悩み苦しみ、延々と綴れ
ぽつり、ぽつりと雨が地面を打つ音がする。
窓から見える世界は暗い。それは、今は夜であることを示している。けれど、月の姿はない。
空は黒に近い灰色で覆われて、月光を遮ってしまっている。灰色のキャンパスに青白い線が描かれて、一瞬で消されている。
机の前で、彼は――悩んでいる。私が彼に出来ることは、机の上に紅茶が注がれたマグカップを、そっと置いておくことだけ。
本来香り高いはずなのだが、私の雑な仕事のせいでそれを失っている。言ってしまえば、ただの色のついた水だ。
それでも、彼は文句一つ言わずに口を付ける。いや、まず味を気にする余裕がないのかもしれない。だから、彼は文句を言わない。
彼の目の前には、一冊のノートが開かれている。そこに、文字も絵も何もない。
不意に、白いページに小さな染みができる。彼は目を見開いて、静かに泣いていた。
彼は悩んでいる、何に悩んでいたのか分からないのだ。
彼がペーパーナイフを持ち、腕にあてがう。ちょうど、血管が浮かび上がっている場所に。
少し動かせば、血が溢れ出る。更にそこから深く抉れば、生という鎖から解放されるかもしれない。
彼は、……解放を求めている。
彼はナイフを振りかざし、勢いよく突き刺した。それは暗闇の中で、怪しく光る。
――彼は、また苦しむのだろう。
机に刺さったナイフを抜き取り、彼はそれを後ろに無造作に投げ捨てる。
そして、また彼は泣く。今度は大きな嗚咽を漏らしながら。
彼は綴る、苦しみを。
彼はそれをしかと握り締め、自分の鏡を斬りつける。
彼の中身は虚無だ、文字も絵も何もない。
彼は自分が嫌いだ、だからそれを切り刻む。
彼は筆を手に取り、紙片の一つにゆっくりと、自分自身に憎しみを込めてこう綴った。
――悩み苦しみ、延々と綴れ。