表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/318

第6章-1 平常運転

舞台は変わっていませんが、一応の区切りとして新しい章になります。

「それでこんなに騒がしいのか……大変だね、テンマ君」

「お疲れさまです、テンマさん」


 俺は客として現れたサンガ公爵とプリメラに労われて、苦笑するしかなかった。


 アムールの一言を切っ掛けに、三人娘との言い争いが始まり、それにアウラが便乗してジャンヌを煽り、ククリ村の面々がそれを肴に宴会を始めたのだ。

 更にその後で、サモンス侯爵も現れた。


 侯爵はガリバーの治療のお礼とお祝いの言葉を述べて帰ろうとしたが、サンガ公爵も来るはずだから、と宴会に誘ったところ、喜々として参加する事になったのだ。どうやら少しは期待していたらしい。


 その場でガリバーを出してもらい怪我の様子を見たのだが、ガリバーは俺に怯える事は無かった。それどころか膝を付いて感謝を示している。


「おお、どうやらガリバーは、テンマ殿に大変な恩を感じているようですな!尊敬している様にも見える」


 これにはサモンス侯爵も驚いていたが、すぐに笑い、「息子達に対しては、こんな事は形だけも取った事はありませんな!」などと言っている。


「懐かれる前に、敬われてしまった……」


 俺としては、ガリバーに尊敬されるよりも懐いてほしかったところだが、前と比べれば良くなったのだろう。


 その後ろで起こっていたアムールと三人娘を中心とした言い争いは、アイナの介入で収まっていた。アウラはアイナの後ろの方で、頭を押さえてうずくまっていた。

 その時にサンガ公爵親子が来たので、迎えに行き事情を話したところ労われたのだ。


 そして宴会は続いて行く……

 ククリ村の誰かが酔っぱらって踊り出せば、自然と宴会は舞踏会になり、誰かが歌い出せば、演奏会へとなった。しかも、演奏会では眷属達がはしゃぎだして、それぞれ鳴き声を出して騒ぎだす。

 初めの方はただの雑音であったが、次第に揃いだして立派なコンサートへと変わっていった。



「おう、テンマ。少しいいか?」


 眷属達によるコンサートが終わった頃、ジンがガラットと共に近づいて来た。


「テンマはオークションが始まるまで暇なんだろ?ならその間に狩りにでも行かないか?」


 ジンが言うには、この時期になると、どうしても屋台などで使う肉類などが少なくなり、それを調達してくれとの依頼が増えるそうだ。

 なので、小遣い稼ぎも兼ねて狩りに行かないか、との事だそうだ。


「この時期は、肉なら何でも売れるからな……さすがにゴブリンとかのはダメだが。なもんで、ちょっくら行ってみないか?王都から半日程いった場所に、丁度いい森があるんだよ」


「という訳で、どうだテンマ。男だけで行ってみないか?」


 ガラットの、男だけで、という言葉に俺は参加を決めた。しばらく、あの騒ぎから離れたくもあったからだ。

 俺の後ろの方では、未だにアムールと三人娘がにらみ合っている……と言うか、ほとんど三人娘が突っかかっている感じだ。アムールは平然と肉をかじっていた。


「ああ、それは俺としてもありがたい……でも、男だけって、俺達三人だけか?」


 男だけと言っても、この三人で行くとなると絶対にメナスとリーナが黙っていない筈だ。


「それがよぉ……ブランカにも声を掛けてみたんだが、嫁さんへの土産探しがあるからって断られてな……」


 ジンが悩んでいると、そこに一人の男が近づいて来た。


「なら、俺が参加してもいいですか?」


 その男はアグリのチームに居た戦士だ。


「確か、アグリのチームの……誰だっけ?」


 俺の言葉にジン達も同意する。男は忘れられた事に気落ちした様子だったが、慌てて自己紹介を始めた。


「あっ、スイマセン!俺、リッキー・モナカートです。アグリ・モナカートの孫です」


 張り切っているリッキーに対し、ジンとガラットは何か相談した後で……


「俺達は別にいいけどな、まずはリーダーに許可を取ってくれ」


 との事だ、その言葉にリッキーは首を傾げる。俺は、ジンが何を考えているか大体想像がついた。


「リーダーはそこにいるだろ。そいつだよ、テンマだ」


 ガラットは、ニヤニヤ笑いながら俺を指さした。

 ああ、やっぱり、と思う俺と、何でだ、と不思議がるリッキー。


「それは当然だろうな。リッキーよ考えてもみろ、この中で一番強いのはテンマであり、一番弱いのはお主だろう?」


 その言葉に腹を立てたリッキーであったが、振り返り、その言葉を発した人物を確認して怒りが収まったようだ。


「そりゃないよ、じっちゃん!」


「違うのか?」


 リッキーからじっちゃんと呼ばれたアグリが、じいちゃんと共にやって来た。


「いや、それはそうだけど……でも、狩りの年期では俺やジンさん達の方が上だろ?」


「だから、お主はBランクに上がれんのだ!マーリン殿から話を聞いたのだが、テンマは5~6歳の頃には一人で大老の森に入り、狩りなどして遊んでいたそうだぞ!それから数えても、テンマは10年近い経験を積んでいるようなものだ!(テンマ)を見かけで判断して、人知れず消えて行った冒険者が何人いた事か……お主もその口か?」


「「ぷっ!」」


 アグリの言葉に、ジンとガラットは噴き出している。俺のセイゲンでの活躍を知っているからだろう。


「褒められた事じゃないんだがのぅ……リッキーじゃったか、テンマは年下じゃが、中身は別物と考えた方が良いぞ。何せ、その腕前は村一番だった父親よりも上じゃったからの」


「ほう、それは初耳ですな!確か、テンマ君の父上と言えばリカルド氏で、陛下がチーム戦で優勝した時のリーダーをやっていましたよね」 


 じいちゃんの話に加わって来たのはサンガ公爵だ。その横にはサモンス侯爵も居る。


「リカルド氏は腕の良い狩人とも聞いていましたから、そのリカルド氏を超えるとなると、テンマ殿はどれだけ規格外の子供だったのやら……見当がつきませんな!」


 サモンス侯爵はグラス片手に笑っている。因みにこの二人、王族派の重鎮なので、若い頃から王様を支えており、その関係で父さんと母さんの事を調べた事があるらしい。ただ、面識はないそうである。


 大貴族が二人来ているというのに、アグリの説教は続いている。どうやら酔っぱらっているようだ。

 よく見れば、じいちゃんの顔も赤い。

 このままでは俺にまで飛び火して来そうだったので、先手を打つ事にした。


「リッキー、参加していいからな!じいちゃん、俺あまり食べていないから、ちょっと食ってくるよ!」


 と、そそくさとその場を離れた。その場にいた者達は、リッキーとアグリ、そしてじいちゃんを残して、さり気なく俺の後に続いていた。

 酔っぱらいの二人は、その場に俺達が居なくなった事には気が付いていない。





「ところで、テンマ君は王城のパーティーには参加するのですか?」


 じいちゃん達からだいぶ離れた所まで移動してから、サンガ公爵が訊ねて来る。

 

「ええ、流石に参加しないという訳にはいかないようですし、何より、マリア様に呼ばれていますので……」


 正直言って、王様よりもマリア様の言葉の方が、俺には断り辛い。マザコンの気があるのかな?俺って……


「なら、テンマ殿は誰と(・・)参加するのですかな?」


 サモンス侯爵への返答にサンガ公爵も興味があるようで、黙って俺を見ている。

 こういった場合のパーティーには異性の同伴が基本とされているので、俺が誰を選ぶのか知りたいのだろう。


「一人で行きますよ。正確にはスラリン達を連れて行きますけど、恐らくバッグから出す事は無いと思います」


 俺の答えを聞いて、サンガ公爵は一瞬だけプリメラの方に目を向けていた。どうやら、俺が迷っていたならば、プリメラをパートナーにねじ込むつもりだったのであろう。

 サモンス侯爵は、サンガ公爵の援護をするつもりで聞いたのだと思われる。


「しかし、ああいったパーティーでは、異性の同伴者を連れて行く事は基本ですぞ」


 サモンス侯爵は、なおも食い下がって来る。


「ええ、貴族(・・)なら基本でしょうけど、俺は爵位を持たない一般人ですので……それに、婚約者の振り(・・・・・・)をしてもらわなくても、自力でも何とかなりますので」


 婚約者の所を強調して言うと、サンガ公爵とサモンス侯爵は観念したようだ。


「しつこく言って申し訳なかったね」


「いえ、お二方のお気持ちはありがたいですから。それに恐らく、お二方以上に張り切っているお方がいますし……」


 十中八九、マリア様が会場内での俺の行動……と言うより、俺に近づいて来る人物に目を光らせる事だろう。何せ、俺の結婚相手には自分の許可がいる!と言っていたらしいからな……迷惑ではあるが、こういった場合はありがたい。


 俺の言葉を聞いて、二人は納得したようだ。


「まあ、それもそうだね。あのお方が見過ごす筈は無いか……」


「そうですな。おっと、新しい料理が運ばれてきたようですな。公爵様、行ってみませんか?」


 サモンス侯爵の言葉にサンガ公爵は頷き、二人してこの場を離れて行った。




「惜しかったですなサンガ公爵殿。もう少しで、プリメラ嬢が一歩リード出来たのに……さすがはテンマ殿、と言ったところですかな」


 テンマからだいぶ離れた位置で、サモンス侯爵がサンガ公爵へと話しかけた。


「仕方が無い。テンマ君にその気が無いのに、プリメラを無理に押し付けるのは逆効果だ。それに、ダメで元々だったのだ。こちらにはその気がある、とだけ伝わっただけでも良しとしよう」


 さすがにこの二人は大貴族と呼ばれるだけあって、テンマの機嫌が悪くなる一歩手前で引いていた。

 もっとも、これがこの二人でなかったら、テンマはとっくの昔に機嫌が悪くなっていただろう……と言うか、この宴会に参加させてもらえなかっただろう。


「しかし、テンマ君に『義父(ちち)』と呼んで貰えないのは残念だけどね」


 公爵とて、何も自分の利益の為だけにテンマをプリメラとくっ付けようとしたわけでは無い。

 それくらいにテンマ気に入っており、プリメラを大事に思っているのだ。


「公爵殿はまだいいですよ。家には男しかおりませんしな……しかも、下の方はテンマ殿に嫌われているでしょうし……何で私は、娘が出来るまで頑張らなかったのだろうか……」


 サモンス侯爵もまた、義息子にしたいと思うくらいテンマを気に入っていたのだった。

 なお、テンマは侯爵が思っているほど、『息子(ゲイリー)』を嫌ってはいなかった。侯爵は知る由もないが……




「それで、何時狩りに行くんだ?」


「早ければ、明日の昼には王都を出て、明後日の昼過ぎくらいに帰って来るのがいいんじゃないかと思っている。肉も早めに捌きたいしな!」


 少し急な気もするが、ジンが言うには「早めに動いておかないと、同じ事を考えている奴はゴロゴロいる筈」との事で、ガラットもその意見には賛成だそうだ。


「一日だけだから、そんなに荷物はいらないし、大会用の準備で事足りる筈だ。ただ、テンマのマジックバッグを利用させてもらえるなら、今からでも行けるけどな!」


「いや、狩りの獲物を収納するのはいいんだけど、流石に今からは嫌だぞ。後、分け前はどうする?」


 これが一番の問題である。何せ、こういった合同で行った狩りの分け前を巡り、殺し合い寸前までいった……等と言う話は珍しくなく、時にはいつも組んでいるパーティー内でも、もめる事さえある。

 もっともよく聞く、冒険者あるあるの話の一つだ。


「ああ、それなんだがよ。ギルドが推奨している方法があるから、それでやってみようと思う。まず、時間を決めて、皆で行動しながら狩る。この時に狩った獲物は皆で等分にする。その後で個人行動に移って狩りをする、この時の獲物は個人の物だ。これを何度か繰り返す」


「ちょっと面倒だけど、皆で狩る時間と個人で狩る時間を作るから、一人だけ取り分無しにはならないんだ。個人行動の時間は休憩に充ててもいいし、誰かと行動していてもいい。誰かとする時は分け前は等分だ。まあ、これでももめる時はもめるけどな」


 しかし、他にいい案は無いし、元々俺自身、他人と狩りを行う事が少ないので、口を出す事が出来ない。


「それでいいんじゃないか。全く知らない者同士で行くわけでもないし」


 何かあったら話し合いで解決すればいいだろう。リッキーの事はよくわからないが、ジン達の事はだいぶ知っているつもりだ。


「なら決まりだな。どうせ、明日は昼頃に起きる事になるだろうし、この様子なら集合も問題ないだろう。この場で雑魚寝しそうだしな」


 ジンの言葉を聞いて辺りを見渡せば、そこかしこに酔っぱらいの集団が出来ている。その多くはククリ村の人々だ。宴会は夕方から始まって、まだ2~3時間しか経っていないのに、すでに酔いつぶれて寝ている人もいる。


「じゃあ、予定も決まった事だし、俺達も行くか!」

「応!」


 ジンとガラットは、気合を入れて酒が置いてあるテーブルへと向かって行った。

 俺はリッキーに予定を話しておこうと探すと、リッキーはまだアグリにつかまっていた。リッキーの瞳からは生気が失われつつあった。

 そんなリッキーがアグリから解放されたのは、それから1時間程経過してからだった。



 その後、夜遅くまで続けられた宴会は、最終的に大半の参加者が酔いつぶれ、その場に雑魚寝する事になってしまった時点で、自然とお開きとなった。


 さすがにサンガ公爵達は酔いつぶれる事なく帰って行ったが、プリメラはかなり危ない状態であった。






—―——少し時間をさかのぼった王城————


「さて行くか……」


 辺りに人気が無いのを確認した男が、こっそりと自室から出て馬車の所へと向かっている。


「誰だ!」


 男が角を曲がろうとした時、後ろから付いて来る何者かに気が付いた。


「おじさま、ルナです」


 後ろから姿を現したのは、小柄な人影……この城に居る最年少の王族、『ルナ・フォン・ブルーメイル・クラスティン』王女だ。

 ルナはひょっこりと姿を見せて笑っている。


「何だルナか……どうしたんだ」


 おじさまと呼ばれた人物は、この国の軍務大臣にして王族でもある男、『ライル・フォン・ブルーメイル・クラスティン』。


「ちょっとお出かけを……」


「ほほ~う……ならちょうどいい、俺も出かけるところだ。うまい飯が出るところを知っているから、連れてってやろう」


「はい!」


 二人は辺りを警戒しながら廊下を進み、目的地まであと少しの所までやって来た。


「ルナ、止まれ……誰かいるぞ」


 二人の間に緊張が走る。ライルがそっと気配のする方を覗くと、そこには二人の男が居た。


「ルナ、大丈夫だ。どうやらお仲間の様だ……おほんっ!お二人共、何をしておいでですかな?」


 ライルの芝居がかったセリフに、二人は慌てて身を隠そうとするが、すぐにライルだと分かり、更にライルの目的を察したようで、安堵の表情を浮かべていた。


「何だ、お主か……脅かすな。何、今から街の視察に行こうと思ってな」


「陛下自ら……しかも、大公閣下とご一緒に、ですかな?」


 そこに居た二人組は、この国のトップにして、ライルの父親である『アレックス・フォン・ブルーメイル・クラスティン』。人は彼を国王と呼ぶ。

 そして、国王の横に居るのは『アーネスト・フォン・ブルーメイル・クラスティン』。王族最年長の男で、前国王の弟であり、この国の大公の位を持つ男だ。


「うむ、わしと国王陛下自ら視察を行う事で、今回の祭りの成功点、失敗点を見極めようと思ってな。あまり仰々しく参る訳にもいかないので、二人だけで見て回ろうとしていたのじゃ」


「まさに大公の言う通りだ……ところで、お主はルナを連れてどこに行こうとしているのだ?」


 大公と国王は事前に考えていたであろう言い訳を並べた後、ライルとルナの目的を聞き出そうとした。


「いえ、私達も陛下と同じ考えです。こういった事は、若い者の視点も聞き入れた方が良いと思ったので、ルナも一緒なのですよ。その視察の後で、うまい飯でも食べようかと思いまして……」


 ライルの言葉に、国王と大公は顔に笑みを浮かべた。


「ほう、そうかそうか、奇遇じゃの。わしらも視察の後で、うまい飯でも、と思っての」


「この日のこの時間帯に、偶々うまい飯を出すであろう所を知っていてな……ちょっと顔くらい見せに行こうかと思っていたのだ。よし!二人共、付いてまいれ!」


 国王の言葉に三人は頷き、馬車に乗った。


「すまんが、適当に街を回ってくれ。後でまた指示を出す。これは駄賃じゃ。この事はくれぐれも内密にの……」


「はい」


 最後に馬車に乗った大公が、帽子を目深にかぶった御者に向かって指示を出し、幾ばくかの金を握らせた。

 そして、御者は全員が乗ったのを確認し、馬車をゆっくりと進ませた。


「楽しみだな!どんなうまい物が出て来るのやら!」

「私は甘いものが出るといいな!」

「うまい酒も欲しいのう」

「まあまあ、皆落ち着くのだ。まずは、形だけでも視察をせねばなるまい」


 などと言いながら、馬車の中で四人は楽し気に話している。

 その間にも馬車は、時に曲がり、時に止まり、時に速度を落としながら進んでいく。


「そろそろ街に出たかの……って、まだ庭ではないか!どういう事だ!」

「まさか図られたのか!」


 大公が驚き、ライルは腰に下げた剣をいつでも抜けるように手を添えている。


「いいえ、ここが目的地ですよ」


 御者がそう答えると同時に、ドアが外から開けられた。

 ライルが剣を抜こうとした瞬間……


「仕事を放っておいて、どこに行こうとしているのですかな?軍務卿、大公閣下、それに国王陛下?」


 そこに立っていたのは、この国の次期国王である、『シーザー・フォン・ブルーメイル・クラスティン』皇太子と、役職としては軍務卿(ライル)と同格であり、王族としては少し上の地位にいる、『ザイン・フォン・ブルーメイル・クラスティン』財務卿であった。


 おまけに……


「ルナ!勉強をさぼって、どこに行こうとしているんだ!」


 次々代の国王になる予定であり、継承権第二位の少年、『ティーダ・フォン・ブルーメイル・クラスティン』王子(皇太孫)までいる。

 しかも……


「あなた……今、テンマの所に行ったら、どうなるかくらいは分かっている筈よね?」


 と御者の席から底冷えするような声が聞こえてきた。


「マ、マリア!何でそこに!」


 御者の振りをして、少しの間馬車を操っていたのは、国王の妻であり、ある意味で王族最強の権力者の『マリア・フォン・ブルーメイル・クラスティン』王妃であった。

 普通、直に接した大公くらいは、御者の正体に気が付きそうなものであるが、他の王族を出し抜いてうまい酒が飲めると浮かれていたので、マリアが御者の振りをしているとは、これっぽっちも思っていなかったのだ。


「さて何ででしょう?では、行きましょうか、あ・な・た。それに、大公閣下も……」


 国王と大公は、マリアに引きずられながら、その場をあとにした。 


「ふむ。ならば我々は、軍務卿にしっかりと話をしないといけないな。なあ、財務卿」


「ええ、皇太子様。全く持ってその通りでございます。では、行きましょうか軍務卿」


 ライルは二人の兄に拘束され、連行されていった。


「そう言えば、まだお勉強が終わってなかった!急いでやらないと!」


 ルナは、共犯者達が次々と捕まっていく中、一人この場を逃げ出そうと走り出した。

 だが、走り出した瞬間、後ろ襟を掴まれてしまい、逃走に失敗した。


「気付いてくれてうれしいよルナ。そんなに張り切っているんだったら、私が今から勉強を教えてあげよう!」


 ティーダは笑みを浮かべながら、ルナを引きずって行こうとする。と、その時……


「ティーダ、お待ちなさい!」


 ティーダ達の正面から、女性の声が聞こえて来た。


「お母様……」


 ルナは助けを求めようと、手を伸ばした。

 手を伸ばされた女性、『イザベラ・フォン・ブルーメイル・クラスティン』皇太子妃は、ルナの手を握り、逃がさない様にがっちりと脇に挟んだ。


「お母様?」


「ティーダ、流石にあなた一人で、朝まで勉強を見るのは無理だわ。私も手伝うから、先に行ってメイド達に事情を説明して来なさい……こんな時にアイナが居てくれればよかったのに、もう!」


 ルナはここに来て、イザベラが現れた意味を知った。自分を助ける為でなく、自分の敵になる為だと……


 今夜の王城は、眠()ない……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ