3-1、旅立
リューゼと会ってから明日で丁度一ヶ月、つまり生術学校の入学試験が明日に迫っている。そんな中、今日もエルトは山へ入りいつも通り生業(予定)のきのこ狩りに精を出していた。普段と少し違うことといえば、エルトの腕にかかる籠が二つもあるということだ。
「よし、一つ目はこれでいいな」
その内の一つをきのこでいっぱいにしたエルトが満足げに呟く。今日のノルマはこれで終わり。いつもならこの後森を散歩したり家に帰ったりするのだけれど、今日はもうひと頑張りだ。
“にゃーあ?”
まだ探すの?と尋ねてくるにゃーさんに頷く。
「うん。今日は明日の分も集めとかないといけないからね」
エルトが笑えば、にゃーさんはすぐにキノコ探しに戻ってくれた。
あれから一ヶ月。
家族からの期待に今も心が痛むけれど、それでもエルトは生術学校へ行こうと決意していた。家族を悲しませることになっても、ずっと一緒に過ごしてきた友達を見捨てることなんてできない、例え入学試験に受からないとしてもせめて挑戦ぐらいはしてみたい、と。そうしなければきっと一生後悔だろうと、そう思った。
「もう、明日かぁ」
悩んでいたからかあっという間に感じる。リューゼと会ったのがほんの昨日のように思えた。それでも時間は確実に過ぎていて、気づけば採れるキノコも春モノだ。
にゃーさんのおかげで着々と集まっていくキノコ達。このペースでいけばすぐに二つ目の籠もいっぱいになりそうだった。いっぱいになった二つ目の籠をどうするのかといえば、倉庫の奥の方に隠しておいて、明日採ってきたことにするのだ。
明日試験を受けに行くにあたり、そのことを家族に話すか悩んだエルトは結局内緒で行くことにした。もちろん落ちるつもりはなかったが、全く知識の無いまま試験を受けるのだ、落ちてしまう可能性は少なくないだろう。下手に混乱させるのもよくないし、せめて確定した事実を話そうと思った。何よりも、受ける前に家族に引き留められ自分の決意が鈍ることが怖かった。自分勝手だと分かっていても、いまさら心は変わらなくても、やはり後ろめたい気持ちが無くなるわけではない。辛いことは少しでも先延ばしにしたかった。
まあ、だからこそこうして色々と工作が必要になったわけなのだけれども……。
内緒で行くからには一日で行って帰って来なければならない。エルトは生まれてからこの方外泊で出かけたことなんてないのだから、遅くても夕飯までには家に戻る必要があった。日中の日課であるキノコ採りはこうして採りためておくことが出来るが、移動はそうはいかない。
リューゼが教えてくれた会場である首都はエルトの故郷、エンディアからは遠いのだ。少なくとも一日でどうこうなる距離ではなかった。
それでも。
「にゃーさんとティーアが大丈夫だって言うからきっとなんとかなる、はず」
そういうことだ。
今を遡ること一週間前。受験を決めたはいいが、移動手段という根本的な問題を忘れていたエルトは自室で、基礎学校で使っていた全国地図を前に頭を抱えてた。地図の見方は学校で習った。
国の端の端、東端の山奥にあるエンディアに対し、試験会場となる首都コアディニアは国の中央南部に位置している。国内全体を見れば決して遠い方ではないが、子供一人が一日で行って帰ってくるにはどう考えても無謀な距離だ。
エンディアには電車なんて便利なモノも通っていない、電車が走っている最寄の町までですら大人で片道三日以上かかると聞いたことがある。まして首都なんて、こんなことがなければ一生行くこともなかっただろう。
「でも、行かない訳にはいかないし」
何か打開策は無いかと、どれだけ地図を睨んでも現状は変わらない。当たり前だ。こうなったら、家族に内緒でこっそり試験を受けちゃえ計画を変更して、家族を説得して数日前からじっくり試験に臨む計画に変えるしかないのだろうか。それにしたって、もう一週間しかない。今すぐ出発したとしても、たどり着けるか正直微妙なところだろう。
「ど、どうしよう……」
せめてもっと早く考えていれば、方法があったかもしれないのに!と思ったところで今さらだ。
「にゃーさん、ティーアぁ……」
どうしてもいいアイディアが浮かばなくて、思わず友人達の名前を呼ぶ。相当情けない顔をしていたのだろう、二匹がそれぞれ自分のベッド(エルト作)から近づいてくる。
“にゃ?”
代表してにゃーさんがどうしたの?と尋ねてきたので、地図を覗き込む二匹に事情を説明する。生命体はどこまで複雑な話を理解できるのだろう?一瞬疑問が頭を過ったが、余計な心配だったようでエルトの言葉をなるほどと言った顔で大人しく聞いている。前々から二匹の知能がそこらの動物とは違うのには気づいていたが、エルトが思っているよりもずっと頭がいいのかもしれなかった。
「と、いう訳なんだけれど。どうすればいいかな……」
具体的な案すらない、ほぼ丸投げ状態だ。というより、エルトとしてもにゃーさん達に相談したというよりは愚痴を聞いてもらったという気分だった。これで解決するなんて端から思っていない。
「やっぱり、今すぐにでも用意して出発するのが一番だよね」
たとえそれで間に合わなくてもせめて最善ぐらいは尽くしたい。
心を決めると、地図から目を話して荷物の用意を始めようと立ち上がった。
「にゃーさん、ティーアありがとう。おかげで少し気が晴れたよ……って、どうしたの?」
見れば二匹はまだ地図を眺めていた。にゃーさんがたしっと首都の場所を叩き、ティーアににゃあ?と何かを聞いている。それを見てティーアもクルルと何か返事を返しているようだ。
何かを相談しているような二匹の様子に、思わずきょとんとした顔を浮かべてしまう。そういえば、二匹がお互いに話している様子を見るのはとても久しぶり、恐らく出会ったころ以来だった。
何やら真剣そうな顔をする二匹の邪魔をしてはいけないと、傍観することほんの一分ほど。数回の言葉のやり取りで話がついたらしく、同時に深く頷く二匹。
“にゃ!”
「え?」
ティーアがおもむろに飛び立ってお気に入りの場所であるエルトの頭に着地する。にゃーさんはエルトに振り向くと元気よく、首都を手で示した。
「えっと、もしかして大丈夫ってこと?」
“にゃあ”
その通りだと言わんばかりに首を振る、にゃーさんと頭上のティーア。
エルトには何が何だかさっぱりだ。
「首都まで行く方法があるの?」
エルトの質問ににゃーさんが頷く。
その様子に迷いはない。
「よ、よく分からないけど、なら二匹に任せてもいいかな…?」
任せなさい!と胸を張った後、甘えるようにエルトに擦り寄ってきたにゃーさんを抱きかかえ撫でる。状況はさっぱりだが、どうやら移動の問題はエルトの知らないところで解決したらしい。
もしかして生術を使うのだろうか?生術はそんなことも出来るのだろうか?
何もかも分からなかったけれど、にゃーさん達に説明を求めても限りがある。二匹がどんなに頭が良くても残念ながら人間の言葉はしゃべれないのだから。
視線の先にはいつも通り曇りのないにゃーさんの澄んだ瞳がある。安心できる重みが頭の上にある。
信じてみよう、自然と思えた。
そして家族にばれない様に、お出かけの用意を整えて。
いよいよ明日が本番だ。
2,3日に1回は更新できるように頑張っていきたいと思っています。