5-2、創生
「さ、エルト。私たちも行こう」
呆然と光景を眺めていたエルトも、メイシャに引かれて試験会場内へ入る。エルト達を含め最後の集団が全て会場内に入りきりと、開いたときと同じ重厚な音を立てて扉が閉まっていった。
「ここが試験会場?」
中に入ると、そこには何一つ物のないただっ広い部屋が広がっていた。数百人の受験生が入っても余りある部屋はエルトの通っていた基礎学校がすっぽりと入ってしまいそうなほど大きかった。
しかし何もない、ように見える。
「ここに生力が満ちているの?」
メイシャがうわーっと興味を引かれるままに離れて行ったことをいいことに、足元のにゃーさんに話しかける。にゃーさんはエルトに肯定の意味で鳴くと、楽しそうに周囲を走り出した。ティーアもエルトの頭から飛び立ち、エルトの周りを飛び回って遊んでいた。
(んー。僕には何も感じられないのかな?)
試しに目を閉じてみる。すると目を閉じた筈なのに、ほんのり瞼の外が明るく感じた。
それと同時に何やら暖かいモノが体に流れ込んできているのを感じる。この感覚には覚えがある、生術を使ったときと同じだ。
「あっ!」
目を開けて、手を開き手に意識を集中してみる。すると暖かい流れが手に集まってきて、手がわずかに光り出した。
「うわぁすごい」
目が慣れてきたのか、気づけばエルトの体全体が淡い光を放っているように見えた。にゃーさんやティーアはもっとまばゆい光を纏っている。
「すごい!この部屋は心地がいいな」
暖かく、柔らかい空気に包まれて、体が軽く感じる。手を伸ばして生力を意識的に放出してみる。ダメ元だったが、生力はエルトの思った通りに空中に放たれ綺麗な光に変わった。
「楽しい!!」
にゃーさんやティーアと共に広い部屋を歩き回る。同じ部屋の中でも生力の量にムラがあるのか、エルト達の周りの光は強くなったり弱くなったりを繰り返していた。
部屋に入って数分、エルト達が遊んでいる間にも一緒に部屋に入った受験生たちは一心不乱に試験課題に取り組んでいる。目を閉じて意識を集中して生力を集めようとしている人、手を広げて集まれー!と声を上げているもの、優しげに生力に声をかけてみている人、手で周囲の生力をかき集めようとしている人―――様々な方法で生命体を創ろうと努力している姿が見えた。
ある人の元には光が集まり、やがて生き物の形に変わっていっていた。でも大半の受験生の元にはいくら頑張っても光は集まっていかない。
すっかり目が慣れたエルトには部屋に満ちる生力の光がぼんやりと見えていた。誰の元に光が集まっているか、集まっていないかエルトには一目瞭然だった。
「綺麗だな」
部屋中がキラキラ光って見える。それを部屋の隅でエルトは眺めていた。
本当は部屋の隅に立ち、試験の様子を眺めているエルトの周りに一番光が集まっているのだが、エルト自身にそれは見えない。この部屋にいる誰もが生力を肉眼で見るほどの適性を持っていなかったため、それに気づく人も誰もいない。エルトとにゃーさん、ティーアの元に近寄っては去っていく生力の流れは、まるで生力がエルトに挨拶をしているようにも見えた。
「あっあそこ!」
少しして、部屋の一角から一際眩い光が放たれるのが目に入った。興味の引かれるままに近づけは光の中心に見覚えのある姿がある。
「メイシャ…?」
他の人には見えていないであろう光の中心に立つメイシャの驚いた顔と、その肩に集まっていく生力達。やがて光が消えると、そこには相変わらず驚き顔のメイシャがいて、肩にはリートとは違い鮮やかな黄色をしたカナリアが止まっていた。
「リート…?」
メイシャが呼べばメイシャのすぐそばを飛んでいたリートが黄色いカナリアとは反対側の肩に止まる。メイシャの両肩に止まったカナリアを交互に眺める。
「メイシャ、その子は?」
「あっエルト!」
ようやくエルトに気づいたメイシャが、近づいてくる。その肩で二匹のカナリアが綺麗な声で仲良く会話していた。
「その子もメイシャの生命体?」
「そうみたい。いま新しく友達になったの」
新しい生命体を創った実感が沸いてきたのか、メイシャが笑顔で紹介してくれる。黄色いカナリアを撫でる手つきは優しかった。
「可愛いカナリアだね。いま、メイシャのとこに生力が沢山集まっていくのが見えたんだ」
「えっエルト、生力が見えるの?」
メイシャが驚いた顔をする。ということはメイシャには見えないのだろうか?
「うん、目が慣れたら見えるようになったんだ。それで何人かのところに生力が集まっていくのが見えていたけど、メイシャのは桁違いだった。この子はきっと、強い子だよ。それにメイシャのことが大好きなはず」
いまもエルトの目に残る光を思い出し、エルトがカナリアに笑いかける。黄色いカナリアもエルトに挨拶するかのように鳴き、徐にエルトの元に飛んできた。それを指を出して受け止め、優しく背を撫ぜてやる。
「名前を決めなきゃね」
「そうね。うーん……よし、決めた!ルーフ、この子の名前はルーフにする!」
どうかな?メイシャの問いかけに、ルーフと名付けられた黄色いカナリアが嬉しそうに羽を広げた。
「気に入ったみたいだね」
「うん、これからよろしくねルーフ」
エルトの腕の動きに従って飛び立ったルーフはリートと共に空でじゃれ合っている。微笑ましい光景だ。
「生命体二匹持ちかー。そうしたら学校は第五か、第一だねぇ」
「ん?二匹持ちだと何か違うの?」
「うん、やっぱり単体と複数だと使い方とかが違ってくるから。第五生術学校は複数生命体使い(フィーレリビニスト)に特化した学校で、二匹以上生命体を持っている人は基本第五に行くの。例外は第一に通えるほどの力がある場合だけ。第一だけは純粋に力の強さで入学者が決まるからね」
「へぇー」
何も知らないエルト向けの丁寧な説明にお礼を言って、ちらりと足元に視線を向ける。ひとしきり生力で遊び、飽きたらしく今はエルトの足元で大人しくしているにゃーさん。それに頭上のティーア。
(この場合、僕も複数使い(フィーレ)になるの、かな?)
いや、なるんだろうけど。にゃーさんの存在が誰にも分からない以上、それを主張することは出来ない。
(ということは、僕は第一に入らないとまずいのか?いや、まあ別に複数使い(フィーレ)に特化する必要はないけど……)
エルトにしか分からない疑問に首を傾げているうちに、気づけば周囲に広がっていた生力が落ち着きを見せ始めていた。どうやらもうそろそろ試験時間が終わるらしい。
「じゃあ、第二試験に向かおうか」
「そうね」
生命体を創れて喜ぶ人に対して、生命体を創れずに終わり落ち込む人の方がはるかに多い。厳しい試験を越えた人たちだけが、エルト達と同じ扉に向かって足を進めている。
光に満ちた部屋を出る前にもう一度エルトは振り返る。
夢に破れた受験生たちが一人、また一人と部屋を後にしていく姿を眺める。
選ばれた、なんておこがましいことは考えていないけれど。でも多くの人が歩けなかった道を僕はこれから歩いていくんだという実感が体に沁みわたっていく。
(僕、頑張るね)
思いを断ち切るように前を向いたエルトを、見送るかのように部屋の生力がふわりと宙に舞う。
それを見る者は当然誰もいなかった。