3-3、旅立(※ 14/02/03 に追加しました)
「ついた……」
衝撃という衝撃もない見事な着地に呆然と狭い空き地を眺めていると、“クルル”と膝から頭の上に移動したティーアから自慢げな声が聞こえてきた。
「すごいよ、ティーア!ありがとう。にゃーさんも、ありがとう」
光の消えた二匹を撫でながら立ち上がる。ひらりと地面に降りたにゃーさんが“にゃあ”と大きく伸びをするのを真似てエルトも体を伸ばし、思いっきり空気を吸い込む。エンディアに比べて空気がよどんでいる気がした。
「さて、と」
ティーアとにゃーさんのおかげで遠い首都まで無事に来られた。ならば次は試験を受けにいかなくてはいけない。
キョロキョロと辺りを見遣りながら一先ず空き地に出口に向かって足を向ける。近くから喧噪が聞こえてきていたので、そちらに大通りがあるのだろうと目星をつけて、裏道でありながらエンディアとは比べ物にならないほど立派で整備された道を歩き出す。ティーアは相変わらず頭の上に静かに乗っているし、にゃーさんはエルトの左足すぐそばを寄り添うように歩いている。初めての場所だけれども、不思議と不安はなかった。
少し歩けばすぐに開けた道に出た。ところで、思わずエルトの足が止まる。
目の前に広がる道は、向こう側まで十メートルはありそうなほど大きな道で、そこをエンディアの全住民よりも多くの人が絶え間なく歩いていく。道の両サイドには華やかな店が所狭しと並び、そのどれもが多くの人で賑わっていた。この世界にはこんなにも沢山の人が生きていたのか、初めて見る光景にエルトの口は開きっぱなし、目は真ん丸だ。
「これが首都……」
人通りの激しい道に足を踏み入れることが出来ずに、ただただ流れていく名も知らない人々を眺めていると、エルトの立つ路地のすぐ横のやはり大きな花屋――エンディアで一番大きい建物だった町役場と同じくらいありそうだ――から、エルトと同い年くらいの少年と少女が飛び出るように出てきた。
「もう!早く早くっ。入学試験始まってるよー!」
「分かってるって。絶対生術学校行って、生術師になるんだもんな!」
頑張るぞー!と仲良く腕を空に伸ばした二人が、走ってエルトの前を通過していくのをぼんやり眼で追って、はっと我に返る。
「そうだ、僕も試験だ!」
よく大通りを見れば、何人もの少年少女が先ほどの二人と同じ方に向かっていっていた。きっと彼らもエルトと同じく生術学校を受けるのだろう。
「僕たちも行こう」
足早に歩く人々にぶつからないように、エルトもやっと大通りに出て先に進みだす。幸い受験生と思しき子供の姿は多く、道に困ることはなかった。物珍しい街の光景に目を奪われつつ歩くこと数分、だんだんと左右の建物の高さが高くなっていき、そして先の見えないカーブを曲がった先に目的の場所はあった。
「う、わぁ……」
目的地は一目で分かった。
大きな建物の集まる首都でも一際大きい建物の前に、エルトと同い年ほどの子供たちがこれでもかと集まっている。あまりに人が多く建物の入り口が見えないほどだ。
「全員入学希望者、なんだよね」
近づきがたい空気に足が止まったままのエルトの横を次々と新たな受験生が通過していき、目の前の人だまりをどんどんと大きくしていく。どの子もみんな、目を輝かせて生術学校に入りたいという気持ちが伝わってくる。母が作った服を着ているエルトとは違い、みんな多様で鮮やかな、整った身なりの子供ばかりだ。
こんな中で本当に自分なんかが受かるのだろうか。
そんな不安がエルトに襲い掛かる。思えば、エルトはここに来るのに精いっぱいでこの試験の内容すら全く知らない。当然試験の対策なんてものも全くしていなかった。
「どうしよう……」
次々と追い越される中、ふと足に何かが触れる感触があった。視線を向ければ、にゃーさんが無邪気な顔で頭をエルトの足に摺り寄せている。さらに頭の上のティーアも優しい声で鳴きながら髪をくいくいと引っ張っていた。
「にゃーさん、ティーア」
呼べばすぐさま答えてくれる二匹。そうだ、エルトは一人ではないのだ。大事な友達の力でここまで来て、大事な友達とこれからもずっと一緒に居るためにここに来た。家族を悲しませてまで目指そうと思った道を、こんなことで諦める訳にはいかなかった。
「僕、頑張るね」
二匹に笑いかけて、動き出す。その歩みにもう迷いはなかった。
―――――なかったのだが。
「あれ……」
人だまりに近づくと、受験生たちは無造作に集まっているのではなく大きく二つに分かれて集まっているのが分かった。それぞれで列がいくつか出来ていて、その列の先にはリューゼが来ていたものと同じデザインの生術師の制服を着た大人が受験生一人一人に対応しているのが見えた。
とりあえずどれかの列に並んでおけばいいのかな…?
どの列に並ぼうかときょろきょろして、エルトは列とは別のことに気づいた。
「みんなの生命体は……」
「あ、君も生命体を連れてるんだ!」
「えっ?」
突然聞こえた声に驚いて声の方に振り返れば、そこには一人の女の子が立っていた。
エルトに笑いかけるその少女はくりくりの茶色い瞳に、肩まであるサラサラかつふわふわの瞳よりも少し薄い茶色い髪をした可愛らしい容姿で、肩には同じく可愛らしい小鳥を乗せていた。くすんだ黄緑色の胸元に背には茶色の縞柄が入っている、少し地味なこの鳥は森で見たことがある。カナリアだ。
「えっと、君は……?」
「あっ急にごめんなさい!私はメイシャ・アンノース。そしてこの子が私の生命体、カナリアのリート」
よろしくね!と笑う少女、メイシャの声に反応して肩の上のカナリアが綺麗な声で鳴く。
その声はどことなくメイシャの声に似ている気がした。
メイシャとリートに目を奪われてぽかんとしているエルトに、笑顔を絶やさぬままメイシャが尋ねる。
「あなたは?」
「僕はエルト・シュプルング。この白鳩は僕の生命体のティーア」
ティーアもまたエルトの声に対応するように、クルルと挨拶をする。リートとティーアも互いに鳴き声を交わし挨拶をしているようだった。
そんなエルトの足元にいるにゃーさんは静かなものだ。案の定メイシャにもにゃーさんは見えていないようで、にゃーさんがそれを気にしている様子はなかった。エルトも慣れたもので、にゃーさんに構わず話を進める。
「それで、君も生命体を連れてるんだ、ってどういうこと?そういえば周りのみんなの生命体の姿も見えないけど……」
「当たり前だよ!だって普通はこれから自分の生命体を創るんだから」
「これから?これは生術学校の入学試験なんでしょ?」
「そうよ?この試験の一次試験が自分の生命体を手に入れること、なの!」
「へー……」
「君、えっと……シュプルング君って」
「あ、エルトでいいよ」
「じゃあ、エルト!エルトってもしかしてこの試験のこと何にも知らない?」
よほどぽかーんとした顔をしていたのだろう。メイシャが少し呆れたような口調で尋ねてくる。
「す、少しくらいは知ってるよ。でもここに来ればいいということしか聞いてなかったから……」
「それってほとんど知らないんじゃ……まあ、いっか。知らないものは仕方がないもんね。同じ生命体持ちのよしみで色々教えてあげる!」
「え、いいの?」
「私も試験受けるからそのついでにね」
「ありがとう、メイシャ。ここまで来たのはいいけど、この後どうすればいいかで困ってたんだ」
自分が名前でいいと言った手前、アンノースさんと呼ぶのはおかしいかなと思い、内心ドキドキしつつメイシャといきなり呼んでみたが、メイシャは照れくさそうに笑っただけだった。
すみません…!
なぜかこの部分を飛ばしていましたorz
ここなかったら唐突な展開すぎて自分で見直してびっくりしました……
本当にすみません。
以後気を付けます…。