺の言葉に、周囲に居た護衛や門番達は驚いていた。
当たり前である。間違っても地龍と言う生物は、ついでで倒してくるようなモノでは無い。
本来なら、発見したら全力で逃げ帰るモノだ。逃げ切れたら一生物の自慢話であり、報告するだけでも報奨金が出る可能性のある存在である。
「ついでか……さすがだ!では、参ろうか!」
ライル様の案内で、騎士団の訓練場へと向かう俺達。さすがにこの場で地龍を出すわけにはいかないので、広くて汚れてもいい場所として訓練場が選ばれたのだ。
「それでな、テンマ……すまんが、あの森に行ったのは俺の指示があったから、と言う風にしてくれないか?勿論、その分の報酬は出すし、素材の権利も主張しない。ただ、地龍退治に騎士団も噛ませてくれ」
周りの護衛に聞かれない様に、馬車の中で俺に相談を持ち掛けて来るライル様。どうやら、俺の予想通りの様だ。
「いいですけど……それなりに条件がありますよ?」
こちらの出した条件として、俺達四人にそれぞれ金貨5枚ずつ。これには口止め料も入っている。
それに加え、俺達が取って来た素材の買い取り。これは相場以上の値段を付けてもらう事にした。
素材の買い取りについては、俺を除く三人の物と、合同で狩った物を買い取って貰う事にした。
地龍に関しては俺が断ったので残念そうにしていたが、代わりにワイバーン亜種の素材をいくらか融通する事になった。
「それでライルは、テンマに便乗したのね」
騎士団の練習場に付いて早々、ライル様はマリア様に捕まってしまった。護衛の一人が訓練場の確保に行った際に、マリア様に見つかって先回りされていた様だ。
因みにマリア様に先回りした理由を聞いたところ、「ライルが何か企んでいそうだったから」だそうだ。
「母上、その話は私とテンマが、『双方納得した』上で取引したのですが……」
現在、ライル様はマリア様の前で正座させられている。俺は特に何も言われなかったので、練習場の真ん中辺りでワイバーン亜種と地龍を出す位置を決めた後、騎士達に解体の準備にさせている。
正確には、俺が命令しているのではなく、俺の指示をティーダが命令している形ではあるが。
「ライル、私は便乗した事に怒っている訳では無いの。怒っているのは、あなたが私達に内緒で、騎士団の手柄にしようとした事なの。分かる?」
マリア様のお説教は続く。
「テンマさん、次はどうしますか?」
「あ~……このサイズの爬虫類って、さばいた事ないんだよな……取り合えず切れ味のいい刃物や使いそうな解体用の道具、後は下級龍をさばいた経験のある人なんかを集めて貰えるか?」
俺の言葉を聞いて、ティーダは騎士達に指示を出す。
「いい、ライル。これは歴史に残るかもしれない案件なのよ!取引をするなら、それを踏まえた上でするべきでしょう!幸い、私が気付いたからいいけど、下手をすれば……いえ、下手をしなくても、他の貴族に付け込まれるわね!」
お説教は、まだ続く。
「テンマさん。刃物や道具は揃いますけど、流石に経験者は城の中には居ないそうです」
「ならギルドに……ってか、じいちゃんなら知っているかも。悪いけど、誰か行ってきてくれない?」
「なら俺達が行ってくるぜ!」
訓練場の隅っこで、お茶会(と言う名の戦力外)をしていたジン達が立候補し、馬車を騎士達から借りて出て行った。
「いい!あなたはいつもそうやって物事を簡単に考える癖が……って聞いてるの!」
段々と脱線してきたお説教は、まだまだ続く。
「ところでティーダ、ルナは?」
「ルナは勉強中です。多分、お爺様や大叔父様と一緒にやっている筈です」
気になる言い方をしていたが、ここに来れないと言う事だろう。
「それは仕方が無いか……じゃあ、じいちゃんが来るまで、休憩しておこうか」
その場にテーブルを出して、お茶やお菓子を取り出していく。
幸い、時間を潰すための話題は沢山ある。
ティーダとお菓子を摘みながら、地龍の事などを話していると、マリア様の声が聞こえなくなった。
振り向いてみるとお説教は終わったようで、マリア様がこちらに近づいて来ていた。その後ろには、虚ろな目をしたライル様も居る。
「ここいいかしら?」
マリア様は俺の返事を聞く前に、空いていた椅子に腰を下ろした。背後には、虚ろな目をしたライル様が立っている。
「地龍の取引はどう変更しますか?」
俺は、マリア様が座ったのを見てから口を開いた。
「さすがね。まあ、テンマ側の条件を変更する訳では無いわ。変更するのは、取引相手が、『ライルでは無く、ティーダに変わる』と言うのと、『王家の指示で、地龍を退治した訳では無い』と言う事よ」
一つ目の理由は分かる。要は、『未来の国王候補』であるティーダの功績を作る事と、ティーダと俺の繋がりを強める事。この変更は、俺にもメリットがある話なので理解できる。
問題は二つ目だ。ティーダの功績を作るのなら、資料に王家の指示があったと残した方がいい筈である。
俺とティーダの疑問を感じ取ったのか、マリア様は微笑みながら教えてくれた。
「簡単な話よ。王家の指示があったなんて、状況を考えればすぐにばれる話だわ。もしかしたら、その事を貴族に突かれて、要らぬ苦労を負う事になるかもしれない。なら初めから、テンマが好意で王家に協力した、と資料に書いた方がいいのよ。そっちの方が、後々やり易いのよね」
という訳だった。
ライル様の方法だと、「王家が権力を使って俺に地龍を差し出させた」等とされかねない。身近な者達ならそれは無いと思うだろうが、一般人は信じるかもしれないし、改革派に至っては、確実に利用するだろう。
なので、批判を最小限にして、尚且つ事実を最大限利用しようと言う事だそうだ。
俺自身は気にしていないが、王族派と改革派のどちらに付くかかと言われれば、知り合いの多い王族派になる。
少し前の俺なら派閥争いに加わりたくないと言って、どこか知らない所へ行くかもしれないが、今の状態ではどのみち巻き込まれるのは確定しているので、立場を明確にしておいた方が都合がいいだろう。
何せ、王族派のトップ達と今の所は仲がいいのだ。これを利用しない手は無い。
「問題は無いです……でも、あくまでも俺は、好意の協力者ですからね」
「ええ、何も問題は無いわ。テンマはただ単に、王家を好きでいてくれている、ただの一般人よね」
と、色々と腹黒い話をする俺とマリア様にティーダは引き気味であるが、その話の中心に自分が関係している事を理解はしているようだ。
なお、話の最中、ライル様は微動だにしなかったのだが、マリア様の笑い声だけには反応して、顔を青くしながら体を震わせていた。




