4、妹弟
「じゃあ行こっか!エルトは首都出身、じゃなさそうね」
「うん、だいぶ辺鄙なところから来たんだ。メイシャは?」
「私もいくつか先の町から来たの。なら、二人共こっち!」
迷いなく歩き出すメイシャに引っ張られるようにして、エルトも左右に集まる集団の内の左の方へ向かう。遠くなっていく人だかりと行先を交互に見て、首を捻るエルト。
「どうしてこっちなの?」
「あっちは首都住みの人の受付なの。で、こっちはその他の都市から来た人用。首都の子は試験会場が近いから、十二歳になったら進路希望はともかく全員ほぼ必ずこの試験を受けるの。それに対して他の都市からは、来るのが大変だったりするから本気で試験を受ける人しか来ない。ということで、人数バランス的に首都組とその他組で分けられてるんだって」
「なるほど……」
そういわれて見てみれば、右の集団、メイシャ曰く首都組の子供は友達同士で固まっている子がほとんどだ。奥の方に先ほどエルトの前を走っていった少年の姿も見えた。
対する左の集団は、首都に来たことがないのか辺りをきょろきょろ見渡しながら各々不安そうに列に並んでいる、エルトと同じような子供が多かった。
そして両方の集団に言えることには、生命体を連れている人がほとんどいないということだ。ざっと見渡してもエルトとメイシャの他は、ほんの数人いるかいないかといったところだろう。
「どうしてみんな生命体を持ってないのかな?」
「あのね、生命体を創るにはとても沢山の生力が必要なの。でも、普通そんなに生力がある場所なんてないからこの試験以外で生命体を創るには、高い生術への適性と、才能、あとは環境がないとダメなんだ」
「へぇーあっじゃあメイシャはすごいんだね!」
「私はたまたま生力が多い場所に住んでいたから……。それと毎日の積み重ね、なのかな?」
「積み重ね?」
「うん、小さい弟がいてね、寝る前に子守唄を歌ってあげてたの。毎日毎日歌ってて、ある日私も思わずうたた寝しちゃったことがあって。少しして慌てて起きたら肩でこの子が私の代わりに歌ってくれてたの」
メイシャが目を細めてリートを撫でる。
「突然のことだったかわ私にもなんでこの子が生まれたのか分からないんだ。でも、きっと私の歌に惹かれて私の元に来てくれたんだって信じてる。歌に生力が集まってきてくれたんだって」
えへへ、と照れたようにメイシャが笑う。
「エルトはどうやってティーアと出会ったの?」
照れ隠しなのか少し早口でメイシャが尋ねる。
「僕は……」
聞かれてエルトは二匹との出会いを思い出す。助けられたり助けたり、にゃーさんもティーアも山で出会ったけれど、エルトが何かしたという思い出はない。少なくともティーアはエルトの元に来る前から生命体としての形を持っていたし、にゃーさんの時は詳しいことをほとんど覚えていなかった。
にゃーさんのことは話せない。メイシャに見えていないのだから説明のしようがなかった。そしてティーアの話も詳しく話すにはにゃーさんの存在が不可欠になってしまう。一瞬悩んだエルトは、結局当たり触りのないぼんやりとした解答を口にした。
「んー僕も同じかな……。僕は山の近くに住んでいたんだけれど、毎日通っていた山である日突然出会ったんだ。最初は山に住んでる生き物かと思ったんだけど、妹にも両親にも見えなかったからおかしいなって」
「そっかー。じゃあ私と同じ感じだね」
自分もはっきりと覚えていないからかエルトの答えに疑問を持った様子はなく、納得気なようすのメイシャに少しだけ胸が痛む。
「エルトは妹さんがいるんだ」
「うん、まだ基礎二年生なんだ。メイシャは弟くんがいるんだったよね?」
「そう!今度の誕生日で基礎学校に入学なの」
小さい弟について楽しげに話してくれるメイシャは、本当に弟のことが大好きなのだろう。言葉の端々から暖かい気持ちが伝わってくる。
そんなメイシャを見ていると、自然とエルトも妹のことが思い出された。
今朝も元気に基礎学校へ登校していった妹のレーレは、いつもと変わらない笑顔だった。これからもずっと兄と一緒であると疑いもせず、学校であった出来事を毎日楽しげに話してくれるレーレはエルトにとっても、とても大切な存在だ。
(ごめんね、レーレ)
生術学校はどれもエンディアからとても離れた場所にある。首都より遠いそこに通うには当然寮に入らなくてはならないだろう。そうなればレーレともなかなか会えなくなってしまう。
「メイシャは寂しくないの?弟くんと離ればなれになること」
「え?」
気づけば口から零れていた。エルトと同じ寂しさや苦しさをメイシャも感じているのか気になったのだ。同じだったとして、何があるわけじゃないけれど、聞いてみたいと思った。
「もちろん、寂しいよ。私はずっと自分の町で弟を見守って生きていくつもりだったから。リートと出会えたことは嬉しかったけど、でも本当は生術学校にくるつもりはなかったんだ」
肩に止まるリートを指先で撫でながらメイシャが先ほどまでとは打って変わって静かな声で言葉を紡ぐ。
聞いてはいけないことだったかな、そう後悔するにはもう遅かった。
「でもね、ある日弟が私に行ったの。“お姉ちゃんは生術学校に行くべきだ”って。僕なら大丈夫だからって」
空を見上げたメイシャの目には何が見えているのだろう。
「今日も弟が背中を押してくれたから来れたの。弟がいたからリートと離れずに済むの。だから私は寂しがってる場合じゃないなって。生術学校で少しでも沢山のことを学んで、力をつけて、今度こそ弟を私が守るんだ」
メイシャの顔がエルトに向けられる。
その瞳にはエルトにはない、決意と覚悟が込められていた。とても強くてきれいな瞳だった。
(そうか、僕はまだ迷ってるんだ。僕にはまだ覚悟が足りない)
メイシャを見ていて気づいた。家族を悲しませても、と言いながら本質的なところでエルトには覚悟が足りない。にゃーさんやティーアと別れたくないという思いは本物だけど、でも生術学校に行かなくてもなんとかなるのではないか、そう思っている自分がどこかにいるのだ。何があってもにゃーさん達と離ればなれになることはない、何故かそう思えてしまう。
今日ここに来ることを家族に言えなかったのも、不安で胸がいっぱいなのも、エルトに覚悟が足りないからだ。誰よりもエルトが本当にこれでいいのか、迷っていた。
(こんなことじゃ、二匹に申し訳ないな。もっとしっかりしなくちゃ)
メイシャの後押しをしてくれたのが弟なら、エルトの背を押してくれたのはにゃーさんとティーアだ。背を押してくれただけじゃない、ここまで連れてきてくれたのも二匹だ。
(僕にも見つけられるかな。メイシャみたいに真っ直ぐな何かが)
生術学校に迷いなくいけるような何かがエルトにも見つかるだろうか?すべてのリスクを背負ってそれでも、思いも重さもすべてを抱えてもそれでも真っ直ぐに生きていける何かがあるだろうか。
あるいは生術学校に行けばそれが見つかるだろうか?
エンディアに生きていれば見つかったのだろうか?
分からないことばかりで嫌になる。
“にゃあ?”
僕の表情を敏感に察したにゃーさんが心配げな声をかけてくれて、少しだけ元気が出た。視線だけで感謝を伝える。
「メイシャはすごいね」
「――――?なんで?」
「僕はまだ後悔してるんだ。家族を置いてここに来てしまったことを」
「私だって、後悔がないわけじゃないよ?」
「うん、でもメイシャは強い」
「そんなことは無いと思うけど……それでももしエルトがそう思ってくれるなら、それは私には夢があるから、かな」
「夢?」
「うん、夢。さっき言ったでしょ?今度こそ弟を守るって。生術学校に行けば、普通では手に入らない力と知識が手に入る、それはきっとこれから先の私たちを支えてくれる。それを手に入れるから守れるモノがあるはず。普通に生きているより、きっと守れるモノは多いはず」
私は、だから生術を知りたい。生術を学びたい。
「エルトは?エルトには守りたいモノはないの?」
「僕の守りたいモノ……」
守りたいモノ。ああ、それならある。たくさんある。
僕を助けてくれたにゃーさんを今度は僕が助けたい。
山で消えかけたティーアの消える姿をもう二度と見ないで済むような力が欲しい。
いつも笑顔で元気で、誰よりも楽しそうだったレーレがいつまでもそのままいられる場所を守りたい。
両親だってそうだ。いままでお世話になった山の平和も守りたい。
基礎学校で出会った友人だって、それにメイシャだって。
決意も夢もないけれど、でも無くしたくないモノなら沢山あった。
「なら、大丈夫だよ。エルトはその守りたい何かの為に強くなれる。生術はきっとエルトに力をくれるよ、エルトだけでは出来ない何かが出来る力を。何かを守りたいと思える人は、それだけ強くなれるんだって」
って、偉そうに言ったけど、これは弟が私に言ってくれたことなんだ。私のことを優しいと言ってくれる弟が私を送り出してくれた言葉。
「弟くん、すごいね」
「ねっ自慢の弟なんだ!まだ五歳だとは思えないでしょ?」
「本当に。いつかあったらお礼を言わなくっちゃ。それにメイシャにも」
「え?」
「ありがとう、メイシャ。分からないことだらけで、まだ不安は消えないけど。でも、ここにいてもいいのかなっていう後ろめたさが無くなったよ。ここまで来たことにも何か意味があるとやっと心から思えた」
ここに来たときと比べ物にならないくらい足と心が別物のように軽くなっていた。ティーアの風球に乗って遥か上空でした決意ときとは違う、もっと前向きな気持ちだ。
(そうだ、僕はもっとこの世界のことを知りたいと思った。そのためにすべてを犠牲にしても、って思った。でもそれは違ったんだね)
それで何かが守れなくなるわけではない、大切なモノを捨てなければいけないわけではない。世界を知ることと大切なモノを守ることはきっと両立するはずだ。両立できるはずだ。たとえ今は無理でも、いつかきっとこの決断が役に立つ日がくると、そう信じられた。
「本当にありがとう、メイシャ」
「もういいよ!恥ずかしいからっ!もし感謝してくれるのなら、これからもずっと仲良くしてくれると嬉しいな。私と友達になってくれますか?」
「もちろんだよ。もう友達だよ」
にっこりとお互いに照れながら顔を見合うのに合わせて、リートが綺麗な声で歌うように鳴き、ティーアがそれに被るように声を上げる。
エルトにしか聞こえない声で、にゃーさんもまた優しげな声で鳴いていた。
進展遅くてすみません。
次から本格的に試験開始ですー